こんにちは、ちゃむです。
「余命わずかな令嬢が黒幕家に偽装就職したら」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
55話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- すれ違う夢の記憶
「……。」
カディエンは不思議そうな表情でこちらを見た。その時になってようやく、私は無意識のうちにカディエンの服の裾をつかんでいたことに気づいた。
「あ、その……」
何と言えばいいのか分からず、唇だけがもごもごと言葉を探す。死を思い浮かべた途端、急に怖くなって、思わず彼をつかんでしまったなんて――。
「ご、ごめんなさ――」
慌てて手を離そうとした、その時だった。
「あっ。」
節くれ立った大きな手が、私の手を優しく包み込むように握りしめた。驚いた私は、大きく目を見開いて彼を見つめる。
「そのままつかまって。」
「……はい?」
「倒れそうだから、私につかまっているんじゃないのか?」
「あ……。」
少し誤解はあったが、本当の理由を話すつもりはなかったので、私は小さくうなずいた。
「そのほうが安定するだろう。」
「それは、そうですけど……。」
自分で仕掛けた罠に、自分が引っかかったような気分だ。まあ、いいか。私は照れながらも、彼の大きな手に手を重ね、並んで歩いた。自然と向かった先は、カディエンの部屋だった。
……いや、ちょっと待って。
「閣下、本当にあそこで何があったんですか?」
カディエンの「私の家で私がどこにいようと――」と言いたげな視線を軽く受け流しながら、私は尋ねた。どれだけ「別に構わない」と言われても、やっぱり気になるものは気になる。今なら雰囲気も悪くないし、答えてくれるんじゃないだろうか?
一歩前で立ち止まったカディエンは、静かに私を振り返った。私は小さく首をかしげる。しばらくの沈黙のあと、彼が口を開いた。
「……時間が経っても先生が戻ってこなかったから。」
「……」
「またどこかで倒れているんじゃないかと思って、様子を見に来ただけだ。」
「……ああ、そういうことですか。」
私は目をぱちぱちと瞬かせ、それからにっこり笑って言った。
「つまり、私が心配で急いで駆けつけてくださった、ということですね?」
「……大げさだな。」
「否定はしないんですね。」
「……」
結局、カディエンはそれ以上何も言わず、唇をきゅっと結んだ。その様子に私が小さく笑うと、彼はふいっと背を向け、机の前に腰を下ろした。私はその後をついていきながら、からかうように言った。
「大変ですね、閣下。もしかして私のこと、好きすぎるんじゃないですか?」
もちろん冗談だった。重苦しい空気を少しでも和らげようとして放った一言。
ところが――
「……そうなのか?」
「……え?」
私は当然、「何を馬鹿なことを」と呆れられると思っていたのに、予想外の返事に思わず言葉を失った。
私をからかうものだと思っていたのに、予想に反してカディエンは小さく首をかしげ、真剣な表情で尋ねてきた。え、いや……それをどうして私に聞くんですか……?
予想外の反応に、私は戸惑った表情で彼を見返した。だが、カディエンの奇妙な言動はそれだけでは終わらなかった。少し顎に手を当てて考え込むようにした彼は、私を見つめながらつぶやいた。
「私が先生を好きなのか?」
「……え?」
「では先生。もし私が先生を好きだとしたら……」
そこで言葉を切ったカディエンは、口元をわずかにゆがめた。紫色の瞳が、読み取ることのできない感情をたたえたまま、じっと私を見つめている。
私は目を見開き、思わず聞き返した。
「先生は私から逃げるつもりなのか?」
その一言は、私を十分すぎるほど動揺させた。私は呆然とカディエンを見つめる。普通なら、こんな反応をした相手は気まずそうにするものだ。だがカディエンは少しも動じることなく、まっすぐ私を見つめ返してきた。
(まさか……本気なの?)
もちろん、そんなはずはない。たとえカディエンがセレスティナを愛さなくなったとしても、それがそのまま私を愛することにはならないのだから。そもそも、カディエンが私を好きになるには、私は何一つ条件に当てはまっていない。だから、これは――
「からかわないでください、閣下。」
きっと私を困らせて楽しんでいるだけなのだ。
「冗談?」
カディエンは怪訝そうな表情を浮かべた。私はわざと大きくうなずき、冗談めかして言った。
「私が少しからかったから、その仕返しをしているんでしょう?」
「……は。」
だが、なぜかカディエンの様子がおかしい。彼の周囲の空気が、重く沈み込んでいた。私を見つめる紫の瞳は、氷のように冷たい。固く結ばれていた唇が、ゆっくりと開く。
「時々気になるんだ。先生の目には、私はどう映っているんだろうと。」
不思議な質問だった。私から見た彼がどう見えるかなんて――そんなもの、決まっているじゃないか。
「その……閣下は、閣下ですから。」
「私が何だ?」
いや、それをどうして私に聞くんですか?『私のことを、私が何を知っているっていうの?』って意味? 戸惑いながら彼を見つめたが、振り向いたカディエンの表情は笑みひとつなく真剣だった。今日はいつにも増して、カディエンの様子がおかしい。さっきの質問もそうだし、自分が私にとってどんな存在なのかを尋ねたりもする。私の知っているカディエンとは違っていて、少しだけよそよそしく感じられた。
どう答えればいいのか分からずためらった末、私は正直に答えた。
「私にとって閣下は……」
「……」
カディエンは静かに私を見つめていた。私はごくりと唾を飲み込み、口を開く。
「雇い主で、保護者で、雇用主で……」
「もういい。」
一つひとつ挙げていくと、カディエンは「それ以上は聞かなくていい」と言いたげに手を上げた。けれど私は気にせず、言葉を続けた。
「命の恩人です。」
その言葉に、書類へ向けていた視線をカディエンは止め、私を見つめ返した。私は彼に向かってにっこりと笑う。
「私の命を救える、たった一人の人。だから命の恩人です。」
「……どうせ加護がなければ意味がないだろう。」
「閣下が迎えに来てくださるって言っていたじゃないですか。だったら、迎えに来て治療してくださるんですよね。」
「……楽観的なのか、それとも何も考えていないのか、分からないな。」
「楽観的でもありませんし、何も考えていないわけでもありません。ただ私は――」
「……」
「カディエンという人を信じているだけです。」
すると、カディエンは目を大きく見開いて私を見つめた。私はわざと少しおどけたように笑いながら続ける。
「閣下がそうおっしゃったじゃないですか。『名前で呼べ』って。」
「……本気で呼べと言ったわけじゃなかった。」
「一度言ったことは取り消せませんよ。私は言われたとおりにしただけです。」
つまり、私は何も悪くない。
「……はは。」
カディエンは呆れたように、小さく笑いを漏らした。
その様子を見て、私は内心ほっと胸をなで下ろす。
(少し機嫌が直ったみたい。)
理由は分からないけれど、機嫌が悪そうだったので軽い気持ちでからかってみたら、どうやらうまくいったらしい。私は笑みを浮かべたまま彼を見つめ、それから真剣な表情で口を開いた。
「それと、閣下がおっしゃったことです。」
「……?」
「もし閣下が私を好きになったら、私は逃げるのか、という話です。」
「その話はもういい……。」
「考えてみます。」
私の言葉を聞いた彼は、ゆっくりと唇を結び、じっと私を見つめた。
(正直、今でもどうしてあんな質問をしたのかは分からない。でも――)
もし、あれが本当に冗談ではなかったのなら。
「今すぐには答えられません。考えたこともありませんでしたし、想像することすら難しいので。」
何より、カディエンがどんな意図でそんな質問をしたのか分からなかった。
「……」
「でも、閣下が冗談ではなく本気でおっしゃったのなら、真剣に考えてみます。だから、お返事は後日でもいいですか?」
まさか「だめだ」とは言わないよね? 今すぐ答えろとも言わないよね?
すぐに返事をする代わりに、カディエンは何を考えているのか読み取れない紫色の瞳で私をじっと見つめた。やがて彼はゆっくりと口を開く。
「……好きにしろ。」
その声は、いつになく低く、少しかすれていた。私は少し猶予をもらえたことに安堵し、ふっと微笑みながら言った。
「ありがとうございます。」
一瞬、「これってお礼を言うようなことかな?」とも思った。でも、理由が何であれ、あの偉大なメルセデス公爵閣下が私を待っていてくださるのだから、お礼を言うのは当然だ。
「……何にでも礼を言うんだな。」
そう言いながらも、どこか照れくさそうにつぶやいた彼は、視線を再び書類へと戻した。
だけど、気のせいだろうか。
(機嫌、良さそう。)
カディエンの機嫌がよくなったように見えた。笑っているわけでも、鼻歌を歌っているわけでもない。それでも、何となくそう感じられた。先ほどまで重苦しく張りつめていた彼の周囲の空気が、少し柔らかくなった気がする。
(どうしてだろう? やっぱり分からないな、黒幕様の考えていることは。)
まあ、なるようになるでしょう。
私は深く考えずにカディエンへ視線を向け、そろそろ本題に入るべきだと思った。私は慎重に切り出す。
「閣下、この前見た夢のことを覚えていますか?」
私の問いに、カディエンはそっけなく答えた。
「私の時間を十日も奪った、あの夢のことか?」
「はい、その夢です。その内容を覚えていますか?」
あの夢が本当にカディエンの消された過去なら、夢を見たことで何か思い出していないだろうか。
「覚えている。夢の中では一か月を繰り返していたからな。」
そうだった。現実では十日しか経っていなかったが、夢の中では一か月もの時間が流れていた、とカディエンは話していた。
「ひどい悪夢だった。」
その夢を思い出したのか、カディエンのきりっとした眉間にしわが寄った。うなずいていた私は、ふと動きを止める。
「悪夢……ですか?」
思わず漏れた私の声には、戸惑いが混じっていた。もちろん、悪夢と言えば悪夢なのかもしれない。夢の中の幼いカディエンは、最後の最後まで周囲から拒絶され、孤独だったのだから。
でも――
(カディエンが初めて誰かに救われた瞬間でもあったんじゃないだろうか。)
もちろん、私はカディエンの過去をすべて知っているわけではないので、あの女性以外にも以前彼を助けた人がいたのかもしれない。それでも、少なくとも夢の中の幼いカディエンは、死の間際にあの女性に救われたのだった。
(まさか……最後に裏切られたと思い込んでいるの?)
だからカディエンは、あの夢を悪夢だと決めつけているのだろうか。なぜだか私は少し胸が痛んだ。カディエンも見ていたはずだ。あの子にもどうしようもない事情があったことを。
思わず彼女をかばうように言った。
「閣下もご存じのとおり、あの女性にも事情があったじゃないですか。決して閣下を裏切ったわけでは――」
しかし、私はそこで言葉を失った。
「女性?」
何かがおかしい。
「どの女性のことを言っている?」
「え? あの、倒れた閣下を助けてくれた……」
するとカディエンは、思わず吹き出すように小さく笑った。
「助けた? 誰が?」
「……」
そう尋ねるカディエンの表情はあまりにも冷たく、私はあの女性のことを口にすることができなかった。そんな私をじっと見つめた彼は、書類を手に取る。これ以上この話をしたくない、という態度だった。
「どうやら先生と私は、違う夢を見たようだ。」
「それは……」
そんなはずはない、と言いかけたその時、続くカディエンの言葉に私は凍りついた。
「その夢の中で、私は何度も死んだ。」
「……何ですって?」
あまりにも衝撃的なカディエンの言葉に、私の心臓はドクンと大きく脈打った。信じられないという表情で振り返ると、彼は砂漠のように乾いた声で再び言った。
「死んだ。路地裏で。誰にも見つけられないまま、雪に埋もれてな。」
「……そんなはずありません。」
「先生が何を見てそう確信しているのかは分からない。だが私は、その死を三十回以上見届けた。夜に死に、朝になれば時間が巻き戻って、また死んだ。先生が現れる、その時までずっと。」
カディエンは静かに付け加えた。
私はどうしても彼の言葉を信じられなかった。だからといって、カディエンが私に嘘をつく理由もない。
(じゃあ、私が見たものは何だったの?)
あの夢の主は、間違いなくカディエンだ。私はカディエンの見ている夢の中に入り込んだはずなのに、なぜ夢の内容が違っているのだろう。
だが、一つだけ確かなことがある。カディエンはそこに閉じ込められ、何度も私が死ぬ姿を見続けなければならなかったということだ。
(……ひどすぎる。)
私は思わず歯を食いしばったが、カディエンは慣れたことのように淡々と話を続けた。
「夢が過去を映しているという先生の考えは、どうやら違うらしい。もしあの時、本当に私が死んでいたなら、今の私は存在していないはずだからな。」
死んだ。死ぬ。
カディエンの口から何度も繰り返される「死」という言葉が、どうしても胸に引っかかった。
(どうしても原作のことが頭に浮かぶ。)
原作で無残な最期を迎えたカディエンの姿が、何度も脳裏によみがえる。まるで誰かが予言でもしているかのように。
――私がどれほどあがいても、黒幕の死は避けられない、と。
食い違っている。そう、食い違っている。
「賢い先生でも間違うことはある――」
カディエンが笑いをこらえながら、冗談めかして言いかけたその時だった。
「違います。」
私はきっぱりと言い切り、まっすぐカディエンを見つめた。カディエンは少し驚いたような表情で私を見返した。なぜカディエンが見た夢と、私が見た夢の内容が違うのかは分からない。それでも少なくとも、カディエンが自分の死を諦めたように語る姿を、これ以上見てはいられなかった。
だから私は言った。
「私が見た夢では、閣下は死にませんでした。」
「……」
「私が見た夢の中で、閣下は救われていました。」
私は、自分が夢の中で見聞きしたことを彼に話すことにした。もしかすると、それは彼が初めて救われた瞬間だったのかもしれない、その話を――。
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カディエンへの問いかけと予期せぬ質問
リビアは不安をごまかすようにカディエンの執務室へ同行し、彼から「もし私が先生を好きだとしたら逃げるのか」という真意の読めない意味深な質問を投げかけられます。
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「命の恩人」という答えと猶予
リビアは動揺しつつも自身の気持ちを整理し、カディエンを「命の恩人であり、信じられる人」と真っ直ぐに伝えた上で、彼の質問への返事は後日考えるための猶予をもらいます。
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明かされた「死の悪夢」と記憶の食い違い
カディエンとの会話の中で、彼が夢の中で「路地裏で何度も何度も死ぬ姿を三十回以上見届けた」という過酷な過去を語ったため、リビアは自身が見た「彼女に救われた夢」との決定的な食い違いに直面し、彼の死を否定して真実を語り始めます。