憑依者の特典

憑依者の特典【120話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「憑依者の特典」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【憑依者の特典】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「憑依者の特典」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...

 




 

120話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 世界の起源

「つまり……この世界の起源は“本”にあって。それで私は――」

一度、肺いっぱいに息を吸い込んでから、ゆっくり吐き出す。

「その本の中の登場人物に――憑依した、ってことです」

――言った。

そこから、私は一気に説明を始めた。

『セグ教』という小説のこと。神界における“憑依プロジェクト”の存在。そして――私がこの世界に入り込むことになった、一連の経緯。

言葉を選びながら、できるだけ整った説明になるよう意識して話す。

……ちょっと、慎重すぎたかもしれない。

部屋に響く自分の声が、妙にかすれていた。

喉を絞られたみたいに、いつもより低く沈んでいる。

〈……〉

それからしばらくの間――アグネスは一言も発さず、ただ無表情のまま、じっと私の話を聞き続けていた。

――“小説”。つまり、ただの虚構の世界が、現実の土台になっているという事実。

それは、この世界に生きる人間にとって――暴力や冒涜なんて次元を超えた、“存在そのものへの反逆”と受け取られてもおかしくない。

……ましてや、神を信じる者なら。

やがて、説明は終わった。

重苦しい沈黙の中、私はアグネスの表情をそっと窺う。

〈……〉

――怖い。

怒っている様子はない。

けれど、その“何も見えない静けさ”が、逆に不気味だった。

そして。

ついに、彼女が口を開く。

〈……虚構が、現実になった……ってこと?〉

「はい。アグネスが“現実”であるのと同じように――私も、ちゃんと現実の存在です」

〈……なら、私が信じてきた“神”は?〉

「……」

〈“厳格な秩序と善”が存在しない世界なら――私の神は……最初からいなかった?私は、ずっと幻を信じていたの?〉

その瞳は――まるで何かの“判決”を待つように、張り詰めていた。

私は、静かに首を振る。

「……私も今日、やっと気づいたんですけど。それは違うと思います」

〈違う?〉

「万物商のおばあさん、言ってたじゃないですか。“神が神を創ることはできない”って。それに――この世界を作った“前任者”がいるって」

〈……そうね〉

「偶然なのか、それとも改変されたのかは分かりませんけど――“厳格な秩序と善”は、ちゃんと存在しています。ただ……自分が作った世界を、そのまま放置して去ってしまっただけで。これも、原作の設定に忠実だからなのかどうかは分かりませんけどね」

――つまり。

少なくとも“幻想”なんかじゃない。

〈はぁ……〉

神の存在自体は肯定されたのに――アグネスの表情は、むしろ曇ったままだった。

しばらくして。

彼女は、自分の中で思考を整理するように口を開く。

〈……つまり、今の状況はこういうことね。“神がいない世界は未来を描けず、いずれ滅びる”という法則があって。その運命を――たった一人の人間の“回帰”が、どうにか食い止めている……そういう話?〉

「はい。……それが原作の終盤――99周目で明かされる、最大のどんでん返しなんです」

〈……要するに。全部、“神が無責任に逃げ出した”せいで起きているってこと?〉

「無責任って言葉を使ったせいか……少し声が震えた気がした」

「はい。原作と同じように行動した神のせいで……」

〈待って、アイレット〉

そのときだった。

アグネスが、これまで一度も考えたことのなかった視点を提示してきた。

〈それってつまり――神が物語に従ってるんじゃなくて、“物語のほうが、神界の現実をなぞってる”んじゃない?〉

「……あ」

思わず、声が漏れた。

――確かに。

第二部で明かされた設定も、神の行動も。

そのすべてが“現実”だったとしたら……?

筋は通る。

いや――むしろ、完璧に辻褄が合う。

これは……本当に、あり得る話だ。

『セグフェは一度、連載を中断したことがある。その出来事を境に、物語は第一部と第二部に分かれた』

平凡な世界救済譚だった――85回目までが第一部。

世界を救ったにもかかわらず、回帰の呪縛から抜け出せず絶望する“敗者”となった――86回目以降が第二部。

そして、その二つは――結末からして、まったく別物だった。

だから、もしかすると……。

『第二部は、“前任者”によって新たに再構築された物語なんじゃないか?』

そんな仮説が、頭をよぎる。

本来、この世界を創った神――『厳格な秩序と善』は、主人公が世界を救い、きれいに完結する第一部を基に、この世界を築いたはずだ。

だが――その神が“逃げ出した”ことで。

主人公と世界、その両方に“歪み”が生じた。

物語の中に刻まれていたはずの条件――『世界を救うこと』

それこそが、テシリドの回帰を終わらせるための、絶対条件だったはずなのに。

そして――神界に存在する法則。

『神のいない世界は、未来を描けず、やがて滅びる』

この次元の絶対原理。

その法則と――物語に刻まれた“世界を救う条件”。

二つが複雑に絡み合い、テシリドの回帰という現象を成立させていた。

「……つまり」

思考が一気に繋がる。

「本来存在しなかったはずの“第二部”が――こうして生まれてしまったってことか」

ああ……。

これが“腑に落ちる”ってやつか。

「はは……」

そうだ、これだ。これだったんだ。

「やば……マジで……」

〈どうしたの?完全に放心してる顔だけど〉

「はい。完全にそれです……。アグネスがいなかったら、私どうなってたんだろ……。

食らうならせめて理解した上で食らわないと、これ、何も分からないままやられてたやつじゃん……」

――ふと。

静まり返ったメッセージ欄が目に入る。

「……あれ?ねえ、神様たち?」

【“万象の混沌を監視する瞳”が、そっと視線を逸らした。】

【“均衡を司る読書家”は、どこ吹く風でコーヒーをすすっている。】

【“試練の魔天楼の建築家”は、無言で塔へと引きこもった。】

【“魂を裁く天秤”が、“世界を構築する精霊”の脇腹をつついている。】

【“世界を構築する精霊”は、正体不明の神に向かって悪態をついた。】

【“奇跡の監察官”は、“世界を構築する精霊”の口を塞ぎ、他の神々を睨みつけている。】

……いや、ちょっと待て。

お前ら、団体で“知らんぷり”決め込んでないか?

第一部で終わっていれば、せいぜいSランク難易度で済んだはずの世界が第二部なんてものが生まれたせいで、“リード”まで誕生してしまった。

――結果として。

この世界は“SS級”へと跳ね上がった。

最初からそういうクソ難易度の作品なんだと諦めていた頃には気づかなかったが、本来はそうじゃなかったと分かった瞬間――理不尽さが、一気に込み上げてきた。

【“均衡を司る読書家”が、現実は変わらないのだから前向きに考えろと軽く咳払いをする。】

【“世界を構築する精霊”が、申し訳程度に「あなたのための補償は用意している」と優しく語りかけてくる。】

……まあ、よく考えれば。

あの“秩序と善”の神だって、前任者のせいで振り回された被害者側だ。

本来なら慰められるべき立場なのに、逆にこちらを気遣ってくるのだから少しは、気持ちも和らぐ。

――それでも。

胸の奥に残るモヤは、消えなかった。

ここまで理不尽を押し付けられている“憑依者”ですらこの気分だ。

なら――何度もやり直しを強いられてきた“回帰者”は、いったいどんな心境なんだろうか。

「はあああ……」

神界に届くんじゃないかってくらい、天を仰いで盛大にため息を吐いた、そのとき。

〈ねえ、アイレット〉

アグネスの声が、意識を引き戻す。

どこかためらいを含んだ声音。

いつもの彼女らしくなくて、思わず眉をひそめた。

「どうしたんですか、アグネス?」

〈あのね……。これ、ずっと考えてたことなんだけど……〉

「はい」

〈ちゃんと、真面目に聞いてほしいの。変に受け取らないで〉

「分かりました。どうぞ、アグネス」

思わず姿勢を正す。

そんな前置きをされれば、嫌でも緊張する。

――そして、彼女が口にしたのは。

〈魂って……信徒として扱われるの?〉

「……」

〈ダメ……?〉

一瞬の沈黙のあと、私はゆっくりと両腕を広げた。

「――ようこそ、アグネス。姉妹へ」

その日、アグネスは――改宗した。

それも、最高にクールで、最高にイカした“私教”へ。

 



 

――その頃。

「……ビエル……秩序と……善……」

テシリドは、床に崩れ落ちたまま血を吐いていた。

内臓を握り潰されるような圧迫感。

それは、これが初めてじゃない。

けれど――今回は、明らかに“質”が違っていた。

“幻想の図書館”――。

あの場所で彼は、“真理の欠片”がセーブポイントの素材となることを探り当てたことがあった。

今、体を襲うこの異常も――あの時、反動に呑み込まれたのと同じ現象だ。

あの時は、神に挑んだからこそ引き起こされたものだった。

だが今回は違う。

何もしていないのに――一方的に“罰”を受けている。

(この世界を捨てて去った、だと……。セーブポイントの主は、一体どこの誰だ……ここまでやるかよ)

皮肉にも似た感情が、胸の奥に滲んだ。

「……クッ」

血を一口、吐き出す。

震える手で懐を探ると――取り出したのは、小さなガラス瓶。

かつてパンドラの地下ダンジョンで、アイレットから渡されたポーションだった。

彼はそれを、最後の一滴まで――一気に飲み干した。

すると――さすがは最高級ヒーリングポーション。

体の内側が、みるみるうちに修復されていくのがはっきりと分かった。

(助かった……)

彼女がくれたポーションがなければ――このボロボロの身体を治すために、魔力を無理やり絞り出す羽目になっていただろう。

……そして、それは確実に“悪手”だった。

――だからこそ。

(この周回は、絶対に捨てられない)

唇に残った血を、袖で乱暴に拭い――彼はゆっくりと体を起こした。

壁にもたれかかっていた美丈夫は、ぐっと首を反らし、天井の向こう――空のさらに向こう、次元の彼方にいるはずの“何か”へと視線を向ける。

そして――久しく忘れていた“祈り”を、口にした。

「……ちゃんと生きる。だから――この周回、もう少しだけ……持たせてくれ……」

静かに、しかし必死に紡がれた願いは、誰にも届かぬまま、空へと溶けていった。

 



 

翌日からは、聖女としての正式な公務が控えていた。

公王城に招かれたヒスフェリル公国の貴族たちへの挨拶。

王都ペロンサの象徴――黄金の象牙塔への視察。

さらにはパレード用の馬車に乗り、都を一周する行事まで。

やるべきことは山ほどあった。

当然、それらすべての場には――私の唯一の騎士であり、“聖剣の主”であるテシリドが同行するはずだった。

……なのに。

彼は朝食にも顔を出さず、出発時間が迫っても、私の部屋を訪ねてくる気配すらない。

(ほんっと、何してんのよ……)

いつもなら約束の時間よりずっと早く来て、待っているような男なのに。

違和感を覚え、私は自ら彼の部屋へ向かった。

ちょうどその時――彼は部屋から出てくるところで、私に気づくと、どこか力の抜けた様子で軽く会釈した。

「やあ、アイ……」

「テシリド?」

(なにこれ……なんでこんなフラフラなのよ?)

冗談じゃなかった。

テシリドはふらつく足取りで数歩進んだかと思うと、そのまま壁にもたれかかった。

「ちょ、ちょっと――!」

慌てて駆け寄り、私は彼の身体を支える。

「どうしたの!?どこが痛いの?その顔色、やばいって――!」

「大丈夫……ちょっと、血が……」

「血!?」

彼が口元を押さえていた手のひらに、赤い液体が滲んでいるのが見えた。

反射的に治癒魔法を流し込むと――テシリドの表情が、わずかに緩む。

「……楽になった」

「ちょっと、何が起きてるのよ……?」

「俺にも……分からない」

「あなたが分からないなら、誰が分かるのよ……」

「……本当に、分からないんだ」

それ以上問い詰めかけた言葉を、私はぐっと飲み込んだ。

……彼の顔色が、あまりにも悪すぎたから。

(まさか……私の知らない病気とかじゃないでしょうね……?)

胸の奥に、不安がじわりと広がる。

「ねえ……急にどうしちゃったのよ……?」

――その時。

【“天機漏洩監察官”が、まもなく調査に着手する予定です。】

【“世界を構築する言語”が、主人公は重大なバグだと判断し、不快感を示しています。】

【“至高の創造主”が顎に手を当て、深く思案に沈んでいます。】

【“世界を構築する言語”が“至高の創造主”に、現在の状況について問いかけます。】

【“天機漏洩監察官”は、本体がすでに動き出したと報告しています。】

――ぞわり、と背筋が冷えた。

何かが、動き始めている。

私は不安になって、そっと彼の腕をほどいた。

「大丈夫?無理しなくていいよ。私一人でも公務はこなせるし、女性用の護衛もちゃんといるから」

けれど――

「いや、一緒に行く。自分の役目を放り出すわけにはいかない」

その声には、揺るがない意志が宿っていた。

(……ほんと、こういうとこ頑固なんだから)

小さくため息をつきながら、私はインベントリに手を突っ込む。

「じゃあ――これ、全部飲んで」

取り出したのは、体力回復用のポーションを五本。

それをまとめて、テシリドの手に押しつけた。

空腹感を誤魔化す効果もあるそれを飲ませると、ひとまず、彼の顔色はだいぶマシになった。

(……でも)

ふと、既視感がよぎる。

(これ……二回目だ)

“幻想の図書館”でエラティアと戦った後も、確か、こんなふうにボロボロになっていた気がする。

その時、テシリドの声で我に返った。

「……遅れるな。行くぞ」

短く、けれどいつもの調子で告げられる。

(ほんと、大丈夫なの……?)

不安は消えないまま――それでも私は頷いた。

そして――ここから、息つく暇もない一日が幕を開けた。

 



 

昼まで、私は王城の応接室に詰めきりだった。

ヒスフェリル公国から来た貴族たちを、一人ひとり迎えなければならなかったからだ。

形式は個別面談。

いくつも並べられたソファを順に回りながら、絶え間なく言葉を交わしていく。

たとえば――

「ご健康で、子や孫の顔を見るその日まで、末永くご長寿であられますように」

「ありがとうございます、猊下!」

そんなふうに、簡単な祝福の祈りを捧げたり。

あるいは――

「猊下……今朝、母にきつく当たってしまって……胸が痛いのです。どうすれば――」

悩みを打ち明けられたりもする。

(……はあ)

気を抜く暇なんて、まったくない。

「――でしょうか?」

「真心と信仰を込めて、お母様に肩もみでもして差し上げなさい」

「はいっ、必ずそうします!」

望む者には、こうして助言を与えたり、簡単な祈祷を施したりもする。

「猊下がヒスフェリル公爵閣下のご令嬢でいらっしゃるというお話は、本当でございますか?」

「ええ、そうよ」

「そ、その……大変不躾ながら、もしやご婚約者は……?実は私、優秀な息子が三人もおりまして――!」

「持参金は、どのくらいご用意できるのかしら?」

「え?」

「百……いえ、他の方に取られる可能性も考えて、三百万ゴールドはご準備いただかないと――」

「で、殿下!?」

「……失礼いたしました。少々、我を失ってしまったようです。どうかお忘れください」

そんなふうにして、ヒスフェリル公爵家――つまり祖父との血縁をそれとなく匂わせながら、社交の場を乗り切っていった。

その後も何度か、より現実的な金額を提示して縁談を持ちかけてくる者が現れたが、私はことごとく条件を引き上げて撃退した。

(そのうち、変な噂が広まりそうね……)

長時間座りっぱなしだったせいか、体がじんわりと重くなる頃、ようやく午前の予定がすべて終了した。

昼食を済ませた後は、ペロサの名所――黄金の象牙塔へと足を運ぶことになった。

象牙塔の主、カロンは、かつて暗躍していた情報ギルドの長の弟子だっただけあり、持っている情報量が桁違いだった。

近いうちにペロサに教会が建設される――しかもそれが“神聖教”である私の教会だという話に、彼は強い警戒心を示していた。

(……当然よね)

だからこそ私は、良好な関係を築くため、先手を打って贈り物を用意していたのだった。

「枢機卿様、ご安心ください。私は医療分野には進出いたしませんし、愛達初教国の戦力をこちらに派遣するつもりもありません」

静かに告げるその声には、揺るぎない確信が滲んでいた。

「では……どのようにして教会の運営資金を確保されるおつもりですか?献金だけでは限界があるはずですが」

慎重に探るような問いかけ。

それに対し、アイレットはあっさりと答えた。

「聖職を利用します」

「……は?」

思わず間の抜けた声が漏れる。

「聖職は、それほど収益性の高いものではないと認識しておりますが……?」

疑念を隠しきれないその様子に、アイレットはわずかに笑みを浮かべた。

「聖職にも種類があります。私は“婚姻の聖職”を執り行い、対価を得るつもりです。……見ていればわかりますよ」

あまりにも堂々とした物言い。

その熱意に押されるように、カルトは半信半疑ながらも、わずかに警戒を緩めた。

――いずれ、信頼関係は築かれていくだろう。

そんな予感だけは、確かにあった。

こうして、黄金の枢機卿のもとへの訪問は、大きな衝突もなく終わりを迎えたのだった。

いよいよ、最後の行程だけが残されていた。

屋根のない馬車に乗り込み、ペロンサの大通りをゆっくりと進む。沿道に集まった人々へ向け、軽く手を振って応えた。

――これこそが、最も重要度の高い任務だ。

そう判断した私は、作業着ではなく、特別な衣装に身を包んでいる。

純白のドレスに、ふわりと広がる神聖なマント。

女神を思わせる優雅さをまとったその装いは、一目で人々の視線を奪った。

それはまさに、“司教の正装”。

装備することで魅力・品格・威厳・カリスマが二倍に跳ね上がるという、布教活動にはこれ以上ないほど適した装備だ。

――ただし。

どうやら、多少の“副作用”もあるらしい。

「聖女様……なんて美しいんだ……」

「まるで、この世の存在じゃないみたいだ……」

最前列でパレードを見守っていた者たちの瞳は、どこか焦点を失い、とろりと緩んでいた。

……やりすぎたかもしれないな。

聖皇庁で寄付を募ったときはよく分からなかったが、今になってみると、その効果はどこか胡散臭いほど強力に思えた。

いや、気のせいではないのかもしれない。私と同じ馬車に乗っていた領主も、ぽつりと口にした。

「おや、その服は……」

「うん」

「何か特別な加護でもかかっているのか?」

「うん」

「……なんとなく、だが」

「なんとなく、何だ?」

「いや……」

ちらりと視線を逸らし、落ち着かない様子で口元を隠す仕草が気になって、私は提案してみた。

「上下セットなんでしょう?マントだけ外してみる?そうすれば効果も少しは弱まるかもしれないし……」

「いや。マントは必ず着ていろ」

声は断固としていて、表情は鉄面皮そのものだった。

その圧に押され、私は思わず頷く。

どういう経緯か、教皇の正式な装束まで身につけて人前に立ってしまった以上、やるべきことはきちんとやるしかない。

「国民の皆さん。まもなくペロンサにて、私が教区長として赴任する予定です。教会が完成しましたら、ぜひ足をお運びください」

「はい、聖女様!」

まるで詐欺のように、効果は即座に現れた。

[システム:無神論者を改心させ、信徒にしました。]

[システム:無神論者を改心させ、信徒にしました。]

[システム:無神論者を改心させ、信徒にしました。]

……。

私が布教した無神論者たちは、自動的に“恩寵教”の信徒へと編入される。

信仰を捧げる対象の神名は『厳格なる秩序と善』と呼ばれるが、うっかり口にしないよう注意すればいい。

順調な布教活動に、思わず口元が緩んだ。

信徒が増えれば、神様の神聖力が高まり、私に与えられる『恩恵』や『寵愛』のバフも強化される。

つまり――

「よし! このままピラミッド式に信徒を増やして、寵愛バフを積み上げて第九階位の神聖力を突破するぞ!」

リードをも上回る力を得られると考え、思わず拳を強く握りしめた、その時だった。

[システム:警告。一部の信徒が他宗へと離脱しています。]

「……っ!」

馬車が通り過ぎた後方から、女性たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。

「聖女様のご主人様が美男だって噂は聞いていたけど、本当だったのね……」

「きゃあ……“厳格なる秩序と善の寵愛”って呼ばれるのも納得だわ」

「神に愛される美貌って、ああいうのを言うのね……」

――存在しているだけでハーレムバフを撒き散らし、強力な布教効果まで発揮する人物。

問題は、その隣にテシリドを従えていることだった。

[“魂を裁く天使”が主人公の教会オッパだと評判です。]

味方だと思っていた人物が、実は最大の障害だったとは……少し裏切られた気分だ。

「え?何か問題でもあるの?」

「……いや、何でもない」

一方で、私の神様はこの状況に対して寛容だった。

[“世界を構築する恩寵”は、どうせ聖女として教会に所属していれば恩寵教の信徒になるのだから、気にする必要はないと言っています。]

なるほど!

ならば、テシリドの顔を“客寄せパンダ”代わりに使って人々を教会へ引き込むだけでも成功じゃないか。

私もすっかり気が大きくなった。

「テリー、やっぱり私たちは同じ側だったんだね」

「……?」

「さあ、早くそこのお姉さんたちを見て笑って。あなたのイケメンぶりを存分に見せつけるのよ」

「……」

[『均衡を司る独裁者』は、この異端審問官を異教布教に利用しようとしていることに呆れていると言っています。]

本人は気づいていないのだから、知る由もない。

「イケメン……まあ、そうだな」

テシリドは私を見て、ふっと笑った。

無愛想な彼がこんなにも柔らかく、魅力的に見えるとは――なかなか大したものだ。

すべての予定を終えて公爵邸へ戻ったころには、ちょうど夕食の時間だった。

「お帰りなさいませ。お疲れ様でございました」

「ただいま戻りました、補佐官殿」

部屋へ向かう途中、エドが書類を差し出しながら、嬉しそうに報告してきた。

「殿下、教会を建てる用地を購入いたしました。もちろん、殿下のお名前でございます」

「もう?」

「急ぐべきことに、遅れる理由はございませんので」

「迅速な手配、感謝する。補佐官殿」

これで現実世界にも、私の拠点ができたわけだ。少し感慨深い。

エドが続ける。

「年季は入っておりますが、よく手入れされたタウンハウスのある場所でして。前の持ち主が趣味で整えた庭も、なかなか見事でした」

「全部壊して新しく建てるより、使える部分を活かして改修する方向で考えるのがよろしいかと」

私は一通り目を通し、書類をエドへ返した。

それから、テシリドのほうを振り返る。

「テリー、夕食を済ませたら夜に教会用地を見に行こう」

日が沈めば涼しくなるし、人目を避けて動くこともできる。

「分かった」

テシリドの了承を得た私は、振り返ってレックスに告げた。

「私とテリーだけで行ってきます。恩寵騎士団は休ませてあげてください」

「はい、殿下」

返事の代わりに、どこか固い声音が返ってくる。

何かあったのかと気づいたとき――

「外泊は許可できません」

「……しません」

しっかりとした夕食を終え、テシリドと二人きりで夜の外出に出た。

昼間にパレード用の馬車で首都を巡ったばかりだが、夜の街はまた違った顔を見せる。

神聖騎士と聖女が歩いていると気づく者がいるかもしれないため、私たちはフードで適度に顔を隠していた。

目的地は都心にあり、入り組んだ路地を何度も曲がりながら進む必要があった。

日が落ちても、酒場やカフェが立ち並ぶ通りは明るく灯りがともり、賑わいを見せている。

ペロンサを訪れるのは今回で二度目だ。最初に来たのは十年前で、見るものすべてが新鮮だった。

「わあ!アグネス、あの噴水見て。アヒルがいるよ」

〈かわいい!〉

「花壇も見てください。まるでケーキみたいに飾られてます」

〈ここ、本当に可愛いものがいっぱいだね〉

そうして周りをきょろきょろと見回しながら、アグネスと一緒に感嘆していた、そのときだった。

ふと、夜の中で突き刺さるような視線を感じる。

振り返ると、私が街並みを眺めている間、テシリドはずっと私のことを見ていた。

私は先に口を開いた。

「どうしてそんなに見るの?」

「不思議で」

「何が?」

「道はちゃんと見つけているのに、景色を見るのは初めてみたいな顔をしているから」

 



 

 

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