こんにちは、ちゃむです。
「利用され長女はもう我慢しません」を紹介させていただきます。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
21話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 黄金の卵を産むガチョウ
中には一枚の手紙が入っていた。内容は短い。
『次は私を見つめながら笑ってくれますか?』
― O.A.
ラディスは涙で腫れた目をイヴへ向けた。当のイヴ・ルセルは満面の笑みを浮かべ、親指を立てている。
「これは……何ですか?」
「よくやった、ラディス!」
「何を……? 皇子様が……ここにいらっしゃるんですか?」
「さっきまではいたけど、今はいないよ」
イヴが上の方を指さした。数メートルも離れていない場所に、ひときわ豪華な桟敷席が見える。今は誰もいないのか、カーテンが固く閉ざされていた。
ラディスの表情が一瞬で変わった。戸惑いから衝撃へ、そして――猛烈な怒りへ。
「何かおかしいと思っていましたが、私をここへ連れてきたのは……こういうことだったんですね!?」
怒りに駆られたラディスは、イヴの耳をつかんで思い切り引っ張った。
「いたっ!」
演劇も、自作自演も、この席も――全部あいつの仕業だ。すべては、この結果さえも含めて、イヴ・ルセルの計画通りだったのだ。
ラディスはイヴの親指を何度も揺さぶりながら叫んだ。
「そうですね、違います! 最初からそれが目的だったんでしょう? だったら、前もって一言くらい教えてくれてもよかったじゃないですか!」
「ら、ラディス、痛いって!」
個室が騒がしくなると、劇場の使用人が中をのぞき込んできた。しかし事情を察した(と思い込んだ)使用人は、微笑ましそうに笑ってその場を離れていく。
無理もない。傍から見れば、背の高いルセル侯爵と愛らしいラディスが手を取り合い、睦まじくじゃれ合っているようにしか見えなかったのだから。
だが、イヴ・ルセル本人は本気で悶絶していた。
「い、痛い痛い! ラ、ラディス? ちょ、ちょっと本当に痛いんだけど!? ほどほどにしてくれない!?」
ラディスはぎらりと目を光らせ、その忌々しい親指を見下ろした。
「これ……本当にへし折ってしまおうかしら?」
彼女のただならぬ気迫に、イヴは思わず一歩後ずさった。
「ご、ごめん! 私が少しやりすぎたよね!? だ、だから……とりあえず手を離して話そう……!」
冷たい視線でイヴをにらみつけていたラディスだったが、やがて小さくため息をつくと、その指を放してやった。彼は侯爵家の後継者であり、自分の雇い主であり、今日こうして芝居を見せてくれた相手でもあるのだから。
「私の親指が……!」
イヴは真っ赤になった親指を見つめ、信じられないというようにつぶやいた。
「ラディス……君、どうしてそんなに力が強いんだ?」
ラディスは「ふん」と鼻を鳴らすと、イヴの額に軽くデコピンをかました。そして皇子からの手紙と劇のパンフレットを大事そうに抱えると、足取りも軽く観客席を後にした。
『私が本気だったら、侯爵様は今ごろ指がついていませんよ!』
そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、イヴは痛む指にふーふーと息を吹きかけた。
「いやあ、こんな女性がいるとはね。皇子殿下の好みはますます理解できないな」
指はちぎれそうなほど痛かったが、イヴの気分は上々だった。痛む親指をさすりながら、低い笑い声を漏らす。
「くっ……くくく、はははは!」
この数年間、第三皇子オリヴィエに近づくために、どれほど苦心してきたことか。
イヴの見立てでは、現皇帝クロード・アルフェンドの後を継ぎ、次代の頂点に立つのは第一皇子ではなく、第三皇子のオリヴィエだった。
もちろん、現皇后アドリアーヌの息子である第一皇子シャルルを軽視することはできない。しかし、彼にはおよそ皇帝の器といえるものがなかった。もしシャルルが即位すれば、帝国全体がアドリアーヌ皇后やその親友であるルベロア公爵、そして彼らを中心とするイザード派の手中に収まることは火を見るより明らかだ。皇帝自身もそれを理解しているからこそ、いまだシャルルを皇太子に指名していないのだ。
第二皇子ガブリエルは民衆からの人気が高かったが、生母ミレナが平民出身であることが決定的な足かせとなっていた。
そして、第三皇子オリヴィエ・アルフェンド。
問題ばかり起こすシャルルと、絶大な人気を誇るガブリエルの陰に隠れ、彼が注目されることはほとんどなかった。しかし、その資質は誰よりも優れていた。さらに彼は帝国有数の名門ペレティア家の血を引いており、人形のように整った容姿と、奇妙なほど無表情で冷徹な態度も相まって、一部の貴族たちの間では密かに強い支持を集めていたのだ。先代皇后シャルティーヌを追い落として后となったアドリアーヌでさえ、オリヴィエの存在を警戒しつつも、表向きは寵愛している振りをするほどだった。
『第三皇子が目立たないのは、まだ本当の自分を見せていないからだ』
イヴは確信していた。オリヴィエには必ず別の顔がある。あれほど堅固な氷の仮面をつけるのは、隠さねばならない本当の顔があるからだ。
もちろん、今すぐ表立ってオリヴィエを支持することはできない。だが、あらかじめ彼とのパイプを築いておけば、いつか彼が力を必要としたとき、必ずルセル侯爵家を頼るようになる。その要求に応えさえすれば――ルセル侯爵家は、もはや「侯爵家」にとどまらない。
「ルセル『公爵家』になるんだ……!」
ボサボサに伸びた前髪の下で、イヴの瞳が眩しいほどの野心にぎらぎらと輝いた。
・
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「ラディス……!」
ある日、ラディスを訪ねて部屋へやって来たイヴは、扉を開けるなり思いがけない光景に足を止めた。
応接室のソファに屋敷の侍女たちが身を寄せ合って座り、熱心に本を読んでいたのだ。その中心で侍女のベリーと頭を突き合わせていたラディスが、顔を上げた。
「侯爵様?」
その声に驚いた侍女たちは弾けたように本を閉じ、慌てて立ち上がった。イヴが言葉を発するより早く素早く身なりを整えると、まるで逃げ出すように応接室を去っていく。
ぽつんと取り残されたイヴは、気まずそうに口を開いた。
「……邪魔しちゃったかな?」
「まあ、仕方ないですよ」
「何を読んでいたの?」
「演劇の話を聞いたエイプリルが貸してくれた本です。みんなが読みたがっていたので、回し読みしていたんですよ」
イヴは机の上に積み上げられた本の一冊を手に取り、表紙を確かめた。作りの粗さからして簡易な複製本のようだ。
題名は『騎士アンジェラ』。
どうやら、先日ふたりで観撃した舞台の原作らしい。本を手にしたまま、イヴは目を細めてラディスを見つめた。
「そういえば……君は昔、剣術を習っていたんだったっけ?」
最初にラディスについて調べさせたとき、アレンの報告書にそんな記載があった気がする。深く気にとめたことはなかったが、本の影響なのだろうか。
「とにかく!」
イヴは本をパタンと閉じると、机に放り投げて本題に入った。
「そんな話をしに来たんじゃないんだ。私の相棒に、感謝と謝罪、それからこれからも頑張れという応援の気持ちを込めて贈り物をしたい。何か欲しいものはあるかい? 遠慮しなくていいよ」
「え? 大丈夫です。私は何もしていませんから」
「あの時、すごく怒っていただろ? お詫びの意味もあるんだから、何でも言ってみて!」
丁重に断ろうとしたラディスだったが、「何でも」という言葉にふと動きを止め、考え込み始めた。そんな彼女の様子を見て、イヴは満足そうに微笑む。
『そうだ、よく考えてごらん。私の相棒……いや、黄金の卵を産むガチョウさん……!』
あの日、劇場でオリヴィエと視線を交わした瞬間、イヴはかつてない確信を得ていた。
これまでオリヴィエの鉄壁ともいえる心の壁を崩そうと、あらゆる手を尽くしてきた。大嫌いな社交界に足を運び、ゲート家の敷居がすり減るほど北部へ通い、皇室の夜会にも欠かさず出席した。最近では自ら名乗り出てオリヴィエの誕生日パーティーを主催し、多額の資金と人手を惜しみなく投入したのだ。
しかし、肝心のオリヴィエの反応は冷淡そのもの。「まあ、祝ってくれるなら受けてやる」と言わんばかりの態度で、あの一夜のために巨額を投じたイヴに「ありがとう」の一言すらなかった。
(嫌なやつだ)
それに比べれば、ラディスをティルロード家から連れ出し、オリヴィエの前へ連れてくることなど造作もない苦労だった。
(まさか、あれほどの効果があるとはね)
あの劇場で、イヴは自分がついにオリヴィエへ一歩近づけたと実感していた。だが、この先の道はまだまだ険しい。その道を進むには、絶対にラディスの協力が必要だった。
『だからこそ、この最高に優秀なガチョウの機嫌を損ねないことが一番大事なんだ』
考え込んでいたラディスが、ゆっくりと口を開いた。
「私は……」
イヴは期待に満ちた表情で身を乗り出す。
「何でも言ってごらん。新しいドレス? それとも宝石?」
「いいえ、そういうものではなく……私は、剣が欲しいです」
イヴの表情が一瞬で消え去った。彼はラディスをまじまじと見つめた後、彼女の隣に積み上げられた『騎士アンジェラ』の本の山へと視線を滑らせる。
『小説を読んで、その気になっちゃったんだな……』
そんなイヴの内心を知る由もなく、ラディスはためらいがちに希望を続けた。
「できれば……マナ強化された鋼で作られた剣がいいです。普通のロングソードで十分ですので」
イヴは引きつった笑みを浮かべつつ、頷いた。
「なるほど、マナ強化か……」
「それと……柄(つか)は、できるだけシンプルな形のほうが使いやすいです」
「へえ、本にそんな細かいことまで書いてあったの?」
「はい?」
妙な表情を浮かべるイヴを見て、ラディスは思わず身を固くした。
彼女がここまで細かく指定し、なおかつ遠慮がちに言ったのには理由がある。マナ強化された鋼は、恐ろしいほど高価なのだ。前世でも、自分がマナを扱えることに気づいたロベルトが買い与えてくれなければ、到底手が出せる代物ではなかった。
『欲しいものを言えって言ったのは、侯爵様のほうなのに……』
ラディスは肩をすくめ、小さくつぶやいた。
「で、でも……厳しければ、木剣でもいいですよ……?」
イヴは静かに頷いた。
「いや、わかったよ」
「本当ですか? いいんですか?」
「私が想像していた贈り物とは少し違うけれど、欲しいものを言えと言ったのは私だからね」
どこか複雑な表情を浮かべたまま、イヴは応接室を後にした。
(小説をよほど面白く読んだんだな。まあ、年頃の女の子だし、少しくらい物語に影響されることもあるか)
昔少しばかり護身術を習った経験があり、そこに女性騎士が活躍する小説を読めば、かっこいい剣が欲しくなるのも無理はない。そう考えると、なんとも可愛らしい願いに思えてくる。
(それにしても、作者はかなりよく調べて書いているらしいな。マナ強化だの、柄の形だの……。しかしラディスも欲がない。今の私なら、十億ルペンする宝石をおねだりされたって買ってやるのに、まさか剣一本とはね)
イヴは考え込みながら、腰の剣の刃を指で軽く押し確かめ、自分の執務室へと向かった。
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イヴの企みとラディスの怒り
イヴは第三皇子オリヴィエに近づく計画にラディスを連れ出して利用しており、真実を知ったラディスは激怒してイヴの指を力任せに痛めつけた。
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イヴの野望とオリヴィエへの執着
イヴは、無表情な仮面の裏に優れた資質を隠す第三皇子オリヴィエこそが次代の皇帝になると見抜き、ルセル家を「公爵家」へと押し上げるために彼との繋がりを求めている。
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ラディスへのご褒美(お詫び)と大きな勘違い
オリヴィエとの距離を縮める鍵となるラディス機嫌を取るため、イヴは「欲しい物」を尋ねる。実力者であるラディスは本格的な「マナ強化鋼の剣」を望んだが、イヴは「騎士小説の影響で形から入ろうとしている少女の可愛らしい願い」だと盛大に勘違いした。