こんにちは、ちゃむです。
「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
172話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 免罪符の終わり
十七年前、北側城壁。
ユジェニを乳母に託し、セリデンへと急いだ騎士マクレドは、そのまま王の寝室へと向かっていた。
長きにわたる魔族との戦争が終わり、張り詰めていた緊張が解けた騎士や兵士たちは、彼が王の天幕へ足を踏み入れたことにすら気づかなかった。事は、あまりにも容易だった。
――だが、だからといって、心が静まるわけではない。
人を殺した経験は、確かにあった。しかし、その相手が……他の誰でもない、「王」になるとは、想像すらしていなかった。
彼は、アメルダとの最後の会話を思い出す。
『私は、アメルダ殿下の騎士です。もし、私があの方を殺した事実が露見すれば……あなたも……』
その言葉を受け、彼女は顔を上げ、まっすぐに見据えて、はっきりと言い切った。
『ばれると思う?』
『……』
『マクレド卿だけは……どうか、あなたを絶望させないで』
無茶な願いだと分かっていながら、それでも彼女は、かすかな笑みを浮かべてそう頼んできたのだ。
彼はその残酷な微笑を、心から痛ましげに見つめていた。彼は知っていたのだ。アメルダは、自分の心が壊れれば壊れるほど、いっそ残忍な笑みを浮かべる女だということを。
彼にとって、アメルダは本当に愛おしい女性だった。たとえ、この想いを正しく言葉にすることはできなくとも。
「生きてあなたに会うのは、今日が最後になるでしょう」
彼は腕の中で眠る幼い娘を大切に抱いたまま、彼女に向かって深く頭を下げた。
「どうか、安らかでありますように……」
――私の女王陛下、と。
小さく付け加えたその言葉を、彼女は確かに聞いたはずだ。返事が返ってこなかったとしても、もとより期待してはいなかった。これは彼のほうが先に心を差し出して始まった関係であり、彼女は最初からはっきりと言っていたのだ。彼の身体以外に望むものは何もない、と。その整った顔立ちも、たくましい体躯でさえも――彼女がそうしてほしいと望むのなら、そうすることもできた。初恋に狂った男は、それをむしろ喜んで受け入れてしまった――それほどまでに。
彼はそれ以上の返事を待たず、踵を返した。
『……雨が……』
そう呟き、数歩進んだところで、背後から低い声がかかる。彼はふっと足を止めた。
『……降りそうですね、卿』
振り返ると、アメルダが窓の外を眺めながら、静かにそう言っていた。
『雨具を……持っていきます』
『そう』
ほとんど関心がないとでも言うような、淡々とした返事だった。彼は再び背を向け、彼女の部屋を後にする。すぐに馬に跨がり、道を急いで王都を離れる――その帰路。
その日に限って空には雲一つなく、雨どころか、焼けつくような日差しだけが、容赦なく彼の背に降り注いでいた。
彼は思った。澄み渡る空を見上げながら、雨の話などをしていたあの柔らかな微笑を浮かべる女性の心の奥には、いったいどれほどの真実があったのだろうか、と。もしかすると――その胸の内には、ほんのわずかな友情くらいは残っていたのではないだろうか。
だが、もはや確かめる術はなかった。
彼は剣を整え終えると、天幕の中へと足を踏みえた。武装を解いていた王は、彼の突然の現れに動揺し、マクレドはためらうことなく、王の心臓へと剣を突き立てた。
それは、一瞬の出来事だった。
彼はすぐさま剣を引き抜き、王と会話を交わしていた、怯えきった女性にまで剣を向けた。
「……!」
驚愕した彼女は自らの腹部を抱きしめ、そのときになって初めて、マクレドは彼女が臨月の妊婦であることを悟った。つい先刻まで身ごもっていたアメルダの姿と、目の前の彼女の姿が、重なって見えた。
「「あ、あ……」
彼は動揺し、剣を収めることすら思い至らず、一歩後ずさった。――逃げようとして。
だが、その足首を掴まれる。青ざめた顔で視線を落とすと、そこにいたのは床に倒れた王だった。
王は噴き出す鮮血を手のひらで必死に押さえながら、彼を見上げている。
――怖かった。今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られ、彼は王の手を振りほどいてしまった。それでも王はなおも這い寄り、彼の足首を掴み直す。掠れ、震える声で、必死に言葉を紡いだ。
「け……剣を……」
「……!」
なぜ、魔法使いは気づかなかったのか。彼は、自分の名が刻まれた剣をこの場に残して逃げようとした。そして――瀕死の王は、それを指さしていたのだ。
いったい、なぜ……?
まさか、あの剣が見つかったとき、アメルダに及ぶ影響を恐れたからなのか。だが王は、彼女に何の関心も示していなかったではないか。いや、仮に関心があったとしても、彼を殺せと騎士を送り込むほど手厚く守る理由にはならない。
しかし、その理由を問いただす間もなく、王はほどなく意識を失った。か細く続いていた呼吸も、やがて完全に途切れた。
そのとき、王の机の上に置かれた一枚の紙が目に入った。彼は何かに導かれるように、ふらつきながらそこへ近づいた。
そこには、エレオノール王妃が送った手紙と、王が書きかけのまま残した返書があった。すでにエレオノール王妃が亡くなっていることも知らず、切々とした愛の言葉から始まるその手紙には――。
『ご婦人がおっしゃっていたことは、すでに承知していた。どうして分からなかった? ライサンダーが、あの日からずっと、あの近衛騎士を重用していた理由を』
その一文を目にした瞬間、彼は思わず手紙を取り落としそうになった。
――知っていた?
――すべてを?
彼は王を振り返る。それならば、なぜ――今の今まで、すべてを黙認していたのか。
「……あなた、だったのですね」
そのとき、ソファに腰掛けたまま死にゆく女が、冷たい汗をびっしょりと滲ませながら、か細い声で言葉を紡いだ。どうやら王は、あの女に対してもアメルダと彼との関係を語っていたらしい。それならば――殺されるのも、当然だったのだろう。
安堵と同時に、強烈な罪悪感が押し寄せてくる。生涯を騎士として生きてきた彼の価値観は音を立てて崩れ落ち、このままでは本当に正気を失ってしまいそうだった。
「「……可哀想な方……」
女はそう呟き、両目を閉じたまま、ソファの背にもたれかかる。そして、苦しげな息をひとつ、深く吐き出した。
「……“やさしかった”だと? 一体、何が?」
彼は再び、王の手紙へと視線を落とした。
【私が、どうして愛しいアメルダを切り捨てられようか。あの子を妻に迎えたのは、あなたを王妃の座に安んじて据えたいという、私の身勝手に過ぎない。王家と家門に利用され尽くすその子が、せめて、あの立派な騎士にとっては、ただ一人の大切な存在であってほしいと願うばかりだ。あなたが頼まなくとも、ライサンダーは間違いなく私の息子だ。そして私もまた、アメルダが無意味な嵐に呑み込まれることを望んではいない。だが、この決断によって……今後、あなたとマクシミリアンに及ぶ影響が案じられる。レノクス侯爵は、我が血を引く子を必ず王位に就けようとするだろう。その欲により、アメルダもまた利用されるはずだ。ともあれ、これで魔物との戦いは終わった。】
『妻のために、平穏を携えて戻ってきなさい。そうすれば、いずれは――私と君、そしてアメルダの三人で、腰を据えて話し合えるだろう。きっと、皆が幸福になる道を見つけられるはずだ。あの近衛の騎士と、我らの優秀な子どもたちも含めて、だ。ああ、ちょうど今、魔法使いシネットが挨拶に訪ねてきている。彼女は信頼に足る友であり、賢明な導き手だ。俗世の影響も受けぬ人物ゆえ、助言を仰ぎ、この手紙を書き上げることにした』
彼は手紙を手にしたまま、長い間その場に立ち尽くしていた。
――皆が幸福になる道? そんなおとぎ話のような結末がどこにあるというのだ。そもそも、アメルダを都合よく利用してきたのは、他ならぬ自分たちではないか。
「……偽善者め」
噛みしめるように吐き捨て、彼はもはや微動だにしない王を、怒りに満ちた眼差しで見下ろした。
「もう……すべてが手遅れだ! どうしてあなたたちは……あの可愛い方を……もう少し早く……」
こんな計画があったのなら、なぜ教えてくれなかったのだろう。もし知っていれば、別の未来はあったのだろうか。
――分からない。アメルダは彼に具体的な事情を語ったことがなかったのだから。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。彼には、必ず守らねばならない彼女の願いがあった。
「マクレド卿だけは、どうか絶望させないでください。」
彼女の手で引き裂かれ、それでもなおわずかな希望だけを宿したこの手紙が、アメルダの手に渡ることだけは、どうしても受け入れられなかった。
「こんなものを……お見せするわけにはいかない。決して……」
アメルダにとって、アチ・セファスは、不正を決して許さぬ、堅固で正しい王でなければならなかった。だからこそ――彼女が生き延びるためには、彼を殺す以外に道はなかったのだという、あまりにも重く、逃れられない免罪符が突きつけられていた。
――与えなければならない。そうでなければ、彼女は罪悪感の中でいったい何をしでかすかわからない。どんなことがあろうとも、アメルダが再びあの暗く冷たい絶望に沈みきってしまう――それだけは、どうしても避けたかった。
彼は手にしていたすべての手紙を、力任せに握り潰した。あまりの動揺に、剣を収めなければならないことすら忘れたまま、彼は幕舎の外へ向けて踵を返す。
――その瞬間だった。
ガァン!
世界が崩れ落ちるような轟音とともに、視界が一気に暗転し、巨大な“何か”が、背中を容赦なく叩き潰した。
グキッ。
身体のどこかが砕けたような鈍い音が耳に届き、これまで経験したことのない激痛に、思考が真っ白になる。叫び声すら、喉からこぼれ落ちなかった。
「……っ、く……!」
全身を踏み潰すような苦痛を感じながら、彼は地面に走いつくばり、かろうじて前へ、ほんのわずかだけ身を引きずった。だが、身体はまるで言うことを聞かなかった。
罪はただ重くなる一方だった。呼吸すらままならないほどに。それならば……せめて。
彼は途切れがちな呼吸を必死に整えながら、荒れた床に流れる自らの血で、手紙を書いた。願いはただひとつ。
どうか、このおぞましい真実が、彼女に届きませんように。彼女が永遠に何も知らぬまま、今日の出来事にわずかな後悔すら抱かずに済みますように。そして、できることなら――。
彼はその先の思考を最後まで結ぶことができぬまま、そのまま、最期の息を吐き出した。
同時に、時間を封じる魔法とともに、すべてが静止した。
・
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・
アメルダは、はるかな過去から届いた手紙から、どうしても目を離すことができなかった。
「あなたの騎士が、このすべての手紙を握ってい――残った形跡から見て、最初から――跡形もなく処分するつもりだったのでしょう」
「……やはり、彼はそこにいたのですね」
「ええ」
彼女は、裂けて紙屑のようになった手紙の断面を、指先でなぞった。彼がなぜ、これらの手紙をどうしても隠そうとしたのか――その理由は、もはや察しがついていた。アメルダを愚かだと笑ったのだ。こんな手紙一つで、罪悪感に苛まれるに違いないと。
――違う。罪悪感? なぜ彼女がそんなものを背負わなければならない。彼らは偽善者だった。
「アメルダを幸せにする」などという言葉も、結局は自分たちの“美しい愛”を飾り立てる装飾に過ぎない。そして、もし何かが少しでも狂えば――「仕方がない」と言い訳しながら、また彼女を利用し、切り捨てるつもりだったのだ。
胸の奥から、反射的に防衛本能が湧き上がる。
――守らなければ。
同時に、静かな怒りが、冷たい刃のように形を成していった。
最後になって、彼女は自分がかなり長い間、呼吸することさえ忘れていたのだと気づいた。
ふう、と。
こらえていた息を吐き出した、そのとき。アメルダの頭の中に、またあの女が現れた。本当に、少しも疲れた様子もなく。
「真実をお伝えすれば、きっと受け入れてくださいますよ。私も隣で一緒にお願いしますから。ね?」
少し、おかしかった。あんな馬鹿げた言葉を……でも一方では、本気だったのだろうとも思えて。たわ言ではないと、確信していた。
「アメルダの子なら、きっと可愛くて賢いでしょう?」
その言葉も、間違ってはいなかった。ユジェニを見るたび、まるで彼女が思い描いていた女性を、そのまま目の前で見ているように感じられたのだから。
――そういえば、他にも何か言っていた気がする。
自然と彼女の言葉を思い出したアメルダは、少し驚いたように口をつぐんだ。エレオノーラの言葉を肯定するだなんて。――ついさっき読んだ手紙の、悪い影響だろうか。それとも、ライサンダーに続いて、彼女までもが正気を失ってしまったのか。
『アメルダって、本当に可愛いですよね。ああ……僕は、ずっとこんな妹が欲しかったんです』
『この世で、真実の心より大切なものなんて、ありませんよ』
「「…………」」
愚かな女。どうしようもなく、哀れな女だった。
「……私は……」
なぜ、一度でもエレオノーラを信じてみようと、思えなかったのだろう。
せめて――すべての歪みが生まれたあの日だけでも。彼女の言葉を信じ、夫の返事を待つことができていたなら……。
そうすれば、これほど長い時間をかけて、こんなにも凄惨な血の道を、ひとりで歩き続けることはなかったのではないか。
彼女は、手にしていた手紙をぽとりと落とした。
手紙にこびりついていた黒く乾いた血から落ちた粉が、いつの間にか彼女の指先にもびっしりと付着していた。軽く払い落としてみたが、その赤黒い粉は彼女の手にしつこくまとわりつき、完全には落ちてくれなかった。
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騎士マクレドによる王暗殺と、隠された「王の真意」
アメルダを愛する騎士マクレドは、彼女の命に従い王を暗殺します。しかし、王の机に残されていた未送の手紙から、王はアメルダとマクレドの関係もすべて知った上で、二人や我が子ライサンダーも含めた「全員が救われる幸福な道」を模索していたという衝撃の真実を知ることになります。
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マクレドの絶望と最期の隠蔽
王の計画が「手遅れの偽善」であると激昂したマクレドですが、この真実(王の慈悲)を知ればアメルダが罪悪感で完全に壊れてしまうと察し、彼女を守るために手紙を握り潰します。その直後、謎の衝撃(魔法)により致命傷を負った彼は、自らの血で「真実が彼女に届かぬように」と願いを書き残して息絶えました。
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時を超えて手紙を読んだアメルダの「怒りと後悔」
17年後、マクレドが命懸けで隠そうとした手紙を読んだアメルダは、当初は王たちの独善的な計画に冷徹な怒りを覚えます。しかし、かつて自分を気遣ってくれた王妃エレオノーラの言葉を思い出すうちに、「あの日、彼女を信じて待っていれば、これほど凄惨な血の道を歩まずに済んだのではないか」という、逃れられない強烈な後悔と罪悪感に囚われることになります。