こんにちは、ちゃむです。
「私が主人公(ヒロイン)だと思ってたのに」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
39話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 不機嫌な幼馴染
「行こう」
躍動的に弾むエンゾの背に、私は迷わず身を委ねた。その走りは風を切り裂くほどに速く、大地を揺らすほどに力強い。
前方を阻むフェンスがぐんぐんと迫る。絶妙なタイミングで合図を送ると、エンゾはしなやかに宙へと跳び上がった。
放物線を描き、フェンスを鮮やかに飛び越えて見事な着地を決める。
障害をクリアした瞬間、胸の奥から熱い高鳴りが突き上げてきた。
乗馬での障害飛越――それこそが、最近の私が何よりも熱中している「遊び」だった。全身を駆け抜けるスピード感と躍動感は、まるで遊園地のアトラクションのようで、室内の遊び場では決して味わえない興奮がそこにはあった。
「止まらないで、このまま!」
さらなる加速を促すと、エンゾは歓喜したように私の意思に従った。
速度が上がるにつれ、二つ目のフェンスが視界に飛び込んでくる。さっきよりも高く設定されたそれすらも、エンゾは軽々とクリアしてみせた。
(さすが、私の見込んだエンゾ!)
今日なら、あの「最後の障害」だって越えられる気がした。乗馬の上級者でさえ成功率が極めて低いという、高くて危険な最後のフェンス。それはずっと、私の密かな目標だった。
「行け!」
声をかけると、エンゾはさらにギアを上げた。次々と現れるフェンスを難なく飛び越えていく。一つクリアするたびに、全能感に似た期待が膨らんでいく。
今日は何をやってもうまくいく。絶対に、あのフェンスを越えてみせる。何度も挑み、そのたびに跳ね返されてきた因縁の障害に向かって、私たちは猛然と突き進んだ。
「エスピン――ッ!」
その時、悲鳴にも似た、ルチの切羽詰まった叫び声が練習場に響き渡った。
私はその声を頭から締め出し、さらにエンゾの脇腹を軽く蹴った。もっと速く、もっと強く。
(できる。今度こそ、絶対にできる!)
しかし、狙い澄ましたかのように、背後から鋭い口笛が鳴り響いた。
その音を聞いた瞬間、エンゾの耳がピクリと動き、大きな体がわずかに揺らぐ。
(ルチのやつ、邪魔しないでよ……!)
「だめ! エンゾ、そのまま走って! 走り抜けなさい!」
必死に手綱を握り直して合図を送ったが、無駄だった。エンゾは綺麗な半円を描くようにして強引に向きを変え、来た道を引き返し始めてしまったのだ。
「ちょっと! エンゾってば!」
私がどれだけ不満の声を上げようとも、エンゾは真の主人の呼び声には逆らえなかった。私を背に乗せたまま、トボトボとルチの前へと戻っていく。
(あんなに気持ちよく走っていたのに、主人に呼ばれたからって尻尾を振って戻るなんて。この裏切り馬!)
「今日こそは」と期待が大きかった分、私のプライドは粉々に砕け散り、その怒りはそのままエンゾへの八つ当たりへと変わった。
「エンゾの裏切り者! もう知らない!」
「ブルルルッ……」
エンゾは申し訳なさそうに大きく鼻を鳴らした。まるでおっかなびっくり私のご機嫌を伺っているようだ。
そんなふくれっ面の私のもとへ、ルチが今にも嵐を呼びそうな険しい表情で近づいてきた。
「降りろ」
冷淡な一言。そう、エンゾはルチの馬だった。
だからこそ、私はいつもルチの目を盗んで、この名馬を狙っていたのだ。
私の両親が用意してくれたおとなしい牝馬とは違い、エンゾは戦場をも駆ける一級品の名馬だ。体躯も大きくパワーがあるため、障害飛越にはうってつけだった。
ルチがケチなわけではない。普段「乗りたい」と言えば、彼はたいてい快く貸してくれた。ただ、この障害飛越の練習だけは、頑なに許してくれなかったのだ。
だから私はチャンスがあるたびにこうして無茶をしていたのだが……まさか、あと一歩のところで止められるなんて。
私は意地でも馬から降りず、ルチをキッと睨みつけた。
「嫌よ、まだ降りない。今日は好きなだけ乗っていいって言ったじゃない!」
「それは、お前が『最後の障害に挑戦しないなら』という条件付きだ。危険な真似はするなと言ったはずだろう」
ルチの態度は岩のように揺るがなかった。
「危なくなんかないわ! あなただってさっき、エンゾで最後の障害を飛び越えていたじゃない!」
納得がいかなかった。自分は良くて、私はダメだなんて、そんな理屈が通るものか。横暴だ、独裁者め、と心の中で悪態をつく。
「……お前、この前あの障害を飛ぼうとして落馬したのを、もう忘れたのか?」
その言葉に、背筋がヒヤリとした。
思い出したくもない記憶。最後の障害に失敗し、私は馬の背から派手に投げ出されて地面に激突した。結果は、両脚の骨折。あれでも「打ちどころが良くて軽傷で済んだ」と言われたのだ。
「それなのに、また同じ危険を冒すつもりか?」
「でも、神聖力ですぐに治ったじゃない」
「エスピン!」
ルチの声音が、一気に鋭さを増した。
「最後の障害にはもう二度と挑戦しないと、あのとき約束したはずだ」
気づけば、傍らにいたハリスンまでが神妙な顔をして私を見つめている。
確かに、私の折れた脚は神聖力のおかげで、わずか一日で完治した。念のための静養を終えた一週間後には、すっかり元通りだった。
あの、気を失うほどの凄惨な激痛は二度と味わいたくない。けれど、死にさえしなければ一瞬で治る手段があるのだ。なら、やりたいことに挑戦して何が悪いというのだろう。
「私は、お前が傷つく姿を見たくない。……だから、降りろ」
「その通りです、エスピン様。どうかお降りください」
ルチもハリスンも、私とは根本的に考え方が違うようだった。
本当に、うちの乳母以上に過保護で口うるさい。昔は私の後ろを泣きながらついてきたエランでさえ、最近は少し背が伸びたからと兄ぶる始末だ。
「ピーピー!」
追い打ちをかけるように、黄金色の小さな鳥――黄金(クム)が飛んできて、私の頭をペシペシとつついた。私が怪我をした時、この世の終わりのように泣き叫んでいたのがこの鳥だった。鳥も涙を流すのだと、私はあの時初めて知ったのだ。
5年経っても手のひらサイズから全く成長しない黄金。いつになったら大きくなって卵を産むのかと心配していたが、説教する元気だけは一人前のようだった。
「きゃっ! もう、つつかないで! わかった、降りる、降りればいいんでしょ!」
結局、私はこれ以上エンゾに乗ることを諦めるしかなかった。
(主人を味方につけて私を脅すなんて、なんてお利口で悪い鳥かしら!)
「いたたた……」
「もう喧嘩はやめろ。ほら、こっちへ来い」
私が諦めて手綱を手放すと、ルチの険しかった声は、魔法のようにいつもの優しいトーンへと戻った。
エンゾの背から降りようとする私に向けて、彼が両手を差し伸べる。
乗馬を始めたばかりの幼い頃は、大人がつきっきりで乗り降りを手伝ってくれていた。ルチがエンゾを任されるようになってからは、ハリスンがその役目を引き受けてくれていた。
だが、その様子をいつも苦々しい鋭い視線で見つめていたルチが、ある時から「俺がやる」と出しゃばり始めたのだ。
最初は不安だった。私とたいして年齢の変わらない少年に、自分の体を支えられるはずがない、と。
けれど、流れる月日は彼をずいぶんと大きく、逞しく変えていた。今ではすっかり頼れる体つきになり、私も自然と、安心して彼に身を預けられるようになっていた。
ルチの腕が、私の体を軽々と受け止める。
至近距離で視線が絡み合い、お互いの肌の熱が伝わる。吐息が触れ合うほど、顔が近かった。
ルチのどこか妖艶な赤い瞳が、微かに揺れる。剣の天才と称される主人公らしく、日々の鍛錬で鍛え上げられた彼の身体は、驚くほど引き締まっていた。
こういう瞬間、ふと思ってしまうのだ。
(――ああ、やっぱりこの子も『男の子』なんだな、と。)
ほんの一瞬、世界から音が消え、時間が止まったかのような錯覚に陥った。
「……気をつけろ」
ルチは少し低い声でそう呟くと、私をそっと地面に降ろし、名残惜しそうに手を離した。
なんだか妙な気分だった。胸の奥が、落ち着かなくそわそわする。
……まあ、馬から降りた直後は三半規管がおかしくなるっていうし、そのせいだろう。私は地面を踏み鳴らし、この奇妙な動揺を強引に振り払った。
「おやつでも食べようか?」
気を取り直して、私はルチとハリスンに提案した。
「持ってきたのか?」
「うん、あそこの木陰に置いた籠の中」
「じゃあ、食べよう」
「私も賛成です」
エンゾの手綱を緩めて自由に歩かせ、私たちは場所を移した。
小川のせせらぎを聞きながら並んで歩いていると、ルチの背丈が本当に大きくなったことを改めて実感する。出会った頃はほぼ同じ目線だったのに、今では彼の顔を見るために、ぐっと首を上へ向けなければならない。
彼と出会って、もう九年。
私は16歳になり、ルチは17歳、ハリスンは21歳になった。気づけば私たちは、周囲から「三人組」とからかわれるほど、いつも一緒に行動していた。
乗馬練習場の隣にある青々とした芝生にピクニックマットを敷き、バスケットから手作りの料理を並べる。箱の中には、彩り豊かなサンドイッチと、一口サイズにカットされた果物がきれいに収まっていた。
「これ、お前が作ったのか?」
「もちろん!」
ルチはサンドイッチを一つ摘み上げると、躊躇なく大きな口でかじりついた。ハリスンにも一つ手渡し、用意してきたジュースをグラスに注ぐ。
「美味い」
「いつ頂いても絶品ですね、エスピン様」
「ふふん、誰が作ったと思ってるの? 当然でしょ、たくさん食べて!」
二人に絶賛され、私は少し得意げになってサンドイッチの箱を彼らの前へと押し出した。
ルチもハリスンも、いつも私の料理を本当に美味しそうに平らげてくれる。だからこそ、作り甲斐があるというものだ。
あんなに見事な食べっぷりだから、ルチはここまで大きくなったのだろう。同年代の男子と比べても頭一つ抜けて背が高く、後ろ姿だけを見れば、すでに大人の男と言われても誰も疑わないはずだ。ハリスンの見事な体格は、言うまでもないけれど。
(早起きして作った甲斐があったわ)
「エスピン、何か飲み物は?」
最後のサンドイッチを飲み込んだルチが、催促するように私を見た。
「あら、どうしてあるって分かったの?」
「これだけ一緒にいれば、お前の考えることくらい分かる」
長い付き合いだから、か。
私は喉元まで出かかった「じゃあ、もう私たちの関係も終わりにしようか」という冗談を、慌てて飲み込んだ。
以前、軽い気持ちでその冗談を口にした時、ルチは見たこともないような怒髪天を突く勢いで激怒したのだ。ただの冗談のつもりだったのに、彼のあまりの剣幕に恐れおののいた私は、その場で平謝りし、「二度と言わない」と固く約束させられた経緯があった。
(あの怒り方はトラウマだわ。あの冗談だけは、何があっても封印ね……)
「はい、これ。ハリスンもどうぞ」
私はバスケットの底から、綺麗に封をされた二通の封筒を取り出して手渡した。
中身は、近々開催される私の誕生日パーティーの招待状。
ルチは封を切って中身を確認すると、満足そうに口元を緩め、それを宝物のように丁寧に上着の内ポケットへとしまい込んだ。
「絶対に、来てくれるよね?」
「当然だ」
「喜んで馳せ参じます、お嬢様」
二人の快い返事に満足し、私は食後の片付けを始めた。それを手伝いながら、ルチがどこか探るような、遠慮がちな声で尋ねてきた。
「……今回も、招待したのは俺たちだけか?」
「ええ、そうよ」
私が誕生日パーティーに招くのは、昔からルチとハリスンの二人だけだった。毎年恒例のことであり、二人もそれを当然として受け入れているものだと思っていたのだが。
「お前、まだ友達はいないのか?」
「うん、いないけど」
「友達が欲しいとは、思わないのか?」
私はパタパタと動かしていた手を止め、ルチを振り返った。
最近のルチは、どういう風の吹き回しか、やたらと私の交友関係を気にする。まるで、私に友達が少ないことを本気で心配しているかのようだ。
幼い頃、私の誕生日パーティーが終わるや否や、周囲の子供たちは潮が引くように私から離れていった。それ以来、私は他人に無理に媚びを売ってまで仲良くなろうとは思わなくなったのだ。
もともと、自分を嫌う人間に執着するような性格ではない。それに、毎日のようにこの三人で楽しく過ごしているのだから、他に友達が欲しいなどと考えたこともなかった。
(それなのに、ルチはどうしてこんなに私の友達事情にこだわるのかしら?)
そのくせ、私が他の男の子や人と親しくしようとすると、あからさまに不機嫌な顔をするというのに。
「私にだって、友達くらいいるわよ」
少しプライドが傷ついて、私はツンとそっぽを向いて言い返した。
私の口から出た「友達」というワードが意外だったのか、ルチは驚いたように少し目を見開いた。そして、不機嫌さを隠しきれないぶっきらぼうな声で問い詰めてくる。
「……誰だ?」
ほら、もう声が怒っている。本当に面倒くさい男。
「誰かって? ――目の前にいる、あなたよ」
そう答えた瞬間、ルチの張り詰めていた表情が、嘘のようにふにゃりと緩んだ。
ニヤけそうになる口元を必死に隠そうとして、唇をぎゅっと結んでいる。
(もう、分かりやすいくらい嬉しそうな顔しちゃって)
「それから、もちろんハリスンもね」
付け加えると、今度はハリスンまでもが口元をきゅっと結び、必死に笑みを噛み殺し始めた。
「あと、黄金もね!」
バシッ! と、空中で黄金の羽が羽ばたく。
「……コホン。それでも、お前には『他の』友達も必要だと思う。これからは、他の連中とも親しくしてみたらどうだ?」
ルチは急に我に返ったように、今度は父親ぶった説教くさい口調で私を諭し始めた。
「またその話? しつこい友達ね」
「お前ももう子供じゃない。昔とは状況が違うんだ。新しい交友関係を広げた方が、お前の為になる」
きっと、彼なりに私の将来や社交界での立ち位置を心配してくれているのだろう。けれど、現状に満足している私にとって、その過剰な干渉はただただ煩わしいものに感じられた。
「もういい。この話は終わり」
ピシャリと冷たく会話を打ち切ると、ルチはまだ何か言いたげに唇を動かしたものの、私の機嫌が本格的に斜めになったのを察して、それ以上は口を閉ざした。
ルチと解散したあとも、私の胸のモヤモヤは収まらなかった。
自分だって私以外に友達らしい友達はいないくせに、どうして私にばかり「友達を作れ」と上から目線で言われなければならないのか。
だんだんと腹が立ってきた。
私は友達を「作らない」だけであって、「作れない」わけじゃない。その気になれば、いくらでも友達なんて作ってみせる。
まるで私が社交性のない寂しい人間であるかのように言ってきたルチの態度が、どうしても許せなかった。
(ふん、見てなさい。私にだって友達くらいすぐにできるってところを、あの男に思い知らせてやるんだから……!)
そんな子供じみた意地が、むくむくと鎌首をもたげた。
だから私は、行動を起こした。
「あの……一週間後に私の誕生日パーティーを開くんです。もしよろしければ、いらっしゃいませんか?」
ルチに「私だって友達を作れる」と見せつけるためだけに、私はその日、初めて言葉を交わしたばかりの、顔と名前しか知らないような男性を自分の誕生日パーティーに招待するという暴挙に出たのだ。
・・・
正直に言えば、やはり私には新しい友達なんて必要なかった。
最初から波長が合わない人間と無理をして付き合うくらいなら、一人で気ままに過ごす方が何倍もマシだ。
ルチとだって、意図して友達になったわけじゃない。気づけば、想像以上に深い関係になっていただけなのだから。
他人に好かれるために自分を曲げる必要なんてない。だから友達が少ないことも、これっぽっちも気にしていなかったのに。
それなのに、ルチがあまりにもしつこくそこを突いてくるから、私の逆鱗に触れてしまったのだ。
心配してくれているのは分かっている。けれど、まるで「友達のいないエスピンは人間としてどこか欠陥がある」とでも言われているようで、プライドが許さなかった。
しかも、ルチ自身だって私以外の交友関係は皆無なのだ。
だから私は、完璧な「新しい友達」をルチの前に連れていき、「ほら、私だってその気になればいくらでも友達を作れるのよ」と、彼の鼻をあかしてやるつもりだった。
「乳母! この手紙、全部送っておいて!」
「……これ、全部ですか?」
「そう、全部!」
「念のため確認いたしますが……これらはすべて、お嬢様のご生誕パーティーの招待状、ということでよろしいですか?」
「ええ、そうよ。私の誕生日パーティーの招待状!」
乳母は呆れたような、何か言いたげな複雑な表情で私を見つめたが、それ以上は追及せず、私が差し出した大量の封筒を抱えて部屋を出て行った。
私は、自分が名を知っているあらゆる名家の子息や令嬢、同年代の子供たちに向けて、手当たり次第に招待状を送りつけた。
どうせ全員が来るわけがない。だが、この中の誰か一人でも出席してくれて、そこから友人関係が始まればいい――そんな、あまりにも安易で軽い目論見だった。
しかし、その結果は、私のプライドを木っ端微塵に打ち砕くほど衝撃的なものだった。
数日かけて戻ってきた返信は、そのすべてが「不参加」の断り状だった。
私の誕生日パーティーに参加すると言ってくれた人は、文字通り、ただの一人もいなかったのだ。
それどころか、返事すら寄越さない者たちも大勢いた。それは貴族の社交界において、実質的な「無視」であり、明確な拒絶を意味していた。
「どうして……どうしてこんなことに……?」
「ですから、日頃からもっと周囲の方々と親睦を深めておくべきだったのです」
予想だにしなかった惨敗を前に頭を抱える私に、乳母の言葉が突き刺さる。いつもなら小言と切り捨てる言葉も、今日ばかりはぐうの音も出ない正論として、私の耳に虚しく響いた。
まさか、本当に一人も来てくれないなんて。
たとえ親しくなくとも、名家からの招待であれば、社交辞令や礼儀として顔くらいは出すのが貴族の義務だと思っていた。彼らはそういったメンツや儀礼を何よりも重んじる生き物だからだ。しかし、私への評価はその最低限の礼儀すら払う価値がない、ということなのだろうか。
「私の人生って、もしかしてそこまで悲惨なの……?」
「ご覧の有様でございますね」
……もう私が子供ではないからだろうか、乳母は慰めの言葉一つかけてくれなかった。
ルチに新しい友達を見せつけて、「ほら、私だって友達くらい作れるでしょ」と胸を張るはずだったのに、これではただの道化だ。
(今からでも、必死に人付き合いを頑張るべきなのかな……)
あれほど傲慢なまでにあった自信は、山積みにされた不参加の返信を眺めているうちに、みるみると萎んでいった。ここまで徹底的に世界から拒絶されるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
「お嬢様、気分転換に魔法商店へお出かけになりませんか? 『誕生日の贈り物として欲しいものがあれば、何でも選んでおきなさい』と、旦那様がおっしゃっておりましたよ」
「お嬢様がお選びになったものであれば、どんなに高価なものでも買い与える、とのことです」
すっかり塞ぎ込んでしまった私を見かねたのだろう、乳母が助け舟を出すように買い物の提案をしてくれた。
「本当!? 本当に、何でも買っていいの!?」
「ええ。ですから、街に出て、お好きなものを心ゆくまでお選びになってください」
「よし、今すぐ行こう!」
現金なもので、誕生日プレゼントへの期待を抱いた瞬間、どん底まで沈んでいた私の心は一気に晴れ渡った。
思えば、私が九歳の誕生日に父から贈られたのは、ただの綺麗な人形だった。
もちろん、その年代の女の子への贈り物としては至極真っ当で無難なものだったけれど、私にとっては少しも嬉しくなかったのだ。実用性もなく、ただ飾るだけの人形は、私の物欲を一切満たしてくれなかった。
だからこそ、十歳の誕生日からは遠慮することをやめ、自分が本当に欲しいものをリストアップして直接父に強だるようになった。
父は娘の突然の現実的な要求に驚きながらも、言われた通りのものを買い与えてくれた。
その時の私の喜びようは、九歳の時とは比べものにならないほど爆発的なものだった。
『わあ! お父様、最高です! ずっとこれが欲しかったの! お父様、大好き!』
嬉しさのあまり部屋中を飛び跳ねる私を見て、父はなんとも言えない、複雑極まりない表情を浮かべていた。
『……去年の人形の時とは、ずいぶんと反応が違うのだな』
『ち、違います! あの時だってもの凄く感謝していましたし、お父様はいつだって最高で、大好きです!』
慌てて取り繕うように弁解したものの、時すでに遅し。娘のあまりの現金さにショックを受けたのか、父は少し寂しそうな笑みを浮かべてこう言ったのだ。
『……これからは誕生日のたびに、欲しいものを自分で言いなさい』
その日を境に、私の誕生日プレゼントは完全な「自己申告・オーダーメイド制」となった。
父の親心を少し傷つけてしまったことには罪悪感があったけれど、そのおかげで毎年の誕生日の満足度は跳ね上がった。
今の私は、友達作りに失敗してひどく傷ついている。
なら、その心の傷を癒すためにも、魔法商店で思いっきり散財して、父の財布を空っぽにしてやるくらいの買い物を楽しもう。
――そう、父親のお金で湯水のように買い物をするおねだりタイムほど、この世で最高な瞬間はないのだから!
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危険な挑戦と過保護な幼馴染たち
主人公のエスピンは、過去に落馬して両脚を骨折したにもかかわらず、再び名馬エンゾで危険な「最後の障害飛越」に挑もうとしますが、過保護な幼馴染のルチやハリスン、聖獣の黄金に制止され、さらに成長したルチを「男」として一瞬意識してしまいます。
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友達作りの失敗とプライドの崩壊
ルチから「新しい友達を作れ」としつこく干渉されたことに反発したエスピンは、「自分にも友達は作れる」と証明するために名家の子息たちへ大量の誕生日招待状を送りますが、全員から拒絶(不参加・無視)され、自信を喪失します。
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父の財力による華麗な気晴らし
落ち込むエスピンに対し、乳母が「父親からの誕生日プレゼントとして、魔法商店で好きなものを何でも買っていい」という提案をします。かつて人形で落胆し、10歳からおねだり制に変えた過去を持つエスピンは、父のお金での散財を糧に見事に復活します。