こんにちは、ちゃむです。
「転生令嬢は治療スキルで異世界のみんなを救おうと思います」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
29話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 決死の浄化
――バンッ!
鈍い衝撃音とともに、エブリンが勢いよく壁へと叩きつけられた。
リリーの体は、さらに濃い黒い煙に包まれていく。細い腕や顔にまで黒い血管が浮き上がり、不気味に脈打っていた。
「ぐっ……うっ」
「エブリン!!」
「シャナ様……お下がりください……」
壁に激突したエブリンの姿を見て、ようやくレイヴンの表情が変わった。
(だから言ったじゃない! うわ、本当に怖い……!)
目を疑うような光景だった。エブリンがぶつかった壁は、円形にひび割れて大きくえぐれている。
リリーは、まともに歩くことすら難しいはずの体で、まるで映画でしか見たことがないような形相で目を見開き、暴れ回っていた。
こんなの映画じゃない。現実――いや、現場で起きているなんて信じられない。目の前の光景は、あまりにも非現実的だった。前世なら、どれほど凶悪な事件でも刃物を振り回す程度だったはずなのに、これはまるで怪物映画だ。
(壁まで壊れてる……! さっきまでディズニーみたいな雰囲気だったのに、急にホラー映画になったじゃない!)
とにかく、レイヴンをここから逃がさなきゃ。
リリーが狙っているのはレイヴンだ。囮なんて必要ない。目の前の標的さえ消えれば、どうにか落ち着いてくれるかもしれない。あの黒い霧が呪いの一種なら、きっと私にも何かできるはずだ。
「早く逃げて、レイヴン! マリアを呼んできて――」
「くそっ、シャナ!」
私がレイヴンを部屋の外へ押し出そうとした、その瞬間。レイヴンは叫びながら私を抱き寄せ、そのままくるりと体を反転させた。
「え……?」
「ぐっ……!」
「レイヴン!!!」
私の背後から飛んできた攻撃を、レイヴンが身を挺して受け止めた。
彼の肩が真っ赤に染まり、血がじわりと滲む。そのまま彼は私の肩へと倒れ込み、その重みと体温、汗ばんだ感触が生々しく伝わってきた。
「ば、ばか……!」
「お前が傷つくよりは、ましだろ……」
「何やってるの!? 本当に馬鹿なの!?」
「あとで治してくれ」
こんな状況でも、レイヴンの声は驚くほど落ち着いていた。
(さすが皇帝の息子――いや、こんな修羅場に慣れているからなのか、声一つ震えない)
それでも、私を抱き寄せて自分の胸へ隠す腕だけは、かすかに震えていた。その震えだけが、彼も必死に恐怖を押し殺しているのだと物語っていた。
血の気が引いた。だめだ。
私は肩から血を流しているレイヴンの傷をあえて治療せず、その腕から抜け出して立ち上がろうとした。しかし、レイヴンは私の手首を強くつかみ、離してくれなかった。
「シャナ!」
「放して、レイヴン! 怪我したなら大人しくしてて!」
「何をするつもりだ? 危険なことはするな! ここにいろ! もうすぐ近衛隊が来る。マリアもすぐ来る!」
「そうしたら、リリーが危ないの!」
「この馬鹿! そんなことが今は大事なのか!? 君が怪我をしたら、治療だってできなくなるだろ!」
レイヴンは珍しく感情をあらわにして怒鳴った。そんな状況だというのに――。
リリーはなおも頭を抱え、苦しそうにもがいていた。私は焦るあまり、両手でレイヴンの頬をつかみ、ぐっと自分のほうへ顔を引き寄せた。レイヴンは目を丸くして固まる。
その隙を逃さず、私は彼の腕を振りほどいた。
「待って。いい? 私だけを信じて。全部、私が何とかするから」
押してもだめなら引け、だ。レイヴンが我に返って追いかけてこないよう、私はまだ治療していない彼の傷ついた肩を心の中で謝りながら軽く押し、部屋の外へ出して扉を閉めた。
(ごめん……あとで必ず治療するから)
……ちょっと強く押しすぎたかな。
そう思った、その直後――。
(レイヴンがそんな顔をするなんて。見間違いだったと言われたら信じるしかないけれど……きっと誰も信じてくれないだろうな)
エブリンは……気を失っただけ。問題は、レイヴンの肩の傷だった。
黒い霧が肩へ移ったようにも見えた。もしあれが呪いなら、レイヴンにまで感染したかもしれない。
「うっ……ひっ、うぅっ……いや……いやぁ……あっ……」
リリーはふらつきながら、あちこちへぶつかっていた。何がきっかけで突然暴走したのかは分からない。ただ、まるでレイヴンを憎んでたまらないかのように見えた。
けれど、そのか細い泣き声は、恐怖に怯えてどうしていいか分からない子どものものだった。
息を荒くしていたリリーが私を見た。正確には、私の後ろにいるレイヴンを見たのだろう。目を見開いたまま、私へ向かって突進してきた。
その瞬間、気絶していたはずのエブリンが飛び起き、鋭く伸ばした爪を立てた手でリリーの頭をつかみ、後ろへ引き戻した。
今だ。
私は二人がもつれ合う寸前、思い切って身を投げ出した。羽毛のような黒い煙が肌をかすめたが、私に触れた瞬間、ガラスの粉のように砕け散った。
ひやりとしたが、どうやら助かったようだ。
接触している部分から粘土を押し込み、誘導した。
(これで通らなかったら、どうせあと7年も生きられずに死ぬ運命だったってことだ……)
成功率は五分五分の、ひやひやする賭けだった。父に似て身体能力が高かったり、あるいは母に似て魔法の才能が優れていたりすれば、ここまで全身を酷使しなくても済んだのに。
まったく、身体能力も回復魔法も中途半端な器用貧乏だから、何をするにも綱渡りだ。
(でも、このスリルは嫌いじゃない。毎回心臓が飛び出しそうになるけど、退屈しなくていいしね)
一瞬そう思ってから、自責の念に駆られた。……ううっ。
怖くなかったと言えば嘘になる。でも、たった数日とはいえ、食事を与え、世話をしてきた子を見捨てられるほど、私は薄情ではなかった。
血走り、眼球の血管が破裂してしまったあの目を見て、どうしてそのまま放っておけるだろう。もしマリアや近衛騎士団が駆けつけていたら、リリーは抵抗する間もなく殺されていただろう。
ほんの一瞬の出来事だった。正直に言えば、レイヴンも剣を持っていたなら、エブリンが止め損ねた瞬間に迷わずリリーを斬っていたはずだ。
「……そんなに怖がることか?」
レイヴンは、私に無茶はするなと言った。でも、できると思ったからやっただけだ。本当は五分五分なんかじゃない。確信が持てなかっただけで、成功すると信じていた。
リリーはブロッコリースープを全部飲み干した。あれほど苦しみながらも、生きたいと願っていたのだ。
そして私はリリーに、「眠って目が覚めたら、痛みは全部なくなっているから」と約束した。
『お姉ちゃん、お父さんみたいにいなくならないで。ずっと一緒にいて。約束して……』
『もちろんよ。そんな馬鹿なこと言わないで、もう寝なさい』
ミンアとの約束を守れなかった分、守れる約束はすべて守りたかった。たとえ自己満足だと言われても……。
黒く染まっていた肌は少しずつ本来の白さを取り戻し、充血で真っ赤だった目もゆっくり閉じられていった。ぶくぶくと浮き出ていた血管も徐々に引き、私はほっと胸をなで下ろした。
リリーの髪をつかんでいたエブリンにも浄化の力を分け与えると、リリーの体がびくりと震えた。
「えっ!?」
「よく眠れた? リリー」
「……あれ……?」
「……よかった」
リリーは意味が分からないというような、きょとんとした表情を浮かべた。どうでもいいことは忘れて、そのままもう一度眠ってくれればいい。
リリーは小柄で痩せていたけれど、それでも私より背が高く、いつものように私を見下ろしながら微笑んだ。それは無表情なのか、それとも泣き出しそうなのか、自分でも分からないような顔だった。どんな表情をすればいいのか分からなくなった時の顔。
私はその時初めて、リリーの瞳が緑がかった茶色だったことに気付いた。いつも眉をひそめたり、怒ったり、不機嫌そうな顔ばかりしていたから気付かなかったのだ。
もし再び足首の痕が発動することを知っていたなら、最初から無理をしてでも完全に消していたのに――。
「だめ。残念だけど」
「え?」
目の前がぐらりと揺れた。
(今度は何? 本当に忙しい世界だな、このファンタジー世界は……)
—
私たちは並んで横になり、そのまま眠りについた。残った毛布を二人で分け合い、寒い夜には互いを抱きしめて眠った。工場で働くようになって昼夜逆転の生活になってからは、一緒に眠る日は少なくなった。
それでも、できる時はいつも抱きしめ合った。まるで、この世界に残されたのは二人だけなのだと確かめ合うように。
『お姉ちゃん、どうして……』
『私だけ置いていかないって言ったのに、行かないって約束したのに』
『私を一人にしないで……』
一人残されたミンアのことを思うと、私はぎゅっと目を閉じた。
これ以上耐えられなくて、ごめん。
約束を守れなくて、ごめん。
(私は守れなかった……)
そのことが、なおさら胸を締めつけた。もし私がもっと耐えられていたら。もしもっと強かったなら。ミンアとの約束を守ることができたのだろうか。
自分から死を選んだわけではない。それでもミンアのことを思うと、どうしても罪悪感が込み上げてくる。
私の遺体を、あの子は一人でどうやって収容したのだろう。……どれほど私を恨んだだろう。
ミンアには、やりたいことを全部やって、自分の人生を生きてほしかった。だからできる限り力になりたかったのに、結局私が残したのは深い傷だけだったのかもしれない。
「死亡保険に入っていてよかった」
そんなことを考えていたとミンアが知ったら、一生許してくれないかもしれない。
『誰がここまでしろなんて頼んだの。助けも求めず、苦しいとも言わず、一人で耐えるなんて……』
辛くても平気だった。耐えられると思っていた。本当に。
私は自分ならできると思っていたし、若いのだから、自分のことは後回しにしても大丈夫だと気楽に考えていた。自分が苦労した分だけミンアが楽になれると思えば、どんな苦労も忘れられた。
そうやって必死に生きてきた反動なのか、今はただ怠けて、のんびり暮らしたいと思うようになってしまった。
それでも、あの時の選択を後悔したことはなかった。後悔しているのは、私自身のことだ。あんな結末になるとは知らず、ミンアに消えない傷を残してしまったこと。
「許せない」
その言葉に、私は飛び起きた。頭から氷水を浴びせられたような衝撃だった。間違いない、あれはミンアの声だった。
「ミンア!?」
だが、体を起こす間もなく、再び押し倒される。私の上に覆いかぶさったミンアが、両手で私の首を締め上げていたからだ。
「許せない……。どうして約束を守ってくれなかったの? どうして私を置いて一人で行っちゃったの……。私がどれだけ苦しむか分かっていたくせに!」
「み、ミンア……ごめん……」
頬を伝って涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。きれいに切り揃えられた黒いショートヘア。白く痩せた顔。一重まぶたの大きな瞳。間違いなく、私の妹・ミンアだった。
どうしてこんなことになったのか考える余裕もなく、胸が締めつけられて息が苦しかった。
死んでようやく楽になれたと思っていた私。新しく与えられた家族の過剰な愛情に包まれ、穏やかで幸せな日々を送っていた私。そんな私が――泣いているあなたに、いったい何を言えばいいのだろう。
「許せない。本当に許せない。殺してあげる。だから一緒に行こう、お姉ちゃん。私のところへ帰ってきて」
……ああ。
私は静かに目を閉じ、そして開いた。ミンアに首を締められたまま、私はぽつりと尋ねた。
「あなたは誰?」
「…………」
首を締めていた手が、力なく離れた。
私は無表情のまま相手を見つめた。ミンアではないと分かった瞬間、似ていること自体が強い嫌悪感を呼び起こした。私はそれを強く突き飛ばして立ち上がった。意外にも、あっさりと後ろへよろめいた。
「どうして分かったの?」
「ミンアは、どれだけ誰かを憎んでいても、『引き裂いてやる』なんて発想は絶対にしない子だから」
「……たったそれだけ?」
「そこをどきな。目障りよ」
私がそう育てたのだ。
「うまく騙せると思ったんだけどな」
舌を鳴らした“それ”は、姿を変えた。
(もう二度と会えるはずがないのに……)
顔立ちが徐々に大人びていき、肩幅は広がり、背もすらりと高くなっていく。私は無言でその変化を見つめながら、複雑な気持ちになった。ミンアじゃなくてよかったと思う一方で、ミンアじゃないことが少し寂しかった。
やがて、腰まで届く黒髪をなびかせた長身の美青年が姿を現した。
伏せられた長いまつげ、その下で妖しく輝く黒い瞳。整った気品ある顔立ちに浮かぶ、どこか孤独を帯びた微笑みまで美しい男だった。
まだ七歳の子どもだった私は、この世界で「色気」というものを知る機会などなかったが……それでも、この男は子ども相手にまで自分の魅力を惜しげもなく振りまいていた。
隠すつもりはないらしい。私は少し呆れた気持ちを隠さず、ため息交じりに言った。
「……いい大人が未成年の女の子に変装してたの……? 変態じゃない」
「似合ってなかった?」
「全然。正体がばれたのに、よくそんな自信満々でいられるわね」
男は豪快に笑った。
「君のために用意したプレゼントだったんだけど、気に入らなかったか?」
「最悪だった」
「“記憶を失ったリンゴ”って意味だったんだけど」
「国語を勉強し直してこい。しかもプレゼントはリンゴですらなかったでしょ」
私があからさまに不機嫌そうな顔をすると、彼はまるで慰めるようににっこり笑った。
「あなた何者? ここは……どこ?」
私は周囲を見回した。さっきまでミンアと暮らしていた狭い一間の部屋だったはずなのに、今は見慣れた自分の寝室になっていた。
「私の名前はセス」
「何それ」
「……性格変わったんじゃない? さっきまでは清純な聖女みたいに振る舞ってたのに」
「やられた分はやり返すだけ」
私を大切にしてくれる人には、優しく接して仲良くする。それが当たり前だった。
「答える気はないの?」
「私が探していた魔族だ、と言えばいい?」
「本当に鈍いな……」
私は呆れて舌打ちした。彼は、私が不機嫌そうにする様子を面白がるように、頬杖をついてこちらを見ていた。
「魔族だってことは、目が覚めた瞬間に分かったわ。名前なんてどうでもいいから、正体を明かしなさい。種族じゃなくて」
「正体? 私は今のほうが気に入ってる」
「……」
(まるで二重人格みたいな話だな)
「私は魔界の君主・ベリアル様に仕える十六番目の息子、セスだ。私を召喚した者の名は契約上明かせないが、目的は皇太子の暗殺だったらしい。カナリアもその手段の一つとして使う予定だったから、皇太子を見た瞬間に暴走したんだ。頭の奥深くに暗示が植え付けられていたからな。ひどい話だろう?」
「……」
「カナリアがお前に接触したのは偶然だった。でも私は4年前からずっとお前を探していた。会えて本当にうれしい」
この男……思っていた以上だ。
「カナリアの主があまりにも反応しやすいから、保険として伏線を仕込んでおいたんだ。まさかこれが繋がるとはね」
「それ、暇つぶしだったってこと……?」
「正直、君がもっと早く死ななかったのが意外だったよ。魔法耐性が高いおかげかな。4年前に君が偶然あの呪いを解いてしまったことを知らなければ、今回も見逃していたところだった」
「…………」
「おかげで、君が完全に呪いを解いてしまう前に、他は全部捨てて”繋がり”だけは残しておけた。現実では君の周りの護衛が厳重すぎて、近づくことができなかったからね」
「……すごくおしゃべりだな……」
私は一言も話していないのに、彼は一人で延々としゃべり続けた。しかもどこか楽しそうですらある。そのおかげで、さっきまでの苛立ちは少しずつ落ち着いていった。
正体は分かった。でも、それならどうして私を呼び出したの?
「だから仕方なくカナリアを暴走させて、お前と接触させた。そのままお前の精神世界に入り込んだんだ。どうだ、すごいだろ?」
「何が“仕方なく”よ。あなたのせいでリリーがどれだけ苦しんだと思ってるの?」
エブリンも、レイヴンも傷ついた。
「そう」
「…………」
「残念だったね。もっと早く死んでくれていたら、ずっと楽だったのに」
まるで他人の痛みなど何とも思っていないような、冷たく滑らかな声だった。
「細かいことは気にしないで」
「図々しいわね」
「大事なのは、こうして私たちが出会えたことじゃない?」
「…………」
「君は私のことが嫌いみたいだけど」
……何を当たり前のことを言っているの。
私は確かにこの世界に転生して、運よく善良な人たちに囲まれてきた。でも、だからといって嫌いな人間がいないわけじゃない。前世では、好きな人より嫌いな人のほうが多かったくらいだ。
こんなふうに人へ迷惑をかけておいて、悪びれもせず開き直る自己中心的な人間は大嫌いだった。
しかも加害者のくせに、「被害は大したことない」と勝手に決めつけるような人間は、心の底から軽蔑していた。
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リリーの突如の暴走と激闘リリーが黒い霧と不気味な血管を浮かび上がらせて暴走し、エブリンやレイヴンを襲撃。レイヴンはシャナを守るために身を挺して肩に負傷を負いました。
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シャナの決死の浄化とリリーの救出危険を顧みず飛び込んだシャナは、自らの力でリリーに巻き付いていた呪いの黒い煙を砕き、リリーを元の状態へと戻して眠らせることに成功しました。
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黒幕である魔族「セス」の正体判明夢(精神世界)の中で亡き妹の姿で現れた幻影を見破ったシャナに対し、黒幕である魔族の息子セスが姿を現し、皇太子暗殺計画やリリー(カナリア)を利用した一連の真相を明かしました。