こんにちは、ちゃむです。
「憑依者の特典」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
153話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 動き出す原作、抗う天秤
「――君は、あまりにも私に多くを許しすぎているんじゃないか?」
彼の言葉に、私は思わず瞬きを繰り返した。
『「魂を裁く天使」がその大胆な発言に息をのみます』
どういう意味なのか、落ち着いて聞いてみる必要がありそうだった。私は目を大きく見開いてテシリドを見つめる。すると、低く沈んだ声で彼が言葉を紡ぎ出した。
「もし、君が私を騙していたらどうする。信用に値しない人間だったら……どうするつもりなんだ」
「まるで私が何か隠しているみたいな言い方だな?」
「それは……」
テシリドは言葉を濁した。
まるで深い懺悔でもするかのように切り出しかけたくせに、途中で自分自身にブレーキをかけたかのように、困惑した表情を浮かべる。その苦しげな顔を見ていると、こちらまで胸が痛くなってくる。
私は彼を追い詰めたいわけではなかったので、肩をすくめて軽く答えた。
「まあ、お互い一回ずつ許すことにしよう」
「……」
そもそも、そんな仮定をしなくても、こうして青年である私の身を案じ、安全策まで用意してくれたのではないか。
テシリドの表情がわずかに険しくなった。これ以上この話題を掘り下げるのは得策ではない。彼の理解が追いつく前に、強引に話題を切り替えることにした。
「あ、それよりテリ。今度、一緒に行かなきゃならない場所があるんだ」
「行かなきゃならない場所?」
私の目論見通り、テシリドはすぐに興味を示した。
「ちょっと旅行に行こうと思ってるんだ。本当は一人で行くつもりだったんだけど、君と離れるのも何だか気になってさ」
先ほどまで暗い底に沈んでいた彼の海色の瞳に、わずかに光が戻る。
「旅行? 二人で?」
「うん、二人で」
「どこへ?」
「ウィブリル島」
「……」
喜ぶかと思いきや、彼の目からすっと光が消え失せた。
「そこはバレンシュタイン公爵領ではなかったか」
「そうだったかな」
「よりによって、バレンシュタインの領地へ行くのか……」
彼の表情は、先ほどよりもさらに複雑なものへと曇っていった。
「うん、早めに片づけてしまった方がいいと思ってね。だから絶対に来てよ? 分かった?」
「……分かった」
どこか気のない、しかし拒みきれない返事を聞いて、私は満足そうに笑った。
実のところ、私が急にこんな計画を口にしたのは、先ほど更新された遠征クエストのせいだった。
【クエスト】『遠征教授の使命 第5段階(難易度:不明)』
西の果てにある保養地、ウィブリル島へ長期休暇の旅に出よう。必要な準備はすべて整っているので、今すぐ出発しても構わない。
-
成功報酬: ???
-
失敗ペナルティ: なし
旅行というイベントは、キャラクターに新たな個性や成長を付与するための装置だ。私は遠征任務の意図をすぐに察した。
第三段階の完了報酬として手に入れたイベント専用の入場券。遠征任務は、その券を使うべき場所へと私を導こうとしているのだ。
・
・
・
私の教区と教会ができたことを機に、今後は銀光聖体の本拠地をペロンサに定めることにした。
聖皇庁に置いていた私物をすべて引き払い、聖アグネス教会のために新たに用意された宿舎へと移した。
結果として、この移転は皆に大好評だった。
私は大好きな祖父のいる土地なので単純に嬉しかったし、テシリドは彼を煩わせる雑音が消えて喜んでいた。他の聖騎士団員たちも、「聖皇庁より食事が美味いし、部屋も広い!」と大はしゃぎだった。
だが、移転してからのしばらくの間、私は目が回るほどの忙しさに追われた。
さまざまな神聖儀式を執り行い、集まる信徒たちをまとめ、ヒルデに副司教としての役割を教え込む。さらに、剣術の達人である祖父と時間を見つけては鍛錬を重ね、母には人魚のダンジョンを案内してポーション材料の調達を依頼し、父とは間もなく到来するであろう恐ろしい疫病に備えて、治療薬の開発や材料の確保について議論を交わした。
そして、山積みだった仕事をようやくすべて片づけた頃――
「行こう、テリ!」
「ああ、アイ」
私たちは以前約束した通り、ウィブリル島への旅行へ出発する準備を整えた。
「旅行の期間はどれくらいを予定しているんだ?」
「短くて四日、長くても一週間くらいかな」
『「魂を裁く天使」が、それは長期休暇ではなく短期休暇だと呆れています』
天使様がクエストの文言に文句をつけているようだが、こちらにも事情がある。
今は秋。この季節が終わる前に、あの魔族の大祭典――『バルプルギスの夜』がやってくるのだ。
それが始まれば、各国の首都でダンジョンバーストやダンジョンシンクが多発し、世界は大災害に見舞われる。その対策を進めるためにも、今は一日たりとも無駄にはできなかった。
私は第四段階の完了報酬でもらった、ウィブリル島行きの空間転移チケットを取り出した。
その時、テシリドが私の手をそっと包み込むようにして引き止めた。
「待ってくれ、アイ」
「どうしたの?」
「まず、聖皇庁に休暇届を出そう」
「……」
融通という言葉を辞書に載せていないかのような生真面目な発言に、私は思わず固まってしまった。
――行ったら面倒な任務を押し付けられるのが目に見えているのに、わざわざ自分から報告に行くのか?
私が問いただそうとした瞬間、テシリドが静かに先を促した。
「少し気になることがあるんだ。実際に行って確かめてみたい」
「気になること? 何?」
「神聖卿である君が『聖皇庁に留まらない』と宣言したというのに、教団側がほとんど何も反応を示さない。妙だと思わないか?」
「なるほどね」
言われてみれば、確かに不自然だ。だが、私にはすぐに思い当たる理由があった。それも二つほど。
私はまず、一つ目の現実的な理由を口にした。
「私、この前第九階位に覚醒しただろう? 彼らからすれば、もう私を制御することも、力でねじ伏せることもできない。だから、これ以上私の影響力が聖皇庁の内部で大きくならないよう、あえて距離を置いておきたいんじゃないかな」
つまり、私が中央から遠く離れたペロンサに引っ込んでいてくれることは、検査聖部や福音聖部にとっても好都合なのだ。聖皇庁の権力図をひっくり返されるリスクを避けて、以前のように保守派同士でぬくぬくと争っていたいのだろう。
テシリドは納得したように頷いた。
「なるほど。君はあまりにも特異な存在になりすぎた。今の聖皇庁では、検査聖部や福音聖部のどちらにも属さない者たちが、本格的に君のもとへ集まり始めるはずだ。もしかすると……君が望まなくても、自然に第三勢力が形成され、君を次期教皇候補として担ぎ上げる動きが出るかもしれない」
「“もしかすると”じゃなくて、十中八九そうなると思うよ。本当に面倒な話だけど」
「つまり、彼らは君が中央政治から自主的に距離を置くことを歓迎しているわけか」
「その通り」
聖皇庁の政治も、蓋を開ければ世俗の国家と大差ない。
私は「これでもう納得したでしょ?」とばかりに、再び転移チケットを掲げた。
「じゃあ、出発――」
「待ってくれ」
「……今度は何?」
「その説明だけでは、彼らの引き下がり方が早すぎる。教団の態度が急変した決定的な理由としては、まだ不十分だ」
まったく、この男は妙なところで勘が良い。
残念ながら、二つ目の理由は私の口からは説明しづらい内容だった。
私が沈黙すると、テシリドは私のインベントリから、聖皇庁の座標が刻まれた転移石を自ら取り出した。
「やはり、一度行って確かめよう」
「……分かったよ」
そこまで言うなら付き合うしかない。
大きな手がそっと私の肩を引き寄せる。
次の瞬間、視界が真っ白な光に包まれ、心地よい浮遊感が全身を覆った。
『[システム] エルペハイム教国の首都、パネル地区に入場しました。時差に合わせて現在時刻を調整します』
半ば強引に連れてこられた形だったが、聖皇庁の中央回廊に到着した頃には、私はすっかり神聖卿としての威厳を取り戻し、堂々と歩いていた。
すれ違う司祭や聖騎士たちの深々とした礼を受け流しながら、私たちは枢機卿たちの会議室へと向かった。
私たちが扉を開けた瞬間、枢機卿たちの顔が見事に引きつるのが分かった。
私は「変な真似をしてみろ」と無言の圧力をかけながら、腫れぼったい目で彼らを見回した。
気まずい沈黙を破ったのは、福音聖部長官のデカル枢機卿だった。
形式的な挨拶だけで乗り切れる状況ではないと悟ったのだろう、彼は穏やかに口を開いた。
「ご壮健そうで何よりです、神聖卿殿下」
「ええ。皆様もお元気そうで何よりです」
「遠方より、喜ばしい知らせを聞き及びました。殿下が第九階位へ到達されたとか……」
「はい、その通りです」
神聖力を解放したわけでもないのに、私の肯定の言葉に、周囲の枢機卿たちがひやりとした息を呑む音が聞こえた。
「おめでとうございます、殿下」
「ありがとうございます。教区の業務に追われており、ご報告が遅れましたことをお詫び申し上げます」
「とんでもありません。本来であれば、こちらから使者を送り、正式な認定手続きを行うべきでした。聖性聖部の対応が遅れましたことを、むしろ我々がお詫びせねばなりません」
デカル枢機卿の言葉に、少し離れた場所にいた聖性聖部長官が肩をぴくりと震わせた。
あらかじめ福音聖部と検査聖部が「認定を遅らせろ」と裏で圧力をかけていたくせに、私の前ではすべての責任を聖性聖部に押し付けるつもりらしい。なかなかに図太い。
私は聖性聖部長官へ、「事情はすべて知っていますよ」という視線を向けた。長官は気まずそうに目をそらし、苦々しい表情を浮かべた。
デカル枢機卿の態度から察するに、彼は私と正面衝突する気はさらさらないようだった。かといって味方をするわけでもなく、とにかく穏便に、お互い不可侵のまま距離を置きたいという魂胆だ。
まあ、第九階位の神聖卿に喧嘩を売るような愚か者は、ここにはいない。
「神聖卿殿下」
次に声をかけてきたのは、検査聖部長官のベザリウス枢機卿だった。
硬く、権威的な中年の声。
「近頃の聖皇庁は、少々落ち着かない政情にございます。殿下にとっても、居心地の良い場所とは言えないでしょう。ですので、しばらくの間はペロンサの開拓と発展に専念していただければ幸いです」
「……」
あからさまに「中央に戻ってくるな」という牽制だった。
もともと願ったり叶ったりの提案ではあるが、私は一瞬、しおらしい表情を作って見せた。
「ああ……やっぱり、それが聖皇庁の総意なのですね……」
「……」
「予想はしていましたが、いざ面と向かって言われると……。いえ、失礼しました。指示に従います……」
私はどうしようもなく肩を落とし、不本意ながらも力なく受け入れる弱々しい被害者を演じた。
『「試練の迷宮建築家」があなたの名演技に拍手を送ります』
『「均衡を司る読書家」が、その芝居はあまり似合っていないと首をかしげています』
『「魂を裁く天使」が、悲劇のヒロインのようだと面白がっています』
神々の反応はさておき、私の演技は絶妙だった。
良心の呵責に苛まれた数人の枢機卿が、気まずそうに咳払いをする。
そして、隣にいたテシリドまでもが、低い声で私の名を呼んだ。
「……アイ」
その声には、深い心配と、どこか痛みをこらえるような響きが含まれていた。
少しだけ、居心地が悪い。演技だとばらすのは後にして、さっさと用件を済ませよう。
私は先ほどまでのしおらしい態度を一瞬でかなぐり捨て、けろりとした顔で言った。
「ちょうど良かったです。しばらくテシリドと一緒に出かける予定がありまして。連絡が取れなくなるかもしれないので、そのご報告に伺いました」
「そうでしたか。承知いたしました」
「では、皆様もお忙しいでしょうし、私たちはこれで失礼します」
そうして私たちは枢機卿会議室を後にした。
重い扉が閉まると、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。
回廊を歩いていると、隣からそっと、熱を帯びた視線が突き刺さるのを感じた。
「アイ……」
「さっきのは演技だよ。君まで本気にしたら困るでしょ?」
私がくすくすと笑いながら言うと、テシリドはようやく騙されたことに気づき、少し気まずそうに視線を泳がせた。
「なかなかいい抑止力になったみたいだね」
「抑止力?」
「普段、君が私を見つめる時の重苦しい視線は、あんな感じなんだよ。よく覚えておくように」
「……私がどれほど君を気にかけているか、分かっているだろう」
「ん?」
「いや、何でもない」
テシリドは耳朶を少し赤くして、ごまかすように話題を変えた。
「聖皇庁の態度は、思った以上に冷淡だったな。私たちがどこへ行くのかさえ聞きもしなかった」
「ああ、言われてみればそうだね」
「やはり不自然だ。まだ他に、決定的な理由がある気がしてならない」
相変わらずの探究心。私は深く考えずに、つい口を滑らせてしまった。
「大したことじゃないよ。そんなに気にしなくてもいいのに」
その瞬間、テシリドの瞳が鋭く見開かれた。
「アイ。君は、まだ何かを知っているのか?」
「まあ……うん。そんなところかな」
「なら、どうしてここへ来る前に教えてくれなかったんだ……」
そこまで言いかけた彼の声が、不自然に途切れた。
テシリドは回廊の真ん中でぴたりと立ち止まり、その先の一点を見つめたまま硬直していた。
彼の視線の先を追う。
そして、私は思わず頭を抱えたくなった。
回廊の先にある、美しく手入れされた庭園。
そこでは、一人の若い女性司祭が、聖騎士のクロービスとレックスに囲まれて、楽しげに談笑していた。
散歩の途中なのだろう。彼女の優雅な立ち振る舞いには、隠しきれない高貴な気品が漂っている。
夜空を溶かしたような艶やかな黒髪が風に揺れ、花を見つめる瞳は、青と金が混ざり合った不思議な色彩を放っていた。
間違いなく初対面の女性。
だが、その姿を見ただけで、私は彼女が誰なのかを瞬時に理解した。
――ミュリエル・フィリジェ。
私の不在を埋めるために、システムと世界が用意した、原作通りの「本物の聖女」。
ついに、彼女が現れたのだ。
〈ああ、あの子か〉
脳裏に響いたアグネスの声に、複雑な感情がすべて凝縮されていた。
『「天機を読む監察官」が主人公を興味深そうに観察しています』
私は、テシリドの反応をじっと窺った。
原作において、主人公がミュリエルと初めて出会うのは40回目の人生だった。そこから幾度もの回帰を経て、二人は86回目の人生でようやく結ばれる。
だが、その結末は三度続く過酷な悲劇だった。
86回目の人生。愛する彼女の呪いを解くため、テシリドは自らの寿命を分け与えて命を落とした。
87回目の人生。彼女が呪いにかからないよう守り抜いた結果、今度は彼女が聖皇庁の罠に嵌められた。彼は彼女の罪をすべて背負い、身代わりに処刑された。
そして、現在――88回目の人生。
三度目の悲劇、すなわち「聖女による裏切り」の運命が、今まさに始まろうとしている。
テシリドに反逆者の濡れ衣を着せ、処刑台へと送る間際、彼女は冷酷に、しかし悲しげにこう告げるのだ。
――『この世界には、あなたの死が必要なのです。ごめんなさい、そして、ありがとう。テシリド卿』
それでも、彼は彼女を愛し、命を捧げ続けた。
なら、今のテシリドはどうなのだろうか。
私はこれまで、憑依者としての使命感から原作を狂うほど研究してきた。
この歪んだ世界でも、彼はやはり、あの完璧な聖女を愛してしまうのだろうか。それほどまでに、抗えない運命の絆なのだろうか。
胸の奥が、ちりりと痛む。
テシリドは、瞬きすら忘れたかのように、庭園の女性を凝視していた。全神経があのミュリエル・フィリジェに吸い寄せられているかのような、張り詰めた沈黙。
その美しい横顔が、私の疑問に対する残酷な答えそのものであるように思えて、胸の奥に苦い沈殿物が溜まっていく。
――よかったですね、監察官様。原作通りの展開のようですよ。
自嘲気味にそう思った瞬間だった。
「どうして……あの方が、直々に……」
「え?」
消え入りそうな彼の呟きが、私には聞き取れなかった。
私の声に我に返ったように、テシリドがこちらを振り向く。だが、その海色の瞳は明らかに動揺し、狼狽していた。
理由を問い詰める間もなく、向こうから声が響いた。
「もしかして、神聖卿殿下でしょうか?」
「……っ!」
私たちの存在に気づいたミュリエルが、こちらへ向かって歩いてきたのだ。
後ろに従うクロービスとレックスは、バツが悪そうに視線を泳がせている。私とミュリエルの対面は、彼らにとっても歓迎できる状況ではないのだろう。
ミュリエルの歩調が止まり、私たちの前で上品に頭を下げた。
「初めまして、神聖卿殿下。私はミュリエル・フィリジェと申します」
「ええ、お会いできて光栄です、ミュリエル殿下」
私は相手の立場にふさわしい、完璧な礼儀でもって挨拶を返した。
ミュリエルは美しく目を細め、柔らかく微笑む。
「やはり、すぐに私だとお分かりいただけたのですね」
「ええ、お噂はかねがね」
間近で見る彼女は、確かに完璧な聖女だった。
優雅な立ち振る舞い、澄んだ声、そして何よりも、神聖な光を放つ青と金の瞳。
彼女は、魔王を封印するという大義を背負わせるために、世界が造り上げた特別な存在の分身。美しくて当然だった。
『「世界を構築する精霊」が、原作よりはるかに美化されている状態だと喜んでいます』
神々の呑気なメッセージに、私は内心で呆れ返った。英雄の相手役だからといって、容姿のステータスを盛りすぎではないだろうか。
だが、私の視線は無意識にテシリドへと向かっていた。胸の奥に燻る、得体の知れない焦燥感のせいだ。
テシリドは、彼女が近づいてきてからずっと、落ち着きなく視線を彷徨わせている。彼がこれほどまでに動揺を見せることなど、今までにあっただろうか。
思わず、意地悪な疑問が頭をよぎる。
――もう、彼女に心を奪われてしまったの?
『「魂を裁く天秤」が、深いため息とともに決裁書類を盛大に放り投げました』
その時、ミュリエルがテシリドに視線を向け、二人の目がまっすぐに交わった。
「聖剣の主でいらっしゃるのですね? テシリド・アルジェント……卿」
「はい、その通りです、殿下」
テシリドの返答は極めて静かだった。ミュリエルは少し首を傾げ、どこか懐かしむような光を瞳に浮かべる。
「不躾なことをお聞きしますが……私たちは以前、どこかでお会いしたことはありませんか?」
「……どういう意味でしょうか」
「なぜだか分からないのですが、あなたを見ていると、とても懐かしい気持ちになるのです。もしよろしければ……テシリドと、名前でお呼びしても構いませんか?」
自身の言葉の軽率さに気づいたのか、ミュリエルは慌てて口元を手で覆った。
〈え?〉
アグネスの呆れた声が聞こえた。だが、私は驚かなかった。これは原作第40回目の回帰における、二人の最初の出会いそのものだったからだ。
『「天機漏洩監察官」が、久しぶりに原作通りの流れを見たと感動しています』
あとは、テシリドがいつものように礼儀正しく、その提案を受け入れるだけだ。
私は胸の奥を通り抜ける冷たい風を感じながら、その成り行きを見守ることにした。
「懐かしい気持ちですか……。実は、私も同じです」
「……!」
テシリドの言葉に、私の頭が真っ白になった。
何だって? 君までここで彼女を口説き始めるのか?
私の心臓が嫌な音を立てる。テシリド、君をそんなふうに見ていなかったのに。
『「魂を裁く天秤」は主人公への失望を隠せません!』
『「幻想の混沌を監視する観察者」は、そうなると思っていたと苦笑しています』
テシリドは、ミュリエルに向かって穏やかな笑みすら浮かべていた。まるで、完全に裏切られたような気分の私を置き去りにして。
だが、彼の口から紡がれた次の言葉は、私の予想を鮮やかに裏切った。
「聖女様」
「はい、テシリド」
「テシリド“卿”です」
「え?」
「私を懐かしく思う理由を、まずは思い出していただきたいのです。名前で呼ぶことを許すのは、それからになります」
「……」
それは、あまりにも容赦のない、しかし完璧に丁重な拒絶だった。
『「魂を裁く天秤」は、信じていたのにと態度を一変させました!』
「あ、はい……」
ミュリエルは、まさか断られるとは思っていなかったのだろう。きょとんとした顔で、気まずそうに頷くことしかできなかった。
テシリドは彼女からすっと視線を外し、まともに見ることもせず、私の方へと振り返った。その瞳には、いつものように私だけが映っている。
「アイ、行こう」
「う、うん」
目元をふっと緩めた彼の整った顔に見とれてしまい、私は慌ててインベントリへと手を伸ばした。
「では、私たちは急ぐ場所がありますので、これで失礼いたします」
もう、ここにとどまる理由はなかった。聖女の登場を確認したことで、教団の奇妙な態度の裏付けも取れたのだから。
いよいよ、ウィブリル島へ向かう時だ。
私は手の中に、空間転移石をぎゅっと握りしめた。
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テシリドの問いかけと「一回ずつの約束」
無防備なほど自分を信用し、何でも分け与えてくれるアイレットに対し、テシリドは「騙されていたらどうするのか」と問いかける。アイレットは深く追及せず、「お互い一回ずつ許そう」と答えてウィブリル島への旅行に誘う。
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聖皇庁の思惑と「演技」
休暇届を出すために訪れた聖皇庁で、枢機卿たちは九階位に達したアイレットを恐れ、中央政治から遠ざけたがっていた。アイレットは傷ついた「悲劇のヒロイン」を演じて見せ、彼らに罪悪感を抱かせるとともに、テシリドを本気で心配させた。
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原作の聖女ミュリエルとの遭遇と「テシリドの拒絶」
聖皇庁の庭園で、かつての回帰で愛し、そして自分を裏切ったはずの原作の聖女ミュリエルと遭遇する。彼女から「懐かしさ」を理由に名前で呼ぶことを求められたテシリドは、「その理由をまず思い出してほしい」と冷徹かつ完璧に彼女を拒絶し、アイレットだけを見つめてその場を去った。