こんにちは、ちゃむです。
「余命わずかな令嬢が黒幕家に偽装就職したら」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
53話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 守りたい笑顔
リビアが去ったあと、ビンセントは高鳴る胸をぎゅっと押さえた。
(……先生が、僕は特別だって言ってくれた。)
リビアのその一言は、彼女が思っていた以上に、ビンセントの心へ大きく深い余韻を残していた。
ドキドキ……。
胸の鼓動が心地いい。こんな気持ちになるのは久しぶりだった。
(やっぱり先生は特別だ……。)
そう思いながらいると、部屋の片づけに来た侍女がビンセントの顔を見て、驚いたように声をかけた。
「まあ、坊ちゃま。お顔が真っ赤ですよ。お風邪でも召されたのですか?」
その言葉に、ビンセントは首を横に振った。
「寒くないよ。」
リビアに接する時とは違い、冷たくぶっきらぼうな口調だったが、それでも以前に比べればずいぶん変わっていた。
昔のヴィンセントは、自分の周囲に固い壁を築き、どんなことにも反応を示さなかった。いつも憂鬱そうで、恐怖に支配されていた。その症状はアカデミー入学後さらに悪化し、後になると近づくことさえ難しくなっていた。
だからこそ、侍女は今でも時々不思議に思う。
(どうしてこんなに変わったの?)
あれほど心を閉ざしていたヴィンセントが、今では普通の子どものようになったのだから、侍女にはただ驚くばかりだった。
そう考えながら掃除をしていた侍女の目に、一冊の手帳が入った。それは授業ノートだった。中には授業の内容や進み具合などが細かく記されていた。
侍女はすぐに、その手帳の持ち主に気づいた。
「まあ、これ。先生がお忘れになったみたいですね。」
その言葉を聞いたビンセントは、ぱっと振り向くと駆け寄り、侍女へ向かって両手を差し出した。
「僕にちょうだい!」
「え?」
「僕がお届けします!」
あまりに慌てていたせいか、普段は使わない敬語まで口にしていた。侍女は呆気にとられたようにビンセントを見つめた。我に返ると、その手帳をビンセントへ手渡した。
「あっ。」
自分の行動に気づいて思わず息をのんだが、その時にはもう、ビンセントは部屋を飛び出していた。
「まあ、大丈夫でしょ。」
肩をすくめた侍女は深く考えず、そのまま掃除を続けた。自分の何気ない行動が、どれほど大きな騒動を引き起こすことになるのかも知らずに。
一方その頃、稲妻のような勢いで部屋を飛び出したヴィンセントは、急いでリビアの後を追っていた。リビアにとっては些細な出来事でも、ヴィンセントにとっては一大事だった。
ヴィンセントは心の中で決意する。
(今日の夕食は、一緒に食べようって誘おう。)
最後にリビアと食事をしたのがいつだったのか、もう思い出せない。昼食には間に合わなかったが、まだ夕食がある。ヴィンセントはさらに足を速めた。
そして角を曲がった、その瞬間――。
ドンッ!
向こうから歩いてきた誰かと、そのまま正面衝突した。
ドサッ!
勢いよく後ろへ吹き飛ばされるように倒れたビンセントは、床に強く尻もちをついた。あまりにも強く転んだせいで、思わず涙がにじむ。
けれど、その涙は頭上から降ってきた声を聞いた瞬間、すっと引っ込んだ。
「ちっ。」
舌打ちが響いたあと、冷たい声が続く。
「相変わらず、落ち着きのないガキだな。」
肩をさすりながら、ビンセントはゆっくりと顔を上げた。そして――
「アビナの息子か。」
冷たい視線で自分を見下ろす灰色の瞳の老人を目にした瞬間、ヴィンセントは息をのんだ。
7年前――3歳だったヴィンセントが、初めてメルセデスにやって来た日のことだ。まだ幼かったにもかかわらず、その日の記憶は今でも鮮明に残っている。カディエンは誰にも知らせることなく、独断でヴィンセントを連れてきた。そして誰にも止められる間もなく、その場で後継者として宣言してしまった。
当然、防衛派から長老たちまで大騒ぎとなり、彼らは雪崩れ込むようにメルセデスへ押しかけてきた。その先頭に立っていたのが、学院長のアケン・サンチェスだった。
彼はカディエンに激しく反発し、まだ幼いヴィンセントを指さして、
「どこの馬の骨とも知れない子犬のような子を、メルセデスの――」
と侮蔑するように言い放った。
「後継者には絶対になれない」と叫んでいた。
ウィンストンは慌ててビンセントの耳を塞ぎ、その場を離れたが、それはすでにビンセントにとって一生忘れられない記憶の一つとなっていた。それ以来、彼はビンセントと顔を合わせるたびに、軽蔑と嫌悪に満ちた目で睨みつけた。ビンセントが誰にもそのことを打ち明けられないと知ると、露骨に呪いのような暴言を浴びせるようになった。
ビンセントにとって、ヴィーゲンは悪夢以上に恐ろしい存在だった。そのため、ヴィーゲンがメルセデス公爵邸を訪れる日は、ウィンストンの助けを借りて部屋に閉じこもり、物音一つ立てないようにしていた。万が一にも彼と鉢合わせしたくなかったからだ。
それなのに、よりによって今、その悪夢と出くわしてしまうなんて。しかも、こんな形で。
ビンセントはリビアの手帳をぎゅっと握りしめたまま、ぶるぶると震え始めた。
その姿は、まるで罠にかかった小さなネズミのようだった。
ヴィゲンは再び舌打ちした。
(あんな奴がメルセデスの後継者だなんて。)
軽蔑のこもった視線がヴィンセントへ向けられる。小刻みに震えるヴィンセントの姿に、幼い頃のカディエンの姿が重なって見えた。ヴィンセントとカディエンは、さまざまな点でよく似ている。
違う点があるとすれば、カディエンは当主になるまでメルセデスから認められなかったのに対し、ヴィンセントは幸運にも最初から後継者に指名されたことだった。
どこの出身かも分からない子どもが、「メルセデスの血筋だ」と言われ、そのまま当主の座まで手に入れようとしている――。
防衛派をはじめとする長老たちは次第にカディエンを認め始めたが、ウィゲンだけは死ぬまでカディエンをメルセデスの当主として認めることはなかった。
「私は生涯をメルセデスに捧げ、メルセデス公爵家の元老院長にまで上り詰めた。この命に代えてでも、あんなゴミ虫どもをメルセデスから追い出してやる!」
(好都合だ。)
ビンセントを見下ろすヴィーゲンの口元に、歪んだ笑みが浮かんだ。
これまで彼が現れるたびに、ビンセントはあちこちへ隠れていたため、顔を合わせることはなかった。だが、せっかくこうして鉢合わせたのだ。この機会に、自分の立場を思い知らせてやるのも悪くない。
ヴィーゲンはゆっくりと口を開いた。
「まったく情けない奴だな。」
ぞくっ。
冷たく響く声に、ビンセントは身を震わせながら、おそるおそる顔を上げた。
ヴィーゲンは露骨な軽蔑を浮かべた表情で言った。
「メルセデスに寄生して生きているくせに、自分が果たすべき義務すらろくに果たせないのか!」
「……」
「皇立アカデミーだ。」
「……!」
『皇立アカデミー』という言葉を聞いた瞬間、ヴィンセントは目を見開いた。
一方で、ウィゲンは目を細める。
「大したことを望んでいるわけじゃない。ただ通うことすらできず、こうして屋敷に引きこمっている始末か。」
「そ、それは……」
「まあ、生まれつき向いていない場所だから適応できないのも無理はない。だが、せめて意地というものがあるなら、死ぬ覚悟ででもアカデミーへ行くべきではないのか?」
「……」
「家庭教師を何人も追い出してきたんだろう? 自分の立場もわからずにな。」
「……」
「どうせ今度の家庭教師も、長くはもたずに逃げ出すさ。名前はリビア・フリントンだったか?」
「……!」
『リビア・フリントン』という名前が出た瞬間、ビンセントは目を大きく見開き、ヴィーゲンを見上げた。その瞳には、かすかな反抗の色が宿っていた。
(ほう?)
これまでビンセントがこんな目でヴィーゲンを見たことは一度もなかった。
(ガキのくせに、反抗する気か!)
「まさか、本当にあの女がお前を気に入ってここにいるとでも思っているのか? 思い上がりも甚だしいな。あの女は公爵家に――」
しかし、ウィゲンはそれ以上言葉を続けることができなかった。
いつの間にか駆け寄ってきたヴィンセントが、子牛のような勢いで頭からウィゲンに体当たりしたのだ。
突然の出来事に、ウィゲンはよろめいて後ずさる。
ヴィンセントは顔を上げ、涙を浮かべた目で叫んだ。
「せ、先生を悪く言わないでください!」
「……何だと?」
ウィゲンの表情が険しく歪む。だがヴィンセントは一歩も引かず、真正面からウィゲンを見つめ返した。その態度は、ウィゲンの癇に障った。
「この……身の程知らずが……!」
自分に逆ろうとするヴィンセントの姿に、ウィゲンの怒りは限界に達した。
そして彼は、大きく手を振り上げた。
そして、そのまま振り下ろそうとした、その瞬間――。
ブンッ!
バシッ!
突然、伸びてきた手が彼の腕を勢いよく叩き落とした。
予想外の人物の登場に、ヴィーゲンは驚いた表情を浮かべる。そして――
「今……何をしているんですか?」
乱れた焦げ茶色の髪の隙間から、琥珀色の瞳が氷のように冷たく輝いていた。
・
・
・
「この……クズ野郎。」
私はビンセントを強く抱きしめたまま、今にも相手を殺してしまいそうな目でヴィーゲンを睨みつけた。
ウィゲンをにらみつける私の頬は、怒りでぴくりと震えていた。その様子を見て、ウィゲンがわずかにたじろぐのが分かった。
私は腕の中で小刻みに震えるヴィンセントを見下ろした。
(幸い、ケガはなさそうだけど……。)
よほど驚いたのか、ヴィンセントの目は真っ赤に充血していた。
「び、ビア先生……?」
「うん、先生だよ。大丈夫? ケガはしてない?」
こくり。
小さくうなずいたヴィンセントは、涙で揺れる瞳で私を見上げる。
しゃくっ、しゃくっ。
しゃくり上げながら、こう尋ねた。
「先生、大丈夫ですか? その、あの……」
ビンセントはそれ以上言葉を続けられなかったが、私が殴られたことには気づいたようだった。
私はわざと明るく笑って答えた。
「うん、大丈夫。ビンセントが無事なら、それでいいの。」
「うぅ……」
そっと頭を撫でると、ヴィンセントはぽろぽろと涙をこぼした。自分でも感情を抑えきれないようだった。
私はゆっくりと立ち上がった。そしてヴィーゲンへ向き直る。
目が合うと、彼は小さく鼻で笑った。
「……いくら。」
「……。」
「たとえ元老院長であろうと、将来メルセデスを率いる若き公爵様に、軽々しく暴力を振ろうとしたのです。この件を軽く済ませられないことくらい、元老院長であるあなたならよくご存じでしょう。」
自分でも驚くほど、私の声は冷え切っていた。もし私が手帳を置き忘れたことに気づかなかったら、どうなっていたかと思うだけで、腸が煮えくり返る思いだった。
「この件は、公爵様にご報告いたします。」
警告するだけでもカディエンの名前を借りなければならないのは情けないが、家庭教師である私にできる最大限の対応だった。私の一存でヴィーゲンを処分できる相手ではない。
(腹は立つけれど、カディエンも変わったものね。)
以前なら気にも留めなかったかもしれない。だが、今のカディエンは違う。今のカディエンなら、きっと適切な処置を取ってくれるはずだ。
(まずはヴィンセントを安全な場所へ連れて行こう。)
この状況を長引かせることは、ヴィンセントにとって恐怖でしかない。そう考え、ヴィンセントの手を取ってその場を離れようとした、その時だった。
「たかが家庭教師ごときが、誰に向かってそんな口を利いている!」
ウィゲンが怒鳴り声を上げた。
私はゆっくりと振り返る。ウィゲンは怒りに燃えるような目で私をにらみつけていた。彼なりに怒りを抑えて話していたつもりだったのだろうが、それすらも逆に癇に障ったらしい。
彼はヴィンセントを指さして叫んだ。
「しょせん、あの臆病者の子犬のようなガキは、結局は庶民の血だ。いくら教育したところで、本質は変わらん。」
「……」
私はゆっくりと怒りを鎮めながら、彼を見つめ返した。
「公爵を後ろ盾にして、ずいぶんと偉そうだな。公爵夫人の座でも狙っているのか?」
彼は嘲るように笑った。
「愚かな女め。あの方こそが真のメルセデスの主だとでも思っているのか?」
誰のことを言っているのか、名前を出されなくてもすぐに分かった。彼は笑みを浮かべたまま、私を見つめていた。
私は静かに口を開く。
「では、元老院長。あなたは誰こそが真のメルセデスの主だとお考えなのですか?」
感情のこもらない声が、重く響いた。
「それを部外者に知らせるわけにはいかない。」
「そうですか。ですが……」
言葉を濁した私は、彼に向かってにやりと笑った。ウィゲンは眉をひそめる。
(私があなたの本性を知らないとでも?)
元老院長、ウィゲン・サンチェス。カディエンが失脚したとき、真っ先に先頭に立ってカディエンを裏切った人物。
怪物?
(片づけるなら、やってみろ。)
先に手を出してきたのは、そちらだ。
「その部外者から、一つだけ申し上げます。」
私は不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。
「たとえメルチェデスが主を失う日が来ようとも、元老院長であるあなたにも、メルセデスを手に入れることはできません。ですから、身の丈に合わない欲を抱くのはおやめください。」
「……っ!!」
ヴィゲンの目が大きく見開かれた。彼は震える瞳で私を見つめる。
一方で私は、これまでになく落ち着いた表情で彼に軽く会釈した。
「それでは私はこれで失礼します。参りましょう、若様。公爵様がお待ちです。」
「あ、ああ、ああ……」
「ま、待て……!」
ヴィゲンが後ろから叫び声を上げたが、私はビンセントの手をしっかり握ったまま、前だけを見て歩き続けた。
しかし角を曲がった瞬間、張り詰めていた緊張が一気に解け、足から力が抜けてその場に崩れ落ちそうになった。
壁に手をついて、どうにか体を支えた私は、大きく息を吐いた。
私は胸をぎゅっと押さえた。
(しまった、言い過ぎた。)
できればウィゲンは刺激したくなかったのに、一瞬頭に血が上って、つい挑発してしまった。
(でも、あの人が先に……!)
目の前でカディエンとビンセントの二人を侮辱されて、どうして黙っていられるというのか。
(まあ、いいか。)
どうせ今すぐウィゲンが私の脅威になることはないのだから。
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ヴィンセントの勇気とウィゲンによる侮辱
リビアの手帳を届けようと駆け出したヴィンセントは、途中で悪夢のような存在である元老院長ウィゲンと衝突してしまいます。ウィゲンはヴィンセントを「臆病者の子犬」「庶民の血」と容赦なく罵倒し、さらにリビアをも侮辱しようと手を振り上げます。
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リビアの決死の割込みと強烈な牽制
ヴィンセントに危害が及びそうになった瞬間、リビアが駆けつけてウィゲンの腕を叩き落とし、ヴィンセントを力強く庇い守ります。さらにリビアは、公爵様への報告を警告した上で、ウィゲンの野望を真っ向から見据えた不敵な言葉で鋭く牽制し、彼を動揺させます。
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緊張の解放とヴィンセントを守る決意
ウィゲンの前では毅然と振る舞ったものの、その場を離れて角を曲がった途端、極度の緊張から足の力が抜けて崩れそうになるリビア。言い過ぎたかと内心で冷や汗をかきつつも、愛する教え子と公爵を侮辱された怒りを胸に、ヴィンセントの手をしっかりと握りしめてその場を後にします。