こんにちは、ちゃむです。
「悪役なのに愛されすぎています」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
139話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 体温と鼓動が紡ぎだした一文
「メロディ・ヒギンスは、約束をとても大切にする人です」
セリから聞いた言葉の中で、メロディの心をかき乱す点が二つあった。
一つ目は、クロードが今もなお、彼女のことを気にかけているという事実。その感情がかつてと同じ性質のものかは確信が持てないものの、少なくとも、大きく変質してはいないように思えた。 そしてもう一つは、彼らの間に「守られなかった約束」が存在するという事実だ。
『絶対に、私を探さないでほしい、と書いてありました』 『ロゼッタを必ず守ってください。その子を、この世で一番幸せな子にしてあげてください』
――彼は今でも、あの約束を胸に抱き、縛られ続けているのではないか。そんな予感がしてならなかった。
「それは仕方のないことだったわ。あそこまで事態が一変するなんて、誰にも予測できなかったもの」
彼は自らの立場で最善を尽くし、あらゆる苦境に対処してきた。だからこそ、約束がわずかに食い違ってしまったからといって、彼が自分を責める理由などどこにもないはずだった。
「ですが、公子様は……そんなふうに、器用に割り切れるお方ではありませんから……」
メロディは机の前に腰を下ろし、深く息を吐いた。セリに頼まれた通り、彼への手紙を書かなければならない。しかし、いざペンを握ると、一体何を書けばいいのかまるで思い浮かばなかった。
白紙の便箋をただ見つめていると、ウェンデル・ベントンが再び部屋を訪ねてきた。眠りにつく前に、温かいお茶でもどうかという勧めの手前だった。
「私は大丈夫です。その代わり、ロゼッタに温かいハーブティーを用意していただけますか?」 「かしこまりました。公女様の分は、すでにご用意しております」 「ありがとうございます」 「では、これで失礼いたします」
ウェンデルが恭しく一礼して立ち去ろうとしたその時、メロディは自分でも気づかぬうちに、彼を呼び止めていた。
「あの、すみません!」 「はい、何でしょうか?」
しかし、いざ彼が振り返ると、はっきりとした言葉が出てこなかった。クロードとの関係をこじらせないための「適切な手紙の書き方」を彼に相談するのも、どこか筋違いな気がしたのだ。
「おや……もしかして、お手紙をしたためるのに行き詰まっていらっしゃいますか?」
ウェンデルは机の上の白紙の便箋に目を留めると、にこりと微笑み、懐から小さな包みを取り出した。
「そんな時には、こちらの商品がおすすめでございます」
それはメロディも見覚えのある代物だった。ロゼッタがすでに購入していたものだ。
「ご存じの通り、手のひらを当てるだけで、体温や脈拍に応じて――ごく稀な確率ではございますが――心の奥底にある本音がそのまま文章として浮かび上がる『代筆便箋』でございます。お試しとして、一枚無料で差し上げましょう」
彼は便箋を一枚、そっと机の上に置いた。
「実際にお使いになれば、その率直すぎる文面にきっと驚かれるはずです。一度その効果を体験すれば、誰もが欲してやまない――今、最も人気の商品ですので」
意味ありげな微笑を残し、彼は部屋を後にした。
「……一体、何なのかしら」
メロディは戸惑いながらも、半ば疑い、半ば試すような気持ちで便箋の上にそっと手を置いた。
(こんなに簡単に代筆できるのなら、悩まずに済むのだけれど――)
彼女の胸の奥で、言葉にならない感情が静かに揺れ始める。 やがて、手のひらの下から黒いインクの線がじわりと浮かび上がってきた。メロディがゆっくりと手を離すと、彼女の体温と鼓動が紡ぎ出した一文が、そこに完成していた。
【私にキスしてください。】
「――っ!?」
メロディは顔を真っ赤に染め、慌ててその紙を破り捨てた。
「ちょっと! これじゃ話にならない不良品じゃない!」
翌日、ウェンデル・ベントンが予定の確認のために部屋へやって来た。
「ねえ、あれですよ。あのおすすめの商品」
メロディは予定の確認そっちのけで、まずはあの自動で完成する手紙について抗議しようとした。あんな、とんでもない破廉恥な文章が完成するなんて、まともな商品と言えるはずがない。おまけに、あんな胡散臭い代物をロゼッタが買い込んでいたのだと思うと、目眩がしそうだった。
「おや、いかがでしたか? 無事に手紙は完成しましたでしょうか。もっとも、時折文面が浮かび上がらないこともあるのですが」 「文面は……完成しました。でも、その内容が……」
先ほどまでの勢いが嘘のように、メロディの声は次第にしぼんでいった。
「内容、ですか?」 「は、はい……その、内容が……」
商品の不具合を訴えるには、昨夜浮かび上がったあの赤裸々で見るに堪えない一文を、ウェンデルの口から説明しなければならない。だが、メロディには死んでもそんなことはできなかった。
「いえ……なんでもありません」 「さようでございますか」
彼女が話をうやむやにすると、ウェンデルはすべてを察したように静かに頷いた。
「己の心情をあまりにも実直に突きつけられると、どなたであっても最初は戸惑うものです。どうか、ご無理はなさらずに」 「ちょ、正直すぎますって!」
思わず声を荒らげるメロディを、彼はただ楽しそうに見守るだけだった。
「……コホン。それで、今日の予定ですが、自宅で休むつもりです。こんな風に毎日外を出歩いていたら、お祭りの本番までに倒れてしまいますもの」 「ええ、ちょうど良うございました。そうでなくとも、公爵家からの伝令が、午後には到着する予定ですので」 「公爵様が、こちらへ伝令を?」 「はい。到着次第、すぐにお知らせいたします」
部屋に残されたメロディは、伝令がもたらすであろう知らせに思いを巡らせた。 屋敷の修繕状況、水都の様子、そしてもしかしたら、公爵からの私信も含まれているかもしれない。運が良ければ、ヒギンス夫妻からの手紙も――。
(それから……)
クロードへの手紙も、出さなければならない。 胸の奥がざわつくのを覚え、メロディは近くにあったクッションをぎゅっと抱き寄せた。
幸いなことに、伝令の騎士は予定よりも少し早く到着した。 メロディはウェンデルに頼んで騎士の休憩室と食事を用意させると、ロゼッタと共に応接室のソファに並んで腰掛け、都から届いた包みを一緒に開いていった。
メロディの予想通り、公爵は二人それぞれに宛てた手紙を認めてくれていた。さらに、不在中に届いた安否を気遣う書簡や、様々な招待状も同封されている。
「ヘトフィルド卿からも、招待状が届いているわね」
メロディは少し表情を和らげ、封筒を開いた。この夏、もし一緒に休暇を過ごせたなら――そんな淡い期待が胸の奥に灯る。文面を見る限り、何か面白い計画を立てているようだった。
「一緒に行けなくてごめんなさい、って返事を書かなくちゃ」
続いて、ヒギンス夫妻からの手紙も見つけ出した。そこには、昼寝の大切さや、睡眠は量だけでなく質がいかに重要であるかという持論が、便箋五枚にわたって切々と綴られていた。
「おばあちゃんとおじいちゃんからの手紙?」 「ええ。アイネス家で楽しく過ごしているみたい。私たちも元気だって返事を出しましょうね」 「あ、ロニーお兄ちゃんからの手紙もある!」 「私にも届いているわ」
ロニーからの手紙は、公爵領で自分がどれほど大切に扱われているかを、これでもかと自慢する内容だった。
「お兄ちゃん、相変わらず自慢ばっかり」 「それだけ、ロニーが元気にやっているっていう証拠よ」 「私、メロディと毎日デートしてるって書いて送る! 絶対にものすごく悔しがるわ!」 「ふふ、もちろん私も、ロゼッタと毎日デートしてるって書いて送るわね」
二人はロニーの手紙を脇に置き、再び包みの中をかき回した。
「あっ」
ロゼッタとメロディが同時に声を上げ、それぞれ大切そうに手紙を取り出す。
「ジェレミア導師からの手紙だわ」 「クロードお兄様からだ!」
一瞬、互いの顔を見合わせた二人は、すぐに視線を戻して再び手紙の山を漁り始めた。 メロディはクロードからの手紙を、ロゼッタはジェレミア、あるいは魔塔からの便りを探して。 けれど、いくら探してもお目当てのものは見つからず、二人は揃って肩を落とすことになった。
メロディに届いたジェレミアの手紙には、ロゼッタの様子を観察し、記録して送るようにという「報告用紙」が同封されていた。二人はその書類のどこかにエヴァンの痕跡が残っていないか念入りに調べたが、それらしきものは一切見つからなかった。
ロゼッタはがっかりして唇を震わせる。
「もしかして、ジェレミアお兄ちゃんは、私がエヴァンと仲良くするのが嫌なのかな……?」
メロディは、高い確率でその通りだろうと思った。ジェレミアは感情を表に出さないが、かなり重度の「妹煩悩」なのだから。 (でも同時に、彼は筋金入りの弟子想いでもあるから、二人の関係を頭ごなしに反対はしない気もするけれど)
「そんなに心配しなくていいわ、ロゼッタ。たぶんね……」
メロディは、最近少しふっくらしてきたロゼッタの頬をやさしく撫でてあげた。
「ロゼッタのことも、エヴァンのことも、どちらも大切に思っているからこそ、考えを整理している最中なのよ」
しばらく考え込んでいたロゼッタは、やがてゆっくりと頷いた。
「……うん。お兄様が気持ちを整理するまで、催促しないで大人しく待つわ」
そうして、ロゼッタはクロードからの手紙を開いた。 そこには、彼が都で念を押していた通り――『決して軽々しく橋を渡るな』という忠告が、三度も繰り返して記されていた。 さらに続く文面は、彼女の身を案じる小言ばかりだ。 『仮面を着けて歩くと視界が狭くなるから、転ばないよう十分に気をつけること』 『サミュエル卿のそばを離れず、きちんとついて回ること』 『たとえ見知らぬ人物が甘い菓子を差し出してきたとしても、決してついて行ってはならない』――。
小言が一つ、また一つと重なるたびに、ロゼッタは不満そうに頬を膨らませていく。
「……お兄様が三人もいるのは嬉しいけど、どうして普通の手紙をくれる人が一人もいないのかしら?」 「う、うーん……」
その率直な嘆きに、メロディは言葉に詰まってしまった。確かに、普通と呼べる手紙は一通もなかった。
一緒に手紙を読む時間が終わると、二人はそれぞれの部屋で返事を書くことにした。 別れ際、メロディはロゼッタに「自動完成の便箋の力は借りないほうがいいわ」ときつく念を押しておいた。あの型破りな便箋が、まだ幼いロゼッタに突拍子もない文章を授けてしまうのが怖かったのだ。
メロディは、招待状をくれたヘットフィールド家をはじめとする知人たちにお詫びの手紙を書き、ヒギンス夫妻や公爵への安否の手紙を認めた。ロニーとジェレミアへの返事も書き終え、最後に残ったのは――クロードへの手紙だった。
(どう書けばいいの……)
しばし思案したのち、彼女は意を決してペンを走らせた。
【クロード坊ちゃまへ。公爵領へ向かうようお勧めくださったのは、もしかして――セリ様とお会いさせるため、でしょうか】
けれど、その一文すら最後まで書ききれないまま、手が止まってしまう。メロディはため息をつき、書きかけの文に線を引いて、別の便箋を新たに取り出した。
【坊ちゃまが、私と交わした約束のことを気に病んでいらっしゃるのではないかと……少し、心配しております】
だが、今回も次の言葉が続かず、結局ペンを置いてしまった。
「どう書いても、しっくりこない……」
気づけば頭の奥がじんわりと熱を帯び始めている。彼に伝えたい言葉を決めきれないまま、もう二日が過ぎていた。 ――いや、正直にい言えば、彼に何を伝えるべきか悩む時間は、屋敷に戻ったその日からずっと続いていたのだ。
クロードから届くのは、ただ「元気にしているか」という短い安否の便りばかり。その簡潔さが、かえってメロディの胸を落ち着かなくさせていた。
(挨拶の一通すらまともに出さないなんて、どういうことなの!?)
「どうして、そんなことができるのよ……!」
去年の秋には、私がそばにいないと何もできない人のようだったくせに。 じわじわと怒りが湧いてきた彼女は、勢いよく立ち上がると、くしゃくしゃに丸められていた昨夜の便箋を掴み取った。
【私にキスしてください。】
メロディは、この行き詰まった一文を、いっそそのまま送りつけてしまおうかと本気で考えた。もしそれでもクロードから返事が来なかったら、その時は――。
「その時は、本当に……!」
カッとなったメロディは、どたどたと足音を立てて部屋を飛び出し、その型破りな手紙を伝令の騎士に直接手渡してしまった。
「クロード様宛てのお手紙です!」
騎士に手紙を託してからというもの、メロディは伝令に対し「しばらくクリステンで休んでいってほしい」と何度も勧め続けていた。
――べ、別に、手紙が配達されるのが怖いわけじゃないわ。伝令は都から急いで戻ってきたばかりだから、疲れているはずでしょう?
もちろん、それが現実から目を逸らすための言い訳に過ぎないことは、彼女自身が一番よく分かっていた。本当のところ、メロディはその手紙がクロードの手に渡る瞬間を、心の底から恐れていたのだ。
恥ずかしさはまだ耐えられる。けれど、もし――本当に返事が来なかったら。そのとき自分がどれほど深く絶望することになるのかを、彼女ははっきりと理解していた。
(やっぱり、書き直したほうがいいのかもしれない。もっと……極端なくらい、踏み込んだ内容に)
そう思い直したメロディは、夜明け近くまで新しい手紙を書き続け、翌朝は結局、寝坊してしまった。 目を覚ますなり、彼女は新しい手紙を抱えて伝令のもとへ向かったが、彼の部屋はすでにもぬけの殻だった。
「メロディ、何してるの?」
ちょうど通りかかったロゼッタに声をかけられ、メロディはびくっと肩を震わせて振り返った。
「で、伝令は……?」 「ああ」
ロゼッタはにこっと明るく笑った。
「そろそろ戻らなきゃって心配してたから、もう出発してもらったよ」 「……出発、したの?」 「うん、大丈夫だよ。メロディの手紙も、ちゃんと持っていったから」 「……まさか」
このままだと、「キスしてほしい」なんて書いた手紙が、本当にクロードの手に渡ってしまう。
「え、ええと……いつ出発したの? 今から追いかければ、まだ間に合うかしら?」 「ん? ほかにも何か送るものがあったの?」
ロゼッタは指先を唇に当てて少し考えたあと、ゆっくりと首を横に振った。
「今から追いかけるのは、もう難しいわね」 「え、どうして?」 「ウェンデル・ベントンがね、伝令に一番速い『魔導馬車』を貸したらしいの」 「……」
その言葉を聞いた瞬間、メロディは、あの手紙が信じがたい速度で都へ向かって一直線に進んでいるという現実を突きつけられ、スーッと血の気が引いていくのを感じた。
「大丈夫よ。お父様が返事を書かれたら、すぐにまた伝令をこちらへ戻してくださるはずだから」
――“すぐに”。
その言葉は、彼女の不安を和らげるどころか、いっそう強く彼女の心を締めつけるのだった。