余命わずかな赤ちゃん薬師は天才なのを隠さない

余命わずかな赤ちゃん薬師は天才なのを隠さない【31話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「余命わずかな赤ちゃん薬師は天才なのを隠さない」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【余命わずかな赤ちゃん薬師は天才なのを隠さない】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「余命わずかな赤ちゃん薬師は天才なのを隠さない」を紹介させていただきます。 ネ...

 




 

31話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 神童の水

「パパ、今日のご飯は何を食べるの?」

しばらくして、私たちは黒家(くろけ)の正門前に到着した。

制限区域の管理者であるガンバリンが、思ったよりもあっさりと許可証を発行してくれたおかげで、家門の外へ出るのは難しくなかった。

(みんなの視線はすごかったけれど……)

本館で起きた出来事は、すでに瞬く間に広まっていたらしい。この様子なら、もう間もなく――。

(本家から人が来そうだね)

私は小さく鼻歌を歌っていた。

正門の前で能力を使うつもりなのか、父は私を抱き上げると、そのまま空へと舞い上がった。

「わあ!」

おかげで私は、これまでのどの人生でも一度も見たことのなかった街並みを一望することができた。屋根から屋根へと飛び移るたび、景色は目まぐるしく変わっていく。それは本当に素晴らしい体験だった。ジェットコースターのような激しい揺れはなく、私はゆっくりと景色を楽しんだ。

それはそれとして――。

「パパ、どうして返事してくれないの? ご飯は食べたの?」

この人、黙っているということは肯定したようなものではないだろうか。

父もそうだし、叔父も伯父も同じだ。患者のくせに、治療を受ける基本姿勢がな collective(なって)いないのだ。

規則正しい食事! 十分な睡眠! 禁煙・禁酒! そして何より、心の安定!

(伯父さんは黒啓元(くろ・けいげん)に隠れてお酒を飲んでいて見つかったし……)

叔父さんはというと、体調は良くなってきたとはいえ、今でもときどき不安症状に苦しんでいるようだ。

そして、父は――。

(近くで見てわかった。ちゃんと食事をしていない)

一体どうやって生き延びてきたのかと思うほど、ひどい生活習慣だ。しかも、食事を抜くかどうかの違いだけで、叔父も伯父も似たようなものだった。それでも伯父は、啓元お兄ちゃんが無理やりでも食べさせていた。最近は、従兄さんがおじさん(叔父)まで呼んで、一緒に食べさせているみたいだけれど。

(私がいなかったら、啓元お兄ちゃんは『少年家長』にでもなっていたんじゃ……)

「私がいなかったら、こんな頼りない大人たち!」

(あなたたち、本当に大人なの!?)

私はじっと父を睨みつけた。

「……食べた」

「本当? また水だけ飲んで『食べた』なんて言ってるんじゃないでしょうね」

「……」

ほら見なさい、このお父さん!

「水はご飯じゃないよ!」

「そうか。じゃあ今日から、水をご飯と呼ぶことにしよう」

「ふざけないで!」

父はじっと私を見つめた。私を観察するような視線だった。

「それを言うなら、お前もずいぶん痩せているぞ」

「それは、ご飯を食べられずに育ったからだよ」

「……」

父はそっと視線をそらした。どうしてそういうときだけ、都合よく本来の性格が出てくるのだろう。

「……お前は小言が多い」

「小言を言われたくないなら、ちゃんとした患者になってください」

「……」

沈黙のまま、私たちは屋根から屋根へと飛び移っていった。

「そういえば、一つ気になっていたんだけど、制限区域の管理者――」

「ガンバリンか?」

「うん。あの人の個人情報とか弱みとか、どうやって調べたの?」

私は一瞬言葉に詰まった。

ガンバリンを追い詰めたときも、以前、大伯父様から同じ質問を受けたことがある。だが、まさか父からまで、しかも市場へ向かう途中でまた聞かれるとは思わなかった。

私は平然と言った。

「企業秘密だから」

そう言って話を遮った。(よし、もう一回この手で切り抜けよう)

「話したくないなら無理に話さなくていい。聞き出すつもりもない」

その言葉を聞いた瞬間、なぜか抑えきれない衝動が湧き上がった。

(私が話したら、どこまで信じてくれるんだろう?)

私は父を見上げた。父の整った横顔をじっと見つめているうちに、気づけば口を開いていた。

「実は私、別の世界から来たの」

「……何?」

「それに、この世界で何度も人生をやり直してる。だから知らないことなんてないの。だからわかったの」

父は私をじっと見つめた。

「話したくないなら、そう言えばいい」

「うん」

予想通りの反応だった。私は小さく笑った。

寿命を使って、自力で回復できるように治療したとはいえ、病気そのものはまだ完全には治っていない。

(いつか、本当に話せる日が来るのかな)

(それでも、いつかは知ってくれたらいいな)

私は、お父さんに一度だって嘘をついたことはないのだから。

市場に到着した。

(わあ、ここに来るのも久しぶりだ)

そのあまりの賑わいと広さに、私は改めて感嘆した。

黒家が治めるこの領地は、至るところが東洋風の名前で統一されている。薬草市場の名前は「黒林(こくりん)」だ。

(なんだか、森の奥に悪党がうようよ潜んでいそうな名前ね)

一度目の人生では叔父のせいで何度も訪れたし、二度目の人生では豊富な知識のおかげで仕事をした場所でもある。三度目の人生では、旅立つための資金をここで稼いだ。

西大陸ではドラゴンを守護神として崇め、炎と大地を信仰している。そのため、大地から採れる武器を扱う鍛冶師や、炎の力を操る炎術師が数多くいた。中には、路上で芸を披露してお金を稼ぐ者もいる。

「わあっ! 火吹きだ!」

「今回の炎術師は、なかなかの腕だね」

「実力者ってことですか?」

もちろん、西大陸だからといって誰もが術師になれるわけではない。大半はごく普通の人々だった。

「あっちへ行こう」

悲惨な目に遭った一度目の人生を経て、二度目の人生ではここを巡りながら薬学を学んだ。

「何を買うの?」

「それはね」

きちんとした保護者もおらず、私に教えてくれる人もいなかった。だから市場をあてもなく歩き回り、見かけたものを何でも経験として身につけた時期もあった。

「今日は、とっても貴重なものを買うよ」

とはいえ、家門では私をとても大切に扱ってくれていたからこそ、そうした経験ができた面もあった。

「わあ、つまりそれを市場の路地裏で見つけたんですか?」

「そうだ。まさにその通りだ。ははは!」

「さすが黒大尉(くろだいい)様です!」

以前の黒大尉は、私を露骨に見下していじめ、軽く小突いたあと、目の前で部下たちにこんな話をしていた。

『主のいない神獣だからな!』

神獣は、ごく一部の術師だけが能力によって生み出せる存在だ。だが、ごくまれに自然の力が凝縮した場所で生まれることもある。こうした存在は「主のいない神獣」と呼ばれ、術師だけでなく、普通の人間が保護して育てることもあった。

黒大尉は、本当に偶然、市場で「主のいない神獣」を格安で手に入れた。角の生えた白蛇だった。

主のいない神獣は、自ら主人を選ぶことができる。術師の力をさらに高めることもできれば、能力のない者を覚醒させることさえある。私たち黒家のような医師や薬師の手に渡れば、霊薬を作るのもずっと容易になる。

だが黒大尉は、まったく才能のない、どうしようもない医師だった。

『この役立たずの……白蛇め!!』

主のいない神獣が最後まで黒大尉を主人として認めず、自ら死を選んだとき――その白蛇を看取ったのが、ほかでもない私だった。

(三度目の人生で探しに来たけれど、時期が合わなくて……。今回は必ず見つけて、相棒にする)

「それに今日は、買う物もやることも山ほどあるからね」

意外にも、お父さんはかなりのお金を持っていた。どうしてこんなに家にお金があるのか尋ねてみたけれど、本人も理由がわからない様子だった。そのあたりの記憶を失っているらしい。

しかも、お父さんだけでなくおじさんもかなり裕福で、どうやら叔父だけが散財するタイプ(?)だったようだ。

『うちの末っ子は貯金ができなくてな〜』

『うるさいな! 私は全部、娘のために使ったんだぞ?』

大伯父が呆れながらも微笑んでいた姿を思い出す。

(それに、叔父が送っていたお金は、ヒロインのところへ行ってしまっていたし……。今回はそうならなかったはず)

このことも、できるだけ早く伝えなくては。

「こっちに行けばいいの?」

「うん。近道だから」

「……本当に初めて来たんじゃないのか?」

お父さんは市場でもよく目立っていた。人々はちらちらと、あからさまに視線を向けていたけれど、お父さんはまったく気にしていなかった。

私はいたずらっぽくにやりと笑った。

「初めてだけど、よく知ってるよ」

「どうして?」

「未来を知ってるから」

「なるほど。他の世界から来て、未来も知っていて、しかも能力の天才ってわけか?」

そう、その通り。それが私なんだよ、お父さん。

私はにこにこと笑いながらうなずいた。父は無表情のまま答えた。

「……私が診てきた患者は多いが、お前にも紹介が必要か?」

「……つまり、私も治療を受けたほうがいいってこと?」

「そこまでは言ってない。ただ、考えてみれば子どもは想像力が豊かだからな」

そんな受け取り方をするとは。まあ、当たり前のことだと思っていたので、私は軽く聞き流した。

どれくらい歩いただろうか。見覚えのある店が見え始めたとき、私はぱっと表情を輝かせて笑った。

「あっ、あそこだ!」

その瞬間だった。

ガシャーン!!

目的の店の扉が壊れ、中から一人の人物が吹き飛ばされてきた。

「今すぐ捕まえろ!」

「逃がすな!」

店の中から誰かに投げ飛ばされたらしく、倒れていたのは30代ほどに見える女性だった。

「くっ、くそっ! ちくしょう……!」

女は勢いよく起き上がると、そのまま逃げ出した。

(あれ……あの人)

今日の目的の一つ。私が探していた人物だった。

(でも、なんで追われてるの!?)

店の中から三人が飛び出してきた。腰に分厚い剣を帯びた武人が二人と、商人のような腹の出た男が一人。腰に下げたポーチの形から見て、あの男は薬材商のようだった。

「今度こそ、この場所で商売できないようにしてやる……! 今すぐあの女を捕まえて来い! 早くしろ!」

「はっ!」

武人たちは女を追って駆け出した。商人は舌打ちをしながら、店の中へ戻ろうとした。

「お父さん、さっき逃げた女の人を追いかけて連れ戻してくれる?」

風の能力者は追跡も得意だと聞いていた。父は頷いた。

「風を付けておこう。ただし、一定距離以上離れられると追えなくなる」

「うん、それで大丈夫」

あの人は市場の外へは出ないはずだから。いや、自分の店に戻るだけだろうか。

「じゃあ、あの店に入ろう」

私には見覚えのある店だった。3回目の人生で私がしばらく働いていた場所であり、取引していた薬材商もいたからだ。正確には、この店はある薬材商が趣味で営んでいる店と言ったほうがいい。

「どうか、お許しください……! 一度だけご容赦を……! 私は無実です……!」

「うるさい!」

店の中へ入ると、怒鳴り声が響いていた。さっき女を追えと命じていた薬材商だ。

その薬材商の前では、一人の中年男性がひざまずいて必死に懇願していた。顔には青あざがいくつもできている。見覚えのある顔だった。

「ユハ様は潔白です……。旦那様のお品を盗むような方ではございません。真犯人が必ずいるはずです!」

「お前に何がわかるっていうんだ? あの女を捕まえて来なければ、お前もお前の息子も終わりだ」

「お願いです……! せめて息子だけは、息子だけは助けてください……。病気の子なんです……!」

「ええい! 汚い手で私に触るな!」

中年の男が薬材商の足にしがみついた。薬材商が嫌悪感をあらわにし、そのまま男の顔を蹴り飛ばそうとした――その瞬間だった。

「お父さん、あの人を助けて!」

風がひと吹きすると、その薬材商の体がふわりと宙へ浮かび上がった。

「な、なんだ!? お前たちは誰だ!? ま、まさか……術師か!?」

父の姿を見た薬材商は、目を見開いた。

「あなたは……!!」

――ん? まさか、お父さんを知っているのだろうか。お父さんはずっと長い間、外で活動していなかったはずなのに。

「見つかってしまったな。さて、どうするか」

父は私を抱いたまま尋ねた。私はあっさり答える。

「遠くへ放り投げて」

「殺さなくていいのか?」

私は一瞬言葉に詰まった。この人、本当に患者なのだろうか。物死に物騒すぎる。

「お父さん、私がかなり不良に見えるかもしれないけれど! あれでも医者なの。薬剤師でもあるし」

「なるほど。お前の手を汚さないよう、後で始末しろという意味か」

「違う、違う!」

なんでそういう解釈になるのか。

結局、話し合いの末、薬材商だけを遠くへ吹き飛ばすことにした。父の言う「できるだけ遠く」が、路地裏の一番奥までだった。

それでも父は、まだ納得していないような表情を浮かべていた。

「せめて足だけでも切り落としておくべきだったな」

と最後までぶつぶつ言っているので、私は慌てて視線をそらした。

「武人って……」

どうやら後始末には慣れている口ぶりだ。父も昔は黒家の武人だったのだから、その経歴をすっかり忘れていた。

「降ろして」

私は床に倒れている中年の男性のもとへ歩み寄った。

「おじさん、大丈夫ですか?」

「うっ……助けていただき、本当にありがとうございます……」

やっぱり見覚えのある顔だ。

「治療しますね」

私は周囲を見回した。ここは薬草店だ。つまり、治療に使える材料が店中にそろっているということ。

「お父さん、誰か来たら教えてね」

「わかった」

よし、これで見張りはお父さんに任せよう。私は水筒のふたを開けた。水筒の表面には、見慣れないひよこの絵が描かれている。啓元お兄ちゃんが描いてくれたものだ。私に似ているって? ――羽の色からして違うではないか。

私は水を器に注ぎ、そこへそっと手を浸した。

シャアアアッ!

きらめく水を、そのまま中年の男性へ浴びせる。

「わあ……!」

指の骨折に、足首の骨折まで!? 打撲傷はもちろん、内出血まで起こしていた。全身を何度も殴られたのは間違いなかった。ものすごく痛かったはずなのに、悲鳴ひとつ上げず、ただ必死に懇願していたなんて。

「前からすごい人だとは思っていたけれどね」

私は小さくため息をついた。

「動かないでください。今、診察中です」

「は、はい? ま、まさか……お医者様なのですか?」

私が作った治療水に触れても、男性はまだ戸惑っている様子だった。三歳の子どもがこんな力を使うなんて、おじさんも初めて見るだろう。そりゃそうだ。

『翡流(ひりゅう)様、お食事のお時間です』

『もう、おじさん。そんな呼び方しないでください』

『ですが、もう立派なお医者様ではありませんか』

長い人生の中でも、つい最近の穏やかな記憶。その優しい笑顔を思い浮かべて、私はふっと微笑んだ。

「その通りです。医者であり、薬剤師でもあります」

それに、天才でしょう?

私は周囲を見回し、軽く手を振った。

「骨折、打撲、軽度の内臓損傷、内出血……」

さすが薬材商の店だけあって、さまざまな材料がそろっていた。

「予想はしていたけれど、材料が十分にそろっていて助かる」

趣味で営んでいる店とはいえ、他ではなかなか手に入らない薬材まで置いてある。私は一度治療したことのあるケガや病気なら、薬を使って完全に治すことができるのだ。

すると水が意思を持つようにさらさらと動き始めた。実際には区別しているわけではなく、私の能力が自動的に判別してくれる。

(実際に分類して薬を作って持ってくるのは私だけれど)

まるで何本もの手足があるかのように、水が自在に動き、その中へ薬材が吸い込まれていく。私は水の中で青い光と金色の光が輝くのを、静かに見つめていた。他の人には何も見えていないようだったが。

「飲んでください」

「え?」

「早く」

やがて完成した丸薬、錠剤、そして薬液を床に並べた。

「薬の飲み方は分かりますよね」

私は澄んだ目で彼を見つめた。

「おじさん……薬草採り(シムマニ)ですよね?」

中年の男は目を大きく見開いた。

「そ、それをどうして……?」

「とにかく早く飲んで」

私が落ち着いてそう言うと、男は戸惑いながらも動けずにいた。

「飲ませてもらっても……?」

黙っていた父が動こうとすると、男は慌てて薬を飲み込んだ。

父さん、なんでそんなにヤクザみたいなんだろう。助かったけれど……。

「水はこれ」

私は自分の水筒を差し出した。丸薬は少し強いので、水が必要だ。

やがて男はすべての薬を飲み終え、水も飲み干した。甘い味ではないはずなのに、きちんと飲んでくれた。まあ、一生薬草を相手に生きてきた人だからね。

ほどなくして、男の頬にあったあざやかさぶたが、すうっと消えていった。一般の薬師や医師の薬と、私たち黒家の能力者が作る薬は、そこが違う。だからこそ、わざわざ私たちを頼って来るのだ。

「骨折だけは、わざと一度で治さないようにしてるの」

私の治療薬も万能ではない。骨折のように自然治癒力が必要なケガは、ゆっくり治したほうが体にはいいのだ。

「あ……ありがとうございます……!!」

中年の男性はひざまずいたまま、深く頭を下げた。

「疑ってしまい申し訳ありません。どうしても信じられなくて……。こんな高名なお方だったとは。本当に、本当にありがとうございます」

この男性の名前はタク・ウンドク。東大陸で稼ぐため、家族とともにこの地へ移住してきた移民二世で、それなりに腕の立つ薬草採りだった。そして将来――帝国で最も有名な薬草採りになる人物だった。

「薬草採りなんて、みんな大したことないと思っているけれど……」

でも、私のような医師や薬師にとっては、薬材商と並んで欠かせない存在だった。特にこの人は能力こそ弱かったものの、生まれつき植物を扱う力を持っていた。そして、ある出来事をきっかけにその力が開花し、後には驚異的な薬草採取の能力を発揮するようになる。

「しかも誰とでも取引するわけじゃなくて……おじさんの薬草は、ある商団が独占していたんだよね」

私は男――いや、ウンドクおじさんのひげを、複雑な気持ちで見つめた。私がこの市場で路頭に迷っていた頃も、ここで暮らしていた頃も、いつも温かく接してくれた人だった。それでも、結局は親しくなることはできなかった。当時のおじさんは、山や森、そして薬草のことしか頭になかったから。

私はその理由を知っていた。

「本当にありがとうございます。それから、本当に厚かましいお願いだとは分かっているのですが……」

「……」

ウンドクおじさんは、そのまま床に額をこすりつけるようにして土下座した。力加減を間違えたらしい。痛いはずなのに、それでも必死に頭を下げ続ける。

「もし、お嬢ちゃんが本当にお医者様なら……私を助けていただけませんか? どうか、どうか息子を助けてください……!」

この息子こそ、後にこのおじさんが帝国一の薬草採りになるきっかけとなる存在だった。

おじさんは能力が開花する頃、大切な一人息子を失ってしまう。もともと重い持病を抱えていた息子の治療費を工面するため、ようやくお金を貯めて黒家を訪れた。しかし、黒家は彼を受け入れなかった。

「そして、息子は亡くなった」

この出来事をきっかけに、おじさんは黒家を深く憎むようになった。

(……私のことは嫌わなくても、好きになることもないんだろうな)

それ以来、黒家はウンドクおじさんが採ってくる最高級の薬草はもちろん、おじさんの率いる薬草採り組合が持ち込む高級薬材すら手に入れられなくなった。もともと苦しい立場だった黒家は、さらに大きく傾いていく。

たかが一人の薬草採りが離れただけで家門が傾くのかと思うかもしれない。だが、それほどまでにウンドクおじさんの影響力は大きかった。その後、おじさんが唯一取引するようになった商団は、帝国三大商団の一つに数えられるほどの大商団へと成長したのだから。

「今回は、助けに来たの」

息子さんが助かれば、おじさんももっと幸せに生きられる。そして私も、将来帝国一の薬草採りとなる人、そして未来の大商団の主と手を組める。

「助けてくださるなら……何でもします。今はお金があまりありませんが……」

「いいですよ」

「ほ、本当ですか!? 何でもします!」

「いいって言ったでしょう。息子さんは今ここにはいないんですよね?」

ウンドクおじさんは、私の話し方が変わったことにも気づかないほど取り乱していた。

私は少し考え込んだ。

「治療は薬草がたくさんある場所でやったほうがいいから……そっちのほうが都合がよさそう」

というのも、私の治療方法は、その場で治療薬を作る必要があるからだ。だから、薬材が絶対に必要なのだ。

「ああ、そういうことでしたか……!」

ウンドクおじさんは私に手を伸ばした。だが、その手が届く前に、私の体はふわりと浮き上がった。

「ここは治療するには適した場所じゃないみたいだ」

風だった。宙に浮かんだまま近づいてくる父を見て、今度は私のほうが驚いた。

「さっきの連中がいつ戻ってくるか分からない。それに外には人も集まり始めているようだ。ここで大丈夫なのか?」

「もちろん……大丈夫じゃありません!」

ウンドクおじさんは泣きそうな表情で私を見つめた。いや、おじさんを助けないと言っているわけではないのです。

「ここから場所を移すなら、ちょうどいい場所が……」

「おい、誰が勝手に仕切ってるんだ?」

そのとき、不意に聞き覚えのない声が割って入った。女性の声――いや、どこか聞き覚えのある声と言うべきだろう。

「これはどういう状況?」

振り返ると、赤い髪の女性が立っていた。少し前に店の前へ投げ飛ばされていた女性だ。

私は嬉しさをぐっと押し殺した。向こうも私の恩人だから。

「今世では初対面だけどね?」

女性は前髪で片目を隠した髪型をしていた。私たちを見ながら、不敵な笑みを浮かべている。どうやら走ってきたらしく、息が少し上がっていた。

「私はこの店の主人になるチョク・ユハだけど、そっちは誰?」

女性は一歩前へ出て、ウンドクおじさんの前に立ちはだかった。

「よくも私たちのウンドクおじさんを泣かせたわね?」

「ユ、ユハさん!」

「人が地面を這いながらここまで来たなら、大人しく後をついてくればいいでしょ! なんで抵抗もできない人を無理やり引っ張って痛めつけるのよ! まったく、私は泥棒じゃないって言ったでしょ!」

「い、いや、その……! ユハさん、ちょっと、ちょっと待ってください!」

「おじさんは大丈夫だから、安全な場所にいて」

うわ、あの人。相変わらず頭に血が上ると人の話を聞かないんだな。

チョク・ユハ。三度目の人生で出会った人だ。私が取引していた商団の主でもある。性格は赤い髪のように情熱的で、気性の激しい人だった。父の風がうまく助けてくれたみたいだ、ちゃんとした場所に現れたところを見ると。

「それより、逃げ回って疲れてるのか知らないけれど、ウンドクおじさんの顔の傷が全部消えてるのが見えないの?」

その瞬間、私とチョク・ユハの目が合った。彼女は今になってようやく私の存在に気づいたように目を見開く。やがて顔が険しく歪んだ。

「……はっ、子どもまで人質にしてるの?」

「ユ、ユハさん!!」

「顔だけはいいくせに、中身は最低ね!」

彼女と出会った頃の私は、十二歳くらいだった。その頃も口は悪かったけれど、自分で言っていたように、若い頃のほうがさらにひどかったらしい。

「ははっ、私が若い頃は外郭地区でかなり名を馳せてたんだから」

「私が若い頃は外郭地区でかなり名を馳せてたのよ! 一度カッとなったら、周りなんて何も見えなくなるんだから! あはは!」

『興奮すると周りが見えなくなる』って言っていたっけ。だから若い頃に始めた事業は次々と失敗したって聞いた気がする。

「黙りなさい! 子どもまで利用するなんて、このクズ!」

……失敗した理由がよく分かった。

チョク・ユハは顔を真っ赤にして手を突き出した。父がその手を避けて後ろへ下がった、その瞬間。

「お父さん、術です! 炎の術!」

ゴオオオッ!

チョク・ユハの拳から巨大な炎が噴き上がった。

「なるほど、そういうことか」

父は落ち着いた様子だった。風が勢いよく吹き、机をひっくり返した。机を持ち上げ、それが飛んでくる拳を受け止めた。木製の机は一瞬で燃え上がり、灰になってしまう。

「威力の高い炎の術だな」

「はっ! そういうことね?」

チョク・ユハがニヤリと笑った。

「ああ、分かった。見覚えのあるその無表情だと思ったら、黒家一の狂戦士じゃない!」

狂戦士?

「死んだか行方不明になったと思ってたのに、生きてたの? それで私の商売の邪魔をする気!?」

チョク・ユハ。あの人は西大陸人と東大陸人の混血で、西大陸人にだけ現れる炎の能力を持つ能力者でもあった。本人は自分を東大陸の人間だと言い張っていたけれど。

問題は、あの炎があちこちへ燃え移り始めていたことだった。

まずい! この人、本気でここがどこか分かってないの!?

パチパチッ!

「きゃああああ!」

薬草が! 薬草が燃えてる! このマニア向けの店に希少な薬草がどれだけあると思ってるの! どれも一つひとつが計り知れない価値を持ってるのに!

「きゃああっ! 金貨十枚はする薬草が!」

私は慌てた。宙に浮かんだまま、近くでどうしていいか分からずにいるおじさんへ急いで声をかける。

「ウンドクおじさん!」

「え、え? どうして私の名前を……」

「今はそんなことどうでもいいです! 早く下ろしてください! 急いで!」

ウンドクおじさんが私を地面へ下ろしてくれた。

私は水筒の水を少し取り出し、薬草へ振りかける。燃え広がっていた火はすぐに消えた。

私は勢いよく振り返る。

「お父さん、絶対に遊んでるでしょ!? あれ、わざと見逃してるよね!」

あの落ち着いた態度と表情。黒エ魂(くろえこん)の木の枝を受け止めた時とまったく同じ余裕だ。

私は残った水を手に集めた。

「もう、人間って!」

パンッ、と手を打ち鳴らす。

ザアアアッ!

大きな波が押し寄せ、男女二人を水で包み込んだ。やがて二人の大人はふわりと宙へ浮かび上がる。

――『診断』だった。

「……な、何よこれ!? 水の術!? くそっ、能力者がもう一人いたなんて!! 卑怯じゃない!? 早く下ろしなさいよ!!」

燃え盛っていた炎は、私の水の中であっという間に消え去った。

「もういい加減にして!!」

私は頬を膨らませて叫んだ。

「三歳児よりひどい大人なんている!? いったい誰が大人なのよ!」

辺りは一瞬で静まり返った。私はチョク・ユハの前まで駆け寄り、指を突きつけた。

「そこのあなた! 薬剤師なら薬草を大事に扱いなさい! こんな場所で火なんか使ってどうするの!?」

「……え?」

チョク・ユハはぽかんとした表情を浮かべた。ようやく少し冷静になったようだ。

「でも、この店の主人は私なんだけど……」

「だから何? 店の主人だからって、こんな雑に扱っていいの!? 人の命を救うための薬草なのよ!」

「えっと……その、ごめん?」

チョク・ユハは戸惑ったような表情で謝った。なぜ自分が謝っているのか分かっていない、そんな顔だった。

「私の店なのに、なんで私が怒られるんだ?」

「怒られるようなことをしたからでしょ」

父は水の球に包まれたまま、うんうんとうなずいた。するとチョク・ユハの目が、再び獣のように鋭くなった。

「おじさんも煽らないで!」

しばらく時間が流れた。

チョク・ユハはようやく少し落ち着いたのか、自分を囲む水の中で腕を組んだ。そして少し冷静な表情になり、こう言った。

「ねえ、可愛い子? 文句を言うなら、そのおじさんに言って。あなたを抱えていたおじさんが悪いの。お姉さんは冤罪よ」

そんな真面目な顔で言うことだろうか。

「私の目は飾りですか? 先に攻撃してきたのはあなたでしょう!?」

本当にそっくりだ。どっちが大人なのか分からない。そもそも、最初からチョク・ユハのほうが落ち着いて話していれば、こんなことにはならなかったのだ。

「そ、その……ユハ様……」

幸い、ウンドクおじさんがチョク・ユハの腕をつかんで止めた。ようやくチョク・ユハも話を聞く余裕ができたようだ。

「落ち着いてください。私の顔を見てください」

「ウンドクおじさん? あれ、おじさん……顔がどうして治ってるんですか……?」

「はは……ようやく落ち着きましたね」

ようやくきれいになった顔を見たのか、チョク・ユハの表情に驚きと戸惑いが浮かび、やがて呆然とした。

ウンドクおじさんは私たちに向かって、丁寧に頭を下げた。

「申し訳ありません。代わりに私からお詫びいたします。ユハお嬢様はまだ炎使いとして力の制御が未熟で、興奮するとすぐ衝動的になってしまうのです」

チョク・ユハは気まずそうな顔をした。

「これで、ようやく話をしてもいいですか?」

ウンドクおじさんは私をちらりと見て、慎重に言葉を続けた。

「ユハお嬢様。この方々は私を治療してくださった恩人であり、医師です」

|チョク・ユハは目をぱちぱちと瞬かせた。

「医師? あのちびっ子が? でも黒飛侯(くろひこう)は武人でしょう? さっき風で私を殺そうとしてきたじゃない」

「いや、その人じゃなくて私。私のこと、翡流のことだよ」

 



 

  1. 父との市場への外出と治療の誓い

    主人公の翡流は、不摂生な父を諭しながら、薬草市場「黒林」を訪れました。前世の記憶から、そこで命を落とす運命にあった「主のいない神獣(白蛇)」を今世こそ見つけて相棒にすること、そして数々の目的を果たすことを決意していました。

  2. 未来の帝国一の薬草採り「ウンドク」との出会いと救出

    市場の店で、悪徳な薬材商に暴行されていた中年男性を父の力で助け出しました。彼は将来の帝国一の薬草採りであるタク・ウンドクであり、翡流は自身の能力で彼の傷を瞬時に治療します。前世では黒家に絶望し破滅へと向かった彼の未来を変えるため、重病を抱える彼の息子の治療も引き受け、信頼関係を築きました。

  3. 未来の大商団の主「チョク・ユハ」との再会と衝突

    店に飛び込んできた情熱的で気性の激しい赤髪の女性チョク・ユハ(前世での恩人であり商団の主)が、誤解から炎の術で攻撃を仕掛けてきます。店内の貴重な薬草が燃えそうになる中、翡流は水の能力を使って騒動を鎮圧し、大人たちの未熟さを一喝してようやく誤解を解き、話し合いの場を設けました。

 

 

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