こんにちは、ちゃむです。
「残された余命を楽しんでいただけなのに」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
109話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 奇跡の代償
パーティ会場の賑わいの中に、企画者であるビアトン卿の姿は見当たらなかった。けれど、私を心配させまいとするようにお父様が軽やかな笑みを浮かべて見せる。
(わっ……笑った!)
無愛想なお父様が見せた一瞬の微笑み。それは私にとって、どんな宝物よりも素敵なプレゼントだった。胸の奥に漂っていた微かな不安が、すっと溶けていくのを感じる。
テイスロンおじい様が悠然と一歩前に出た。
「さて、次はプレゼント贈呈の時間じゃ」
急に始まった大げさな贈呈式に、私は思わず口元をほころばせた。ミハエルが横から私の肩を小突き、顔を覗き込んでくる。
「おい、お前、なんだかすごい顔してるぞ」
「えっ? どういうことですか?」
「笑いをこらえようとして、唇がぷるぷる震えてるんだよ。まるで化け物の団子だ」
ミハエルは自分の口元に指を当て、高速で震わせてみせた。いつもの軽口に呆れつつも、高揚感は隠せない。
そんな賑やかな空気の中、一人の人物がぎこちない足取りで前に進み出た。カリン卿だった。
「皇女殿下……こちらは、ビアトン卿からの贈り物です」
するとすかさず、テイスロンおじい様が大きく咳払いを入れた。
「こほん! これはビアトンとカリン、二人からの贈り物じゃ! どうしたカリン、誕生日にプレゼントを渡すのがそんなに照れくさいのか?」
「……」
カリン卿は恨めしそうな視線をテイスロンおじい様に向けると、気まずそうに言葉を修正した。
「……はい。私とビアトン卿が、共に準備した贈り物です。ただし、その中身は……」
説明を聞くに、カリン卿自身はこの贈り物を純粋なプレゼントとは捉えていないようだった。完成させるには、私自身の魔力を注ぎ込む必要があるという。
「私へのプレゼントなのに、私が魔力を注ぎ込んで初めて完成するんですか? それって本当にプレゼントなんですか?」
「そ、それは……」
カリン卿の耳が真っ赤に染まった。覚醒した黒幕とは思えないその狼狽ぶりに、私は思わず可愛らしさを覚えてしまう。
「ふふ、冗談ですよ。それで、私は何をすればいいんですか?」
正直なところ、少し興味があった。乾電池を入れたら動き出すおもちゃを前にした子どものように、九歳の私の好奇心は簡単にくすぐられてしまったのだ。
カリン卿が言葉に詰まり、もじもじと沈黙を守っていると、テイスロンおじい様が痺れを切らしたように叫んだ。
「えいっ! じれったい!」
おじい様は私の前に躍り出ると、勢いよく尋ねた。
「さっきの『雲のブランコ』を覚えているか?」
皇室の学者が皇女に向けるには砕けすぎた口調だったが、誰もそれを咎めない。それがテイスロンおじい様を貴賓として迎える条件だったからだ。もっとも、事情を知らない騎士団長のアルミテル様だけは不機嫌そうに眉をひそめていたが、後でおじい様が宥めに行くだろうと見て見ぬふりをした。
「はい。すごく怖かったです」
「ふむ。ビアトン卿はお前が高所恐怖症だと知っているのに、なぜあれを見せたと思う?」
「……?」
「雲の向こう、その果てまで広がる世界。私たちがあなたに見せたかった、私たちの視界に映る一番広い世界だっただろう?」
「ええ、とても壮大でした」
「では、その時の光景を思い出してみなさい。空の彼方まで広がる壮大な魔力――冷気属性の魔力と、それにちょっとした“あるもの”を混ぜ合わせるんじゃ。何ができるかは私にも分からんが、とにかくやってみておくれ」
「冷気属性は分かりますけど……“あるもの”って何ですか?」
「ええと、何だったかな……カリン、何だった?」
おじい様に振られたカリン卿が、消え入るような小声で呟いた。
「……かき氷シロップです」
「…………」
「……かき氷シロップの味を、覚えていらっしゃいますか?」
一瞬の静寂の後、私の顔はカッと熱くなった。
かつて私が唱えたあの詠唱――お世辞にも格調高い魔法の呪文とは呼べない、黒歴史そのもののフレーズが頭をよぎる。
(小豆かき氷、小豆かき氷、おいしかった小豆かき氷。トッピングは練乳、つゆはスープ。北極グマの友達と一緒に食べる北極あずきかき氷……!)
あの時は勢いで口にしたけれど、こんな大勢の前で再び唱えるなんて絶対に嫌だ。いっそエレベ山脈で雪ぞりに乗って崖から落ちるほうがマシだ。
固く口を閉ざす私に、テイスロンおじい様が真摯な眼差しを向けた。
「その詠唱を唱えれば……カリンの壊れた魔力回路を回復させられるかもしれんのじゃ」
その言葉を聞いたカリン卿が、慌てて割り込んだ。
「やっぱり、これは違います! これは私のためのエゴであり、皇女様のための贈り物ではありません。申し訳ありませんでした……!」
恥ずかしさと申し訳なさで、その場から逃げ出そうとするカリン卿。その背中を見つめながら、私は意を決して息を吸い込んだ。
「かき氷、かき氷、おいしいかき氷。トッピングはきな粉、練乳はたっぷり。北極グマさんと一緒に食べる北極かき氷……!」
羞恥心で顔を真っ赤に染めながら、私は差し出された冷たい結晶を握りしめ、溢れ出る魔力を注ぎ込んだ。頭の中で、かつて味わった氷の世界と、空の果てに広がる壮大な風景を鮮明に描き出す。
視界が急速に白く染まっていく。周囲の喧騒が遠のき、私は夢の中のような真っ白な精神空間へと引き込まれていった。
「まったく……本当に無茶をするんだから」
白い靄の向こうから、エメラルド色の髪と瞳を持つ裸足の少女――アセリアが歩み寄ってきた。
(アセリア……?)
声をかけようとしても、唇が動かない。アセリアは私の目の前に立つと、深くため息をついた。
「そんな強大な魔力を一度に放出して……ビルロティアンの肉体であっても耐えられると思ったの?」
彼女が私の額にそっと手を触れる。その瞳には、憐憫と危惧の色が浮かんでいた。
「悪魔の才能が、あなたの身体を蝕んでいる。人間の身で受け止めるには、あなたの生み出す魔力は強大すぎるのよ。あなたは今、奇跡を起こした。でも……その奇跡には大きな代償がある」
(奇跡……? 代償……?)
意味が分からず戸惑う私手首を、アセリアは静かに持ち上げた。刻まれたルビダルの紋様を見つめながら、彼女は非情な真実を告げる。
「これは本来、生命そのもの。あなたはカリンに新しい生命を与えた代わりに……自身の寿命を一年分、失ったのよ」
「……!」
「あなたが注ぎ込んだ魔力によって、カリンの回路は創り直された。……だから、あなたの最後の誕生日は二十一歳ではなく、二十歳になるわ」
世界が暗闇へと沈んでいく。アセリアの姿が闇に溶けて消えるのと引き換えに、私はゆっくりと現実の光の中に目を開けた。
「……え?」
目の前には、笑顔を浮かべる参加者たちの姿があった。夢だったのだろうか。振り返ると、先ほどまで空間にいたはずのアセリアも、何事もなかったかのようににっこりと微笑んでいる。
テイスロンおじい様が目を丸くし、感嘆の声を漏らした。
「ただ者ではないとは思っていたが……まさかこれほどとは」
部屋の外では、私から放たれた強大な魔力の波動に反応し、皇室騎士団が緊急出動する騒ぎになっていた。何が起きたのか正確には理解できないままだったが、魔力を注ぎ込むことだけは成功したらしい。
おじい様は私の手から完成した小さな丸薬を取り上げると、カリン卿へ差し出した。
「さあ完成じゃ。カリン、早く食べなさい!」
戸惑うカリン卿の口へ強引に丸薬を押し込み、無骨な手つきで水の入ったコップを握らせるおじい様。その不器用な優しさに触れ、カリン卿が丸薬を飲み込んだ瞬間――彼の全身から凄まじい青い光があふれ出した。
何重もの魔法陣が彼の周囲を駆け巡る。専門的な鑑定などせずとも分かった。カリン卿から、かつてないほど強大で澄み渡った魔力が漲っている。
「魔力回路が……回復したの?」
一度破壊された回路は二度と修復できない。それがこの世界の絶対の理だったはずだ。けれど今、目の前で奇跡が起きていた。
「本当なの……? 本当に、本当に……!」
私が歓喜の声をあげたその瞬間、脳裏にアセリアの言葉が鮮明にフラッシュバックした。
『あなたの注ぎ込んだ魔力によって、回路は新しく創り直された……。でも、あなたは寿命を一年失ったの』
一瞬で、血の引く感覚が全身を駆け抜けた。
(一年が……消えた……?)
こんなにも温かく、愛おしい時間が、一年も削られてしまった。あまりの衝撃に、膝が震える。
カリン卿が確かな足取りで私に歩み寄ってきた。私は思わず、一歩後ずさってしまう。
「皇女殿下……? 殿下が奇跡を起こしてくださったおかげで、私の魔力回路は完全に復活いたしました」
「あ……本当によかったです……!」
私は必死で口角を上げ、笑顔を作った。カリン卿が救われたことは、心の底から嬉しい。嘘ではない。けれど、その喜びを覆い隠すほどに、「一年間の死の繰り上げ」という代償が重く重くのしかかっていた。
テイスロンおじい様が首をかしげる。
「最高のプレゼントになると思ったのじゃが……イザベル、嬉しくないのか? お前が大切に思っている者の回路が戻ったのだぞ?」
「嬉しいです! すごく、すごく嬉しいです……!」
笑っていなければならなかった。もう起きてしまったことなのだから。失われた時間を嘆いても取り戻せない。だから今は、皆と一緒にこの幸せを噛み締めるべきなのだと、自分に言い聞かせる。
けれど、胸が絞めつけられるように痛かった。
かつての私なら、「美味しいかき氷のためなら寿命を五年差し出してもいい」と本気で思っていた。なのに、なぜ今失われた「一年」は、これほどまでに息が詰まるほど苦しいのだろう。
答えは、自分の中で決まっていた。
(あの頃の五年より……みんなと過ごす今の一年のほうが、ずっと大切だからだ)
病に怯えず、思い切り走り回り、自分を愛してくれる家族や仲間に囲まれて生きる日々。今日という特別な日を過ごしたからこそ、この温かな時間が自分の手から零れ落ちていく恐怖が、痛いほど理解できてしまったのだ。
(笑わなきゃ……喜ばなきゃ……! 私のために、こんなにたくさんの人が集まってくれたんだから……!)
必死に作ろうとする笑顔が、歪んでいく。逃げ出したい衝動が限界に達しようとした、その時だった。
「――この祝いは、ここまでだ」
低く、絶対的な拒絶を含んだ声が響いた。お父様だった。
「……お父様?」
お父様は静かに私と皆の間に割り込むと、私の前に大きな背中で立ちはだかった。まるで、目に見えぬあらゆる災厄や代償から、この手で私を護り奪い返すかのように。
要点を3つにまとめました。
-
奇跡の代償(1年分の寿命喪失)
イザベルは詠唱と魔力によってカリンの魔力回路を再創造(回復)させる奇跡を起こしたが、その代償として自身の寿命を1年分失い、最期の年が21歳から20歳へと縮まってしまった。
-
「今」という時間の重みとイザベルの葛藤
カリンの回復を心から喜びつつも、愛する家族や仲間に囲まれた「今の一年」の尊さを知っているからこそ、寿命が削られた事実にショックを受け、笑顔を作れなくなってしまう。
-
異変に気づいたお父様の介入
イザベルの無理した様子と葛藤に気づいたお父様(皇帝ロン)が割り込み、「祝いはここまでだ」と宣言してイザベルを庇うように立ちはだかった。