憑依者の特典

憑依者の特典【132話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「憑依者の特典」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【憑依者の特典】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「憑依者の特典」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...

 




 

132話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 鏡の向こう

「性別反転の鏡!」

ドロロロッ!

全員が声を揃えて導き出した答え。

その瞬間、鏡の城は反応し、片隅の壁が音もなく消え去る。

新たな通路が静かに口を開けた。

[『魂を裁く天秤』が珍妙な見世物を見て大いに満足しています。]

[『試練の迷宮を築く建築家』がマイナーなジャンルに強い関心を示しています。]

[『均衡を司る読書家』があなたの恋愛事情に興味を抱く自分を否定しています。]

[『世界を紡ぐ言語』が強烈な不快感を表明しています。]

退屈しているのか、観測者たちのメッセージが次々と流れた。

今回の部屋の鏡は、なかなかに楽しませてくれたらしい。

普段は落ち着いている観測者たちですら、この様子だ。

[『万象の混沌を見通す眼』が、帳に刻まれたテシリニアの美しさを思い出し、しばし言葉を失っています。]

テシリニア、か。

いつの間にか名前まで付けられていたらしい。

[『天機を覗く監察官』が舌打ちしています。]

[『万象の混沌を見通す眼』が我に返り、あなたに早くボス戦へ向かうよう強く促しています。]

「はいはい、わかりました」

そう答え、足早に次の部屋へ向かうことにした。

今回の回廊はやけに長く、しかも視線を引きつけるものが多い。

壁一面の鏡が、それぞれ勝手に興味深い光景を映し出しているからだ。

「お、もうこの階層終わりか。俺なら一発で解けそうだったのに」

「なあヘスティオ、あの崖の上の屋敷どう思う?俺、引退したらああいうところに住みたいんだよな」

「いいな。大きな犬も飼えそうだし……あの黒い狩猟犬、格好いいと思わないか?」

アッシュ、イペイル、ヘスティオの三人は、鏡に顔を近づけてはしゃいでいた。

もはやダンジョンというより、博物館か水族館に来たかのような雰囲気だ。

テシリドも鏡にちらりと視線を向けはしたが、足を止めるほどの興味はなさそうだった。

そのとき、先を歩いていたアッシュが声を上げた。

「兄さん!テシリド兄さん!こっち来てください。兄さんにそっくりな人がいます!」

「……」

テシリドは面倒そうに眉をひそめつつも、結局はアッシュの方へと歩み寄る。

イペイルとヘスティオも後に続いた。

――仕方ない。私も彼らの方へ向かうことにした。

スッ――。

「え?」

視界の端にあった鏡の一つが、ふいに私の注意を引いた。

茜色の夕焼けを背に、椅子に深く身を沈めた一人の男が映っている。

黒髪。女性と見紛うほど繊細で整った顔立ち。

――だが、その顔には見覚えがない。

〈リード……〉

アグネスが小さく呟く。

それに反応して、少し離れた場所にいたテシリドがこちらを振り向いた。

その瞬間。

海のような青い瞳と、鏡越しに視線がぶつかる。

ドクン、と胸が跳ねた。

「な、なんだこれ……?」

「どうなってるの!?」

間もなく、鏡の城の構造が急変し始めた。

これまでで最も混乱を招く変化だった。

壁がせり上がり、また落ち、道が現れては消える。

その動きは床にまで及び、空間そのものが揺らいでいるかのようだ。

[『天機を覗く監察官』が驚愕しています。]

――その反応からしても、これは想定外の事態。

気づけば私は仲間たちと五歩ほど距離が開いていた。

「兄さん!」

「アイレット!」

「きゃっ!」

途中で壁が降りてきて、私は他の四人と完全に引き離された。

背後にも壁が落ちてきて、身動きが取れないまま閉じ込められる。

そのまま床がレールの上を滑るように後方へ高速移動した。

暗い貨物室に運ばれるような、不気味な感覚だった。

あっという間に仲間たちとの距離は大きく開く。

彼らの呼ぶ声が聞こえなくなった頃、ようやく構造の変化は止まった。

〈終わったようだな、アイレット〉

「はい。とりあえず皆と合流を……」

ドォン!

目の前を塞いでいた壁が音を立てて開いた。

長い通路の向こうには、こちらを必死に探している四人の姿。

「おい、アイレット!」

「聞こえたら返事して、団長!」

「アイ!」

「姉さん!」

声が届いてきて、ほっと胸をなで下ろした。

「みんな、こっちよ!大丈夫!」

私は四人に呼びかけながら通路の奥へ走った。

だが、近づくにつれて違和感が強くなる。

「アイレット!」

「兄貴!」

「……」

――なんだ?

どうして、私の声が聞こえていない?

あと七歩ほどで届く距離まで来た、そのときだった。

〈アイレット、止まって〉

反射的に足を止めた。理由を聞くのはその後だ。

「どうしたんですか、アグネス?」

〈前をよく見て〉

何気なく伸ばした手が、途中でぴたりと止まった。

よく見ると――ここは通路ではなく、行き止まりだった。

空気と見間違うほど透明なガラスの壁が、目の前を遮っている。

ガンッ!

「テリー!アッシュ!」

ドンッ!

「ヘスティオ!イフェイル!」

どれだけ叫んでも、壁を叩いても、まるで意味がない。

魔力を込めた剣で斬りつけても、向こう側にいる仲間には微かな振動すら伝わらなかった。

まるで二つの空間が完全に切り離されたかのようだった。

「はあ、やばいな……」

そんな言葉では足りない気がする。

本当に厄介なのは、ここからだ。

ギギギッ――ガコン!

「え?」

〈え?〉

私とアグネスは、ガラス越しに目の前で起きる異変をただ見ていることしかできなかった。

 



 

ドォン!

私たちを隔てていた“問題の壁”が、ゆっくりと持ち上がっていく。

そこには、無事なアイレットの姿があった。

「はあ、びっくりした……」

「アイレット!」

「団長!」

「姉さん!」

無事な彼女を見て、ヘスティオ、イフェイル、アッシュは一斉に駆け寄る。

テシリドも安堵の色を浮かべながら、ゆっくりと近づいた。

「……あ」

――だが。

足が止まる。

呼びかけようとした声も、喉で止まった。

違和感。

ほんのわずかな、だが決定的な“ズレ”。

三人はアイレットを囲み、口々に何かを言っている。

心配なのか、怒っているのか、判別がつかない声。

けれど――

(……本当に、あれは“アイレット”か?)

「おい、どれだけ呼んだと思ってるんだ。返事くらいしろよ」

「私も呼びましたが、届いていなかったみたいですね、ヘスティオ」

「今回の構造変化、相当派手でしたからね。床まで動いて、完全に引き離されたのかと思いました、兄貴」

「いや、アッシュ。私もそう思っていたが、どうやらその場に留まっていたらしい」

「とにかく無事でよかった。五人そろってるしな」

「まったくだ、イフェイル」

やわらかな口調で、全員の名前を順に呼びながら答えるアイレット。

三人を安心させると、最後に残った一人へ視線を向けた。

「テリー?」

「……」

少し離れた位置で、沈んだ目のまま一行を見つめていたテシリド。

アイレットに呼ばれ、ようやく意識を引き戻した。

アイレットは、わずかに目を細めて彼を見上げる。

その瞬間――テシリドは彼女を見据え、ゆっくりと口元を吊り上げた。

「無事で何よりだ。行こう」

甘く響くが、どこか冷えた声音。

人を惹きつけるのに、妙に温度のない笑み。

視界と聴覚に焼き付くそれは、“アイレット”ではなく、まるで別の何かを連想させる。

「……うん。行こう」

彼女は気づかないまま、頷いた。

――気づかないまま。自分たちが、いつの間にか“二つ”に分かれていることに。

 



 

「ドッペルゲンガーだ!」

〈ドッペルゲンガーだ!〉

ガラスの壁からすっと現れたドッペルゲンガー。

それは私の姿を真似していた!

狂ったように取り乱し、ばたばたともがいている。

「わ、私、これ何……?」

〈あのドッペルゲンガーの野郎、何だよ!くそ、あなたに化けてる。あなたに化けてるぞ。〉

「おい、おい!ヘスティオ、アッシュ、イフェイル!あれを止めて!騙されるな!?おいー!」

〈まだ希望はある!テシリドなら……!〉

しかし、鏡の向こうに見えたのは、ドッペルゲンガーを誘惑しているかのように甘く微笑むテシリドの顔だった。

「……」

〈……〉

私はぶるぶると震えた。

「わ、私……信じてたのに……」

[『魂を審判する天秤』が共に失望し、侵食します。]

[『妄想の混沌を感知する瞳』があったなら、一目で見抜けたはずだと断定します。]

アグネスが私を慰めた。

〈アイレット、見抜けなかった奴らは後で私がきっちり叱っておく。〉

「はあ……言葉だけでもありがとう、アグネス。」

裏切られたような気持ちと憂うつさはいったん脇に置き、私はガラスの壁から目を離した。

行き止まりの道は諦めて、別の道を探して進まなければならなかった。

「とにかく道が開けている場所へ行けば、結局ボス部屋で会うことになりますよ。」

〈他の四人は大丈夫かな?ドッペルゲンガーが罠で誘い込むかもしれないよ。〉

「誘い込むための罠がボス部屋のはずです。」

その複製の巧妙さと精密さから、誰が私の真似をしているのかは見当がついた。

――ボス、アナクシアだ。

「だから一行より先に、ボス部屋へ到着しないといけません。」

私たちはガラスの壁の反対側へ続く道を進んだ。

しばらくして道の終わりにたどり着き、まるで木でできた扉のようなものが見えた。

これまで通ってきた部屋とは違う造りの扉で、勝手には開かなかった。

「特別な場所なのか?」

予想どおりだった。

カチッ。

手でそっと押すと扉が開いた。そして、思いもよらない空間が広がっていた。

〈何これ?寝室?〉

「そうみたいですね?」

大きな天蓋付きのベッドと豪華な化粧台が、ここが女性の私的な空間であることを示していた。

どうやら、意図せずアナクシアの寝室に入り込んでしまったようだ。

現在の部屋の主は私の真似をするのに夢中で、こちらに気を配る余裕はなさそうだったが、部屋の中を見て回るくらいの時間はあった。

廊下の壁を埋め尽くすほど鏡だらけだったのに比べ、寝室の中の鏡は意外と数が少なかった。

その数少ない中で、私の目を引いたのは化粧台に置かれている鏡だった。

「……」

私の両目は鏡面に釘付けになり、足は自然とそちらへ引き寄せられていった。

鏡に映っていたのは、まるで“吸血する満月”が浮かぶ神殿のような場所。

その中央で、椅子に体を丸めたまま、ぎゅっと目を閉じているリド。

極限まで静まり返った光景のせいか、麻痺する直前の空気の中で崇められる混沌の偶像を見ているようだった。

わざわざ美化や神聖化なんてする必要もない。

悪魔に魂を売った職人が、己のすべてを捧げて彫り上げた芸術品でさえ、これほど完璧にはなれないだろう。

〈さっき別の鏡で見たのと同じだ。〉

突然、聖の構造が変わる前に見たあの鏡。

そこに映っていた光景と、空の色だけが違っていた。

そうだろうと思った……。

「この鏡は幻ではなく、現実を映しているみたいですね。」

〈本当にリードなの?ここはどこ?〉

「鏡の城の中にあるどこかでしょう。でなければ、どうしてアナクシアが混沌の悪をこっそり捕らえ、罪状をでっち上げることができたのでしょう?」

〈え、本当にリードがここにいるの?〉

「そもそも今回の王族誘拐劇を仕組んだのはリードです。鏡の城のどこかにいるとしても、おかしくはありません。」

答えは淡々としていたが、内心までそうとは限らなかった。

今のリードは、自ら動く気配のない存在。

彼はアナクシア・フェルヘンシュタインという操り人形を前面に立て、黒い幕の裏でぼんやりとした目で世界を見守るだけだった。

だが、もし私が彼の計画を狂わせるとしたら?

この問いに、原作は答えてくれない。

ここはすでに大きく歪められてしまった原作の世界なのだから。

化粧台の鏡越しにリードを見つめる時間が長くなった。

〈ところで、アイレット〉

「はい。」

〈この鏡、こちら側からだけ向こうが見えるんだよね?向こう側からも見えているわけじゃないよね?〉

「さすがに、こちら側からだけ……」

私は言葉を最後まで言えなかった。

堕落した聖女の彫像のように静止していたリードが、動いた。

黒く長いまつげがかすかに揺れ、まぶたがゆっくりと持ち上がる。

血のように赤い瞳が闇の中に現れた瞬間、私は思わず息をのんだ。

「……」

「……」

私と彼の視線が、空間を貫いてつながっているような感覚がした。

呼吸することも、まばたきすることも忘れたまま、ただその視線を受け止めていた。

「城にネズミがいるな」

「……!」

鏡越しに届いた声が耳に突き刺さる。

それと同時に、視界の中で彼の指先が爪のように伸びてきた。

はっとして、私は反射的に一歩後ずさる。

パキッ、パキッ。

化粧台の鏡に鋭いひびが走り始めた。

直感した。

この境界が砕ける瞬間、リードにも私の姿が見えてしまう、と。

すでに互いに和解も妥協もできない関係であることは、前回はっきりと思い知らされた結末だった。

今ここで私とリードが直接対面すれば、破滅を加速させるだけだ。

だから、今は――

『顔を合わせない。』

私もひび割れていく鏡に手を伸ばした。彼とガラス越しに手を重ねるように。

「聖なる闇。」

大洪水の海でクラーケンを捕らえたときに得たスキルを発動する。

スゥゥゥ……。

対象範囲の光を遮断し、完全な暗闇を作り出す神聖力のスキル。

今、私が指定する範囲は鏡だった。

割れかけた鏡の向こうで、リードの目が大きく見開かれた。

私の手のひらから広がった闇が、鏡のひび割れを埋め、その表面を完全に覆い尽くした。

鏡はまるで漆黒の岩でコーティングされたかのように固まり、それ以上ひびが広がることはなかった。

[世界を構築する言語が案内します。]

[魂を裁く天秤が、溜め込まれた息を吐き出します。]

私は鏡から手を離した。

闇に侵されないその鏡をしばらく見つめてから、背を向ける。

「行きましょう。」

一行との合流は目前だった。

寝室に入るときに使った入口ではなく、別の方向にある扉を通って、その場を後にした。

通路の端に、ひときわ華やかに装飾された扉が見えた。

そろそろSS級に近い強力な魔族が現れてもおかしくない頃だ。

一人でいる以上、気を緩めるわけにはいかない。

すっ。

あらかじめ気配を探り、扉の前に立つ。

だが――

〈何?どうしてまた開かないの?〉

見たところ中ボス部屋の扉なのは確かだが、今回はわずかに隙間が開いたまま止まっている。

これは手で開けられる扉ではない。

私は迷わず、すぐにオーラをまとった剣を振り下ろした。

ガガガガン!

隙間があったせいか、攻撃は通った。

砕けた扉の向こうに現れたのは……。

「……」

私の表情を取り繕うのに、これ以上ない場面だった。

 



 

一方、尖塔の展望台。

「……逃げたか。」

リードは、暗い断面へと変わってしまった虚空を見つめながら、低くつぶやいた。

やがて彼の眉がわずかに歪み、不快感をあらわにする。

ずいぶんと図々しいネズミだ。

自分が休んでいるところを、よくも覗き見たものだ。

先手は取られたが、ほんのわずかな甘さも見せてしまった。

だが、露骨な視線に気づいて目を覚ました以上、文句を言う資格などない。

捕まえて首をひねるべきだろうか。

彼は早くから、今回の回帰ではこれまでとはまったく違うやり方で生きると決めていた。

そのためには、まず欲望や衝動を抑える訓練が必要だった。

リードの手の中で、闇の断面が細かな破片となって砕け散る。

続いて両手で空間を引き裂き、その裂け目の中へと身を滑り込ませた。

たどり着いたのは、淑女の私的な空間だった。

彼は眉をひそめたまま室内を見渡す。

だが目立った痕跡は見つからず、視線を壁へと移した。

装飾された数多くの壁の鏡の中に、彼の興味を引くものが一つあった。

反転した寝室の様子を映している、一見すると何の変哲もない鏡。

「この部屋で、今さっき起きたことを映せ。」

『過去の鏡』は混沌の悪の命令に忠実に従った。

鏡面に波紋が広がると同時に、リードの姿が消え、新たな人物が映し出される。

リードの瞳が一瞬わずかに見開かれ、すぐに元へ戻った。

「……」

触れられそうなほどに近く、彼は指先を伸ばして鏡面をゆっくりとなぞる。

夢よりも、現実のほうが甘美だ。

彼の長い人生の中でも、初めてのことかもしれない。

リードの口元が、妖しく弧を描いた。

「挨拶もなしに行ってしまうとは、つれないな。」

こうなってしまった以上、仕方がない。

こちらから先に挨拶に行くしかない。

赤い瞳に、かすかな光が宿った。

 



 

その頃、王国軍と魔道軍から成る六人の一行。

彼らもまた、突如として変化した城の構造に翻弄され、混乱の最中にあった。

ドゴォン!

不意に降りてきた壁によって、一行は三人ずつに分断される。

片方はモリフィス、ロミナ、オデリット。

もう片方はプリンツ、レイン、ヒルデだった。

二つの隊は壁で隔てられただけでなく、上下方向にも引き離されていく。

まるで両端に吊るされたゴンドラのように、片側の床は下へと崩れ落ち、もう一方の床は、上へと持ち上がっていった。

「くっ……!」

「ぐっ!」

「きゃあっ!」

「うっ!」

一行は皆、訓練された騎士だけに声を押し殺していたが、悲鳴を上げたのはヒルデとモリフィスだった。

次第に遠ざかっていく叫び声。

それが、二つの隊の距離が急速に離れていることを互いに知らせていた。

城の構造変化が収まったときには、二つの隊は少なくとも十階分以上の高さ差で引き離され、互いの声すら届かなくなっていた。

完全に分断されたのだ。

まずは、ロミナ、モリフィス、オデリットのいる側の状況は――

「ああもう……」

モリフィスが自分の尻をさすりながら、うめき声を上げた。

実のところ、究極の結界魔法で防御していたため、身体に大きなダメージはなかった。

ただし、ちょっとした問題はあった。

「くっ……濡れてしまったな。」

「そうですね。床に水が溜まっていましたから。」

オデリットは浅い水の中で祖父を起こし、支えながら立たせた。

「ここは……」

いち早く着地していたロミナは、すでに周囲の様子を探っていた。

彼らが足場ごと落とされるようにしてたどり着いた先は、巨大な正方形の空洞だった。

入口はなく、四方の壁はすべて鉄格子で塞がれている。

地下水路ともつながっているのか、床には足首ほどの水が溜まっていた。

「何の場所かは分からないが、牢にしては広すぎるな。」

「魔術師を閉じ込めるための牢みたいですね。」

ロミナとモリフィスがそれぞれ口にする。

〈新しく入ってきた罪人どもか。久しぶりに“教育”してやるとするか。〉

不気味な声が天井から響き渡った。

見上げると、巨大な装飾だと思っていた牛の頭をした青銅の像が、口を動かしていた。

ロミナは剣にオーラをまとわせ、低くつぶやく。

「ついてないわね、魔族か……」

この時点では、全員が同じ認識だった。

あの巨大なミノタウロスの青銅像は、せいぜいS級ボス程度の存在に過ぎない、と。

オーラマスターと八サークルの大魔法使いが揃ったパーティーだ。

相手にとっては運が悪かったと言える。

三人は落ち着いたまま戦闘態勢を整えた。

だが、この場所の看守であり奴隷の監督者でもある牛頭――ミノタウロスの青銅像は、彼らを見て嘲笑った。

〈抵抗しても無駄だ。この地に足を踏み入れた瞬間、お前たちの運命は決まっている。〉

「……!」

三人の姿を映していた水面が、突如として渦を巻き始める。

そのとき初めて、オデリット、モリフィス、ロミナは事態の深刻さを悟った。

彼らの身体は、水面鏡の世界へと引きずり込まれつつあったのだ。

強制力の強いダンジョンの規則。

その前では、オーラマスターも八サークルの大魔法使いも例外ではなかった。

「くそっ、体が……!」

「沈んでいくぞ!」

「お祖父様、何とかしてください!」

ミノタウロスは薄く笑いながら、彼らの行き先を決めた。

〈強そうな二人は迷宮の鏡の中に放り込んで鍛えてやろう。一番弱そうな娘は、そのまま奴隷牢へ送ればいいな。さあ働け!偉大なるアナクシア様の奴隷になるのだ!〉

 



 

 

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