こんにちは、ちゃむです。
「憑依者の特典」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
158話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 新たな試練
「……」
空間を支配したのは、あまりにも重苦しい殺気だった。
リードの背後に広がる黒い影は、まるで解き放たれた魔王の翼を思わせる。もはや、生ぬるい対話の時間は終わったのだ。互いに牙をむく、敵同士の残酷な現実に引き戻される。
押し潰されそうなプレッシャーのなか、テシリドは極めて冷静に思考を巡らせていた。
この状況で聖剣を抜いたところで、勝ち目はない。かといって、ここで魔剣の力に手を染めれば、これまで泥をすする思いで積み上げてきた努力がすべて水泡に帰す。
ならば——取るべき道は一つだ。
(危険から逃れるしかない)
腹をくくった瞬間、死闘の火蓋が切って落とされた。
地獄の黒炎で鍛え上げられたかのような漆黒の刃と、純白の光そのものを紡いだような刃。ふたつの異能が正面から激突した。
凄まじい衝撃波が爆発的な暴風となって吹き荒れる。重厚な本棚は木っ端微塵に砕け散り、えぐれた床の破片が舞い上がって視界を覆い尽くした。
立ち込める濃密な土煙。だが、リードの研ぎ澄まされた感覚は、視界の悪さなど意にも介さなかった。五感を超えた第六感が、土煙の奥に存在する「ひとつの気配」を正確に捉える。
十字の黒い長剣を一気に突き立てようとした、まさにその瞬間。
テシリドは全身の筋力を爆発させ、地面を強く蹴りつけた。
向かった先は、いまや光を失い、消滅しかけているダンジョンゲートの内部。
漆黒の刃がテシリドを逃すまいと迫る。身を切り刻むオリの刃が肩や腕をかすめ、赤黒い血が飛び散った。それでも、彼の足を止めるには至らない。
テシリドは血煙を上げながら、閉ざされゆくゲートの向こうへと完全に姿を消した。
「……」
残されたリードは、微動だにせずその場に立ち尽くしていた。急速に光を失い、閉じていく空間の裂け目をただ見つめ、追いかけようとする素振りすら見せない。
「愚かな……」
クローズされたダンジョンが崩壊した先にあるのは、魔界の廃棄場。リードほどの実力者であっても、そこから這い上がるには数か月を要するほどの深淵だ。
だからこそ、追う必要がない。彼には他に、果たすべき目的があった。
リードが手をかざすと、オリブレードは静かに霧散し、闇へと消えた。
頭上に広がる満天の星空を見上げ、リードの唇にようやく薄い笑みが浮かぶ。
「……どうやら私の『失敗』を教えに来てくれたようだな。ならば、さらに分岐を増やさなければ」
世界を滅ぼし、たった一人を救い出すための計画。リードはそれをより綿密に、そして容赦なく練り直すのだった。
原作の想定を遥かに超えた領域は、どこまでも広がっていく。
◇
巡礼の旅を始めてから、すでに十数時間が経過していた。
『巡礼者の道』と名付けられたダンジョンは、どこへ進んでも凄まじい吹雪が吹き荒れる過候な世界だった。
足を踏み入れた当初は、こんな極限状態のなかで40日間も生き延びられるのかと、不安で胸がつぶれそうだった。夜に目を閉じれば、二度と目覚めないのではないかという恐怖。
(インベントリに入っているキャンプ用品だけでは、到底足りないはず……。毎晩、吹雪を凌ぐイグルーでも作らなければ生きていけないのでしょうか?)
重苦しい十字架を引きずり、一日のノルマとなる移動距離を消化するだけでも精一杯だというのに、そんな芸芸しい芸当ができるだろうか。
本気で頭を抱えていたのだが、幸いなことにその懸念は杞憂に終わった。
街道沿いには、巡礼者の生存を助けるための「安全地帯」が一定の間隔で配置されていたからだ。
パチパチ、と薪の弾ける心地よい音が耳に届く。
安全地帯の領域に入ると、そこには暖かく燃えさかる焚き火と、小ぶりながらもしっかりとしたテントが用意されていた。直径3メートルほどの小さなベースキャンプだ。
領域内には目に見えない結界が張られているのか、外の猛吹雪が嘘のように風が止み、温かな空気に満ちていた。
「はぁ、はぁ……っ、はぁ……。や、やっと着きました……。本当に死ぬかと思いました……」
ようやく背中の重荷を下ろした私は、限界を迎えた身体を地面に投げ出し、荒い息を吐き出した。
もし地獄の訓練を共にした一班の教官がここにいれば、「よくやった」と頭を撫でてくれただろうか。そんな寂しさを少しだけ覚えながらも、私は残った体力を振り絞って立ち上がった。
丸太の上に設置されたやかんの中に、外から汲んできた綺麗な雪を詰め込む。一面の銀世界なのだから、インベントリの貴重な飲料水を使うのはもったいない。その場で調達するのが一番だ。
「あっ、熱っ、熱っ!」
【『世界を構築する命令』が、火傷をしないよう注意するよう警告しています。】
「はいはい、分かっていますよ、命令様」
私は無害化したお湯を少しずつ慎重に口に含み、凍え切った手足に暖を巡らせた。
ふぅ、と温かい息を吐き、結界の向こうで白く霞む空を見上げる。
移動中は吹雪に足元をすくわれないよう全神経を集中させていたため、余計なことを考える余裕などなかった。だが、こうして身の安全が確保されると、途端に思考が動き出し、勝手に不安を探し始めてしまう。
真っ先に頭に浮かんだのは、やはり彼の顔だった。
「……テシリドは、無事でしょうか?」
神々から少しでも安心できる言葉をもらえればと思い、呟くように問いかけてみた。しかし、期待していたわけではない。
【『魂を裁く天秤』が、「本人に直接聞いてみてはどうですか」と提案しています。】
「え? 本人に直接、ですか……? ……あっ!」
その言葉で、私はハッと目を見開いた。
「そうか、その手がありました!」
私とテシリドは、空間を共有する「共有インベントリ」を持っている。これを利用すれば、手紙のような形で互いの無事を確認できるのではないか。
私はすぐさまインベントリを開き、ノートと筆記用具を取り出した。
ノートを開くと、以前アナクシアの討伐に向かった際、同行した仲間たちが描いてくれた迷路の地図が挟まっていた。新しいページをめくろうとして——手が止まる。
「……あ」
本来なら白紙であるはずのページに、私のものとは違う、美しく整った筆跡で文章が綴られていたのだ。
——私は無事だ。君は?
「テリ……」
共有インベントリを筆談の伝言板にするというアイデア。どうやら、私よりも先にそれを思いつき、実行に移したのはテシリドの方だったらしい。
「無事だったんだ……よかった……」
胸の奥がじんわりと熱くなり、私はしばらくその文字を見つめていた。
だが、テシリドのメッセージはそれだけでは終わっていなかった。私がいつ返事を書くかと確認するために、彼は何度かノートを取り出しては、最新の近況を書き足していたらしい。
その最後に記されていた内容は、目を疑うものだった。
——私は魔界のゴミ捨て場に落ちた。
「えっ!? 全然無事じゃないじゃないですか!?」
私は慌ててペンを握り、紙に走らせた。焦りと狼狽がそのまま文字の乱れとなって表れる。
——どういうことですか!? レビアティオンを討伐してダンジョンを閉じるときに巻き込まれたの? そこに落ちてからどれくらい経ってるの!?
ノートをインベントリに戻した直後、自分の質問ばかりでこちらの状況を何も伝えていないことに気づいた。追記しようと再び手伸ばした、その時だ。
まるで向こうで待ち構えていたかのように、ノートがインベントリから消えた。
そして数秒後、再びノートが現れる。急いで最後のページを開くと、そこにはテシリドからの返信があった。
——別のダンジョンだ。君の居場所を突き止めるために『万古の大図書館』というダンジョンに入り、出てきたところで少し問題が起きた。詳しい話は後で会ったときにしよう。
——インベントリには生存に必要な物資が揃っている。何とかなるさ。
——だから「無事だ」という言葉に嘘はない。私の心配はしなくていい。
——それより、君の状況を教えてほしい。
事態を把握して少し落ち着いた私は、先ほどよりも丁寧な字で返事を書いた。
——私は『巡礼者の道』というダンジョンにいます。丸一日気絶していて、目が覚めてから15時間ほど歩いて、今は休憩中。
——40日間の巡礼コースを完走しないと出られないみたいで、現実時間だと16日くらいかかると思う。
返事はすぐに返ってきた。
——それなら良かった。私もその頃までには、この魔界のゴミ捨て場から脱出できるよう全力を尽くそう。
——15時間も歩いたのなら疲れているはずだ。早く休みみなさい。もう返事は書かなくていい。
「なっ……何ですかそれ! もう終わりですか!?」
私は徹夜してでも筆談を続けたいくらいだったのに!
一方的に会話を打ち切ろうとするテシリドの無愛想さに、拍子抜けしてしまう。本当に私の体力を気遣ってくれているのだろうか。それとも、向こうで急な戦闘でも始まったのだろうか。あるいは……。
【『均衡を司る読書家』が、「あの方は年長者ですから、このような現代的なメッセンジャーのやり取りには気恥ずかしさがあるのでしょう」と分析しています。】
私は勢いよく立ち上がった。
「うちのテリは、そんなおじさんじゃありませんっ!!」
【『均衡を司る読書家』が、「それは君の偏愛による思い込みだ」と返答しています。】
【『妄想の混沌を監視する観察者』が、哀れむような視線を向けながらニンジンをかじっています。】
【『世界を構築する命令』が、自分に懐いている『天機漏洩監察官』を意味深にチラチラ見ながら咳払いをしました。】
「……もう、何なんですか皆して」
呆れ果てた私は、神々の生温かい反応を受け流しながら再び腰を下ろした。言い返す気力すら残っていない。
ペンを握り直し、少しだけ考え込む。
テシリドは「返事は不要だ」と言った。けれど、どうしても一言だけ、伝えたい言葉があった。
短い一文に、ありったけの気持ちを込めて紙に走らせる。
さらさら、と静かな音がテント内に響く。
インクが乾くのを待ってからノートを閉じ、インベントリへ送った。
今回もノートはすぐに姿を消した。
(返事は書くなと言ったくせに、確認するのは早んだから……)
私はどこか浮き立つ気持ちで、ノートが戻ってくるのを待った。
だが、今回は違った。いくら待ってもノートは戻ってこず、かなりの時間が経過してから、ようやくインベントリに静かに収まった。
私は期待に胸を躍らせながら、最後のページを開いた。
「……ん?」
そこには、テシリドからの新しい返事は書かれていなかった。
それどころか——私が最後に書き残したメッセージのページごと、きれいに破り取られていたのだ。
【『均衡を司る読書家』が、「おそらく、あまりの気恥ずかしさに耐えかねて会話の記録を消去したのでしょう」と面白そうに笑っています。】
「……もう! そういう意地の悪い解釈はやめてください!」
【『均衡を司る読書家』が、「私はただ客観的な事実を述べたまでです」と言っています。】
「もういいです、寝ます!」
からかう気満々の読書家から逃げるように、私は毛布の中へと潜り込んだ。
安らぎと暖かさに包まれた途端、一気に疲労が押し寄せてくる。重くなったまぶたを閉じると、私はあっという間に深い眠りへと落ちていった。
◇
——会いたい。
「……」
ありふれた、たった三文字の言葉。
それなのに、どうしてこれほどまでに胸の奥を激しく揺さぶるのだろうか。
手元に残された紙片を見つめるテシリドの胸の高鳴りは、いつまでも収まりそうになかった。
彼は丁寧に切り取った紙片を小さく折りたたみ、愛おしそうに胸元のポケットへ収めると、どこか遠い目をして呟いた。
「……私もだ」
会いたかった。
顔を見て、声を聴いて、確かめたいことが山ほどあった。胸の内に溢れ返る想いは、文字などという拙い媒体では到底伝えきれない。
だからこそ、あえて返事は書かなかった。
(まずは、ここから脱出するのが先決だ)
海色の瞳が、ゆっくりと周囲の凄惨な光景を捉える。先ほどまでの柔らかな表情は削ぎ落とされ、彼の顔には冷徹な戦士の色彩が戻っていた。
視界に広がるのは、悪夢のような光景だった。
崩落した古代建築の残骸と、怪異な魔物の死骸が無造作に積み重なり、その隙間を黒く濁った腐臭の漂う汚水が流れている。頭上に口を開けた無数のゲートからは、絶え間なく廃棄物が不気味な音を立てて降り注いでいた。
巨大なゴミ捨て場と下水処理場を、悪意を持って合体させたような場所。その荒涼とした廃棄物の山は、果てしない地平線の彼方まで続いていた。
〈ギギギギッ……!〉
腐敗したゴミ同士が不気味に癒着し、意志を持った異形の怪物へと変貌していく。その無数の蠢く影が、テシリドを新たな『獲物』と見定め、津波のように押し寄せてきた。
この魔界のゴミ捨て場から、人間界へ直接戻るルートは存在しない。地平線の向こうにある概念上の境界線を突破し、魔界の本土へと到達する必要があった。
状況だけで言えば、彼もまた過酷な巡礼者の一人と言えた。
……ただし、彼女の巡礼よりも遥かにタフで危険な環境ではあるが。
(脱出までに、二から三か月といったところか)
問題は、襲い来る怪物だけではない。
サラサラサラ……と、テシリドの足元のゴミが、緩やかな潮流のように後方へと流れていく。
このゴミ捨て場の中心部は、巨大なブラックホールのように渦を巻いており、あらゆる廃棄物を底部で分解・消滅させていた。少しでも足を止めれば、自分自身もろとも渦に飲み込まれ、世界の塵と化してしまう。
悪魔ですら生き残るのを諦めるような、絶対の死地。
「……急ぐとしよう」
シュッ、と鋭い旋風が巻き起こる。
聖剣が描いた一閃は美しい直線を描き、テシリドの背後に迫っていたゴミの怪物を一瞬で両断した。崩れ落ちる怪物の巨躯を振り返ることもなく、彼は迷いのない足取りで突き進む。
流れていくゴミの潮流に逆らって進むことこそが、この暗黒街における唯一の道標だった。
白き巡礼者の背中は、積み上がるゴミの山の果てへと消えていった。
◇
巡礼を開始してから、9日目の朝。
私はついに、5つ目の関門の前に到達していた。
「ふぅ……」
予想通りというべきか、バルクス・オドレク以降に立ち塞がった3つの関門の守護者たちも、全員がクセの強い「秩序教の聖人」たちだった。
彼らは私を見るなり、崇め奉ったり、あるいは説教を始めたりと、実にバリエーション豊かな嫌がらせ(?)を繰り出してきたのだ。
『啓示を受け、イダンが訪れるのを待っていた!』
『イダン聖女よ、謹んで我が断罪を受け入れなさい!』
『ああ、なんとおかわいそうなイダンよ……』
(……もう本当に勘弁してほしい)
次はどんな偏屈な聖人が現れて私の胃を痛めてくれるのかと、げんなりしながら身構えていたのだが——。
〈お会いできて光栄です、他教の神聖経典様。私はルクレチア・テルロエと申します〉
「えっ?」
目の前に現れたのは、丁寧なお辞儀をして微笑む、50代半ばほどの穏やかな修道女だった。他宗教の存在をあっさりと受け入れる柔軟な態度に、毒気を抜かれてしまう。
だが、私が何よりも驚いたのは、彼女の「顔立ち」だった。
品良くまとめられた白金色の髪に、優しげな目元。どこかで見覚えがあると思ったら——。
〈私たちのヒルデを回収してくださって、本当にありがとうございます〉
そうだ。このルクレチア修道女は、我が聖アグネス教会の司教であり、あのヒルデの前世の姿そのものだったのだ。
……それにしても、「私たちのヒルデ」?
「あ、あの……私は恩寵教のアイレット・ロデラインと申します。失礼ですが、ルクレチア様とヒルデはどのようなご関係なのでしょうか?」
「私達」という言葉のニュアンスに引っかかり、私は慎重に尋ねた。するとルクレチア修道女は、少し照れくさそうに頬を染めながら、とんでもない告白を口にした。
〈実はヒルデは、私の『雲孫(うんそん)』にあたる子なのです〉
「えっ!? 八代目の子孫ですか!?」
〈ええ。ただ、その話をしようとすると、少し長くなってしまうのですが……〉
気がつけば私はルクレチア修道女と向かい合って座り、彼女が淹れてくれた温かいお茶を飲みながら昔話に耳を傾けていた。
ヒルデがなぜ彼女の八代目の子孫に当たるのか。それを紐解くには、約二百年前の歴史まで遡る必要があった。
ルクレチア修道女は、かつて教国と魔導共和国の間で大戦争の引き金となった「聖女誘拐事件」の渦中のヒロインだった。歴史の記録では、彼女は敵国の豪華な宮殿に幽閉され、悲劇のまま生涯を閉じたことになっている。
だが、事実は歴史書よりも奇なり、であった。
実のところ、彼女はラグネイフの名門三家の美男子たちと、凄まじくドラマチックな多角関係の恋愛を繰り広げていたらしい。そして自らの意志で共和国に留まり、青春を謳歌したのだという。
〈だって、三人もの極上の美男子が毎日のように私を愛でてくださるのですよ? 聖女として、博愛の精神を発揮するしかありませんでしたわ〉
「は、はあ……」
〈監禁されただなんて大袈裟な誤解が広まってしまったのは残念ですわ。あの頃は私たちも若かったので……単に寝室で愛を語らうのが一番手っ取り早かっただけなのですけれど〉
「……ブッ!?」
お茶を吹き出しそうになるのを必死で耐える。
つまり、現在の白魔法師の権威である名門家系は、二百年前に彼女をめぐって争い、そして愛し合った男たちの血統だったのだ。そしてそのうちの一つが、あのマルセリオン公爵家である。
【『魂を裁く天秤』が、「やはり聖女という職種は、19禁ハーレム恋愛ゲームのヒロインに適した職業だ」と深く頷いています。】
(……偏見ですよ、本当に!)
ルクレチア修道女は「懐かしいわねぇ」と楽しそうに微笑んでいたが、ふと私の手に視線を落とすと、目を丸くした。
〈あら? 殿下の左手の薬指……それは何かしら? 数珠のようでもあり、カップルリングのようでもありますけれど? まあ、良い時代になりましたわね。私の頃はそんなおしゃれなもの、夢のまた夢でしたのに。
ああ、本当に……あの時代に恩寵教が存在していたら、私も改宗していたかもしれませんわ。
……えっ? 恩寵教も一夫一妻制ですって?
……あら、それは残念。では改宗の件は撤回させていただきますわね。今の話は忘れてくださると助かります〉
なんというか……どこまでも自由で、社交的で、豪快な人だった。
ヒルデがこの先祖の自由奔放さを1%でも受け継いでいれば、もう少し生きやすかったかもしれない。
すると、ルクレチア修道女はハッと手を打った。
〈いけませんわ、殿足を長々とお引き留めしてしまいました。それでは、本来の役目を果たすといたしましょう〉
守門長としての試練。
いよいよ本題だ。
「はい、よろしくお願いいたします」
私は気持ちを切り替え、聖剣セレペンスを構えた。鋭い切っ先を彼女に向け、全身の戦闘態勢を整える。
「いつでもどうぞ」
〈私も準備いたしますね。少々お待ちを〉
そう言って、彼女が取った行動は——。
バリッ!!
なんと、穿いていたロングスカートの両脇を、自らの手で派手に引き裂いたのだった!
予想外の健康的な脚線美の露出に、私の剣先が思わずグラリと揺れる。
「えっ……修道女様!?」
〈ああ、申し訳ありません。この方が足捌きが良くなりますので〉
ポキポキ、と両手の指を鳴らし、関節をほぐす甲高い音が響く。
ルクレチア修道女は両拳を強く握り締め、凛とした声を上げた。
〈先手、頂戴いたします!〉
しなやかな両脚が地面を爆破するように蹴りつけられた。次の瞬間、彼女の身体は質量を無視したかのような速度で私の目前へと肉薄していた。
ドゴォォォン!!
「……っ!?」
彼女が放った鋭い正拳突きが、私の頬をかすめて背後の巨大な十字架を砕いた。
衝撃波と猛烈な風圧だけで頭蓋骨がグラグラと揺れる。だが、感心している暇などない。流れるような連撃で、彼女のしなやかな脚が上段蹴りとなって襲いかかってきた。
足枷の許す限界ギリギリまで身を反らして回避する。
ドカァン!と彼女の踵が落とされた地面が爆発したように吹き飛び、深いクレーターが刻まれた。
「えっ……聖女様、もしかして……武闘家ですか!?」
〈ええ。オーラではなく、神聖力を打撃に乗せる体術ですけれどね〉
なるほど、合点がいった。
ヒルデのあの異常な体術の才能は、努力だけでなく、完璧な血統の賜物だったのだ!
〈あら? いま私に対して大変失礼なことを考えませんでした?〉
「……っ!」
勘が鋭すぎる!
一瞬の動揺を見逃さず、彼女は一気に間合いを詰めてきた。神聖な白光を纏った拳の雨が、視界を埋め尽くすように降り注ぐ。
私は慌ててセレペンスで迎撃した。
(——速い!!)
拳と刃が激突するたび、甲高い金属音が響き渡り、空間に激しい火花が散る。
足枷によって機動力を大幅に削られている私に対し、彼女の攻撃は途切れなく畳みかけてくる。彼女は剣士ではなく「体術家」だ。だからこそ攻撃の隙が存在せず、まるで無数の手が生えているかのような錯覚すら覚える。
私は猛攻を受け流しながら、刃の角度を微調整し、少しずつ相手の拳の軌道を逸らしていった。
本来なら、『女王の威光』を使えば正面突破で圧倒できる。
だが、そうしない。私は「武人」という存在が持つ本当の恐ろしさを知っているからだ。
武人の恐ろしさ——それは、
〈善戦されましたが、ここまでです!〉
「ぐっ……!」
低く潜り込んだルクレチアの拳が、私の腹部へ向けて鋭く突き上げられた。
とっさにセレペンスの腹を逆手に構えてガードする。
ズドォォォン!!
一点に集約された凄まじい衝撃波が波紋となって広がった。
直後、私は抑えきれなかった威力によって後方へと弾き飛ばされ、地面を滑った。
ガード越しでも衝撃が内部に突き抜けてくる。これぞ体術士特有の「貫通ダメージ」だ。
「……ふぅっ!」
血の混じった唾を吐き出し、立ち上がる。吹っ飛んだ装備を整え、深く息を吐きながらルクレチア聖女を見据えた。
(神聖力を、こんな風に応用するなんて……)
彼女がただの伝説の聖女ではないことは十分に理解できた。
長年にわたって磨き上げられた体術と、膨大な神聖力の融合。その戦闘力は、並のオーラ使いを遥かに凌駕している。さらに彼女のレベルは聖女らしく階位8。身体そのものが凶悪な兵器と化していた。
心からの敬意を込め、私は正直な感想を漏らした。
「……これは、普通に戦ったら無理ですね」
〈あら? 降参ですか? ……と言うには、まだその瞳の炎が消えていないようですけれど?〉
さすがは伊達に修道女をやっていない。よく見ている。
「ただのオーラだけで戦うなら、四番目の関門あたりが私の限界だったと思います」
ルクレチア聖女の眉が、ピクリと動いた。
私は口元に不敵な笑みを浮かべる。
「ですが……ヒルデのご先祖様には特別に、私も『神聖力』を使わせていただきます」
〈ほう……?〉
ルクレチア聖女は興味深いものでも見るように目を輝かせ、私の挑発を受け止めた。
〈今さら、剣を本気で抜くおつもりですか?〉
「いいえ、違います」
私は静かに、だが絶対の確信を込めて告げた。
「——圧倒するんです」
その言葉が響いた瞬間、ルクレチア聖女の表情から余裕が消え、凛とした緊張感が空間を支配した。
-
テシリドとリードの死闘と離脱リードの猛攻を凌いだテシリドは、崩壊しかけていたダンジョンゲートへと飛び込み、脱出不可能な「魔界のゴミ捨て場」へと落ち延びた。
-
共有インベントリを通じた連絡『巡礼者の道』を進む主人公(アイレット)とテシリドは、共有ノートを使って互いの無事を確認する。素直になれないテシリドは「会いたい」という主人公のメッセージが入ったページを破り取り、密かに持ち去った。
-
5つ目の関門での新たな試練主人公は第5の関門でヒルデの先祖であるルクレチア修道女と遭遇。神聖力を纏った強力な体術に苦戦を強いられるも、主人公は神聖力を解禁して彼女を圧倒することを決意する。