こんにちは、ちゃむです。
「監禁王子のメイドとして生き残る方法」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
64話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 苦悩と覚悟
アルベルトはロゼに穏やかに接しながらも、決して一定以上は踏み込ませなかった。
宮殿へ戻る道中も彼女の話には応じていたが、適度な距離感を保ち続けている。アルベルトが必要最低限のことしか話さず、肌に触れることも手を握る程度までしか許さなかったからだ。
ロゼは今のところそれで満足しているようだったが、それがいつまで持つかは分からない。人間の欲望というものは、いつでも少しずつ心を蝕んでいくものなのだから。
アルベルトは、自分が暮らす宮殿の中でも、自室に最も近い一室をロゼに宛てがった。
「では、今日はゆっくり休むといい」
「はい……」
王が住む宮殿にふさわしく豪華に飾られた部屋を見て感嘆していたロゼは、不意にアルベルトの袖をつかんだ。彼女の手は、再び彼の手首へと絡みつくように伸びていく。
「急に距離を縮められても、かえって私に警戒心を抱かせるだけだ。先ほどのように私と接したいと思わせるつもりなら――」
恥ずかしそうにうつむいていたため、ロゼにはアルバートの冷めた表情は見えていなかった。
だが、半透明の体で傍らに寄り添う私には、そのすべてがはっきりと見えていた。
「今日は本当によく我慢してくれた。ありがとう。契約についても、前向きに考えてみるつもりだ」
感情をほとんど表に出さない顔のまま、アルベルトはロゼへ甘くささやいた。
「だから、もう休め」
その溶けるように優しい声に、ロゼはついにうなずいた。顔を上げた彼女は恍惚とした表情を浮かべ、頬を真っ赤に染めている。その様子からは、彼女の本心がありありと伝わってきた。
「おやすみ」
最後にそう告げると、アルベルトは部屋を出て、重い扉を閉めた。
ロゼと別れたアルベルトは、ハヤンを連れて自分の自室へと向かった。
執務室でも書斎でもなく、寝室へ……?
首をかしげながらその後を追うと、アルベルトはそのまま浴室へと足を踏み入れた。
生理現象かな、と気まずくなって目をそらそうとした、そのとき――。
私は、扉が完全に閉まりきっていないことに気づいた。
(しまった、こんな大事なことを忘れるなんて!)
慌てて浴室を覗き込んだ私は、思わず言葉を失った。
そこには、ロゼに触れられた自分の手を、何度も何度も狂ったように強く洗い続けるアルベルトの姿があったからだ。
焦点の合わないような虚ろな目のまま、流れ続ける水と泡の中で、彼はただひたすらに手をこすり合わせていた。力を込めて洗い続けたせいで、その皮膚は痛々しく赤みを帯びている。
私は、その姿をただ黙って見守ることしかできなかった。
彼が、私のためにあの女のすべての接触を、全身全霊で耐え忍んでいたことを痛いほど分かっていたからだ。
むしろ、申し訳なさで胸が締めつけられる思いだった。
(私なんかのために……)
魂だけの存在になった私が、かえってアルベルトの重荷になっているのではないかと、不安が波のように押し寄せる。
「自分を責めるな」
アルベルトは、まるで私に聞こえていることを知っているかのように、ポツリと口を開いた。
「お前は何も悪くない。ただ、人間とは思えないような奴と触れ合ってしまった。それだけだ」
「…………」
「お前は、ただそばにいてくれるだけで十分だ」
そう私を慰めるように優しく呟くと、アルベルトは濡れた手を拭い、ハヤンへと視線を向けた。
「ジョンインについて、何か感じることはあるか?」
「何も……」
「メルシーにも協力を頼むしかないな。一人で調べるには限界がある」
しばらく考え込んだアルベルトは、ハヤンとともに自分の執務室へと向かった。
(アルベルトが落ち着いたら書斎へ行って資料を探そう)と決め、とりあえず私は二人の後をついていくことにした。
顎に手を当て、深く思案していたアルベルトは、やがて館内の主要な使用人たちを呼び集めた。
宮殿で働くほとんどの者たちを統括する侍女長が、ほどなくしてアルベルトの前に深く頭を下げる。
アルベルトは、あえて困惑したような表情を作り、静かに事情を切り出した。
「ロゼ・アティアスが、記憶喪失になった」
それは、かつて私が使い、そして今のロゼも利用しようとした「記憶喪失」という設定を、逆に彼女へ突きつけるための巧妙な罠だった。
私が憑依していた頃のロゼと、今のロゼでは話し方も振る舞いも明らかに違っている。最初にアルベルトを騙そうとした時のロゼは確かに私によく似た振る舞いをしていたが、正体を見破られた今、彼女が今後どう出るかは分からない。アルベルトに命じられれば従うだろうが、その裏にどんな思惑があるのかは測れなかった。
「記憶を失ってから、人がまるで別人になってしまったようですね」
侍女長は信じられないといった様子で眉をひそめる。
アルベルトは苦笑を浮かべる芝居を続けながら、その場に集まっていた侍女や従者たち全員へとはっきりと命じた。
――ロゼが記憶を失った経緯を徹底的に調べ上げ、失われた記憶を取り戻すための手がかりを探せ。
そう断言する彼の声には、一切の迷いがなかった。
私は、目の前の問題に正面から向き合い、的確に指示を出し、周囲を動かしていくアルベルトの姿に思わず見入っていた。
それは単に容姿が整っているからではない。仕事の進め方、話し方、立ち居振る舞い、声の調子――そのすべてが洗練されていた。
(そういえば、アルベルトが大勢の人の前でこうして執務をこなす姿を見るのは、これが初めてかもしれない……)
こんな絶望的な状況の中であっても、今まで知らなかった彼の新しい一面を知ることができたことだけは、救いだったかもしれない。
(きっと、私は元に戻れる)
アルベルトがこれまで口にしたことで、実現しなかったことなど一度たりともなかったのだから。
そして私も、このままロゼの思いどおりに事が進むのだけは絶対に許さない。
拳を固く握り締め、私は心の中で決意を新たにした。
人々が部屋を退室したあと、リアムが執務室へと入ってきた。黒髪の間からのぞく深い緑色の瞳は、いつものように森を思わせる落ち着きをたたえている。
だが、リアム以上に私の目を引いたのは、その後ろからひょっこりと姿を現したシュベルトだった。最後に会ったのは半年ほど前で、ずいぶん久しぶりだった。
落ち着いた雰囲気のリアムとは対照的に、少し乱れた黒髪とその隙間からのぞく茶色の瞳、子犬のような愛嬌のある顔立ちは相変わらずだった。特にアルベルトの前だからか、敬意を示しながらも、どこかぎこちなく落ち着かない様子がありありと伝わってくる。
シュベルトの瞳は、尊敬と感激で今にもハートが飛び出しそうな勢いだった。
「このようにお呼びいただき、光栄です、陛下! ご即位、誠におめでとうございます!」
彼はアルベルトの前へ進み出ると、迷わず片膝をつく。
アルベルトは自らシュベルトを立たせ、穏やかな君主らしい笑みを向けた。
「光栄なのは、私の方だ」
その温かな対応に、シュベルトはすっかり感激しきっていた。
「シュベルトまでお呼びになるなんて珍しいですね。何かご用件がおありでしょうか?」
リアムが少し心配そうに尋ねる。
「ロゼを拘束するための、確かな方法が必要だ」
その言葉に、リアムの表情が一変した。
「……陛下? アティアス嬢を大切になさっているのは存じていますが、そのお言葉は王として適切とは思えません」
彼は眉をひそめ、声を潜めてそう忠告した。
「彼女は、黒魔法使いだ」
執務室の空気が凍りついた。リアムは一瞬聞き間違えたかと思ったのか、絶句して立ち尽くす。
アルベルトがリアムやシュベルトに協力を求めることは予想していたが、ロゼが黒魔法使いであることまで包み隠さず打ち明けるとは思わなかった。
「黒魔法使い……ですか?」
リアムは戸惑いを隠せない表情で聞き返す。ロゼと黒魔法を結び付けて考えたことなど、彼には一度もなかったのだろう。
驚いていたのはシュベルトも同じだった。彼は丸くなった目をさらに見開いている。
「見た目だけじゃ分からないものですね……やっぱり、動物のほうがよっぽど分かりやすくていいや」
シュベルトは眉をひそめながら真面目にそう呟いた。
その場違いな最後の一言に、私は思わず小さく吹き出しそうになった。彼は昔から、人間よりも動物を大切にするところがあったからだ。猫好きなところも相変わらずらしい。
リオムとシュベルトの表情を見比べたアルベルトは、改めてシュベルトへ向き直った。
「正確に言えば、『ロゼ・アティアス』が黒魔法使いだったという事実が、ようやく明らかになった、と言うべきだな」
「それは、一体どういうことですか……?」
「以前、ロゼを連れて聖堂へ行ったことを覚えているか?」
アルベルトが言っているのは、かつて私が黒魔法の副作用で激しく苦しんでいたときの出来事だった。
突然話を振られたシュベルトは、戸惑いながらもうなずく。
「はい」
「あのとき、ロゼにどんな印象を持った?」
意外にも、アルベルトは私の印象について先に尋ねた。話の流れがまったく予想外の方向へ進んでいく。
「お前が驚いたのには、それなりの理由があるはずだと思っている。シュベルト、お前も今の状況を少しも不自然に感じていないか?」
シュベルトは眉をひそめたまま考え込んだ。
まるで本人の目の前で人物評価を下されているような気分になり、私は居心地の悪さにモゾモゾと身じろぎした。もっとも、彼らは私がここにいることすら気づいていないのだが。
「……悪い人ではありませんでしたよ。おいしい料理も作ってくれましたし、人を気遣う姿も何度も見てきましたから」
シュベルトはぶつぶつと言いながらも、私についてまっすぐに話してくれた。あのとき作ってあげた手料理が気に入っていたらしい。私のことを悪く思っていなかったと知り、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「リアム、お前も彼女の悪い面ばかりを見ていたわけではないだろう?」
アルベルトが穏やかに問いかけると、リアムは唇をきゅっと結び、はっきりと言った。
「殿下、差し出がましいことを申し上げますが、今のお話は犯罪者をかばっているようにしか聞こえません」
「しかしだ」
「見た目だけで人を判断してはならないのは確かです。ですが、黒魔法使いという存在そのものが、人々に害をなす大罪人なのです」
「私も、基本的には同意見だ」
「……え?」
アルベルトの返答は、それまでの説明とは矛盾しているように聞こえた。
リアムもシュベルトも、彼の真意を理解できず困惑した表情を浮かべる。それは私も同じだった。
「『ロゼ・アティアス』は黒魔法使いで、その魂は堕落し、すでに弱りきっていた。そして、私が塔へ入ったとき、ロゼの肉体には――全く別の魂が宿っていた」
「……別の魂、ですか?」
「お前たちがこれまで会ってきたロゼは、本来のロゼではない」
アルベルトは静かに、これまでの不可解な経緯を順を追って説明した。
話を聞き終えたリアムとシュベルトは、隠しきれない驚愕に包まれていた。
「私が黒魔法について詳しくないのは事実ですが……魂が入れ替わるなんて、そんなことが本当にあり得えるのですか?」
リアムは半信半疑のまま、信じられないという目で問いかけた。
その時、アルベルトの机の下でじっと控えていたハヤンが、ぴょんと軽やかに机の上へと飛び乗った。
「うわっ!」
目の前にいたシュベルトは反射的に飛び退く。リアムは険しい眉をひそめて小さなドラゴンを見つめた。
アルベルトはハヤンを指し示しながら、静かに言い放った。
「このドラゴンが何よりの証人だ。ドラゴンとの契約は魂と深く結ばれている。彼女は契約の際、偽りではない本当の自分の名前を名乗った」
「彼女は、自分が『ジョンイン』だと言っていたよ」
ハヤンはよどみない口調ではっきりと証言した。その瞳には少しの迷いもなかった。
事前に二人がそんな打ち合わせをしていたわけではないはずなのに、アルベルトとハヤンの息は驚くほどぴったりと合っていた。
(……最初からこうして仲良くしてくれていればよかったのに)
かつて二人の間に入って奔走し、苦労していた頃のことを思い出して、私は少しだけ複雑な気持ちになった。
「それともう一つ。今のロゼの手の甲には、ドラゴン契約者の証である紋章が一切存在していない」
「ドラゴンとの契約こそが、今の彼女が本来のロゼとは全く別の魂なのだと証明する、動かぬ証拠だ」
「……そんな、まさか」
リアムもかつて私の手の甲の紋様を目の当たりにしたことがあった。だからこそ、この決定的な証拠だけは否定しようがなかった。
普段は無表情を貫くリアムの顔がここまで驚愕に染まるのを見るのは、思いのほか新鮮だった。
(……いけない、今はそんなことに関心を示している場合じゃないわね)
私は心を引き締め、再び彼らの会話へと耳を傾けた。
アルベルトは前髪を乱暴にかき上げ、自嘲するように小さく息を吐いた。
「私があれほど契約を頑なに止めていなければ、彼女の存在にすら気づけなかったかもしれないとは……皮肉なものだな」
その言葉に、執務室の一帯が静まり返った。私も言葉を失う。
アルベルトがそんなところまで思い悩んでいたなんて、想像すらしていなかったからだ。彼は深く息を吐き出し、その横顔には隠しきれない疲労の色が滲んでいた。
「……最初から、彼女が別人だとお気づきになられていたのですか?」
リアムが、信じられないといった様子で尋ねた。
それは、他ならぬ私自身が一番知りたかった疑問でもあった。
(あなたは、いったいどの瞬間から私が別人だと気づいていたの……?)
単に記憶を失って別人のように振る舞っているだけではなく、本当に別の魂が入っている可能性に、いつから気づいていたのだろう。
「私の脱出を手伝うという契約書を持って、あの男の前に現れた――その瞬間からだ。可能性を否定することはできないと思っていた」
――それは、私の想像よりもずっと早い段階だった。
あの契約書を持って彼のもとへ赴いたのは、魂が入れ替わってまだ間もない頃だったはずなのに。
「人は、そう簡単には変わらない」
変わる理由が何一つなかった人間が、ある日を境に突然百八十度変わったのなら、別の可能性を疑うのは当然だ――アルベルトは淡々とそう続けた。
常識では到底信じられないような話なのに、不思議と彼の言葉には揺るぎない説得力があった。
「契約書を書く前に、彼女は何かおかしなことを言っていませんでしたか?」
シュベルトが鋭く切り込む。脱出契約書を持ってきた時点で違和感を覚えていたのなら、それ以前の言動にも何らかの矛盾があったはずだと踏んだのだろう。
「私を手に入れる日まで一緒にいられるなんて嬉しい、と言っていた。それに、『自分が私のすべてを手に入れるまでは、部屋から出ようなどと思うな』ともな」
アルベルトは淡々と、当時の言葉を繰り返した。
だが、その内容をリアルタイムで体験していた私は、思い出しただけで背筋が凍る思いだった。あんな大胆なセリフを吐き、キスまで交わした直後に、まるで別人のような顔をして「ここから逃げたい」と言い出したのなら、誰だって不自然だと疑うはずだった。
「私を見る目も、態度も、話し方も、声のトーンさえも……。同じ人間だとは信じられないほど変わっていた」
彼がどれほど人間のわずかな変化に敏感なのか、改めて思い知らされる。
少しだけ言葉を切った彼は、一瞬だけ窓の外の虚空を見つめた。まるで、すぐ傍にいる私に直接語りかけるように。
「それでも、少なくとも彼女は、私を嫌っているようには見えなかった。だからこそ、あえて受け入れてみようと思ったんだ」
その告白に、私は思わず息を呑んだ。
(あなた……本当に、人の心を惑わせるのが上手なんだから)
初めてキスをしたあとも、「自分の体が好きなのか」「スキンシップを求めているのか」と執拗に聞いてきたのは、すべて彼女が本物の私かどうかを確かめるためでもあったのだ。
当初は彼にこれ以上惹かれないよう必死に自分へと言い聞かせていた言葉が、結局はすべて本当の愛情に変わってしまった。
少しだけ胸が切なく締めつけられたその時――。
「でも、本当に惹かれてしまったのは……私のほうだった」
私にしか聞こえないほど小さな声で、アルベルトは優しくそう呟いた。
それは、私が一番大好きな、彼の心からの笑顔だった。
「どうしても、惹かれずにはいられなかったんだ」
再び思い詰めたような彼の眼差しが、一瞬だけ愛おしげに揺れる。きっと、私と過ごしたこれまでの日々を心の中で反芻しているのだろう。その瞳の奥に込められた深い愛情が、他でもない私に向けられたものだと気づくのに、何迷う必要もなかった。
(惹かれずにはいられなかった、か……)
その言葉が、ただただ嬉しかった。
私はいつも通り、自分らしく、ただ必死に生きようとしていただけだった。それなのに、その飾らない姿がアルベルトの頑なな心を動かしていた。私はただ私でいただけなのに、彼は私を深く愛するようになってくれたのだ。
彼の気持ちが本物なのだということは、痛いほど分かっていた。
けれど、こんなふうに飾らない本心を直接聞かせてもらえる機会など、これまでほとんどなかった。
だからこそ――言葉が欲しかった。
直接謝りたかったし、もっと色々なことを伝えたかった。彼のどんなところにそれほどまでに惹かれたのか、詳しく聞いてみたかった。
あの短い時間の中で芽生えた想いが、彼をここまで駆り立て、私のために命がけで動けるほどの大きなものになっていたなんて、当時の私は知らなかったから。
(あなたのその気持ちを素直に信じられなくて、本当にごめんね……そう伝えたい)
私は臆病だから、自分の気持ちを整理するのにもう少し時間が必要だった。
けれど、こうして不器用ながらも想いを言葉にしてくれるアルベルトとは違い、今の透明な私には、何も返すことができない。
言葉にできないことが、これほどまでにもどかしく、歯がゆいと感じたことはなかった。
「黒魔法にかかった時点で、彼女がロゼ・アティアスとは別の人間だという確信はあった。だが、時が来れば彼女自身の口から話してくれるだろうと、そう思っていた」
それに続くアルベルトの言葉に、私は再び大きく目を見開いた。
私が自分の正体について触れるのを避け、ひたむきに隠そうとしていたことも、彼は最初からお見通しだったのだ。自分が別人だと知られたらどうしようという不安から必死に話をそらしていたことすら、彼にとってはすべてお察しだったらしい。
「ですが、その彼女の魂はいずれ肉体から去り、本来のロゼ・アティアスが再び戻ってくる……そういうことですね」
リアムの冷静な分析に、アルベルトは静かにうなずいた。
「ジョンインの魂が今どこでどうしているのか、正確には分からない。だが、彼女が今もどこかで生きていることだけは、目の前にいるこの小さなドラゴンが証明している」
「では、その魂は長く肉体を離れたままでいられるのですか?」
シュベルトが、心配そうに眉をひそめて尋ねた。
「いや、寄る辺となる肉体を見つけられない魂は、そう長くこの世界に存在し続けることはできない。ロゼ・アティアスも本来なら同じだったはずだ。だからこそ、彼女は別の魂を追い出してでも、その肉体を奪う必要があったのだろう」
「……では、私たちに下されるご命令は?」
「ロゼ・アティアスという肉体にできる限り致命的な傷を負わせず、彼女の魂だけをその器から引き離す方法を見つけ出せ」
アルベルトの瞳が、凍てつくような鋭い光を放った。
「そして、ジョンインの魂が元の肉体へと戻るその瞬間――ロゼ・アティアスという不浄な魂を、完全に始末する」
そのあまりにも冷酷な響きを含んだ声には、隠しきれない殺意がはっきりと滲んでいた。
ある意味で、それはロゼにとって当然の、自業自得の結末だった。彼女は己の欲望のために禁忌を犯した黒魔法使いなのだから。
その非情な、けれど確かな決断に、執務室にいる誰も異を唱える者はいなかった。
「追加で私たちに必要なのは、彼女の過去の足取りを徹底的に洗うことですね。彼女が黒魔法使いであるという決定的な証拠を見つけ出す。今のところ、彼女を直接罪に問うだけの確たる証拠はありませんから」
話の展開を見守っていたシュベルトも、頭を切り替えて冷静にそう続けた。
アルベルトは静かに首肯する。
「そうだ。メルシーにも裏での調査はすでに頼んではあるが……」
シュベルトはポリポリと頭をかきながら、大きく息をついた。そしてアルベルトと真っ直ぐ視線を合わせると、覚悟を決めたように力強くうなずく。
「承知しました。できるだけ早く尻尾を掴んでみせます。では、私はこれで失礼しますね」
「いつも助かる」
「殿下のためですから!」
にっと人懐っこく笑ったシュベルトは、足元で丸くなっているハヤンをちらりと一瞥してから、足早に部屋を後にした。歩くというよりは、駆け出すような慌ただしさだった。
一方で、リアムはすぐに退室せず、静かにその場に立ったままだった。
無表情のまま残された彼は、じっとアルベルトを見つめている。
すべてを見透かすような鋭い視線を向けられたアルベルトは、やがてふっと短く息を吐き出し、重々しく、けれどどこか吹っ切れたような口調で言った。
「……ずいぶん、感情的になられましたね」
リアムの率直な指摘に、アルベルトは苦笑した。
「人間は誰しも感情的なものだ。ただ、これまでの私は異常なほど理性的すぎただけさ」
淡々と言ってのけたアルベルトは、自嘲するように小さく笑った。
「……今のほうが、よっぽど人間らしくて普通なんだよ」
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浴室での苦悩と覚悟:アルベルトがロゼに触れられた手を狂ったように洗い続ける姿を目撃した主人公は、自分の存在が彼の重荷になっていないかと不安になるが、アルベルトから「そばにいてくれるだけで十分だ」と優しく慰められる。
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使用人への指示と計画:アルベルトはロゼが「記憶喪失になった」という設定を逆に利用して周囲へ事情を説明し、リアムやシュベルトら信頼できる者たちと共に、ロゼが黒魔法使いである証拠の収集と、ロゼの魂だけを肉体から引き離す方法の調査を命じる。
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アルベルトの本心と決意:アルベルトは最初から主人公が別人であることに気づいていたと語り、ロゼから体を守りつつ主人公の魂を元の肉体へ戻すため、そしてロゼの魂を完全に始末するために冷酷なまでの決意を固める。