悪役なのに愛されすぎています

悪役なのに愛されすぎています【147話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「悪役なのに愛されすぎています」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【悪役なのに愛されすぎています】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「悪役なのに愛されすぎています」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介...

 




 

147話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 魔法使いの本能

身分差を乗り越えたアウグストとミンディの美しい結婚式は、多くの参列者に祝福されながら滞りなく執り行われた。

神殿での厳かな式の後は、きらきらと輝く湖を望む広大な庭園へと場所を移し、賑やかな野外の祝宴が催された。エヴァンはここでも、ロレッタの手を決して離そうとはしなかった。おそらく、湖の周囲に防衛や演出のために満ちている魔力石の影響を警戒しているのだろう。

(いっそのこと、すべての国家行事で魔力石を大量に使えばいいのに……)

この頃になると、ロレッタはそんな不謹慎なことさえ思うようになっていた。――いや、いっそこの世界丸ごとを魔力石で満たしてしまいたい。そうすれば毎日、大好きなエヴァンがこうして自分の手を握ってくれるのに。

「……ううん、だめよ」

彼女は、あまりにも身勝手な考えを抱いた自分をすぐに戒めた。好きでもない女性の手を、義務感から延々と握り続けさせるだなんて、彼にとってはあまりに酷な話だ。

「お嬢さん」

「……え? なに?」

「お疲れではありませんか? 私が席を外して、少し座れる椅子を取ってきましょうか?」

慣れない靴のせいで、脚だけでなく足の裏まで痛み始めていたロレッタは、思わず小さくうなずきそうになった。

(でも、私が椅子に座ってしまったら……手を離すことになっちゃうよね?)

今も彼に優しく包まれている自分の手をそっと見下ろし、ロレッタはわずかに首を横に振った。

「ううん、大丈夫。神殿ではずっと座ってたし、まだ平気よ」

「少しでもお辛くなったら、遠慮せずに必ず言ってください。お嬢さんが健康で、無事でいることは、何よりも大切なことですから」

エヴァンはなおも、遠くに漂う魔力石の動きを、片時も油断のならない天敵でも見るような目で見つめている。

「エヴァン、心配しすぎよ」

「仕方がありません。ほかの誰でもなく、お嬢さんのことですから」

「……うん……」

ロレッタは今回もまた、「彼の心には自分への特別な想いがあるのではないか」という甘い錯覚に囚われそうになっていた。いったい、こんな虚しい勘違いを何度繰り返せば、この心は諦めてくれるのだろうか。

今日の彼の親切を、勝手に別の意味として受け取ってしまう自分が急に苦しくなり、ロレッタは繋いでいた彼の手をそっと離した。

――もう、きちんと本当のことを伝えなきゃ。

魔力石なんて、実は少しも怖くなかったということ。ただ、大好きなあなたが手を握ってくれたから嬉しくて、ずるをして黙っていただけなのだということ。勝手に期待して、一人で勘違いしてしまって……ごめんなさい、と。

「あ、そうだね」

けれど、ロレッタが覚悟を決めて切り出そうとした、まさにその瞬間だった。エヴァンは何かを思い出したように、ほんのり赤くなった頬を指先でなぞりながら、先に口を開いた。

「お嬢さん」

「……え、なに?」

「もし、この宴が終わったあとで……少し二人だけでお話しする時間をいただけませんか?」

「二人で……?」

「アウグスト殿下が、空いている応接室を一つ、私きに用意してくださったんです」

「空いている応接室」という言葉を聞いた瞬間、ロレッタの頭の中に激しい混乱の嵐が吹き荒れた。それもそのはずだ。これまでエヴァンは、どんな用事があってもロレッタと密室で二人きりになる状況を、徹底して避けてきたのだ。それなのに今、自分から二人きりになろうと言い出すなんて。

「私は平気だけど、そこに行ってどうするの? 誰かと待ち合わせでもしているの……?」

「そんなわけないでしょう。誰にも聞かれないように、ですよ」

――何ですって!?

この期に及んで、ロレッタは叫び出したい気分だった。「誰にも聞かれない」応接室をわざわざ借りてまで、いったいエヴァンは何を言うつもりなのだろう。ロレッタの頭の中では、これまで読んできた数々の恋愛小説のシチュエーションがよぎり、ありとあらゆる甘い展開が浮かんでは消えていった。

だが、彼女はすぐにぶんぶんと首を横に振った。

――もう勘違いしないって心に決めて、まだ数分も経っていないのに……!

そんなロレッタの必死な葛藤など知る由もなく、エヴァンは静かだが決定的な一言で、彼女の心臓を強く打ち抜いた。

「それと、その場所で……お嬢さんにちゃんとお伝えしたいこともあるんです」



賑やかな野外の祝宴が終わり、室内の宴会場へと移動して、そろそろ新郎新婦が退席する時間になったころ。アウグストとミンディは、主賓の合間を縫ってロレッタに「中間報告」をしにやって来た。

「……ねえ。今日が夢じゃないって、私に証明してくれる?」

ロレッタは、どこか恍惚とした様子のまま、冗談めいた口調で今の状況を正確に言い表した。それは、いつもの強がりな彼女なら決して口にしなかったような、素直な言葉だった。

その表情を見て、新郎新婦は顔を見合わせ、くすりと笑った。

「ロレッタお嬢さんは、僕たちからの贈り物が相当うれしかったみたいだね」

「まあ、殿下。今、私のことを“お嬢さん”と呼びました?」

ロレッタの指摘に、ミンディは一瞬だけ言葉に詰まった。「ええと……長年の癖って、なかなか直らないものなのよ。呼び方もそうだし、王宮の礼儀作法も難しすぎて……」

「そんな無礼な相手に、そこまで怯える必要はないよ、ミンディ」

ロレッタは、未だに自分の新しい立ち位置に慣れずそわそわしている王子妃の腰に、そっと優しく腕を回した。恥ずかしさと緊張で強張っていたミンディの姿勢が、少しずつほぐれていく。

「こんな簡単な作法くらい、気にしなくてもいいでしょう?」

「……え? 何?」

ミンディは、目を大きく見開いて息をのんだ。それもそのはずで、アウグストを通じて出会った高慢な貴婦人たちは、皆そろってミンディに「礼儀を知らなければ、社交界では無視されるわ」と口を酸っぱくして脅していたのだ。

「さっきみたいに、わざわざ意地悪く指摘してくる人にはね、『はい、あなたの言う通りです。私が間違っていました』って答えて、にこっと一度だけ可愛く笑えば、それでいいのよ」

「……本当にそれだけでいいの?」

「自分が“自分のいるべき場所”にいるって確信していれば、誰もあなたを軽く扱えないわ。わかった?」

ミンディは深く小さくうなずき、ロレッタは愛おしそうに彼女の肩を引き寄せた。

「心から結婚おめでとう、私の大切な友だち。どうか幸せになってね」

「ありがとう、ロレッタ……。それじゃ、あなたも早くエヴァンと仲良くしなきゃね」

「……うん」

ロレッタは、かすかな声を漏らしながら、そっと一歩下がった。

「今日はやけにエヴァンが優しくて、つい勘違いしちゃうの。こんなこと、初めてでもないのに……どうして毎回、こう簡単に心が揺れてしまうんだろう」

「簡単な話よ」

ミンディの口調には、はっきりとした確信があった。

「魔法使いのエヴァンは、ロレッタのことを本気で好きなのよ」

「……」

「そうじゃなきゃ、あんなふうに、愛情がぽろぽろ零れ落ちるような目であなたを見るはずないでしょう。今日ここにいた誰が見ても、二人はそういう関係だって思うはずよ」

――愛情が、零れ落ちる目?

ロレッタは、自分を見つめるエヴァンのあの真面目な視線を思い返してみたが、そこに特別な甘さは感じられなかった。むしろ、いつもと変わらない過保護な眼差しだったように思える。

「でも……エヴァンは今まで、私に対して異性としての関心がないって、態度ではっきり示してきたの」

「……ってことね」

「今日をきっかけに、変わるみたいね」

「本当にそうかしら?」

「間違いないわ。ほら、今から確かめてみなさい」

そう言って、ミンディはどこか企むような意味ありげな笑みを浮かべると、アウグストの腕を取って、足早にその場を離れていった。

「確かめるって……何を?」

そう考えながら、遠ざかっていく二人の背中を見送っていると、やがて彼女の前に、ひどく息を切らしたエヴァンが駆け寄ってきた。

「こちらにいらしたんですね、お嬢さん」

「エヴァン!」

ロレッタは驚いて、思わず彼を見上げた。広い会場を必死に探して走ってきたのだろう、彼は肩で息をし、両肩が小刻みに上下していた。

「驚かせてしまいました。お飲み物を取りに行って戻ったら、お嬢さんの姿が急に見えなくなってしまったので……」

「ごめんなさい。アウグストとミンディが、私をこっちに引っ張ってきたの」

「違うよ」

エヴァンはロレッタの手をきゅっと引き寄せ、大きく息を吐いた。

「お嬢さんに何事もなかったなら、それでいいんです」

「……」

「本当に心配しました。僕の目の届かないところへ勝手に行かれたりしたら……いえ、もちろん、お嬢さんの行動を制限しようだなんて大それた思っていませんけど」

慌てふためくエヴァンの様子があまりにも可笑しくて、愛おしくて、ロレッタは思わず声を立てて笑ってしまった。「ふふ」

「ぼ、僕、本当に……すみません。また余計なことを……」

「ううん、いいの。エヴァンには、それくらいの権利があると思ってるわ」

ロレッタは、彼のもう一方の手までそっと引き寄せて握った。「私を守ろうとしてくれてるんでしょう?」

「……はい」

「だから、私があなたに『そばにいてほしい』と言っても、何も問題ないのよ」

「どうか私の隣にいてください。不安なんです」

あまりにも素直なその願いに、ロレッタは少し前にミンディが口にしていた言葉を思い出した。――エヴァンは、今日を境に変わるかもしれない、というあの言葉を。

(……本当かしら?)

ロレッタは、やや回りくどいやり方で、ミンディの主張を確かめてみることにした。

「ねえ、エヴァン」

「はい、お嬢さん」

「もしよかったら、私と……一曲、踊ってくれる?」

ロレッタは、緊張で自然と両肩がすくむのを感じた。実はこれまでにも、彼にダンスの誘いをしたことが何度かある。けれどエヴァンは、一度もロレッタと踊ってくれたことはなかった。考えてみれば、手を取ることさえためらうエヴァンにとって、公衆の面前での舞踏など――。

幸い、今は周囲に他のダンスの相手はいなかった。

「……」

エヴァンはしばらく、何も言わずに黙り込んだ。

ロレッタは小さく息をつく。今日はもしかしたら違うかもしれない、と期待してしまったが、やはりそれは都合のいい勘違いだったのだ。

「もし……嫌でしたら、無理にとは……」

「いいえ! 嫌なはずありません!」

「……ほ、本当に? 嫌じゃないの?」

「どうして僕が、お嬢様を嫌いになれるんですか。ただ……僕のダンスの実力が、あまりにも未熟で、お嬢様に恥をかかせてしまうのではないかと……」

その瞬間、ロレッタの頭の中で、盛大な祝砲が打ち上がった。

(どうしよう、ミンディの言ったこと、やっぱり本当だったみたい!)

ロレッタは思わず、エヴァンの腰にぎゅっと抱きつきたくなった。だが、そんな不意打ちをすれば、驚いたエヴァンがまた殻に閉じこもって逃げ出してしまいそうで、必死に理性を保つ。

(今夜は……エヴァンと“二人きり”で、あの応接室に行くんだわ……)

それほどまでに真っ直ぐに言われれば、断る理由もなかった。それでも、ここまで周囲の目を気にかけてくれるエバンの不器用な優しさがありがたくて、ロレッタは小さくうなずいた。

「こちらに行けば、目立たないと思います」

どうやらエヴァンは、あらかじめ会場の動線を確認していたらしい。柱の近くには、厚手のカーテンで仕切られた小さな隠し扉があり、使用人たちが使う控えの通路になっていた。そこを抜けると、すぐに宴会場近くの静かな廊下へと出る構造になっている。

人のいない静まり返った廊下に出ると、エヴァンはそれまで繋いでいたロレッタの手をそっと離した。

「遠くへ行くわけではありませんから、少しだけこちらへ……あ、お嬢さん?」

ロレッタが再び彼の手をきゅっと取った瞬間、エヴァンは驚いて一歩後ずさった。

「手をついだら……だめ?」

ロレッタはそう切なげに問いかけながら、彼との距離を詰めた。緊張しているのか、エヴァンが大きく唾を飲み込む音が、静かな廊下にはっきりと響いた。

「え、ええと……ここから先は……」

彼は震える声で、必死に説明を始めた。

「魔力石の影響はもうありませんから、大丈夫です。手……は、離しますね」

そう言って、繋いだ手を引き抜こうとした瞬間、ようやく我に返ったロレッタは、両手で彼の手をぎゅっと掴んで拒んだ。

「……いやよ」

「お嬢さん」

諭すような彼の呼びかけにも、ロレッタはぶんぶんと首を振る。

「今日、ずっと手をつないでたじゃない。それなのに、どうして急にそんなふうに離そうとするの……!」

「それは……舞踏会場には魔力石が満ちていたからです。もしあの危険な状況がなければ、私のような者が……お嬢さんの隣に無暗に立てるはずがありません」

ロレッタは、なおも手を離さず、切実な眼差しで彼を見つめ続けた。

「私が……そう望んでも、だめなの?」

エヴァンは苦しそうに唇を噛んだ。いつの間にか、彼を見上げるロレッタの大きな瞳には、涙がいっぱいに溜まっていたからだ。

彼は昔から、ロレッタの涙には致命的に弱かった。大好きな人が自分のせいでつらそうにしている姿を見て、胸が痛まないはずがない。

「……お嬢さん」

彼はそっと距離を詰め、観念したように口を開いた。まっすぐに、何かを期待するような眼差しで自分を見つめるロレッタを前にして、強い罪悪感が押し寄せてくる。

「ぼくが……悪かったです」

「急に何を言い出すの?」

「アウグスト様から、お嬢さんの安全を任された立場なのに……一日中、自分の感情に浮き足立って、軽率な行動をしてしまいました」

落ち着いた口調で語られた彼の言葉には、真実と偽りが入り混じっていた。

今日の彼は、普段なら胸の奥に押し込めてきた欲望を、例外としてすべて叶えていた。ロレッタを自分の隣に立たせること――それに他ならない。だがそれは、アウグストからの頼みがあったから、という理由だけでは決してなかった。

「ロレッタの安全」こそが、この世界で彼にとって何よりも大切なものだった。だからこそ、エヴァンは普段、自分がこれ以上ロレッタと親しくなることを、意識的に避けてきたのだ。

彼は魔法使いだった。それも、危険といっていいほど強大な力を持つ魔法使い。

『誰かを自分の魔力で満たし、完全に所有したいという本能は、どんな魔法使いの中にも存在する。だからこそ、恋に落ちた魔法使いたちは、ときに制御を失い、恐ろしい行動に出てしまうことがある』

「そこまで……考えていたわけじゃありません」

「わかっています。でも、まったく別の気持ちでもなかったでしょう」

エヴァンは、師であるジェレミアの教えを思い返しながら、魔法使いとしての独占欲や本能を常に警戒してきた。だが青年へと成長し、ロレッタへの想いが深まるにつれて、その“完璧な所有”への欲求が、自覚のなかで現実の恐怖として迫ってくるようになったのだ。

ふと彼は、自分の魔力をたっぷりと宿し、自分色に染まったロレッタの姿を想像してしまった。もちろんそのたびに、自分がどれほど卑しく、危険な考えを抱いているのかを思い知り、深く苦しんできた。

「エヴァン、その話は……」

ロレッタが彼の手を、さらに強く握りしめた。今やエヴァンは、彼女の顔をまともに見ることすらできなかった。

「もし、殿下のご依頼がなかったら……宴の席で、私と一緒にいなかったという意味なの?」

「……違います。ですから……魔力石がなかったら……」

「私の隣には、いてくれなかったってこと?」

彼は答えを返せなかった。ロレッタが傷つくのは、あまりにも明白だったからだ。もっとも、ここで沈黙を貫いたところで、状況が好転するわけでもないのだが。

「…………」

「じゃあ、誰もいない応接室に行こうって言ったのは、どうして? 何を話そうとしたの?」

「師匠から、頼まれていたことがあるんです」

エヴァンは観念したように、ここで全てを白状することにした。どうせ周囲には誰もいない。この不穏な空気のまま応接室へ移動しようとする方が、むしろ不自然だったからだ。

「お嬢様が一日中、魔力石の近くにいらしたでしょう。ですから、ほんの少しだけ、お身体の状態を確認してほしいとジェレミア師匠に言われていたのです」

「……それで、誰もいない応接室に行こうとしたのね」

ロレッタの声は、冷たいほど静かだった。

「万が一にも、体内に不要な魔力が溜まって悪影響を及ぼしていないか――それを確かめるためです」

彼の言葉には、誤魔化しはなかった。だが同時に、すべてを語っているわけでもなかった。彼女の身の安全を守るため、そして――自分自身の黒い本能を抑えるため。エヴァンは、ロレッタの鋭い視線から逃げるように、わずかに目を伏せた。もし彼女がここにいなければ、エヴァンは一人で魔法陣を展開し、溢れそうな魔力を吸収しなければならなかっただろう。

「はい、そうです」

「私に話があるって言ってたのは?」

「次の定期実験は、師匠の代わりに僕が進行することになった、という事務的な話をしようと思っていました。師匠が急に国境へ向かわれることになってしまったので……」

「それだけ……なの?」

落胆したように、消え入りそうな声で尋ねるロレッタに、エヴァンは胸を抉られながらもうなずくしかなかった。

「それだけです」

「……そう」

無理に笑みを形作ろうとするロレッタの唇の端が、かすかに震えているのが見えた。きっと、いつものようにこの気まずい状況も笑って受け流したかったのだろう。だが、今回は思うようにはいかなかった。

必死にこらえていた涙が、ついに堪えきれなくなり、彼女の綺麗な目尻から、静かに一粒の涙がこぼれ落ちた。

「お嬢様!」

思わず驚いたエヴァンが、彼女の頬に手を伸ばしかけた瞬間、ロレッタは素早くその手を拒絶するように払いのけた。

「慰めないで!」

鋭い声に打たれ、エヴァンは我に返って、慌てて両手を背中へ引いた。「ご、ごめんなさい……」

ロレッタは小さな肩を、何度も激しく震わせた。その震えは次第に大きくなり、やがて大きな瞳から、堰を切ったようにボロボロと涙が零れ落ち始める。

「…………」

エヴァンは、何もできずにただ立ち尽くし、彼女を見つめるしかなかった。今すぐ抱き寄せて、その涙を拭ってやりたい――そんな強い衝動が胸を突き上げる。だが、それは彼自身の身勝手な欲求に過ぎないと分かっていた。

「……ばか……」

しばらくして、ロレッタがようやく彼を呼んだ。その声は、泣きじゃくるせいで、途切れ途切れに震えている。

「…………」

彼は、ただ黙って、その罵倒を受け止めることしかできなかった。

ロレッタの唇が、開いては閉じるという仕草を何度も繰り返した。きっと、言いたいことは山ほどあるのだろう。ただ、それを彼にぶつけていいのかどうか、迷っているように見えた。

「……どうか、僕を恨んでください、ロレッタお嬢様。許そうなどとしないでください。どれほど憎んでくださっても、構いませんから……」

祈るように、エヴァンはゆっくりと目を閉じた。

ロレッタは長い呼吸を一つ吐き出してから、ようやく胸の奥に溜め込んでいた本音を口にした。

「……いいのよ、エヴァン」

変わらぬ切ない想いをそのまま告げられ、エヴァンの頭は真っ白になった。こんなに傷つけておいて、そんな優しい言葉を向けられるとは、思ってもみなかったのだ。

「……ごめんなさい」

すぐに、ロレッタは小さな声で謝った。彼がひどく戸惑い、苦しんでいることに気づいたからだろう。

「い、いえ……」

彼は震える声で、拒絶の言葉を口にした。それが何に対する答えなのかさえ分からないまま、ただ唇から零れ落ちるままに。

「……エヴァン」

しばしの沈黙ののち、ロレッタは浅い呼吸をゆっくり整えながら、言葉を紡いだ。

「……はい、お嬢様」

「私の質問に、正直に答えてくれる?」

「申し訳ありません。それだけは……」

即座に返ってきた拒絶に、ロレッタは彼をじっと見据えた。「一度も……ダメなの?」

ダメだった。この約束をしてしまえば、いつかロレッタから「私のことをどう思っているの?」そう問われたとき、エヴァンは魔法使いの恐ろしい本心と言い訳を語らねばならなくなる。

「……お願い」

その懇願に、エヴァンはとうとう首を縦に振れなかった。それを見て、ロレッタは少し間を置き、慎重に次の、最後の質問を切り出した。

「もしかして……もしかしてだけど」

「……」

「私が、あなたを好きじゃなくなる日を……待っていたの?」

エヴァンは、そうであってほしいとは願っていた。ただし、それはロレッタが思っているように、彼女を嫌ったり遠ざけたりしたいからでは決してなかった。

「……はい」

その一言のあと、エヴァンは用意していたはずの多くの言葉を飲み込んだ。これ以上、自分勝手な言い訳を重ねても、彼女をさらに傷つけるだけだと思ったからだ。

「ずっと……そうなればいいと、待っていました」

「やっぱり……そう、だったのね」

ロレッタは小さくうなずいた。何かを完全に理解し、諦めたような表情だった。

「エヴァンは優しいから。私が近づくのを、本当は不快に思っていても……きっと、ちゃんと嫌だって言えないんじゃないかって。ずっと、そう心配してたの」

「…………」

それまで彼を必死に握っていたロレッタの手が、ゆっくりと、力なく離れていった。かつて彼女自身が口にしていたとおり――『さっぱりと手を放す』、そんなあまりにも綺麗な別れ方だった。

エヴァンは、その瞬間になってようやく悟った。自分がどれほど乱暴に、彼女の差し伸べた手を払いのけ続けてきたのかを。そこまで頑なにならなくとも、ほんの少しだけでも――優しくできたはずなのに。今さら悔やんでも、もう遅い。取り返しのつかないことだった。

「……じゃあ、行くわね」

ロレッタはそう言って、先に背を向けた。取り残されたエヴァンは、はっと我に返り、引き裂かれるような焦燥感の中で慌ててその背を追った。

「ま、待ってください、お嬢様!」

どれほど呼びかけても、彼女は足を止めなかった。

「少しでいいんです、お願いです!」

ついに彼は、なりふり構わず伸ばした手でロレッタのドレスの袖口を掴んだ。それは、プライドも何もない、ただ縋るような力だった。

だが、すぐにロレッタは荒々しく腕を振り、その手を冷たく振りほどいた。

「……離して!」

エヴァンは慌てて、再び彼女の袖口をそっとつかんだ。「ご、ごめんなさい! でも、まだお嬢様の――」

「私の“状態”を確認していない、ってこと?」

振り返って投げかけられた拒絶の問いに、エヴァンは小さくうなずくしかなかった。

「……本当に、それ以外には私に何の関心もないのね、エヴァン」

「私はただ、お嬢様がご無事であることを願っているだけです。だから――!」

エヴァンがロレッタの袖を、わずかに強く引いたその瞬間だった。

ロレッタの背後から、突然現れた誰かが、エバンの手首を掴み、力任せに振り払った。予想外の強力な介入に一瞬たじろいだものの、エヴァンはすぐに顔を上げ、その相手を見据えた。

そして、彼はそれをはっきりと悟った。己の身分の低さと、無力さを。

「……へ、陛下」

「魔法使いエヴァン」

数年前に皇位を継いだ若き皇帝が、ロレッタを庇うように背後から現れ、彼を氷のように鋭い眼差しで見据えていた。

「魔塔主が、君に多くを託していると聞いているが」

「…………」

「――下がれ」

「ですが……お嬢様の状態が……」

「私は、下がれと命じたはずだ」

皇帝はそう低く告げると、ロレッタの細い肩を引き寄せ、愛おしそうにしっかりと抱き寄せた。

その瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、ロレッタの嗚咽混じりの激しい泣き声が廊下に響き渡った。

きっと、エヴァンとのやり取りのあいだ、彼女は必死に心を殺して堪えてきたのだろう。――いや、もしかすると。彼と過ごした、届かない恋慕の時間そのものが、彼女の中に積もり積もった涙だったのかもしれない。

「……失礼いたします」

エヴァンは拳を血がにじむほど固く握りしめ、深く一礼し、静かに踵を返した。

その背中が遠ざかっていく足取りは、底なしの沼を歩むかのように、ひどく重たく、悲痛なものだった。

 



 

 

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