監禁王子のメイドとして生き残る方法

監禁王子のメイドとして生き残る方法【61話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「監禁王子のメイドとして生き残る方法」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【監禁王子のメイドとして生き残る方法】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「監禁王子のメイドとして生き残る方法」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載...

 




 

61話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 夕映えの告白

アルバートは二階建ての大きなレストランを貸し切っていた。極秘の外出とはいえ、新国王の来店を断る料理人などいるはずもなく、彼にとってはそれほど難しい手配ではなかったのだろう。

中へ入ると、中央に華やかに飾られたテーブルがあり、その上には高級感あふれる食器がきれいに並べられていた。

「お腹が空いただろう。ドレスは気に入ったものが見つかったか?」

「気に入ったものが多すぎて、それが逆に悩みでしたわ」

「王を救った恩人に、これくらいのお礼もできないようでは困る。さあ、座れ」

案内されるままに腰を下ろすと、私たちは肩が触れ合うほど近くに並んでいた。

これまでは食事のときもいつも向かい合って座っていたせいか、こんなに間近で聞こえる彼の息遣いに、妙な気恥ずかしさを覚えてしまう。

「……向かい合って座ったほうがいいんじゃないですか?」

「さあな。私はこちらのほうが好きだ。お前が可愛がっているドラゴンの子は、前に座らせればいいだろう」

アルバートは悪びれもせずに言った。

ハヤンは私の隣に来ようとしたものの、座るスペースがないと分かると、ひょいとテーブルの上へ飛び乗った。そして、不満げにアルバートをじっと睨みつける。もちろん、アルバートはそんな視線をまったく気にする様子もない。

そんな二人のやり取りを見ているうちに、私の緊張も少しずつほぐれていった。

街で聞いたあの凄惨な噂のことは、何も聞いていないかのように振る舞おう――そう決めていた。きっと、それが彼の望みでもあるのだろうから。

それでも、せめて彼の名前だけは、心を込めて呼んであげたかった。

これからは名前で呼び合おうと決めたものの、私はまだ彼の名前を呼ぶことに慣れていなかった。口にするのはどうしても照れくさかったし、この世界は現代とは違う。周囲の目や耳を気にしなければならない場面も多い。

それでも、アルバートは私が名前で呼ぶことを、何よりも喜んでくれる。

「アルバート」

私は彼の手をそっと握り、囁くように呼びかけた。

その瞬間、彼の手がぴくりと動いた。

ふと顔を上げると、アルバートの耳の端がわずかに赤く染まっているのが目に入った。いつもの余裕に満ちた表情には、ほんの少しだけ戸惑いが浮かんでいる。

予想外の不意打ちだったのだろう。彼ほどの人間でも、こんなふうに照れたり動揺したりすることがあるのだと、当たり前のことなのに新鮮な愛おしさを感じてしまう。

だが、彼が平静を取り戻すのは一瞬だった。

私のほうへ少し身を寄せたアルバートが、悪戯っぽく声を潜めて囁く。

「前にも言った気がするが……君は私の扱いがずいぶん上手くなったね」

「そうでしょうか」

私は明るく笑って答えながら、少しだけ本心を覗かせるように言葉を続けた。

「私が、誰かの噂を簡単に信じるような人間だと思っていたんですか?」

アルバートは顎に手を当て、私をじっと見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

「お前は、理由もなく他人を信じるような人間ではない。だから、このくらいの時期には、私の過去の噂を耳にするだろうと思っていた」

アルバートの勘は、相変わらず驚くほど鋭い。まるで心を見透かされているようだった。こんなに早く見抜かれるとは思わず、私は慌てて平静を装う。

「ただ、名前で呼びたくなっただけです」

「そのわりには、表情がずいぶん複雑だな、ロゼ。隠さなくていい。今日、外出を許した時点で、こうなることは分かっていた」

「……分かっていて、私を送り出したんですか?」

「国中の人々の口や耳を塞ぐことなんて、私にはできないからな」

彼の前で取り繕おうと浮かべていた笑顔は、あっあっという間に崩れてしまった。さっきメルシーに話した「何も聞かなかったことにする」という言葉が、急に空々しく感じられる。彼はいつも、私の予想を遥かに超えてくるのだ。

私はアルバートの表情をじっと見つめた。けれど、いつも通り穏やかに微笑むその表情からは、彼の本心を読み取ることができない。

分からないなら、直接聞けばいい。尋ねることこそが、今の私にできる一番率直で誠実な方法なのだから。

「その噂を聞いて……もっとあなたのことを知りたいと思ってしまいました。……失望されましたか?」

「いや、君ならそうすると思っていたよ」

しばらくの間、静かな沈黙が流れた。

「君なら、『本当に大丈夫なのか』と聞きたくなるだろう、とね」

「もし望まれるなら、私はこのまま何も知らないふりをし続けます。あなたの傷をえぐるような質問はしたくありません。……話したくなったら、そのときに聞かせてください」

私は、人々の噂や原作の知識から、アルバートの少年時代に何があったのかを知っている。でも、そのとき彼が何を感じ、何を思っていたのかは――本人が語ってくれなければ、本当の意味では分からない。

聞きたい気持ちはあった。けれど、彼が望むならいくらでも待つことができた。

アルバートはじっと私を見つめた。窓の外に沈みゆく夕焼けの色が、彼の赤い瞳に映り込み、静かに揺れている。

「その必要はない」

「……え?」

「聞きたいことがあるなら聞け。知っているふりをして気を遣う必要もない」

穏やかに微笑むアルバートの表情には、一片の陰りもなかった。その何の曇りもない笑顔が、かえって私の胸をきゅっと締めつける。まるで、私を安心させようと無理に笑っているように見えたからだ。

アルバートが本当は何を感じているのか、私には分からなかった。

「ロゼ、私はあの苦しい頃があったからこそ、今の私がいると思っているんだ」

彼は私に手を伸ばし、そっと頬に触れた。剣だこがしっかりと刻まれたその手は、彼の美しい顔立ちとは対照的だったけれど、それがいかにも騎士として生きてきたアルバートらしくて愛おしかった。

「だから、今にも泣きそうな顔はしないでくれ」

「涙は、同情しているからじゃありません」

もしかすると、彼が私に過去を話したくなかったのは、私が彼を哀れむと思ったからなのだろうか。そんなふうに誤解されているのではないかと、私は怖くなった。

私の言葉に、アルバートは小さくうなずいた。

「分かっている」

彼は私の目元を優しくなでる。

「ただ、君が泣く姿は見たくない。それだけだ。……私は、君の笑顔が好きだから」

その優しい手のぬくもりと言葉が、かえって涙を誘った。アルバートは、自分のその言葉がどれほど美しい告白なのか、分かっているのだろうか。切ないほどに胸が高鳴る。

私は、涙をぬぐってくれる彼の手に自分の手を重ね、小さく微笑んだ。彼が私の笑顔が好きだと言うなら、最高の笑顔で応えたかった。

「私が慰めるつもりだったのに……結局、私の方が慰められてしまいましたね」

彼の噂を聞いたあと、「私は大丈夫です、あなたの味方です」と伝えたかった。けれど、いざアルバートを前にすると、胸にあった不安も心配も、すべてどうでもよくなってしまう。

「どれほどお辛かったのか、私には想像もつきません」

アルバートは静かに笑うと、私をそっと愛おしそうに腕の中へ引き寄せた。

彼の腕の中は、不思議と心が落ち着く、優しくて安心できる香りに包まれていた。私を包み込んでくれるこの確かなぬくもりのように、私もアルバートを抱きしめて、少しでも彼の過去の傷を癒やせたらいいのに――そう願わずにはいられなかった。

私は決心した。彼の胸に抱かれたまま、その広い背中をそっと撫でる。

アルバートが胸元で小さく笑う声が聞こえた。

「私は大丈夫だ」

私は背中から手を離し、アルバートの肩を軽く押して少し距離を取りながら、今度はきっぱりとつぶやいた。

「『大丈夫』って、それだけで済ませないでください。本当は大丈夫じゃないでしょう。湖に身を投げるほどだったのに」

私はもう、涙をぬぐうこともしなかった。彼が話してくれると言うなら、このことについて話すなら今が一番いいと思ったからだ。後になって切り出すには、あまりにも重すぎる話だ。幼い頃のトラウマを乗り越えるのは、簡単なことではない。ロストラトゥの元へ行くまで、彼の人生はまるで地獄だったはずなのだ。

私がここまできっぱりと言い返すとは思っていなかったのか、目を丸くしたアルバートは、次の瞬間、ぱっと吹き出して笑った。

「湖に身を投げたことはある……だが、結局あの場所で死にかけたことは一度もないんだ」

矛盾した話に、私は首をかしげた。

深く息を吸い、アルバートとまっすぐ視線を合わせながら、はっきりと尋ねる。

「アルバートがその頃をどうやって乗り越えたのか知りたいんです。幼い頃のことも含めて……。『死にかけたことはない』というのは、どういう意味なんですか?」

「言葉どおりだ。死ぬ前に、誰かに助けられたからだ」

リアムだろうか。それともメルシー? あるいはシュベルトかもしれない。

「誰にですか?」

私の問いに、アルバートは過去を思い返すように静かに目を伏せた。焦点の定まらない視線がしばらく宙をさまよい、やがて静かに私へと戻る。

そして彼は、ぽつりと答えた。

「……分からない」

それは決して嘘ではないと分かった。私に隠したいのではなく、本当に相手の名前が分からないのだ。

「話したのに私が忘れてしまったのか、それとも最初から名前を教えてくれなかったのか……それは覚えていない。でも、いつか思い出すかもしれないな」

「……どういう意味ですか?」

アルバートは目を細め、顎に手を当てた。

「彼女は消える前に、私の記憶を消したんだ」

「魔法、ですか?」

「そうだ」

相手の記憶を消す魔法――フォーゲット(Forget)。それは私がこの世界で最初に覚えた魔法でもあったから、その特性はよく知っている。フォーゲットは強力な魔法だが、その効果や影響力は術者の魔力量によって大きく左右される。

アルバートが「記憶を消された」と自覚できているのだとすれば、考えられる可能性は二つあった。

一つ目は、彼に魔法をかけた術者の力が弱かった場合。そして二つ目は、アルバート自身が、魔法をかけた相手を遥かに上回るほど強くなった場合。

今の状況を見るに、確実に後者の可能性のほうが高いだろう。

アルバートは確かに「彼女」と言った。湖で彼を救ったその人物が、本当は誰だったのか、私は知りたくてたまらなくなった。

「『彼女』とは、どなたなんですか?」

「……私にも分からないんだ」

「お名前は分からなくても、その方には会ったことがあるのでしょう? どんな方だったのか、今はどうしているのか、気になります」

私の問いに、アルバートはしばらく黙り込んだ。答えをためらっているようだった。すぐに答えてくれるものだと思っていたので、少し意外に思う。

「……君に少し似た人だった」

「私に、ですか?」

「君に彼女を重ねて見ているわけではない。だけど……今になって思えば、あの人の立ち居振る舞いや話し方は、確かに君によく似ていた」

彼の視線が、どこか不安げに私へ向けられる。

「私に似ている」と言ったことで、私がその女性に嫉妬したり、気にするのではないかと心配しているようだった。

でも、そんなことを私が気にするはずがない。あの過酷な時、もし彼女がアルバートの前に現れていなかったら――今ここにいる、私の愛するアルバートはいなかったかもしれないのだから。それに、彼女はアルバートが私に心を開くきっかけを作ってくれた人なのかもしれない。

「心配しないでください。嫉妬なんてしませんし、妬んだりもしません。ただ……その人のことをもっと知りたいんです。あなたのことを、もっと知りたいんです」

彼は、私が質問を続けることを許してくれた。だったら、もっと知りたい。アルバートを救ってくれた人のことも、彼が生きることを選ぶまでの経緯も、すべて。他人から伝え聞くのではなく、彼自身の口から聞きたかった。

「私が生き残れたのは、ただの偶然だった」

アルバートは静かに語り始めた。

まだ幼かったアルバートとは違い、彼の兄たちはすでに成人していた。兄たちにとって幼いアルバートは、今すぐ排除しなければならない脅威ではなく、いつでも始末できる取るに足らない存在だった。彼らはアルバートにも刺客を送り、毒殺も試みたが、その回数はそれほど多くはなかったという。まず優先したのは、互いにとって真の脅威となる兄弟同士で殺し合うことだったからだ。

アルバートが生まれる前、一族は鉱山で金脈を掘り当て、一気に莫大な富を手に入れた。名ばかりの貧しい伯爵家だった一族は、それまで味わったことのない贅沢を享受し、強欲な新たな世界を知ることになる。アルバートは、そんな歪んだ黄金期に生まれた。

「私は、とても幼い頃の記憶から覚えているんだ」

父と母の優しい声。まるで童話に出てくるような美しい屋敷。自分を大切にしてくれる二人の兄。彼は、幸せとは何かを確かに知っていた。

だが、その幸せは長くは続かなかった。鉱山の金脈が枯渇したのだ。

それまで湯水のように金を使い、贅沢な暮らしに慣れきっていた人々は、突然傾いた家計を受け入れられなかった。残された財産をやり繰りするどころか、誰もが自分の取り分を確保することばかりを考えた。それが、アルバートの両親が賭博に手を染めるきっかけとなった。

日を追うごとに金への執着は狂気へと変わり、やがて家族同士が殺し合いを始めた。金と権力の前では、血のつながりさえ何の意味も持たなかった。

母は部屋に閉じこもり、「アルバート、お前が生まれてからすべてがおかしくなった」と幼い彼を責め続けた。その後、母は闇市場をさまよい歩き、やがて伝染病にかかって命を落とした。

彼の剣術を見て笑っていた兄たちは、互いを殺すための計画を立てることに夢中になり、欲深い目でアルバートに近づいては「金を稼いでこい」と命じることも珍しくなかった。

結局、すべては凄惨な破滅へと向かい、最後に残ったのはアルバート一人だった。

最初から知らなければよかったと思えるほどの幸福を知ってしまった彼には、その後の地獄のような現実に耐えることができなかった。

「だから私は逃げたんだ」

耐えられない現実から逃げることは、決して恥ずかしいことではない。逃げることもまた、生き延びるための一つの方法だからだ。

「このまま生きていても意味がないと思って、湖に身を投げた」

自分の過去を語る彼の表情は、あまりにも淡々としていた。気を紛らわせるものが必要だったのだろうか、彼は目の前に置かれたスプーンを手に取り、スープを静かにかき混ぜた。私を包んでいた彼の手の力が、少しずつ弱まっていく。

そして彼は、再び静かに口を開いた。

「一年中、冬が続く村があるんだ」

その言葉を聞いて、私はハッとした。アルバートが話している湖は、私が彼と別れてから一か月間滞在していたあの場所だ。「一年中冬が続く」という説明も、リアムから聞いた話とまったく同じだった。

「死ぬにはちょうどいい日だと思った。本当に、心からそう思っていたんだ」

物思いに沈んだ彼の瞳が静かに伏せられる。その濃い睫毛の影は、彼がかつて本気で生きることを諦めていた人だったのだと物語っていた。絶望の中で膝をついた人だったのだ。

私も前世で同じような孤独と絶望を経験したからこそ、その気持ちが痛いほど分かった。生きていく中で、すべてを投げ出したくなる瞬間を一度も考えない人のほうが、むしろ少ないのかもしれない。

「……あの女性が、私を助けてくれるまではね」

彼は私を見て微笑んだ。いつものような完璧な作り笑いでも、心から幸せな時に浮かべる笑顔でもなかった。同じ笑顔でも、そこに複雑な感情が入り混じっていることが分かるのは、それだけ私が彼のことを深く知るようになった証拠だった。だからこそ、余計に胸が痛む。その寂しげな表情は、私が思っていた以上に彼が深く傷つき、苦しんできたことを物語っていた。

「笑ってしまうだろう。私を育ててくれた家族は私を妬み、殺そうとした。なのに、あの日初めて会った名前も知らないあの女性だけが、私を助けてくれたんだ」

淡々としていた彼の声に熱が宿り、瞳には微かに潤みが浮かんだ。それは、彼がずっと胸の奥底に押し込めてきた、誰にも見せることのなかった幼い頃の感情だった。王子でも、王でもない――ただのアルバート、その人自身の剥き出しの心だった。その傷は、今もなお彼の目の前にあり続けているのだ。

ゆっくりと息を吐く彼の姿を見て、私は彼が味わった絶望の深さを、ほんの少しだけれど確かに感じ取った。

「彼女は私を責めたよ。『どうして私を助けたの』って、私が泣きながら恨み言を言っても、彼女は黙ってそれを受け止め、何度も私の名前を呼び続けてくれた」

アルバートの名前を知っていたということは、彼女は彼のことを深く知る人物だったのだろう。きっと、誰よりもアルバートを大切に思っていた人に違いない。

「私がまた命を絶とうとするんじゃないかと心配してね。生きる意味を見つけられるようにと、一日に一つずつ、私に贈り物を届けてくれたんだ」

実際に出会ったアルバートが、原作の小説で読んだ彼よりもずっと穏やかで優しかったのは、もしかするとその彼女のおかげなのかもしれない。

「『生きていれば、いつかきっと幸せな瞬間が訪れる。生きていてよかったと思える日が必ず来る。だから、生きなさい』――そう言ってくれた」

彼がその言葉を今でも鮮明に覚えているのは、それほど深く魂に刻まれたからなのだろう。アルバートを救い、彼に生きる意味を与えてくれた恩人。

「『いつか、この苦しみさえ無意味だったと思える日が必ず来る』と。私にとって、その言葉は唯一の希望だった。だから私は、生きることを決めたんだ」

当時の気持ちを思い出したように、彼の赤い瞳が生き生きと輝いた。到底かなうはずもない、感謝しかない恩人なのに――それでも、心のどこかでほんの少しだけ、「もし私がその時、彼と出会えていたなら」と考えてしまうのは仕方がなかった。幼い頃のアルバートと出会い、私が生きる意味を教えてあげられていたなら――彼はもう少し幸せになれたのだろうか。そんな贅沢な仮定を、考えずにはいられなかった。

それとは別に、彼の話を聞いていて、これまで語られてきた「あの女性」が誰なのか、ようやくすべてが繋がった気がした。塔で彼が話していた、優しい眼差しをした女性。アルバートが「通り過ぎていった天使」と呼んでいた人。

「あなたを助けてくれた人って、塔で話していたあの人なんですか?」

アルバートは素直にうなずいた。

「そうだ。もっとも、ロストラトゥと出会ってからは、生きる理由は復讐へと変わってしまったが……」

そう。彼女は、最後までアルバートのそばにいてくれたわけではなかった。彼女はアルバートの記憶を消して、突然去っていったのだ。

どうして助けたのか。どうして希望を捨てられないようにしたのか。どうして生きると約束させたのか――それを聞くことはできなかったという。あれほどアルバートを大切にしていたのに、なぜ突然彼のもとを去ってしまったのだろう。それが一番の疑問だった。きっとアルバート自身にも、答えの出ない問いがたくさんあるはずだ。

私は、自分に何ができるのかを必死に考えた。そして、一つの結論にたどり着いた。

「アルバート、私がその人を探します」

「……君が?」

信じられないというような彼の返事に少しだけ胸が痛んだけど、私はしっかりとうなずいた。ハヤンが本当の成体ドラゴンになれば、その人を見つけられると確信していた。

「今度、似顔絵だけでも描いてください。私がハヤンの完全な契約者になれば、どこへでも行けるでしょう?」

「それは、彼女も同じだったはずだ」

「……え?」

「好きな時に現れ、誰にも知られず姿を消せたこと。幼い頃の私に高度な魔法をかけられたこと。それらはすべて、彼女がドラゴンの契約者だったからだ」

そういえば、塔でアルバートが「幼い頃にドラゴンと出会った」と話していたことがあった。ハヤンと同じ、真っ白なドラゴンだと言っていた。……幼い頃にドラゴンを見たというのは、そういう意味だったのか。

確かに、契約者でなければ、あんなふうに一瞬で姿を消すことなどできない。彼がハヤンのようなドラゴンをあまり好まない理由も、少しだけ分かった気がした。しかもアルバートは、自分の師が契約したドラゴンが『成長』に失敗する姿まで目の当たりにしているのだ。

私は、横でじっと話を聞いているハヤンへ、そっと視線を向けた。ハヤンは静かにうつむいていた。

大丈夫だよと慰めようとしたその時、ハヤンがぐっと顔を上げ、力強く叫んだ。

「ぼ、僕が成体になって、その人を見つけてくるよ!」

アルバートは無表情のまま腕を組んだ。

「子ドラゴンの助けは必要ない」

「でも、ドラゴンの助けは必要でしょう?」

おお、ハヤンもなかなか口で言い返せるようになっている。

アルバートは椅子にもたれかかり、目を細めた。どうやらハヤンの言葉を簡単には信じられないようだ。さっきまでとてもいい雰囲気だったのに! 私は慌てて口を開いた。

「実際にその人に会って、どうしてアルバートのもとを去ったのか理由を聞ける、いい機会じゃないですか。私とハヤンがいれば、そんなに難しいことではありません!」

私の必死な言葉に、アルバートは思わずクスッと笑い出した。冗談として受け流されるのは嫌だったので、私はすぐに真剣な眼差しを向ける。

「本気です。必ず、その方に会わせます。アルバートのために、必ず見つけます」

彼のために力になりたい。なぜ彼女はアルバートのもとを去らなければならなかったのか。彼をどうやって知ったのか。アルバートに大切な思い出を残してくれた人なのだから。きっと彼も、もう一度会いたいと心のどこかで願っているはずだ。

ハヤンと完全な契約を結ばなければならない理由が、また一つ増えた。――すべては、アルバートのために。

私を見つめるアルバートの瞳がきらりと輝いた。柔らかくほどけた口元に、いつもの穏やかな笑みが浮かぶ。

「君は、言葉だけでも人を幸せにできるんだな」

私が一番好きな、心からの笑顔を浮かべて、彼は私を見つめた。

「話が長くなったな。まずは食べよう」

アルバートの言葉で、私はここがレストランだったことを思い出した。彼の過去の話に夢中になっていて、場所のことをすっかり忘れていたのだ。

「……他の人に聞かれても大丈夫なお話なんですか?」

「私の話は君だけに聞こえるよう、私たちの周囲に防音の結界を張ってある」

隣に座っていたのには、そんなちゃんとした理由があったのか。私はただ、彼が私の近くに座りたかったからだと思い込んでいたので、急に恥ずかしさが押し寄せてきた。私、ちょっと自意識過剰かもしれない……。でも、毎日のように甘い言葉をささやいてくれるアルバートと一緒にいたら、誰だって私みたいに勘違いしてしまうはずだ。だから、これは私のせいじゃない。

アルバートが席を移動し、私の正面へと座った。隣から離れてしまうと、少しだけ名残惜しい気持ちになる。

彼が軽く手を動かすと、スープが下げられ、次々と美味しそうな料理がテーブルいっぱいに並べられていった。防音結界を張っても給仕の出入りで会話の邪魔にならないよう、あらかじめ人払いまでしてくれていたらしい。

「お前の作る料理ほど辛くはないだろうが……まあ、楽しんで食べてくれ」

私は思わず吹き出した。

「今度は、もっと辛く作って差し上げますから、楽しみにしていてくださいね」

フォークを手に取りながら、私は冗談めかして言った。

「いくらでも付き合おう。お前のおかげで、味覚まで変わってしまったようだ」

アルバートは肩をすくめながら答えた。以前、私の前に、焼いたエビを甘辛く味付けした料理を置いてくれたことを思い出したのだろう。

「ああ、そういえば。一か月後、お前と似た料理を作る女性を宮殿へ招く予定だ。前に会いたいと言っていただろう?」

彼の言葉を聞いているうちに、私は「セイナ」の存在を思い出した。そういえば彼女が原作のヒロインだったのに、自分が生き残ることで精一杯で、すっかり忘れてしまっていた。

「ありがとうございます」

これもすべてアルバートの気遣いだった。私が会いたいと言っていたのを、ちゃんと覚えていてくれたのだ。彼女のことを忘れていたのは少し申し訳なかったけれど、小説で描かれていた前向きな様子を思えば、きっと今も元気に暮らしているはずだ。

……セイナに会ったら、あの特徴的な料理の作り方でも教えてもらおうかな。

今度はアルバートに、辛くないけれどとびきり美味しい料理を作ってあげたい。もちろん私の好みに合わせてくれるのも嬉しいけれど、たまには彼の好みにぴったり合った料理も作ってあげたかったから。

そんな幸せな悩みを胸に抱きながら、私は楽しく食事を終えた。せっかく外に出たのだから、宮殿に戻る前に、懐かしい塔にも立ち寄ることにした。

 



 

今回のエピソードの要点は以下の3点です。

  • 名前の呼び合いと、見抜かれていたロゼの葛藤

    レストランを貸し切ったアルバートの隣に座り、ロゼは緊張しながらも初めて「アルバート」と名前で呼びます。街での噂を気にしないふりをしようとするロゼでしたが、鋭いアルバートにはすべて見抜かれており、彼は隠さずに自分の過去を語ることを選びます。

  • アルバートの壮絶な過去と、彼を救った「消えた女性」

    かつて富に狂った家族から迫害され、すべてを失って湖に身を投げた少年時代のアルバート。彼を救い、「生きなさい」と希望をくれたのは、かつて塔でも話題に上った「ロゼに立ち振る舞いが似た、ドラゴンの契約者の女性」でした。しかし、彼女はアルバートの記憶を消して姿を消してしまっていました。

  • 新たな目標と、日常に戻る二人

    事情を知ったロゼは、アルバートのためにハヤンを成体にしてその女性を必ず探し出すと決意し、アルバートは愛おしそうに微笑みます。その後、周囲に張られた防音結界の理由(二人きりで話すため)を知ってロゼが照れつつも、原作ヒロイン・セイナの来訪を楽しみにしながら、二人は幸せな夕食の時間を過ごします。

 

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