憑依者の特典

憑依者の特典【142話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「憑依者の特典」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【憑依者の特典】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「憑依者の特典」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...

 




 

142話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 神の操り人形

ハッとして息を呑んだテシリドが、自らの残された最後の力を振り絞り、自らの左手で胸のエウロペの白い剣身をガシリと力強く掴んで、それ以上の侵入を制止した。

そこでようやく、エウロペの純白の輝きを放っていた美しい刃が、彼の流した赤い血によって、ドロドロと赤黒く染まっていく。

私はその彼の制止の力によって一気に全身の緊張の糸が抜け、握っていたエウロペの柄から、そっと自らの手を離してしまった。

その間に、テシリドは痛みに強く奥歯を食いしばりながら、自らの胸に刺さっていたエウロペの刃を、ゆっくりと、慎重に外へと引き抜いていった。

「……うっ……、……あ……」

突き刺されたその瞬間には、システムの防壁のおかげで自らの口から一切漏れることのなかった激しい苦痛の呻き声が、刃が抜けた今になって、一気に自らの喉から溢れ出てくる。

私は必死に体内の聖なる神聖力をかき集め、指先から零れ落ちたその貴重な治癒の光のすべてを――あろうことか、自らの傷ついた身体ではなく、私の代わりにエウロペの刃を素手で掴んでボロボロに裂けてしまった、テシリドのその傷ついた左手の手のひらへと、最優先で流し込んだ。

私は、自分自身の腹の傷を今ここで慌てて治療する必要など、どこにもなかったのだ。

なぜなら、私が今自らの手でテシリドを刺して引き起こした、あの腹の致命的な重傷の傷口は――今この瞬間に、瞬く間のうちに跡形もなく綺麗に塞がって消え去っていたからだ。

――いや、より正確に表現するなれば、私の腹に生じるはずだったその致命的な傷は、因果のリンクを通じて『別の誰か(リード)』の肉体へと、そのまま100%強制的に移された、と言うべきかしら。

ただし、傷そのものはあいつに移せても、肉体が感じたあの凄まじい「焼き切れるような劇痛」の感覚だけは、因果の残滓として私の脳内に明確に残る。私はその残った痛みを必死に噛み殺しながら、ゆっくりと正面へと振り返った。

高い玉座の上から、信じがたいものを見るかのような冷たい目で見下ろしてくるリードの邪悪な気配が、冷たく私の肌を刺す。

「――アイレット・ロベライン」

……よくも、私の大好きなあいつに対して、これまで何度も無様に血を流させてくれたわね。

部屋の内部の空気は、まるで極寒の北海の底に潜む、巨大な怪物の冷たい吐息のように一瞬にして完全に凍りついている。

リードは、これまでの人生を振り返ってもただの一度すら見せたことのないほど、完全に冷え切った、底暗い眼差しで、私の姿を真っ直ぐに見据えていた。

「今すぐ私に説明してもらおうか。……一体どんな小細工を弄したら、――これが起きるのだ?」

長く伸びたあいつの右腕の先端で、黒い霧のような影がうごめき、一つの禍々しい形を成していく。

召喚されたその凶悪な魔剣の力は、彼がこれまでの長い輪廻の中で無残に殺戮してきた数え切れないほどの犠牲者たちの魂を自らの糧として強制吸収し、瞬時のうちにあいつの傷ついた肉体を完璧に回復させてみせた。

あいつの回復と連動して、自らの脳内に残っていたあの激しい劇痛の残滓が一気に引いていくのを感じながら、私は冷淡に口を開いた。

「……そんなこと、わざわざ私が言わなくとも、100回目のお前ならもう心のどこかで気づいているはずよ」

「……」

私は、これまでに繰り返されてきたすべての回帰の世界線において、テシリド・アージェントという一人の男と、あの始まりの過酷な『チュートリアル期間』のすべてを常に共有し続けてきた。

だからこそ――私たちがまだ幼い子供の頃、あの狭いエリアの中で共に必死に習得した、あのボルドウィン家固有の特殊スキル「貴族の治癒」と「貴族の守護」の力は……この特異な【100回目の世界線】であっても、何一つ変わることなく、例外なく互いの肉体の間で強力に作用し合うのよ。

そして、高位の神としての権能を手に入れた今の私であれば、彼がその身に宿しているあの“貴族の守護”の術式を――彼自身の意志に関係なく、私の側からの明確な意思だけで、いつでも強制的に発動(引き出す)させることができるの。

「私は、さっきのコンマ数秒の間に、あの――『起動命令の代行者』――のスキルを、あいつに向けて使ったのよ」

対象のまとう任意のスキルを、本人の意識の有無に関わらず外部から強制的に発動させるという、あのユニークな神の能力。

それを用いて、私はテシリドの内に眠っていたあの貴族の守護の絶対防御のリンクを、私の側から強引に引き出し、自らのエウロペの刃と同期させたのだ。

「……あぁ、なるほど。……そういうことだったのか……」

やはり――。あいつの口から漏れたのは、ある程度は最初からその可能性を予想していた、というような、どこか諦めに似た深いため息だった。

当然のことだ。

今、私がこうしてリードに対抗するために使っている高度な情報のすべては、他ならぬあいつ自身の過酷な人生そのものを材料にして不当に作られた、あの悪意に満ちた“世界線の物語(原作)”から、私が自らの手で引き出して得たものなのだから。

そして、私の目の前に立っているこのリードという男は、その物語のすべての終着点の直前――地獄の輪廻を100回も生き抜いてきた、最強の存在なのだから、自らのスキルの特性など誰よりも熟知していて当然なのだ。

あいつは、自らのこれまでの凄まじい人生のすべてが、神や私という存在によって、裏ですべて「観測(既読)」されていたことなど一寸も知らないまま、未だに自らの優位性を信じて余裕ぶった態度を取っている。

「お前が、その“起動命令の代行者”の特殊な神のスキルをその手に入れたということは……」

「……」

「まさかお前、あの最悪な『ユニススダンジョン』の最深部にまで、自らの足で直接行ったというのか? ……あんな、世界で最も気味の悪い呪われた場所に」

「――それが今、私たちのこの戦いにおいて、そんなに重要なことかしら?」

「重要だとも! ……お前の隣でオロオロしている、あの虫けらのように無知な【17回目】の私には、逆立ちしてもその本当の価値など理解できないだろうがね!」

リードは忌々しそうに、チッと室内に響くほど大きな音で舌打ちをした。

だが、その直後、あいつの美しい顔から、それまで浮かんでいたすべての嘲笑の笑みが、すっと、一瞬にして完全に消え去った。

ただそれだけの、あいつのアクションの変化だけで、この隔離された悪現実の空間の空気そのものが、一辺倒にガラリと一変した。

これまで私に見せていた小馬鹿にするような態度とは、およそ比べものにならないほど――今のリードは、その全身から、骨まで凍りつくかのような冷徹な『怒り』のオーラを纏っていた。

「……アイレット。お前、本当にその最悪な自殺スキルのすべてを、この私の前で本気で行使する気なのか? ……一体なぜだ? そこまでして、お前はあいつを守り、私と一緒にこの世界の底で泥泥になって死ぬつもりなのか!?」

「……」

私は、そんなあいつと無理心中をするようなつもりなど、最初からこれっぽっちも持ち合わせてはいなかった。

だが、これから訪れる自分の輝かしい勝利を前にして、あいつの敗北を今ここで確定させるような都合の良い正しい答えを、わざわざ敵であるリードに向かって丁寧に口にして教えてやる必要など、どこにもなかった。私はただ、無言のまま彼を睨みつけ続けた。

「……フン、そうか。……そういうことなのだな、お前は」

私の沈黙の態度を都合よく解釈し、勝手に一人で結論づけたリードの顔は、不気味なほどに、恐ろしいほどに完全な無表情だった。

しかし、その次の瞬間。彼は自らの表情を変えるのではなく、――『世界そのものを破壊する、別の形』――を以て、その胸の内にある計り知れない凄まじい怒りを周囲へと表現したのだ。

(――ゾワァァァッ――!!)

あいつの足元から、黒い無数の糸のようにほどけ出した不吉な影が、瞬く間のうちに、この応接室の壁一面のすべてへと蜘蛛の巣のように広がっていった。

それはまるで、あいつの背後の空間に、世界のすべての絶望を詰め込んだかのような『漆黒の冥府の門』が、大々的にこじ開けられたかのような、凄まじい視覚的恐怖だった。

その広がった影の闇は、ドロドロとした黒い油のように不気味に粘つきながら空間で大きな渦を巻き、

あちこちの次元の歪みにおいて、不規則で禍々しいうねりを次々と生み出していく――。

空間のすべてが、その闇へと呑み込まれていく。

そして、その広がった圧倒的な闇の内部には、数え切れないほどの邪悪な『瞳』の群れが、不気味に浮かび上がっていたのだ。

それはまるで、命のすべてが死に絶えた、荒れ果てた夜空に浮かぶ不吉な暗黒の星々のように、ぎらつきながら、私たちを見据えて瞬いている。

――『混沌』。

――そして、絶対の『悪』。

私の頭の中に、あいつを形容するその二つの恐ろしい言葉が浮かび、それらを結びつける間すらも一切与えないほどの圧倒的な速度で、

リードは、自らの広げたその闇のすべてを、一瞬にして自らの肉体へと収束させて消し去った。

一瞬にして、万魔殿の不気味な門がピシャリと閉じる。

あいつの放ったその圧倒的なプレッシャーが消え去り、そこでようやく、私は自分が恐怖のあまりに息を完全に止めていたという事実に気づき、激しく肺を動かした。

未だに、消えきらない神聖の残滓の光をその赤い瞳の奥に妖しく宿したまま、リードは静かに口を開いた。

「――あの狡猾な神の連中に、とっくの昔に見捨てられたこんなゴミのような世界を……。自らの尊い命をすべて賭してまで健気に守ろうとする、悲しい聖女様、か。……本当に、私にはお前のその高貴な思考が、一寸も理解できないな、アイレット・ロベライン」

「……」

「だが、アイレット。……私は、さっきの戦いの中で、これからのすべての運命を明確に『決めた』よ」

決めた、だと? ……一体、何をよ。

「――私は、お前という一人の少女のすべてを、この世界の絶望から『救う』ことにしたよ」

「……は? 一体、何を言っているの?」

「お前ほどの美しい存在が、私と同じように、あの神の連中の都合の良い操り人形(システム)として、これからの人生を惨めに生き続ける必要など……どこにもないからね」

この極限の対峙の瞬間において、この【100回目】を生きる狂った彼が放った、その「救う」という言葉の持つ本当の恐ろしい意味を、当時の私はどうしても正しく理解することができなかった。

だが、今の私には、あいつの言葉の意味をのんびりと考察してあげるような時間の余裕など、ただの一秒だって残されてはいなかった。

私は自らの右手を、自分の本物の心臓が激しく脈打っている、左胸のあたりへと強く当てた。

強大なる聖なるオーラを極限まで極めた一流の使い手(私)にとっても、この素手という肉体は、時としてどんな伝説の魔剣よりも遥かに強力な、絶対の破壊の武器になり得るのだ。

私の指先に宿らせた、極限まで圧縮された神聖オーラの輝きは、触れたもののすべてを、一寸の例外もなくドロドロに溶かす絶対の消滅の力を持っていた。

これは、相手を脅すためのただのハッタリなんかじゃ決してない。

私の「神聖降臨」を発動しているこの肉体は、すでに許容量を超えた神の力によって、内側から限界を訴えて悲鳴を上げていた。私たちに残された時間は、もう本当に残り少ないのだ。

この神格スキルが強制解除されて終わってしまう前の数秒の間に、目の前のリードとの間で明確な決着(答え)が出ないのであれば――私は最悪、このまま自分の心臓を自ら撃ち抜いて因果を同期させ、あいつと刺し違えてでも、この場所で無理心中(相打ち)の決着をつけるしかない。

だから、私の中では、もうその最悪な未来を受け入れるための覚悟は、とっくの昔に完璧にできている。

「――もういい加減にしてくれ、アイレット――っ!!」

私の背後から、血相を変えて激しく抱き寄せたテシリドが、自らの命に代えても私を止めるため、私の右心箱へと向かっていたその右手首を、引きちぎらんばかりの力で強引に引き離そうとしてきた。

だが、私のまとう高位の「女王の権能」のシステムが、彼のその制止の力を強引に撥ねのけ、それを許さなかった。

「アイレット……お願いだ、頼むから、自分を傷つけるのだけはやめてくれ……っ!」

彼のその、涙の混じった必死の懇願の叫びを、私は今の勝利のために、意識的に完全に無視した。

私はただ、正面で佇むリードの姿だけを、その金色に染まった瞳で真っ直ぐに見据え続けた。

「――さあ、今すぐ選びなさい、リード!」

「……」

「今すぐ、自らの意志でどちらの未来に進むのかを選びなさい!!」

「……ふん。私はまだ、これほどの面白い世界を前にして、あの次の【第101回目】の世界線へと進むような気は、一寸も持ち合わせていないよ」

「なら――答えは簡単ね」

「……」

重苦しい、世界の終わりを告げるかのような沈黙の中で、私とリードの命を懸けた絶対の対峙は、本当の決着の瞬間へと向かって一気に加速していく――。

――ねえ、本当は最初から分かっていたでしょう、リード。

私とあなたが、この時代で直接顔を合わせてしまえば。

結局のところ――こうして真っ正面からぶつかり合えば、互いに世界で最も最悪な破滅の結末へと辿り着く以外に、残された道なんてどこにもないのだという事実を。

あなただって、本当は頭のどこかで分かっていたはずよ。

しかし、その私たちの命懸けの絶対の覚悟すらも、嘲笑って踏みにじるかのように――この戦場の状況は、突如として、あり得ない形へと一変することとなった。

[――警告。システム:魔界序列第3位、『規則の制定者:インフェリノス』の強大なる魔気が、現在、――“勇者たちの屍が眠る童話の地”――の空間を、裏から激しく侵食しつつあります。]

[――警告。システム:魔界序列第2位、『砂漠の魔王:カラペイオス』の凶悪なる魔気が、現在、――“勇者たちの屍が眠る童話の地”――の空間を、裏から激しく侵食しつつあります。]

[――警告。システム:魔界序列第1位、『混沌の監視官:アビシニス』の圧倒的なる魔気が、現在、――“勇者たちの屍が眠る童話の地”――の空間を、裏から激しく侵食しつつあります。]

「……っ!? な、何ですって……!?」

この世界の頂点に君臨する、あの最悪な魔王たちのすべての名前が、同時に、一斉にシステムのアナウンスによって告げられるという、世界の歴史上、あり得ない絶対の異常事態。

その事態のあり得ない深刻さに気づいた、まさにその瞬間――この部屋のすべてを支配していた張り詰めた空気が、一瞬にして恐怖で完全に凍りついた。

(――ゴゴゴゴゴゴゴゴ――ッ!!)

私たちの足元の、冷たい大地が凄まじい地鳴りを上げて激しく揺れ動き始める。

いや、違う。これは単なる物理的な地震の揺れなどでは決してない。この私たちがいる空間の構造そのものが、外からの強大な魔力の圧力に耐えかねて、悲鳴を上げてピキピキと裂け、軋んでいるのだ。

私の背筋に、今度こそ本物の恐怖の冷たい汗が、ドロドロと伝っていった。

(嘘でしょう……こんな最悪の展開、私の知っている原作の物語のどこを探しても、一寸も想定なんてしていないわよ……っ!)

今、この終わりの瞬間を狙って、魔界の頂点たる三人の大魔王たちが、自らの率いる最精鋭の軍勢を、この閉ざされた空間へと同時に送り込もうと画策しているのだ。

彼らの狙っている目的は、ただ一つしかなかった。

先ほど私たちが激しい死闘の末に倒した、あのアナクシアの絶対領域――『フェルムステイン』の広大な領土のすべてを、この混乱に乗じて自らの領地へと力尽くで呑み込み、支配下に置くためだ。

脳内では、あの「天機観測官」のシステムでさえも、この前代未聞のあり得ない異常事態の発生に対し、完全に戸惑って処理を乱しているのが分かった。

だが、私には、彼らがなぜこれほどまでに狂ったようにこの場所に執着しているのか、その理由が完全に理解できないわけではなかった。

魔王たちにとって、自らの魔王領の土地を拡張するということこそが、自らの魔力の総量を飛躍的に高めるための、最も手っ取り早い最短のルート(進化条件)なのだから。

何より、先ほど死んだアナクシアという魔王は、生前からその傲慢な態度で、他の大魔王たちの神経を絶えず逆なでして激しく挑発し続けていた歴史がある。

つまり――これは、あいつが生前に周囲から激しい恨みを買い、引き寄せた因果の、最悪な結果の現れに過ぎないのだ。

そして、何よりも決定的な理由として。

今、この場所には、他ならぬあの混沌の絶対の象徴である、――『リード』――の肉体が、無防備に存在しているのだから。

〈――あぁ、やはり、やはりこちらにいらっしゃいましたか、我らが偉大なる混沌の若き君主よ……〉

〈大いなるお呼び(魔力の共鳴)を受け、今すぐ馳せ参じました。どうか、我がサナラクの豊穣なる地へお越しください。……我ら一族に、あなたを王としてお迎えする、絶対の栄誉を……〉

〈フン、あのようなインフェリノスの粗末な砂地など、偉大なるあなたには到底相応しくございませんわ。この私が、最高の場所へとご案内いたしましょう。……ただ混沌の君主のためだけに用意された、神聖なる終焉の聖域へ……〉

――リードのすぐ背後の空間。

バリバリと現実の空間がガラスのように引き裂かれ、不気味に光る三つの巨大な次元の亀裂が、目の前で大々的に開かれた。

そこから回廊の内部へと津波のように溢れ出してきたのは、魔王たちが長年抱き続けてきた、リードという存在に対する、狂気的なまでの凄まじい『欲望』の気配だった。

混沌の君主という絶対の力を巡る、餓死寸前の獣のような、おぞましい執着の塊。

それらが、生温かく粘つく暗黒の闇となって、見る見るうちに私たちの現実の空間を侵食し、すべてを黒く塗りつぶしていく。

周囲の空気が、異常なほどに重い。

ただそこに立って、生きるために一息の息を吸い込むだけで、喉の奥の肺の細胞に、正体の分からないおぞましい異物がドロドロと絡みついてくるかのような、凄まじい嫌悪感。

「……チッ。こんな鬱陶しい有象無象の連中など、私はただの一度も呼んだ覚えはないのだがね……」

低く、どこまでも冷え切った冷酷な声。

リードは、押し寄せる魔王たちの欲望の闇を前にして、ゆっくりとその美しい目を伏せ――そして、この場における最善の結論を、静かに下した。

「……アイレット・ロベライン。どうやら、今日の私たちの楽しい会話は、ここまでにせざるを得ないようだな。……まあ、あいつに絶望の未来を教えるという、私の本来の目的は十分に達成できたからな」

リードは、背後に開かれたあの不気味な三つの亀裂のうち、自らの進むべき一つの闇のルートを冷酷に選ぶと、まるで邪魔な部屋のカーテンでも払うかのように、その長い手で次元の裂け目を大きく引き裂いて開いた。

「――次に出会うときは、神の加護など一切ない、お前のすぐ『隣のベッド(現実)』の場所で会いたいものだな、アイレット・ロベライン」

「……」

それだけの、短い冷酷な別れの言葉だけをこの空間に残し、あいつは私に対して完全に背を向けた。

次元の亀裂の闇の中へと、彼がその長い足を一歩踏み出したまさにその瞬間、彼の周囲に渦巻いていたあの強大な黒い気配が、彼の身体のすべてを優しく包み込んで隠していった。

それは、通常の魔族たちが放つあのドロドロとした魔気とは、根本的に質が違う、不気味な粘り気も温度すらも一切存在しない、どこまでも冷たく乾ききった本物の『無(闇)』だった。

やがて――あいつの美しい姿も、その圧倒的な存在の気配のすべてをも、この現実の空間から完全に消え去って、一寸の残滓もなく失われた。

 



 

「……あ、……終わった、のね……」

やったわ。

私は、自分の命を散らすことなく、あの最悪な100回目のリードを、この世界線から完全に追い払うことに、ついに成功したのだ。

その私の勝利の確定を待っていたかのように、私の全身を満たしていたあの最強の「神聖降臨」の術式が、静かにその効果を解いて消えていった。

私の身体を優しく包み込んでいた神の全能の力が綺麗にほどけ、肉体が本来持っている、重苦しい人間の生々しい感覚が、一気に全身の神経へと戻ってくる。

その、自らの身体からすべての力が抜け去った、まさにその落下の瞬間――。

「――っ!?」

肉体が床の上へと崩れ落ちてしまうよりも遥かに早く、私は背後から、骨が軋むほどのあまりにも強い力によって、ガシリと愛おしそうに抱き寄せられていた。

「……テシリド……?」

「……」

私を自らの広い胸の中へと強く引き寄せたまま、テシリドは何も言わず、ただそのまま、私の白い肩のあたりへと自らの血に染まった顔を深く埋めてきた。

先ほどまで、私の自殺を止めるために必死に私の右手首を掴み続けていた、彼のその大きな手のひらからは、隠そうとしても隠しきれないほどの、子鹿のようなかすかな『震え』が、肌を通じてダイレクトに私の元へと伝わってくる。

「……」

「……」

彼はその後も、私の腕の中で、ただの一言の言葉すらも発することはなかった。

そこでようやく、私はリードとの命懸けの極限の対峙にすべての意識を奪われるあまり、自分のすぐ目の前で、世界の何よりも残酷な『真実の絶望』を突きつけられて傷ついていた、このテシリドという一人の男の心のケアを、今の今まで完全に放置してしまっていたという最悪な事実に気づき、激しい後悔の念に襲われた。

自らの辿るべき、あまりにも悲惨な『未来の姿』のすべてを、大衆の前で強制的に知らされてしまった、この【第17回目】の、まだうぶな彼。

これまで彼が自らの人生の中で繰り返してきた、あの数え切れないほどの輪廻の旅路だけでも、すでに毎夜悪夢にうなされるほどの凄まじい絶望と孤独を、その小さな胸に嫌というほど味わい尽くしてきたはずなのだ。――それなのに、その過酷な地獄の果てに、さらにそれ以上に長く、さらに過酷で残酷な、救いのない未来のループが確定して待っているというのだ。

しかも、その過酷な旅路の果てに待っている結末は、望んでいた幸福な安息などでは決してなく、完全なる世界の破滅。

最期には、信じていた人間たちだけでなく、自らを勇者として選んだはずの『神』までもが、彼を都合のよく裏切って切り捨てるのだと、未来の自分自身の口から冷酷に告げられたのだ。

そんな、人生のすべてを否定されるかのような悪意に満ちた呪いのような啓示(真実)を真っ正面から浴びせられた、今のテシリド・アージェントの純粋な心は、一体どれほど深く、無残に壊れてしまっているというのか。

今の私には、その彼の胸の内にある絶望の深さを、想像することすら恐ろしくて到底できなかった。

ただ、彼の身体から伝わってくる細かな震えを感じるだけで、私の胸の奥が、まるで万力で強く締め付けられるかのように苦しくて、痛くて仕方がなかった。

「――テリー」

私は、まだ彼に強く掴まれていない方の自由な左手をそっと後ろへと伸ばし、今度は私の側から、彼のその震える手首のあたりを、壊さないように、けれど絶対に離さないという絶対の意志を込めて、強く、強く握り締め返した。

「……ここに誓うわ、テリー。……あなたに約束する」

「……アイ、レット……」

「絶対に、あなたをそんなあいつの言うような、絶望に満ちた最悪な未来になんて進ませない。……あいつの言った未来の歴史なんて、この私が、この手で根底からすべて書き換えて変えてみせるわ。……必ずよ」

私の口から紡がれたその強い言葉は、神に対するただの無力な祈りなんかじゃ決してなく――自らの命のすべてを賭してでも成し遂げるという、一人の女性としての絶対の『誓い(覚悟)』だった。

「……」

「だから……だから、もう怯えないで……」

「……う、……あ……」

自らの体内の血液が、まるでお湯のように異常な熱を帯びて、激しく体中を駆け巡り始めるのを感じる。

先ほどから、自らの視界のすべてが急激にぼやけて暗くなり、世界の輪郭が急速に失われ始めているのは、間違いなく、この急激な体温の上昇のせいに違いなかった。

「……私は、ずっとここにいるわ。……他のどの世界線でもない、この【第100回目】の今を生きるあなたの目の前に、私はちゃんと生きているのよ」

「……あぁ、……アイレット……」

「だから、この世界で、ずっと私と一緒に生きて……私と一緒に、隣にいて……っ」

自らのすべての想いを自らの言葉にして言い終えた、まさにその刹那、私の理性の意識は、崖から突き落とされるかのような猛烈な勢いで、急激に遠い闇の彼方へと遠のいていった。

続いて、私の脳内のシステムから、自らの肉体の限界を告げるかのような、あまりにも冷酷で無機質な通知のアナウンスがポツリと届いた。

[――システム:警告。許容量を超えた過度な高位神格スキルの連続使用による深刻な反動により、肉体に深刻な後遺症『神熱病(しんねつびょう)』が正式に発症しました。これより、意識を強制遮断します。]

あぁ、なるほど……。ユニススダンジョンを攻略した代償が、今になってこんな形で回ってきたのね。

けれど、私の心の中には、不思議なほど一寸の恐怖も焦りもなかった。

何故なら、今自分が意識を失って倒れ込もうとしているその場所は、この世界で私が最も信頼し、愛している、あの優しくて温かい彼の両腕の中であると、分かっていたからだ。だから私は、何のためらいも、一寸の恐怖もなく、安心してその重い両目を静かに閉じることができた。

ふと、意識が完全に闇へと溶け去るその寸前、私は心の中で、遠い未来に向けて小さく問いかけた。

――ねえ、神様。……私たちのこの過酷な旅路は、これから先、一体あと何回繰り返されるのかしら。

これから始まる未来の戦いにおいて、私はあと何度――こうして自らの大切な時間のすべてを、あなたのその温かい腕の中に預けることになるのかしらね。

……その本当の答えを知る者は、今のこの世界には、まだ誰もいなかった。

 



 

 

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