大公家に転がり込んできた聖女様

大公家に転がり込んできた聖女様【139話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【大公家に転がり込んできた聖女様】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹...

 




 

139話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • ラビエンヌからの招待

シャロンに会って家へ戻ったエステルは、疲れ切ってそのままベッドに倒れ込んだ。

保護所でシャロンと交わした会話が、頭から離れなかった。

「長老会に、あれほどの力があるなんて……」

存在自体はぼんやりと聞いてはいたが、その実態を知ったのは今日が初めてだった。

「ラビエンヌを退けて、地位を取り戻す、か……」

神殿の内部でも派閥争いがあるらしく、考えれば考えるほど頭が痛くなってきたところで、ドロシーが戻ってきた。

「お嬢さん、今日、神殿に誰かが来ていましたよ」

「……え?」

もしかしてシャロンが自宅まで来たのでは、とエスターは思わず勢いよく立ち上がった。

「ものすごく大事な招待状だから、ぜひお嬢さんに出席してほしいって。贈り物と一緒に届けに来たんですよ」

門番は簡単な確認を済ませると、主を待っていた招待状をエスターに差し出した。

「……なんで、こんなに豪華なの?」

「でしょう?みんな、見た瞬間に驚いてましたよ」

金を練り込んだ紙でも使っているのではないかと思うほど、封筒は眩いばかりに輝いていた。

とりわけ封蝋には宝石の粉が散らされており、手に取るのをためらうほどの豪奢さだ。

神殿からの招待状だと分かり、警戒心が先に立ったが、内容を確認しないわけにもいかない。

エスターは慎重に封を切った。

『……聖女である私が自ら主催する、第一回――』

文面を追う指先が、わずかに強張った。

「ロイヤル・ティータイムに、エステル様をご招待したいとのことです……」

招待状の差出人を確認したエステルは、露骨に眉をひそめた。

「ラビエンヌとのティータイム、ですって?」

さらに読み進めると、ラビエンヌと同じ系譜を持つ者の中から、ごく少数だけを特別に選んだ、と記されていた。

とりわけ自分と親交を深めたいので、ぜひ出席して場を華やかにしてほしい、という一文まで添えられている。

「怪しすぎる……」

エステルは腕を伸ばして招待状を遠ざけ、一度細めた目を、すぐにまた鋭く開いた。

貴族たちが特権階級を作るために、社交の場を設けること自体は珍しくない。

その事実は、エステルもよく分かっていた。

しかし、その主催者が――聖女ラビエンヌだというのなら。

疑わしい点は、どこにも見当たらなかった。

そもそも、わざわざこんな集まりを主催しなくとも、聖女という立場にいれば、黙っていても勝手に人脈は広がっていく。

血を持ってこいとカリードを使いに出さなくても、大聖堂の代司祭たちが足を運び、ついには正式な招待状まで届く始末だ。

――今日は、いったい何の日だろう。

長老会の一員であるシャロンに会って気持ちがざわついた矢先、同じ日にラビエンヌからも不可解な招待を受け、頭痛はさらに増すばかりだった。

いつの間にか隣に来ていたシュルが、深いため息をつくエスターの手を取り、そのまま腕をぎゅっと絡めてきた。

――二時間後。

「お嬢様、起きてください。夕食の準備が整いました。お食事なさりませんと」

「ん……ああ、すぐ行く。今すぐ下りよう」

シュルの腕に抱かれるようにして、うとうとと浅い眠りについていたエスターは、名残惜しそうに目を瞬かせながら、ゆっくりと身体を起こした。

そう言って溜息をつきながら、エステルは食堂へ向かった。

手には、ラビエンヌから届いた招待状を無造作に持ったままだった。

食事はいつも通り、にぎやかに進んだ。

今日のメイン料理は、赤みがほんのり残るステーキだった。

普段なら嬉々としてナイフを入れていたはずのエステルは、どこか上の空で手が止まり、最初にフォークを置いた。

そしてナプキンで口元を拭き、空いていた椅子に置いてあった招待状を手に取って、テーブルの上に広げてみせた。

「実は今日、神殿にこんな招待状が届いたの」

照明を反射してきらりと光る招待状を、ジュディ、デニス、ドフィンの順に回していく。

「なんでまた、あの悪女の名前が出てくるの?」

ジュディはさすがに罵倒まではしなかったものの、ラビエンヌを“悪女”と婉曲に呼び、歯ぎしりするように名前を口にした。

「“ロイヤル・ティータイム”だなんて、名前からして胡散臭いな」

デニスが手にしていたナイフを、ステーキに突き立て、乱暴に切り分けた。

「……重要性のない招待状だろうとは思っていたが、やはりか」

最後まで招待状に目を通したドフィンは、露骨に不機嫌そうな表情を浮かべた。

眉間に深い皺を刻みながら、手にしていた招待状をテーブルの上で軽く指先で叩く。

「エスター、これも読むつもりか?」

「いいえ」

エスターは小さく首を振った。

どうせドフィンに見せた時点で、すぐに茶を淹れるつもりだったのだ。

「じゃあ、捨ててしまおうか」

ドフィンは、目元だけで笑いながら、招待状をびりびりと引き裂いた。

きらびやかで上質そうな紙だったが、彼の手の中ではあっけなく屑と化した。

「持っていけ。暖炉に放り込んで燃やしてしまえ」

「はい、陛下」

その破れた紙切れ一枚残らず焼き払えと命じる姿に、エステルのふっくらとした唇がわずかに歪んだ。

「そういえば、今日、保護所に長老会の人が来ました」

報告で大まかな事情は把握していたドフィンに、エステルはシャロンとの会話内容を省くことなく伝えた。

「本当に、いろいろと厄介だな」

声に苛立ちを滲ませたドフィンは、深く息を吐き、前髪を乱暴にかき上げた。

一瞬だけ露わになった広い額と鋭い眉間が、炎の明かりに照らされて浮かび上がり、すぐに闇へと溶けて消えた。

「エステルは、どう思う?」

デニスはエスターの考えも聞こうと、テーブルの上に肘をついた。

しばらく思考を整理していたエスターは、小さく息を整え、落ち着いた声音で口を開く。

「……怪しいと思います。表向きはただのティータイムでも、裏にどんな意図が隠されているか分かりませんから」

ラビエンヌが目的のためなら手段を選ばない人間だということは、誰よりもエスター自身が理解していた。

これまでにも幾度となく罠にかけられてきた。

誘いなのか、策略なのか、その境界が曖昧な手口に、何度も神経をすり減らしてきたのだ。

そんな露骨な誘導に、今さら引っかかるほどエスターは甘くない。

「だろ?あんな招待、応じる必要なんてない」

歯切れよく言い切るエスターの答えに、ジュディはどこか爽快そうな表情でグラスを持ち上げた。

「……でも、とりあえず行こうとは思っています」

その続きの言葉に、ジュディは持ち上げたグラスを途中で止め、そのまま視線だけをエスターへ向けた。

「え?」

ジュディだけでなく、ドフィンとデニスも同時に目を見開いた。

エステルは、三人の動揺を抑えるため、慌てて言葉を付け足した。

「本当に行くつもりじゃなくて、言葉だけです」

「ああ、期待させておいて、突き落とすってこと?」

デニスは理解した様子で目を輝かせた。

「ええ。行けない理由なんて、適当にいくらでも作れますから」

ティータイムに必ず来てほしいと言うのには理由があるはずだ。

エステルが来ると信じて安心させておいて、そこから大きく失望させる――そのつもりだった。

「いい案だな。本当に神殿に行くわけじゃないなら、問題ない」

策略を好むデニスは面白がった様子で、エステルの方へ身を乗り出した。

「でも、それなら……」

エスターは少しだけ逡巡したあと、胸の内にあった正直な気持ちを口にした。

「……ラビエンヌが資格試験を受けるところ、見てみたいんです。やっぱり……いけないでしょうか?」

ラビエンヌが招いたティータイムに出向くつもりなど、最初からなかった。

エスターが本当に迷っていたのは、シャロンが口にしていた“資格試験”のほうだ。

試験に落ち、思い通りにならず苛立つラビエンヌの姿を――そして、そのまま転落していく始まりを、この目で確かめたい。

「……その気持ちは、分かるよ」

「うん。私も、見たいと思う」

デニスとジュディは、エスターの想いに共感するように静かに頷いた。

これまでラビエンヌから受けてきた仕打ちを思えば、そんな感情が湧くのも無理はない。

むしろ当然と言っていいほどだ。

「でも……資格試験って、神殿で行われるんだよね?危なくないか、それが心配だな」

現実的な懸念を口にするデニスの言葉に、場の空気がわずかに引き締まった。

黙って話を聞いていたドフィンは、心配を隠さず口を開いた。

彼にとって何より大切なのは、エステルの身の安全だった。

「俺も、行かない方がいいんじゃないかとは考えた。けど……今回の資格試験が、かなり重要だと聞いてな」

ラビエンヌを失脚させ、世論も動き、資格試験が再び実施される今は、まさに絶好の機会だった。

だが、もしエステルが試験に姿を現さなければ、相手がどんな手を使ってでも、うやむやにしてしまう可能性がある。

自分が聖女だという事実を神殿に示すつもりはない。

それでもまずは、試験そのものが正しく行われるようにしたかった。

もし試験会場で、ラビエンヌが再び聖女のふりをしていたことが明るみに出たとしても、それを見届けられなかったら、きっと後悔するだろう。

ドフィンも、エステルのこうした思いを十分に理解していた。

とはいえ、どんな危険が潜んでいるのか分からないまま、神殿へ送り出す気にはなれなかった。

「それなら、俺も一緒に行こうか」

「お父さんが行ったら目立ちすぎます。すぐ警戒されますよ?」

ドフィンが中央神殿のある領域に足を踏み入れた瞬間、ラビエンヌのもとへ報せが届く――それは目に見えていた。

「心配しないでください。危険だと感じたら、神殿の中へは入りませんから」

ひときわ成熟したエスターの瞳は、淡い桃色に金の光を溶かし込み、静かにきらめいていた。

その揺るぎない決意に、これ以上引き止めることはできない。

ドフィンは不安を隠せないまま、指先でテーブルをとん、と軽く叩いた。

「……安全を最優先にするって、約束してくれ」

「約束します。それに、神殿へ行く前にシャロンおばあさまに会います。何かあれば、そのまま引き返せますから」

エスターはそう言って、落ち着いた笑みを浮かべた。

その前に一度会って、シャロンが本当にラビエンヌの支持勢力ではないかを確かめておきたい、という考えもあった。

さらに、招待状に記されていたティータイムの日付より四日後に予定されている試験日を、ティータイムの直後に繰り上げられないかも聞いてみたかった。

「分かった。じゃあまず護衛を増やして、影部隊も付けよう。それなら送り出せる」

影部隊は、ドフィンを最も近くで守る特殊部隊で、彼が認めたごく少数の精鋭のみで構成されていた。

常にドフィンの周囲にいながら、普段はすべての気配を消し、存在を悟らせないよう潜んでいる。

「影部隊なら安心です」

隣で同じように心配していたベンの表情も、ようやく明るくなった。

影部隊の実力を、誰よりもよく知っていたからだ。

彼らを連れていくのなら、並の騎士団が束になって襲いかかってきても問題はなかった。

たとえ最上位の暗殺ギルドが差し向けられたとしても、彼女たちを止めることはできないだろう。

 



 

翌日――エスターは朝早くから目を覚まし、保護所へと向かった。

数日テレシアを空けると、聖花を作れなくなる。

だからこそ、その前にできるだけ多く用意しておこうと考えたのだ。

日の出とともに始まった聖花の育成は、正午をとうに過ぎるまで続いた。

保護所の温室にこれほど長く籠もったのも、これほどの量の聖力を注ぎ込んだのも、初めてのことだった。

「……無理をしすぎではありませんか?」

その声に、エスターはふと手を止めた。

「まだ大丈夫です。」

そばで浄化を手伝っていたパラスが、心配そうにこちらを見た。

「いくら制限がないとはいえ、これほどの聖力を一日に使えば、無理がかかるに違いありません。今日はもうおやめになったほうが……」

「もう少しだけ。」

エスターは平気そうに微笑み、再び聖力を温室いっぱいに行き渡らせた。

出発前に、できる限り多く作っておきたかった。そうすれば、より多くの人を救えるのだから。

浄化を終えたパラスは、集中しているエスターの邪魔をしないよう、静かに温室を後にした。

「ふう……」

しばらくして、すべての作業を終えたエスターは息を整えながら、周囲をぐるりと見回した。

(これくらいでいいかな。)

満足するほど聖花の芽を育て終えたエスターは、ようやく土の床へと力なく腰を下ろした。

「……さすがに、きついな」

聖力が足りないわけではない。

溢れ出すほどの聖力に、エスター自身の身体が追いついていなかった。

聖力を使えば使うほど、疲労は確実に蓄積される。

今はもう、立ち上がるだけの力すら残っていない。

投げ出した脚の先、ぼんやりとした視界の向こうには、花房を大きく実らせた聖花がびっしりと並んでいた。

「……少しだけ、横になろう」

淡く漂う聖花の香りと、掌に伝わる湿った土の感触。

その心地よい誘惑に抗えず、エスターはそのまま身を横たえた。

天井に穿たれた大きな開口部から、やわらかな日差しが降り注ぐ。

疲れ切った身体に温もりが染み込み、今すぐにでも眠りに落ちてしまいそうだった。

――ほんの少し、目を閉じるだけ。

目に滲んだ気配を感じ取り、エスターは気分よさそうに目を閉じた。

「平和だわ。」

ラヴィエンヌのことでずっと神経を張り詰めていたが、今この瞬間は何も考えていなかった。

疲れのせいか、体の緊張もすっかり解けていた。エスターはあらゆる不安を忘れ、そのまま土の上に横になり、うとうとと眠りに落ちた。

エスターが眠りにつくと同時に、温室の空気がやわらかく変化した。

揺りかごで眠る子を起こさぬように包み込むような、静かで優しい空気が温室いっぱいに広がっていく。

そして、しばらくして。

温室の扉が開き、誰かが中へと忍び足で入ってきた。

侵入者は空気の中心にいるエスターを一目で見つけ、息を潜めた。

聖花をかき分け、すぐ隣まで音を立てずに近づくと、両手を大きく広げ、エスターの顔に降り注いでいた日差しが、ふいに遮られた。

浅い眠りに落ちていたエスターは、本能的に気配を察し、視界が暗くなったことに気づく。

『……なに?』

重たく張り付いていた瞼を、ゆっくりと持ち上げる。

まだ焦点の合わない、ぼんやりとした視界。

――けれど、目の前に映った姿を認識した瞬間、エスターははっと息を呑み、反射的に目をこすった。

「ごめん。私のせいで起こしちゃった?日差しが強そうだったから、眩しいかなって思って……」

聞き慣れた声。
その声を耳にした途端、これは夢ではないと確信し、横たわっていた身体を勢いよく起こした。

「ノア……?どうして、ここに……?」

驚きに見開かれたエスターの瞳が、わずかに潤む。

汗で髪は額に張りつき、服にも土と湿り気が染みついている。

聖花の世話に没頭していた名残そのままの、ひどくみすぼらしい姿。

――こんな姿を、ノアに見られたくなかった。

思わず視線を逸らしたエスターに、ノアは困ったように微笑んだ。

「聖花を取りに来たんだけど、ちょうど君が温室にいるのが見えてさ。」

「聖花を直接取りに来たって?それ、あなたの仕事じゃないでしょう。」

「その口実で、もう一度会いたかっただけ。会ってないの、ずいぶん久しぶりだろ?」

「そんなに久しぶりってほどでも……」

ノアはきれいに微笑みながら、眠りから覚めて戸惑っているエスターの頭の上に、もう一度そっと手をかざした。

その手のひらのせいで視界に影が落ち、ノアの背後から差し込む陽光がやけにまぶしく見えた。

『まぶしい。』

エスターは無意識のうちに、ぼんやりとノアの顔を見つめてしまい、はっとして慌てて顔を背けた。

「隣に座ってもいい?」

「服、汚れちゃうわよ。」

脚を折りたたんで座っていたノアは、そのまま自然な仕草でエスターの隣に腰を下ろした。

足元は土の床だというのに、まるで気にも留めていない様子だ。

エスターはその姿を横目で盗み見て、胸の奥がかすかに波打つのを感じながら、そっと気持ちを押し殺した。

「目が覚めたら、目の前にあなたがいるなんて……不思議。ねえ、あなたも私と初めて会ったとき、こんな気分だった?」

「さあな。あのときの俺の気持ちは、エスターにはたぶん想像できないと思う」

ノアは小さく、照れたように笑ってそう言った。

夢の中でしか会えなかった人。

毎晩のように胸の中で思い描いていた存在。

その人に、こうして現実で触れられる距離にいる――その瞬間に込み上げた衝撃と高鳴りは、どんな言葉を尽くしても言い表せなかった。

「……そう?」

事情を知らないエスターは、小さく首をかしげながら、拗ねたように唇を尖らせた。

「でも、ここで眠ってしまうほど聖力を使ったの?ちょっと無理しすぎじゃない?」

「うん、数日テレシアを覆ってたから。あとで中央神殿にも行くつもりだったし。」

そう言いながら、膝の上に顎を乗せてエスターを見ていたノアの腕がふっと力を抜き、体が前のめりになった。

その拍子に、ノアとエスターの肩が軽く触れ合う。

ノアははっとしてすぐに体勢を立て直し、驚いた表情で身を引いた。

「本当?なんで覆う必要があったの?」

エスターは、長老会で自分を訪ねてきた件と、ラヴィエンヌから届いたティータイムの招待状について説明した。

「まずは、あの“おばあさん”にもう一度会ってみようと思ってる。信頼できる人なら、資格試験の日程を調整してくれって頼むはずだから。」

「本当に、資格試験をやり直すつもりなの?」

「そう言ってた。私に、現聖女を引きずり下ろして……それで、私にも一緒に来て、その席に座ってほしいって言われたの」

「ふうん。じゃあ、俺も一緒に行くか」

ノアのあまりにあっさりした言葉に、エスターは目を丸くして、思わず瞬きを繰り返した。

「い、一緒に行くって……?神殿には、あなたを知ってる人も多いでしょう……?」

「知ってもらった方がいい。少なくとも、君に向かって無茶な真似をしようなんて考えられなくなる」

エスターを溺愛しているドフィンが聞いたら、きっと全力で止めにかかっただろう。

それでもノアは、エスターをたった一人で神殿へ送り出す気にはなれなかった。

ラヴィエンヌが権力を得るために、どんな手段に出るか分からない。

だからこそ、できる限り傍で守っていたかった。

「……本気なの?」

「うん。一緒に行く」

即答だった。

ノアの表情には迷いの色はなく、冗談や思いつきではないことが一目で分かった。

エスターはしばらく考え込み、それから小さく息を吐いて――

「……分かった」

そう言って、静かにうなずいた。

「よかった。今回はもう少し長く一緒にいられそうだな」

少し重くなっていた空気は、ノアの冗談とともに再び和らいだ。

ノアと軽い会話を交わしている間、エスターの目は深みを帯びていった。

帰還してから、エスターが中央神殿を訪れたのはちょうど二度だけだった。

一度目はセスピアに会うため、二度目はセスピアを見送るためだった。

それ以外では、神殿に行こうと考えたことすらなかった。

それなのに、今回ラビエンヌの試験を受けに行こうとしたのは、間違いなく自分自身の意志だった。

以前なら、たとえラビエンヌが没落していく様子を見守る機会があったとしても、そうはしなかっただろう。

その違いを、エスター自身がいちばん強く実感していた。

「ねえ。昔は絶対に実現できないと思っていたことが、少しずつ近づいてきている……そう思ったの。」

エスターは長いまつげを伏せた目をぱちりと瞬かせ、ノアを見つめた。

どんなに手を尽くしても決して届かないと思っていたラビエンヌが、今はまるで目の前にあるかのように近く感じられた。

「前は、ものすごく怖くて、ただ避けたいだけだった人が……今は怖くないの。じゃあ、私、少しは強くなったのかな?」

もはやラビエンヌは怖い存在ではなかった。

自ら神殿へ行こうと心に決めたのも、そのせいだった。

ノアは笑みを浮かべ、答える代わりにエスターの右手をそっと持ち上げた。

そのまま土の上に置き、自分の手で軽く押さえる。

そして――待つ間もなく、不思議なことに、手のひらの下からパチパチと弾けるような小さな芽が、すっと芽吹いた。

次には、ノアがエスターの手を離し、すでに育ち始めていた聖花のひとつに、そっと手を伸ばした。

ほんの一瞬触れただけなのに、白かった聖花の色は、すぐに濃く変わり始めた。

「ほら、見て」

ノアの声が風に乗って、エスターの耳元にやさしく届いた。

「俺は聖花に触れることすらできない。でも君は、聖花を次々と生み出して、さらに育てることもできる。本当にすごいよ」

突然向けられたノアの称賛に、驚いたエスターの頬が赤く染まった。

「これは全部、君の力だ。君は誰よりも強い。何だってできる」

“何でもできる”という言葉は、まるで呪文のようで、正体のわからない確かな力が、胸の奥からじんわりと満ちてくる感覚があった。

「ありがとう」

ノアが伝えたかった温かな想いを感じ取り、エスターの唇が、やわらかな弧を描いた。

「おそらく、今回の資格試験に通過できなければ、ラビエンヌの立場はかなり弱くなるはずだ」

ノアは、すでに神殿内部で聖女を疑う者が増えている、という話をエスターに伝えた。

「だったら、資格試験は神殿の中の人間が誰でも見られるように、公の場で行ったほうが効果的ね」

「うん。上層部は絶対にそうしようとはしないだろうけど……。でも、シャロンという長老が君に好意的らしい。ひとまず会って、話し合ってみよう」

聖花が揺れるほどに咲き誇る温室の中で、エスターとノアは向かい合い、明るく微笑み合った。

 



 

 

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