家族ごっこはもうやめます【１４４話】ネタバレ

彼らを別館の入口まで見送ったナビアは、そのまま振り返って足を止める。

遠く離れた場所に見覚えのある赤い髪が見えたのだ。

ウッドだった。

もちろん、別館を出ようとしていたクリードとエルキンもウッドを見つけた。

「お前が・・・！」

エルキンは穏やかな表情の裏に苛立ちを見せ、野獣のような鋭い表情を浮かべた。

クリードも険悪な雰囲気を漂わせ、ウッドはその威圧感に気付かず一歩後ずさりした。

そのとき、ナビアが言った。

「私に何か用でも？」

三人の視線が一斉に彼女に向いた。

ナビアはいつの間にか彼らのそばに近づいていた。

ウッドは口をしっかり閉ざしたままナビアをじっと見つめた。

「・・・少し話をしよう。」

他の人たちが割り込む前に、ナビアが先に答える。

「いいわ。」

すると、クリードとエルキンが彼女を呼び止めた。

「姉さん。」

「ナビア。」

彼らが何を心配しているのかは分かっていた。

しかし、ナビアは今や無力な状態ではない。

彼女は安心させるような微笑みを浮かべ、彼らに手を振った。

その体には魔力が満ち溢れていた。

「お二人とも入ってください。話がそれほど長くなることはないでしょう。」

二人の男性は非常に驚いた表情を浮かべたが、ナビアがそうまで言うので仕方なく従うことにした。

ナビアは手を軽く振りながら、彼らに背を向けて無表情な顔でウッドをじっと見つめた。

「どうして来たの？」

実に突然の変化だった。

笑顔一つ見せず、冷たい表情でじっと見つめてくる彼女。

まるで氷のように冷たく、無感情な赤い瞳がウッドを見つめていた。

その表情にウッドはかつて馴染みがあった。

幼い頃、あの無感情な顔でどれだけ苦労をしたことか。

だから、微笑んでしまったのだ。

その残酷な幼少期を思い出して。

こんなにも後悔することになるなんて。

ウッドは慎重に口を開いた。

「ごめん。」

ナビアがアグニスから逃げたあの日、ウッドの頬にできた傷がいつの間にか消えていた。

（ナビアの力だ。）

彼女は他人の魔力を吸収できる力を持っていた。

それは癒しという、耳にもしたことのない力すら含まれていた。

ウッドは驚きを隠せなかった。

しかしアグニスの誰よりも、彼はこの状況を正確に把握していた。

これは既に負け戦であり、彼らがナビアに勝てるはずがないことを。

また、どんなに自分が望んでも、ナビアが自分のものになることはないということも。

ナビアは無表情のまま片方の口角を上げて後ろに下がった。

「何がごめんだって？」

「俺がした全てのことだ。本当にごめん。」

「何を言ってるのか分からないよ、ウッド。」

ウッドは彼女が素直に謝罪を受け入れないことを本当によく理解していた。

「俺はどうすればいい？」

彼はアグニスを捨てることでさえ、それをする覚悟があった。

彼女にアグニスを譲り、側に留まることができるのならそれで十分だった。

ナビアは彼の瞳の中に宿る熱を見つめ、問いかけた。

「まだ私のこと好きなの？」

「・・・」

ウッドは答えなかった。

しかし、それが答えとなった。

「好きだよ。」

けど、たった一日経った感情がすぐ冷めるなんてことある？

ナビアは冷ややかな視線で彼に言った。

「やめて。」

本当に謝りたいのなら、まずは諦めることが先じゃない？

ウッドはナビアの前に進み出て、ゆっくりと両膝をついた。

「まさかこれで終わりだって？」

彼はナビアが何とかして動揺させようとしているのを気にも留めなかった。

むしろ外見上の執着心すら感じられた。

彼女がどれほど執念深いか、ウッドはよく知っている。

ほんの十代の少女がアグニスを脱出するためにどれだけの苦労を重ね、大人の男たちを大胆にも殺し切ったその決断力を、彼はあまりにもよく知っていた。

ウッドは両手で床をつき、このまま彼女への服従の意味を込めて、ドレスの裾にキスをしようと考えた。

しかし、ナビアは足を持ち上げ、彼の肩を蹴り飛ばしてしまった。

ウッドの体は後方へ倒れ込み、床にぺたんと座り込む形になる。

彼は理不尽な状況に困惑して眉をひそめた。

「何が問題なんだ？」

彼女の言葉どおり、完全な服従のキスをしようとしていただけなのに。

ナビアは彼のそばに歩み寄り、今度は胸元あたりを片足で蹴り、そのまま彼を倒れさせた。

ウッドは抵抗せず、床に横たわった。

「考えてみたら、軽蔑する気分になったの。」

大きな木材で作られたかのような彼が、彼女の言葉に顔を歪め、まるで揺れる水面のように揺れ動いた。

木漏れ日の光がナビアの上に宝石のように降り注いでいた。

ウッドは心を強く持とうと、必死で暗闇を抑え込もうとした。

この女性は、この瞬間に至るまで彼を追い詰める余裕を持っていた。

彼が願っていた完璧な覚悟がナビアにはあった。

生まれつきの血統、神秘的な力、そして冷徹で冷酷な一面まで。

（手に入れたい。）

何をしてでもこの女性を手に入れたい。

ウッドは自分の胸元にさらりと触れる小さな足を握った。

手が足首を伝い、やがてか細い足首を包み込んだ。

しかし、それ以上には至らなかった。

ウッドは彼女の足首を宝物のように優しく握りしめたまま、沈むような目つきでじっと彼女を見つめ、ナビアと視線を交わした。

ナビアは薄く笑みを浮かべながら尋ねた。

「チャンスをあげようか？」

「・・・どんな？」

唇を離し、低く押し殺したような声が漏れた。

「あなたがこんなふうに演じているの、実際は全然申し訳なくなんて思ってないんでしょう？」

「・・・」

「ただ、私があなたを気に入ったから、私の心に留めておきたいから、そうしただけ。私がどれだけあなたを知っているか、ウッド。」

ナビアは彼の胸元に置かれていた足を持ち上げて、そのまま彼の隣に膝をついて座る。

長い髪がさらりと揺れ、ウッドの肩に垂れ下がった。

それ一つ一つが彼の心に深く刻まれた。

ウッドは、自分がこの一筋縄ではいかない女性に完全に魅了されてしまったことを認めざるを得なかった。

だから、チャンスを掴まなければならなかった。

「言え。どんなチャンスをくれるんだ？」

ナビアは膝を抱えたまま、ゆっくりと彼の耳元で囁いた。

「これ以降、誰にも知らせずにあなたが守りなさい。直接私をアグニスに連れて行って。時間はきっちり守ってね。それさえしてくれたら、あなたの罪は帳消しにしてあげる。」

もちろん嘘だ。

ウッドも彼女の言葉を信じるつもりはなかった。

「どうやって君の言葉を信じろって？」

「私の言葉を信じるんじゃなくて、君ができることがあるの？」

反論の余地はなかった。

ナビアの言葉通り、彼は従うか従わないかのどちらかを選ぶしかなかった。

交渉というのは、お互いが持っているものをぶつけ合うときに成り立つのだから。

「ウッド、君がこの別荘に来られた理由がわかる？」

「・・・」

「私が事前に言っておいたの。ウッド、アグニスの使者がここに来たら、侵入を阻むなって。」

少数の人を除けば、ナビアの許可なしに誰もこの別荘へ近づくことはできなかった。

「私はもうすでに君にチャンスを与えたじゃない？そうじゃない？」

ウッドは何も言わず、床に座り込んだままのナビアをじっと見つめた。

彼の目の光を見て、ナビアはさらに悲しみ、そして嫌悪感を覚えた。

愛に囚われたウッドは、最後には非常にロマンチックで情熱的だった。

彼がサラに完全に惹かれていた過去の日々、彼が自分の片思いのためにどれほどのことをやってきたかがわかる。

その愛がある場所がたとえ炎の中だとしても、ためらうことなく飛び込む愚かな人間のようだ。

ナビアがそっと微笑むと、ウッドは肩をわずかに震わせる。

彼女がこれほどまでに柔らかく微笑むのを初めて見たウッドの耳たぶは、瞬時に真っ赤になった。

「いつまで怯えているつもり？」

ナビアは彼の体を起こし、埃を払い落としてあげた。

ウッドの視線が彼女の顔に固定され、そらさない様子が感じられた。

彼女は視線を合わせずに尋ねた。

「それで、どうするつもり？」

しばらく返答はなかった。

代わりに、彼は地面に手を押し当て、拳を固く握るのが見えた。

その大きな手が軽く持ち上がりかけたが、途中で止まった。

彼はそっと手を離し、ゆっくりとナビアの手を握りながら自分から離した。

そのすべての動きが慎重だった。

それはただのピンときた行動ではなく、あなたに寄り添いたいという表れのようだった。

ナビアは冷ややかに彼の手を払いのけ、彼と視線を合わせる。

ウッドの眉間がわずかに震えるのが見えた。

それはまるで、死んでしまいそうなほどの表情だった。

彼女を抱きしめてキスしたいという衝動を抑えるのに必死な様子が伝わってきた。

彼はその代わりに口を開いた。

「そうするよ。」

答える声は熱を帯びていた。

「君の言う通りにする。」

彼にできることは、それだけだった。

答えるしかできないという事実に彼は痛感していたようだった。

ナビアは答えを聞くとすぐに立ち上がった。

「じゃあ、後でね。さようなら。」

ウッドの返答を聞いても、特に感想を持たなかったかのように彼女は一方的に通り過ぎた。

彼と接触した手には虫が這うような感覚が残り、まるでその痕跡が拭い切れないかのようだった。

彼が触れた足首も同じように違和感が残っている。

ナビアが別棟に入ると、そこには型にはまった無表情な召使いが待ち構えていた。

彼女は表情ひとつ変えず指示を与えた。

「お湯を用意して。」

「かしこまりました。」