憑依者の特典

憑依者の特典【146話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「憑依者の特典」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【憑依者の特典】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「憑依者の特典」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...

 




 

146話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • ビンチェスター王国
 「えっ?」

反射的に私はテシリドの方を見た。

視線が合うと、彼は少し慌てたように口元を隠し、そっと視線を逸らした。

その時、先ほど手の甲にキスをしようとしていたレイオンが、私の左手をじっと見つめながら口を開いた。

「そういえばアイレット、その指輪は前には見なかった気がするけれど……」

そう言った彼は、何かに気づいたように目を見開き、勢いよく振り返った。視線の先にあったのはテシリドの左手だった。私のものと対になる指輪が、まるで示し合わせたかのように陽光を受けてきらりと輝いている。

息を呑むレイオンを見て、私は慌てて説明した。

「これですか? 少し前に運よく手に入れた指輪型のアーティファクトなんです。テシリドと一緒に手に入れたもので、高位神聖力の覚醒者に効果があるらしくて、分けて着けているんですよ」

「そうか。……でも、どうしてわざわざ薬指に?」

「他の指には入らなかったんです」

「そ、そうか……」

微妙な顔で頷くレイオン。その時、プリンツが近づいてきて、ぽんとレイオンの肩を叩いた。

「レイオン、元気出せ」

「プリンツ?」

彼は妙に真剣な顔で、親友を励ますように続けた。いつの間にか二人は自然にタメ口で話す仲になっていたらしい。深まった友情を微笑ましく見守っていると――

「俺はお前を支持する」

「……え?」

「士官学校で六年間、お前を見てきたんだ。だから保証できる」

「……」

一体何の保証だろう。

その一方で、銀彩騎士団の団員たちはテシリドの肩をぽんぽん叩いていた。

「どうするんだ、テシリド。相手が公爵令息じゃ勝ち目がなさそうだぞ」

「諦める気はない。むしろテイルズの続編が出る可能性があるのは強みかもしれない」

「今回は私は中立を貫きます。すみません、テシリド先輩」

「……」

なぜか皆、勝手に何かを誤解しているようだった。

振り返ろうとしたその時、まだ私が完全には気を抜いていなかったところへ、頭の中に声が響いた。

〈ねえ、アイレット〉

「はい?」

〈バレンシュタイン公爵家の令息なら、百万円どころか三百万円でも余裕なんじゃない?〉

……はあ。本当にもう、アグネスまで。

「……その辺でやめてくれません?」

〈ふふふっ。うん〉

[『魂を裁く天秤』が堪えきれずに笑い出した。]

私は言い返すこともできず、からかわれているテシリドの脇腹を軽く肘でつついた。

「気にしないで」

「……分かった」

状況を切り替えるためにも、まずは王宮へ向かうことにした。

「さあ、王宮へ行きましょう」

「はい、出発します」

プリンツが取り出した多人数用転移石が砕け散る。宙に舞った粉から眩い光が広がり、一瞬で視界が白く染まった。

目を閉じ、再び開いた時には、周囲の景色はすっかり変わっていた。

【システム】

『ビンチェスター王国の首都・ビルヘロン地区へ入場しました。現在時刻に合わせて環境を調整します。』

荘厳な雰囲気を漂わせる王宮の内部。豪華に飾り立てられた中央回廊の両脇には王室騎士たちが整列し、一斉に礼を取った。

「神聖卿殿下のご来訪を歓迎いたします!」

盛大な歓迎を受けながらも、私の意識はどこか別のところに向いていた。――テシリドのことだ。

歓迎する騎士たちではなく、隣に立つ彼の様子ばかりが気になって仕方がない。王宮に足を踏み入れた瞬間から、彼の表情は目に見えて硬くなっていた。

城壁も、廊下も、王族の紋章も。この場所のすべてが、前回の出来事を思い出させるのだろう。

『テシリドにとっては、ここもまた地雷原みたいなものね』

しかも今回は、彼を取り巻く貴族たちの視線や思惑まで加わる。私は彼が余計なことを考えないよう、先に一歩踏み出した。

「ご歓迎いただき感謝します、ビンチェスター王国の皆様」

社交用の柔らかな笑みを浮かべながら挨拶すると、周囲の貴族たちは一斉に頭を下げた。その時だった。

[『クリシェ美食家』が昼ドラの香りを感じ取り、そっと顔をのぞかせます。]

新たな舞台にふさわしく、新たな神がメッセージを送ってきた。だが私は特に気にすることもなく、そのまま前へ進んだ。

石畳の中庭を抜け、王宮の本館へ入る。王家の威厳が漂う大広間では、すでに私たちを待つ人物がいた。

「お越しいただき光栄です、神聖卿殿下」

「お出迎えいただきありがとうございます、セレスティア王女殿下」

波打つような白金色の髪を持つ王女が、優雅に一礼する。その隣には、私の大切な友人である黒髪の令嬢も立っていた。

「ビア」

「アイレット!」

久しぶりの再会に、私たちは思わず笑みを浮かべた。顔を見るなり、言いたいことが山ほど込み上げてきて、何から話せばいいのか分からなくなった。ただ少し呆然としながら見つめ合っていると、頭の中に声が響く。

〈あなたたち、目だけで会話してるの? ビアは何? 体調でも悪いの?〉

「……」

おかげで我に返った。ここは公務の場だ。私情に浸りすぎていた。

軽く咳払いをして気持ちを切り替え、セレスティアへ向き直る。

「お待たせしてしまいましたか?」

「生命の恩人を待つ時間ですもの。どれほど長くても苦にはなりませんでした」

――つまり、かなり長く待っていたということだ。さすが王族らしい言い回しである。

「殿下。ダンジョンで最後に起きたあの件以来、どれほど心配していたか分かりません。あの時は本当に肝を冷やしました」

「こうしてご無事な姿を拝見できて、本当に嬉しく思います」

「神々のご加護のおかげですよ」

「私を救ってくださった神聖卿殿下だけでなく、神聖卿をお守りくださった神々にも、深く感謝を捧げなければなりませんね。殿下の教会が完成した暁には、献金をお約束いたします」

「本当ですか? 神々はきっと、セレスティア王女殿下の未来に輝かしい祝福を授けてくださるでしょう!」

もともと王女派だったが、これからはさらに応援しよう。思わず政治的な本音が漏れると、セレスティアは一瞬だけ目を見開いた。だが周囲の視線を意識したのか、穏やかな笑みだけを返し、さりげなく話題を変える。

「貴賓をお待たせしてしまいましたね。まずは陛下へご挨拶いただきますので、応接室へご案内いたします」

セレスティアと肩を並べて廊下を歩きながら、その後の予定について説明を受けた。

「明日、殿下への感謝を示すため盛大な晩餐会を開く予定です。中央貴族たちはもちろん、ヘルカイオン討伐戦やアナクシア討伐戦の英雄たちともぜひ親交を深めていただきたいのです。ご出席いただければ、この上ない光栄に存じます」

「そうですか。社交界の宴は初めてなので、よろしくお願いします」

私は淡々と答えながら、そっと視線を隣へ向けた。するとテシリドは――「……やっぱりな」とでも言いたげに、小さく口を開いては閉じた。その表情には、どこか諦めにも似たため息が滲んでいる。

どうやら彼は、前回の晩餐会を思い出しているらしい。平民出身の神聖騎士が貴族の社交界へ招かれ、散々な目に遭ったあの日のことを。

原作が卑劣なサツマイモだということを考えると、しっくり来ないか? 服装をいじる、外見をいじる、化粧をいじる、セクハラ発言、陰口、悪口、花嫁への侮辱、飲酒の強要、容姿評価、くだらないいたずらなど……。本当にいろいろやらかしていたのだ。

[『魂を裁く天秤』が、今回も主人公に手を出したら確実に神罰を下してやると叫びます。]

[『天機漏洩監察官』は、サツマイモがいるせいでサイダーがぬるくなったことも分からないのか、と舌打ちします。]

[『世界を構築する精霊』は『天機漏洩監察官』に向かって、炭酸の抜けたサイダーはあなたが飲めばいい、と嘲笑います。]

気づけば目的地はもうすぐだった。角を曲がると、廊下の突き当たりに現実世界への扉が見えた。

横でセレスティアが小さく息をのんだ。やや緊張した面持ちで、彼女は私をそっと呼んだ。

「殿下」

「はい、殿下」

「ビンチェスター王室の情勢についてはご存じでしょうか?」

――必要なら説明しましょうか、という意味だった。

「大丈夫です。ご心配には及びません」

「そうですか」

余計な心配だったとでも言うように、セレスティアは長く息を吐いた。

「それでは、神聖鏡と聖剣の所有者を除く皆様は、こちらでお待ちいただけますようお願いいたします」

すっ、と警備兵が静かに動き、巨大な扉が左右に開いた。

「エルペハイム教国の神聖鏡、アイレット・ロデラ卿。そして聖剣の主、テシリド・アルジェント卿がご入場されます」

侍従の朗々とした呼び声の後、私とテシリドは敷居をまたいだ。

視線を下げたまま、謁見の間の最奥へ向かって歩く。遠くの壇上にある玉座が少しずつ近づいてくる。

実のところ、ビンチェスター王国の国王ペラトは、ずっと以前から病に伏していた。その間、実権を握り摂政として権力を振るっていた人物がいたが、その人物とは――。

「ビンチェスター王国の高貴なる王妃陛下にご挨拶申し上げます」

第三王子リガレスの実母である、ラビオサ王妃だった。

「お顔をお上げください、神聖鏡様」

「はい、陛下」

玉座には、まるで一万年の氷を削り出して作った女神像がそのまま座っているかのような、冷ややかで美しい女性がいた。四十歳をとうに過ぎているにもかかわらず、実年齢を感じさせないほどの美貌を誇る女性。冷たい水色の瞳は言うまでもなく、かつての不幸な出来事をきっかけに真っ白になった白髪さえも神秘的だった。

――まさに、美貌だけで王妃の座に上り詰めた人物。

もともとラビオサ王妃は没落した子爵家の令嬢だったが、国王の目に留まり、側室として迎えられた後に王妃の座へと上り詰めた。後ろ盾もないまま王室へ嫁いだため、その苦労は筆舌に尽くしがたいものだった。

人を害することなど知らない純朴な女性は、何とか政争から距離を置き、静かに生きようとしていた。しかし世間は、王の子を身ごもった彼女を放ってはおかなかった。美しくか弱いその女性を、世間は放っておかなかったのだ。

結局、彼女は長男であり第二王子だったレミニクを失う事件をきっかけに、完全に変わってしまい、権力を追い求めるようになった。

そして現在、ラビオサ王妃に対する世間の評価は――『権力に取り憑かれた白髪の悪女』だった。

今のラビオサ王妃の目的はただ一つ。第三王子リガレスを王位に就けることだった。当然ながら、セレスティアを救い出した私は、彼女の目には快く映らないだろう。

「まずは、セレスティア王女とハデイル王子を救ってくださったことに感謝申し上げます」

感情の籠もっていない声を聞いて、私はようやく思い出した。そういえば、ハデイルもいたのだった。すっかり忘れていた。リードが現れた騒動の中であまり気に留めていなかったが、どうやら彼も無事にダンジョンから脱出できたらしい。

「どういたしまして」

どうせ無意味な問答が長引くだけだろう。彼女の機嫌を損ねるだけなので、私は簡潔に答えた。長々と言葉を重ねれば、かえって彼女の不快感を買うだけだ。

ラビオサ王妃もまた長話を望んでいないのか、いっそう冷えた眼差しで本題を切り出した。

「教国の神聖鏡を神の娘として最大限に尊重することをお約束いたします。どうか滞在中、ご不便のないようお過ごしください」

一見すると穏やかな言葉だったが、その内側には明確な意図が込められていた。――中立を守り、余計なことには関わらず静かに帰れ、ということだ。

神の娘である神聖鏡は、俗世の問題、すなわち王位継承争いや政治に口を出すなという警告でもあった。神聖鏡であり、さらにヒスペリル公爵の孫娘でもある私の支持は、決して小さくない影響力を持っているのだから。ラビオサ王妃の狙いは、結局のところ私の身内に対してしがらみのない影響力を、政治の舞台から排除することだった。

「私、少し遠回しすぎましたでしょうか?」

私が長く沈黙していたせいで、意図が伝わっていないと思われたらしい。ラビオサ王妃の口調が、わずかに露骨なものへと変わった。

「どうか王位継承争いには関わらないでください。そうすれば私も、神聖鏡の大切な方々に手を出さずに済みますから」

――明らかな脅しだった。しかも言い終えた後も、彼女の視線は私には向けられていなかった。ラビオサ王妃の氷のように冷たい視線は、私の隣に立つテシリドへと注がれていた。

〈つまり、テシリドを狙うという意味にも聞こえる?〉

その通りです、アグネス。

ラビオサ王妃は、リガレスを王位に就けるためなら手段を選ばない人物だ。しかも相手は、物語の設定上「世界中から憎まれる主人公」である。実際、原作でもテシリドはラビオサ王妃から何度もひどい目に遭わされていた。

[『万象の混沌を監視する瞳』が、ラビオサ王妃が25回目で主人公に行った数々の仕打ちを思い出し、まぶたをぴくりと震わせます。]

[『天機漏洩監察官』は、ラビオサ王妃が主人公に濡れ衣を着せ、さらには直接暗殺まで企てた人物だったことをほのめかします。]

[『クリシェ美食家』が、原作の刺激的なドロドロ展開に歓声を上げます。]

[『万象の混沌を監視する瞳』が驚いて目を丸くし、『クリシェ美食家』にいつ来たのかと尋ねます。]

[『世界を構築する精霊』がひょっこり現れ、『クリシェ美食家』へ丁寧に挨拶します。]

[『クリシェ美食家』は、ついさっき来たばかりだと答え、礼儀正しく挨拶を返しました。]

やはり“裏切り・不倫・ドロドロ展開愛好会”の会長だったか。そういうキーワードへの反応速度を見るに、来るべくして来たようなものだ。

ともあれ、今の私はラビオサ王妃に自分の立場を示さなければならなかった。彼女の警告に従うのか。それとも敵対し、原作の「サツマイモ」を再現するのか。

そんな考えは、最初からなかった。ならば、私が取るべき行動は決まっている。

「王妃陛下」

「はい、神聖鏡様。お話しください」

「聖職者には、訪れた土地に祝福の祈りを捧げる慣習がございます。よろしければ明日、ビンチェスター王室のために祈りを捧げたいのですが」

一目で、ラビオサ王妃は警戒したようだった。

「神聖鏡様の祈りですか。それは効果が期待できそうですね」

道化師の芸でも眺めるかのような、半信半疑の口調だった。

「では、ご許可いただけたものとして準備を進めさせていただきます。祈りの内容は……そうですね。やはり家族の平和がよろしいでしょう。王室も結局は一つの家族なのですから」

「家族の平和、ですか……。実に胸に響くお言葉ですね」

「はい。きっと陛下のお心にも届くことでしょう」

私はにこやかに微笑みながら答えた。疑念と警戒を隠しきれないラビオサ王妃の表情を見ていると、明日がますます楽しみになってくる。



「やはり、王妃陛下は神聖鏡様に警告をなさったのですね」

謁見の間での出来事を聞いたセレスティアが、視線を伏せながらつぶやいた。今の私は、セレスティア王女の私室にある応接室で、彼女と向かい合って座っていた。

しばらくして侍女たちがお茶の支度を終えると、セレスティアは周囲を見回しながら尋ねた。

「ビアトもアスラムも、聖剣の主であるプリンス卿も、よろしければご一緒にどうぞ」

こうして、五人全員がティーテーブルを囲んで腰を下ろした。セレスティアが話を続ける。

「ご存じかどうか分かりませんが、王妃陛下はやると決めたら必ず実行する方です。レミニク様を失ってからというもの、陛下が粛清した政敵の数は数え切れないほどです。ためらいもなく、とても過激なのです」

「ええ、そのようですね」

「公国と教国に守られている神聖鏡様には直接手を出せないでしょう。ですが、それ以外の方々には……十分に手を伸ばしてくるはずです。想像以上の手段で」

そう言い終えると、セレスティアの視線はテシリドへ向けられた。口には出せない不安が、その瞳に色濃く浮かんでいた。

必要以上に張り詰めた緊張だった。テシリドがそれに気づかなかったはずはないが、彼は何も言わず、ただ静かにティーカップへ視線を落とした。ただ黙っていた。

――どうしても、セレスティアとは距離を置いたいのだな。

そんな意図が見え隠れする沈黙だった。だが、それも無理はない。原作のどの周回を見ても、テシリドがセレスティアと関わって良い結果になったことは一度もなかったのだ。

常識では考えられない陰謀に巻き込まれたり、理不尽な濡れ衣を着せられて処刑寸前まで追い込まれたり。直前の第16周回ですら、ただセレスティアを公式に護衛したというだけで、二人の王子から逆恨みされ、散々な目に遭っていた。

彼の善意は、いつだって世界によって悪意へとねじ曲げられてしまう。とりわけビンチェスター王室は、その理不尽さを極限まで増幅させる舞台だった。だからこそ、テシリドは王宮に入ってからずっと、ひどく沈んだ表情をしていたのだ。そこにいる全てを拒絶するかのように、彼の視線は冷え切っていた。その時だった。

〈王女様、テシリドから目が離せないみたいね。まさか……?〉

――待って、アグネス。それはダメ。こんな場面で恋愛妄想を始めるのはさすがにまずい。いや、違うかも。

私の視線に気づいたのか、テシリドがわずかに眉をひそめたので、私は慌てて考えを打ち消した。

「絶対に違います」

〈真顔だね。分かった〉

アグネスの疑いを払拭することには成功し、テシリドの表情も少し和らいだ。ただし、その代償はあった。

「はい? 神聖鏡様?」

「えっ?」

「今、何かおっしゃいましたか?」

「ちょっと独り言を。あはは……」

笑ってごまかしたものの、かなり気まずかった。早く話題を変えよう。こういう時は、誰からも好かれる人物に話を振って注目をそらすのが一番だ。

「お兄様」

「はい、神聖鏡様」

「ああ、なんだか気まずいからそんな呼び方はやめて。せっかく久しぶりにちゃんと話せるのに、そう呼ばれると寂しいわ」

「そ、そう? 分かった。そうするよ」

「ありがとう。それで、一つ聞きたいことがあるの」

「何だい?」

「お兄様って、セレスティア王女殿下の護衛騎士として任命されているの? 聞いた話だと、他の二人の王子殿下がお兄様を自分の陣営に引き入れようとして争っていたらしいけれど?」

王子たちを黙らせてしまったような私の質問に、プリンスは少し照れくさそうに頷いた。

「もうすぐ正式に配属される予定だよ。公爵家の孫だと知られてからは、周囲も無理に口出ししなくなってね。選ぶ自由ができたから、自分が仕えたい方のもとへ行くことにしたんだ」

そう言いながら、プリンスはビアンカの様子をちらりとうかがった。本当にお兄様は正直だ。

けれど、お兄様は知っているのだろうか。私たち兄妹が公爵の孫であることをビアンカが知った十年前の時点で、彼はとっくにビアンカの結婚相手候補から外されていたという事実を……。

その時、紅茶を一口飲んでいたビアンカがプリンスへ視線を向けた。

「王女殿下にお仕えする立場として、とても立派なご決断だったと思いますわ、プリンス卿」

「もったいないお言葉です、お嬢様」

「今の立場を考えれば、私のことを“お嬢様”と呼ぶのは適切ではありませんわ。ギルレット子爵夫人、あるいはビアンカとお呼びください」

「承知しました、ビアンカ様」

「あなたもです」

「び、ビアン……カ」

ようやく名前で呼ぶ許しを得たプリンスは、まるで口の中で砂糖を転がすようにその名を繰り返し、感激した表情を浮かべた。だが、その幸福な時間は長く続かなかった。ビアンカが次に口にしたのは、まるで青天の霹靂のような知らせだったからだ。

「おそらく、プリンス卿の立場は少し良くなると思います。ヒスペリル公爵家の孫が王女殿下のお側を守ってくださるなら、私も安心して席を外せますから」

「え? 席を外されるのですか?」

「ええ。昔、友人と交わした約束を果たさなければならないようですので」

プリンスが呆然としている間、ビアンカは私を見て微笑んだ。

「そろそろ私を迎えに来る頃だと思っていたのだけれど、当たりだったでしょう?」

「まさか。全部分かっていて待っていたの?」

「ええ」

「やっぱりビアは最高ね」

大切な友人は、私が問題を起こせば後始末を手伝うと約束したことを忘れていなかった。それだけでなく、今まさに私が彼女を必要としている時期まで見抜いていたのだ。

どうやらセレスティアとも、すでに話をつけていたらしい。有能な人材を失うことになるので多少は引き留めるかと思ったが、セレスティアはビアンカを止めることなく、素直に私のもとへ送り出してくれた。

ただ一人、プリンスだけが放心したまま、衝撃から立ち直れずにいた。

「そんな……。もうすぐ正式配属だというのに……」

「ごめんね、お兄様。でもビアは私が先に予約していたの。そこは譲れないわ」

「……」

「それはそれとして、王女殿下のお側に残ってくれて本当にありがとう。お兄様はここでビンチェスターの平和を守る係ということで」

「いや、私は……」

「まさか騎士が一度決めたことを撤回するなんて言わないでしょう? 信じているわよ?」

「ぐっ……」

[『万象の混沌を監視する瞳』が大喜びします。]

一方で、テシリドもこの展開には少し驚いているようだった。

「まさか、恋人候補として目を付けていた有能な行政官が……友人だったとは」

「今後ともよろしくお願いいたします、テシリド卿」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

[『万象の混沌を監視する瞳』が、遠距離恋愛の気配を察して目を輝かせます。]

[『天機漏洩監察官』が、『万象の混沌を監視する瞳』の暴走しかけた妄想をなだめます。]

[『クリシェ美食家』が、修羅場はいつ始まるのかと興奮気味に尋ねます。]

こうして私は、王国での用事を終えた後、ビアンカと共に教国へ戻ることになった。

「楽しい時間でした。それでは、ごゆっくりお休みください」

お茶会が終わると、それぞれが用意された客室へと案内されていった。私はかなり豪華で広い部屋を割り当てられたが、その代わり同行者たちとは少し離れた場所になっていた。

中へ入ると、まず応接室が現れた。そこには六人もの侍女と十二人の下女が待機しており、一斉に挨拶をしてきた。だが、私を待っていたのは彼女たちだけではなかった。

侍女の中で最も年長に見える婦人が、遠慮がちに声をかけてくる。

「神聖鏡様」

「はい?」

「ハデイル王子殿下がお待ちでございます」

「中で、ですか?」

ここはもう私の客室の中なのに?

私の戸惑いを察したらしい婦人は、何とも言えない表情で答えた。

「……ここよりさらに奥でお待ちです」

さらに奥――つまり寝室のことだった。

驚いた。まだ一度も足を踏み入れていない私の客室の寝室に、王子殿下が先に入り込んで待っているということではないか。いくらここが彼の自宅で、私が客人だとしても、それはさすがにどうなのだろう。

〈この人、先に入るタイプなの?〉

思わずそんな感想が頭をよぎった。

 



 

 

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