残された余命を楽しんでいただけなのに

残された余命を楽しんでいただけなのに【88話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「残された余命を楽しんでいただけなのに」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【残された余命を楽しんでいただけなのに】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「残された余命を楽しんでいただけなのに」を紹介させていただきます。 ネタバレ満...

 




 

88話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 子どもの人生

翌朝。

イザベルはキルエンとともに朝食をとっていた。

キルエンはスプーンを止め、ふと口を開く。

「昨日は……驚かれましたよね?」

「いいえ?」

「正直におっしゃっていただいて構いませんよ」

それでもイザベルは、まるで何事もなかったかのように首を傾げた。

小さな子どもとは思えないほど、落ち着いた声音で。

「本当に、平気でしたよ」

その幼い少女は、ただの子どもではなかった。

皇族として生きる者――だからこそ、取り乱した姿を見せまいとしていたのだろう。

(私の前では、無理をしなくてもいいのに……)

キルエンは、ほんの少しだけ胸の奥がちくりと痛んだ。

しかし、その直後。

思いもよらない言葉が続いた。

「私、マン・カルフ准将が来ること、知っていました」

「……いつから?」

「お姉様が私を起こさないように、そっと起き上がった時からです」

イザベルはくすりと微笑む。

「実は、昨日の時点で“お芝居”だって気づいていましたよ」

(昨日……?そんな場面、あったか?)

キルエンの思考は、一気に混乱へと沈んでいった。

「……そうなの?」

「だって、あんなに“気配”を放ちながら歩いてきたじゃないですか。暗殺者にしては、ちょっと大胆すぎますよ。だから、ただの“お芝居”だと思いました。私と遊んでくれるのかなって」

「……“気配を放ちながら歩いてきた”、だと?」

あり得ない。

確かに、熟練した暗殺者ほどの完全な隠密ではなかった。

だがマン・カルフは、自分なりに気配を抑え、慎重に接近していたはずだ。

それを――まだ“気”の扱いすら未熟なはずのイザベルが、ここまで明確に感じ取っていたというのか。

「はい!」

無邪気なその返事に、嘘は感じられない。

キルエンは言葉を失った。

「昨日、マン・カルフ准将の気配を全部読んでいたってことですか?」

「はい。……でもよく考えたら、お父様よりは隠し方が雑だったかもしれませんね……」

イザベルは首をかしげながら、どこか呑気にそう言った。

彼女はロンの変装すら、一瞬で見抜いていた。

それほどの感覚を持ちながら、自分が特別だという自覚はまるでない。

(自分にできることは、他の人間にもできる)

そんな風に、当たり前のように思っているのだ。

だがキルエンは、再び言葉を失った。

「……お父様、ですか?え?陛下が気配を隠すってことですか?いつの話ですか?」

理解が追いつかない。

皇帝が気配を隠す?

そんな話は一度も聞いたことがない。

その瞬間――イザベルはハッとしたように口を押さえた。

「……あっ、失敗しちゃった。えへへ」

もう少しで、“お父様バレ”してしまうところだった。

世界の常識をひっくり返しかねない、危うい一言だった。

イザベルは、ぱっと花が咲くように笑った。

朝食は、もうすぐ終わろうとしていた。

食事の間じゅう、キルエンは考えて、また考えて――ようやく口を開いた。

「皇女様。怖いものは怖いって言っていいんです。驚いたなら、驚いたって言っていい」

それが、子どもらしさだ。

何もかも隠して生きる必要なんてない。

「……少なくとも、私の前では。私はあなたの“お姉さん役”でしょう?」

イザベルは小さく首をかしげた。

「でも、本当に怖くなかったんです」

「……え?」

「ちょっとだけ、寂しかっただけで」

その言葉に、キルエンは一瞬言葉を失う。

「演技だと思っていたのに、違って……。マン・カルフ准将ほどの人が、基地の中であんな無謀なことをしたってことは……」

イザベルは、まっすぐな目で続けた。

「つまり、“普通じゃなかった”ってことですよね?」

あまりにも筋が通った話だった。

しかも外部の存在に侵されたときに感じた、あの異様な違和感。

イザベルはそれすら、はっきりと認識していた。

だからこそ、キルエンは理解できた。

(……精神干渉系の魔法)

あの行動は、理性を失った結果ではなく“何かに操られていた”可能性が高い。

「正気じゃなかったし、私が外に出たら攻撃される。そんなこと、三歳の子どもでも分かりますよ?」

(いや、その“三歳”がおかしいんだが……)

キルエンは、思わず心の中で突っ込んだ。

「でも、私のそばにはビアトン先生とキルエンお姉様がいますから。だから私は、ほんの一瞬だけ時間を稼げばよかったんです」

淡々と語るその内容は、あまりにも冷静だった。

「そのくらいなら、できると思いました」

キルエンは言葉を失う。

(この子……自分が囮になる前提で動いていたのか……?)

「……じゃあ、“武具召喚”は、驚いて無意識に発動したわけじゃないんですね?」

「無意識って……」

イザベルはきょとんと首を傾げた。

「そんな高度な魔法、無意識で使えるわけないじゃないですか」

キルエンは、昨夜――ビアトンと二人きりで話していた内容を思い出していた。

『あれは間違いなく“本能的な魔法”だ。普通、上級魔法師の“武具召喚”は、複雑な計算と術式、それに対象となる武具への刻印が必要になる。だが皇女様は違う。ただ魔力を叩き込むようにして発動させた。理屈を超えている。あれほどの魔力量……前例がない』

その言葉が、頭の中で反響する。

キルエンは、ひとつ息をつき込み上げる困惑を飲み込んだ。

「……つまり、計算と術式を経て発動された、ということですね?」

「はい、もちろんです!」

イザベルは、何の迷いもなく頷いた。

――だが。

そこに、明確な“食い違い”があった。

ビアトンの見立てでは、あれは本能的な発動。

しかしイザベル本人は、理論通りに使ったと断言している。

(どっちが正しい……?)

キルエンの中で、違和感が静かに膨らんでいった。

しかし、イサベルの立場からすれば違っていた。

「なるほど、これは皇女様の基準というわけですね。」

それは単純に無理をして魔力を注ぎ込んだわけではなかった。

他人にはそう見えたかもしれないが、イサベルは自分が扱える範囲の魔力だけを引き出したにすぎない。

イサベルにとっては、過度に複雑な術式や効率の追求は必要なく、ただ一般人には衝撃的に見えただけのことだった。

「危険を承知で、わざわざお越しになった理由は何でしょうか?」

「万が一カルプ准将に捕まったら不利になりますからね。姉様はカルプ准将より階級も低く、華やかな戦歴もお持ちでしょう?」

カルプ准将はこの場のナンバー2だ。

一方、キルエンは過去に上官へ暴行を働き、左遷された問題人物である。

対外的にはそうだった。

キルエンにとっては、衝撃の連続だった。

「不利にはならないんですね。」

その言葉がキルエンの胸を大きく揺さぶった。彼女はその動揺を抑え、再び問いかける。

「もしかして、別の部隊と一緒に来られたのですか……?」

「別の部隊と一緒にいれば、魔法が強化される気がするんです。」

それもまた、綿密に計算された行動だった。

「……では、どうして気を失われたのですか?」

「私、気絶なんてしていませんけど?」

「え?」

「本当に気絶しているように見えましたか?」

イサベルはなぜか、少し気分がよくなった。

おそらくキルエン姉様でさえ騙されるほど、完璧に気絶したふりを演じ切れたからだろう。

次は“お父さんバス”の世界観でも、もう少し役に入り込めそうな気がした。

「はい。どれだけ驚いたことか。本当に気絶していなかったんですか?どうしてあんなふうに気絶したふりをなさったのです?」

「そこで気絶しておいた方が、ビアトン先生にとっても確実な口実になりますからね?」

それが演技ではないと悟った瞬間。

神聖な“役割劇”が冒涜された(?)と感じたその瞬間、イサベルは極めて“イサベル”らしくなった。

「ごく普通に」論理的かつ数学的に考えたのだ。

「私は帝国の首席補佐官ですから、首席補佐官らしく振る舞えるようにしていただいただけのことです。」

「……」

イサベルの目がきらりと輝いた。

「私、気絶の演技すごく上手でしたよね?そうですよね?本当に姉様でも気づかなかったんですよね?」

ほかでもなく、その称賛を求めている様子だった。

彼女にとっては、ほかの計算などあまりに平凡すぎたのだから。

イサベルのきらきらとした眼差しを見つめながら、キルエンは目頭が熱くなった。

――私は忘れていた。この子がどんな子だったのかを。

五百年もの伝統を受け継ぐ最強の剣術名門、ビロティアン皇家。

その家にあって、ビロティアン流の剣術を修めることができない子が生まれた。

自らを縛らなければ生き残れない、そんな弱肉強食の世界で、この子はこの八年間、どんな思いで生きてきたのだろうか。

どのようにして生き延びてきたのか。

――あの飾り気のない明るい笑顔の裏には……徹底して生き抜こうとする執念と努力が込められていたのだ。

今日、はっきりとそれを見た。

イサベルの状況判断と行動は、決して子どものものではない。

それは紛れもなく、熟達した戦略家のそれだった。

イサベルがこの八年間、皇宮でどう生き延びてきたのかを、端的に示していた。

「皇女様。」

「はい?」

キルエンは片膝をつき、イサベルと目線を合わせた。

こうして向き合うと、改めて実感する。

――なんて小さいのだろう。

自分のほうがずっと大きいはずなのに。

その差を踏まえても、イサベルはあまりに小さかった。

キルエンはイサベルをぎゅっと抱きしめた。

「ん?」

褒められることを期待していたイサベルは、首をかしげる。

褒めるにしては、どこか感情があふれすぎているように見えたからだ。

「これ、褒めてるんですか?」

「ええ。とても褒めているわ。」

キルエンの瞳には涙がにじんでいた。

――こんな小さな体で、どれほど高い波を乗り越えてきたのだろう。

どれほど激しい波を越えてきたのだろうか。

子どもには、子どもとして生きる権利がある。

どう生きるかを自分で選び、社会の一員として果たすべき役割がどうこうと、そんな難しいことを考えなくてもいい特権がある。

目の前の美味しいものを楽しみ、落ち葉が舞うのを見て笑い、小さなことでも褒められ、嬉しいことがあれば思いきり笑い、悲しいことがあれば思う存分泣けばいい。

それが、キルエンの考える子どもの人生だった。

けれど、キルエンが見てきたイサベルは、そんな子どもの人生を送ることができなかった。

「すごく、すごく、すごく……大きな賛辞ですよ。」

「えへへ。」

物語の中でずっと推してきたキャラクターに抱きしめられたイサベルは、心から嬉しそうに微笑んだ。

子どもの体は、知らず知らずのうちに本音をさらけ出してしまうものだ。

「幸せだな。」

「……」

その「幸せだ」という一言が、キルエンの胸を深く刺した。

――皇宮では、この子をこんなふうに抱きしめてくれる人はいなかったのだろう。

だからこそ、ただ抱きしめてもらえるというだけで、こんなにも幸せを感じているのだ。

彼女にとってそれは、特別なことではなく“当たり前であるべきこと”だったのに。

イサベルも手を伸ばし、キルエンをぎゅっと抱き返した。

これは、現実での“推し活”だった。

「本当に、好きです。」

キルエンは思わず尋ねたくなった。

――どうして、こんなにも嬉しそうにしていられるの?

ただ抱きしめられることが、そんなに特別なことなの?

しばらくの間、静かな時間が流れた。

やがてイサベルは、キルエンが泣いていることに気づいた。

「お姉さま?どうして、どうして泣いているんですか?」

イサベルの立場からすると、少し戸惑ってしまう。

泣く理由が思い当たらないのだ。

それでも、とりあえず慰めようとした。

小さな手でキルエンの背中をぽんぽんと叩いてあげる。

なぜ泣いているのか分からないため、うまく慰めることはできなかったが。

「泣きたければ、泣いてもいいんですよ。」

キルエンはもう一度、涙をこらえた。

――泣きたいなら、泣いてもいい。

その言葉は、もしかするとイサベル自身に向けられたものでもあった。

涙には不思議な伝染力があって、イサベルの目頭も熱くなっていった。

キルエンはそっと問いかけた。

「皇女様は、本当に幸せなのですか?」

もし幸せでないのなら――皇族としての人生から逃れたいのなら、どんな手を使ってでもこの子を助けてあげたい。

キルエンは、そう思っていた。

「はい。私は、とてもとても幸せです。」

前世とは比べものにならないほど、まばゆい人生を送っていた。

朝ごとに迎える陽の光から、痛みなく眠りにつける夜まで。

そのすべてが、イサベルにとっては祝福であり、感謝すべきものだった。

「どうして、そんなに幸せでいられるのですか?」

「それは……」

――前世があまりにもつらかったから?

その言葉は、口にすることができなかった。

「どうして、そんなに悲観せずにいられるのですか?」

イサベルの世界はどこもかしこも悲観だらけなのに、どうしてあんなふうに太陽のようにいられるのか。

「えっと……」

前世のことは口にできなかった。

下手をすれば、聖騎士団が押し寄せてくるかもしれない。

ふと、昔SNSで見かけた言葉を思い出す。

フランスのどこかの哲学者の言葉だったかもしれない。

「悲観は感情だけれど、楽観は意志なんです。」

「……」

キルエンの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

その言葉が、かえって彼女の胸を締めつけた。

――それはつまり、この子は。悲観という感情さえも、意志によって楽観へと昇華しているということではないか。

どれほど必死に意志を振り絞り、生き抜いてきたのか。

キルエンは、もう何も言えなかった。

ただ、この健気な子を強く抱きしめることしかできなかった。

 



 

 

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