こんにちは、ちゃむです。
「憑依者の特典」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
136話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 鏡の公爵アナクシア②
[世界を構築する恩寵が、信徒の危機に目を向けて柔らかく応答する。]
[万象の混沌を見通す瞳が、残酷さの中で真実を見据える。]
鎖の無慈悲な力に引きずられる中、私の背は壁に深い溝を刻んでいった。
荒々しく叩きつけられる衝撃に、悲鳴を上げたのは私ではなく壁のほうだった。
硬い石壁が砕け散る音が耳を震わせる。
[「魂を裁く天秤」が、今すぐ修道院の壁を破壊しろと叫ぶ。]
[「世界を構築する恩寵」が、そのスキルは遠距離攻撃には無意味だと説明する。]
[「魂を裁く天秤」が、それなら神聖不可侵を使えと叫ぶ。]
[「世界を構築する恩寵」が、そのスキルは初級等級のため、まだ神聖降臨状態でなければ使用できないと説明する。]
[「魂を裁く天秤」が、それなら出し惜しみするな、神聖降臨を使えと叫ぶ。]
[「世界を構築する恩寵」が、軽々しく言うなと涙ながらに訴える。]
その時だった。
「さあ、これで終わりだ。断罪の執行官!」
鎖が飛び出し、セレスティドを捕らえていた方向が変わった。
空気を裂くような唸りとともに、身体が玉座の間の虚空を横切る。
ヒュイイイッ!
片側の壁から反対側の壁へと一瞬で移動し、背中から叩きつけられた。
同時にセレスティドを覆っていた鎖が砕け、まるで自爆するかのように魔気が爆発した。
クァアアアン!
「……」
明らかに凄まじい爆発音のはずなのに、妙にくぐもって聞こえた。
息が苦しいのは砂煙のせいか、それとも全身を襲う激痛のせいか分からない。
〈アイレット、アイレット……!〉
意識が一瞬、途切れかけた。
アナクシアがアイレットの背を使って玉座の間の壁という壁を薙ぎ払っている間、イルヘたちも何もしていなかったわけではない。
「アナクシア!」
最初に我に返り、アナクシアへと駆け出したのはプリンスだった。
彼は剣を掲げ、一直線に距離を詰める。
四方から鎖が時間差で伸びて彼を阻もうとしたが、すべてをかわし、斬り払った。
あと五歩。
その剣先がアナクシアの背に届こうとした、その瞬間――
だが。
「どこへ行くつもりだ?」
アナクシアの視線が突き刺さると同時に、彼の前に無数の鎖が奔流のように押し寄せる。
その圧倒的な鎖の奔流の前では、あまりにも無力だった。
「ぐっ!」
鎖がプリンスの肩、腹、太ももを同時に貫いた。
アナクシアは鎖に絡め取られた彼を、何の価値もないもののように壁へ叩きつける。
「プリンス!」
レイウェンがとっさの判断で、プリンスと壁の間に滑り込んだ。
全身で衝撃を受け止めたおかげで、プリンスはかろうじて致命傷を免れる。
その時、アナクシアが何かを感じ取ったように、ゆっくりと振り向いた。
「ん?あなたは何?」
「ぐっ……!」
隙を突き、あと三歩という距離まで迫っていたアッシュは、アナクシアに感知されてしまった。
奇襲の失敗には、大きな代償が伴う。
「消えなさい。」
「……っ!」
太い鎖の束が容赦なくアッシュの腹部を薙ぎ払った。
プリンスとは違い、彼はあと一歩のところまで迫っていた。
だが、それが限界だった。
「ぐっ……がはっ!」
直撃した腹部の内臓は深刻な損傷を受け、彼は大量の血を吐き出した。
吐血で意識が揺らぐその隙を狙い、数本の鎖が彼の頭部へと襲いかかる。
回避は間に合わない――そう判断して目を見開いた瞬間、イフェルがそれらを弾き飛ばした。
誰一人として、近距離で生き延びたことを喜べる状況ではなかった。
アイレットはなおもセレスティドを抱えたまま壁に叩きつけられ、プリンスとアッシュの二人は、瞬く間に重傷者となっていた。
「私の楽しみを邪魔しないで。」
アナクシアの怒気を含んだ冷たい警告が響いた。
圧倒的な威圧感に、味方は一瞬足を止める。
バキィッ!
その隙に、アイレットとセルレスティドを縛っていた鎖が玉座の間を一周する。
アナクシアは楽しげに、どこか上機嫌な声で告げた。
「さあ、これで終わりよ。断罪の執行官。」
鎖が二人を容赦なく振り回す。
セルレスティドを抱えたままのアイレットは、空中を引き裂かれるように飛ばされ、そのまま壁へ叩きつけられた。
同時に鎖が砕け、魔気が爆発する。
クァアアアン!
壁が崩れ落ち、瓦礫と粉塵が一帯を飲み込んだ。
「隊長、隊長!」
「アイレット!」
重なり合う悲痛な叫びは五つ。
テシリドはついにアイレットの名を呼ぶことすらできなかった。
ドサリと、彼はその場に膝をついた。
反射的に聖剣を地面に突き立てて身体を支えなければ、そのまま崩れ落ちていただろう。
「ゴホッ、ゴホッ……!」
口から血が溢れ出る。
つい先ほど発動した貴族の守護により、アイレットの傷がすべて自分へ移ったのだ。
内臓が激しく損傷している。
今にも倒れておかしくないほどの重傷だ。
それでもテシリドは、霞む視界の中で無理やり目を見開き、意識を手放すまいと必死に耐える。
――これで、アイレットの傷は彼が引き受けた。
そして、どうにか彼はまだ生きている。
ならばアイレットも無事なはず――。
(いや、本当にそう言い切れるのか?)
彼は“貴族の守護”の作動原理を完全に理解しているわけではない。
もし一定以上の苦痛や損傷は転移されないよう、制限がかかっているのだとしたら――?
アイレット・ロデラインのことになると、彼はどうしても過剰に慎重になってしまう。
血に濡れた唇から、かすかな声がこぼれた。
「……アイ」
小さな声だったのか、返事はない。
もう一度、呼ぶ。
「アイレット」
そして、さらにもう一度。
「アイレット・ロデライン」
なぜだろう。
大量に血を流して弱っているはずの心臓が、今にも破裂しそうなほど激しく脈打っていた。
その不安定な鼓動に共鳴するかのように、聖剣が微かな震えを伝えてくる。
かすかな揺れ――しかしその内側では、持続的な振動が確かに存在していた。
いつからか、床に映る聖剣の影が異様に歪み始めている。
聖剣の柄頭に嵌め込まれたのは青い四角の宝石だが、その影には赤い光が滲んでいた。
――そのときだった。
「みんな、どうしてこんなに傷だらけなの?」
「……!」
聞き慣れた声が、貫くように全員の耳へ届く。
濁った砂煙の中から、一人の人影が歩み出てきた。
一歩、また一歩と進むたびに、そのシルエットに色が宿っていく――。
セレスティド王女を両手で抱えたアイレットが、皆の前に姿を現した。
聖騎士の制服が少し乱れているのを除けば、ほとんど無傷だった。
「治癒。」
強力な神聖力が広がり、負傷者たちは次々と一瞬で回復していく。
「アイレット!」
「お前!」
彼女を呼ぶ味方の声は、先ほどまでとはまるで違っていた。
アナクシアは不快そうに顔をしかめながら、アイレットに言い放つ。
「本当に厄介な仲間だな、断罪の執行官。」
「……っ、マジで痛かった。あんたの分もきっちり返してやるから、覚悟しとけ。」
「あなたも気をつけなさい。私に背を見せた瞬間、めちゃくちゃに引き裂いてあげるわ。」
「何言ってるの。あなたみたいなのに見せる背中なんてない。」
吐き捨てるように言ったアイレットは、セルレスティードをヘスティオに預けた。
そのとき、伸びてきた手が慌ててアイレットの腕を掴む。
「ま、待ってください!」
「王女殿下?」
何が起きたのか分からず呼びかけると、
「く、助けてください……!」
切羽詰まった救難の声が返ってきた。
それを見て、アナクシアは口元をわずかに歪める。
「そうだ、忘れるな。まだ人質が一人、私の手の中にあるってことをね。」
「うっ、うあああっ!」
アナクシアはハデイル王子をアルヒン室の天井に高く吊るし、そのまま振り子のように揺らした。
ハデイルは悲鳴を上げ、混乱していた。
「ふーん。」
アイレットは不愉快さを隠そうともしなかった。
相手は人間の屑のような悪党だったからだ。
「仲が良くないのは知っていましたけど、まさかこんな形で“血の証明”をするなんて。二重人格のお兄様は事故死扱いにして、優しい弟と仲良く暮らしたらどうです?」
「お、お兄様を助けてほしいって言ってるわけじゃないんです。」
「そう?」
そのときアイレットは、無防備に立っているのではなく、戦う覚悟を固めていることを理解した。
「ビアを……ビアンカを助けてください!」
「……は?」
重なった声は二つだった。
冷ややかに黙り込んだアイレットに代わり、プリンツが前に出る。
「殿下、今……今、何とおっしゃいましたか?」
「ビアが……ビアンカが、私の側付きの侍女がアナクシアの鏡に閉じ込められているんです。どうか助けてください!」
「……」
プリンツの眼差しが変わる。
普段の穏やかな気配は消え、抑えきれない気迫が溢れ出した。
それでも、アイレットほどではない。
「ビアを……」
「……」
「ビアに手を出したと……?」
「……」
ペリドットのような瞳に、冷たい殺気が宿った。
状況を理解したアナクシアは、楽しげに笑みを浮かべて言った。
「へえ、あの可愛い侍女と知り合いなの?これはますます面白くなってきたわね。」
「あなた、ビアに何をしたの?」
声は落ち着いていた。
しかし、その奥に押し込められた怒りは明らかだった。
それだけで、場の空気が一層重くなる。
アナクシアは目を細め、くすりと笑う。
「言うことを聞かなかったから、ちょっと“躾”してあげただけよ。」
「……躾?」
「そう。手首と足首に鎖を巻いて、小さな箱みたいな空間に閉じ込めてあげたの。」
「いつから?」
「さあ?王族を捕らえた直後だったかしら。だから一週間くらい前?」
「……」
「ああ、やっぱり。ただ者じゃないって一目で分かるわね。で、あなたとはどんな関係?友達?大事な人?どれくらい?すごく?ねえ、どうなの?」
「……」
「ふふっ。答えないの?顔に全部出てるのに。まあいいわ、それもまた面白いし。あの可愛い侍女、きっと大事に育てられたお嬢様って感じだったわよ。今ごろ“アナクシア様、お願いです、許してください……”なんて泣きながら縋ってるんじゃないかしら?」
その先の言葉は、続かなかった。
ドォォォン!
轟音が炸裂したのは、他でもないアナクシアの後頭部だった。
「……!」
あまりに一瞬の出来事に、アナクシアは目を見開く。
視界いっぱいに映ったのは――片手で彼女の額を掴み、そのまま地面へ叩きつける勢いで押さえ込んでいるアイレットの姿。
背後では、砕けた石片がぱらぱらと床に落ちていく音が響いている。
「もっと足掻いてみなよ。」
冷ややかな声が耳元に落ちてきて、ようやく状況を理解した。
ほんの一瞬のうちに、アイレットはアナクシアを押し飛ばし、遠くの柱まで叩きつけていたのだ。
――神聖降臨を使うか。
一撃で引き裂ける。そう思ったが、踏みとどまる。
衝動は強かった。だが“ここで使うべきではない”という理性が辛うじて勝っていた。
ギシッ。
アナクシアの後頭部がめり込んだ場所を中心に、柱が大きくひび割れていく。
これは――リリトを倒したことで得たスキル、『女王の権威』
その力が発動した結果だった。
アナクシアの小さな後頭部は、依然として私の手のひらに収まっていた。
アナクシアにとっては屈辱的な状況だろう。
だがこの狂った魔族は、何がそんなに楽しいのか、口元に歪んだ笑みを浮かべていた。
「……本当に面白いな?」
ヒュッ――空気を鋭く裂く音。
鏡から溢れ出た鎖が、津波のように四方八方から襲いかかってくる。
一本一本は、マスター級のオーラブレードと同等の威力。
オーラエキスパートの私でも、単独で捌ききるのは難しい。
だが――
ガキィン!
同時に複数の方向からオーラが飛び、鎖を迎撃した。
「援護する。」
「援護する。」
気づけば、周囲の鎖を払い終えたアッシュ、イフェル、レイウェン、そしてプリンツが揃っていた。
四人が、私を守るように鎖の攻撃を受け止めている。
テシリドは私の一歩前に立ち、肩越しに静かに言った。
「あなた、あいつが絶対に近づけないようにする。任せて。」
「うん、テリー。」
――それなら、任せられる。
その瞬間、鏡の鎖で一行を足止めしていたアナクシアが、こちらを見てくる。
「また弱い連中を前に出すのか?つまらないな。」
……会話する気にはなれなかった。
スキルで応じた。
「断罪。」
「これが攻撃?まるで冴えないな!」
頬に細く浅い傷が走る。
それでもアナクシアは余裕の笑みを崩さない。
彼女は前に出ようとするテシリドを鋭く睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「防げない以外、大したことはないな。そんなスキルで私の魔力を削れると思うな!」
「断罪。」
「血を流すことはできても、致命傷にはならない。――だから前に出ろ、断罪の執行官。でなければ……!」
その時だった。
リリトを相手取っていた鏡の一つが、ふわりとアナクシアの傍へ滑り込む。
そして――白い手が、鏡の奥からぬるりと突き出された。
「この可愛い侍女を、お前の目の前でズタズタに引き裂いてやるよ!」
「……!」
アナクシアが鏡から手を引き抜いた瞬間、私の目が大きく見開かれた。
その手に掴まれて引きずり出されてきた“女の手首”が見えたからだ。
――あれは、うちのビアンカ……!
だが。
「……ん?何だ、これ?」
完全に引きずり出されたそれは――妙な人物だった。
「ぐっ……ここはどこだ……!」
「マルセリオン公女?」
現れたのは、オデリトだった。
(どういうこと……?)
アグネスと同じ疑問が、場にいる全員の頭に浮かぶ。
アナクシアでさえも例外ではなかった。
「確かに侍女を閉じ込めるための“調教用の鏡”を呼び出したはずなのに……なんでこんな妙な女が出てくるのよ?」
偶然?それとも――。
[『万象の混沌を監視する瞳』が、肩に乗せていたニンジンを激しく振り回す。]
[『奇奇怪怪監察官』がそのニンジンを奪い取り、遠くへ放り投げる。]
妙な既視感が脳裏をよぎる。
「……まあいいわ。目障りだから、とりあえず消えなさい。」
「ひっ!」
アナクシアはオデリトを無造作に掴み、放り投げた。
ちょうど――こちらへ向かって。
受け止めるしかない。
両腕で抱え込み、そのまま地面に着地した。
「あなたは……!聖女様では?いったいこれは……!」
「マルセリオン公女。」
取り乱しているオデリトの言葉を遮る。
「これから私の質問に、正直に答えてください。あなたのために。」
「……何でしょうか?」
「黒髪の貴族の令嬢が閉じ込められている“鏡”に、心当たりはありますか?」
「……」
「あなたが持っているはずです。」
「……」
沈黙。
十分に時間を置いた末、返ってきたのは――
「……知りません。」
「本当ですか?」
「はい。」
「……そうですか。」
それで終わりだった。
冷えた表情と声に整え直し、彼女の足を地面に下ろす。
前方では、テシリドがアナクシアの主力を引きつけているのを確認した。
そのまま、事務的に状況と指示を伝える。
「現在、ボス戦の最中です。公女は後方へ。」
「後方ですか?私も――」
「指揮官の命令です。」
淡々と遮る。
「ヘルカイオン討伐戦で失態を犯したあなたを、前線に置くつもりはありません。」
「……!」
「行ってください。プライドが傷つくなら、“王女殿下をお守りする役目を任された”と思っていただいて構いません。」
そう言い切ると、オデリテから背を向けた。
これ以上、彼女に時間を割く余裕はない。
視界の先では、すでに激しい戦闘が繰り広げられている。
味方の精鋭たちは、イフェイルとアッシュ、そしてプリンツとレイウンの二手に分かれていた。
二隊は翼のように左右へ展開し、アナクシアを中心に出現した三つの鏡をそれぞれ迎撃している。
鏡からあふれ出した鎖は、直線と曲線を自在に描きながら軌道を変え――次の瞬間、一斉に空へ跳ね上がり、雨のように味方へ降り注いだ。
凄まじい破壊力に、アルシエルの床は爆撃でも受けたかのように砕け散る。
それでも味方は、紙一重で鎖の雨をかわしながら反撃を続け、鏡の根元へとじりじり距離を詰めていった。
「末っ子!」
「はい、兄上!」
やがてイフェイルとアッシュの連携により、右側の鏡が一つ砕け散った。
「こっちも一つ片付いた!」
間もなくして、プリンツとレイウンからも成功の報せが届く。
二人は砕けた鏡の破片を踏みしめ、背中を合わせたまま、残る二つの鏡へと攻撃態勢を整えた。
私は四人の軽傷を手早く癒やし、テシリドの方へ視線を向ける。
彼はアナクシアと激しく刃を交えていた。
対を成す二本の鎖の武器が、鞭のようにしなりながら交互にテシリドへ襲いかかる。
テシリドは聖剣を構え、最初の一撃を正面から受け止めた。
強烈な反動で弾き飛ばされそうになる剣を押さえ込みながら、テシリドは二本目の鎖も受け止めた。
だが鎖は先ほどと違い、剣に叩きつけられても弾かれることはなく、逆に刃へと素早く巻き付いていく。
アナクシアが鎖の端を強く引き寄せた。
テシリドはわざと引き寄せられるように見せかけながら、瞬時に聖剣を再召喚する。
そして新たに握り直した剣を構え、滑るように距離を詰めてアナクシアの心臓を狙った。
――キィン!
しかし刃先は鎖の輪に阻まれる。
すぐ目の前で、アナクシアが嘲るように笑った。
「ふふ、その顔でよくもまあそんなに弱くなれたものね」
「……」
「どう考えても、その家族はあなたたちには過ぎた存在よ。私に差し出しなさい」
アナクシアの手が、テシリドの顔へと伸びる。
ちょうどその時、私は補助魔法の詠唱を終えたところだった。
「テリー、目を閉じて。」
指先で聖剣に触れ、力を流し込む。
「消去。」
「……っ!」
魂を焼くような強烈な光が、アナクシアの視界を貫いた。
彼女は反射的に後退する。
――今だ。
「神罰。」
先ほど開けておいた天井の裂け目から、夜空を引き裂く雷光が渦を巻いて降りてくる。
その収束した五つの焦点から、稲妻が一斉に叩き落とされた。
「ぐああああっ!」
直撃を受けたアナクシアは悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。
全身から黒い煙が立ち上る。
――効いた。
彼女を覆っていた魔気が、大きく削がれている。
その顔が怒りに歪む。
「断罪の執行官……!」
「ええ、アナクシア。今からその名を剥がしてあげる。」
私は間髪入れず、次の術を発動した。
「断罪。」
「くっ……!」
テシリドへ突進していたアナクシアの体が、ぐらりと崩れる。
先ほどとは違う。
今度は確実に“通っている”。
だから――躊躇う理由はない。
「断罪。」
このスキルを重ねて使うのには、きちんとした意味があった。
発動にやや時間がかかり、対象の抵抗力によって威力は上下する。
だが“存在そのもの”に干渉できる――それがこの終極スキルの本質だった。
今は、テシリドが前に立っている。
彼を避け、アナクシアだけを削るには最適な状況。
「断罪。」
「くっ……!」
回数を重ねるごとに、アナクシアの体に刻まれる傷が増えていく。
だが流れ出るのは血ではない。
回復不可能な“魂の欠片”だ。
アナクシアの紅い瞳が、まっすぐこちらを射抜く。
――だが、その視線はすぐに遮られた。
テシリドが一歩前に出て、彼女の前に立ち塞がる。
「下がれ、銀髪!」
「……」
「下がれと言っている!」
テシリドは何も答えず、その場を一歩も退かなかった。
その間にも、私は後方から安定して神聖力をアナクシアへ流し続ける。
――残りはわずか。このまま押し切れば、討伐は時間の問題だ。
だが次の瞬間、アナクシアの表情が変わった。
極限の危機を悟ったように、彼女はスキルを発動する。
「そろそろ、別の相手にも目を向けたらどうかしら?」
――嫌な予感。
[〈システム〉警告。“血の反射”が発動します。]
アナクシアの瞳が、不気味な光を帯びて揺らいだ。
――最後の足掻きが、始まる。