こんにちは、ちゃむです。
「憑依者の特典」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
159話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 過酷な脱出
「……何ですって?」
私は答える代わりに、確かめるように大きく深呼吸をした。
長く息を吐き出した瞬間、それが風となって広がり、豊かな魔力が全身を包み込んでいく。
「まさか……」
体内に凝縮された神聖な力を解き放ちながら、私は告げた。
「私、9階位です」
驚愕に目を見張るルクレチア聖女の前で、私は起動語を唱える。
それは、かつて私が初めて購入した7千万キャッシュ相当の超越スキルだった。
「――神聖不可侵!」
あらゆる攻撃を無効化する無敵の領域が、まるで重厚な鎧のように私の全身を包み込んだ。
✠
ルクレチアは、生まれて初めて完璧な敗北感と無力感に打ちひしがれていた。
(どうして……!)
彼女の拳は、まばゆい神聖な破壊の光を纏っていた。凝縮された神聖力と極限まで鍛え上げられた拳法が融合し、肉を砕き骨を粉々にする絶大な威力を発揮する。
その拳がアイレットの体を何度も打ち据えた。
しかし、当のアイレットには掠り傷ひとつ与えられない。
「……ちょっと、くすぐったいですね」
アイレットはケロリと言ってのけた。
(こんなチートスキルがあってまるか!)
まるで堅牢な城壁を素手で叩いているような感覚だった。
ルクレチアは歯を食いしばり、渾身の力を込めて右拳を振り抜いた。
ガァンッ!
手応えがあった。拳はアイレットの左肩を直撃した。
強烈なしびれがルクレチアの腕を駆け抜ける。だが――
「……!」
直後、ひゅっと空気を切り裂く鋭い音が響き、白金の剣閃が迫った。
アイレットの愛剣『セレステ』だ。あまりに強大な攻撃の反動でルクレチアが一瞬硬直した、そのわずかな隙を突いてきたのだ。
(わざと受けたのね!)
悟ると同時に、ルクレチアは素早く後方へ飛んだ。間一髪で白金の刃が空を斬る。
息をつく暇などなかった。次の瞬間には、互いの隙を狙う猛烈な攻防が再開される。
光と光がぶつかり合い、視界に鮮烈な残像を焼き付けていく。鋭く研ぎ澄まされた軌跡が、休むことなく交錯した。
だが、一方的に傷を負っていくのはルクレチアばかりだった。
感情の窺えない表情で冷徹に剣を振るうアイレットを見つめ、ルクレチアは目を細める。
(このままではジリ貧だ……!)
彼女は決意した。避けられない敗北をただ待つのではなく、持てるすべての力を賭けた一撃を見舞うことを。
ズザァッ!
スカートの前裾が大きく裂けるほど低く構え、ルクレチアは滑るように五歩後方へ下がった。
それを見たアイレットの目が鋭く細められる。
(拳士が……距離を取る?)
アイレットは即座に蛇腹剣を展開した。蛇のように伸びる刃が、鋭い軌跡を描いてルクレチアの周囲を支配する。
だが、その激しい斬撃の嵐をものともせず、ルクレチアは強く地面を蹴った。
「ハアアアッ!」
加速と体重のすべてを乗せて突進すると同時に、彼女は両手を固く組んだ。重ねられた拳に、限界を超えた神聖力が凝縮されていく。
狙うはアイレットの頭部。
(目の前の敵が城壁ならば――)
叩き潰さんばかりの勢いで両腕を振り下ろし、彼女は叫んだ。
「この拳が攻城槌となれ!」
「……っ!」
アイレットの対応は瞬時だった。
ガキィンッ!
交差させたセレステの剣身が、間一髪で急所をガードする。
しかし、強引に攻撃の軌道を逸らしたことで、完璧だった防御にわずかな歪みが生じた。
直撃したのは頭部ではなく、右肩。
ドォン!
凄まじい衝撃に、アイレットの体が吹き飛んだ。背中が後ろに聳え立つ巨大な十字架へと激しく叩きつけられる。
「くっ……!」
低い呻き声が漏れた。
それは「神聖不可侵」の絶対防御を突き破り、有効打を与えることに成功した証だった。
ルクレチアの両拳にも確かな手応えが残る。ここで畳みかけなければ勝利はない。
「このままでは終わりません!」
震える拳に再び神聖力を充填する。
次の瞬間、第二の攻城槌がアイレットの胸元――心臓を狙って放たれた。
ドガガガガァン!
爆発的な衝撃がクレーターを生み出し、周囲の地面を破壊し尽くす。
その余波だけで地面の表層が捲れ上がり、無数の石屑が宙を舞った。
「ぐっ……!」
あまりの衝撃波に、ルクレチア自身も両足を地面に削り込ませながら大きく後方へ押し戻された。
あたりに静寂が戻る。
二人の激突が生み出した猛烈な熱が、まるで供物を焼く祭壇のように燃え盛っていた。
ルクレチアは顎を伝う汗を拭い、息を整えた。
(やった……これほどの一撃なら……!)
その時――燃え盛る炎をまっすぐに切り裂いて、一筋の光が走った。
「なっ……!?」
ジャララッ!
魔力を帯びた蛇腹剣の刃が長く伸び、凄まじい勢いでルクレチアの急所を狙う。
間一髪で身をかわしたものの、脇腹を深く切り裂かれた。治療する猶予すらない。
視界を埋め尽くすように襲いかかる刃の猛攻を、ルクレチアは必死にさばき続けた。
(まだ……まだ反撃できるというの!?)
信じがたい思いでルクレチアは必死に攻撃を受け流しながら、正面を仰ぎ見た。
十字架に叩きつけられ、身動きが取れなくなっているはずの相手を探す。
(どこ……どこへ行ったの!?)
そこにアイレットの姿はなかった。
動揺したルクレチアの首筋を、冷や汗が伝う。
その瞬間――
キィン!
頭上から、再び蛇腹剣が噛み合う金属音が響いた。
ルクレチアの頭上に、巨大な十字の影が落ちる。見上げた彼女の目が驚愕に見開かれた。
アイレットは空中にいた。
なんと、巨大な十字架の残骸を片腕で担いだまま、遥か高みへと跳躍していたのだ。
「……」
桃色の髪が風に激しくなびく。
背負った十字架が作る影の中で、彼女の緑の瞳が鋭く光っていた。まるで獲物を追い詰めた捕食者のような冷徹な眼光。
ギシッ、ギシシッ!
足元から伸びた白い茨が、ルクレチアの足首を固く縛り上げていた。逃げ場はない。
ルクレチアは本能のまま、右拳を突き上げた。
天地を切り裂くような勢いで振り下ろされるセレステを迎撃するために。
ドォォン!
拳と剣が激突した瞬間、まばゆい光が聖域の全体を呑み込んだ。
✠
「……負けました」
ドサッ。
敗北の宣言とともに、ルクレチア聖女の両膝が崩れた。
支えを失って倒れ込む体を、私は素早く抱きとめて楽な姿勢で横たえた。
「お疲れさまでした」
「……殿下がご無事で、安心いたしました」
「はは……」
「本当に反則のようなスキルでしたね。正直に仰ってください……十字架に叩きつけられた時、わざと私の攻撃を受けましたね?」
「バレましたか」
スキルの限度を把握しておきたかったのだ。神聖不可侵がどの程度のダメージまで肩代わりできるのか、実際に試してみたかった。
「痛かったのは本当ですよ。喉の奥まで血が込み上げてきて、無理やり飲み込みましたから」
「……ふふっ」
全力の一撃を叩き込んだ満足感からか、ルクレチア聖女は小さく微笑んだ。
そしてそっと目を閉じる。彼女の体が、ゆっくりと光の粒となって揺らめき始めた。
まだわずかに会話の余地があったので、私はダメ元で問いかけてみる。
「ルクレチア聖女様。もしよろしければ、改宗する気はありませんか? 後継者もいらっしゃらないようですし」
「……私は生涯を神殿に捧げた身です。お断りいたします」
模範的な回答だった。だが、言葉を発する直前にほんの一瞬だけ迷うような間があったのを、私は逃さなかった。
「体は神殿に捧げて、魂だけ私に捧げればいいじゃないですか」
「……冗談がお上手ですね」
「今ここで改宗してくださるなら、うちの恩寵教会二号店は『聖ルクレチア教会』にしようと思っているのですが。いかがですか?」
「……」
ルクレチア聖女がパチリと目を瞬かせた。その瞳に、隠しきれない戸惑いが揺れる。
しばしの沈黙の後――
「……来世で、考えておきます」
そう言い残すと、ルクレチア聖女の姿は霞のように消えていった。
まあ、今後の布教活動はまた別の誰かに任せるとしよう。
【システム:おめでとうございます!『巡礼者の道』第5関門の突破資格を獲得しました。報酬を受け取りますか?】
「はい」
私の手の中に、一枚の新しい地図が現れた。胸を躍らせながら広げて確認する。
【アイテム:『闇オークション主催者の秘密金庫の地図』】
闇市場の大物として知られるジブリルテ侯爵が隠した秘密金庫の場所を示す地図。
(『歓楽の闇オークションに立ち寄る機会があれば、忘れずに根こそぎ回収していけ』)
「うわ、本当に当たりだ!」
私は嬉々として地図をインベントリへ収めた。
正面に視線を向けると、燃え盛っていた炎は冷たい風に吹き消されるように鎮まっていた。
巨大な改宗門の向こう側には、剣のようにまっすぐ伸びる道が続いている。吹き荒れる吹雪の合間から、まるで私を招くように伸びる道。
私は手袋をはめ直し、十字架に繋がった鎖をグッと引っ張った。
「はあ……重たいな」
丘の向こうにあるはずの第6関門を目指し、私は再び重い足取りで歩み始めた。
✠
**【第36章 再会への準備】**
本来、アイレットが確保していた休暇期間は長くても一週間だった。
しかし、彼女とテシリドがウィブリル島へ旅立ってから、現実世界ではすでに二週間が経過していた。
周囲の人々が不安を募らせるのも当然のことだった。
まずはヒスペリル公爵城。
「エド! うちの孫娘と孫婿から、まだ何の連絡もないのか!? おい、このままで本当に大丈夫なのか!」
「父上、落ち着いてください」
応接室を落ち着きなく往復する筋骨隆々の老人――ヒスペリル公爵に向かって、娘のエルテアが冷静に声をかけた。
そう言いながらも、エルテアは手元に集中していた。
「あら、ヒルデ。とても可愛いわ」
「あ、ありがとうございます……!」
ヒルデの白金色の髪に色とりどりのリボンを飾り付け、エルテアは満足そうに微笑む。幼い頃のアイレットによくやっていた髪型を試してみたのだが、思いのほかよく似合っていた。
「うぅ……」
娘のマイペースぶりに、ヒスペリル公爵はソファに深々と腰掛け、ため息をついた。
そこへ、気の利く婿が気遣わしげに寄ってくる。
「こちら、鎮静効果のある特製ポーションです。どうぞお飲みください、公爵閣下」
「おお、婿殿……!」
公爵は感激した様子でポーションを受け取った。
創立記念式典をきっかけに、レオナルドもまた義父の正体がかの大公ヒスペリル公爵であることを知っていた。
身分差に恐縮する場面こそあったが、義父と婿としての良好な関係は変わっていなかった。もともと公爵は婿を大変可愛がっていたし、ルテル錬金術製品の愛用者でもあったのだ。
「うちの婿は大丈夫か? 最近やけに顔色が悪い気がするぞ。心配のあまり眠れていないのではないか? まずはお前が飲むべきだ」
「私は後でいただきます。今は公爵閣下が先にお召し上がりください」
「ううっ、婿殿……!」
「公爵閣下……!」
互いを思いやり熱い視線を交わし合う二人に、応接室には妙な感動の空気が漂っていた。
エルテアは疲れたように額を押さえながら呟く。
「きっと大丈夫よ。あの子が誰の娘だと思っているの?」
自分に言い聞かせるような言葉だったが、彼女自身も娘への心配で押し潰されそうになっていた。
重苦しい空気の中、ヒルデはそっと目を閉じて祈りを捧げる。
(神様。お姉様とお義兄様を、どうかお守りください……)
すると、目には見えない次元から、彼女の奉る神が応答した。
【世界を救う恩寵:あなたの祈りは確かに届けられました。】
✠
一方、聖アグネス教会。
滞在している銀光聖騎士団の面々もまた、深刻な雰囲気に包まれていた。
アシ、ヘスティオ、イヘイルの三人が、ビアンカの執務室になだれ込む。
「副官殿! アイレット様とテシリド様から何か連絡はありませんか!?」
「お二人とも何かトラブルに巻き込まれたんじゃ……いや、むしろトラブルを引き起こしたと言うべきでしょうか。小伯爵様はどう思われますか?」
「今月の給料はちゃんと支払われますよね……?」
「……給与の支払いに問題はありません、イヘイル卿」
不安を隠せない男たちを前にしても、ビアンカは相変わらずの冷静さを保っていた。書類を几帳面に脇へ片付け、彼らを見据える。
「それよりも、お二人の消息を調べているところです」
「本当ですか!?」
「どうやってです?」
首をかしげるヘスティオとイヘイルに対し、アシだけがハッと膝を叩いた。
「あっ! ウィブリル島ってバレンシュタイン公爵領でしたよね。レイ兄貴に聞けばいいんだ!」
✠
ヴィンチェスター王城、騎士宿舎。
ビアンカから連絡を受けたプリンツは、案の定、大騒ぎを演じていた。
勤務時間が終わるや否や、彼は同居しているレイウェンの部屋へ飛び込んだ。
「レイウェン! レイウェン!」
「プリンツ? どうしたんだ、そんなに慌てて」
「頼む! お前の領地で行方不明者を探してくれ!」
「行方不明者? 誰のことだ」
「俺の妹だ!」
「何だって!? 詳しく話せ!」
「アイがウィブリル島へ旅行に行ったきり、連絡が途絶えたんだ。あの聖剣の主の野郎と一緒にな!」
「……すぐに調べさせよう」
半信半疑ながらも、レイウェンは即座に空間転移を発動して現地へ跳んだ。
プリンツもついて行こうとしたが、制止された。
そして――深夜遅く、レイウェンが戻ってきた。
「……プ、プリンツ……」
空間転移を使った直後よりも、さらに青ざめた顔でレイウェンは立っていた。
驚くプリンツに、彼は震える声で告げた。
「ウィブリル島が……消えた」
「……は?」
神聖剣と聖剣の主が消息を絶った理由。
それは、ダンジョンバーストによって保養地である島そのものが呑み込まれてしまったからだった。
こうして周囲の人々は、ついに二人が巻き込まれた異変の真相を知ることとなった。
✠
時間は、さらに過ぎていく。
「……ふぅ」
テシリドは安堵のため息を漏らした。
ついに『魔界のゴミ捨て場』の終わりが、地平線の向こうに見え始めたのだ。
遠くの空に、黒紫色の妖しく揺らめくオーロラが広がっている。長かった旅路の終わりを示す境界線だった。
ここまで、どれほどの苦難を重ねてきたことか。
砂漠の蟻地獄のように足を取って引きずり込もうとするゴミの山。休む間もなく群れで襲いかかってくる四足歩行の怪物たち。満足な睡眠も取れず、常に神経を張り詰めた極限状態が続いていた。
アイレットには伏せていたが、死を覚悟した瞬間が二度はあった。
もともと生存難易度が狂っている場所だ。「ジャンル逸脱ペナルティ」による世界の殺意が働いていようといまいと、この場所の過酷さはいつも通りだったと言えるかもしれない。
(アイがダンジョンに入ってから、三十五日ほど経っているはずだが……)
時間の流れが不規則な魔界のゴミ捨て場では、アイレットから聞いたダンジョン滞在日数だけが頼りだった。
現実世界では二週間が経過した頃だ。そろそろ周囲が騒ぎ出しているに違いない。
しかも――
(もうすぐ『バルプルギスの夜』だ)
魔界の大祭が、まもなく現世に不吉な影を落とそうとしている。
だが今は、何よりも目の前の境界を越えることが先決だった。
テシリドはオーロラの目前で足を止めた。
この光の幕の向こう側が、いよいよ本物の魔界だ。ただし、どの魔族の領地に繋がっているかは完全にランダム。まさに運任せだった。
「一発で稼げるダンジョンに繋がってくれるといいんだが……」
非の打ちどころのない美貌に切実な祈りを込め、一歩を踏み出そうとした――その時。
「……あ」
彼は重大なことを思い出し、慌てて共有インベントリを漁った。
生身の人間のまま魔界へ足を踏み入れる以上、欠かせない準備があったのだ。
彼はごそごそと黒革のハーネスを取り出し、服の下に装着すると、どこか気まずそうな顔で足を止めたのだった。
✠
巡礼を始めてから、いつの間にか35日が経過していた。
吹雪の中、巨大な十字架を背負って歩き続け、1日に十数時間も移動して野宿を繰り返す。
魔界の関門で門番と戦い、ベースキャンプで食事を取って睡眠を挟む。
極限の修行のような日々が、淡々と過ぎていった。
その間、テシリドとの通信はお互いの生存確認を兼ねた短いやり取り程度だった。
『さっき魔界のゴミ捨て場を脱出したよ。どのダンジョンに出たのかは調査中だ』
『本当にお疲れ様。最後まで気を付けてね。それと移動中は必ず夢馬のハーネスを着けておいて』
『……着けてる。そっちの状況は?』
『私は今日中に第10関門へ到着できそう』
メッセージのやり取りには、数時間のラグがあった。
初日のようにリアルタイムで会話するのは難しくなっていた。魔界のゴミ捨て場は時間の流れが狂っているし、テシリドは隠しているものの、絶えず怪物に襲われているはずだった。生き残るだけで手一杯な状況でフィルダ(通信ノート)にかかりきりになれば、隙ができてしまう。
ノートを閉じ、インクを乾かしていると、神々からのメッセージが届いた。
【『魂を裁く天秤』は、フィルダのやり取りがあっさりしすぎているのではないかと心配しています。】
【『均衡を司る独裁者』は、余計な口出しをして前回のように内容を消されないよう注意しろと警告しています。】
「はいはい」
言われてみれば、私とテシリドは互いに配慮し合うあまり、差し障りのない会話ばかり交わしていた。
正直なところ、今のテシリドがどんな心境でいるのか、私にはよく分からない。あの日大胆な告白をして一線を越えた自覚があるのか、ないのか。
気にはなるけれど、手紙で問い正す気にはなれなかった。
そういう大切な話は、文字ではなく直接会って話したかったのだ。
彼の瞳をまっすぐ見つめ、表情の変化を一つひとつ確かめながら、その瞬間をかみしめたかった。
手紙を短く切り上げた私は、ノートをインベントリへしまい、立ち上がった。
遠くに見える関門を目指して歩き出す。まだ三つの丘を越えなければならなかった。
第10関門。
「ふぅぅ……」
これまでバルクス・オドレクやルクレチア聖女をはじめ、多くの秩序教の聖人たちを撃破してきた。
秩序教の聖人は全部で10人。つまり、最後の相手は最初から決まっている。
「出てきなさい、ミュエリナス!」
“神聖なる時計職人”と呼ばれる、ミュリエルの本体。
あの苛立たしい顔を思い出すだけで、自然と拳に力が入る。
期待と緊張を胸に身構えていた私だったが――
「……え?」
拍子抜けするような事態が起きた。
ピコン!
【システム:門番不在のため、自動通過処理を行います。】
【システム:おめでとうございます!『巡礼者の道』第10関門の通過資格を獲得しました。報酬を受け取りますか?】
「……あ、はい」
まさかの不戦勝だった。
呆然としながら両手を差し出すと、ひらりと一枚の紙が舞い降りてきた。
【アイテム:『秩序教神聖経典の墓所 地図』】
500年前の秩序教の聖典が埋葬された場所を示す地図。
聖典の遺骸を安置する際、多くの異教徒が強制的に殉葬された。彼らの無念を慰めてやってほしい。
今回の報酬は、これまでのものとは毛色が違っていた。
地図をインベントリに収めた後、私は思案に暮れた。
この土壇場でミュエリナスが姿を現さなかったのは、あまりにも不自然だ。
(私のことを……異教徒だとは思っていない、ということ?)
そんな疑問が脳裏をよぎる。
もし聖人の祭壇に彼女がいないのだとすれば――
今、ミュエリナスの魂はいったいどこに存在するのだろうか。
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アイレットとルクレチアの激闘と第10関門通過アイレットは9階位の無敵スキル「神聖不可侵」と蛇腹剣でルクレチアの決死の攻撃を退けて勝利。次の第10関門では門番ミュエリナスが不在という異例の事態により不戦勝で通過した。
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現実世界での大騒動と「島の消失」連絡が絶えて2週間(ダンジョン内は35日)が経過し、家族や聖騎士団が捜索を開始。レイウェンの調査により、二人が向かったウィブリル島がダンジョンバーストで消滅したという衝撃の事実が判明した。
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テシリドの過酷な脱出と魔界到達テシリドは絶え間ない試練を乗り越えて「魔界のゴミ捨て場」をついに脱出。アイレットへの思いや切実な資金難を抱えながら、準備を整えてランダムに繋がる本物の魔界へと歩みを進めた。