こんにちは、ちゃむです。
「偽の聖女なのに神々が執着してきます」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
138話ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 分岐点:現代、そして4人の男たち⑤
レイハスが目を覚ましたのは、夜がすっかり更けてからだった。
しばらくぼんやりと天井を見つめていた彼は、はっとして体を起こす。
横になっていたはずの空間が、微かに揺れていた。
「赤ちゃん……レインは!!」
驚いて周囲を見回すと、乳母が後ろで頭を下げていた。
「お目覚めですか?」
「ここは……どこだ?」
レイハスは枕元に置かれていた手紙に気づき、それを手に取って読み始める。
今日は一日、レインは私が直接面倒を見ます。
大臣様はヘトス神殿の巡察をお願いいたします。
一人でエリウムの仕事を処理していたら、頭がひどく痛くなってしまいました。
巡察が終わったら、気分転換に外へ出てきてください。
聖女としての命令ですから、必ず従ってくださいね。
それは、アリエルの筆跡だった。
レイハスは、静かにうなずいた。
だが……。
「……でも、レインは、私じゃなければ泣くはずなのに……」
そう考えたとき、彼の脳裏に、眠りに落ちる直前の光景がよみがえった。
エアリエルの腕の中で、安らかに眠っていたレイン。
小さな呼吸を繰り返しながら、穏やかな表情で眠るその顔。
――そして。
『それに、私はレインの母親です。この子を育てる責任は、私にも同じようにあります』
アリエルが口にした言葉も、はっきりと思い出された。
彼女の言葉どおり、アリエルはレインの母親だ。
子を抱き、世話をする権利も、確かに彼女にはある。
それでもレイハスは、レインを初めて目にした瞬間から、完全に心を奪われていた。
乳母はもちろん、アリエルでさえも、これまで長くレインを抱いていたわけではない。
腕の中に赤子がいないと、不安で仕方がなかった。
「……」
今も同じだ。
あの子は、かけがえのない彼女との愛の証であり、いつの間にか――人生において最も大切な意味そのものになっていた。
「到着しました」
御者の声とともに、強張っていた指先が微かに動く。
馬車は静かに停止した。停まった場所はヘトス神殿の前――見覚えのある場所だった。
(いつだったか、ここでロードウッドに告解をしたな)
胸を塞いでいたものが、ふっとほどけた記憶がよみがえる。
馬車を降りたレイハスは、しばらくの間、その場に立ち尽くして神殿を見上げていた。
今すぐエリウムへ引き返し、レインを腕に抱きたい――そんな衝動に、心が傾きかけていた。
「……あっ、大司祭様でいらっしゃいますか」
侍女マリアレがレイハスに気づき、慌てて頭を下げた。
レイハスは聞こえないように小さく息を吐く。
――もう、引き返すことはできないな。
「聖女様よりご連絡がありました。ヘトゥス神殿の点検のため、大司祭様自らお越しになるとのことです。光栄なことですね」
ここ半年ほど、ほとんど外に出ていなかったレイハスは、室内ではやや疲れた表情をしていた。
だが今は、以前と変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべていた。
「丁重に迎えていただき、ありがとうございます」
ヘトゥス神殿の各所から、神官たちが次々と集まってくるのが見えた。
正義神ヘトスを信奉する信徒たちには、共通する特徴があった。
他者よりも知識が豊富で、思考が柔軟ではないという点だ。
その分、罪を犯すことは少ない。
だが、強迫観念に近い思考様式ゆえ、思いがけない問題を引き起こすこともあった。
今日、ヘトス神殿へ告解のために訪れたカインも、その例外ではなかった。
彼はヘトス信徒の家系に生まれ、厳格な教育のもとで育ち、将来を嘱望される若き官僚となった人物である。
しかし今、告解室へ足を踏み入れた彼の瞳は、深い罪悪感に満ちていた。
向かいに座る神官は、見覚えのない顔だった。
ひと目見ただけで、初めて会う相手だとわかる。
「エリウムから、ヘトゥス神殿を支援するために人員が派遣されたと聞きましたが……エリウムの神官の方ですか?」
エリウムは帝国随一の大神殿であり、優秀な神官が数多く集う場所だ。
エリウムの神官であれば、より良い助言を得られるかもしれない――カインの胸には、そんな小さな期待が芽生えていた。
「神官様、私は……罪を犯しました」
「どのような罪ですか?」
隣から聞こえてきた神官の声は、驚くほど低く、そして澄んでいた。
しばらく黙り込んでいたカインは、軽く咳払いをしてから口を開く。
「私には、結婚を約束した婚約者がいます。……ですが、別の女性を想ってしまいました」
言葉を続けようとするカインの声は、わずかに震えていた。
カインは居心地悪そうに身じろいだ。
婚約者がいながら、別の女性に心を向けるなど、許されるはずのないことだ。
「どうしても……彼女のことを考えてしまうんです。よこしまな感情が……」
しばし沈黙が落ちたあと、神官が静かに口を開いた。
「よこしま、とは?ま、まさか……殺したい、などという意味では……!」
神官の言葉に、カインの顔色がさっと青ざめた。
慌てて首を振り、しどろもどろに言葉を継ぐ。
「ち、違います……その……口づけたい、とか……手を取りたい、とか……。それに、不意に彼女が優しい言葉をかけてくると……体が、その……反応してしまうような……」
言い終えた瞬間、カインは耐えきれない羞恥に耐えるように視線を伏せた。
「おいくつですか?」
「……二十七歳です」
言葉を区切り、年齢を尋ねてきた神官に対し、カインは少し不思議そうに答えた。
なぜ年齢を聞くのだろう――そんな疑問がよぎる。
「これまで、婚約者以外の女性と関係を持ったことはありませんか?」
「もちろんです。ここ五年、私の世界には常にメリーしかいませんでした」
神官が眉間を押さえるような仕草をした、その横顔が目に入った。
エリウムの有能な神官は、どうやら察しがいいらしい。
「私はヘトゥス神の教えに従い、常に清らかな心でありたいと思っています。実は昨夜、メリーを彼女の家まで送り届けたのですが……」
そこで言葉を区切り、カインは視線を落とした。
「メリーが酒を飲んでいて、遅くなったら私の寝台で休んでいってもいい、と……そう言われたのです……」
「……」
「……自分を信じきれず、断りました。もし、私が……メリーに対して、ほんのわずかでもよこしまな思いを抱いてしまったらと……」
「……」
「わ、私……以前、食事中にメリーがつまずいて、足が私の膝と太腿の間に入り込んだことがあって……。あの時、もし私が咄嗟に身を引かなかったら……純真な彼女に、取り返しのつかないことをしていたかもしれません……」
あまりにも卑しい想像に、カインは自らを恥じるように両手で顔を覆った。
「それに……メリーが私にため息をついて、『息が詰まりそうだ』とこぼしたこともありました。もしかすると……私の心の奥に渦巻く、乱れた考えを察してしまったのかもしれません……」
長い沈黙ののち、向かいに座る神官が、ようやく口を開いた。
「信徒様は……贖罪は必要ありません」
その言葉に、カインはきょとんとせずにはいられなかった。
そしてしばし、頭をよぎる考えがあった。
彼は辺境の神殿ではなく、エリウムの神官だ。
その清廉さと気高さは、想像するだけでも手が届かないほどで、もしかすると――自分の告解そのものが、彼にはあまりに不浄に感じられたのかもしれない。
(もしかして、この場の空気に吐き気を覚えていたりして……)
無表情のまま黙り込んでいると、神官が再び口を開いた。
「ただ……別の知識が必要かと思われます」
独り言のような神官の声が、静かに続いて聞こえた。
「……しばらく……忘れていたのですが……」
カインは息を呑み、思わず一歩退いた。
「“別の知識”とは……いったい、何をおっしゃっているのですか?」
「男女を幸福へ導くための知識ですよ」
【知識の神ヘセドが■■を■■するとは、どういう意味なのか――モングに問いただす。】
【正義の神ヘトゥスが、自らの聖域を汚しているレイハスを、一刻も早く神殿から引き離したいと願っている。】
[破壊の神シエルが、不満げに鼻を鳴らし、尾をぱたぱたと揺らす。]
[芸術の神モドは、「■■■■■においては■■が重要だ」と言わんばかりに、深くうなずいた。]
[自愛の神オーマンは、満足そうな笑みを浮かべている。]
レイハスをヘトゥス神殿へ送り出してから、すでに数時間が過ぎていた。
何が話されているのかは分からないが、神々は皆、どこか難解な対話を交わしているようにも見える。
「ママ、ま!」
最初はレイハスを探して泣きじゃくっていたレインは、いつの間にか私にもすっかり慣れ、今ではご機嫌に声を上げていた。
「ママ、やってみて」
「……ん?」
しかも、私のことを「ママ」なんて呼ぶ。
金糸で編まれたかのようなレインの髪が、さらりと揺れた。
どうしてこんなにも可愛いのだろう。
私は、ぷにぷにとしたレインの頬に自分の頬を寄せた。
【芸術の神モングは、どうして赤子がここまで美しくあり得るのかと、レインの容姿を見ては感嘆のため息を漏らしている。】
(ちゅーしたい……。でも、赤ちゃんにキスするのは衛生的に良くないから、可愛がるだけで我慢しないとね。)
レインのむにっとした頬は、思わず唇でつついてしまいたくなるほど愛らしかった。
赤ん坊は皆かわいいものだが、レインはとりわけ、私の目に似ているせいか、なおさら愛おしく思える。
『レイハスは……ちゃんとやっていけるかしら』
どの神に仕えるかで違いはあれど、神官たちに共通しているものがあるとすれば、それは「奉仕の心」だ。
神の意思を求め、人々を導くことを、自らの存在理由とする者たち。
大神官であるレイハスもまた、その精神が確かに彼の根底に刻まれているはずだ。
これまではレインのことで心を閉ざしていたけれど、今日だけは穏やかな気持ちで人々を助けられているといい。
今にも倒れてしまいそうなほど疲れ切った姿を思い浮かべると、今も胸がきゅっと締めつけられる。
『産後うつだなんて……私が軽く考えすぎていたのかもしれない』
ヘトゥス神殿で人助けをして、ついでに気晴らしに街を見て回ってから戻れば、以前の調子も取り戻せるのではないだろうか。
「えへへ」
レインがこちらを見て笑う声に、自然と私の口元も緩んだ。
「今日はママが、たくさん遊んであげるからね」
言葉の意味が分かったのか、レインもにこっと満面の笑みを浮かべる。
「レイハスが、また神殿の仕事を始めたそうだね」
カイルの声に、私は小さく微笑んだ。
「ええ。神女たちが、真心を込めてレインの世話をしています」
外の風に当たったのが効いたのか、レイハスは以前の調子を取り戻していた。
『来る途中、目に留まって買ってきました』
丁寧に包まれた鞭を差し出し、贈り物にするときの、あの眼差しが今もはっきりと記憶に残っている。
そう、それこそが一番レイハスらしい姿だ。
「……それは、よかった」
カイルは心からは納得していないといった表情で、唇をきゅっと引き結んだ。
私たちは今、キンステン山脈の狩場に来ている。
今日は狩猟祭の日だ。
そして以前に彼と話していたとおり、二人でこの場所へ足を踏み入れた。
セインは小さくため息をつく。
もっとも、カイルがそんなことを気にするはずもないのだが。
「昨日は雨がたくさん降ったから、地面が湿っているね」
足元を見ながらそう言うと、カイルは無言で矢を一本取り出した。
そして弓に番え、ためらいなく引き絞る。
何かが命中し、倒れる音が響いた。
兵士たちが慌ててその方向へ駆け出す。
「いまの……何だったんですか?」
「鹿だ」
彼は簡潔に答えた。
さすがは優れた動体視力を持つソードマスターだ。
姿も見えない距離に潜んでいた獲物を、寸分違わず射抜いてみせたのだった。
「セイン卿の言っていたこと、聞いていませんでしたか?陛下が出張ると、生態系が壊れる、と」
「ほどほどにしろ、という意味か」
彼は穏やかな表情で私に問いかけた。
私が答えないでいると、続けて唇をきゅっと結ぶ。
「久しぶりに会えたんだ。仕方ないだろ」
「……」
「愛する女性に良く見られたいという気持ちは、皇帝であっても抑えるのは難しいものだから」
どくん、どくんと心臓が高鳴った。
私は思わず小さく笑い、わざと視線を別の方向へ逸らす。
カイルはいつもそうだ。
理屈っぽくて、無愛想で、堅苦しいくせに、たった一言、あるいは何気ない仕草ひとつで、人の心を簡単に揺さぶってくる。
そして、その瞬間だった。
「ひひひっ——」
思いがけず私の言葉で足元が揺らぎ、ふらりと体が傾いた。
今にも落ちてしまいそうになったその瞬間、カイルが私を抱きとめた。
直後、目の前で大木が前方へと倒れ込む。
私の言葉に反射するように動いたカイルが、私を抱えたまま身を翻し、腕で後頭部を守ったのだ。
「きゃっ!」
兵士たちの驚きの声が響く。
私は慌てて顔を上げ、カイルを見た。
「なにか……起きそうな気がしたんです」
脇道を伝って土砂が崩れ落ち、木々にそのまま積み重なっていく。
道は一本しかないのに、兵士たちとは完全に分断されてしまった。
「陛下!ご無事ですか!」
慌てた様子の騎士の声が聞こえた。
「大丈夫です。聖女様も、どこもお怪我はなさそうで……」
背中越しに、カイルのしっかりとした胸板が触れていた。
心臓がどくどくと早鐘を打つ。
「どうしましょう。道が完全に塞がれているようです」
私の言葉に、カイルは低い声で答えた。
「戻るしかないな」
その瞬間、ふと世間で囁かれている噂が脳裏をよぎった。
それは、今回カイルがこの狩猟祭に参加した理由でもある話。
「エルス渓谷の方へ」
私は静かに頷いた。
どうせカイルと一緒なら、怖くはない。
私たちは馬を走らせ、狩猟場を後にした。
「こうして一緒に走るなんて……」
耳元で、彼の声がした。
「いつか君が言っていた言葉を思い出すな」
カイルの言葉に、私は過去の出来事を思い出す。
胸の奥に、じわりと熱が灯った。
初めてだった。
彼のたくましい身体を、こうして掴んだのは……。
あの時は、まだ知らなかった。
それが最後ではないということを。
【破壊の神シエルが火を吹く】
【芸術の神モンドは、カイルの身体の“その一点”だけを認めたと言わんばかりに、どこか渋い表情で首を縦に振る】
「……あの木は、まだ再建されていないんですね」
エルス渓谷へ向かう道すがら、私は黒く焦げ、少しずつ自然へと還りつつある一本の木を指さして言った。
[知識の神ヘセドが、淡々と書き留める。]
誰かに聞かせるための言葉というより、あの時は、ただふと心に浮かんだ考えがこぼれ落ちたようなものだった。
一瞬、神託が下りたのかと思ったが、すぐにそうではないとわかった。
「考えてみれば、私たち……本当にたくさんの思い出を重ねてきたな」
カイルの低く静かな声が響く。
そして、少し間を置いてから、彼は私に問いかけてきた。
「でも、あの洞窟……」
私は、カイルの指先が向いている洞窟を見た。そこは、かつて私たちが雨をしのいだ場所だ。
「向こうから、子犬がクンクン鳴いているみたいな音がするけど」
「……」
【正義の神ヘトゥスが、シエルが水を差したとして顔をしかめる】
【自愛の神オマンは、長い道のりで疲れているのだから、そんな些細なことに構う必要はないと主張する】
「聞き間違いですよ」
私は、きっぱりとカイルに言い切った。
[破壊の神シエルが、あなたの断固とした態度に、どこか恨めしそうな視線を向ける。]
「私たちには、今は目的があるんです!」
「……そうだな」
カイルは、少し残念そうにそう答えた。