大公家に転がり込んできた聖女様

大公家に転がり込んできた聖女様【155話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【大公家に転がり込んできた聖女様】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹...

 




 

155話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 帰るべき場所へ

「道をちゃんと辿れって言っただろ。間違えたらダメだって。私が見ていたんだから、心配するな」

「すみません……」

真っ直ぐ進んでいたはずなのに、ふと横道に逸れてしまったエスターの襟首を掴み、本来のルートへと戻したのは他ならぬエスピトスだった。「とにかく真っ直ぐ行け」と背後から小言を言い続ける女神の声を聞きながら、エスターはようやく、自分の現実世界へと繋がる本当の入り口を見つけた。

まばゆい光に触れた瞬間、視界が一気に明るくなり、同時に軽い頭痛が押し寄せてくる。

「っ……」

ズキズキと痛む頭を抱えようとしたが、不思議と身体が重くてうまく動かせない。エスターは自分が誰かの下にいることに気がついた。絶対に離すまいとするかのように、自分の身体をぎゅっと、壊れ物を扱うように強く抱きしめている人物。

「……ここにも、いるんだね」

エスターは、先ほどの記憶の残滓(夢)を思い出しながら、自分と思っている以上に深い因縁で結ばれていたノアを不思議に思い、静かに見つめた。ノアの長く整ったまつ毛の一本一本までが綺麗に見えるほど、二人の距離は近かった。

じっと見つめているうちに、なぜか胸がドキドキと高鳴ってくる。そんな慣れない感覚に戸惑ったエスターは、いたたまれなくなって思わず小さな咳払いをした。

「ほら、ノア。起きて。……ちょっと重いんだけど」

不思議なことに、エスターが耳元で呼びかけた途端、気絶していたノアの意識がふっと戻った。

ノアはゆっくりと目を開けたが、気絶する直前まで絶望して泣いていたせいか、その綺麗な瞳から、止まっていた涙がぽろりと一滴こぼれ落ちた。

「何だよ……どうして泣いてるんだよ」

エスターはそっと手を伸ばし、ノアの頬に伝う涙を指先で優しく拭ってあげた。

「大丈夫!? 生きてるよね? どこも怪我してない!?」

意識がはっきりした途端、ノアは再びエスターをぎゅっと抱きしめ、彼女に怪我がないか、確認するようにあちこちを見回した。

「うん、私は全然大丈夫だよ」

「なんで宮殿(聖女宮)が崩れていくのに、その中に一人でいたんだよ! 危なかったじゃないか!」

「事情があったの。でも……私にそんなふうに声を荒げて怒るなんて、あなた、ずいぶん変わったわね?」

自分の無事が分かった途端、本気で怒り出したノアに、エスターは少し呆れながらも、安心させるように彼の背中をぽんぽんと叩いた。

「俺が? どこが変わったっていうんだ」

「あなたのほうが、よく分かっているでしょう?」

意味深に微笑むエスター。その言葉の真意――「かつて孤独の中でただ死を待っていた少年が、誰かを救うためにここまで感情を露わにするようになった」という意味――が分からず、ノアは耳を赤くして戸惑いながら、彼女から少し距離を取った。

「それより、皇宮にいるはずのあなたが、どうしてここに……どうしてこの地下にいるの?」

「あなたを、助けなきゃって思って……」

「私が神殿に来るって、どうして分かったの?」

「私にも、よく分からないんだ。部屋で本を読んでいたら少し眠くなって……お前が崩れる瓦礫の中に閉じ込められている夢を見たんだよ。それで胸騒ぎがして、気づいたらここにいたんだ」

「ここに来たって……あの距離を、皇宮から一瞬で?」

「うん。どうかあなたを助けさせてほしいって、心から必死に願ったら……本当にあなたが目の前に現れたんだ」

ノア自身も、どうやって自分がこの崩落した地下に瞬時に移動できたのか、全く分かっていない様子だった。エスターは先ほどの別れ際、エスピトスが「一緒に入り込んできた子がいて驚いた」と言っていたのを思い出し、女神が何か手を貸したのだろうと察したが、それは胸の内に秘めて知らないふりをした。

「そうだとしても……どうしてそんな無茶をしたの? 下手したら巻き込まれて死んでいたかもしれないのに。無謀すぎるわ」

「あなたを助けることしか、考えていなかった。もしあなたが死んでいたら、私がこの世界で生きている意味なんて、どこにもないから」

冗談ひとつ交えない、痛いほどの真剣さを宿したノアの瞳。それは、見つめ返しているほうが気恥ずかしさで戸惑うほど、きらきらと輝いていた。エスターは思わずその強い視線に見入ってしまい、慌てて顔を逸らしてごまかした。

「意味がないわけないでしょ。私たちは……ただの友達なんだから。それより、本当に怪我はしていない?」

「ああ。さっき肩に大きな石が当たって、骨が折れる音がした気がしたけど……今はもう何ともないんだ。体もすごく軽いし。お前がその不思議な力で、また治してくれたんだろう?」

「あ……もしかして……」

エスターは、自分たちを包む金粉を散らしたように輝く保護膜の内側を見回した。エスピトスの神聖な力が満ちた防護膜の中にいたのだ。ならば、“神の呪い”と呼ばれていたノアの不治の病も、奇跡的に完治している可能性があった。

「ノア、ちょっと手を貸してくれる?」

「手? うん、はい」

エスターが差し出した手の上に、ノアは子犬のように素直に自分の手を重ねた。

触れ合った瞬間。確かに、ノアの肌からはいつも感じていた――あの、異常なほどの不気味な熱、ノアを蝕んでいた病の気配が、綺麗さっぱり消え去っていた。

「えっ!」

「どうしたの、エスター?」

「ノア、あなたの病気……もうすっかり治っているよ!」

エスターは嬉しさを抑えきれず、ノアの手をぎゅっと握ったまま、その場でぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。

「本当か……!? 皇宮の医者からは、ほぼ治ってきているとはいえ、自分の力だけじゃ完治は絶対に無理だって言われていたのに」

「私もそう思っていたけれど、私よりずっと強い力の持ち主が、最後に手助けをしてくれたみたい。もう、あの苦い聖水を無理して飲まなくても大丈夫だよ」

これまでこっそりとノアに聖水を渡し続けていたエスターは、まるで自分のことのように心から喜んだ。

「よし。それじゃあ、とりあえずここから出よう」

「でも、どうやって出るんだ? これ、外側からも内側からも、ものすごく頑丈だぞ」

ノアが光の結界を拳で叩いたり蹴ったりしてみても、膜はびくともしない。エスターはしばらくその防護膜を見つめたあと、何かに導かれるように、ゆっくりと手を前に差し出した。

すると、透明な膜に触れた手のひらから、温かい感触が伝わってきた。

「私の聖なる力は、もうほとんど失われたって言われていたのに……」

エスピトスとの契約により、力はほぼ消え去ったと思っていた。だが、以前ほど無限ではないにしても、体の奥底には十分な、心地よい聖力が残っているのを感じた。結界を維持するのに全ての力を使い切ったはずだったが、どうやらそうではなかったらしい。

エスターが愛おしそうに防護膜に触れると、主人の意志に反応するかのように、光の壁は一瞬でサラサラと溶けて消え去った。

大量の金色の粒子が四方へと美しく舞い散り、廃墟となった地下の空間をまばゆく染め上げる。

そして、結界の外に出た瞬間。エスターの視界に真っ先に飛び込んできたのは――今、世界で一番会いたかった人の姿だった。

「エスター……!」

「お父さん……!」

迷いなく自分を呼ぶ、愛に満ちたその声。

ここまでの果てしない運命の道のりを、ずっと支え、自分を現世に繋ぎ止めてくれていた――その人だった。

「やっと、出てきてくれたな」

この二日間で、すっかりやつれてしまったドゥエン大公が、大きな一歩でエスターのもとへと駆け寄った。

「待っていたぞ」

目を真っ赤に充血させたドゥエンは、両腕を大きく広げ、世界で最も大切な宝物を扱うように、エスターをきつく抱きしめた。そんな父の温もりに触れたエスターの目にも、すぐに涙がにじんだ。

「ずっと私の名前を呼んでいたの……お父さんだったんですね?」

「ああ。早く戻ってこいと、ずっと呼んでいた。お前が暗闇の中で、道に迷ってしまわないようにな」

エスターは、自分の肩を強く抱きしめるドゥエンの大きな手が、かすかに震えていることに気づいた。どれほどの恐怖と心配の時間を過ごさせてしまったのだろう。そう思うと申し訳なさで胸が締めつけられ、エスターはさらに深く父の胸に顔を埋めた。

「危険なことはするなと、あれほど言っただろう。それなのに、また私を置いて一人で……」

「ごめんなさい……。私も、こんなに大変なことになるとは思わなくて……」

「……いや。とても心配したが、無事に戻ってきてくれた。お前が今、私の腕の中にいる。それだけで十分だ」

ドゥエンはエスターを軽々と抱き上げると、どこか怪我をしていないか、愛おしそうに何度も丁寧に確かめた。

「本当に、どこも痛むところはないか?」

「はい。もう、すべて本当に終わりました」

エスターが心からの安堵を浮かべて微笑むと、この数日間、一度も緩むことのなかったドゥエンの険しい表情が、ようやく少しずつ和らいでいった。周囲の誰もが恐れるほど張りつめていた彼だったが、娘の笑顔を見た瞬間、自然と優しい口元に戻っていた。

「お父さん。私が聖女宮の地下に入ってから、どれくらい経ったの?」

崩れ落ちて見る影もなく廃墟と化した聖女宮を見回しながら、エスターは尋ねた。

「二日だ」

思ったよりも、長い時間は経っていなかった。

「よかった……。これなら、私の誕生日の宴も、無事に開けそうですね」

「本当に、遅れるところだったぞ。もし今日を過ぎてもお前が目を覚まさなければ、私はその光の結界ごと、お前を領地へ連れて帰るつもりだったからな」

「ふふ、冗談でしょう?」

冗談とは思えないほど真剣なドゥエンの眼差しに、エスターは苦笑しながら、慌てて地面に降ろしてもらった。

「よし、もう我が家へ帰ろう」

「はい。でも、その前に……少し長老会に伝えておかなければならないことがあります」

エスターは長老会の長であるサロンを探して、きょろきょろと周囲を見回した。新しく張られた帝国の結界については、いずれエスピトスが神殿に直接お告げを出すだろうが、まずは砕けてしまった水晶球の代わりとなる「新しい存在」を神殿に納める必要があった。

(あれ、どうすればいいんだろう……)

エスターが先ほどまで眠っていた場所のすぐ後ろには、神秘的な金色の光を放つ新しい水晶球が、誰の手も借りずに静かに宙へと浮かび、そこに鎮座していた。

「あの……サロン、こちらに少し来ていただけますか?」

サロンは、いまだ怒りの残滓を纏うドゥエンの様子をうかがいながら、近づくこともできずに周囲をそわそわと行き来していた。だが、エスターに手招きされると、感極まった表情で一目散に駆け寄ってきた。

「聖女様……! ご無事で、本当に何よりです……!」

傷一つないエスターの健やかな姿を見たサロンは、目元の皺をさらに深くしながら、ボロボロと大粒の涙を拭った。

「サロン、お父様を中に入れず、外でお守りいただきありがとうございました」

「いえ……本来なら、私もお側の地下までお供すべきでしたのに……」

「いいえ、いいの。そのことはもう大丈夫です。それより、私が眠っている二日間の間に、外で何があったのかご存じですか?」

何を問われているのか意図が掴めず、サロンは涙を拭いながら戸惑うように答えた。

「さあ……。お嬢様が地下へ入られ、水晶球が完全に砕けたのを確認した直後、突如として帝国の空が禍々しく暗くなりまして……」

エスターが眠っていた二日間。帝国の空は、真昼でさえ夕暮れや夜の始まりのようにどんよりと暗くなっていた。分厚い雲が垂れ込めたように日差しは遮られ、世界は不気味な暗さに包まれていたのだ。

「それが、先ほど聖女様がお目覚めになる直前、一瞬にして再び空が元の明るさを取り戻したのです」

エスターは、それが先ほどエスピトスと結んだ「新しい契約」による結界の構築と、金の糸が帝国全土に広がったことに関係しているのだろうと察した。

「サロン、水晶球は新しく生まれ変わっています。あそこに」

エスターが指差した先。崩壊した瓦礫の空間の中で、結界の代わりに新たな水晶球が、静かに、けれど力強く存在感を放っていた。

それを見たサロンは、驚きのあまり息を呑み、言葉を失った。

「これは……まさか、そんな……」

「ええ。壊れて汚染されてしまった古い水晶球が完全に砕け散り、その中から、新しい純粋なものが生まれたんです」

「なんということだ……。お嬢様、あなたは本当に、エスピトス様と新たな盟約を結ばれたのですね……!」

エスターを見つめるサロンの瞳には、かつてのような利己的な欲ではなく、純粋な畏敬と深い尊敬の色が宿っていた。だが、そのあまりに敬虔な視線にかえって居心地の悪さを感じたエスターは、小さくため息をついた。

「……あの水晶球には、今後、誰も勝手に触れたり利用したりできないよう、厳重に守ってください。今までと同じように」

「はっ、承知いたしました! 我々神殿を信じ、引き続き管理をお任せいただけるのですね?」

「近いうちに、あの水晶球の扱いと、これからの帝国の在り方について、正式な会議が開かれるはずです」

エスターは、新しくなった水晶球の秘密について、父や皇帝、そして神殿側にもすべてを共有し、今後の判断を大人たちに委ねるつもりだった。

「正直、どうするのが本当の正解なのか、私にも分かりません。今は新しい力で問題がなくても、何百年という時間が経てば、人間はまた同じ過ちを繰り返して水晶球を汚染してしまうかもしれませんから」

帝国を守るためには結界が必要であり、それを支えているのがあの水晶球だ。しかし皮肉なことに、人間の欲望が関わる限り、その水晶球こそが、結界を崩壊させる原因にもなり得る。あれが存在し続ける限り、今回のような滅亡の危機は――またいつか繰り返されるかもしれない。

それはエスター一人の判断で決められるような軽い問題ではなかったため、最終的な管理体制は信頼できる大人たちに任せることにした。

「それから、はっきり言っておきますが……今後も私は、この神殿に戻ってくるつもりはありません。私はデルバートの人間ですから」

「……ええ、構いませんとも。あなたが世界のどこにいらしても、あなたが我々の大切な聖女様であることに、変わりはありませんから」

数々の危機と今回の奇跡を経て、サロンの頑なだった心も大きく変わったようだった。その声には、以前のような執着はなく、どこまでも穏やかな響きがあった。

「神殿は、これから新しく変わります。どうか、遠くから見守っていてください」

エスターは、もう自分を神殿に縛り付けようとしないサロンの姿を、少し意外そうな目で見つめながらも、小さく頷いた。

エスターがサロンと今後の話をしている間、ドゥエンはそっとその場を離れ、一人の少年のもとへと歩み寄っていた。ノアと二人きりになると、ドゥエンの纏う空気が一気に鋭くなる。

「皇太子殿下。あなたはどうしてこのような場所にいるのですか? 本来なら皇宮の奥で静養されているはずの殿下が、なぜ神殿の、しかも崩壊した地下にいたのか……納得のいく説明が必要です」

「……二日前、エスターが私の夢の中に現れたのです」

「夢、ですか?」

ドゥエンの太い眉が、不機嫌そうにピクリと跳ね上がった。

「はい。崩れ落ちる瓦礫の残骸の中に、エスターが一人で取り残されているのを見て、ただ『助けたい』と心から願った瞬間……気づけば、私は皇宮を飛び越えて、この神殿の地下へと移動していた。――そう言ったら、やはり大公は信じてくれないでしょうか?」

ノア自身も、なぜ自分が空間を飛び越えてここへ来られたのか、その正確な原理は分かっていなかったため、それ以上うまく説明する言葉を持たなかった。

ドゥエンはノアの言葉の真偽を見極めるかのように、その鋭い双眸でじっと少年を睨みつけていたが、やがて、諦めたようにふっと肩の力を抜いた。

「殿下が忽然と姿を消された後、皇宮は大騒ぎでしたよ。陛下も騎士団も、文字通りひっくり返るような大騒動でした」

「……もう二日も経っていたのか。みんな、ずいぶん心配しているだろうな」

次期皇帝である皇太子ノアが、厳重に警護された部屋から一瞬にして消え失せたのだ。そうでなくても、敵国による誘拐や暗殺ではないかと騒ぎになるのは当然だった。人を驚かせるつもりなど毛頭なかったノアは、決まが悪そうに苦笑いしながら、ポリポリと後頭部をかいた。

「殿下がここにいらっしゃると分かった時点で、私の方からひとまず皇宮へ無事の連絡は入れておきました」

「……ありがとう、ドゥエン。助かったよ」

「陛下も大変ご心配されています。身体に異常がないのであれば、一刻も早くお戻りになった方がよろしいかと」

「そうだね」

ノアはドゥエンがどれほど威圧的な目で見つめようとも、いつものように人懐っこい笑顔のまま、その気配を飄々と受け流した。

その時――。

ノアが神殿の廃墟にいるという知らせを受け、神殿の外で待機していた皇宮の護衛騎士たちが、血相を変えて一斉に駆け寄ってきた。

「殿下――っ!! 私たちの警護を振り切って、お一人で一体何をされていたのですか!? もしこの神殿で、殿下の身に万が一のことがあれば……!」

「おいおい、大げさにするな。私は見ての通り、傷一つなくピンピンしている。何でもないから静かにしろ」

ノアは騒ぎ立てる護衛たちに向かって、口元に「しっ」と指を立てて制した。

「では、私はこれで失礼します。ドゥエン、エスターのことを……どうかよろしくお願いします」

去り際になっても、相変わらずノアの関心がエスターにばかり向いているのを見て、ドゥエンは呆れたように腕を組んだ。

「殿下。……本当に、あの崩落の瞬間、うちのエスターを庇ったのですか? 建物全体が瓦礫となって崩れ落ちる、あの極限の状況で?」

「はい。結果的に私の力が役に立ったかどうかは分かりません。けれど、彼女を助けようとしてあの光の中に飛び込んだのは、紛れもない事実です」

その真っ直ぐな答えがどこか気に入らなかったのか、ドゥエンはさらに威圧的なオーラを放ち、ノアを冷たく見下ろした。

「もし、二人とも抜け出せなかったらどうするつもりだったのですか。皇太子であるあなたの身に万一のことがあれば、帝国全体を巻き込むただ事では済まない大問題になる」

「……私の行動が、そんなに大公には軽率に見えましたか?」

本来ならば、エスターの父親として最も信頼され、しっかりした姿を見せるべき相手であるドゥエン。彼に自分の覚悟を「軽率」だと失望されたように感じて、ノアは少し傷ついた様子で、けれど一歩も引かずに言葉を続けた。

「皇太子としての自分の責任や義務なら、誰よりも分かっているつもりです。ですが、あの瞬間……私にとっては、皇太子という立場や帝国の未来よりも、エスター一人の命の方が、遥かに大切だった。ただそれだけです。『助けなければ』という思い以外、何もありませんでした」

自分のした行動に、一切の後悔はない。ノアはそう、堂々と言い切った。

その少年の揺るぎない眼差しを見たドゥエンの瞳に、初めて微かな驚きと、深い理解の色が浮かんだ。

(……本気、か)

ただの子供の、あるいは皇太子としての気まぐれなどではない。ここまで来てようやく、エスターを思うノアの気持ちが、想像以上に「本物」なのだということに、ドゥエンは気づかされたのだ。

ちょうどサロンとの話を終えたエスターが、二人の間のただならぬ空気を感じ取って、トトトと慌てて駆け寄ってきた。

「お父さん! ノアをあまり責めないでください」

二人の間に流れるピリピリとした険しい気配を感じて、エスターは戸惑いながら、庇うように二人の間に割って入った。

すると、ドゥエンの表情が一瞬にして凍りついた。

「エスター。お前は……今、私の前で、私ではなくその殿下の味方をするのか?」

ドゥエンはノアの名前を忌々しそうに噛みしめるように、地獄の底から引きずり上げてきたかのような、低く地を這う声で問いかけた。そのあまりに深く傷ついた父親の表情を見て、エスターはさっきの自分の言葉が、彼にどれほどの精神的衝撃を与えてしまったのかを察した。

「えっ!? そ、そんなわけないですよ!」

慌てたエスターは、ブンブンと大きく首を横に振ると、ドゥエンのがっしりとした腕に全力でしがみついた。

「私はいつだって、世界で一番お父さんの味方です! 誰がどうやったって、私の中でお父さんに勝てる人なんて、他にいるわけないじゃないですか!」

ドゥエンが今一番聞きたかった、最上級の言葉。それだけを的確に選んでエスターが口にすると、周囲に満ちていたあの刺すような鋭い殺気は、嘘のように一瞬で消え去った。

「ふん、そうだ。そうでこそ、私の可愛い娘だ」

ドゥエンが満足げに鼻を鳴らすと、ノアはこの隙を逃すまいと、ドゥエンの死角からエスターに向かってパチリとウインクをしてみせた。そして、素早くお別れの挨拶をする。

「では、私はこれで皇宮に戻るよ。エスター、一週間後の誕生日の日に、また会おう」

「うん、ありがとうノア。気をつけて帰ってね」

急いでノアと護衛騎士たちを送り出したエスターは、ホッと安堵の胸をなで下ろした。

「……そこまであいつを庇うとはな」

もちろんドゥエンは、エスターがノアを必死に庇おうとした態度を見逃してはいなかった。娘のそんな必死な様子すら愛おしくて、今回は大目に見て不問に付したが、ノアという生意気な少年に対する父親としての警戒心は、以前よりも格段に強くなっていた。

ドゥエンは、自分の半分ほどしかないエスターの小さな、けれど温かい手をしっかりと握りしめ、崩壊した神殿を後にした。馬車へと向かって歩きながら、ドゥエンが優しく問いかける。

「お前が言っていた、あの生意気な神にはちゃんと会えたのか?」

「はい。ちゃんとお会いできました」

「そうか。お前を何度も苦しめた奴だ、一発くらい殴ってやればよかったのに」

「ふふ、さすがに神様を殴ることはできませんでしたよ。……でも、代わりに、最後は温かく抱きしめてもらいました」

エスターが少し照れくさそうに、けれど幸せそうに笑って答えると、ドゥエンは「いかにもお前らしいな」と、愛おしそうに小さく笑った。

神殿の外では、二人を乗せて温かい我が家へと運ぶ、立派なデルバート公爵家の馬車が静かに待っていた。

本当に、色々なことがあった。

けれど、まずは――待ちわびた愛する家族の元へ、帰る時間だった。

 



 

 

  • ノアの救出・完治と新しい水晶球の誕生

    崩落した地下でエスターとノアは無事に再会を果たし、神の力によってノアの不治の病が完治します。さらに、汚染され砕けた水晶球の中から新しい純粋な水晶球が誕生し、エスターは神殿の長サロンに今後の管理を託してデルバートに戻る意志を伝えました。

  • 父ドゥエンとの絆とノアの本気

    二日ぶりに娘と無事再会できた父ドゥエンは大いに安堵します。一方、エスターのために命を懸けたノアの言葉から、ドゥエンは彼のエスターに対する強い思い(本気度)を察し、警戒感を強めます。

  • 全ての終わりと我が家への帰還

    事件がひと段落し、エスターは自身の誕生日の宴を楽しみにしながら、愛する家族が待つ我が家へと帰路につきました。

 

 

 

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