こんにちは、ちゃむです。
「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
156話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 双子
風が告げていた通り、乗っていたのはユジェニーだった。
しかも、馬車の中が息苦しかったのか、彼女は御者台に腰掛けていたため、先に到着していたノアと、すぐに互いの姿を見つけることができた。
「ユジェニー!」
馬車から飛び降りたクラリスは、両腕を広げ、道の上に立つ懐かしい友の胸へと勢いよく飛び込んだ。
「お久しぶりです、クラリス」
再会の挨拶は、穏やかで、どこか照れくさそうな声だった。
彼女はどこかうれしそうにクラリスの背中を軽く叩き、正面から顔を向き合わせた。
「クラリスが試験会場に現れなかったから、みんなすごく驚いていました」
「それは……ごめんなさい。急な事情があって……」
クラリスは、自分に起きた出来事をどう説明すればいいのかわからず、少し言葉に詰まった。
「事件に巻き込まれた、とか?」
するとユジェニは、最初からわかっていたかのように先に答えを口にした。
「え、どうしてわかったんですか?」
「なんとなく、そうだろうなって思いました。クラリスはトラブル体質ですから」
「……うっ」
否定はできない。
実際、首都にいた頃も大小さまざまな事件が立て続けに起きていたのだから。
「試験は、来年もありますよ」
「試験、うまくいきましたか?」
「はい。わからない問題はありませんでした」
それはつまり、すべての問題が解決したという意味であり、ユジェニーの美しい顔が新聞に載るのも、もはや時間の問題だということだった。
「念のため、試験問題を持ってきましたけど……必要ですか?」
「えっ!?問題用紙を持ち出してきたの!?」
「いいえ。試験が終わって首都院へ戻ったあと、空いたノートに、思い出せる限りを書き留めただけです。結果的に全部書けた気はしますが……」
ユジェニーは、さほど大したことではないという口調で言ったが、クラリスは頭がくらくらするのを抑えられなかった。
――どうしたら、出題された問題を一つ残らず再現できるというの。
「……ユジェニーと私が、同じ試験を受けていたとは思えません」
「そんなことありませんよ。魔法士様でも、きっと難しく感じられるところは……あ……」
ふと顔を上げたユジェニーの視線の先に、クラリスが乗ってきた馬車があり、彼女は、はっと言葉を止めた。
向かいの馬車のほうを見ていたユジェニは、ふいに話を止め、露骨に眉をひそめた。
「ねえ、それって一国の王子様が人前で見せる顔として、ふさわしいと思う?」
バレンタインはずかずかと歩み寄り、クラリスのすぐ後ろで足を止めた。
「民衆に笑顔を強要し始めた時点で、その王家は終わりだ」
「いや、俺がいつ……っ!あ、違った」
バレンタインは眉間にしわを寄せたまま、大きく息を吐いた。
「俺が都で学んだことの中で、いちばん役に立ったのはな。ユジェニ・マクラドとは、絶対に口論しちゃいけないってことだ」
「よくわかっていらっしゃいますね。どうせ負けますから」
「はあ、ほんとに」
クラリスはくつくつと笑いながら、首の後ろでマランがもぞもぞ動くのを感じていた。
馬車から降りた瞬間、彼女は髪の隙間に身を潜めるような仕草を見せた。
「……どうしたの?」
クラリスは、ユジェニーとバレンタインが言葉を交わしている隙に、そっと二、三歩下がり、マランを両手に乗せた。
「何かあった?」
「コオ……」
言葉少なに鳴いたマランは、怯えるように周囲をきょろきょろと見回している。
「コオ。(急に風が止んだ。……石たちも、静かすぎる)」
その感覚に、クラリスは覚えがあった。
――セファース王宮の一角で。ライセンダー王が姿を現したとき、王宮中の石という石が、息を潜めるように沈黙した、あの瞬間。
胸の奥が、じわりと冷えた。
不安を振り払うように、クラリスはマランをそっと開いた鞄にしまい、何事もなかったかのようにユジェニーとバレンタインの元へ戻った。
けれど――胸騒ぎだけは、消えてはくれなかった。
彼女は何事もなかったかのように、論争が起きている方へと歩みを進めた。
「お嬢さん」
しかし、いつの間にか背後へ回っていたノアが、彼女の手首をつかんだ。
その力に引かれ、クラリスの身体はくるりと回される。
むき出しの手首に、彼の冷たい体温がひやりと染み込んだ。
幼い頃は当たり前だと思っていたその温度に、今はなぜか心臓が大きく跳ねてしまう。
まるで、ずっとそれを……恋しいと感じていたかのように。
「あ……」
彼は失敗したと思ったのか、慌てて手を放し、すぐに謝った。
「す、すみません。マランと真剣な話をしているように見えたので……」
「……私に用があったわけじゃないのね」
とっさに口をついて出たその言葉に、彼はそれ以上何も言い返さなかった。
クラリスは、何事もなかったかのように話題を変えようと、歩みを進めた。
いずれにせよ、今はそういう話をしている場合ではなかった。
「風が静まった。遺跡の石もだ」
少し仮面に触れながら、ノアが慎重に状況を推測する。
「何かが“飲み込まれた”と考えていいのかな?」
「王宮で、ライサンダー殿下のそばでも似た現象が起きていたから……外れた推測ではないかもしれないわ」
「正体は分からないけれど、少なくともここに長居するのは得策じゃなさそうだね」
「うん。とりあえず移動しよう。ユジェニに話すのも、馬車の中で十分できるでしょ。それに……」
クラリスは自分の胸の内が悟られないよう気をつけながら、わざと表情を固くした。
「ノ、ノアも今回は馬車に乗って」
「……」
「あの石の“間”を確かめるためにも……念のため、です」
「わか……りました」
ノアはどこか釈然としない様子のまま、それでも小さくうなずき、御者に向かって彼女の言葉を伝えた。
クラリスはようやく、ユジェニーのもとへと戻る。
「ユジェニー。よかったら、私たちの馬車に乗り換えて一緒に行かない?」
「え?あ……でも……」
「そうしましょう。ユージェニーと、話したいことがあるの」
「……ですが、この山道で荷物を移すのは、かえって手間になります。私の御者にも迷惑をかけてしまいますし、次の町で合流する、という形ではいかがでしょうか?」
そう言われて、クラリスはふと、ユジェニーの馬車に積まれた荷を見やった。
思っていた以上に、荷物は高く積まれている。
――あの鞄……ずいぶんと上等そう。それに、数も多い。
胸の奥に、わずかな違和感が芽生えた。
ユジェニーは、決して裕福とは言えない暮らしをしていたはずだ。
それなのに、この装いと荷の量はどうにも、釣り合わない。
今も彼女は王都で支給された指定服を身に着けていたが、それはおそらく、彼女が持っている中で最もきちんとした服だったからだろう。
だとすると、馬車に山積みになっているあの荷物はいったい何なのだろうか。
「いえ、あれは私のものではありません」
クラリスが不思議そうに鞄を見つめているのに気づいたのか、ユジェニがすぐに説明した。
「こちらへ来る途中で、馬車が壊れて困っているご婦人に出会いまして、ご一緒することになったんです。ご婦人の荷物が多かったので、私が乗っていた馬車の方へ移しました。私の鞄は、一番下に押し込まれている小さなトランクだけです」
だからこそ、荷物を動かすのが大変だと言っていたのだ。
ユジェニの鞄を取り出すには、まずその上に山のように積まれた、ご婦人の荷物を下ろさなければならない。
「それなら、乗ってきた馬車とは次の村で合流することにして、ユジェニは私と一緒にこの馬車に乗っていこう、なんて言ったら……もしかして、私がわがままを言っているように見えるかしら?」
理由ははっきりしない。
けれどクラリスは、どうしてもユジェニーと離れたくなかった。
胸の奥をざわつかせる、不安の正体が掴めないまま。
「まさか。まずは奥様に事情をお話ししてきますね。とてもお優しい方ですから、きっと理解してくださるはず――……あ、奥様!」
馬車の方を振り返ったユジェニーが、ひときわ明るい声で、外へ出てくる人物を呼んだ。
つばの広い帽子をかぶった女性が、ゆっくりと馬車を降りる。
その下から、目を奪われるほど鮮やかな赤髪が、ふわりと揺れた。
「……クラリス」
低く、抑えた声でバレンタインが彼女の名を呼ぶ。
それはまるで、警告のようにも聞こえた。
クラリスは改めて、女性へと視線を向ける。
こうして向かい合うのは初めてだったが、彼女はすでに、その正体を知っていた。
アメルダ。
“王室の紅き薔薇”と称される、ライゼンダー王の正妃――そして、バレンタインの母である。
そして、もしかすると――ユジェニの母。
その姿は、王宮で何度も目にした肖像画と寸分違わなかった。
ただし、その瞳から放たれる光は、どの肖像画で見たものよりも濃く、そして鋭かった。
誰かに恐怖を抱かせる眼差しだ。
視線を交わしただけで、思わず肩をすくめてしまいそうになるほどである。
クラリスには、その目を覚えていた。
グレジェカイアの王妃が、まさにそうだったからだ。
幼い頃のクラリスは、その絶対的な力の前では、ただ弄ばれるしかない無力な少女だった。
――いや、もしかすると今も。
本能的な次元で覚える恐怖が、彼女の体を強張らせた。
だが、だからといって身を縮め、屈服するつもりはなかった。
アメルダが厚かましくも身分を偽り、ユジェニと共にいた理由を、クラリスはすでに察していたのだ。
静かな緊張が流れる中、クラリスと向かい合っていたユジェニーは、ようやく何かに気づいたように、はっとして振り返る。
「……あ」
ユジェニーは、馬車から降りたアメルダを見て、慌てて頭を下げた。
「道の途中で、長くお待たせしてしまいましたね。申し訳ありません、奥さま」
「ふふ。構いませんよ」
穏やかな笑みを浮かべながら、アメルダはそう返した。
「まさか――私が助けてもらった相手を、見間違えるとでも思いましたか?お友だち、なのでしょう?」
その言葉に、クラリスは思わず息をのむ。
彼女は、身分を隠してユジェニーに近づいていたことを、もはや隠そうともしていなかった。
すぐそばでは、自分の息子が目を見開いてこちらを見つめているというのに。
ある意味では、それは驚くほど堂々とした態度だった。
「……ええ。修道院にいた頃の……」
ユジェニーは言葉を濁しながら、ちらりとクラリス、バレンタイン、そしてノアへと視線を巡らせた。
――ここで、どこまで話していいのか。
その判断を、彼女は慎重に測っていた。
事情が分からず、しばし空気をうかがっていたが、やがて三人の表情がすべて異様であることに気づいたようだった。
「――もうおやめください。」
バレンタインはユジェニの肩を軽くつかみ、後ろへ押しやると、そのまま数歩前に出た。
クラリスは、言葉の端々ににじむ彼の呼吸が、わずかに荒れているのを感じ取った。
感情を押し殺すだけでも、限界に近いのかもしれない。
「状況をでっち上げ、それでも足りずに身分まで偽って……いったい、何をなさるおつもりだったのですか?」
彼女は何も答えなかった。
「それは奥様が――!」
ユジェニが前に出て抗議しようとしたが、クラリスがとっさに彼女の腕をつかんで制した。
それでも、バレンタインの言葉は続いた。
「お話しください。」
そして彼は、苦悩を絞り出すような声で彼女を呼んだ。
「……母上」
その一言に、すぐ背後でユジェニーが息をのむ気配がした。
地方の名もなき貴族だと思っていた相手が、実は王城の奥深くに座す王族だった――その事実を知ったのだから、無理もない反応だった。
「私の愛しい息子」
宝石の飾りが施された、つばの広い白い帽子に手を添えながら、アメルダのまなざしが柔らかく細められる。
それは、怒りを抑えて拳を握りしめていたバレンタインに向けられていた先ほどまでの厳しさとは、まるで別の表情だった。
「あなたが考えていることと、私が望んでいること――それほど違いはしないはずですよ」
「……どうして、そんなことが言えるんです。それは……」
――娘のことなのに。
バレンタインは言葉を飲み込んだ。
何も知らないユジェニーに、こんな形で真実を突きつけたくはなかった。
それはきっと、彼女の心に深く残る傷になる。
取り返しのつかないほど、深く。
彼が受けた以上の痛みを、感じているのだろう。
同じ時に生まれた彼らが、いったいどんな基準で一方は捨てられ、もう一方は残されたのか――それは誰にも分からないことだった。
おそらく、どちらが残ったとしても、大きな違いはなかったのだろう。
つまりそれは、バレンタインが捨てられ、ユジェニが第二王位継承者の座に就く可能性もあった、という話だった。
バレンタインにとって、それは自分には起こりもしなかった出来事であるにもかかわらず、重くのしかかる話だった。
ましてや、それを実際に経験したユジェニがどう感じているのかを思うと、胸が締めつけられるような思いがした。
「殿下、大人に話す時は、最後まできちんと話しなさいと教えませんでしたか?」
「……!」
彼女はにこりと笑い、視線をそらした。
その先にいるのは、バレンタインの背後に立つユジェニだった。
「――やめてください……!」
バレンタインの叫びなど意にも介さず、彼女は何事もなかったかのように言葉を続けようとした。
「その少女は、間違いなく私の――」
「おっしゃる必要はありません。真実は、魔法によって証明されますから」
強い口調で言葉を遮り、クラリスは一歩、前へ踏み出した。
アメルダは、その動きを止めようとはしなかった。
ただ、残酷な光を宿した濃い褐色の瞳で見据えるのみ。
クラリスは一瞬、ためらったものの、結局その視線から逃げなかった。
「……ああ。ようやく会えましたね」
アメルダは感慨深げに、両手を胸の前でそっと組み合わせる。
「噂に違わず、美しいお嬢さん。クラリス・レーン・グレジェカイア」
その名が、はっきりと告げられた瞬間――空気が凍りついた。