こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
134話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 過去の告白
久しぶりに大公家の居間には、エステルと双子、そしてドフィンが集まり、家族会議をしていた。
おやつとして置かれた落花生の殻を剥く音と、エステルが身振り手振りを交えて話す声が入り混じり、居間に広がっていた。
「……だから、噂を流してみたらどうかなって思ったんだけど。お父様はどう思う?」
自分の考えを一生懸命整理して話し終えたエステルは、きらきらした目でドフィンを見つめた。
「いい考えだな。そうしよう。」
「え、もう少し考えなくてもいいの?」
「ほら。私が父上もきっとすぐ賛成するって言っただろう?」
あまりにもあっさりと理解されたことに、エステルは目を丸くし、デニスは「やっぱりな」と言わんばかりに小さく笑った。
「君が言い出したことだろ。今さら止められるわけないさ」
ドフィンは「心配するな」と声をかけながら、エステルの話を聞くあいだ、せっせと殻を割ったピーナッツを手に取っていた。
そして、驚きでぽかんと開いたままのエステルの口へ、そのまま一粒、放り込む。
「……おいしい」
エステルは香ばしいピーナッツをもぐもぐと噛みしめながら、兄たちと立てた新しい計画について、嬉しそうに詳しく語り始めた。
「まずはジェロムっていう、私たちが面倒を見てる子がいるんだけど……一緒に歌を作ってみたの」
「歌か。それも悪くないな。神官たちを集めて、教える必要がありそうだ」
ドフィンは、器用にピーナッツの殻を割り続けるエステルを眺めていたが、ふと、胸に引っかかった疑問を口にした。
「噂を広めて、現聖女を退かせて高位神官を全員入れ替えれば、神殿もこれ以上は手を出せなくなるはずだ。それで十分かな?」
その瞬間、エステルの手に力が入り、ぱしっと音を立てて落花生の殻が周囲に飛び散った。
「あ、ごめんなさい……」
驚いたエステルは、服についた殻を払い落としながら、口をきゅっと結んだ。
そして、正面に掛けられた家族の肖像画を見つめながら、思案に沈んだ。
――足りない。
幾度にも及ぶ回帰。
そして神殿での監禁、ラヴィエンヌの所業。
ただラヴィエンヌを聖女の座から引きずり下ろすだけでは、到底終わらせることはできなかった。
だが、この感情を理解してもらうためには、自分が体験した出来事を家族に打ち明けなければならない。
「ラヴィエンヌは……怪物です」
エステルの表情が陰ったのを見て、ドフィンの眼差しが細められた。
雷鳴が轟いていたあの夜――エステルがどれほど深く傷ついていたのかを、彼は今でもはっきりと覚えている。
「ラヴィエンヌや神殿は……お前に、何をした?」
「それは……」
エステルの大きな瞳が、落ち着きなく左右に揺れる。
「エステル。俺たちは、間違いなくお前の味方だ。そうだろ?信じて、話してくれないか」
どんな闇さえ押し返してしまいそうな、ドフィンの穏やかな声に触れて、エステルの心も少しずつ解けていった。
揺るぎなく自分を見つめてくれる、三人分の緑の瞳。
そのすべてが、自分の側にある――そう確信できたから。
「……見せたいものがあるの」
覚悟を決めたエステルは、震える手をぎゅっと握り締めたあと、静かに目を閉じた。
人形のように長いまつ毛が、エステルのふっくらとした頬に濃い影を落とす。
エステルの雰囲気が一気に張り詰めたことを察し、ドフィンと双子は息を潜めて待った。
セスピアに見せた時のように、どれほど詳細に語ることができなくとも、聖力によって記憶を映像として見せることはできる。
――つらい。
必死に忘れようとし、消し去りたいと願ってきた過去の記憶が、次々とエステルの脳裏に浮かび上がっていく。
一筋の光も差し込まない牢獄に閉じ込められ、逃げ場もなかった日々。
「血が必要だから」という理由で加えられた、ラヴィエンヌによる凄惨な虐待。
信じていた人々に背を向けられ、心が完全に擦り切れていった感覚。
最悪の中でも、とりわけ忌まわしい記憶のいくつかが、次々と脳裏に鮮明な映像となって蘇った。
とりわけ――何度も、自らの舌を噛み切らねばならなかった、あの最後の瞬間を思い出したとき、冷たい汗が背中を伝い始める。
すでに過去の出来事でしかないはずなのに、思い返すだけで、当時の苦痛が再び押し寄せてくるようだった。
顔色を失ったエステルは、苦しげに瞼を閉じた。
そのあまりにも痛ましい様子に、ドフィンと双子は思わず腰を浮かせる。
「止めたほうがいいんじゃないですか?」
「エステル……すごく辛そうに見える」
双子の言葉であろうとなかろうと、ドフィンもまた、エステルに向かって手を差し伸べていた。
これ以上、彼女が無理をする姿は見たくなかった。
「エス……」
しかし、彼が名前を呼ぶより先に、エステルはゆっくりと目を開けた。
エステルの瞳は黄金色に輝き、これまでのどの時よりも眩い光を放っていたため、皆が思わず息をのんだ。
美しいというよりも、むしろ神聖という言葉のほうが相応しい瞳だった。
「エステルの……目……?」
どんな宝石を埋め込んだとしても、これほどまでに荘厳にはなり得ないだろうという金色の光に、全員が言葉を失った。
その最中、エステルが静かに唇を開いた。
「私の手を取って、額に少しだけ触れてもらえますか?」
真っ先にドフィンがエステルの前へ進み出た。
ソファの脇に腰を下ろし、身を屈めて視線の高さを合わせる。
そして、エステルが差し出した両手をやさしく包み込み、慎重にエステルの額へと自分の額を重ねた。
その瞬間だった。
「……?」
ドフィンは、突如として頭の中へ流れ込んできた記憶に驚き、思わず息を呑んで目を見開いた。
あまりにも凄惨な光景に、悲鳴を上げそうになりながらも、エステルを掴むその手には、かえって力がこもる。
現実ではないと理解していながら、それでも――ほんのわずかな隙に、彼女を失ってしまうのではないかという恐怖が、胸の奥に広がっていた。
「これは……」
次々と、欠けることなく流れ込んでくる“映像化された記憶”に、ドフィンの白い肌がみるみる赤く染まっていく。
彼女を傷つけてしまうことを恐れて、エステルの手を放したドフィンの手の甲には、淡く青白い光の筋が浮かび上がっていた。
すべての記憶の伝達を終えたエステルは、ゆっくりとドフィンから額を離した。
「私が経験したことです。」
「それは・・・」
「全部、自分で……経験したという意味です。あの時に刻まれたものは、すべて……」
大きな衝撃を受けたドフィンは、手を小刻みに震わせたまま言葉を失い、深くうなだれた。
脳裏に残されたイメージの残滓は、人が人に対して行ったものだとは到底信じがたいほどに凄惨だった。
それを受けた相手がエステルだったという事実に、抑えきれない怒りが胸に込み上げ、奥歯を強く噛み締める。
「……今になって、ようやく分かった。」
神殿で初めて出会った時、あまりにも危うく見えたエステル。
確かに恐怖に震えていたはずなのに、後退することなく、自らに剣を突きつけながら「殺して」と叫んでいた少女。
その虚ろで、すべてを諦めたかのような瞳が、ドフィンの乾ききった心の奥底さえも揺り動かしていた。
「……一体、どれほど……」
自分を信じ、すべてを見せてくれたエステルに、どんな言葉をかけるべきか――幾つもの思いが喉元までせり上がり、ドフィンは言葉を失った。
だが、怯えたようなエステルの瞳と視線が重なった、その瞬間。
ドフィンは衝動のまま、彼女を強く抱きしめていた。
「よく耐えた……本当によく頑張った」
子どもたちの前で涙を見せたことなど、一度もなかったドフィンの目に、瞬く間に涙が滲む。
歯を食いしばり、目を閉じて堪えようとしても、溢れ出した雫は顎に溜まり、やがて――ぽとり、と床へ落ちた。
その温もりと湿り気を感じて、エステルははっとして顔を上げる。
そして、ドフィンが泣いていることに気づいた。
「……お父さん」
泣くまいと必死にこらえていたエステルの声は、かすかに震えていた。
大きな瞳にも、瞬く間に涙がぽろぽろと溢れ落ちた。
「……どれほど辛かったんだろう」
エステルの肩を抱いたドフィンの手は、はっきりと震えていた。
その真心は、痛いほど真っ直ぐにエステルへと伝わる。
「私にも……私にも、見せて」
「エステルが何を見せるんですか?」
ドフィンは、エステルが双子にも記憶を見せられるよう、慌てて涙を拭い、後ろへと下がった。
背後に立っていたデルバートとベンは、初めて目にするドフィンの姿に驚き、思わず言葉を失った。
「陛下……」
妻を失った時でさえ、気丈に耐えてみせたドフィンだ。
残された子どもたちを守らねばならないという思いから、悲しみに沈むことすら許さず、必死に踏みとどまってきた男だった。
そんな彼が、いったい何を目にしたというのか。
あまりにも想像を超えた内容に、三人は言葉を失い、ただ唇を噛みしめることしかできなかった。
そして、しばしの沈黙のあと――エステルが記憶を見せ終えたあとの、デニスとジュディの反応もまた、ドフィンと大きくは変わらなかった。
居間には重苦しい沈黙が落ち、空気はひりつくように冷え切っていく。
到底、信じがたい光景を目の当たりにした家族たちは、爆発寸前まで高まった怒りを、それぞれのやり方で必死に押さえ込んでいた。
「……説明してくれるか?」
エステルを怖がらせないよう、精一杯声を抑えてはいたが、それでもドフィンの声は、地の底から引きずり出されたかのように低く、荒れていた。
彼自身、これほど怒りが限界まで達したのは、生涯で初めてのことだった。
全身に力が満ち、淡い光の筋が浮かび上がる箇所という箇所が、今にも弾け飛びそうなほど、苛烈に脈打っていた。
「さっき見せてくれたのって……全部、記憶なの?本当に起きた出来事だっていうの?」
「だから言っただろ。お前の代わりに“聖女”にされた偽物だって」
ジュディは居間を行ったり来たりしながら取り乱していたが、デニスは怒りを内に押し込み、かえって冷静さを保ったまま、エステルの言葉を待っていた。
「はい。ブラウン家の外孫ラヴィエンヌです」
「それを、いつから受け続けてきたんだ?一度や二度じゃない気がするが……」
「私の人生が何度も繰り返されたって言ったら……信じてくれますか?」
淡々と、事実を積み上げるように語るエステルを前に、双子とドフィンの胸は強く締めつけられた。
「……当然、信じる」
本来の淡い桃色と黄金色が混じり合ったエステルの瞳が、ゆっくりと、何度も瞬いた。
「十六回目です」
喉の奥がざらつき、声が荒れてしまいそうだと感じた。
誰かに打ち明ける日が来るなど、想像すらしていなかった話を口にしているせいで、胸の鼓動は大きく、高鳴っていた。
「……こんな……」
思わず、ドフィンは罵声を吐きかけてしまいそうになり、――だが、ここが子どもたちの前だと思い出して、ぎりぎりのところで理性を取り戻す。
「ずっと……絶対に逃れられないみたいだった。まるで、呪いか何かで縛られているみたいに……。でも、どういうわけか……今回は、それが外れたの」
エステルのか細い声は、途中で途切れることなく、震えながらも続いていく。
「だから……私たち、出会えたんだね」
苦しさを押し殺して語るエステルの隣で、ジュディとデニスがそっと手を握った。
その温もりに支えられて、長いあいだ過去に引き戻されていたエステルの心も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「でも、これっておかしくない?女神様はいったい、何をしているの?」
「さあ……」
エステルは、かすかに微笑んだ。
何度となく問いかけてきたが、女神からは一度も答えを得られなかった。
「私は今日から、神学書は全部捨てる。神殿で発行された本も、全部だ」
神学書を愛読していたデニスが、そこまで言い切るほどなのだから、その怒りの大きさが伝わってきた。
「うちのエステル……本当に、どれほどつらかったんだろう。いや、つらいなんて言葉じゃ、全然足りない……」
ずっと歯を食いしばりながら頭を抱えていたジュディは、ついに涙をこぼした。
泣くまいと唇を強く結びながら、エステルをぎゅっと抱きしめた。
「うん……私たちのエステル、本当によく頑張ったね」
今度はデニスも加わり、ジュディは座ったままのエステルを、もう一度強く抱きしめた。
左右から兄たちに抱き寄せられ、エステルは一瞬、どうしていいかわからず宙に腕をさまよわせる。
けれど――兄たちが自分を抱いたまま、静かに泣いているのだと気づいた瞬間、彼女の喉も詰まり、やがて同じように涙が溢れ出した。
「みんな……どうして泣いてるの。もう……」
「誰が泣いてるっていうんだよ……うっ……エステル、どれだけ辛かったか……」
言葉にならない嗚咽が漏れる。
いつも強がってばかりで、表では気丈なジュディが――この中で一番、声を殺して泣いていた。
ジュディに抱かれ、顔を埋めたエステルの左肩は、すでに彼女の涙でぐっしょりと濡れている。
その光景を静かに見守っていたドフィンも、やがて一歩前へ踏み出した。
そして大きく腕を広げると、そのかけがえのない子どもたちを、広い胸と腕で包み込む。
まるで――二度と離さないと、誓うかのように。
「……ありがとう。生きていてくれて」
ドフィンが最後に絞り出したその言葉が引き金となり、ついにエステルも堪えていたものが切れたように、喉を詰まらせ、子どものように泣き出した。
「私……本当は、泣かないつもりだったのに……でも……今は、本当に大丈夫で……っ、ひっく……」
本気で泣くまいと、目に力を込めて唇を噛みしめても、意思とは関係なく、涙は次々と溢れて頬を伝った。
生きていてくれて、ありがとう。
それは、これまで誰一人としてエステルに向けてくれなかった言葉だったから。
まるで自分たちが代わりにその痛みを引き受けるかのように、彼女の苦しみを抱きしめてくれた父と兄たちがいたからこそ、今がある。
すべてを諦め、ただ死ぬことだけを願っていた、あの瞬間の数々が、走馬灯のように脳裏をよぎっては消えていった。
――生きていて、よかった。
エステルは心の底からそう思いながら、静かに目を閉じた。
事情を知らないデルバートとベンも、最初は戸惑いながら様子を見守っていたが、やがて耐えきれず、ぽろぽろと溢れる涙を拭い始めた。
三人の大人と三人の子どもが、肩を寄せ合い、声を上げて泣く――そんな光景は、そうそう目にするものではない。
エステルの悲しみを分かち合い、しばらく涙を流したあと、今度は抑えきれない怒りが、一斉に噴き上がった。
「悲しいのは悲しいけど……それ以上に、今は腹が立って仕方ない。怒りで死にそうだよ」
淡々と、だが本気で「全部ぶち壊したい」と口にするジュディ。
「俺もだ。腹の底が煮えくり返ってる。これはもう、適当に痛い目を見せて済む話じゃない」
怒りが募るほどに、かえって冷静さを増していくデニスは、深く考え込むように顎に手を当てた。
手段については意見が分かれても――エステルのために、必ず報いを受けさせるべきだという一点においてだけは、全員の考えが完全に一致していた。
「エスター、別に考えている復讐の方法はある?」
「え?うーん……まず人々から偽物だと指さされるようにするんです。そして、私が味わった苦しみを、同じように味わってほしい。」
「見せしめにするのはどうだ?」
「見せしめは楽に死ねすぎます。犯した罪に比べて、あまりにも軽い罰です。」
ジュディの提案に、デニスはそれでは足りないと断固として首を横に振った。
そして真剣な表情でわずかに身を乗り出し、自分に向けて他の三人の視線を集めた。
「これは、俺が本で読んだ話なんだが……」
デニスは落ち着いた口調で、自分が読んだ書物に書かれていた“人を殺す方法”を読み上げ始めた。
「まず舌を少し切り落として、話せないようにする。そのあと脚も片方切り落として、奴隷として送り出すだってさ。他にも、生きたまま狼の群れや熊の穴に放り込む方法もあるし。生きたまま、ぐつぐつ煮えたぎる湯に入れるって話もあったな」
「……え?」
「それか、公開処刑で見せしめにしたり。手足を馬に縛りつけて、そのまま走らせて引き裂き殺す方法もあるらしい」
黙って話を聞いていたドフィンは、さすがに混乱した様子で手を上げた。
「待て、待て待て。デニス……お前、いったい何の本を読んでるんだ?」
「ああ、『最終悪女として生き残るための百の処刑回避法』っていう小説ですよ。結構、面白かったんで。今度、買ってきましょうか?」
デニスは「これくらいやらないと、真の復讐とは言えないだろう?」とでも言いたげに、にっこりと笑った。
「……そんな本、あるのか?」
ドフィンは呆然とした声で聞き返す。
タイトルを見る限り、デニスが挙げた方法以外にも――まだまだ、ろくでもない内容が詰まっていそうだ。
デニスなら、ジャンルを選ばずに読書を楽しむ人間だ。ああいった小説を読んでいたとしても、特に不思議ではない。
「生きたまま皮を剥ぐ……?」
想像以上に残酷な方法に、エスターは思わず息を詰まらせ、驚いてしゃっくりをしてしまった。
「ひっく。」
「大丈夫か?」
隣にいたデニスが慌てて水を差し出し、エスターの背中を軽く叩いた。
しゃっくりがすぐには止まらず、エスターはデニスから受け取ったコップを両手でしっかり握り、水を一気に飲み干した。







