こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
137話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 疑い
一方その頃、ラビエンヌは夜も更けているというのに眠れず、焦燥に駆られて部屋の中を行き来していた。
「どうなっているの……?」
ルーカスから、長老会が招集されたと聞いていたからだ。
きっと、自分のことを疑っているに違いない――そう思うと、胸の奥がざわついて仕方がなかった。
ラビエンヌは、とてもじっとしていられなかった。
「聖女になって、まだ一年も経っていないのに……もう長老会が招集されるなんて。早すぎるにも程があるわ」
爪先を弄びながら、苛立ちを隠さない声で吐き捨てる。
帝国全土に広がる病のせい――そう自分に言い聞かせようとしても、最近になって急に増えた“噂”の存在が、どうしても頭から離れなかった。
「みんな、私を避けているように見える……」
だが、その噂が具体的にどんな内容なのか、ラビエンヌに正直に教えてくれる者はいなかった。
だから彼女は、『どうせ自分に関係する話なのだろう』そう推測することしかできなかったのだ。
「最近……私を見る目が、明らかに変わってきている」
神殿の内側でさえ、自分の居場所が少しずつ削られていく感覚を、日を追うごとに強く感じていた。
いつもラビエンヌを気遣い、味方でいてくれたはずの神官や神女たちでさえ、どこか距離を置くようになっていることに、彼女は気づいていた。
ラビエンヌは、周囲を一度ずつ見回すような視線を向けた。
聖力を使う場面があれば、人々は野次馬のように押し寄せてくるものだった。
「……っ!」
そのとき――。
考えに沈み、独り言をつぶやいていたラビエンヌは、苦痛に顔をしかめた。
爪を強く握り込みすぎて、指先の皮が裂け、血が滲んでいたのだ。
赤い血を目にした途端、彼女の意識ははっきりした。
そして、自分がすべきことが何なのかを悟る。
「全部、私のものを奪ったあの人のせいよ。なのに、どうして……?」
自分を一方的な被害者だと思い込んでいるラビエンヌは、正体も知らぬ“本物の聖女”への憎しみを膨らませた。
自分に降りかかったすべての問題は、本物を見つけ出し、排除してしまえば簡単に解決する――彼女は、そう信じ切っていた。
「ダイナ……いえ、エスダー。どんな手を使ってでも、連れて来なきゃ。」
ラビエンヌの瞳が次第に狂気に染まりかけた、その瞬間だった。
廊下を誰かが慌ただしく駆けてくる足音が聞こえた。
息を切らしたラビエンヌは、はっとして身体を翻し、扉へと駆け出した。
勢いよく扉を開けたその先に、ちょうどノックをしようとしていたルーカスの姿があった。
「聖女様?」
「さあ、入ってください」
ラビエンヌはルーカスの手を掴むと、そのまま部屋の中へと急いで引き入れた。
「どうなりましたか?」
「それが……」
ルーカスは、どこまで話すべきかとラビエンヌの様子をうかがった。
長老会で出た話は、ラビエンヌにとって決して良い知らせではなかったからだ。
正直に伝えれば、かえって気分を害するだけになりかねない。
「正直に話してください。そうでなければ、私も備えることができません」
「……はい。」
切迫した様子のラビエンヌの赤い瞳を直視できず、ルーカスは視線を落として言った。
「実は……近いうちに、聖女様の資格試験が行われるようです。」
その言葉に、胸元に置いていたラビエンヌの手が、すとんと力なく落ちた。
「……試験、ですって?」
「はい。」
「もう私が聖女なのに、今さら何の試験を受けろというの?」
「方法はまだ決まっていません。後日、改めて告知されるそうで……」
ラビエンヌは信じられないとばかりに、髪を掻きむしり始めた。
「私の聖力を調べるってこと?私に、聖女の資質があるかどうかを?」
「……そのとおりです。」
「あああっ!!」
ついに怒りを抑えきれず、ラビエンヌは一人、声を荒げた。
まるで魂が抜け落ちるかのような悲鳴が、部屋に響いた。
そんな姿を初めて目にしたルーカスは、思わずたじろぎ、一歩後ずさった。
「これからどうするんです?もし聖花を引き出せと言われたら……いえ、それでなくとも試験が始まれば、確実に露見します」
自分の聖力が聖女に及ばないことなど、ラビエンヌは誰よりもよく理解していた。
「試験が行われる前に、本物を見つけなければなりません。もはや、それしか方法はありません」
ルーカスの言葉を聞き、覚悟を決めたようにラビエンヌはぎゅっと拳を握りしめた。
「疑わしい子が、一人います」
「……誰ですか?」
それまでずっと沈黙を守っていたルーカスが、声を低くしながら一歩近づいた。
「大公が連れてきた、あの子です」
「……え?でも、前回は違うとおっしゃっていませんでしたか?」
「別の血を使って、確認したそうです。ですから……あの子のほうが、私よりも聖力が優れているってことは、わかっていたわ。」
認めたくはなかったが、ラビエンヌは、父が連れてきたエビアンの言葉がずっと頭から離れずにいた。
――私が本物なら、あの子はただの偽物だと言っていた。そうなれば、それで終わりのはずだったのに。
もっと慎重に確かめてみるつもりではいたが、事態がここまで進んでしまい、その余裕すら失われていた。
「大公の娘となれば、後ろ盾は相当強いわ。たとえあの子が正しかったとしても、それはそれで厄介ね。」
「……ふむ。」
ラビエンヌはカーペットの上を行き来しながら、苛立たしげに髪をかき上げた。
今すぐエスダーを連れて来られなくても、証拠さえあれば、試験はどうにか乗り切れるはずだった。
「まずは神殿に招くのはどう?少しの間でも、後援者たちから引き離してしまえば……薬を使って眠らせ、その隙に血を採るんです」
「……可能なのでしょうか?」
「それ以外に方法はありません」
現実的に考えて、大公の娘を正面から襲えば、ただでは済まない。
どうにかして護衛から引き離し、眠らせたうえで血を得る――それが、かろうじて実行可能な策だった。
「……試験は二週間後に行われます。それまでに、必ず招待してください。ティーパーティーは貴族の令嬢たちを招く場です。もっともらしい名目を用意してください」
「承知しました」
ルーカスが部屋を去った後も、ラビエンヌはベッドに腰を落としたまま、不安を拭いきれずにいた。
「招待に応じてくれればいいのだけれど……」
攫うにせよ、連れ出すにせよ、それは後の話だ。
今はただ、エスターの血が、どうしても必要だった。
翌朝。
ドフィンは早朝から、ブラウンス公爵に会うため、馬に乗って彼の領地へ向かった。
大公である彼が、わざわざ出向く必要は本来なかったが、公爵領を自分の目で確かめるためでもあった。
「やはり、人の出入りが多いな。」
「はい。交易も盛んです。」
ブラウンスの屋敷へ向かう途中、あえて中心街を通り、領地の隅々まで目を配った。
「もし公爵家が滅びれば、この領地の平穏も失われるだろう。」
「それだけは避けねばなりません。」
ブラウンス家の没落を考える中で、ドフィンが唯一気がかりにしていたのは、まさにこの点だった。
何の罪もない領民たちが、巻き添えで被害を受けることになるからだ。
やがて、各地の貴族たちが殺到し、この領地を分割して奪い合うことになるだろう。
「皇宮で統治するほうがマシかもしれないな。とはいえ、それだって容易じゃないだろうが。いっそテレシアごと吸収してしまう、というのはどうだ?」
冗談半分で口にした言葉だと理解しているドフィンは、薄く笑みを浮かべた。
仮にそうなったとしても、皇帝と親しい関係にあるとはいえ、巨大公爵家まで飲み込んだドフィンを、皇帝が黙って見過ごすはずがない。
「まあ、全部あと回しだ。今はまず、応分の報いを受けさせないとな」
ドフィンの思考はすでに、神殿とブロノス公爵家をいかに効果的に叩き潰すかへと向けられていた。
「公爵にお会いになって、どのような話をなさるおつもりですか?」
ベンは本当に見当もつかないといった表情で、慎重に問いかけた。
「まずは、キャサリンのことをどこまで把握しているか、そこから確認だな。」
「お嬢様が受け取られた絵は、お持ちでしょうか?」
「ある。先に私の領地へ来て見て回ったのは、正解だった。」
幸いにも、ドフィンには名目があった。
ブラウンスが密かに人を放ち、ルシアについて調べさせていた、その調査の一環という体裁だ。
公爵邸の正門に近づいたドフィンは、門が開くのを待ちながら、身体をわずかに右へ傾けた。
「それに、街で広まっている噂も聞いておかねばな。偽物について、誰よりも詳しく知っているはずだろう。」
黒馬にまたがり、堂々とした姿勢で佇むドフィンの鋭い横顔に、柔らかな陽光が降り注いでいた。
やがて正門が開き、ドフィンは案内を受けながら、ブラウンス公爵が待つ応接室へと向かった。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。お待ちしておりました」
「久しぶりだな」
ドフィンとブロノスは、軽く握手を交わした。
互いに笑みを浮かべてはいるものの、和やかとは言い難い空気が漂っている。
――何の用件だ?
ブロノスは、ドフィンがわざわざ自分の領地まで足を運んだ理由が気になって仕方がなかった。
「お茶とコーヒー、どちらになさいますか?」
「お茶で頼む」
ほどなくして侍女が用意していた茶の中から、ドフィンが選んだものに熱湯が注がれた。
ドフィンはそれを口元へ運び、ひと口だけ含んでからカップを置き、静かに口を開く。
「公爵が最近、私の領地に人を放ったと聞いたのだが」
「え?それはどういう……」
一瞬、ブラウンスの目が大きく見開かれた。
用件を切り出されたことにも驚いたが、何より――その事実をドフィンが知っているとは、まったく思っていなかったのだ。
「これを見ればわかるだろう。」
ドフィンは、わざわざ持参してきたルシファーの肖像画を懐から取り出した。
くしゃくしゃに傷んではいたが、人物の顔立ちを見分けるには十分だった。
それを目にしたブラウンスは、喉が渇いたのか、脇に置いてあった水を一気に飲み干した。
それでも取り繕うように落ち着きを保ち、ぎこちない笑みを浮かべる。
「私にとって、とても大切な人物です。ぜひとも見つけ出さねばならないのですが、あいにくテレシアへ渡ったという知らせが入ってしまい……。事前にお伝えできず、申し訳ありませんでした。」
「……なるほど。それで、私に助力を求めに来た、というわけか?それなら、もっと容易に見つけられたはずだが」
「お言葉だけでもありがたいのですが、何しろ多忙でして。あくまで私的な用件でしたので」
そっけなく放たれたドフィンの言葉が本心なのかどうかを探るため、ブロノスは思案を巡らせた。
もしドフィンが問題視するつもりなら、いくらでも責任を問うことができたはずだ。
なにしろ、大公の領地に密かに私兵を送り込んだのだから。
だが、ドフィンはそんな些細な件を蒸し返すつもりは、最初からなかった。
――この男は、何を探している?
「以前、我が陣営から極めて重要な品を持ち出して逃げた者がいましてな」
その“重要な品”という言葉が、単なる比喩ではないと察した瞬間、ドフィンの眉がぴくりと動いた。
「それほど重要な物を持ち去ったからこそ、ここまで大掛かりに探している、というわけか」
「はは。お話ししたいのは山々だが、あまりにも個人的な事情でして……。ところで、その男について、何かご存じでは?」
わざわざ話題を振ったこともあり、言葉の端々に含みを感じ取ったブラウンスは、思わず目を見開いた。
「私が匿っている。ルシファーという名だろう?」
「……どうして、それを大公が?」
ブラウンスは大きく息をのんだ。
ドフィンが、自分が探し求めていたルシファーを保護しているなど、夢にも思わなかった。
ただでさえ追っていたルシファーの足取りが、テレシア領を最後に忽然と消えたことを不審に思っていたのだ。
しかし、ドフィンが彼を匿っているのだとすれば、すべての辻褄が合う。
――何かを知っているのか?
そう感じた瞬間、ブラウンスは警戒心を一気に高め、体を強張らせた。
手のひらには、じっとりと汗が滲んでいた。
「窃盗罪で捕らえられ、今は牢に入っているそうだ。たまたま君が探していると聞いて、少しばかり尋問してみた」
ドフィンはブロノスの反応を鋭く観察しながら、さらに言葉を重ねた。
「そうでしたか。それは見つかって何よりです。もしよろしければ、その者を私に引き渡していただくことはできませんか?」
ブロノスとドフィンの視線が、空中で激しくぶつかり合う。
「引き渡すこと自体は難しくない。ただし……どうにも正気とは思えなくてな」
「……それは、どういう意味でしょう」
「同じ女の名前を、延々と繰り返して呼んでいる。何でも、探偵業を営んでいたとか言っていたが……」
「まさか、キャサリン?」
張り詰めた空気の中で聞いていたブロノスは、はっとして、思わず反射的にその名を口にしてしまった。
その瞬間、ドフィンの額に、ぴしりと深い皺が刻まれた。
ドフィンは、あえてもう一度話を続けた。
「確か、そんな名前だったな。君も知り合いの女性だったのか?」
「……少しだけ。それで、ほかに何か話はありませんでしたか?」
「雑談程度には色々話していたが、君が興味を持ちそうな内容かどうかはわからんな。」
ブラウンスはごくりと唾を飲み込み、落ち着かない様子で足を震わせた。
もしかするとキャサリンは生きているかもしれない。
そして、その行方をルシファーが知っている可能性もある――そう考えると、胸の奥がざわついて仕方なかった。
「……お願いします。どうか、その男を私に引き渡していただけませんか。」
「まあ、いいだろう。」
「本当にありがとうございます。」
ブラウンスは顔を赤らめながら、深く頭を下げた。
こんなにも簡単にルシファーを手に入れられるとは思っておらず、正直、拍子抜けしていた。
――愚かだな。
彼は、ドフィンがエスターについてまだ何も掴んでいないと判断し、内心でひとり舌を打った。
だがドフィンは、あらかじめルシファーと口裏を合わせておき、引き渡したあとのブロノスの反応を見るつもりでいた。
「貸し一つ、ということにしておこう」
そう言ってから、ドフィンは再び唇の端をつり上げ、目を細めて意味深に微笑んだ。
「そういえば、最近ずいぶん妙な噂が立っているようだが。君も耳にしたか?」
「どのような噂でしょう?」
すでに内容は承知していながら、ブロノスはあえて笑みを浮かべ、知らぬふりをした。
「聖女に関する噂だ。偽物だ、などという話が流れている。もちろん、事実ではないだろう?」
「はは……まさか。偽物だなんて、あるはずがありません。面白半分で噂を広める連中が作り上げた与太話でしょう」
「だろうと思っていた」
ドフィンは、どこか不自然に引きつったブロノスの表情を、愉しむかのようにじっと見つめていた。
ドフィンは、その言葉の端を聞き逃さなかった。
むしろ、怒りをあらわにする方が自然だと思えたのに、あまりにも平然としている。そのこと自体に、強い違和感を覚えた。
隠したいものが多い人間ほど、ああして平静を装うものだ。
知りたいことをすべて把握したドフィンは、グラスを静かに手前へ押しやり、席を立った。
「では、ルシファーを送ってもらおう。」
「重ねて感謝します。お待ちしております。」
形式的な挨拶をいくつか交わした後、ドフィンは迷いなくブラウンスの応接室を後にした。
「いかがでしたか?」
「……間違いなく、キャサリンのことを知っている。」
ドフィンは苦々しく息を吐いた。
これで、ブラウンスとキャサリンの間に、何らかの関係があった可能性も考えざるを得なくなった。
「本当に、そうでなければいいのだが……」
キャサリンが、アイリーンにさえ打ち明けなかった“あの男”に関する秘密。
それが、もしかするとブロノスに繋がるものではないのか――そんな考えがよぎり、胸中は複雑に入り乱れた。
「ベン、もしエスターの父親だと名乗り出る者が現れたら、どうなる?」
「……率直に申し上げますと、訴訟となれば神殿側が有利でしょう。捨てたのではなく、失ってしまったと主張すれば、神殿がその言い分を汲む前例も少なくありません」
求めていた答えとは程遠い現実的な見解に、ドフィンは不快そうに目を細めた。
するとベンは、慌てて言葉を改め、深く頭を下げる。
「ですが、お嬢様の場合は別です。どのような訴えを起こされたとしても、殿下が勝訴なさるでしょう」
ベンはそう言って、念を押すように頷いた。
「エスターにとって、父親など不要だ」
「おっしゃる通りです。」
訴訟沙汰になると考えただけで気が重くなり、ドフィンはこめかみを押さえながらため息をついた。
「戻ったら、ルシファーをうまく丸め込んで使ってみるか。」
口先で誘導されるだけで、ルシファーに拒否権はなかった。
「だが……彼が言うことを聞くかは分かりません。」
「聞かなければ、聞かせればいい。」
あまりにも簡潔なその一言に、同行していたベンはぎこちなく笑い、ドフィンの後に続いた。