こんにちは、ちゃむです。
「余命わずかな赤ちゃん薬師は天才なのを隠さない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
32話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 名医の証明
「えっ、そんなのありえない!」
しばらくして、私たちは別の薬草店へと場所を移していた。そこもまた、チョク・ユナが経営する店だった。
「えっ、あのちびっ子が黒飛侯(こくひこう)の娘なの!? あんなに可愛くて、優しそうで、しかも美人なのに? あの人はあんなに鋭い顔つきなのに!」
驚くのってそこ?
まあ、言いたい気持ちは分からなくもないけれど。
「それに三歳で医師? 薬師? 本当にユンドクおじさんを治したって? そんなの信じられないよ!」
あまりにも信じてもらえないので、試しに年齢を教えてみたらこの反応だった。
チョク・ユナは興奮のあまり、机をばんばんと激しく叩いた。
「机、壊れそうだな。前から思っていたけど、本当に力持ちなんだね」
『西大陸の人たちは、たいてい豪快で荒っぽい人が多いからな』
だけど、目の前にいる彼女だけは違う。心の故郷を東大陸に置き、自分自身を完全な東大陸の人間だと思っているのだ。
『お母さんが東大陸の奴隷出身だったのかな……』
私がそんな取り留めのないことを考えていると、お父さんが私の額をコンと軽く弾いた。
「怖いか?」
「何が?」
「……いや、何でもない」
どうしたのだろう?
私は首をかしげながらも、チョク・ユナに向かって言った。
「ほら、私のことを信用していなかったから、あなたの手も治してあげたじゃないですか」
私が傷を治してあげたというのに、彼女はまだどこか釈然としない様子だった。
「そんな話、信じられないって顔をしているんだな」
お父さんが淡々と告げると、近くにいたユンドクおじさんが苦笑した。
「はは……。ご理解ください。ユナお嬢様がお話を受け入れるには、少し時間が必要でして」
「まあね。待ってなさい。そのうち信じざるを得なくなるから」
そう言ったチョク・ユナの周囲で、ぱちぱちと小さな炎がはじけた。どういう経緯で火を操る能力者が薬師になったのかは分からないけれど。
『本当に不思議な人だ』
しかも彼女は将来、大成功を収め、帝国三大商団の一つとなる『白龍商団』を築き上げる人物なのだ。彼女が創設した商団はやがて帝国全土に名を轟かせることになる。
『まあ、納得ではあるわね』
火を扱う能力者は、能力者の中でも少し特殊な立場にいる。
『能力というものは、その人の性格や精神にも影響を及ぼすんだ』
西大陸の学者たちの研究によれば、炎の能力者は能力が完全に安定するまでの間、怒りや興奮を抑えきれず、感情が高ぶると視野が狭くなってしまう性質があるという。能力が安定する時期は人それぞれで、中には一生安定しない者もいた。そのため、炎の能力者が多いこの地では、戦争や争いが絶えなかったという話まである。
『ちなみに土の能力者は欲深いと言われることが多いし』
もちろん、東大陸の能力者にもそれぞれ特徴がある。雷の能力者は熱狂に流されやすく、水の能力者は気まぐれだと言われることが多く……。ともかく、炎と土の能力者たちは今でも戦いによって己の強さを証明し、戦利品を手に入れ、そこに快楽を見いだしている。
この帝国は、西大陸で唯一の中立地帯だ。
『まるでスイスみたいな場所ね』
癒やし手たちの国。治療師たちの楽園。戦士たちですら、無条件で一歩引いて立ち入らなければならない場所。そんな秩序が成り立っているのは、強力な土の能力者たちを数多く擁する皇室の圧倒的な武力があるからだ。
『……あの感じの悪い皇太子の顔を思い出しちゃった』
だが、そんな皇室の力も今や衰えつつある。かつてのような強力な土の能力者が現れなくなっているからだ。
私が考えをまとめていると、チョク・ユナが大きくため息をついた。
「ふぅ……。ようやく落ち着きました。ご迷惑をおかけしてすみません、おじさん」
「はは、とんでもありません。それより、あちらのお客様方のほうが大変だったでしょう?」
チョク・ユナの黒い瞳が、静かに私を見つめた。
「お嬢様にもご迷惑をおかけしてしまいましたね。申し訳ありません」
『商団の名前? 白い商団でも作るつもりなのかしら!』
三回目の人生、十二歳のときにこの人と初めて出会った。三十を過ぎたその女性は、まるで二十歳の娘のように目を輝かせていた。
『ヒユ。かわいい子ね。私はあなたが大好きよ』
今より年を重ねた彼女は、能力もすでに安定していて、行動力があり、賢く、そしてとても優しかった。私との永遠の別れを告げるその瞬間でさえ、彼女は笑顔で――
『でも、私たちは一緒にはいられないの』
『……どうして?』
『私はユンドクおじさんの家族なの。そしてあなたは黒(ホク)家の子。ユンドクおじさんは一生、黒家を許すことはないでしょうから』
家族にもなれず、友達にもなれなかった。それでも彼女は、短い間だけでも私の幸せを願ってくれた人だった。
『幸せに生きて』
『私の幸運を全部あげてもいいから、どうか幸せになって』
そう言い残した彼女は、その数年後に亡くなった。大陸最高の名医であり薬師となった私ですら、彼女に「私たちは味方になれないのか」と尋ねることすらできなかった。
「つまり……」
チョク・ユナはあっさりと言った。
「天才ってことですね?」
さっきまで「理解できない!」と大騒ぎしていたのが嘘のようだった。その黒い瞳には、いたずらっぽい聡明さが宿っている。
「じゃあ、味方に引き入れなきゃ」
チョク・ユナはぱん、と手を叩いた。
「面白いですね。本当に世の中は生きてみないと分からないものです。そうでしょう、黒飛侯(こくひこう)さん?」
父は腕を組んだまま、何も答えなかった。
さっき興奮していたときもそうだったけれど……この人、お父さんの正体を知っているの?
「行方不明になったと噂されていたあなたが、突然うちに現れたんですから。どれだけ驚いたことか」
「……」
「誰か一人くらい殺しに来たのかと思いましたよ。家門の汚い仕事を片っ端から暴いていた“狂犬”を、今度は私たちに向けるつもりなんだと」
彼女は、父が何も答えなくても一向に構わないという様子だった。
「理性を失った衝動だった、とでも言い訳するつもりですか?」
「いや、言い訳をするつもりはない」
チョク・ユナは肩をすくめると、立ち上がって丁寧に頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。たまに頭のねじが外れることがあるんです。疑ってしまってごめんなさい。それと、お医者様。本当に助けていただき、ありがとうございました」
「……」
「ユンドクおじさんは、私にとって家族のような人なんですから」
「謝罪を受け入れるかどうかは、うちの一行の隊長に決めてもらおう」
「隊長?」
チョク・ユナが首をかしげる。すると、お父さんが私に視線を向けた。
「どうする? 決めろ、隊長」
チョク・ユナとユンドクおじさんの視線が一斉に私へ集まった。私は目をぱちぱちと瞬かせた。
『ジョア(ハヤン)、お父さんはもう私の部下なんだ。分かってるよね?』
まさか、お父さんがこんなところでそんなノリを持ち出してくるなんて。
『誰が家族として守るべき存在で、誰が部下なの?』
チョク・ユナが呆れたように声を上げた。
「わあ、ひどい! ひどすぎる!」
父はそれを気にも留めず、腕を組んだまま堂々と宣言した。
「私は隊長の命令に従う」
なんという手のひら返し!
チョク・ユナはくすっと笑った。実に楽しそうだった。
「まあ。どこの誰かと思えば、あの黒飛侯を部下にしようという方ですか?」
……この人も本当に。娘だと紹介されたばかりなのに、こういうおどけたところは相変わらずだ。
私は大きくため息をついてから顔を上げた。
「黒飛悠(こくひゆう)です」
「比悠(ピユ)?」
「お父さん、静かにして」
私は口を挟んだ父をじろりと睨んでから、続けて言った。
「こちらはもうご存じでしょうけど、私のお父さんの黒飛侯です」
「黒飛侯だ」
お父さん、本当にもう!
「……はぁ。私たちに申し訳なく思っていることも、感謝していることも分かりました。でも、口先だけで終わらせるつもりじゃないですよね?」
「まあ……。その可愛らしい話し方とは裏腹に、ずいぶん大人びた内容ですね。大人と話し慣れているみたい」
「そちらのおじさんが、息子さんを治療してほしいと頼んできたんです」
チョク・ユナの表情から、ふっと笑みが消えた。
「……ユンドクおじさんが、ですか?」
「はい、その通りです」
チョク・ユナが視線を向けると、ユンドクおじさんは静かに頭を下げた。
「治療できるなら、何でもします。ユナ様」
「……」
チョク・ユナの瞳に、痛ましげな色が浮かんだ。
「分かりました。では、改めて自己紹介をしますね。私は『白龍商団』を運営している商団主、チョク・ユナです。まだ小さな商団ですが」
いや、この時点でも白龍商団は決して小さくはなかった。それなりの規模を持ち、この大きな市場でも一定の影響力を持つ商団だ。市場全体の規模を考えればそれだけでも十分すごい。しかも、商団の構成員のほとんどが東大陸出身者だった。
『西大陸の連中の圧力をはねのけて、ここまで成長したんだ』
そして将来、この商団は帝国全土に名を轟かせる存在になる。
「無料で診るつもりはありませんよ。おじさんの息子さんは、私にとっても弟みたいな存在ですから」
「……」
「治してくださるなら、私も何でもします。いえ、やります」
チョク・ユナは真剣な眼差しで私を見つめた。
「お願いします、ピユさん」
「……ヒユです」
「……そうですか、ヒユ?」
「ひ、ひ、ひ、ひ、ヒユ!」
一瞬きょとんとしたチョク・ユナは、次の瞬間、声を上げて笑い出した。私は顔を真っ赤にしながら頬を膨らませた。
私を見ていたお父さんが、そっと耳元でささやく。
「発音が少し違うくらい、恥ずかしがることじゃない」
「……静かにして、お父さん」
◇
話が終わって間もなく、ユンドクおじさんが一人の少年を連れて戻ってきた。
『息子っていうから、もっと大きい子を想像してたけど……』
私とは四歳ほどしか違わないだろうか。黒啓源(こくけいげん)やビスと同じくらいの年頃だった。足を引きずってはいたが、顔立ちは整っている。ユンドクおじさんを見て、照れくさそうに笑う、どこか幼さの残る少年だった。
「亡くなった妻が命がけで産んでくれた子なんです。だから、なおさら大切で……」
その一言だけで、彼がこの息子をどれほど愛しているかが伝わってきた。そんな大切な子どもを、治療することさえできずにいたのだ。
『3回目の人生でも、町医者や薬師は片っ端から訪ね歩いたんだ』
それでも治らず、最後は帝国でも指折りの黒家を頼ったらしい。もっとも、私の一族は彼らを冷たく追い返したそうだが。
淡い緑色の瞳。少年はやせ細っていたが、整った顔立ちにどこか儚げな雰囲気をまとっていた。
「……タク・ミンジェと申します。ごほっ!」
ふらつきながらも、少年は丁寧に頭を下げた。私ではなく、お父さんに向かって。
「医者はこっちだ」
父は軽く私の背中を押した。
タク・ミンジェは驚いたように目を見開く。
『近くで見ると、ますます整った顔をしてるわね』
私もユンドクおじさんから話だけは聞いていたが、実際に会うのはこれが初めてだった。
「……い、医者様に、ご挨拶いたします……?」
「そのままでいい」
咳き込む少年は、それ以上言葉を続けられなかった。滞在できる時間は限られている。余裕はない。すぐに診察を始めよう。
ここはチョク・ユナが用意してくれた、清潔な水と貴重な薬草が揃った倉庫だった。
「診察するから、驚かないでね」
チョク・ユナとユンドクおじさんは、少し離れた場所で待機した。
「お父さんは、どうして離れないの?」
「護衛だからな」
父は私の頭を軽くぽんと叩いた。
「医者を守るのも仕事だ」
なんとなく、頭を叩かれた場所をさすってしまう。
「隊長を守ることも、部下の務めだからな」
「うぅ、親バカ全開……」
「何だって?」
一言少なければ完璧なのに。
私は唇を尖らせながら、きれいな水の入ったたらいに手をそっと浸した。
「始めるよ?」
私と目が合った少年は一瞬固まったあと、慌ててうなずいた。
「あっ……はい! あの、その……妖精様みたいで、つい見とれてしまいました。すみません!」
「ずいぶん口がうまいね」
突然、お父さんが私の目を手で覆った。
ちょっと、どうしてそんなことするの?
私はお父さんの手を引きはがした。
「私は目が見えないとでも思ってるの?」
自分が美しいことくらい分かっている。だからこそ、余計な注目を集めて面倒な目に遭ったことも少なくない。あんな軽い褒め言葉で、一喜一憂するような性格じゃない。それに子どもの言葉だ。きっと、あの黒啓源が私を見るような目で褒めただけなんだろう。いったい何を考えてるんだか。
水が渦を巻き始めた。タク・ミンジェの体が、大きな水の球に包まれる。
頭の中へ流れ込んでくる診断情報を追っていると、私は思わず、はっと顔を上げた。
「これは何……? 喘息に奇形、それに四肢麻痺まで?」
思わずユンドクおじさんを見ると、彼は不安そうな表情を浮かべていた。私は唇をぎゅっと結んだ。しかも、症状はこれだけではなかった。
「……中毒の痕跡」
しかも、それは長期間にわたって摂取され続けていた。体の弱い子どもの体内に、これ以上毒が蓄積する余地がないほどに。
(このまま放っておいたら、明日にでも死んでいておかしくない……)
ユンドクおじさんは、それを知っていたのだろうか。
私はしばらく考え込むと、手を振った。水流が湧き上がり、薬棚のあちこちを巡っていく。ある薬草は浮かび上がり、ある薬草は元の場所へ戻っていく。
(もともとの病気に加えて、合併症、それに毒まで……)
決して簡単な治療ではない。もちろん、大お父さんや小お父さんほどではないけれど。
(そういえば、今世では黒家の人を治療するのは初めてか……)
少年は少し不安そうな瞳で私を見つめている。水の中にふわりと浮かぶ少年を安心させるように、私は優しく微笑んだ。
「心配しなくていい」
「……」
「目を覚ました頃には、きっと元気になってるよ」
タク・ミンジェの表情がふっと和らぐ。涙ぐんだ少年は、決意を込めたように答えた。
「はい……仙女様!」
……仙女様?
だが、訂正している暇はなかった。緑色の薬効を帯びた水が、少年の体へゆっくりと染み込んでいく。少年は静かに目を閉じた。
「ミンジェ!」
「眠らせただけです」
この子には不眠の症状まであった。
私はチョク・ユナの方を向いた。
「思ったより状態が深刻です……。あと何種類か、材料が必要になりそうですね」
チョク・ユナは我に返ると、親指を立てた。
「いくらでも使ってください! 私の倉庫には、ない物なんてありませんから!」
自信満々に言い切る。
「もし足りなくても、市場中を探して集めてきます。この街には手に入らない物なんてありませんから!」
確かに『黒林(こくりん)』は帝国でも三本の指に入るほど巨大な薬材市場だ。薬草だけでなく、治療に関わるものなら何でも揃う。さまざまな品を扱っているが、チョク・ユナは「必ず手に入れてみせます」と言わんばかりの勢いだった。
その自信が大げさではないことを証明するように、しばらくして必要な材料がすべて揃った。
(わあ……。ほかはともかく、百年物の虎黄(こおう)の肝まで、どうやってこんな短時間で手に入れたの?)
普通なら市場にも出回らない代物のはずだ。やっぱり、この人はすごい。
私は余計なことは考えず、再び調薬に集中した。幸いだったのは、タク・ミンジェの病気も合併症も、体内の毒も、すべて見覚えのあるものだったことだ。
(これも三度目の人生で経験した毒ね)
改めて思う。
(私、本当に必死に生きてきたんだな)
もう少し頑張れば、ようやく家に帰れる。韓国へ戻れたら、数年くらいは何もしないでのんびり暮らそう……。
「ふぅ……」
眠っているタク・ミンジェの口に薬を流し込み、数本の鍼を打ち、必要な注射も施した。
(鍼だけは、あの人のほうが上手だったな……)
友達というほどでもなく、かといってただの知人とも言えない。そんな、ある医師の姿が脳裏をよぎったが、すぐに追い払った。
(いつか連れて来られたらいいな)
◇
少年が目を覚ましたのは、日が傾き始めた頃だった。夕焼けに染まる部屋の中で、タク・ミンジェはゆっくりとまぶたを開いた。
「起きた? じゃあ、これだけ飲んでくれる?」
「あ……はい!」
タク・ミンジェは薬をこくりと飲み込んだ。
(ふぅ……疲れた)
部屋の中には、私が治療で残した色とりどりの光の跡と、水滴、そして使い切れなかった薬材が散らばっていた。治療に集中しすぎて、ずいぶん散らかしてしまった。
(もっと能力に慣れていれば、こんなに薬草を無駄にしなくて済んだのに。もったいない……。まあ、まだ子どもだから仕方ないか)
私は床に散らばった薬草へと目を向けた。
(これ、全部でいくらになるんだろう……。もったいない! この薬草があれば、もう一人くらい助けられたのに!)
「もう大丈夫なのか?」
「あ、お父さん」
私は父の問いにうなずいた。
「うん。今すぐ完治ってわけじゃないけど、あと三日くらいで治るよ。子どもだから、強い薬は使えないし……」
「お前のことだ」
父は私の言葉を遮った。
「ほら、疲れてるじゃないか」
気づけば体がふわりと持ち上がり、父の顔がすぐ目の前にあった。相変わらずの無表情だ。
「私は黒飛悠(こくひゆう)様をお守りするために来た。この子どもがどうなろうと構わない」
……まあ、私なら大丈夫。疲れたのは仕方のないことだから。
なんだか照れくさくなって、私は意味もなく視線を泳がせた。
そこへ、ユンドクおじさんとチョク・ユナが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ミンジェ……!」
「お父さん! 見てください! この子、咳が……咳が止まりました!」
「顔色まで……」
応急処置として急いで解毒したのだから、顔色が良くなるのは当然だった。タク・ミンジェは、咳が止まったことが何よりもうれしいようだった。
「足もあまり痛くありません……! 僕、もう走れるようになりますか? それに息も……!」
「ミンジェ……。やっと……やっと、お前が笑う姿を見られたな……」
ユンドクおじさんは私を見つめた。目元は真っ赤に腫れ、瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
「ああ……この子の元気な顔を……初めて見ました」
そう言うと、彼はその場で私に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます……。この子のためなら、私は命だって惜しくありません……」
私はユンドクおじさんをじっと見つめ、それから小さく笑った。
かつては、ああいう愛情というものが何なのか分からなかった。韓国にいた頃も、この世界に来てからも。
『どうやら私は、そういう縁には恵まれないらしい』
ふとお父さんを見ると、なぜか表情が固くなっていた。私を抱く腕に力を込め、もう片方の手で私の頭を何度も優しく撫でる。
『……あれ、頭でも痛いのかな?』
「お父さん?」
目が合うと、お父さんの戸惑っていた表情はすぐに元へ戻った。お父さんは何でもないというように首を横に振る。もっと話したそうだったが、症状の良くなった子どもが私たちとユンドクおじさんの様子を気にして見ていた。
『子どもの患者って、大きく二つに分かれるんだよね』
やんちゃすぎる子か、妙に大人びた子か。
私は体を伸ばした。少し疲れが出てきたみたいだ。
「そこに置いてある薬を3日間飲ませてね。決めた時間に、必ず飲ませること」
どれだけ念を押しても、薬をちゃんと飲まない患者というのはいるものだ。
「ちゃんと飲まないとダメだからね。そうすれば3日後には残っている症状も良くなるよ」
幸い、チョク・ユナは真剣な表情で力強くうなずいた。
「心配しないでください。たとえ夜中でも、ちゃんと起こして薬を飲ませますから」
「……なんでそこまで?」
この人ったら。私はそんな非常識な時間に飲む薬なんて出してないのに。
ほかにも注意事項を伝え、もし3日後になっても症状が改善しなければ連絡するよう伝えた。そんなことにはならないだろうけれど。
「それから……」
私はそっとお父さんに耳打ちした。
「お父さん、この子に聞こえないようにできる?」
お父さんは親指と人差し指を軽く鳴らした。ふわりと風が吹く。
「できた」
「うん」
音が聞こえなくなったのか、きょとんとするミンジェと、驚いた表情のユンドクおじさん。
最後に、チョク・ユナとユンドクおじさんを交互に見ながら私は口を開いた。子ども本人には聞かせたくない、残酷な事実を伝える時間だった。
「よく聞いてください。この子は中毒になっています」
ミンジェを指さすと、チョク・ユナの目が大きく見開かれた。
「かなり悪質な毒です。犯人を必ず見つけてください」
私は少し言い淀んでから、続けた。
「もしもう一度その毒を口にしたら、今度こそ命を落とすかもしれません」
カァ、カァ――。
市場の商人たちの商品を狙うカラスが、どこかで鳴いていた。日はゆっくりと暮れようとしていた。
「ふぁぁ……」
私はお父さんの腕の中で大きくあくびをした。
「あと少しだけ買い物して帰ろう」
◇
チョク・ユナの倉庫を出たあと、私たちは市場を歩き回り、必要な材料を買い集めた。
『これを持っていってください』
チョク・ユナは私たちに、白金で作られた通行証を手渡した。白龍商団の影響力が及ぶ場所なら、どこでも便宜を図ってもらえるという。
『これだけでは足りないでしょうが……残りのお礼は、3日後に必ずお渡しします』
さらには、市場で買い物をするたび、その代金はすべて白龍商団に請求するようにとまで言われた。もちろん……断る理由なんてなかった。
『タダでもらえるものを断るなんてもったいない』
そんなわけで、ブラックカードを手に入れた人みたいな気分で、遠慮なく買い物を楽しんでいた。
「あっ、お父さん! 次にあそこ、あそこ!」
高級素材のお買い物なんて最高! まるで福袋を開ける前みたいでワクワクする!
お父さんは私が指さした店先を見て、少し目を細めた。そこは人でごった返していた。
「……本当にあそこで買う必要があるのか?」
「お父さんは知らないからね。あそこで薬草を売ってる人は、乾燥処理の腕がすごいんだよ」
「それをどうやって知ったんだ……。まあいい、行ってこよう」
お父さんは私を地面に下ろした。そして、私の周りに小さな風の渦をひとつ残すと、そのまま店へ向かっていった。
『竜巻が私を守ってくれるなんて、かわいい……』
私はしゃがみ込み、お父さんの様子を眺めた。
『閉店間際のセールに並ぶお父さんなんて、なかなか見られない光景だな』
思わず笑みがこぼれる。あの性格なら、人を威圧して能力で道を空けさせても不思議じゃないのに、ちゃんと列に並んでいるなんて。
私はゆっくり傾いていく夕日を見上げてから、ふと顔を向けた。
『……動物の鳴き声?』
どこからか、くぅんくぅんと鳴く声が聞こえてきた。けれど見回しても、それらしい姿はどこにもない。夜になると営業できない露店は、ちょうど店じまいを始めていた。かなり不気味な雰囲気だった。
しばらく辺りを見回していると、鳴き声のする場所が分かった。路地裏だ。
私は少し迷ったものの、足を踏み出した。
『隣には小さな竜巻もいるし、大丈夫だよね?』
路地の入口には、捨てられた屋台が転がっていた。ハエがぶんぶん飛び回っている。嫌な臭いに思わず顔をしかめた。
『……これ、死臭に近い』
伝染病が流行った場所で何度も嗅いだことのある臭いだ。それにしても、ここには何もないじゃない? 何かあると思ったのに……。
その瞬間、足元でふわふわしたものを踏んだ。
「うわあっ!?」
私は飛び上がるように後ずさった。心臓がドクンドクンと激しく脈打った。
「びっくりした……何だったの?」
ようやく足元の正体を見つけた。これは……。
「きゅぅ……」
ぱちぱちと目を瞬かせる。
「動物? 子犬?」
うーん、違う。
「キツネ……みたいでもある?」
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前世の縁であるチョク・ユナとの再会と「白龍商団」への期待
3回目の人生での恩人であり、将来は帝国三大商団の一つ『白龍商団』を築くチョク・ユナと再会しました。彼女から白金で作られた通行証(ブラックカードのようなもの)を受け取り、ヒユは資金を気にせず高級素材の買い物を楽しみます。
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タク・ミンジェの劇的な治療と「中毒」の発覚
喘息や四肢麻痺だけでなく、長期間にわたる悪質な「中毒」によって命の危機にあった少年ミンジェを、ヒユは高度な調薬能力で救いました。しかし、子どもに配慮して周囲の大人のみに「犯人を見つけるように」と残酷な事実と警告を伝えます。
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父親の深い愛情と、路地裏での新たな謎の生物との遭遇
不器用ながらもヒユを「隊長」と呼んで溺愛し、買い物中も小さな竜巻の結界で守ってくれる父親の愛情が描かれます。その後、一人で待っていたヒユは死臭の漂う不気味な路地裏へ引き寄せられ、キツネのような謎の生物を踏みつけ遭遇しました。