こんにちは、ちゃむです。
「憑依者の特典」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
140話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 狂った再会
その不吉な足音の主は、最後の一歩を優雅に踏み出すと、玉座のすぐ目の前でその足をピタリと止めた。
漆黒の闇のような艶やかな黒髪を持つ、息を呑むほどに整った美男子が、玉座の前に堂々と立ち塞がり、冷酷な目でこちらを見下ろしている。
その端正な口元には、私の記憶に深く刻まれて離れない、あの忘れもしない妖しい微笑みを浮かべながら。
「――本当に、久しぶりだな、アイレット・ロデルライン」
「……」
いつもと変わらない、周囲の空気を一瞬で凍らせるような、絶対的な緊張と威圧感を孕んだ低いハスキーな声。
その不吉な響きに対して、自らの身体が本能的な恐怖で僅かに反応してしまう自分自身が、私はたまらなく嫌だった。
「……リード」
私は、あえて剣を持っていない左手のほうを自らの背後へと静かに回し、正面の彼を親の仇のように鋭く睨みつけた。
ここで、左側の壁に無残に貼り付けられているテシリドのほうへと安易に視線を向けてしまえば、自分の最大の弱点(人質)を相手に教えてしまうことになる。だから私は、鋼の意志で意識して視線をテシリドから完全に外し、リードの顔だけを凝視し続けた。
そうして、私とリードの間で、しばらくの間、一言の会話もないまま無言の鋭い視線が空間で激しく交錯していると、やがて彼の美しい口元が、わずかに満足そうに深く歪んだ。
「よくやった、アイレット・ロデルライン。お前のその徹底した冷徹な態度、本当に素晴らしいな」
「……一体、何の話をしているの?」
「さっき、私がこの空間に現れたその瞬間。お前がもし、あの左側で惨めに転がっている『17回目の虫(テシリド)』のほうを、一瞬でも心配そうに振り向いて確認するような、そんなみっともない弱さを見せていたなら――私はその瞬間に、お前の目の前であいつを跡形もなく肉片にして殺してやるつもりだったのだからね」
「……」
ここで小さく息を呑んだり、身体を震わせたりして、相手に自らの動揺を悟らせるつもりは毛頭なかった。私はあえて、表情を氷のように冷たく保ったまま問い返す。
「……その傲慢な言い方から察するに、テリーはまだ、あなたの手によって完全には殺されてはいないみたいね」
「もちろんだとも。私はまだ、あいつをあの絶望の【第18回目】の世界線へと強制的に送るような無粋な真似はしていないさ。……それもこれも、お前がその背後に隠している『左手の奇跡の治癒の力』が、今もあいつの心臓の奥で健気に効き続けているおかげだろう?」
「……っ」
「まさか、私がその程度のお前の姑息な隠し事すら見抜けない無能だとでも思ったのかね? ……だとしたら、随分と私を侮高に見くびられたものだな、アイレット」
あいつにすべてが完全にバレていると分かった以上、これ以上隠れてコソコソする意味はなかった。私は開き直ると、背後に隠していた左手を堂々と正面へと伸ばし、壁のテシリドに向けて聖なる「遠隔治癒」の光の術式を本格的に起動した。リードは、私のその行動を目の前で見つめながらも、あえて止めようとはしなかった。
なぜなら、テシリドの胸を真っ正面から深く貫いているあの巨大な漆黒のオーラブレードを物理的に引き抜かない限り、どのみち今ここでできることなど、表面上の止血と、微かな命の寿命を繋ぎ止める程度の応急処置が限界であると分かっていたからだ。
私はテシリドの細い命の灯火を絶対に消させまいと、左手から絶え間なく聖なる光を送り続けながら、同時にその鋭い目でリードのすべてのアクションを観察する。実のところ、私の視線は、リードがこの空間に姿を現したその瞬間から、ただの一秒たりとも彼から逸らしてはいなかった。
「……どうして、今更この場所に直接姿を現したの?」
あなたという混沌の存在と、私という存在がこうして真っ正面から顔を合わせれば、その結末には世界の「破滅」しか残されていない。
お互いに会わずに遠くから牽制し合うことこそが、この世界線における最善の選択であることくらい、誰よりも当人であるあなた自身がよく分かっているはずなのに。
私は、今にも怒りで歪みそうになる自らの表情を必死の理性で抑え込み、冷徹にその問いをリードへ投げつけた。
「……まさか、あのビンチェスターの王族の連中を裏から操って、一網打尽に皆殺しにしようとしていたあなたのあの卑劣な計画が、私の手によって完璧に失敗に終わったから……。そのみっともない言い訳でもしに、わざわざ私の前へ出てきたのかしら?」
「さあな。一体どうだろうね」
「はぐらかさないで、今日のあなたの本当の目的をはっきりと言いなさい」
そうでないと、私は今この瞬間にでも、自らの魂を削ってでもあの最強の「神聖降臨」の術式を発動し、あなたと刺し違える覚悟で戦うしかないのだから。
しかし、まるで私と今すぐ戦う気など最初からないかのように、リードは優雅な動作で、ゆっくりと首を傾げてみせた。
「……単に、お前のその美しい顔が、もう一度間近で見たくなったからここへ来たのだと言ったら、お前は私の言葉を信じてくれるかね?」
「ええ、信じたふりくらいなら、いくらでもしてあげるわ。……で、目的の顔をもう十分に見たのなら、用は済んだでしょう。さっさと自分の薄汚れた世界へ帰ってくれる?」
「いや。せっかくこうして会えたのだ、もう少し二人で楽しい話をしようじゃないか、アイレット・ロデルライン」
リードはそう言うと、玉座の豪華な黒い肘掛けを、長い片手で愛おしそうにゆっくりとなぞりながら、その口元に邪悪な笑みを浮かべた。
「ふむ……見渡す限り、この部屋には偉大なる王が座るべき席が、たった一つしか残されていないな。……どうだ、アイレット。お前が私の代わりに、この玉座に座るかね?」
「遠慮するわ。そんな薄汚れた席に座る趣味はないの」
「そうか。せっかくの客人たるお前を、最上級の席に座らせてやろうと思ったのだがね。……じゃあ、代わりに……」
彼が、その美しい赤い目だけを冷酷に動かし、私の左側の壁のほうへと視線を向けた、まさにその刹那だった。
「――がはっ……、……あ……っ!?」
「テリ――っ!!」
壁に縫い付けられていたはずのテシリドの身体が、不可視の引力によって一瞬にして玉座の前へと強引に引き寄せられた。そして彼の身体は、骨が折れるような凄まじい衝撃と共に、玉座の椅子の上へと乱暴に叩きつけられるようにして座らされたのだ。
彼の青白い口元から、大量の鮮血が再びドクドクとあふれ出る。
「リード、あなた――っ!!」
「あぁ、そんなに必死な顔をして、私の名前を何度も大声で呼ばれると――」
リードの強固な右手が、まるで猛獣の爪のようにテシリドの細い肩へと容赦なく深く食い込み、そのまま乱暴な力で、彼の前に垂れ下がっていた頭の髪を掴んで引き上げた。
「――もっとお前のその美しい声で、私の名前を聞きたくなってしまうな、アイレット・ロデルライン」
「くっ……、……あ……」
無理やり顔を上へと引き上げられたテシリドが、あまりの劇痛に耐えかねたように、苦しげな掠れた息を漏らした。
彼の固く閉じられていたまぶたが、かすかにピクリと震え、その奥から、私の大好きな深い海のような色をした美しい瞳が、ゆっくりと虚空に現れた。
未だに焦点の定まらない彼の朧げな視線が、真っ正面の目の前に立ち尽くしている私の姿を、ようやく捉える。
「……あ、……い、……れ、……と……」
「テリー……」
あれほどの致命的な神聖空間の崩壊の傷をその身に負わされながらも、彼は未だに、奇跡的に自らの意識を保ち続けていたのだ。
だが、それは決して私にとって安心できるような報せではなかった。むしろ、目の前の最悪な状況と相まって、私の指先が恐怖で一瞬にして凍りつくほどの、絶望的な危機感を呼び起こした。
だめだ。
こんな状況は、どんな歴史を考えても、絶対にだめだ。
「――ああ、やっぱり、私の思った通りだ」
リードの楽しげな、歓喜に満ちた低い声が、私の鼓膜をぞわりと不気味に震わせる。
「お前は、この私と、この『ゴミ(テシリド)』が、こうして同じ空間で真っ正面から対面してしまうような状況を……心の底から、何よりも望んでいなかったのだな?」
「……」
リードは、私の心の奥底にある最も触れられたくない致命的な内情を、一寸の狂いもなく正確に読み取っていた。
自らのすべてを犠牲にして必死に拒絶している私とは対照的に、この絶望的な状況のすべてを心底から楽しんでいるかのように、彼の妖しい赤い瞳が、闇の中でギラギラと狂気的に輝き出す。
リードの手が、テシリドの頭の上で、無造作に、けれど冷酷に動いた。
苦痛に激しく歪むテシリドの横顔が視界に入った瞬間、私の頭の中は、怒りと恐怖であっという間に真っ白になりかけた。
私は無意識のうちに、体内のすべての聖なるオーラを限界まで引き上げ、あいつを叩き潰すために一歩前へと踏み出しかけた――まさにその瞬間、上空から冷たい、絶対的な警告のナイフが突き立てられた。
「――それ以上、軽率な行動を取るのは控えろ、アイレット・ロデルライン。私のこの手が、今度はお前の大好きなこの男の髪の毛ではなく、その頭蓋骨そのものを、この場で木っ端微塵に握り潰すことになるかもしれないぞ?」
「……っ」
それは、今の私をその場に制止させるためには、あまりにも十分すぎるほどの残虐な脅しだった。
その最悪な事実を悟り、私は地面に足を縫い付けられたかのように、一歩も身動きが取れなくなってしまう。それを見たリードは、満足そうに喉を鳴らして低く笑った。
(落ち着きなさい、アイレット。……冷静になるのよ。必ず、どこかに一瞬の隙(機会)が生まれるはずだから……)
私が自らの荒れ狂う心を必死に落ち着かせようと血を流している間にも、リードは自らの手の中にあるテシリドの無残な頭を見下ろしながら、哀れむように口を開いた。
「本当に、私には理解できないな。お前ほどの特別な存在が、一体どうして、こんなにも無価値で惨めな奴と一緒にいるのだ?」
「……」
「弱くて、愚かで、甘くて……まるで、地を這う虫けらと何一つ変わらないというのに」
「……」
「もしかして、アイレット。……お前とこいつは、私に隠れて『恋人同士』にでもなったのかね?」
その彼の軽々しい侮蔑の一言に、私の胸の奥底が、ざわりと不快な波立ちを見せた。
だが、私がその言葉を否定するよりも遥かに早く、リードのほうが自ら鼻で笑って、その結論をあっさりと引っ込めてみせた。
「いや、違うな。そんなわけがない。お前がそんな愚かな選択をするはずがないからね」
「……」
「もしもお前がこの世界で本当に『恋人』という存在を選ぶのだとしたら……こんな無能な男ではなく、当然、この私を選ぶはずだろう? ……なぜなら、この世界において、私の方があいつよりも遥かに、何万倍も強大で、美しい『価値』があるのだからね」
あいつは、勝手に自らの歪んだ基準を並べ立て、私の持つべき同情や憐れみの感情のすべてを、まるで最初から自分だけのものであるかのように傲慢に扱っていた。
私が無言のまま沈黙を貫いている間も、彼の不気味な独り芝居はどこまでも続いていく。
「……それとも、やっぱり私の見立て通り、そうなのかな? お前は、こいつのこういう惨めで哀れなところが、個人的にいたく気に入ってしまったのかね?」
「……」
彼の赤い瞳が、私の顔の筋肉の僅かな動きや反応の一切を、一つ残らず見逃すまいと、執拗なまでの狂気を孕んでギラギラと光る。
「なあ、アイレット・ロデルライン。……他ならぬこの私が、お前に直接質問をしているんだよ?」
リードのもう一方の冷たい指先が、テシリドの白い頬を、愛おしそうに撫でるようになぞった――。
「――お前は、本当に気に入ってしまったのか? ……この、救いようのない『クズ』のことが」
「くっ……、……あぁっ!」
リードの鋭い指先が、テシリドの美しい顔の皮膚を容赦なく深く切り裂いた。彼の顔の左半分が、一瞬にして真っ赤な鮮血で染まっていく。
「テリ――っ!!」
私のその、隠しきれなかった激しい動揺をあからさまに全身で感じ取って、あいつは本当に、心の底から楽しそうにその肩を揺らした。
今、自分の目の前に立っている存在こそが、数え切れないほどの絶望の輪廻の果てに完全に精神が崩壊してしまった、本物の――【狂った100回目のリード】――なのだと、私は嫌でも残酷な現実として実感させられる。
「さあ、早く答えろよ、アイレット・ロデルライン。私がお前の目の前で、このクズの肉体を今すぐ粉々に引き裂いてしまう前に。……お前が、世界のすべてを捨ててでも、私だけを真っ正面から見るかどうかを、今ここで試してしまう前にね」
「――やめて、リード!」
「へえ? 私はてっきり、お前にとってこいつが、この世界で一番『価値のあるもの』だと思って人質に選んだのだが……どうやら違ったようだな。まあ、いいさ。お前にとってこいつが『一番大切なもの(恋人)』ではないというのなら、残された答えは、もうこの世界に一つしか残されていないな」
「……」
リードは、その美しい顔を狂気的に歪ませながら、私の魂を射抜くようにして言った。
「――アイレット。お前にとってこいつは、世界を救うために『必要』なだけの道具なんだろう?」
「――っ!?」
その決定的な言葉を突きつけられた瞬間、私の視線は、己の理性の制御を離れて、思わず玉座のテシリドのほうへと真っ直ぐに向いてしまった。
「……」
さっきまで、引き裂かれた激痛に耐えるために苦しげに歪んでいたテシリドの顔から、その一瞬にして、すべての感情の色が綺麗に抜け落ちていった。
まるで、今受けている身体の痛みすらも完全に忘れてしまったかのような、真っ白で、空っぽな無表情。……その状態のまま、彼の海のような色の瞳が、真っ直ぐに私だけを見つめていた。
まるで、私に向かって、その残酷な問いの「本当の答え」を求めるかのように。
この距離では絶対にそんなはずはないのに、彼の深い海のような瞳の奥が、ガラスが粉々に砕け散るかのように、悲しく激しく揺れ動いた気がした。
「――ククッ、まあ、そうだろうな。お前がこの崩壊しかけた世界を救うという大義名分を成し遂げるためには、どうしても……どうしても、この『聖剣の主(テシリド)』というシステムが必要不可欠なのだろう?」
耳元に、ドロドロとした猛毒を直接流し込まれているかのような、凄まじい吐き気が私を襲う。
――ああ、そうか。……そういうことだったのね、リード。
リードという悲しい存在の本質は、長い輪廻の果てに培われた、吐き気がするほどの激しい「自己嫌悪」と「自己破壊衝動」だけで出来上がっているのだ。
あいつが、最初からこの場所で本当に狙い、傷つけようとしていた本当の対象は――私ではなく、自分自身の過去の姿そのものである、目の前のテシリドだったのだ。
「……黙りなさい、リード」
「おやおや、急に発言の口調が過激になったな、アイレット。……どうやら、私の言った言葉が、お前の最も隠しておきたかった核心を完璧に突いてしまったようだね?」
「いいえ、絶対に違うわ。あなたの歪んだ妄想なんて、一寸の真実も入っていない」
「あり得ないね。お前のような高貴な存在が、こんな地を這う虫けら同然の男に対し、それ以外の『道具としての価値』なんて見出すわけがないだろうが」
あいつの放つその冷酷な言葉は、私ではなく、玉座で傷ついているテシリドの心を完全に殺すために、意図的に向けられているものだった。
――なら、私の返す答えも、最初から一つだけだ。
「……リード。あなたが、かつて私の前で確かに言ったはずよ。――『たとえ、自分の人生にとって一寸の“必要性”がなかったとしても、それでも、ただ自分のそばにずっと置いておきたい大切なものがあるのだ』と」
「……その言葉は――」
「私にとって、テシリドという存在は、まさにそういう存在よ。……あなたの言うその“必要”という意味が、世界を救うためのシステムを指すのだとしたら……たとえ、この先世界を救うことに失敗してすべてが滅び去ろうとも、私は、私の意志でずっと彼のそばにいるわ」
その瞬間、玉座の周囲にいた二人の男の表情が、驚きによって同時に大きく、激しく揺らいだ。
「……っ」
あまりにも予想外の、自分のすべてを肯定してくれる聖女の言葉を前にして、テシリドの海のような瞳が、限界を越えて大きく見開かれた。
やがて、テシリドは自らの震える唇を強く噛みしめ、溢れ出そうになる何かを堪えるようにして、静かに両目を閉じた。その血に染まった顔が、今、嬉しさで笑っているのか、それとも悲しさで泣いているのかは、遠くの私からは分からなかった。
一方、その言葉を真っ正面から浴びせられたリードは――。
「……ふん、実に見事な欺瞞だな、アイレット・ロデルライン」
「……」
周囲の現実の空気そのものを一瞬で凍りつかせるような、この世の終わりを告げる凄まじい冷たい殺意の気配を、その全身から剥き出しにして放ち始めた。
「世界を救う必要はないと言いながら、しかし、この世界の滅びだけは絶対に許さない、か? ……ずいぶんと、自分にばかり都合の良い綺麗な話を並べ立ててくれるものだな、アイレット・ロデルライン」
「中途半端な屁理屈を並べて、話を誤魔化すのはおやめなさい、リード」
「いや、誤魔化してなどいないさ。……お前は結局、“あいつをただ自らのそばに置く”という、その都合の良い行為そのものが、結果としてこの世界の滅びを防ぐための最大の防壁(トリガー)になると計算しているのだろう? だからこそ、今もそうしてあいつの隣に寄り添っている……。――それは結局のところ、あいつの存在が、お前にとって何よりも『必要』であることの、何よりの証明ではないか」
「……本当に、あなたとはどこまで行っても言葉が通じないわね。やっぱり、私とあなたが本当の意味で分かり合える日なんて、この先どの世界線を選んでも、永久に訪れることはないみたいだわ」
私は、言葉の終わりと同時に、自らが立っていた冷たい地面を、ありったけの力で強く蹴り上げた。
「女王の力」のすべてを、自らの両脚の筋肉へと一瞬で集中させる。
大地を派手に砕き割るほどの凄まじい脚力を、そのまま前進するための絶対的な推進力へと一瞬で変換し、人間の目の限界を超える圧倒的な神速の速度へと移行する。
私は、自分を包囲していたあの漆黒のオーラブレードの陣形を一瞬の加速だけで完全に突破し、テシリドの待つ王座へと向かって猛然と駆け抜けた。
玉座までの残された距離は、あと、わずか十歩ほど。
リードの身のこなしには、一寸の隙も見当たらない――ならば、今ここで複雑な作戦などを考えるまでもない。
何が何でも、自らの手でテシリドを今すぐ救い出す。それだけだ。
急げ、一秒でも早く。
あの完全に狂ってしまった【100回目のリード】の精神的な猛毒が、これ以上テシリドの純粋な心を侵食して壊してしまう前に――!
前へ、一気に五歩。
〈――アイレット、いけない、後ろから来ているわ、避けなさい――っ!!〉
次の瞬間、空間の死角から、無数の漆黒のオーラブレードが私の背後を狙って容赦なく襲いかかってきた。
私は自らのサブ剣を素早く引き抜き、背後を見ることなく、その黒い刃の凶悪な軌道を正確に受け止めて弾き返した。
背中に火花を散らしながら、黒い刃の僅かな隙間を縫うようにして、自らの身体を極限までひねってすべての直撃を回避していく。
――あと、残された距離は、わずか二歩。
全身の皮膚をかすめ、ドレスを赤く染めていく鋭い斬撃の痛みのすべてを完全に無視し、どれほど深い傷を負おうとも、私はただリードのいる牙城へと力強く踏み込み続けた。
――そして、最期の一歩。
「――リード――ッ!!」
私は跳び込む凄まじい勢いのまま、自らのすべての聖なるオーラをまとわせたメインの剣を、あいつの脳天めがけて真っ直ぐに振り下ろした。
だが、リードはそんな私の決死の一撃に対しても、終始余裕を崩さないまま、ただ片手を優しく上へと掲げてそれを受け止めてみせた。
キィィィィン――ッ!!
透明な強固な魔力の壁が、空間で激しく弾けるようにして凄まじい火花を散らし、私と彼の間に絶対の壁として立ち塞がった。
その、剣一枚を隔てたすぐ向こう側で、リードが、ゆっくりと自らの美しい口を開く。
――しかし、その冷酷な視線は、目の前にいる私ではなく、背後の玉座で傷ついているテシリドのほうへと真っ直ぐに向けられていた。
「――テシリド・アージェント」
リードは、嘲笑を浮かべながら、テシリドの魂を永遠に呪うかのように告げた。
「お前という哀れな虫けらが、一体なぜ、あのアイレット・ロデルラインにとって……これほどまでに『必要な存在』であるのか。――その残酷な本当の理由を、今から私が、お前にたっぷりと教えてやろう」