憑依者の特典

憑依者の特典【119話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「憑依者の特典」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【憑依者の特典】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「憑依者の特典」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...

 




 

119話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 洗浄

「……」

そうか。あの微笑みは、相手の心を無防備にさせるための“罠”だったのか。

……いや、どちらにせよ、何も言えなかった。

(相変わらず、あなたらしくない反応ね)

【“魂を裁く天秤”は、嫉妬心を引き出すには悪くない一手だったと評価しています。】

……いや、ただ単に返答に困っただけだ。

量が多すぎる。

一度に市場へ流せば、確実に相場が崩壊するレベルだ。

テシリドが、じっと細めた目でこちらを見つめる。

「まるで大したことないみたいに言ってるけど……それ、普通じゃないよ?」

「はは……」

笑ってごまかせればよかったんだけど。

「……まあ、いいか」

え、いいの?

「その代わり、因果応報ってやつだね」

――いや、全然よくないだろ。

【“魂を裁く天秤”は、対抗心を煽る心理だと指摘し、呆れたように目を細めています。】

「ちょっと、天秤さん。そんなわけないでしょう……」

「一緒に来ないなら……僕、一人でも行くから」

「……」

――天秤の言う通り、ってことか。

テシリドがあっさり引き下がったせいで、逆にこっちが少し戸惑う。

そのとき、不意に彼がくすっと笑いながら、私の脇腹を軽くつついた。

「どうせ、あなたも行くつもりだったんでしょ?」

「……ふぅ」

さすが“回帰者”。察しが良すぎる。

結局、私は素直にうなずくしかなかった。

 



 

公国に到着した初日の予定は、祝福の祈祷と晩餐会――それだけだった。

私にとってここは、ただの“おじい様の家”。

だからこそ気楽に、公爵城を見て回ったり、おじい様とおしゃべりしたり――のんびり過ごしていた。

威厳あふれる公爵城。優しいおじい様。親切な使用人たち。

……ああ、最高すぎる。

これじゃ親善外交っていうより、ただのバカンスだ。

――だけど。

心のどこかに、引っかかるものがあった。

それは何かというと――

(せめて幼児体型のままだったら、私はここで“お姫様扱い”されてたはずなのに……)

私だって、もっと赤ちゃんみたいに可愛く振る舞えたのに。

絶対そうだったのに……くっ。

【“均衡を調律する独裁者”は、あなたの未熟な精神年齢に舌打ちしています。】

【“魂を裁く天秤”は、成人の儀も済ませたのだから、いっそ“二世”として育児コンテンツを展開すればいいのではと勧めています。】

――まったく、これっぽっちも慰めにならない。むしろ精神攻撃なんだけど。

(神様、せめて信徒のためになる一言くらいくださいよ……)

癒やしを求めて神に祈ってみたが――

【“世界を構築する言霊”は、多忙の合間に一瞬だけ手を止め、しばし考え込みます。】

【“世界を構築する言霊”は、「二世の宗教はやはり言霊教であるべきだ」と断言し、再び仕事に戻っていきました。】

「……」

頼みの綱だった言霊様ですら、結局は“母体信仰の大切さ”を語るだけ語って去っていった。

……一気にどっと疲れた。

夕食の時間まではまだだいぶある。

私は案内された客室へと戻り、軽く着替えることにした。

外はちょうど日が沈みきった頃合い。

けれど、帝国時間に慣れたこの身体は、すでに眠気を訴えている。

ふと、システムの日付を確認する。

――明日は、7月11日か。

「ふむ……」

顎に手を当ててしばし思案した私は、部屋の外へ声をかけた。

「皆さん、少し席を外していただけますか?私が呼ぶまで、誰も入らないようにしてください」

「かしこまりました」

侍女たちを下がらせ、私は一人きりになった。

(で、何するの?)

「ポイントショップに行ってくる」

前に“知恵の万物商店”のおばあさんが、一度覗いてみなって言ってたのを思い出した。

それに、片付けなきゃいけない問題もある。

(装備の洗浄……か)

――これ、もう裏社会に片足突っ込んでない?

こうして私は、少しずつ“善良な一般人”の道から外れていくのだった。

(ポイントショップ……?)

システムを開こうとしたその瞬間、アグネスの声が割り込んできた。

(ねえ、あるでしょ。アミュレット)

「え?」

(……いや、違うな。今回行って、直接話そう)

「アグネス?」

(早く行こ)

「え、あ、うん……わかった」

なんだか引っかかる。

でも、アグネスの様子がどこか意味深で、今この場で問い詰めるのは得策じゃない気がした。

――なら、さっさと行って、向こうで話せばいい。

私はそう結論づけた。

『VIPポイントショップ』を選択した瞬間、いつもの浮遊感に包まれ――気づけば、あの路地裏に立っていた。

これで三度目の訪問。

店の奥では、あの老婆が変わらず店番をしていた。

小さな体で薬草をすり潰しながら、青々とした香りを辺りに漂わせている。

「ほっほっ……よく来たね。待っていたよ」

「こんにちは、“地獄の万物商”のおばあちゃん。前に一度、寄っていけって言ってくれましたよね」

「そうさ。あんたに話しておきたいことがあってね」

老婆はそう言うと、目の前の丸椅子をコツンと叩いて示した。

私は素直に、行儀よく腰を下ろす。

「どんなお話ですか?」

「どうもね……あんた、ちょっと厄介なものを背負い込んじまってるみたいでねぇ」

「……」

――厄介なもの?

もしかして、ここで“何か”を買わないといけないとか?

それとも、この店って占いから呪いまで何でも扱ってるってこと?

いや……まさか、私に本当に“厄”がついてるとか――?

そんな考えが頭をよぎった、その時。

老婆が先に口を開いた。

「あんたねぇ……まるでストーカーみたいな“何か”に、つけ回されてるよ」

「……は?」

思わず、情けない声が漏れた。

私は恐る恐る、彼女に問いかける。

「やっぱり……あのフロッピーディスクって呪われてるんですよね?私に“呪い付きアイテム”売りましたよね?」

「違う違う!呪いなんて大したもんじゃないよ。それに、ちょっと手を加えれば済む話だから、気にしなさんな」

「……もちろん、追加料金なしでやってくれますよね?」

「当たり前だろ。ほら、そのフロッピーディスク、出してみな」

ちょうどそれが目的でもあった私は、無言でインベントリを開いた。

手のひらよりも小さく、ぺたんとしたディスクを取り出し、テーブルの上へ置く。

すると老婆は、ひらひらと手を振り――

「少し後ろへ下がりな。下手に近づくと、そこにいる“霊の友達”が機嫌を損ねるかもしれないからねぇ」

「は、はい……」

――霊の友達って、何それ。

私は慌てて足を床につけ、椅子ごと後ろへ滑った。

ギギッと音を立てながら、スツールは壁際まで押しやられる。

(ここまで下がる必要ある……?)

「アグネスは大切な存在ですから」

(……あ、うん。ありがと)

念のため、ペンダントを両手でぎゅっと包み込んだ。

――その間に。

老婆はいつの間にか、どこからか取り出した金色の棒を掲げていた。

「祓え祓え!さっさと祓え!」

勢いよく空を切るように振り下ろす。

――パチン!パチン!

フロッピーディスクの上で、白く神聖な火花が弾けては消えた。

そして――

「……よし、終わりだよ」

「え、もうですか?」

「ああ」

あまりにもあっさりしすぎて、逆に不安になるんだけど……。

私は椅子をコロコロと引き戻し、元の位置へ座り直した。

手に取ったフロッピーディスクを、じっと眺める。

……見た目は変わってない。

でも、どこかほんの少しだけ“軽くなった”気もする。

(うーん……正直よく分からない)

やっぱり、直接聞くしかないか。

「これで……もう大丈夫なんですよね?変なの、ついてませんよね?普通に使っても問題ないんですよね?」

「大丈夫大丈夫、大丈夫だよ」

軽っ……!

「本当ですか?近いうちにプレゼントにする予定なんですけど」

「そうかい?じゃあ、ちゃんと贈り物用に包んであげようじゃないか」

「えっ、ありがとうございます!」

――さすが商売人。

一瞬で“客の次の行動”を読み取るあたり、年季が違う。

老婆は手際よく、上品なベルベットの箱を取り出し、白い花を一輪添えてフロッピーディスクを丁寧に収めてくれた。

[『魂を裁く天秤』は、その箱に指輪も一緒に入れてほしかったと、少し残念がっています。]

――いや、知らないからそれ。

これで、老婆の依頼も私の用事も、ひとまず片付いた。

「ありがとうございました。それじゃ、そろそろ失礼しますね」

「なんだい、もう帰るのかい?せっかくなんだ、もう少し見ていきな。面白い品もたくさん入ってきてるんだよ」

「買い物できるポイント、今は持ってないんですけど……」

「買わなきゃ客じゃないってわけでもないさ。そんなケチな店じゃないよ」

「本当ですか?じゃあ、ちょっと見ていきます!」

思わず目を輝かせてしまう。

どうやら――最初から、私に見せたい“何か”があったらしい。

老婆は大きな紙箱を軽々と持ち上げ、私の前にドンと置いた。

中を覗き込むと――そこには、ぎっしりとサングラスが詰め込まれていた。

「これって……あれですよね?“生産眼”“最悪眼”“熱情眼”……あの“目シリーズ”ですよね?」

「そうだよ」

あっさり認めた!?

「えっ、でも……高級品って言ってませんでした?こんな無造作に箱に詰めていいやつなんですか?」

「大丈夫大丈夫。これはレプリカだからね」

「レプリカ……?」

――つまり、偽物ってこと?

思わず一つ手に取って、じっと見つめる。

「てっきりこの店、呪いアイテム専門で、安物とか扱わないのかと思ってましたけど……なんか、ちょっと、ブランド的にどうなんですかね……?」

「公式商品だよ!!」

バンッと机を叩く勢いで、老婆がキレた。

そのままサングラスを一つ持ち上げ、得意げに説明を続ける。

「従来の“目シリーズ”はね、装着が自由にできないって致命的な欠点があったんだよ。
だからこれは――使い捨てに改良して、大量生産できるようにした“改良版”さ!」

……いや、それ、だいぶコンセプト変わってない?

老婆は、箱の中から一つサングラスを取り出し、ひょいっと私に差し出してきた。

「試してみるかい?これは“情熱眼”だよ」

「え、でも……使い捨てなんですよね?」

「いっぱいあるから気にしなさんな。ほれ、その場で使ってみな。五分くらいは持つよ」

「へぇ……でもこれ、好感度ゲージってどう表示されるんです?そもそも人にしか効かないんじゃないですか?ここ、私しかいませんけど」

「自分に使うんだよ。面白いだろ?自分自身への“好感度”――つまりナルシシズム値が分かるってわけさ!」

「おお……!」

――自己評価、可視化アイテム!?

それ、ちょっとどころか普通に気になるんだけど。

「……やってみます」

「ほら、これだよ。あらあら、似合ってるじゃない。ふふっ」

そう言って老婆は、私に“情熱眼”を掛けさせると、卓上の鏡を差し出してきた。

……で、だ。

――え?

1?

いや、ちょっと待って。

1って何!?

「え?」

……これ、どういうこと?

まさか――私の自己好感度、これしかないの?

いやいやいや、嘘でしょ!?

私ってそんなに自己肯定感低いタイプだったっけ!?

〈どうしたの、アイレット?〉

内心でざわつきながら、私はおずおずと口を開いた。

「えっと、あの……この数字って、単位とかあるんですか?パーセントとかじゃないですよね?もしかして……1点満点中の1点、とか……?」

「ん?何言ってるんだい?」

「……数字が“1”って出てるんですけど……」

「えぇっ!?」

老婆の口から、握っていた金棒がぽろりと落ちた。

“遅効の万物商”の老婆は、それを拾おうともせず、ただ私の掛けているサングラスを凝視している。

そして――

「ほ……ほぉ、ほほ、ほほほほ……」

「……どうされたんですか?ちょっと不気味なんですけど」

「やっちまったよ!“情熱眼”じゃなくて“最悪眼”を渡しちまった!!」

「えっ、じゃあこの“1”って……」

その先を、アグネスがあっさりと言い放つ。

〈アイレット、あなた……人、殺したの?〉

 



 

「…………」

――きゃあああああっ!!

私は心の中で絶叫した。

「む、無理……そんなの……」

震える手で、鏡をそっと左右に動かす。

何度も瞬きをして、目をこすって、もう一度確認する――

けれど。

頭上に浮かぶ“1”の数字は、ぴくりとも変わらなかった。

やがて、ようやく金棒を拾い上げた老婆が、ぽつりと口を開いた。

「もしかしてあんた、広範囲スキルで知らずに大量虐殺しちまった……なんてことはないかい?」

「いえ、そんな覚えはまったくありません」

そんな大それたミスをやらかすほど、私は雑でもないし、視野が狭いわけでもない。

混乱した頭で、必死に思考を巡らせる。

……確かに、“死”に関わったことがないわけじゃない。

ハーピークィーンに生贄として捧げられた不良団や、テシリドの元所属だった賛栄騎士団――あの辺りは、結果的に命を落とした連中もいる。

でも。

それが全部、私の“罪”としてカウントされるなら――頭上の数字は、とっくに二桁に届いていてもおかしくない。

“最悪眼”がカウントするのは、単なる関与じゃない。

もっと直接的で、明確な“死への寄与”だけのはずだ。

それなのに、1。

――おかしい。

あの連中以上に、誰かの死に深く関わった覚えなんて……ないのに。

その時、老婆がぽつりと呟いた。

「同じ間接的な殺しでもね。大きな力を使った場合と、小さな力を使った場合じゃ、責任の重さは変わるんだよ。力ってのは、世界の均衡を揺るがすもんだ。それだけで因果を背負うことになる」

「でも……私のオーラや神聖力で、誰かが死んだなんてことは……」

「三大力の話をしてるんじゃない」

「え……?」

「この世界は、“ダンジョン”っていう魔界の力が絡んでるだろ?」

「……あ」

その瞬間、理解した。

ダンジョンという仕組みを通して、私が世界に及ぼした影響――

胸の奥が、ひどく冷たくなる。

かすれた声が、自然と漏れた。

「……私が攻略したダンジョンで、そこから出られなくなって死んだ人が……いたってこと、ですよね……」

「……そういうことだ」

「はは……やっぱり、“最悪眼”って知らない方が幸せなやつですね……」

思わず、乾いた笑いが漏れた。

私は、自分がこれまでに“完全攻略”したダンジョンを一つ一つ思い返していく。

外部の干渉で閉鎖されたものや、最後の一撃を奪われたケースは除外して――純粋に、自分の手でクリアしたダンジョンだけを。

――新しいものから、順に。

休暇中に突発的に発生した低ランクダンジョン?

それとも、バーストが起きたヘルカイオン?

いや……それとも、ハーピーークィーンの社会実験施設か?

あるいは、あの彫刻家のアトリエ……?

思考をどんどん遡っていくうちに――ついに“チュートリアル時代”まで戻ってきた。

その瞬間、ふと引っかかるものがあった。

「……おばあさん」

「ん?」

「私、セーブポイントのために通ってたダンジョンがあったじゃないですか。あれって……今、どうなってるんですか?」

「ああ、あそこかい」

老婆は香の煙をゆっくり吐き出しながら、あっさりと言った。

「お前さんが出た直後に消滅したよ。長いこと放置されてたダンジョンでね、主もいない。ちょっとした衝撃で崩れてもおかしくない状態だったのさ」

――予想通りの答え。

あの場所で私が出会った“何か”を、老婆はやはり認めようとはしない。

けれど今は、それよりも――

別の意味で、胸のざわつきが大きかった。

(……もしかして、崩壊に巻き込まれた人が……?)

確証がないせいか、嫌な想像ばかりが頭をよぎる。

〈アイレット。忘れなさい。冒険者っていうのは、それくらいの危険は承知でダンジョンに入るものよ〉

アグネスが、静かに、けれど優しく言った。

老婆も口を挟んできた。

「そんなに気に病むもんじゃないよ。今ごろどこかで生まれ変わって、元気にやってるさ」

「本当ですか……?」

「まぁ、聞こえのいいこと言ってるだけだけどね」

「……話、変えましょう」

「そうだね」

あっさり頷いた老婆は、すぐに話題を切り替えた。

「で、あの男とはうまくいってるのかい?」

「なんでその話になるんですか……」

「だってお前さん、あの桃色の髪に、秩序と善がくっきり出た顔つき――主人公級の魂デザインしてるじゃないか」

「…………」

思わず、じとっと目を細める。

「……あの、万物商のおばあさん」

「どうした?まだ気になることでもあるのかい?」

「はい」

「何だい?」

「神が……神を創ることって、できるんですか?」

「ほぉ……」

老婆は、意味ありげに口元を歪めた。

私の問いの核心を、すぐに見抜いたらしい。

神という存在の言葉は、時折どこか現実離れして聞こえる。

この世界は確か――“三流小説”をベースに構築された世界だと聞いている。

そして、“秩序”と“善”という概念は、その物語における神そのものだ。

だが。

その“物語の神”を創り出した存在――。

それを考えたとき、あの神様は「ただの外に出た存在」とでも言うべきなのか。

一方で、この万物商の老婆は、ついさっき魂を生み出したばかりの“創造を司る神”のようなものだと、私は直感的に感じていた。

まるで、“厳格な秩序と善”が本当に存在しているなら彼らと同格の神である、とでも言うように。

「無理だよ、当然だろう。神格を得るのが、どれほど困難か分かってるのかい?」

「それは……」

「せいぜい、プロジェクトを横取りした先任者がいた――その程度のことしか言えないね。それ以上は、私にも分からないよ」

パチパチ、と。

どこか静電気のような、嫌な音が空気を裂いた。

視線を向けると――老婆の右腕が、ゆっくりと透け始めていた。

「おばあさん……!」

「やれやれ、大事な器を傷つけてしまったね。次に会うときは、また違う姿になっているかもしれないよ」

「……ああ、さっきの答えって、そういうことだったんですね。す、すみません……」

「分かっているなら、いいけどね」

それまでに聞いたことのない、妙に冷えた声音。

思わず背筋が伸びる。

「次はもう少し頭を使って質問しな。余計なペナルティを背負わないようにね。……ふふっ」

「……」

今回ばかりは、さすがに自分の軽率さを認めざるを得なかった。

胸の奥で、静かに反省する。

だが老婆は気にも留めていない様子で、反対の手に持ったキセルを軽く叩きながら言った。

「可愛い迷い子だこと。神の都合なんて気にする必要はないよ。どうあれ、あなたがいる世界は“現実”だ。だったら、あなたはただ――最善を尽くして生き延びなさい。エンディングを見るためにね」

……できるのか、それが。

いや、やるしかない。

「――ああ、それと」

「はい?」

「あなたのネックレスの“あの子”、どうやら少しずつ私たちの神学用語を理解し始めているみたいだね。ちゃんと話してあげな」

「……あ」

やっぱり、アグネスか。

そういえば――この店に来るたび、“席を空ける”とか、妙に自然にそういう言い回しをしていなかったか?

そのとき。

首元から、少しだけ拗ねたような声が響いた。

〈今日ここに来たら、ちゃんと話すって言ったでしょ。忘れないで〉

「うん、もちろん。話したいこと、いっぱいあるんだ」

老婆はそれ以上何も言わず、くるりと背を向けると、奥へと続く扉の方へ歩き出した。

「さあ、行きな。私の器に開いた穴から、真理が漏れ出してきそうだ。人間はね――神の姿を見ただけで目が潰れ、声を聞いただけで耳が壊れるものさ」

その言葉は、冗談には聞こえなかった。

「はい。どうかお体にお気をつけて。またいずれ伺います。ありがとうございました」

深く頭を下げ、私は店を後にした。

白く霞んだような路地をもう一度歩き、今度こそ現実へと帰還する。

 



 

――あの場所に足を踏み入れたときの違和感。

アグネスがそれを感じたのは、VIPポイントショップを初めて訪れたときだった。

奇妙な内装。

所狭しと並ぶ、異様なまでに貴重なアーティファクト。

それだけでも十分異質なのに――あの“確実にイカれている”老婆までいる。

あそこは、まるで現実から切り離された異界そのものだった。

(長く生きる、というより……長く“死んでいる”ような場所ね)

正直、かなり動揺していた。

だが、それを顔に出すわけにはいかない。

何事もなかったかのように、平然と商品を見て回るふりをした。

彼女があまりにも自然にそこにいた――それが問題だったのかもしれない。

彼女の存在を“忘れていた”者たちが、今さらになってようやく気配を取り戻し始めたのだ。

――まずは彼氏がいるかどうかから聞くべきじゃないですか?

――え、お前って“ロ판〇〇〇”じゃないの?髪、ピンクだし。

……途中の単語だけ、妙に聞き取れなかった。

最初は気にも留めなかった。

連中は異端の神官や信徒らしく、やたらと専門用語を振りかざして会話していたせいで、アグネスには半分も理解できなかったからだ。

(ロ판?好感度ゲージ?恋愛無能?ハーレム?逆ハーレム?……いったい何の話をしてるのよ?)

他にも、奇妙な神学用語が飛び交っていて、混乱しかねない状況だった。

だが――彼らは、ある言葉だけを何度も繰り返していた。

たとえば、こんなふうに。

――えっ、〇〇って人生二周目いけるんですか?

あるいは。

――いや、それは多周回の回帰者専用だよ。お前は〇〇〇だから必要ない。

……その単語だけが、不自然なほど耳に残った。

しかも、三度も。

アグネスは直感した。

それが――アイレットの“正体”に関わる言葉だと。

(……直接、聞いてみるべきかしら)

だが――

もしも、言葉そのものが“見えない力”によって伏せられているのだとしたら。

その場合、アイレットに尋ねたところで、まともな答えが返ってくるとは思えなかった。

それに。

フロッピーディスクを回収しに行ったダンジョンで、あの“得体の知れない存在”と遭遇した件。

あのせいで、聞くべきタイミングも完全に逃してしまっていた。

――そして、二度目の訪問。

それは、アイレットが祭礼用の聖杯を買いに行ったはずが、なぜかポイントだけ消費して帰ってきた――あの騒動のときのことだ。

――あんたの“いい感じの相手”、なんか不穏な気配まとってるよ。このままだと、もうすぐ来る麦の祭りで、ひどい目に遭うかもね。

――私、迷える子羊だから全部分かるの。

……“迷える子羊”。

その言葉だけが、やけにくっきりと耳に残った。

まるで、不協和音がそのまま意味を持って流れ込んできたみたいに。

まるで――密閉された箱の中に閉じ込められた声みたいに。

どこかくぐもった、不自然な響きではあったけど。

……でも。

一度聞いただけじゃ、確信なんて持てない。

そう思って、あえてもう少し様子を見ることにした。

そして――ついに今日。

――『可愛い迷い子よ。神々の事情なんて気にする必要はないわ。あなたのいる世界こそが“現実”。だから、ただ最善を尽くして生き延びて――ハッピーエンドを掴みなさい』

その言葉を聞いた瞬間。

――完全に、腑に落ちた。

(……聞ける。今なら――)

アイレットの正体について、ようやく“真実”に踏み込める気がした。

 



 

あの“万物商の老婆”が描いた壮大な絵のせいで――気づけば私は、現実のアグネスと向かい合っていた。

「……」

〈……〉

久しぶりに実体化したアグネスは、腕を組んだまま、紫の瞳でこちらを射抜くように見つめている。

……怖い。普通に怖い。

「ねえ、アグネス」

金髪の美人教官様のその鋭すぎる視線に耐えきれず、私は思わず手を軽く挙げて声をかけた。まるで生徒みたいに。

「そんな疑うような目で見なくてもいいじゃないですか。ちゃんと……全部、正直に話しますから」

〈……本当?〉

その一言で。

アグネスの表情がわずかに緩み、組んでいた腕もほどけた。

ようやく――まともに話ができる空気になった。

『“禁則監察官”が不穏な会話の兆候を感知し、即座に出動します』

『“禁則監察官”は前科二犯を目指してあなたに襲いかかろうとしますが、直前で踏みとどまり、自制します』

『“禁則監察官”は驚愕しながら、なぜ“アグネス・アイレット”に対する禁則許可レベルが最終段階まで引き上げられているのか疑問を抱きます』

――。

アグネスは私に帰属する存在であり、現実世界へ直接干渉できない“魂”という扱いになっている。

そのため、この時点から禁則は一部解除されていた。

おかげで――私は回帰世界の真実について、ようやく自由に語れるようになった。

そして今日。

“物語世界のバグ”にかけられていた制約すら、あの万物商の老婆の助けで――どうやら突破できたらしい。

『“禁則監察官”は原因を突き止め、静かに撤退します』

――これで、ようやく本題に入れる。

『“禁則監察官”は、“万物商”という個人事業主が監視の隙を突いて抜け道を使ったことに激怒しています』

……どうやら。

さっきまでの私と万物商の老婆との会話に、アグネスが継続的に“晒されていた”ことが原因らしい。

〈詳しく説明して〉

「……うん。たぶん、アグネスにとっては――結構ショッキングな話になると思う」

〈何が来ても、あなたが私を置いて死にに行った時ほどじゃないわ〉

「……それ、まだ言うんだ」

はぁ……。

もういいや、覚悟を決めよう。

私は姿勢を正し、ゆっくりと口を開いた。

 



 

 

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