こんにちは、ちゃむです。
「憑依者の特典」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
125話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- サプライズプレゼント
[「天機漏洩監察官」は、思考の中に深く沈み込んだ。]
私も深く考え込もうとした。
しかし、続いて語られたテシリドの言葉が、私の神経を一気に引き寄せた。
「けれど、魂を消滅させることができるとは初めて知ったな」
海色の瞳に異様な光が浮かぶのを見て、思わず身をすくめた。
彼に危険なことを教えてしまったのだと、遅れて自覚した。
私は慌てて取り繕った。
「相当長くかかるはずだよ。魂を消滅させるなんて簡単なことじゃない。きっと百年、千年単位で積み重ねなきゃいけないはずだ」
「まあ、そうだろうね」
期間にはあまり興味がないのか、テシリドは軽く流した。
それなら別の点に話を移してみよう。
「副作用を見ると、かなり怖いものが多いんだけど」
「どんな?」
「毎日不眠に悩まされて、やっと眠れても悪夢を見るし、起きている間は精神錯乱を起こす。しかも症状がひどくなると記憶に障害が出て、力まで失われるらしい。完全に最悪だよ。そう思わない?」
「最悪か?」
「精神的な拷問を受けるようなものだから当然だよ。普通の人なら一週間も耐えられないはずだ」
テシリドは反論した。
「たとえ耐えられなくても、息さえしていれば生きていることになる。しかも症状が悪化して記憶障害が出始めたら、むしろ楽になるだろう。時間そのものが、もともと存在しなかったかのように切り落とされるんだから」
「……」
「どうしたの?」
「まるで経験したことがあるみたいな言い方だね」
テシリドは何も言わず、ただ微笑んだ。
その意味を読み取ろうとしたが、なぜか今目の前にいる彼は、完全に原作の枠の外にいる存在のように思えた。
そのとき、テシリドが話題を変えた。
「それより大変だ」
「どうして?」
「人魚たちが全部いなくなった」
「ああ、そうだったわね」
私とテシリドが争っていると誤解した人魚たちは、さっきのクジラの戦いでとばっちりを受けるのを嫌がって逃げてしまった。
今、私とテシリドは呼吸魔法が解けた状態だ。
ここは深海の海溝にある海底洞窟の中だから、天井や壁を壊して外へ出るという発想はあまり現実的ではない。
修正されて、私は死に、テシリドは次の回へ進むことになるだろう。
私たちにとって、この空間は巨大な密室のようなものだ。
「完全に閉じ込められたな」
人間は魔族と違って、ダンジョンの主になっても出口ゲートの位置を自由に操作することはできない。
クローズゲートなら可能だろうが、私はこのダンジョンを閉鎖するつもりはない。
テシリドはうなずいた。
「人魚たちが戻ってきて迎えに来るのを待つか、出口ゲートがここに自然発生するのを待つしかないな」
「仕方ないね。薬草でも抜きながら待とう」
熟練した農夫の手つきで、ウンドラタを収穫し始めた。
テシリドも隣で私を手伝いながら、農村体験のようなことをしていた。
私たちは薬草を抜くためにしゃがみ込み、ぽつぽつと会話を交わした。
「ところで、アイ」
「うん」
「教会建設に使うお金はもう解決したんじゃなかったの?どうしてそんなに金稼ぎに必死なんだ……いや、集中してるのか?」
「……言葉を選んでくれてありがとう。傷つかずに済んだよ」
私が話題をそらしたと思ったのか、テシリドは少し引いたような態度を取った。
「言いづらいなら、無理に話さなくてもいいよ」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……どう説明すればいいか悩んでて。説明しても、あなたが理解できるか分からないし」
「理解できるように、できるだけ頑張ってみる」
聞こうとする姿勢が気に入った。
私は少し考えてから口を開いた。
「うーん……生まれつき受けた呪いがあって、それを解くには少なくとも百万ゴールド、多ければ数百万ゴールドを現金で払わなきゃいけないらしいんだ」
100億キャッシュをセレントラの通貨に換算すると、百万ゴールドになる。
[『世界を構築する命令』は、そのように言うと、本体が信徒の骨をしゃぶる悪神のように見えないかと戸惑っている。]
司令官も〈ビンの管理局〉所属なのだから、正直その通りではある……うっ、少し不敬なことを考えかけた。
『大丈夫ですよ。テリーは“厳格な秩序と善”を語るタイプだと思います』
[『世界を構築する命令』は、表情を和らげた。]
だが、テシリドにとって重要なのは神の性質ではなかった。
「呪い?どんな呪いだ?」
彼の目には、衝撃と戸惑いがありありと浮かんでいた。
「いや、そんなに驚くほどのことでもないけど」
「じゃあ、何なんだ?」
この世界では、原作にない恋愛をすると罰せられる。
そして私は、本来原作では死ぬはずの存在だった。
本来話すはずの人物に憑依している以上、当然ながら私のための恋愛などこの世界には存在しない。
だから私は、何をしても恋愛できないのだ。
特に取り繕う必要もなかったので、そのまま事実を口にした。
「私が好きになる人は、絶対的な力によって非業の死を遂げるの。私も後を追って死ぬことになる」
「え……?」
「からかってるわけじゃないよ」
「……」
最善を尽くして理解するって言ったでしょう。そんな目で彼をじっと見つめた。
しばらくして、テシリドは一度深く息をついてから口を開いた。
「分かった。信じる」
「ありがとう」
「それにしても、それって神が下した呪いなのか?」
「うん」
「なるほど……考えてみれば……秩序と善は男性体として描かれていることもあったな……」
神の性別なんてどうでもいいと思いながら、内心で軽く流した。
「君は聖女だから……一生を貞節に捧げさせて独占しようとしている、とか……」
「やめてください。さすがに飛躍しすぎです、聖騎士様」
[『世界を構築する命令』は、他人の不敬な想像に衝撃を受けている。]
一方で、妙に納得してしまう部分もあった。
テシリドこそ神に執着していて、「七つの美徳」と「七つの大罪」の教義のせいで貞節を守っている人ではなかったか。
彼のこうした宗教的な生活は、今後もしばらく続く予定だ。
美しい黒髪の聖女ミュリエルと目が合う86話に至るまで。
〈アイレット、どうして急にそんな怖い顔をしてるの?〉
「え?」
私ははっとして我に返り、表情を整えた。
「とにかく、お金で解決できる呪いなんだから大丈夫だよ」
「そうか、私よりはましだな」
その言葉に、なんとなく複雑な気持ちになった。
テシリドは別に不幸自慢をしたかったわけではないのだろうが、私は苦笑して返した。
「それでも、私の義務や規律において、あなたは例外だからいい」
確かに彼は、私と出会ってから人生の質がかなり上がったのかもしれない。
たぶん一番改善されたのは……。
「私が作る料理なら、食事制限に引っかからないんじゃない?」
「そうだな。君に対しては節制する必要がないから」
[『魂を裁く天秤』は、その大胆な発言に大きく息をのんだ。]
『誤解しないでください。食事に対する嗜好は自由ですから』
大きくため息をつきながら、ウンドラタを引き抜いた。
すると、テシリドが唐突に尋ねてきた。
「アイ、君から見て、私の長所は何だ?」
「……急にどうしたの?」
「君がわざわざ私と行動を共にしている理由が、あるんじゃないかと思って」
ここでは目的が一致しているから一緒に行動している、と答えたら、私が彼をただの手段として見ているように思われそうだった。
ひとまず、求められるままに長所を挙げてみた。
「うーん、優しいところ?」
「正義はないけどな」
「人柄がいいし」
「同じことじゃないか」
「誠実だし」
「……もういい。やめてくれ」
うわ、拗ねたの初めて見た。
今からでも“顔がいい”っていう最強の長所を褒めるべきか、本気で悩んでしまった。
彼は一人でぶつぶつと呟いた。
「やっぱり善良に生きるべきだな」
妙に真面目すぎる。
かなり時間が経ったが、海底洞窟にはまだ出口ゲートが現れる気配はなかった。
静まり返った空間で、抜くべき薬草だけは多く、手だけが機械的に動いている状態だ。
退屈なので、雑談でもするしかない。
だから私も流れに乗って……。
「テリー、私も一つだけ質問いい?」
「うん」
「あなた、アグネスの声が聞こえる?」
「……」
薬草を抜いていたテシリドの手がぴたりと止まった。
〈えっ!?〉
テシリドは石像のように固まり、私はそんな彼をじっと見つめた。
まるで息を止めたような沈黙。
アグネスは耐えきれず、姿を現そうとしていた。
〈え、何?本当なの?〉
しばらくして、彼は苦笑しながら告白した。
「隠していて申し訳ありません、アグネス聖女様」
〈はぁ……〉
しかもテシリドは、アグネスのいる方向を正確に見つめていた。
[「天機漏洩監察官」は、問題が起こる前に気づけたのは幸運だと言っています。]
[「天機漏洩監察官」は、魂が主人公に対して天機漏洩を大きく犯した場合、一度で粛清される可能性があると警告しています。]
[「妄想の混沌を監視する観測者」は、遅れて気づかれたのではないかと不安になり、目をぱちぱちさせています。]
[「均衡を司る秤」は、天機漏洩だけでなく、このような信徒同士の会話にも注意が必要だと助言しています。]
[『世界を構築する命令』は、それを異端だなどと言わないでほしいと抗議しています。]
大事になる前に防げてよかった。
私は尋問のようにならないよう注意しながら、テシリドにそっと尋ねた。
「どうしてできるの?昔は……つまり回帰前、二十歳の頃は見えなかったんでしょう?」
彼は苦笑した。
「さあな。ただ長く生きたからじゃないか」
「……」
十七回の人生を生きた時間が短いか長いかは、人それぞれ感じ方が違うだろう。
軽々しく判断できる問題ではない気がした。
ともかく、それならアグネスの声も聞こえて、姿も見えているのだろうか?
すぐには結論が出なかったので、ひとまず次の質問に移ることにした。
「じゃあ、どうして隠してたの?」
「長く生きてるってバレるのが嫌で」
最初の答えとほぼ同じで、あまり情報は増えなかった。
それでも、その事情は分かっているのか、テシリドは少し気まずそうに言い添えた。
「嘘じゃないよ。悪気があったわけでもないし、あとで話そうとは思ってた」
「まあね。回帰者なんだし。昔と違うところを隠すのが癖になってるんでしょ」
「理解してくれてありがとう」
原因の究明は、正直そこまで重要ではなかった。
もともとの目的は、アグネスに事情を知らせて、テシリドの前での発言に気をつけさせることだったのだから。
一方、アグネスは嬉しそうにテシリドの隣にしゃがみ込み、話しかけた。
〈本当に私の声、聞こえるの?〉
「はい」
〈わあ、それならこれからはアイレット以外の人とも話せるんだね。すごく嬉しい。もっと早く言ってくれればよかったのに〉
「申し訳ありません」
〈いや、謝ることじゃないよ。それより――私たちのアイレットのこと、どう思ってる?〉
「……え?」
〈アイレットは、暇さえあれば私にあなたの話ばかりしてくるのよ〉
「そう、ですか」
〈だから今度はあなたもアイレットの話をしてみて。正直、あなたと私でアイレットの話をしなかったら、他に何を話すっていうの〉
テシリドは、どこか話題を逸らそうとする様子を見せた。
「共通の関心事といえば、“厳格な秩序と善”もありますが」
〈ふふ、それはちょっと堅苦しすぎるわね〉
敬虔な聖女様は、やや不満そうだった。
「そうですね」
〈だからアイレットの話をして〉
「はい」
その後、私はアグネスとテシリドが妙なことを言い出さないか気にしながら見守っていた。
幸い話題はごく日常的なものだった。
そうして三人で会話しながら黙々と作業を続け、ついに薬草の収穫が終わった。
エメラルドの絨毯を敷き詰めたようだった洞窟の床をすっかり剥ぎ取ってしまい、妙な達成感があった。
私とテシリドは並んで岩に腰掛け、ジュースやポーションで喉を潤した。
「お疲れさま、テリー」
「アイも」
作業を終えて休憩する、この時間は心地よかった。
しかし問題は、これ以上この洞窟でやることがなくなってしまったことだった。
甘い休息も、すぐに手持ち無沙汰な時間へと変わっていく。
「出口ゲート、なかなか出てこないね。特別な場所だから、周期的に現れる可能性もあるとは思うけど」
「人魚たちが迎えに戻ってくるほうが早そうだな」
「そういえば、いつ来るんだろう。おじいさんも心配してるだろうし」
アグネスが口を挟んだ。
〈レックスも心配してるはずよ。あなたたちが外泊してるんじゃないかって〉
「っ……」
私は慌ててシステムウィンドウの時計を確認した。
このダンジョンは現実との時間の流れに大きな差はないようだ。
現実の時刻は、もうすぐ日付が変わるところだった。
「ああ、最悪だ」
言い訳もできない完全な外泊だ。
レックスに怒られることを思うと胃が痛くなった。
テシリドが笑いながら言った。
「私がうまく説明するよ」
「うん、私よりあなたのほうが説得力あるし。ありがとう」
「大したことじゃない」
私は大きく息を吐いて、続けた。
「それと、ごめん」
「何が?」
「こんなところで誕生日を迎えさせちゃって」
「……」
言葉が返ってくるまで、少し間があった。
理解するのに数秒かかったらしく、彼はきょとんとした顔で固まった。
「誕生日……?」
「うん、やっぱりその反応だよね」
私はインベントリからベルベットのプレゼントボックスを取り出した。
どうせなら、今渡してしまおうと思った。
「誕生日おめでとう。これはちょっと早い誕生日プレゼント」
「……」
その瞬間、驚いたようにわずかに見開かれたあと、ゆっくりと元に戻っていく海色の瞳が妙にきれいだった。
できることなら、この表情を記憶の中にしまっておきたい――そんな気持ちになるほどに。
わざわざ見ようとしたわけでもないのに、どうしてこんなにもはっきり目に焼き付いてしまうのか、自分でも不思議だった。
私は気を取り直して、少しぶっきらぼうに口を開いた。
「サプライズでしょ?」
「正直に言うと、うん」
「そうでしょ。私じゃなかったら、こんなの用意してくれる人いないでしょ」
しかもそのプレゼントは、本当にとんでもない代物だ。
祭礼用の聖杯に匹敵するほど高価なアーティファクトで、これを手に入れるために命まで懸けた。
しかも多回帰者に最適化された品でもある。
きっとものすごく喜ぶはずだ。
そう思うと、こちらまで嬉しくなる。
テシリドはベルベットの箱をしばらく見つめ、感慨深そうにしてから尋ねた。
「開けてもいい?」
「ちょっと待って。中身を見せる前に、言っておきたいことがあるの。ただ渡すだけだと、誤解されそうで」
「わかった」
私が言葉を選んでいる間、彼は目を細めるほど深く微笑んでいた。
待つことさえ楽しんでいるような表情。
その飾らない様子は、まるで一度も回帰を経験していない頃のテシリド・アージェントのようだった。
私は口を開いた。
「ねえ、テリー。私は今回があなたの最後の回になってほしい」
「……」
「本気でそう思ってる」
「……一体どんな贈り物なんだ?そんなことを言うなんて。期待しすぎて、がっかりするのが怖くなりそう」
冗談めかして言ったあと、海色の瞳がわずかに細まり、プレゼントの箱へと向けられた。
もちろん、それで私の言葉が揺らぐことはない。私は続けた。
「だからこのプレゼントは、万が一に備えて渡すものなの。必ず使ってほしいってわけじゃないから、気楽に受け取って」
「分かった。すごく気になるな……もう開けてもいい?」
これだけ安全策を用意しておけば十分だろうと思った。
「うん、開けて」
テシリドは指先でベルベットの箱を開けた。
中には、おばあさんが包んで一緒に入れてくれた白いアスフォデルの花があり、それを見たときはまだ期待に満ちた笑みを浮かべていた。
しかし、その花をどけた下から、正方形で平たい両刃斧のようなアーティファクトが現れた瞬間――
「……これは」
彼の顔から、笑みがすっと消えた。
[〈アーティファクト〉『セーブポイント』
燃え尽きに苦しむ無限回帰者のために作られた“人生保存”アーティファクト。これを使用すると、次に死亡した際、このアーティファクトを使った時点へと回帰する。
残り使用回数:14/30回]
「……」
今まで一度も見たことのないほど冷たい表情。
まるで呼吸さえ北氷海の空気のように凍りついてしまったかのようだった。
「テリー?」
「……」
呼びかけても返事はない。
――分かってしまった。彼は、このアーティファクトの意味を瞬時に理解したのだ。
もちろん、受け取ってすぐに喜ばない可能性は、最初から覚悟していた。
今回の周回が失敗することを前提にした贈り物だと受け取られてもおかしくない。
それでも――今の彼の反応は、私の想像をはるかに超えていた。
どうして。
どうしてあなたは、今にも壊れてしまいそうな目で、呼吸すらままならないまま、このフロッピーディスクのようなものを見つめているの。
やがて彼が口を開いた。
何度も唇を噛みしめた末に、ようやく絞り出したような声だった。
「これ……どこで手に入れた?」
その瞬間、私の手首に熱が走った。
彼が掴んでいた。
強く、荒々しく――けれどどこか必死な力で。
それは、自分でも信じられないほど震えている声だった。
普段なら、決して彼女に聞かせることのない声。
それでも――
「お願いだ。正直に答えてくれ」
「……テリー?」
翡翠のような淡い緑の瞳が見開かれる。
そこに映る彼は、情けないほど必死だった。
「頼む」
これまでずっと彼を避けてきた大陸唯一神が、この瞬間だけは、まるで慈悲そのもののように見えた。
「え、えっと……だから……代価を払って手に入れたの」
「……誰に?どうやって?どこで?」
「それは……」
言葉に詰まる。
「正直に。頼む」
「……」
彼女は一度、わずかに口を開きかけて、すぐに閉じた。
しばらくして。
呼吸すら慎重に整えながら、言葉を選ぶように口を開く。
「神と取引したの。私が持っていた中で、そこそこ価値のあるものを差し出して」
「……」
「場所は、よく分からない。直接取りに来いって言われて……そのまま私を“名前も知らないダンジョン”に送ったの」
「……どんな場所だった?」
「雷が絶え間なく落ち続ける岩だらけの荒野で……真ん中に大きな穴が開いてたの。まるで……」
「虹みたいな」
「あ、うん。虹みたいな感じ」
彼女の瞳がわずかに見開かれる。
その間、彼は息を止めたままだった。
「……続けて」
「うん……その虹の真ん中に、このアーティファクトがあったの。下は覗かなかったから分からないけど……あの時、ダンジョンの主に見つかりそうな気がして……とにかくそれだけ掴んで、必死で逃げてきたの」
彼女はそれで終わりだと、静かに言葉を切った。
「……ああ」
低く沈んだ声が、空気を揺らす。
次の瞬間、アイレットの手首を掴んでいた手から、ふっと力が抜けた。
彼はその手を自分の顔へと持ち上げ、熱のこもった乾いた掌で、ゆっくりと顔を覆う。
こぼれた表情は、どこか歪んでいた。
笑っているのか、泣いているのか。
判別のつかない、曖昧なそれ。
だが――その青い瞳に、わずかな異質が宿ったのは、その時だった。
「……アイ」
「うん?」
「アイレット・ロゼライン」
「……」
「やっぱり、君だったんだな」
どこか安堵のにじむ声。
「最初から……ずっと、君だった」
理解の追いつかない言葉が、二度も重なった。
「……テリー?」
その瞬間、テシリドは手を伸ばし――迷いなく彼女を抱き寄せた。
「テ、テリー!?」
「……」
「ちょ、ちょっと、テリー!?」
「……っ」
「な、なにしてるの!? 頭おかしくなったの!? 死にたいの!?」
戸惑いと焦りが混ざった声で、彼女は半ば叫ぶように言った。
〈あわわわわ、ちょっとあなたたち!?〉
アグネスも慌てて声を張り上げたが、テシリドはまるで気にしていなかった。
むしろ片手でアイレットの後頭部を包み込み、さらに強く自分の胸へ引き寄せる。
「テ、テシリド……!」
「……」
彼自身も分かっていた。
こんなふうに、許しもなく抱きしめるなんて、まともな行動ではない。
そもそも、衝動のままの行為だった。
それでも――彼はまだ、人間だった。
何年も探し続けた“救い”が、今こうして目の前にあるのに、手を伸ばさないでいられる人間がどこにいるというのか。
彼は、結局ただの人間だった。
「ちょ、ちょっと本当に大丈夫!? このままだと次の回に行っちゃうってば!」
状況が一段落したのは、我に返ったアイレットがテシリドを力いっぱい突き放した後だった。
彼女は荒く息を吐きながら、テシリドの腕を掴む。
「ちょ、ちょっと、外に出よう。あなたこのままだと、洞窟ごと崩れて私たち死ぬってば!」
「……」
「いや、でもよく考えたら、そんな都合よく崩れるわけないか。普通に心臓麻痺で死ぬだけだよね。うん、絶対そう。さっきもそれっぽかったし……ほんと、危なかったんだから。もう少し遅かったら、あなたも私も終わってたかも」
「……」
「はあ……今回は助かったけど、これからは気をつけて。分かった?」
「……」
「ちょっと、さっきからなんで黙ってるの。何か言いなさいよ」
先ほどまでの危うい気配は、まるで最初からなかったかのように消えていた。
いつも通り、穏やかで落ち着いた聖騎士が、柔らかな笑みを浮かべて口を開く。
「ありがとう」
その一言と、わずかな微笑みだけで、場の空気は十分に和らいだ。