こんにちは、ちゃむです。
「悪女の皇后様に溺愛されてます」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
69話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 隠しきれない独占欲
その日の夜。
私は久しぶりに夢を見た。
――カルペン!
今にも降り注ぎそうに瞬く無数の星。そしてその下で、青白い昼の光を浴びる一人の女性。
『私、あなたとの約束を守るから。だからあなたも……』
安らかに眠る男を見つめながら、絶え間なく涙を流す彼女。
『……私との約束を必ず守って』
その囁きを最後に、私はまぶたを持ち上げた。
「何よ。どうしてまた急にこの夢なの?」
私は指を伸ばし、目元に溜まった涙を適当に拭った。ディアミドが初めて浄化の力を発揮したとき以来、一度も見ていなかった夢なのに。夢の内容はいつも同じだった。「約束を守って」と求める女性と、ディアミドによく似た男性。最初はただの何でもない夢だと思って聞き流していたけれど、同じ夢を二度も見ると、さすがに気になった。
『いったい、どんな約束をしたんだろう?』
私は首をかしげた。女の悲しげな顔が脳裏をよぎった。しかも……『カルトフェル』だなんて。カルトフェル大帝は、ウィンストン帝国を建国した初代皇帝なのに……。
「……」
私はそっと唇を噛んだ。もういい。いくら考えても答えが出ないことに、気を取られるのはやめよう。それより……。
『ディアミド』
私は口角を耳まで引き上げ、声を殺して笑った。ディアミドが帰ってきた。その事実が、今さらながら実感として湧いてきた。
—
翌日。
ディアミドは皇太后宮へ向かった。皇太后は涙で潤んだ目でディアミドを迎えた。
「ディアミド!」
ディアミドは驚いた顔で皇太后を見つめた。
「なぜ外に出ていらっしゃるのですか。寒いのですから、中にいらっしゃらないと……」
「ここにでも出ていなければ……少しでも早くお前の顔を見ることができないじゃないか」
そう答えた皇太后は、必死に涙をこらえるように唇を噛みしめた。しかし、それも束の間だった。皇太后はとうとうディアミドにしがみつき、わっと泣き出してしまった。
「ディアミド、本当に……こうしてまたお前の顔を見ることができるなんて……」
「……無事に戻るとお約束したではありませんか」
自分を抱きしめる皇太后の背中をゆっくり撫でながら、ディアミドが優しく囁いた。その様子を見守っていた侍女長も、やはり――私は服の袖で目元を拭った。本当に、胸がいっぱいになるほど感慨深い。
『昔だったら、こうして皇太后宮で皇太子殿下とお会いするなんて、夢にも思えなかっただろうな……』
北部の魔獣討伐を成功させたことで、ディアミドは帝国民や貴族たちから、立派な皇太子として認められるようになっていた。特に北部のアンテス辺境伯は、公の場で皇太子を支持すると表明している。8年の歳月が流れた今、ディアミドは名実ともに帝国の新たな権力者として頭角を現していた。とりわけ皇帝と皇后の間に子供がいない現在、その存在感はますます大きくなっている。
しばらくして、皇太后は泣くのをやめた。二人は暖かな湯気の立つティーカップを前に、向かい合って座った。
「久しぶりに会ったというのに、私ったら醜態をさらしてしまったわね」
皇太后は照れくさそうな表情で口を開いた。
「こんなに立派に成長していたなんて……」
ディアミドは笑顔で首を横に振った。
「いいえ。それより、おばあ様もお元気そうで何よりです」
「皇后が私のことをよく気遣ってくれたおかげよ」
そう言った皇太后は、目尻に深いしわを刻みながら微笑んだ。
「シャルも同じよ」
「……シャルですか?」
「ええ。あの子が本当に聡明でね」
そう言いながら、皇太后はそれとなくディアミドの表情をうかがった。というのも、『シャルリズ』という名前を聞いた瞬間、ディアミドの瞳が星のように輝いたからだ。
「あなたがいない間、あの子がずっと話し相手になってくれたから、退屈せずに済んだわ」
「そうだったんですね」
ディアミドは努めて平静を装いながら、こくりとうなずいた。シャルリズに興味がないふりをしているのが、はっきりと見て取れた。
皇太后は笑みを浮かべながら尋ねた。
「それで、北部での暮らしはどうだった?」
「大丈夫でした」
「何が大丈夫なものか。さぞ苦労しただろうに……」
皇太后のしわの刻まれた手が、ディアミドの手の甲を優しく叩いた。
「アンテス家には、ずいぶん世話になったと聞いたよ」
ディアミドを見つめる瞳には、いたわりの色が満ちていた。
「特に小伯爵がお前のことをよく気にかけてくれたそうじゃないか?」
「アンテス小伯爵というと……シエナのことですか?」
その瞬間、ディアミドの表情が嫉妬に染まった。皇太后が首をかしげる。
「どうした? 私が何か勘違いしているのか?」
「いえ、それが、その……!」
ディアミドは一瞬、言葉に詰まるのを感じた。あの小さな女の子が私を助けてくれたって? むしろ私が助けたんでしょう! これまであの子にご飯をたくさん食べさせてあげたことを思えば……! そう反論しかけたディアミドは、結局深いため息をついた。
「……はい。まあ、そういうことにしておきましょう」
言いたいことは山ほどあったが、あえて口にはしないことにした。何にせよ、アンテス家に世話になったのは事実だったからだ。皇太后がゆったりとした声で話を続けた。
「たぶん、あなたは覚えていないでしょうけれど」
「はい?」
「昔、あなたたち二人がまだとても幼かった頃、一度会ったことがあるのよ」
「……私がどうしてシエナと会ったことがあるんですか?!」
ディアミドは驚愕した顔で皇太后を見つめた。見た。これだけは我慢できなかった。彼はきっぱりと首を横に振った。
「絶対に嫌です」
「あら、どうして?」
「とにかく嫌です。たぶん私だけじゃなくて、公爵もものすごく嫌がると思います」
「ふむ、そう?」
そんな孫の反応に、皇太后は意味深な笑みを浮かべた。実のところ、あそこまで嫉妬する反応を見せること自体が、なぜだか……。皇太后はそっと口を開いた。
「ねえ、ディアミド」
「はい?」
「私、あなたがどうしてそんなに嫉妬するのか、その理由が少し分かった気がするわ」
「……それはどういう意味ですか?」
「ふふ、何でもないわ」
若い子たちって、こういうところが可愛いのよね。そう思いながら、皇太后は笑顔で――皇太后は首をかしげた。そしてディアミドに尋ねた。
「それより、シャル。あの子には会ったのかい?」
その質問を聞いた瞬間、ディアミドは再び目をぱちぱちと瞬かせた。皇太后は内心、舌打ちした。あんなにも本音が丸見えだなんて、まったく。
一方、祖母の胸の内などまるで知らないディアミドは、誇らしげに答えた。
「はい。昨日、会ってきました」
その瞬間、皇太后は孫をからかう絶好の機会を逃さなかった。
「まあ! このおばあちゃんより先にシャルに会いに行ったっていうのかい?」
わざと寂しそうな表情を作ると、ディアミドはたちまち慌てた顔になった。
「は、ばあ様。それは……」
「いくら久しぶりに会うとはいえ、おばあちゃんよりシャルが先だなんて……」
皇太后は寂しげに語尾を濁した。ディアミドはどう答えればいいのか分からず、皇太后を見つめた。すると、そのとき。皇太后がにやりと笑った。
「冗談よ」
「お祖母様! 驚かせないでください!」
ディアミドは恨めしそうに皇太后を睨んだ。しかし皇太后は、面白くてたまらないといった表情を隠そうともしなかった。
「それで、久しぶりにシエナに会ってどうだった?」
「それは……とても嬉しかったです」
「まあ、それだけ?」
皇太后は目を丸くして問い返した。
「私があなたなら、今頃かなり焦っていると思うけれど」
「……はい?」
「そうでしょう? そもそも皇宮には美人がどれだけいると思っているの?」
皇太后は顎を上げ、意味ありげな声で話を続けた。――見ていた。
「でもシャルは、その中でもひときわ目を引くほど綺麗な女の子じゃない」
「そ、それはそうですが……」
「それだけでも、男たちの心を虜にするには十分でしょう? そう思わない?」
そう言いながら、皇太后はそれとなくディアミドの表情をうかがった。ディアミドの顔は、いつの間にか微妙にこわばっていた。吹き出しそうになるのをこらえ、皇太后の口元がぴくりと震えた。
「それだけじゃないわ。仕事もできるし、皇后からも寵愛を受けているでしょう。私もあの子のことをとても可愛がっているし」
「それは私も知っています」
「それを知っているあなたが、どうしてそんなに平然としていられるの?」
皇太后はからかうようにディアミドをつついた。
「騎士や侍従たちの立場になって考えてみなさい、ということよ」
「彼らの立場なら……」
「彼らの立場から考えて、目上の者に可愛がられている侍女を妻に迎えるというのは、どう思う?」
ディアミドは膝の上に置いていた両手をぎゅっと握りしめた。そうでもしなければ、何度も表情が崩れてしまいそうだったからだ。一方、ディアミドの胸の内など知る由もなく、皇太后はのんびりと話を続けた。
「シャルとの結婚が出世の助けになるなら、悪い影響を与えることはないだろう?」
「ですが……シャルはまだ結婚するには若いです。成人にも達していないではありませんか?」
「それはお前の考えにすぎないよ。少なくとも、あの子が男たちの目に魅力的に映っていることだけは確かだ」
皇太后は軽く肩をすくめた。
「なにしろ、あの子はすでに騎士や侍従たちから何度も交際を申し込まれているからね」
「そ、それは本当ですか?!」
ディアミドが思わず声を荒らげた。皇太后は笑みを浮かべながら、うなずいた。
「そうよ。私が何のためにあなたに嘘をつくと思う?」
「シエナが……求婚されたそうですね……」
ディアミドは今にも国を失いそうな表情を浮かべた。皇太后はいたずらっぽい表情で、燃え盛る家に油を注ぐように言った。
「その中には、結婚を前提にした相手もかなりいたそうよ?」
「け、結婚ですって?!」
ディアミドは驚愕した顔で皇太后を見つめた。
「そうよ。下手をしたら、あなたはあの子に会えなかったかもしれないのよ」
「そ、それはどういう意味ですか?」
「あなたが戻ってくる頃には、シエナはもう結婚して出国していたかもしれないってことよ」
ディアミドの顔が一気にこわばった。皇太后は、これ見よがしに首を横に振った。
「皇后があの子をとても可愛がっているものだから、まともな男たちはみんな、ぐずぐずしているうちに後れを取ってしまったのよ」
「……本当によかったです」
しばらくして。ディアミドは、ひどく悔しそうな声でそう答えた。皇太后は黙ってディアミドの表情を観察した。普段は皇帝の前でさえ、自分の感情を巧みに隠している子なのに……。
『シャルリズの話になると、感情がそのまま顔に出るのね』
きっと、それだけ想いが深いということなのだろう。まあ……8年はあまりにも長い。その長い間、冷めることのなかった想いなのだから……。皇太后がしばし感慨に浸っているうちに、ぬるくなったお茶を一気に飲み干した――ディアミドは勢いよく席から立ち上がった。
「では、私はこれで失礼いたします」
「どうしたんだい。シャルに会いに行くのか?」
「はい」
ディアミドはきっぱりと答えた。皇太后のからかうような視線に、どこか切なさが滲んだ。いつの間にあんなに大きくなって、一人の女性を胸に抱くことのできる青年になったのだろう。考えてみれば、ディアミドとこうして長く話をしたのも、ほとんど初めてのような気がする。
『ディアンが廃位されてから数えれば……もう18年になるのね』
そう考えた瞬間、皇太后の目元が再び赤くなった。皇帝のせいで失ってしまった歳月は、いったい何年になるのだろう。どうにか感情を落ち着かせた皇太后は、何でもないふうを装って口を開いた。
「今日はこれで帰してあげるけれど、これからはもっと頻繁に顔を見せに来ておくれ」
「もちろん、そうするつもりです」
ディアミドは祖母の湿った目元を見て見ぬふりをしながら答えた。
「また明日、お会いします」
「ええ。気をつけて帰りなさい」
皇太后を出る前、ディアミドは最後に祖母をぎゅっと抱きしめた。皇太后はしわの刻まれた手で、ディアミドの背中を軽く叩いた。
—
皇太后宮を出たディアミドは、そのまま皇后宮へ向かった。シエナに会うためだった。
「ん?」
皇后宮の近くまで来たディアミドの瞳が、わずかに大きくなった。遠くに、腕に籠を下げたシエナの姿が見えたからだ。どうやら使いに出てらしい。
ところが。
『……どうして一人じゃないんだ?』
ディアミドは眉をひそめた。それもそのはず、シャルリズの隣には従騎士らしき青年が一人、ぴったりとついて歩いていたからだ。
『あの男、いったい何者だ?』
目に火を灯したディアミドは、足早にシャルリズのもとへ向かった。ちょうどそのとき、従騎士がシャルリズに挨拶をしていた。
「こんにちは、シャルリズ侍女様」
「あ、こんにちは」
どうやら顔見知りなのか、シャルリズは少し気まずそうではありながらも挨拶を返した。その瞬間、ディアミドは胃の奥がひっくり返るような感覚に襲われた。服の隙間から見える従騎士の耳の後ろが、真っ赤に染まっていたからだ。
従騎士は優しい声でシャルリズに尋ねた。
「荷物が重そうですね。私がお持ちしましょうか?」
どうにかして彼女に話しかけたい一心で、必死な様子だった。ディアミドにとって幸いなことに、シャルリズはまるで変な人を見るかのように騎士を見つめるだけだった。
「すみませんが、私の籠は空ですので」
「あ、そ、そうなんですね!」
「お気遣いはありがたいですが、この程度の籠なら私一人でも持てます」
シャルリズは柔らかく、それでいてきっぱりと答えた。見習い騎士は慌てて後ずさった。そう言い終えると、シャルリズは見習い騎士を追い越し、さっさと歩みを進めた。しかし、見習い騎士はなかなか諦めなかった。
「あ、あの、シャルリズ侍女様!」
シャルリズはちらりと振り返った。いつの間にかシャルリズの後ろにぴったりとついてきていた見習い騎士は――見習い騎士は真っ赤になった顔で、しどろもどろに話を続けた。
「こ、こんな状況で申し上げるのは、本当におかしく聞こえるかもしれませんが……」
シエナはぽかんとした顔で見習い騎士を見つめた。見習い騎士はぎゅっと目をつぶり、叫んだ。
「私は、ずっと前から侍女様のことをお慕いしておりました!」
「……はい?」
何なの、この脈絡のない告白は? シエナは少し呆然としてしまった。
一方、ディアミドは心臓がドキリと沈んだ。
『このままじゃ、本当にシエナがほかの男と恋人になるかもしれない!』
見習い騎士は震える声で言葉を続けた。
「も、もしご迷惑でなければ……」
「シエナ」
これ以上見ていられなくなったディアミドが、二人の間に素早く割って入った。ずっと困惑していたシエナが、目を丸くした。真っ赤になって、ディアミドを見つめた。
「皇太子殿下?」
「こ、皇太子殿下にお目にかかります!」
突然現れた皇太子に驚いた従騎士は、慌てて頭を下げた。しかしディアミドは、そんな彼を完全に無視した。その代わり、シャルリズにだけ満開の花のような華やかな笑みを向けた。
「ずっと探してたよ、シャル」
「私をですか?」
「うん。今日は一日中……」
ちらりと従騎士を横目で見たディアミドは、ごく自然にシャルリズへ近づいた。そして手を伸ばし、彼女の乱れた髪を整えてやる。その手つきは、この上なく優しかった。
『見ろ。私はシャルとこんなにも親しい仲なんだ』
……おおよそ、そんな意味を込めた行動だった。ディアミドはできる限り穏やかな声で、シャルリズに話しかけた。
「……私と一緒に過ごすって言っただろ?」
いつそんなことをおっしゃったんですか? シャルリズは思わずそう言い返そうとしたが、ディアミドがあのしつこい見習い騎士を追い払うのを手伝おうとしているらしいと気づき、慌てて口をつぐんだ。シャルリズはすぐに頷いた。
「もちろん覚えています。うっかり忘れていただけです」
「それなら、早く皇后宮へ戻ろう」
ディアミドは当然のようにシャルリズの肩を抱いた。
「私が送っていくから」
いや、そこまでしてもらう必要はないんだけど? シャルリズは何とも言えない顔でディアミドを見上げた。視線が合うと、ディアミドは精いっぱい愛想よく微笑んだ。
「ん?」
「……」
……とりあえず、ディアミドの言うとおり話を切り上げよう。あの騎士があまりにも執拗だからこうなっているだけだ。決してディアミドが格好よすぎるせいではない。
シャルリズは少しぎこちない動きで、ディアミドにもたれかかった。その瞬間、見習い騎士の顔に凄まじい衝撃が走った。声すら出せず、唇をぱくぱくさせながら、「シャ、シャルリズ侍女様……!」と呼ぶ。
ディアミドは勝ち誇ったような幼い声で命じた。
「下がれ」
「は?……は、承知いたしました」
見習い騎士は傷ついた表情を必死に隠しながら、慌ててその場を離れていった。ディアミドは目を細め、騎士が去っていった方向を見つめた。どうしてあんなに恐ろしい顔をしているんだろう? 首をかしげていたシャルリズは、とりあえず感謝の言葉を――まずは挨拶をした。
「助けてくださってありがとうございます、殿下」
何はともあれ、あの厄介な従騎士を追い払うのに大きく貢献してくれたのだから。しかし、シャルリズの挨拶に返ってきたのは、まったく脈絡のない質問だった。
「シャル、もしかして最近、恋愛に興味でも出てきたの?」
シャルリズは眉をひそめ、ディアミドを見つめた。
「それ、あまりにも唐突な質問だとは思いませんか?」
「とにかく、先に答えて」
「私、たった今あの従騎士様のお誘いも断ったんですよ。それなのに、そんな疑問をお持ちなんですか?」
それでもディアミドの表情が和らぐ気配はなかった。
「でも君、騎士や侍従たちから、ものすごく、ものすごーく人気があるって聞いたけど」
「……そんな話、どこで聞いたんですか?」
「どこでって、みんなそう言ってるよ」
でもさ、私がモテることと、ディアミドが拗ねることに、いったい何の関係があるんだ? シャルリズにはさっぱり理解できなかった。しかし、ディアミドの嫉妬心にはすでに火がついていた。
「それに、どうして『殿下』なんて呼ぶんだ?」
「え? それはもちろん、皇太子殿下ですから……」
「二人きりの時は、ディアミドって呼ぶことにしただろ?」
……それって、あの時だけの話じゃなかったの? シャルリズはちらりとディアミドの顔色をうかがった。だが、ディアミドにはまったく譲る気配がない。
「早く」
シャルリズは深いため息をついた。
『今日のディアミド、妙に面倒くさいな』
まあ、名前を呼ぶくらい難しいことじゃないけど。……しようとしたが――。シャルリズはさっと周囲を見回した。幸い、人影はなかった。彼女は慎重に彼を呼んだ。
「……ディアミド」
ようやくディアミドの表情が少し和らいだ。
「君、ほかの男を名前で呼んだことはないだろ?」
「もちろんありません」
シャルリズは肩をすくめた。そもそも、よほど親しい間柄でもない限り、普通は姓や役職で呼ぶものだ。名前で呼ぶことなど滅多にない。
『……でも、ディアミドは私に名前で呼べって言ったんだよね』
改めてそう思うと、なんだか不思議な気分になり、シャルリズはぼんやりとディアミドを見つめた。いつの間にかディアミドはにこにこと笑いながら、シャルリズの手をぎゅっと握っていた。
『それに、そういえば……』
再会してからというもの、なぜか身体に触れることが多く――そんな感じがする。シャルリズはそっと手を引こうとした。ところが、そのときだった。
「どうして手を離そうとするの?」
ディアミドは握った手に力を込め、切なげな眼差しでシャルリズを見つめた。シャルリズは困惑した声でディアミドを呼んだ。
「殿下……いえ、ディアミド」
「うん?」
「ディアミド」と名前を呼んだ途端、ディアミドの顔いっぱいに明るい笑みが広がった。シャルリズは握られた手を軽く振ってみせた。
「他の人たちに見られますよ」
「それがどうしたの?」
「……」
ディアミドは、本当にそれの何が問題なのか分からないという表情だった。シャルリズはとうとう言葉を失った。
「そ、それでも人目のある場所では気をつけたほうがいいんじゃないでしょうか?」
「さあ、私はそうは思わないけど」
ディアミドは、つないでいた手をそっと下ろした。そして満足そうに目を細める。
「むしろ、もっと他の人たちに見せつけたいくらいだ」
「何をですか?」
「私とあなたが、こんなにも親しい関係だってことを」
シャルリズはぽかんと口を開けた。
「すみませんが、私は嫌です」
シャルリズは思わず真顔になった。
「いくら私が恋愛に興味がないとはいえ、よりによって皇太子殿下がそんなふうに振る舞われたら……」
「私がそうしたら?」
「私の恋愛は、始まる前から完全に終わってしまうじゃないですか!」
呆れたシャルリズは、相手が皇太子だということすら忘れて声を荒らげた。皇后陛下の噂だけでも大変なのに、ここまで――『そこにディアミドまで割り込んできたって、私がどうしたっていうのよ!』
しかしディアミドはむしろ、彼女が嫉妬する様子を満足そうに眺めていた。
「やっぱり、そうだと思った」
「何が『やっぱり、そうだと思った』なんですか?!」
シャルリズはもう一度かっとなった。だがディアミドはにこにこと笑うばかりで、握った手を放す気はまったくないようだった。
『もういい。こんなことで意地を張ってどうするのよ』
結局、先に諦めたのはシャルリズだった。彼女は素直に首を横に振った。
『どうせ後でシエナと恋人同士になったら、勝手に離れていくでしょう』
……なぜかそう考えた途端、胸の奥が少し苦しくなった。そんな気持ちを振り払うように、シャルリズは急いで話題を変えた。
「ところで、ディアミド」
「うん?」
「皇帝陛下にお会いする準備は、しなくても――」
実は、シャルリズは少し心配していた。ディアミドがあまりにも大きな戦功を立てた以上、皇帝が彼を謁見する場を設けることは間違いない。そして、その席で皇帝が突然ディアミドを捕らえようとしないとも限らない。しかし、ディアミドは何でもないことのような顔をしていた。
「そんなに心配しないで。皇帝陛下の警戒心をどうやって和らげるかは、もう考えてあるから」
「それは何ですか?」
「とりあえず秘密」
まあ、政治的に敏感な問題なのだから、隠すのも理解できる。シャルリズは素直にうなずいた。するとディアミドは、むしろ寂しそうな目で彼女を見下ろした。
「何? どんな方法なのか気にならないの?」
「もちろん……気にはなりますよ」
「じゃあ、どうして聞かないの?」
「うーん、話してくださらないのには理由があるんですよね?」
シャルリズは、言いたげな目でディアミドを見つめた。するとディアミドは、少し不満そうな口調で呟いた。
「それでも、聞いてほしいんだけど」
……私にどうしろっていうの? シャルリズは目を大きく見開き、ディアミドに問い返した。
「では、聞けば教えてくださるんですか?」
「それは、まだ教えられないことではあるけど……」
「じゃあ、どうしてそんなことを言うんですか?」
もどかしさに耐えきれず、シャルリズがディアミドに詰め寄った。ディアミドはむすっとした顔になった。
「それでも、あなたにはもっと私のことを気にしてほしいってことだよ」
「……」
子どもが駄々をこねているわけでもないのに――……てもいいのでは――シャルリズはそれ以上言葉を続けず、冷ややかな顔でディアミドの横を通り過ぎていった。ディアミドが慌ててシャルリズの後を追いかけてきた。
「シャル、私に冷たすぎない?」
「そんなことをおっしゃる前に、ご自分の行動を一度振り返ってみてください」
その容赦ない返答に、ディアミドはしょんぼりとした表情を浮かべた。そうして足早に歩いている途中。シャルリズは無意識に、先ほどディアミドが整えてくれた髪をそっと撫でてみた。そして、妙に気恥ずかしくなって手を下ろした。
『……私も本当に、馬鹿みたい』
ディアミドの子供っぽいところには呆れながらも、彼の何気ない仕草一つひとつに、いちいち胸をときめかせてしまうのだから。そしてこの日、シャルリズはディアミドの言葉に――これまで特に気にも留めていなかったことを、猛烈に後悔することになる。あのとき、もう少しはっきり聞いておけばよかったのに!
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カルトフェル大帝の夢とディアミドの帰還
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シャルルは久しぶりに、初代皇帝カルトフェルとディアミドに似た男性、そして「約束を守って」と泣く女性の夢を見る。
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夢の意味を深く考えるのをやめ、北部から帰還したディアミドが正式に皇太子として認められつつあることに胸を躍らせる。
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皇太后宮での再会とディアミドの嫉妬
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ディアミドが皇太后宮を訪れ、祖母と感動の再会を果たして深い絆を確かめ合う。
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皇太后から「シャルル(シャルリズ)が騎士たちから何度も交際や結婚を申し込まれている」と聞かされたディアミドは、隠しきれない激しい嫉妬と動揺を見せる。
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皇后宮前での急接近とヤキモチ
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シャルルの元へ向かったディアミドは、彼女にしつこく言い寄る見習い騎士の告白現場に遭遇し、慌てて間に割り込んで追い払う。
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二人のきりのときは名前で呼ぶよう迫ったり、親しげに体に触れて周囲にアピールしたりと、子供のように独占欲を露わにする。
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皇帝への対策と新たな後悔の予感
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シャルルが皇帝への謁見を心配するも、ディアミドは「警戒心を和らげる方法は考えてある」と余裕を見せつつも、もっと自分に関心を持ってほしいと駄々をこねる。
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その日のディアミドの言動に振り回されながらも胸をときめかせてしまったシャルルは、のちに彼の言葉を「もう少ししっかり聞いておけばよかった」と猛烈に後悔することになる。
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