憑依者の特典

憑依者の特典【137話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「憑依者の特典」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【憑依者の特典】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「憑依者の特典」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...

 




 

137話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 因果逆転の罠

「攻撃中止! 全員、離れて!」

私の叫びが、血臭の立ち込める空間に響き渡った。

だが、その警告は一歩遅かった。

「無駄だ!」

狂気に駆られたアナクシアが叫ぶと同時、漆黒の鎖が彼女自身の身体を無慈悲に貫いた。完全に常軌を逸した自傷行為。しかし、その直後に起きた光景は、戦場の誰もが目を疑うものだった。

因果が、捻じ曲がっている。

「ぐっ……!?」

「がはっ!」

「く、くっ……!」

アナクシアの周囲に陣取っていたテシリド、アッシュ、イペイル、プリンツ、レイウンの五人が、何の前触れもなく一斉に鮮血を吐き散らしたのだ。目に見えぬ呪詛が彼らの肉体を内側から破壊し、一瞬にして重傷を負わせる。

鉄壁を誇った陣形が無残に崩壊した。すぐに立て直さなければ、待っているのは全滅の二文字だけだ。

「好きにはさせない!」

好機と見たアナクシアは、よろめくテシリドの首を撥ねんと、凶悪な笑みを浮かべて飛びかかった。

――その瞬間。

ガァン!!

鋭い金属音が炸裂した。私が引き抜いた聖剣セレンスが、全力の軌道を描いてアナクシアの刃を真っ向から叩き伏せ、その巨体を力任せに弾き飛ばしたのだ。

宙を裂いて吹き飛ぶ中、互いの視線が火花を散らすように交錯する。アナクシアの瞳には、昏い悦楽と狂気がギラギラと渦巻いていた。

「はははは! 一番愚かな選択をしたな、断悪の執行官! あの銀髪の男(テシリド)へのとどめを捨てて、他の有象無象の連中を優先したか!」

まだだ。この刹那にも、仲間たちの流した血が現実の床を赤く染め続けている。その冷酷な事実を突きつけるような挑発に対し、私は感情を削ぎ落とした声で短く返した。

「いや、違う」

「……何?」

ドォン!!

天井を支える巨大な大理石の柱に、アナクシアの身体が背中から叩きつけられた。私は衝撃の余波を鋭く避けて距離を取り、間髪入れずにセレンスを構え直して地を蹴った。

「どこへ行く!」

アナクシアは、かつてテシリドを奈落へと縛り付けた時のように、背後の鏡から無数の鎖を呼び出し、網の目のように私を拘束しようとする。

――だが。

漆黒の鎖は、一本たりとも動かなかった。虚空で痙攣するように震えるだけで、彼女の意志に従おうとしない。

「なに……?!」

――この一瞬の動揺が、アナクシアの運命を完全に決定づけた。

私の剣が、地を這うような低い位置から斜め上方へと爆発的な速度で振り上げられる。凝縮された魔力と、限界まで引き上げられたオーラが真っ向からぶつかり合い、凄まじい連鎖爆破が巻き起こった。

ドォン! ドォン! ドォン! ガァン!!

空間を震わせる破壊力の一部は、そのまま私の肉体を前へと押し出す圧倒的な推進力へと変換される。アナクシアの身体は、極太の柱を三本まとめて叩き折るほどの勢いで吹き飛び、ついには最奥の壁へと激しく叩きつけられた。

――だが、私の猛攻はそこでは終わらない。

爆煙を突き抜け、一瞬で距離を詰めて追撃の刃を叩き込む。

「言ったはずだ、アナクシア。その傲慢な背中を、骨ごと叩き潰してやるってな」

「ぐっ……!」

再び壁にめり込むその瞬間、アナクシアは本能的な恐怖から残された全魔力を注ぎ込み、衝撃を和らげるように全身に幾重もの防御壁を張った。

再び、鼓膜を破らんばかりの轟音が炸裂する。

ドォン! ドォン! ドォン!

アナクシアの身体はピンボールの球のように、柱と壁の狭間を何度も不格好に跳ね返りながら、上方へと容赦なく叩き上げられていく。

――そして、その軌道を完全に予測し、影のように追う私もまた同じ速度で天井へと跳躍していた。

彼女の身体を覆っていた防御魔力は、私の容赦のない一撃を受けるたびに、みるみるうちに薄氷のように剥がれ落ちていく。

逃げ場のない空中、アナクシアは苦痛と屈辱に顔を歪め、断末魔のような声を張り上げた。

「断悪の執行官――っ!」

その忌まわしい呼び名に、応えないわけがない。

「――『断罪』」

「……っ!」

激しい衝突を繰り返す中で積み上げていたあらゆる補助スキルが、パズルのピースが嵌まるように一斉に起動する。私は一切の迷いを捨て、その脳髄に向けて究極スキルを発動した。

これで、すべて終わりだ。

「うあああああっ!」

ガァァァァン!!

存在そのものが根本から引き裂かれるような悍ましい悲鳴とともに、世界を白く染めるほどの眩い神聖光が炸裂した。アナクシアの身体は天井の岩盤へと叩きつけられ、その衝撃で巨大な亀裂が走る。

ズドォン!!

次の瞬間、重力に引かれた肉体が凄まじい速度で床へと墜落した。激しい瓦礫の崩落と、立ち込める濃密な粉塵が、ボス部屋全体を完全に覆い尽くしていく。

やがて――嵐のような気配が、静かに沈んでいった。

私は崩落によってできた巨大なクレーターの縁に立ち、静かに剣を引いた。

見下ろした先、アナクシアは全身の骨を文字通り破壊し尽くされ、地面に縫い付けられるようにして倒れていた。その四肢を完全に絡め取っているのは、私が墜落の瞬間に発動した上級拘束スキル――『イバラの拘束』の頑丈な蔓だった。

「どうして……」

死にゆく悪魔の瞳には、なおも目の前の現実が理解できないという困惑が浮かんでいた。その問いに、今更言葉で答える必要などない。

アナクシアは、きしむ音を立てる首を必死に動かし、信じられないというように周囲を見渡した。

血を吐いて倒れたはずの、無傷で立ち上がっている私の仲間たち。

そして――背後で粉々に砕け散った、自らの誇りであるはずの鏡と鎖。

その凄惨な光景に、狂ってしまったのは己の五感の方ではないかと疑うように、彼女は血を吐きながら言葉を漏らした。

「どうして……? 私の鎖が……どうして私の言うことを聞かないの……?」

私はセレンスを鞘に収めながら、淡々と冷徹に事実を告げた。

「仲間たちが、内側から抑えてくれていたからだ」

「で、でも……私は確かに、あの五人に致命傷を与えたはず……! いかに教国の聖女と言えど、回復の神聖術など間に合うはずが……!」

「ああ、それなら――」

少しだけ間を置いて、私はほんのわずかに口元を緩めた。

「回復役(ヒーラー)は、最初から一人じゃなかったんだよ」

「……は?」

「アイレットだけじゃない。アッシュとイペイルも、裏で同時に回復術を回していた」

その一言が放たれた瞬間、ボス部屋の空気が完全に凍りついた。

驚愕に目を見開いているのは、何も死に際のアナクシアだけではない。味方であるはずのアッシュやテシリドたちすらも、その事実に同じだけの衝撃を受けていたのだ。

私は、未だ状況が掴めずにいる王女たちのいる物陰へと視線を送った。

「もう出てきていいぞ、ヒルデ」

これまで私の隠密指示によって、頑なに戦場の物陰に身を潜めさせていたもう一人の少女――ヒルデが、おずおずと姿を現した。

「は、はじめまして……」

プリンツとレイウン、そして道中で顔を合わせていたヘスティオを除く仲間たちへ、ヒルデは小さくなって軽く頭を下げた。アッシュ、イペイル、テシリドの三人は、その想定外の伏兵の登場に、どこかぎこちなく挨拶を返すことしかできない。

その時、私の胸元にあるペンダントが、微かに小刻みに震えた。

〈ちょっと、これ完全に反則でしょ。ダンジョンのボスが、最後まで隠されたヒーラーの存在にすら気づけないままハメ殺されるなんて……アイレット、あんた本当に恐ろしい逸材すぎるわ〉

アグネスの呆れ果てた、けれど最大級の賛辞が脳内に響く。私は内心でそれに同意しつつ、静かにヒルデに向き直った。

「やっぱり、お前は戦闘が終わるまで表に出ない方が正解だったな」

「……え?」

「よくやった、ヒルデ。合格だ」

軽く笑って彼女の健闘を称えたその刹那、背後から突き刺さるような、ただならぬ鋭い視線を感じた。

鋭く振り向けば――そこには、公女オデリト・マルセリオンが、嫉妬と憎悪に歪んだ表情でこちらをキリキリと睨みつけていた。だが、私と真っ向から目が合った瞬間、彼女はバツが悪そうにフイと視線を逸らした。

〈……やっぱり、あの小賢しい女も隠れて様子を窺っていたのね〉

アグネスの声が、低く不快そうに漏れる。

その直後、私の視界に、システムメッセージが無機質に流れた。

[『万象の混沌を監視する瞳』がオデリト・マルセリオを強く注視しています。]

[『万象の混沌を監視する瞳』が、あなたに迅速な対応を強く求めています。]

[『天器術監察官』が『万象の混沌を監視する瞳』の過剰な干渉を抑制します。]

不穏な世界の歪みが、再び形を成そうとしていた。

 



 

それは、ボスの息の根が完全に止まる直前のことだった。

「きゃっ!」

隣にいたテシリドが慌てた様子で私の腕を掴み、強引に後ろへと引き戻した。

足元に転がっていたアナクシアの様子が、明らかにただ事ではなかったからだ。

パッ!

眩い漆黒の光が彼女の身体を包み込み、悍ましい悪魔の肉体が急速にその形を変質させていく。

光が収まった後に現れたのは――驚くべきことに、せいぜい七歳ほどにしか見えない、みすぼらしくも無垢な少女の姿だった。

「な、……何よ、これ?」

一行が突然の事態に激しく戸惑う中、私は無表情のまま、その小さくなったアナクシアを見下ろした。身体を小さく縮め、いばらの拘束の隙間から抜け出そうとする悪足掻きかと思ったが――彼女は、潤んだ瞳で私を見上げてきた。

「わ、わ、私を殺すの……?」

「……」

「あ、違うよね? お姉ちゃんたちは立派な騎士様なんだし……こんなに小さな子どもに、そんな酷いことしちゃダメでしょ? そうでしょ……?」

「……」

想像していたよりも、ずっと上品でありながらも、あまりにも愛らしく無害な態度を見せてくれた。その完璧な「子どもの演技」に対し、私の後ろに控えていた同僚たちが、あまりの白々しさに不快そうな舌打ちを漏らした。

ヘスティオとレイウンが、腹を立てて吐き捨てるように言った。

「は、正気かよあの悪魔。今更そんな見え透いたおままごとが通ると思ってるのか?」

「呆れたな。どうせこちらの同情を誘って、不意打ちでも食らわせれば満足だって分かりきっているのに」

しかし、アナクシアは彼らの嘲笑には一切見向きもせず、ただ指揮官である私だけを、怯えた瞳で見つめ続けていた。

「お願い……助けて……」

だが、私の意志に従い、イバラの蔓が再びアナシアの小さな身体に合わせて容赦なく締め付けを強めた。すると悪魔は、いびつにすすり泣くような痛ましい表情を浮かべた。本物の、無力な子どもの顔をして。

「いたっ! 痛い……、すごく痛いよ……っ! ひっく、ひっく……! 私にこんな残酷なことしないで……!」

「……」

「ひっく、そんな冷たい目で見ないで、怖いよ。ひっく……すごく怖い、ねえ……お姉ちゃん……うん? 助けてくれるよね?」

鼻をすすりながらの完璧な泣き落としの演技を、私がただ静かに見守っていた、その時だった。

「どうしたの? たかが魔族の戯言に惑わされて、そんなものも殺せないの? ……本当に愚かね」

「……!」

アナシアが一瞬でその表情を凍りつかせると同時、何人かの仲間が吹き出しそうになるのを必死にこらえ、場の空気が一変した。

白々しいほどのアナシアの演技が続く最中、その声を遮るようにして、一帯の空間に悍ましい衝撃音が轟いた。

ドンッ!!

巨大な大剣の刃が、無防備なアナシアの身体を脳天から縦に真っ二つに切り裂いたのだ。

「ぐあっ……!?」

子どもの皮を裏返した魔族の口から、どろりとした何かが現実の床へと染み出すような、不気味な音が響き渡った。

[『万象の混沌を監視する眼』が瞬きをします。]

[『世界を構築する秩序』があくびをし、腕を振って舌打ちします。]

[『均衡を調律する調律者』が腕を組み、舌打ちをします。]

[『魂を裁く天秤』が冷ややかに微笑みます。]

その場にいた全員の視線が、アナシアの息の根を冷酷に止めた、その重厚な大剣の主へと一斉に集まった。

「マルセリオン公女様!」

「オ、オデリトお姉様! だめです、手を出しちゃ……!」

プリンツとヒルデの、慌てふためいた静止の声が訓練場に虚しく響き渡る。だが、当の本人は、自らが犯した事の重大さに気づくこともなく、全く動じる風もなかった。

「――聖女様」

それは、叱責にも似た、酷く厳かな呼びかけだった。

オデリトの冷たい視線が、まっすぐ私に突き刺さる。彼女は顎をわずかに上げ、傲慢に私を見下ろした。

「このボスの言葉に、誤りは一つもありませんわ。たかが魔族が子どもの姿に変わった、ただそれだけのことに惑わされて躊躇なさるなんて……。あなたは本当に、指揮官として失格ですわね」

「……」

オデリトは、自らが勝利の立役者であると信じて疑わない様子で、最後まで勝ち誇った毒を吐き続けるつもりのようだった。

そう、これで終わりだ。

実に彼女という傲慢な人間にふさわしい、最悪の幕引きだった。



静寂が支配する戦場の中、オデリトは自らの胸の奥からこみ上げてくる勝利の笑みを、必死に噛み殺していた。

どうやらあの生意気な聖女は、自分の放った鋭い正論の指摘に対し、一言も言い返すことができないらしい。

悔しそうに唇を強く噛み、視線を床に落としたまま黙り込んでいる聖女の惨めな姿を見て、オデリトは心底呆れ果てていた。

たかが魔族が往生際悪く子どもの姿に変身した、ただそれだけのことで決着をつけられずに日和る(ひよる)とは。とにかく、教国側の人間というのは、どいつもこいつも偽善的で使い物にならない。

戦場において、冷酷で正しい判断を下せる自信がないのなら、一体これまでどうやって生き残ってきたというのか。あのままアナシアの息の根を止められずに生かしておけば、後々どれほど大きな禍を招くことになるか、火を見るより明らかなのに。

だからこそ、死にかけていたボスに最後の一撃を加え、完璧にトドメを刺した自らの行動は、状況的に考えても至極当然のことであった。このダンジョン攻略における最大の功績と取り分は、正当にこのオデリト・マルセリオンのものとして認められるべきなのだ。

――そう、このダンジョンは、すべて私のものよ……!

オデリトの瞳が、抑えきれない強欲と歓喜にギラギラときらめいた、まさにその瞬間だった。

「――かかったな」

「……!」

私の口から漏れ出た低く冷徹な声音が、オデリトの鼓膜を鋭く貫いた。

異変が起きたのは、まさにその直後のことだった。

大剣で完全に息の根を止めたはずのアナクシアの肉体が、不気味な音を立てて再び動き出したのだ。アナクシアは自らの身体に深く突き刺さっていたオデリトの大剣を両手で掴むと、ゆっくりと、けれど圧倒的な怪力で押し返しながら身を起こしてきた。

オデリトは、自らの大剣から伝わってくる想定外の反発力に押し込まれるのを感じ、一気に顔を青ざめさせて動揺した。

「な、何で……!? 確かに心臓を叩き潰したはずよ……!」

その時、私が一歩前へと踏み込み、その手でアナクシアの頭を乱暴に掴むと、容赦なく再び冷たい地面へと叩きつけた。

ドンッ!!

「ぐっ……、あぁぁ! 断罪の、執行官……っ!」

「いいから、もう死ね」

私の手のひらから放たれた、最大出力の神聖な電撃が、アナクシアの全身を容赦なく包み込んだ。

「ぎゃああああっ!!」

それこそが、この長きにわたるダンジョンの主が上げた、本当の最後の断末魔の悲鳴だった。

ゆっくりと手を離し、完全に物言わぬ肉塊となったボスの前から立ち上がる私を見て、オデリトの心に、言いようのない不吉な違和感が襲いかかった。

ついさっきまで、子どもの姿に戸惑って優柔不断にボスを生かしていたかのように見えた私とは対照的な、あまりにも冷酷で容赦のない、迅速な処断だったからだ。

そして、その彼女が抱いた最悪の予感は、すぐに残酷な現実となってその身に降りかかった。

「こ、これは、一体何……っ!?」

オデリトの白い身体が、突如として魔族の強力な強制力によって、禍々しい黒い光に侵食され始めた。

肉体的な痛みは全くなかった。だが、自らの皮膚の上を、不気味な黒いインクがじわじわと滲むように広がっていくその光景を見れば、どれほど愚かな人間であっても、否が応でも理解せざるを得ない。

オデリト・マルセリオンという公女の命に、絶対的な「死の気配」が牙を剥いて迫っているということを。

「な、何でよ! 何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ、聖女――っ!」

彼女の絶望的な悲鳴が、広い訓練場に虚しく響き渡った。

その金切声の余韻が消えかけた頃、私の低い声が、場の空気を冷たく引き締めた。

「アナシアはね――」

オデリトは、血走った絶望の目で私を見上げていた。そして、自らの本能で悟ったのだ。今、自分の身体に一体何が起きているのか――その呪いの答えと救いを知っているのは、世界で目の前にいる私だけだということを。

私は彼女に視線を落とし、淡々とその因果のシステムを説明してあげた。

「あの悪魔は死ぬ間際、自らを殺した『たった一人の対象』に対して、その死のすべてを反射させる固有能力を持っているの。言わば、命が最初から二つあるようなものよ。だからこそ……私は本格的なボス戦を前に、事前に仲間たち全員に、あれほど厳重に伝えておいたはずよ?」

――絶対に……余計な真似をして、アナシアを殺すな。

それはつまり、私が合図を出すまで、絶対にボスにトドメを刺すような攻撃を加えるなという意味だった。

私は、わずかに目だけを動かし、自業自得の呪いに苦しむオデリトへと冷たい視線を向けた。

「大公家の作戦会議の途中で、手柄欲しさに勝手に割り込んできたあなたには……当然、その警告は聞こえていなかったでしょうけれど。……本当に、残念なことね」

溜め息混じりの、いかにも彼女の死を惜しむような声音。だがその時、オデリトははっきりと目撃していた。自分に向けられた私の瞳が、ぞっとするほど冷たく沈み、一片の同情も宿していないことを。

気づいていたのだ。この聖女は、わざと見過ごしたのだ。

自分が大剣を振り上げ、アナシアの息の根を止める、その運命の瞬間を。止める力も神聖術もあったはずなのに――私をハメるために、あえて止めなかったのだ!

「聖女……貴様、わざと私を見殺しに……ぐっ、がはっ!」

黒い侵食が肉体の内臓にまで及ぶと、彼女の身体機能は本格的に崩壊を始めた。

どす黒い血を口から激しく吐き散らしながら、オデリトは凄まじい焦燥感に駆られ、狂ったように叫んだ。その血走った目が、傍らにいたヒルデへと向けられる。

「な、何を見ているのよ、この役立たず! 早く……! 早く私の元へ来て、この呪いを治療しなさい!」

「は、はい……っ!」

ヒルデが涙を流しながら、慌てて両手にありったけの神聖力を集めて彼女の身体にかざした。だが、肉体を蝕む黒い腐食の速度は、一向に収まる気配すら見せなかった。

「だ、ダメです……私の力じゃ、まったく相殺できません……無理です、お姉様……!」

「そんな絶望的な報告をしてどうするのよ、ケホッ……、げほっ! もっと、もっと死ぬ気で神聖力を込めなさいって言ってるのよ! この何の役にも立たない無能が……っ!」

「きゃあっ……!」

激昂して手を振り回すオデリトは、自分がもう絶対に救われない結末にあることに、ようやく気づいた。

狂乱のままヒルデの首元を掴んで道連れにしようとしたその瞬間、私は割り込み、オデリトの手首を容赦なく捻り上げた。そして、そのまま彼女の身体を自分の元へと強く引き寄せる。

「ぐっ……!」

顔と顔が、今にも触れそうなほど至近距離で交錯する。

「マルセリオン公女。他人に当たり散らすのはおやめなさい。せめて人生の最期くらいは、公爵家としての品位を保つべきでしょう」

「聖女……! くっ、お前が、お前が仕組んだのね……げほっ!」

これ以上の見苦しい悪足掻きを止めるため、私は気絶効果を伴う正確な打撃で、オデリトの後頭部を軽く掌で叩いた。

「大人しく私の指示に従っていれば、こんな惨めな死を遂げることもなかったのに」

「な……?」

「せめて、私に対して嘘でもいいから、味方のフリをして取り入っていればよかったでしょうに」

「……っ!」

腫れ上がった彼女の頬。その内側の粘膜にまで、不気味な黒い腐食が完全に染み込んでいく。

私は、力が抜けて崩れ落ちていくオデリトの身体を、両腕で静かに受け止めた。

「安らかに眠れ、オデリト・マルセリオン公女」

葬送の儀の祈りのような、静かな声がオデリトの薄れゆく意識の耳に届いた、まさにその瞬間――。

さらさらと、オデリトの肉体が光の粒子となって完全に崩れ落ちた。

私の腕の中で、彼女はまるで神の祝福を受けるかのようにして、その傲慢な生を終えた。どこか不気味なほど静かで、穏やかな最期だった。

「……結局、あいつもこうなる運命だったか」

テシリドが、剣を収めながら低く呟いた。

仲間たちの誰も、オデリトに対して好意を抱いてはいなかった。だが、「死」という絶対的な概念は、それが善人であれ悪人であれ、それ自体を神聖なものとして扱わずにはいられない側面が、騎士たちの心にはある。

そのため、場に満ちる空気は、難攻不落のボス討伐の成功を喜ぶ雰囲気など微塵もなく、まるで本当の葬儀でも執り行っているかのように、重苦しく沈み込んでいた。

もちろん、その死に対して、本物の悲しみを抱いて泣き崩れる者もいた。

「お、お姉様……オデリトお姉様……嘘でしょ……」

それが、決して健全な姉妹愛などではなく、長年虐げられる中で刷り込まれた歪んだ依存関係の産物であったとしても、ヒルデの流す涙だけは本物だった。

一方その頃、私は腕の中に残された、主を失った黒い魔導官の制服を、冷徹な目で見下ろしていた。

「え……?」

「どうしたの、アイレット?」

「おい、何をしてるんだ?」

仲間たちの戸惑いと心配の視線が、一斉に私へと向けられる。

突然、私はオデリトの遺品となったその制服のポケットを、乱暴な手つきで貪るように探り始めたからだ。普段の冷静な私らしくない、明らかな焦りと切迫感が滲む手つき。実際、私は中身を早く確認したいがあまり、上質な制服の布地を半分ほど力任せに引き裂いてしまっていた。

やがて、私の指先が、ずっと求めていた目的の感触を捉えた。

制服の懐の奥から、高度な魔術封印が施された高級そうな革のポーチを取り出し、私は大きく息を吸い込んだ。

「――ビア」

思わず、鏡の中に囚われている親友の名を呼んでしまった、まさにその時だった。

重厚なボス部屋の巨大な扉が外側から勢いよく開き、武装した多くの人々が、怒涛の勢いで室内へと雪崩れ込んできた。その集団の中でも、特に先頭に立つ二人の圧倒的な存在感が目を引いた。

「王子殿下! 王女殿下! 今、お助けに参りました!」

「ボスは一体どこだ……ん? おい、そこの聖女、お前が手に持っているそれ、うちの生意気な姪っ子の私物(空間インベントリ)じゃないか?」

現れたのは、王国の最高戦力であるオーラマスター、ロミナ・レカンド侯爵と、魔導共和国の狂気のキメラ研究者、モリフィス・マルセリオだった。

私たちがボス戦を開始した直後、聖域全体の空間構造変化が停止し、すべての迷宮内の戦力がこの最奥の訓練場へと強制召喚されたのだ。その恩恵のおかげで、彼ら二人はあの重力空間を振り切って脱出した直後、ほとんどタイムロスすることなく、このボス部屋へと到達できたのだった。途中で散り散りになっていた王国軍や魔導軍の残存兵力とも合流しながら。

忠義深い王国の騎士、ロミナ・レカンドは一足飛びでセルレスティド王女のもとへと駆け寄り、その安否を必死に確かめた。

「王女殿下、ご無事ですか!?」

「助けに来てくださったのですね、レカンド侯爵。私は見ての通り、アイレットのおかげで大丈夫です」

「あぁ、ご無事で何よりです! ……ですが、ハデイル王子殿下の姿が見えませんが、一体どこに……?」

「兄は残念ながら……」

「まさか、手遅れだったのですか……!?」

「いいえ。あそこに、天井から繭のようにぶら下がっておりますわ」

「ひっ、王子殿下――っ!」

ロミナは慌てて天井を見上げ、糸に巻かれて無様にぶら下がっているハデイル王子を救出し、慎重に下へと降ろした。すでに意識を失って久しい王子の周りに、王国軍の兵士たちが慌ただしく集まっていく。

一方、魔導公爵のモリフィスは、その場にただ静かに立ち尽くしていた。

自らの血筋の者であるはずのオデリトの姿は、すでにそこにはなく、彼女の空間インベントリだけが残されている。そして、それを一心不乱に漁っている一人の女性の姿だけが、彼の狂気的な視線を強く惹きつけた。

驚くべきことに、そこにいる女性は――かつてダンジョンの精神試練において、自らの「理想のタイプ」としてモリフィスに最も甘美な幻影を見せた、あの桃色の髪の女性その人だったからだ。

「彼女は……一体誰だ?」

ちょうどよく、後ろにいた魔導軍の兵士の一人が、緊張した声で答えた。

「教国の、臨時の聖女様です」

「聖女……だと?」

「はい」

モリフィスは、胸を強く打たれたかのように息を呑んだ。なんという奇妙で運命的な巡り合わせだろうか。もともとこの地でやろうとしていた実験への執着が、彼女の存在によって、さらに強く、激しく燃え上がっていくのを感じていた。

興奮を抑えきれないモリフィスは、開いた瓦礫の洞口を通って、私の方へとゆっくり近づいてきた。だが、私は近づいてくる彼の足音などには一瞥もくれず、ただ無心にオデリトのインベントリの魔術ロックを解除し、中を漁り続けていた。

「こほん、こほん。お美しい聖女様。一体何をお探しで? この私、モリフィスが不躾ながらお手伝いいたしましょうか?」

「……」

ようやく、私は彼の方へと顔を向けた。

間近で見るその聖女の姿は、彼の狂った審美眼をさらに強く釘付けにするものだった。桃のように甘く瑞々しい髪に、春の新芽のように澄み切った淡い緑の瞳――その美しさは、戦場において異様なほど際立っている。

だが、彼女から漂う雰囲気は、その愛らしい見た目とはまるで一致していなかった。

澄んだ瞳の奥には暖かな春などはなく、すべてを凍てつかせる冬のような冷酷な冷気が宿っている。その絶対的な視線が、モリフィスを正面から射抜いた。

向かい合った瞬間、天才であるはずのモリフィスは、自らの指先から全身へと冷たい戦慄が走るのを感じた。それが、聖女の放つ圧倒的な威圧感によるものなのか、それとも、自身の内に眠る狂気じみた期待によるものなのか、今の彼には判別がつかなかった。

「――鏡」

短く、私は遮るように言った。

「ビアが封じられている、あの手鏡を出して」

「……っ、承知いたしました!」

あまりにも傲慢な命令口調であったにもかかわらず、モリフィスは不快に思うどころか、むしろ歓喜に身を震わせた。彼の強大な魔力によって、ポーチの複雑な二重空間構造が強制開錠される。

アンティーク調の豪華な枠に縁取られた、一本の古びた手鏡が空間から取り出された。

「ビア……!」

その鏡を目にした瞬間、私の全身を覆っていた冷たい冷気が、一気に溶けるようにして消え去った。

愛おしそうに呼ぶ私の声は、魔術の鏡の奥深くにまで真っ直ぐに届いた。

鏡の向こう、魔力に縛られ、力尽きる寸前で床に崩れ落ちていた黒髪の貴族令嬢――ビアが、その声に反応してかすかに顔を上げた。鏡の中で、彼女は残された魔力の鎖が許す限り、愛おしそうに両手をこちらへと伸ばした。

鏡のガラス面を境界にして、私とビアの手のひらが、ぴったりと重なり合う。

「ビア、やっと見つけた……」

「アイ……レット……」

しばらくの間、周囲の目も気にせず、互いだけを愛おしむように見つめ合うその様子から、二人がただの友人関係などではないことは、誰の目にも明らかだった。

私は目頭を熱くしながらも、込み上げる感情を必死に押さえ込むように大きく息を吸い、力強く告げた。

「少しだけ待って、ビア。今すぐ、その忌々しい鏡から出してあげるから」

背後で、モリフィスの銀灰色の瞳が、さらなる研究への興奮に満ちてギラギラと輝いていた。

私は体内の全神聖力を限界まで引き上げ、空間全体に宣言するように、言葉に絶対の力を込めた。

「――『見極める(アナライズ・ディシジョン)』!」

聖女の持つ力は、あまりにも強大で規格外だった。

魔導の天才と称されるモリフィスでさえ、その鏡の作動原理と解放条件を理解するには膨大な時間が必要だったというのに、彼女はすべてを一瞬で見通したかのように、第八位の究極解放スキルをノータイムで発動させたのだ。

眩い神聖光を帯びた私の手が、鏡の表面にある見えない因果の膜を払いのけるように、優しくなぞる。

対象を不当に拘束する、あらゆる外的魔術要因を強制破壊する絶対的神聖力スキル――『見極め』。

それは、この古代遺物である鏡が求めていた、“完全なる解放”の条件に、これ以上ないほど完璧に適合していた。

鏡の魔術回路が、即座に私の命令に応じた。

鏡の中でビアの手首と足首を無慈悲に縛り付けていた漆黒の枷が、小気味いい音を立てて次々と外れていく。

やがて、彼女の存在を世界から遮断していた鏡の表面が、ドロリと崩れ落ちるようにして、閉じ込められていた貴族令嬢の身体を、現実の空間へと優しく吐き出した。

「ビア――っ!」

私は、前のめりに倒れかけてきたビアの華奢な身体を両腕でしっかりと受け止め、そのまま壊れ物を扱うように強く、強く抱きしめた。

「ビア、ビア……! 本当によかった……っ!」

「アイ……レット……、本当に、あなたなのね……」

冷たい戦場の中、二人の少女の涙だけが、温かく世界を照らしていた。

 



 

 

【憑依者の特典】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「憑依者の特典」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...