悪女が恋に落ちた時【１７４話】ネタバレ

ダニエルはスピードを上げた。

今、彼が向かっているのは、かつてのロバイン王国の跡。

彼はリシャの日記を持って、そこに向かっていた。

「ジェン」

リシャが倒れてからジェンからの返事がない。

いいえ、全く元気が感じられなかった。

「勘違いか？」

ダニエルはリシャの日記をちらっと見た。

「そんなはずがない」

とてつもなく宿っていた精霊王の気配まで消えている。

「大将」

部下の呼びかけに、ダニエルは何気なく彼を見た。

「危険です」

部下は唾をごくりと飲み込む。

「・・・」

ダニエル・ロバインは最後の混血精霊。

人間と精霊が混ざり合うことは、あってはならない過程を経てこそ可能なこと。

その過程を経ても生き残ったということが、怪物という意味でもある。

ロバイン家で最後の王族。

彼らの唯一の主君であると同時に、ダニエルはこの群れの対象であり大切な家族だった。

「必ず、そこに行かなければならないのですか？」

だからこそ、部下は彼に進言するのだ。

「痕跡を残さずに焼失した土地です」

永生を望んだバヌス家と違って、ロバイン王国は人類のために実験を行なった。

しかし、意図が何であれ、部下が考えるにはバヌス家とロバイン家もさほど違わない彼らだが。

「・・・行かない方が良いのではないでしょうか？」

ダニエルはいまだにあの場所を夢見ている。

それは途方もない酷い悪夢。

「私たちだけで行く選択肢もあるはずです、大将」

別の部下も慎重に話した。

彼らもルペルシャ皇女を見守ってきた。

彼らは、運命のように皇女とダニエルが親しくなっていくのを見てきたのだ。

自分たちの大将は、あの方を愛している。

誰かをあれほど愛することはできないと思っていた自分たちの大将が。

ルペルシャ皇女は、それだけでも彼らにとって大切な人。

しかし、大将を殺してまで彼女のことを想うことはできない。

その考えが終わる前に、ダニエルがニッコリ微笑む。

全員が心の中でため息をついた。

微笑を見ただけでも断られると理解したから。

「なにしろ、昔から強情なお方だからな」

誰かが小さく呟いた。

「・・・」

ダニエルが没頭しているのは一つだけ。

（最初から病気になった魂でないのなら、この全ての状況が理解できる）

そして、それはルペルシャの魂に生じた問題が・・・。

今まで彼ら全員が知っていたことと違う方向だということになる。

「もしかしたら、私は」

彼はうわべだけ残されていたバヌス家の文章を思い出す。

「私にとって大切な人は、おそらく・・・」

確認が必要だ。

「リシャの髪の色はね」

虚空を切りながら前進していたダニエルが口を切った。

彼の言葉に、部下たちは耳を傾ける。

「ええ、大将」

「染めていないでしょう？」

皇女殿下が目を覚ますことができないという事実に隠れて、それほど広まってはいない事実。

「そうですね。大将、不思議ですよね」

ルペルシャ皇女がバヌス家を打ち破るとき、彼女は黒髪に染めていた。

それ以降、彼女の髪色は黒いまま。

その事実に、そろそろ他の人たちも気づくころだ。

「目が覚めたら困るかもしれませんから、白金に再び染めておきましょうか？」

部下が悩んだ末、聞いてみた。

その質問にダニエルは笑いこけて、答える。

「その必要はない」

「・・・え？」

「髪の色は」

ダニエルの表情には妙な笑みがこもっていた。

時には、生まれつきの魔力の影響を受けて色が変わることもある。

だから必要ないのだ。

「この仕事以外は何も重要ではないので、全員が今すべきことに集中してください」

「・・・はい！」

ダニエルの優しい口調はリシャの近くにいる人たちと違って、少しスッキリしたものにさえ感じられた。

部下たちは首を傾げながらも、大将の言葉に全力で答える。