こんにちは、ちゃむです。
「余命わずかな令嬢が黒幕家に偽装就職したら」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
54話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- アカデミーへの決意
実際、今重要なのはウィゲンではない。
私は視線を下へ向けた。
私の手をぎゅっと握りしめたビンセントは、青ざめた顔で小刻みに震えていた。
(ビンセント……)
小さな子どもが恐怖に震える姿を見るのは、思っていた以上に胸が痛んだ。
(とても怖かったよね。)
ビンセントにとってウィゲンがどれほど恐ろしい存在か知っているだけに、なおさら胸が締めつけられた。
(全部、私のせいだ。)
私が手帳を置き忘れなければ、こんなことにはならなかったはずなのに。自責の念で胸が締めつけられる。私はどうにか表情を整え、ビンセントと目線を合わせるため膝をついた。ルビーのような赤い瞳が、不安そうに揺れていた。
「ビンセント」
小さく名前を呼ぶと、びくりと肩を震わせたビンセントが私を見つめ返す。涙で潤んだ赤い瞳をまっすぐ見つめながら、私は口を開いた。
「ごめんね」
「……」
「私がもっと早く来るべきだった」
するとビンセントは勢いよく首を横に振った。慌てて振ったせいで、銀色の髪が乱れて額にかかっていた。私の服の裾をぎゅっと掴んだビンセントが、慌てて叫んだ。
「ビア先生は悪くありません!」
「ビンセント……」
「むしろ、ぼ、僕のせいで先生が……」
「……」
ビンセントは今にも涙をこぼしそうな声で言った。私はそんなビンセントを痛ましげに見つめた。まだ10歳の子どもが背負うには、あまりにも重すぎる現実だった。本来なら愛情だけを受けて育つはずの年頃なのに、露骨で悪意ある敵意にさらされている。
(本当は全部隠して守ってあげたい。)
けれど、それは私にはできない。そして、それはビンセントのためにもならない。
(これが、メルチェデスの運命なのだろうか。)
現公爵であるカディエンも、次期公爵であるビンセントも、メルチェデス家の血を引くというだけで、背負わなければならない重荷があまりにも多い。二人の未来を変えたいと願う私にとって、その現実があまりにも重くのしかかっていた。
(私に何ができるんだろう)
こんなにも懸命に耐えているこの小さな子のために、家庭教師である私にできることは何だろう。
そんなことを考えていた、その時だった。
「来ないから何事かと思った」
突然、頭上から聞こえた声に、私は驚いて振り返る。
「カ……閣下?」
思わず名前を呼びそうになり、慌てて言い直した。すると彼は小さく笑って言った。
「先生、私のことは名前で呼んでくれ。もうそう呼ぶ仲だろう?」
「少しは顔色が良くなったみたいですね。」
「うっ……」
私は照れ隠しに軽く咳払いをした。そんなことを言うなら、本当に「カディエン」と呼んだら真っ赤になるくせに。
……いや、それより。
「ところで、こんな時間にどうされたんですか……?」
普段なら、この時間のカディエンは執務室で仕事をしているはずだった。彼の隣にはウィンストンもいた。軽く会釈すると、ウィンストンも静かに頭を下げる。
その直後、聞こえてきた声に私は視線を向けた。
「私が自分の家で、いつどこにいようと、説明する必要があるのか?」
「……」
言っていることはもっともだ。
(でも、こういう時だけ妙に気の利いたことを言うんだから)
心の中でそのようにぼやきながらも、心のどこかで不思議に思っていた。
(不思議だ)
カディエンが現れた瞬間から胸を締めつけていた不安が、自分でも驚くほど静かに落ち着いていった。何と言えばいいのだろう。
(頼もしい後ろ盾が現れたような安心感)
私の拙い語彙では、それくらいしか表現できなかった。
「それより――」
カディエンの表情がふっと険しくなる。
「何かあったようだな」
「あっ……」
カディエンの視線がビンセントへ向けられた。ビンセントの目元は、泣いたせいで赤く腫れていた。誰が見ても、泣いた直後だと分かる顔だった。
説明しなければ、ごまかせる状況ではない。私としては、むしろ今ここで話してしまったほうがいいかもしれない。私は小さく息を吸い、真剣な表情で言った。
「元老院長と鉢合わせになりました。」
彼の目つきが、一瞬で鋭くなった。
ふと気になった。
(カディエンは、ビンセントがどんな扱いを受けてきたか知っているのだろうか?)
今のカディエンなら関心を持つかもしれないが、昔のカディエンならどうだろう。
「……ビンセントに暴力を振るおうとしたんです。」
まるで子どもが言いつけをするようで少し気まずかったが、それでも構わなかった。彼がきちんと罰を受けられるなら、それでいい。私は立ち上がってカディエンに向き直り、口を開いた。
「私が体を張って止めたから大事にはなりませんでしたけど、あと少し遅れていたら――」
「待って」
「……え?」
突然私の言葉を遮ったカディエンが、険しい表情のまま一歩近づいてくる。
「体を張って止めたって?」
「え?」
一瞬戸惑った私は、まばたきをしてからおそるおそる答えた。
「私の体で……ですけど?」
その瞬間、カディエンの眉間に深いしわが寄った。気のせいだろうか。周囲の空気まで、一気に張り詰めたような気がした。
「……どこを。」
私の言葉を遮るように、彼は険しい目で私を見つめて尋ねた。
「どこを殴られた?」
「え……」
言ってもいいのだろうか。よく分からないけれど、今のカディエンは――
(ものすごく怒ってる気がする。)
言いつけたのも私だし、原因を作ったのも私のような気がして、思わずためらってしまった。
その時だった。
「頭です!」
勢いよく答えた声が響いた。だが、答えたのは私ではなかった。驚いて視線を下に向けると、ビンセントが強い意志を宿した目で、カディエンをまっすぐ見上げていた。
ビンセントが慌てて叫んだ。
「先生は僕をかばってくださって、頭をぶつけたんです! ぼ、僕が見ました!」
必死に訴えるビンセントは、ぎゅっと下唇を噛みしめた。そのせいでふっくらした頬がますます膨らんで見えたが、可愛らしさよりも胸が締めつけられた。やがて肩を落としたビンセントは、涙をこらえながら言った。
「僕のせいです。僕が弱いから、ビア先生まで傷ついてしまいました」
「いいえ、そんな――」
違う、と否定しようとした。けれど、続くビンセントの言葉に、私は何も言えなくなった。
「弱いのは嫌なんです」
「……」
カディエンは何も言わず、ビンセントを見つめた。ビンセントは揺れる瞳でカディエンを見返し、やがてゆっくりと口を開いた。
「ぼ、僕……アカデミーに戻ります。」
「……!!」
「ご当主様! 本当ですか!?」
これまで気配を消していたウィンストンが、思わず驚いて前に出た。普段のウィンストンからは考えられない反応だった。それほどまでに、先ほどのビンセントの言葉は衝撃的だったのだ。
「はい。」
ビンセントは固い決意を込めて、大きくうなずいた。そして、その視線は私へと向けられた。私は呆然とビンセントを見つめ、静かに聞き返した。
「本当に大丈夫? 無理をしなくてもいいのよ」
ビンセントが再びアカデミーへ戻ることは、確かに喜ばしい知らせだった。けれど、それ以上に心配のほうが先に立った。無理をしているんじゃないだろうか。ビンセントの決意を疑いたいわけではない。それでも、勢いで決めてしまって、あとで後悔しないだろうかと不安になった。
そんな私の気持ちを見抜いたように、ビンセントはきっぱりと言った。
「僕も、ビア先生みたいになりたいんです」
「え? 私みたいに?」
思いがけない言葉に驚いて振り返ると、ビンセントは真剣な表情で力強くうなずいた。
「ビア先生は強くて、キラキラ輝いています。」
「……」
私はゆっくりと唇を引き結んだ。ビンセントの表情は次第に決意に満ちていく。
「僕もビア先生みたいに……いや。」
ビンセントは首を横に振った。
「もっと強くなって、ビア先生を守ります。」
「ビンセント……」
まさかビンセントが、こんなことを考えていたなんて。いったいいつから、こんな思いを抱くようになったのだろう。私はビンセントのことをよく分かっているつもりだった。それでも、私の知らないところで、ビンセントは少しずつ成長していた。
「もう逃げません。」
ビンセントはカディエンの前へ進み出た。小さなビンセントと、大きなカディエン。どこか似ているようでいて違う二人が向かい合う姿は、不思議な感慨を抱かせた。
「それなら、僕も強くなれますか?」
「……」
「強くなって……ビア先生を、大切な人を守れるようになりますか? 教えてください、公爵様」
メルチェデス公爵の前ではいつも委縮していたビンセントが、まっすぐに視線を合わせ、答えを求めていた。カディエンは感情の読めない目でビンセントを見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「さてな」
「……」
「公爵家から逃げ出したお前が、今さらアカデミーへ戻ると決めたくらいで強くなれると思うなら、それは甘い考えだ」
「……」
あまりにも冷たく、容赦のない返答だった。しかし――
「それでも前よりはマシだな。」
「……え?」
ビンセントは目を大きく見開いた。カディエンは無表情のまま言葉を続けた。
「強くなりたいなら、自分で考えろ。お前が大切なものを守るために、何をすべきかを。」
「……」
難しい言葉だった。私にとっても難しいのだから、ビンセントにはなおさらだろう。それでもビンセントは真剣な表情でカディエンの言葉を噛みしめるように頷いた。
「僕、強くなります。」
「そうか。」
「ありがとうございます、公爵様。」
「……」
頭を下げるビンセントを見つめていたカディエンは、視線を横へ向けて口を開いた。
「執事」
「はい、ご主人様」
後ろで様子を見ていたウィンストンが、穏やかな笑みを浮かべながら近づいてきた。そんなウィンストンを冷たい目で見たカディエンは言った。
「ビンセントを屋敷の外まで送れ」
「かしこまりました」
「それから、元老院長の部屋を今すぐ北棟の別館へ移せ」
その言葉に、ウィンストンは驚いた表情で口を開く。
「し、しかし北棟の別館は工事が中断された建物で、防寒設備も……」
だが、その先は言えなかった。振り返ったカディエンの紫色の瞳が、あまりにも冷たかったからだ。遅すぎた。ようやく自分の失態に気づいた彼は、慌てて頭を下げた。
その様子を冷たい目で見つめたカディエンが口を開いた。
「ゼノ。もう一度でも私のものに手を出したら、その時は昔、私を殺さなかったことを後悔させてやる。」
「……ご命令に従います。」
「行け。」
「はい。旦那様、参りましょう。」
「あ、ああ、ああ……」
しばらく様子を見守っていたヴィンセントは、ウィンストンの手をぎゅっと握り、不安そうな目で私を見つめた。私はヴィンセントに向かって手を振った。やがてヴィンセントはウィンストンの手を引き、その場を後にした。
すると私はすぐにカディエンの方を振り返った。
「閣下、大丈夫ですか?」
私の問いに、彼は「何を言っているんだ」というような表情を浮かべた。
「院長のことです。ただの捻挫ではないでしょう?」
メルセデス公爵家は非常に広大なので、すべてを把握しているわけではないが、北側の別館についてはおおよそ知っている。
(工事が中断された建物)――。
何か特別な事情があったわけではなく、建物自体が古く、使い道もほとんどなかったため、改修するくらいなら取り壊した方がいいという判断で工事が中断されたのだ。だから、そこは療養施設として使うどころか、人が暮らせる環境ですらないはずだ。
それなのに、そこへ……。
(もちろん、それでも人は住んでいるけれど。)
これまでヴィンセントを縛りつけたうえ、気絶するまで追い詰めたのだから、私としては当然の処分だった。だが、現実には少し問題があった。彼は孤児院の院長なのだ。ただの謹慎ではなく、劣悪な環境の別棟へ送ってしまった。しかも、もうすぐ大会も始まる。タイミングがあまり良くない。どうしても心配になってしまった。
そんなことを考えながら彼を見つめていると、なぜかカディエンが苛立ったような目で私を見ていた。驚いた私が瞬きをすると、彼は呆れたように髪をかき上げながら言った。
「時々、先生のそのおめでたい頭の中を開いて見てみたくなることがある。」
「……今の、何て物騒なことを言うんですか。」
それって殺人予告ですか?私は、人の頭を割って中を見てみたいなどと平然と言うカディエンを、呆然とした表情で見つめた。
「先生は、自分がどんな目に遭ったのか分かっているのか?」
「え?」
私が、ですか?
「頭を殴られたんだろう。それなのに今は他人の心配をしている場合か? そんなことがそれほど大事なのか。」
「あ……」
一瞬、彼の言葉の意味が分からずぽかんとしていたが、すぐに我に返った。つまり、カディエンが怒っていた理由は……。
「私が自分の体を大事にしなかったから、怒っていたんですね。」
「……ですよね?」
「体も弱いくせに、あんな場所へ飛び込んで。自分の身を危険にさらすのが先生の趣味だとでも?」
相変わらず容赦ない。思い切りお説教されてしまった。
(それだけ怒っているってことか。)
私の問いを否定しないところを見ると、図星らしい。私は戸惑いながらも、思わず笑みがこぼれた。結局は、私を心配してくれていたからなのだ。
するとカディエンの眉がぴくりと動いた。
「そんな顔をしないでください。あの時は、どうしようもなかったでしょう?」
「……」
言い返す言葉がなかったのか、カディエンは不機嫌そうに唇をきゅっと結んだ。
相手は他の誰でもない、ヴィンセントだ。同じ状況に戻ったとしても、私はやはり自分の身を投げ出しただろう。
「……あの腕輪、役に立たなかったな。飛んできた手すら防げないとは。」
不満の矛先を腕輪へ向け、カディエンは苦々しげにつぶやいた。また新しいアイテムを持ち出して無理やり使わせようとするかもしれないと思い、私は慌てて言った。
「力が弱すぎて発動しなかったみたいなんです! 殴られたことにも気づかないくらい、本当に弱かったんですよ。」
カディエンを落ち着かせるため、少し大げさには言ったが、嘘ではなかった。
「それに、これはちゃんと効果があります。」
神殿でのことを思い出した私は、真剣な表情で付け加えた。
そんな私をじっと見つめていたカディエンは、不意に手を伸ばし、私の頭をそっと包み込むようにつかんだ。突然の彼の行動に、私は驚いて目を丸くしながら彼を見上げた。
まさか本当に私の頭を開いて中を見ようっていうんじゃないよね?
……いや、さすがに違うよね?
「わ、私は本当に大丈――」
「じっとしていて。」
慌てて身をよじる私を見て、カディエンが低い声で制した。もともと近い距離だったのに、その低い声が耳元で響き、私は思わず息をのんだ。
その間、カディエンは私の髪をかき分けていた。いったい何をしているんだろう?答えはすぐに分かった。
「……幸い、傷跡は残っていないようだ。」
「……。」
どうやら私の言葉を完全には信じられなかったらしく、頭ではなく髪をかき分けて、傷がないか確かめているようだった。何だか気まずくなった私は、そっとカディエンを押した。カディエンは素直に一歩引き下がった。
「大丈夫だって言ったじゃないですか。」
何だか落ち着かない気分だった。少し戸惑いはしたものの、普段の私ならむしろこの状況を喜んでいたはずだ。百の言葉より一度見てもらう方が早いし、私が無事だということを一目で証明できるのだから。
なのに……。
(どうしてこんなに落ち着かないんだろう?)
彼に抱き寄せられたのは今回が初めてではないのに、崖から落ちそうになったあの時のように、心臓がドクンと大きく鳴って落ち着かなかった。心臓は規則正しく鼓動していた。
カディエンが頭だけ確認すると言ってくれたので助かった。もし他の場所まで確認すると言われていたら、間違いなく私の異変に気づかれていただろう。
(まさか、また発作が起きるの?)
あり得る。二度目の症状は嘔吐と意識消失だった。なら、その次が心停止だったとしても不思議ではない。
(それじゃ、ただ死ぬだけじゃない。)
そもそも魔化病自体が非常に珍しい病気で、知られている限りでは第七段階まで症状があると言われているものの、実際に何段階まで生き延びられるのかは誰にも分かっていない。つまり、極端な話、次の発作で本当に命を落とす可能性だってあるということだ。
ぞくり、と背筋が震えた。
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ビンセントの決意とアカデミー復帰
ヴィゲンに侮辱されて恐怖に震えながらも、ビンセントは「ビア先生のようにもっと強くなって、大切な人を守りたい」と強く願い、自らの意志で皇立アカデミーへ戻ることを決意します。
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カディエンの冷徹な処分と深い怒り
ビンセントを守るために頭を打ったリビアをカディエンが強く心配して咎める一方、ヴィンセントを追い詰めた元老院長ヴィゲンに対しては、劣悪な環境の北棟別館送りという容赦のない罰を下します。
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忍び寄る魔化病の恐怖と動揺
カディエンに頭の傷を確認されたことで、リビアは彼に異変を気づかれずに済むも、次の発作で本当に命を落とすかもしれないという魔化病の恐怖と自身の不安に改めて直面します。