公爵邸の囚われ王女様

公爵邸の囚われ王女様【144話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【公爵邸の囚われ王女様】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となって...

 




 

144話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 舞踏会の始まり

「……これは、何かがおかしいわ」

北側城壁の邸宅に戻ってからも、クラリスは同じ言葉を何度も繰り返した。

「ごめんなさい。でも奥様が、今夜はこのドレスを着なさいって仰ったの」

「そ、それは……私には少し、過剰です……」

クラリスは肌着のまま、厚手のショールを肩に掛け、ロザリーが差し出したドレスと向き合っていた。

肩が大胆に露わになる、あまりにも気恥ずかしい衣装だった。

丈は短めとはいえ、スカートの裾にふんだんにあしらわれた繊細なレースだけは、どうしても受け入れがたかった。

実用性がまったく考えられていないあの服を着てしまえば、誰かの視線を気にせずに、まともに食事をとることさえできないだろう。

高価な服を汚してしまうのではないかと思うと、それだけで不安で仕方がなかった。

「どうしよう……これは奥さまが選ばれたお洋服なのに」

仕方がないと言いながらも、ロザリーはどこかとても楽しそうに見えた。

「……どうして奥さまは、私にこんな服を着せようとなさるんでしょう」

こういう衣装は、貴族の家の令嬢たちが何人も集まる場で着るような、見るからに高価なものだ。

「私が困るって、わかっていらっしゃるはずなのに……」

だからこそ、事前に何も言わなかったのだろう。

もしセリデンの屋敷にいる時点で知っていたら、クラリスは絶対に、こんなドレスを荷物に紛れ込ませたりはしなかったはずだ。

それほどまでに気を遣ってくれていたのだろう。

「もしかして……私が困っているのを見るのが、楽しいのですか?」

ブリエルは、良い意味での、少しばかりの冗談めいた表情を浮かべた。

「それは違うと思うわ」

ロザリーは微笑みながら歩み寄り、クラリスが握りしめていたショールをそっと取り上げた。

「……あ」

裾の広いスカートから順に、クラリスの身体へと丁寧に通しながら、ロザリーは言葉を続ける。

「奥様はね、本当に真剣にドレスを選ばれたのよ。ひとつでも、あなたの気に入らないところがあってはいけない、って」

「……そ、そう」

クラリスは、ふんわりとした白いレースと、その間に差し込まれた深い青の布地を見下ろした。

その上に縫い込まれた模様は金糸で、まるで夜空の星を映したかのように輝いている。

正直な気持ちを言えば――心に、ほんの少しだけ。

悪くない、と思ってしまった。

……似合わない、というわけではなかった。

「……きれい、ではあります」

それがクラリスに似合っているかどうかは、また別の問題だが。

「でしょう?奥さまにそのままお伝えできたらいいんだけどね。あなたが気に入ってくれるといいって、何度もおっしゃっていたもの」

「誰かが私を見て眉をひそめたりしたら……どうしたらいいんですか?だから、その……嫌というわけじゃないんです」

「わかるよ。公爵夫妻のことで、周りがひそひそ噂するのが心配なんでしょう?」

「はい」

いくら王家の庇護を受けているとはいえ、身分にふさわしい振る舞いをしなければならない。

「この年になって、ようやくわかったことがあるんだよ、クラリス」

ロザリーはドレスに付いた紐を、ほどけないようにほどよく引き締めた。

「人はね、思っているほど他人のことを気にしていないものさ」

「ほ、本当に……ですか?」

「ええ。特に、人が大勢集まる場所ではね」

「それなら……よかった……ですけど」

「でもね」

ロザリーの声は、ほんの少しだけ低くなった。

「よく知らない人たちの視線ばかりを気にして、いちばん大切な人の気持ちを後回しにしてしまうのって……少し、悲しいことだと思わない?」

それはきっと、ブリエルがどんな想いでクラリスの衣装を選び、こうしてこの場に立たせたのかを考えてみなさい、という意味だった。

「奥様は……私に新しい経験をしてほしかったんですね。初めて木に登った日のような、そんな気持ちで」

「ええ」

「私が見たことのない景色を見て、楽しんでくれたらいいって。そう思われたんでしょう。おおらかな方ですもの。あ、本当に!」

クラリスは、背後に立つロザリーをくるりと振り返った。

「ロザリーは……やっぱり、最高の先生ですね」

ロザリーは、答える代わりに柔らかく微笑んだ。

「この年寄りはね、あなたを可愛がることしかできないんだよ。さて、そろそろ髪を結い直そうか。この青いリボンで留めたら、もっとよく映えるはずだ」

クラリスはロザリーに促されるまま鏡の前に座り、少しずつ整えられていく髪型を、落ち着かない気持ちで見つめていた。

どうしても視線が上へと向いてしまうのは、舞踏会用のドレスを着た自分の姿に、まだ慣れていなかったからだ。

そのうえ、顔には薄く化粧まで施されていて、いつもとは少し違う印象になっているのも、どこか居心地が悪かった。

(ノアと王子さま、私を見て大笑いするかも)

もっともノアなら、「よく似合ってるね」くらいは言ってくれるだろうが、その言葉に本心がこもっているとは、とても思えない。

そしてバレンタインは……。

本当に、腹を抱えて笑い転げるかもしれなかった。

「……けれど」

ロザリーは、ほんの一瞬だけクラリスの首元に視線を落とした。

「それだと、少し控えめすぎるわね。今日のドレスには」

「……そう、ですよね」

クラリスは無意識に胸元を押さえた。

長年身につけてきたそのペンダントは、落ち着く反面、今夜の自分を守る“殻”のようにも感じられた。

「大丈夫。無理に派手にしろって言ってるわけじゃないの」

ロザリーは小箱を開け、静かに中身を示した。

「ただ――今日は“初めて”が多い日でしょう?」

そこに収められていたのは、細い鎖に小さな光を宿した、控えめながらも確かな存在感のある首飾りだった。

「……きれい」

思わず漏れた声は、囁きに近かった。

「視線を集めるためじゃない。あなた自身が、自分を少しだけ好きになれるように」

ロザリーはそう言って、そっとクラリスの背後に回った。

冷たい金属が肌に触れ、留め具が留まる小さな音が響く。

「……あ」

鏡に映った自分は、見慣れたはずなのに、どこか違って見えた。

胸元に落ちる淡い光が、呼吸に合わせて静かに揺れている。

「変、じゃ……ないですか?」

「いいえ」

即答だった。

「今夜のあなたは、“逃げていない顔”をしているわ」

クラリスは、ゆっくりと息を吐いた。

「……そうなら、いいな」

その言葉には、願いと決意が半分ずつ混じっていた。

「その通りよ。それは奥さまがあなたを守るという意味を持つ、とても大切なものなの。どんな装身具よりも、ずっと格調高いわ」

クラリスは脱いだ服と一緒に置いてあったペンダントを、急いで首にかけた。

ロザリーはどこか納得がいかない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。

ちょうどその時、公爵がお見えだという知らせを受けたため、周囲を整えることが先決だったのだ。

ほどなく、ノックの音が響いた。

こんな姿を公爵に見せるのは恥ずかしく、胸がざわついたが、クラリスは意を決して、そっとドアノブを回した。

扉を開けた瞬間、なぜか顔を上げることができず、目に入ったのは、マクシミリアンの磨き上げられた正装の靴だけだった。

「……あ、あの、公爵さま……公爵夫人が選んでくださった服を、着ました」

上からじっと見下ろされる視線を感じ、理由もなく落ち着かなくなって――

「……クラリス」

低く抑えた声で名を呼ばれ、彼女は思わず息を呑んだ。

至近距離で向けられる視線は、叱責というより――悔恨に近い。

「本来なら、今日の君には“完成した姿”でこの場に立ってもらうつもりだった」

クラリスは唇を噛みしめた。

自分のせいではないと分かっていても、胸の奥がちくりと痛んだ。

「……ごめんなさい」

反射的に出たその言葉に、マクシミリアンは一瞬だけ目を細めた。

「違う」

短く、しかしはっきりと。

「謝るべきは私だ」

彼はゆっくりと息を整え、視線を逸らした。

「君が初めて“表に出る”日だと分かっていた。分かっていながら、私は準備を怠った」

「でも……」

「言い訳はしない」

そう言ってから、再びクラリスを見た。

「だから――今夜は、できる限り私が補う」

その言葉に、クラリスの胸が小さく震えた。

「……どうやって、ですか?」

問いかけると、彼はほんのわずかに口元を緩めた。

「私が君の傍を離れない。それだけだ」

「え……」

「周囲の視線も、無遠慮な言葉も。すべて、私が引き受ける」

それは命令でも、宣言でもなく。

ただ静かな、決意だった。

「君は――今日くらい、自分の足で立っていい」

クラリスは、胸元の首飾りにそっと触れた。

揺れる光が、確かにそこにある。

「……はい」

小さな返事だったが、その声は先ほどよりも、少しだけ強かった。

彼はそれを確かめるように、わずかに頷いた。

「行こう。時間だ」

扉の向こうには、無数の視線とざわめきが待っている。

けれど今、クラリスは一人ではなかった。

その事実だけで、足取りは驚くほど軽くなっていた。

「……すまない」

クラリスは慌てて首を横に振った。

彼女としては、怒られなかっただけで十分だったからだ。

「わ、私……公爵さまが似合うとおっしゃってくださって、うれしいです」

「お前の持つ愛らしさと、私の妻の審美眼を思えば、当然のことだ」

クラリスの顔は一気に熱を帯び、真っ赤になった。

普段、マクシミリアンがブリエルに対して照れくさい言葉を口にしないことは知っていたが、まさか自分にまでそんな言葉を向けられるとは思ってもみなかったのだ。

「わ、私は愛らしくなんてありません、公爵さま!たとえそうだとしても、そんなふうに見えるのは公爵さまだけです」

「それなら、それで構わない」

「え?」

「……いや。お前も、誰かに称えられる権利がある。私が、私の妻を……いつも称えているように」

その言葉は、あまりにも静かで、あまりにも確かだった。

クラリスは、一瞬――呼吸の仕方を忘れた。

「……」

喉がひくりと鳴る。

目の前の彼は、冗談を言っているような顔ではなかった。

切り落とされたペンダントは、彼の指の間でわずかに揺れている。

光を失ったそれよりも、彼の視線の方が、ずっと強く輝いていた。

「公……爵、さま……?」

呼び慣れたはずの敬称が、ひどく遠く感じられた。

「その呼び方は、外では続けろ」

淡々とした声だった。

「だが、今は違う」

彼は一歩だけ距離を詰めた。

近づいたはずなのに、威圧感はなかった。

あるのは、揺るぎのない確信だけ。

「君は、誰かの庇護の証としてここに立つわけじゃない」

クラリスの胸元に残った、鎖の切れ端が冷たく触れる。

「君自身が、ここに立つ」

彼は切り取ったペンダントを、そっと掌に収めた。

「王室でも、貴族でもない。セリデンでも、グレジェカイでもない」

一拍、間を置いて。

「――私が選んだ、私の娘としてだ」

世界が、ふっと静まり返った。

遠くから聞こえていたはずの音楽も、話し声も、すべてが霧に溶けたように消えていく。

「……そんなの……」

声が震える。

「……そんなの、勝手です……」

自分でも驚くほど、はっきりとした反論だった。

彼は、少しだけ目を見開いた。

そして――小さく笑った。

「そうだな」

「でも……」

クラリスは拳を握りしめた。

「それでも……私……」

言葉が、途中で詰まる。

嬉しいのか、怖いのか、自分でも分からなかった。

「……捨てられるの、怖いです」

正直な言葉だった。

一瞬の沈黙。

次の瞬間、彼の手が――迷いなく、クラリスの頭に触れた。

「捨てない」

短く、断定的に。

「私は、約束を軽く扱わない」

その手は、思っていたよりずっと温かかった。

「今夜が終わっても、舞踏会が終わっても、噂が流れても。君が望むなら、私は何度でも同じ言葉を言う」

クラリスは、とうとう視線を逸らした。

熱いものが、目の奥に溜まっていく。

「……ずるいです」

小さく呟く。

「そうやって言われたら……逃げられないじゃないですか……」

「逃げなくていい」

彼は、静かに言った。

「ここにいろ。私の傍に」

その言葉は命令ではなく、居場所の提示だった。

遠くで、扉の向こうがざわめき始める。

舞踏会の始まりを告げる合図が、もうすぐ鳴る。

彼は手を差し出した。

「行こう、クラリス」

その手を見つめて、彼女は一瞬だけ迷い――

そして、ぎゅっと、指を絡めた。

「……はい」

その返事は、今までで一番、迷いがなかった。

気の利くロザリーが、銀の盆に載せられた透明な宝石のついた首飾りを持ってきた。

マクシミリアンは、すでに首にかけていた鎖とペンダントを外し、代わりにその新しい首飾りを自らの手でクラリスの首にかけてやった。

「……これは」

クラリスは視線を落とし、透明な宝石にそっと触れた。

まるでセリデンの氷をそのまま閉じ込めたようだった。

「お前を守るのは、私だ。クラリス」

「……」

「王室ではない」

その瞬間、マクシミリアンと目が合い、クラリスははっきりとした違和感を覚えた。

不安に近い――心臓の震え。

なぜこんな気持ちになるのか、自分でも分からなかった。

嬉しいとも言い切れず、ただ感謝するには重すぎる言葉だったのに。

(ドレスが……慣れなくて、だからだわ)

(いつもと何もかもが違うから……きっと、それだけ)

クラリスは、たびたび胸に込み上げてくる不安をそっと押し隠し、精一杯の笑みを浮かべた。

すると、すぐにマクシミリアンが腕を差し出す。

それは、舞踏会場まで連れて行くという意思表示にほかならなかった。

しっかりとした大人の腕にすがりつきながら、クラリスは彼が口にした「守る」という言葉の意味を、あらためて噛みしめる。

それは間違いなく、クラリスが自らの務めを果たせるよう、全力で支えるという約束だった。

マクシミリアンほど公正な人物が、別の意味でそんな言葉を使うはずがない。

 



 

舞踏会場の巨大な扉が開かれた瞬間、首都、そして各地方から集った貴族たちの視線が一斉に入口へと注がれた。

普段であれば、セリデンの地に他領の貴族が足を運ぶことなど、まずあり得ないことだ。

魔物と隣り合う、寂れて人気もない土地に、誰がわざわざ足を運ぶというのか。

だが、王城で大切に育てられてきた末の王子の初めての外出を見守ろうとする者たち、そして先代王を敬愛する貴族たちは、喜んで辺境のセリデンにまで足を運び、武道会に参加した。

開かれた門の向こうから、歩調を整えて歩いてくる足音が響く。

やがて、白銀の王城騎士団の制服に身を包んだバレンタインと、その後ろに従う騎士たちの姿が現れた。

美しい王に似た整った容姿はもちろん、健やかでありながらしなやかさも感じさせる長身の体躯まで備えた彼は、自然とすべての視線を集めた。

厳粛さと威厳をまとった先王とは、まったく異なる雰囲気だった。

これまで肖像画でしか彼を知らなかった人々は、深く頭を下げて敬意を示しながらも、その姿に対するざわめきを抑えきれなかった。

性別を問わず、彼の関心を引きたいと願う若い貴族たちは、ひそかに息を詰めて前へとにじり出て最前列では、王室の騎士団が厳かに整列していた。

クラリスは、マクシミリアンが立つ中心から少し離れた、柱の陰に身を寄せていた。

本来であれば彼女を傍に置くつもりだったマクシミリアンも、彼女自身の希望を尊重し、あえてそうさせたのだ。

今日は――人目につかない場所から、この華やかな世界を見守るだけで、十分すぎるほど満たされていたから。

クラリスは柱に半身を隠したまま、そっと顔を覗かせ、バレンタインを見つめた。

やがて、マクシミリアンのもとへと歩み寄っていく彼の背を追うように、ふと視線を巡らせる。

その先に、クラリスの姿があった。

二人の視線が、ぴたりと重なる。

 



 

 

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