こんにちは、ちゃむです。
「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
60話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 大騒ぎ②
ユリアもまた、エノク皇太子と別れたあと、セリアンからエノク皇太子にまつわる話を聞いた。
「外套も、エノク皇太子が先に脱いでくれたんでしょう?近いうちに、とんでもない知らせが出そうね。あなたに気があるみたいよ」
「からかわないで……」
ユリアは照れてはいたが、本気で嫌がっている様子ではなかった。
むしろ――火に浮かび上がった紅潮に、もぞもぞと動く唇を見ていると、楽しんでいるようにも見えた。
デートの余韻を噛みしめているようにも。
『悪魔は人の顔をする』
セリアンにとって、ユリアは恐ろしい存在だった。
浄霊術のために菜食を強要し――その最中セリアンは、かつて厳しく叩き込まれた学問と訓練の記憶を思い出していた。
──それでも、彼の脳裏に今なお鮮烈に刻まれているのは、
(あの護衛騎士の男に、何度か食ってかかられたこと……)
だった。
「……お前も、エノク皇太子のこと、嫌ってるわけじゃないだろ?」
「……嫌ってる相手に、“私と替わってくれ”なんて言う馬鹿がどこにいるの。」
「それもそうだよな。はあ……誰と付き合おうがどうでもいいけどさ。エノク皇太子の“嫉妬の目つき”が鋭すぎて死ぬかと思った。この前もそうだったし、今日も……」
「え?嫉妬、されたの?」
「え?」
最初、セリアンはユリアが恥ずかしさに耐えかねて適当なことを言っているのだと思った。
だが──まるで子ウサギのように丸く見開かれた瞳に宿るのは、“全く自覚がない”というとんでもない感情で――
「……ちょっと待って。今、何を言ってるの?私とフロレンスの件より、そっちの方が大事件なんだけど。」
「飢えさせるときは、死なない程度に、耐えられるくらいまで、ってところかしら。そんな人が、急に空気を読まなくなるなんてね?」
「そ、そうじゃなくて……さっきの話、もしかして……嫉妬?」
セリアンは何も言わず、ただユリアを見つめるだけだった。
その視線には、数え切れないほどの感情――もちろん、良くないものも――が滲んでいた。
気まずくなったユリアは、軽く咳払いをした。
「ええと……それじゃなくて。殿下が私を好きなら、どうしてだろう、って考えてしまう時があるの。私じゃなくても、ほかのご令嬢たちとだって、いくらでもお会いになれる方でしょう?」
「今、私の弱音まで聞いてあげなきゃいけないの?あなたも十分、立派な人間だって励ましてあげなきゃだめ?」
「違う。もう逃げないって決めただけ。自分より立派な人だからって、諦めるつもりはないの」
「……無理よ。私も、殿下について行かないといけないし。あの子みたいに、誰かの恋路に口を挟んでる暇なんてないの。」
ユリアは、きっぱりと言い切った。
もう十分以上、巻き込まれてきた。
これ以上、傷を負う覚悟で踏み込むには──相手が悪すぎる。
『エノク皇太子は、ビエイラ侯爵家の令嬢にだけは、絶対に譲らない。どんな手を使ってでも、彼女の思い通りにはさせない。』
ユリアの脳裏に、かつて“リリカ”が悪役令嬢へと堕ちていった瞬間がよみがえる。
リリカの弱みを暴き、彼女の策略を逆手に取って打ち砕いた──
あのとき。
しかし今回は違う。
物語よりも早い段階で、リリカは再び歪んだ覚悟を抱き、断崖の縁から這い上がってきたのだ。
――最悪の相手。
また誰かの恋を踏み潰す“最低な女”にはなりたくない。
ユリアは、ぎゅっと唇を噛みしめた。
そんな最中に……セリアンまでもが、エノク皇太子が自分に好意を抱いていると言い出した。
『嫉妬……した、だなんて』
それは嬉しかった。
嫉妬は、自分にしかしないものだと思っていたから……。
ユリアは、愛らしい指先をもじもじと動かした。
嫉妬だなんて、エノク皇太子には似つかわしくない言葉だ。
『殿下も、私と同じように、誰かに奪われてしまうかもしれないって考えたこと、あるのかな?』
けれど今は、ただエノク皇太子を思い浮かべて甘い夢に浮かれているだけの時ではなかった。
「リリカ。この前の狩猟大会のとき、エノク皇太子殿下のほうへ倒れかけたじゃない?」
その瞬間、無意識のうちに手を伸ばしてリリカを受け止めたのは、本当に正しい判断だった。
「とにかく、ユネットはもちろん、今進めている医薬品事業にも全力で取り組むつもりよ。狩猟大会の時みたいなことが、二度と起こらないようにしないと。」
「……狩猟大会?」
「そういえば、セリアンから聞いてないのね。細かい話までは」
ユリアは少し視線を伏せ、あの時の出来事を静かに語り始めた。
「えっ……?あなたの妹さんが――“治癒の祝福”を覚醒したって?」
セリアンは思わず身を乗り出し、遅れて知らされたリリカの近況に目を見開いた。
「何の前触れもなく、いきなり神聖力を覚醒させるなんて……あり得ないわ。しかも、リリカはもう子どもじゃない」
彼は息を整えながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「今までは、“南部侯爵家の娘だから”という理由である程度、彼女の滞在先に配慮をしてきたけれど……」
そこで一度口をつぐみ、険しい色を宿した瞳でユリアを見た。
「――もう、“ただの気まぐれな令嬢”として放っておける段階じゃない、ということだ」
空気がひやりと冷えた気がした。
リリカという少女は、ただの少女ではなくなりつつある。
そして、それは同時に――彼女を巡る争いがこれから本格化していく、という予兆でもあった。
「本当にすごいわ。祝福の力が、一つの代に三人も現れるなんて。本来、こんなに頻繁に現れる力じゃないのに」
「プリムローズ公爵家は、本当に祝福の力が多い……」
そう言っていたセリアンは、ふと口をつぐんだ。
実力ある浄霊師である彼は、プリムローズ公爵家に降りる祝福の力が、浄霊と深く関わっていることに気づいていた。
「祝福の力」という言葉を聞いた瞬間、彼は自然な仕草でユリアの気配を探った。
――だが。
『どうして、ユリアに宿っている精霊たちの気配が、こんなにもおかしいんだ?』
本来なら、別の精霊が目覚めたのなら喜ぶべき立場のはずなのに――胸の奥に、妙な違和感が残る。
『……俺と共に働く精霊たちとは違う?古代精霊……ということか?』
疑念が一瞬、頭をかすめたが
セリアンは、すぐにその考えを振り払った。
精霊に関係がある、ということは理解している。
だが、それ以上――フリムローズ家に伝わる“祝福”の真相まで把握しているわけではなかった。
彼にとっても、まだ霧の中の話だ。
一方、リリカは――最近参加した社交サークルの集まりを思い返していた。
そこで彼女は、ほとんど当然のように「聖女様」だとか「救済の象徴」だとかそんな肩書きで呼ばれていた。
あたかも、彼女の存在そのものが――“信仰の対象”であるかのように。
やはり、狩猟大会のような大きな場で波乱が起きるだろうという予想は当たっていた。
ただ、一つだけ引っかかる点があった。
――それにしても、皇太子殿下は……。
――ビビアン皇女殿下とも、以前から親しげに見えるけれど、兄である皇太子殿下とプリムローズ令嬢が特別な関係だから、そう見えるのだろうか? もしかして。
――プリムローズ令嬢と……あ、すみません。こちらにいらっしゃるのはリリカ・プリムローズ令嬢でしたね。失礼。
本来の計画どおりなら、リリカはこの時期、独り占めするかのように注目を浴びているはずだった。
だが狩猟大会で、ユリアがエノク皇太子から手袋を受け取ってしまったことが問題だった。
――大丈夫です。
実際は、大丈夫ではなかった。
それは、ユリアと自分自身を切り分けて考えられなくなっていたからだった。
――それで今後、皇太子殿下とフリムローズ嬢の関係はどうなるんでしょう?
奇妙な儀式の縁談は流れて、結果的にお相手が皇太子殿下だったなんて……むしろ幸運でしたわよね」
妹さんなのだから、お姉さまから何か聞いていないのですか?」
当然のように問われたが――リリカは、首を横に振った。
いや、正確には“聞かなかった”だけだ。
だが彼女は、あくまでユリアの立場を守るよう静かに微笑みながら答えた。
……ふふ。そのあたりは少し複雑でして。やはり、当人の口から聞くのが一番かと」
まぁ……!やっぱりリリカ様はお優しいのね」
ご公務上の関係でしたら、いずれ正式に発表もあるでしょうしね。皇太子殿下にとっても、お姉さまにとっても、軽々しく口にして良い話題ではありませんわ
そうですわよね……こちらこそ、無神経でしたわ」
場の空気は“納得”に傾いた。
しかし――胸の奥で、鈍い痛みがじわりと広がる。
(……まただわ。私はいつも、こうして“何も知らない妹のふり”をしている)
笑顔を浮かべながら、リリカは、自分の指先が微かに震えているのをそっと膝の上で握りしめた。
それとなく、二人の関係が特別なものではない、という形で話をまとめただけだった。
確かに、あの場ではユリア・プリムローズ令嬢も相当困っておられたはずだ。ただ助けて差し上げただけ、という可能性もあるだろう。
ともあれ、リリカがそう口にしたことで、その場でその話題は終わった。
誰もが、リリカに感謝する令嬢たちばかりだったからだ。
『私は二人が特別な関係だと思っているけれど、あなたがあまり話したがっていないようだから、これ以上は踏み込まないでおく』――そんな含みを感じさせる空気でもあった。
リリカは当然、その雰囲気が気に入らなかった。
「ちっ。」
本来なら、もっと“聖女”という称号と共にもてはやされていたはずなのに。
本来なら――自分自身の話題だけで終わればよかったのに。
よりによって、あの“狩猟大会”の件までユリアの話題として抱き合わせで語られるとは。
しかも相手は、他ならぬエノク皇太子。
その人に自らハンカチを差し出した――そう思い出すだけで、胸の奥がまだひりついた。
(……ユリアが、あの伯爵令嬢じゃなかったら)
そんな“もしも”を考えたところで、意味はない。
もうすでに済んでしまったこと。取り返しはつかない。
込み上げた後悔を噛み殺し、リリカはそっと息を吐き、心を律した。
(だったら――私は、私のやり方で前に進むだけ)
もっと積極的に動いていけばいい。
そうすればきっと、道は開ける。
……そう、自分に言い聞かせる。
現時点では、ユリアが皇太子と結婚するとまで言われているわけじゃない。
ただの噂であっても、やがては自然と消えていくものだ。
(ずっと“崖っぷちの悪評令嬢”だった私が今ようやく、評価を持ち直しはじめたんだもの)
ここで立ち止まるわけにはいかない。
目の前で自分を見ている人々を――再び失望させるつもりは、なかった。
周囲の目には、一般の神官とは比べものにならないほど強大な神聖力を持っているように映っていた。
比較などできないほどに。
そして、そう考える者の中には、神殿側の人間も含まれている様子だった。
リリカが積極的に動く好機は、思っていたよりもずっと早く訪れた。
「こんにちは、プリムローズ令嬢」
リリカの前に現れたのは、神官長と呼ばれる男だった。
「人々が口を揃えて言うほどの強大な神聖力だそうですが……誰も、あのように一瞬で治すことはできなかったそうですね」
神官である彼自身も、リリカのように短時間で多くの人々を、副作用ひとつ残さず治癒することはできなかった。
その横で、神聖力を注ぎ続けて毒を吸い上げては、自分の体に流し込み、解毒した者はすぐにでも倒れ込んでしまう――
……本来なら、そうなるはずだった。
だがリリカは違った。
力を使った直後だというのに、苦痛を訴えることも、ぐったりと崩れ落ちることもなかった。
まるでそれが“当然”であるかのように。
初めて神聖力を発現したと言われている少女――
「人々は皆、まるで伝承に出てくる聖女そのものだと口を揃えていましたが……どうして、そのような“治癒”の力を手に入れられたのですか?」
リリカの力は……正確に言えば、“治癒”とは少し違っていた。
厳密に言うなら――治す力、ではない。
《……聖典には書かれていない力だわ》
だが、そのおかげで神官でも到底成し得ない領域のことまで彼女はやってのけることができた。
当然だった。
それは、神官の治癒能力とは根本から異なるものだから。
――正確に言うなら、
それは“自分の身代わりに毒を引き受ける力”。
他者の傷や穢れを、その身に映し取る力だった。
その毒を浴びた人々がその後どうなったのか、リリカは知らなかった。
皇太子側が連れてきた人間で、しかも「それで構わない」と同意していた以上、どうなろうと虫けら同然の人生であることは明らかだった。
『神官長という立場の人が警戒するのも当然だけど、それにしてもあまりにも素直に私の功績だけを称えるのは逆に不安ね』
神官長は終始、好意的な態度ではあったが……油断はできなかった。
「はい。少し性質が違います。神官としての神聖力というよりも、プリムローズ家に代々降り注ぐ『治癒の祝福』を活性化させたのではないかと思っているんです。もちろん、それもまた神がお与えになったものではありますが」
そうしてリリカは、きっぱりと話を切り上げた。
「……もしかして、神官長様は私に何か“望まれていること”があるのでしょうか?」
突然の問いかけに、神官長セブリノは一瞬だけ目を瞬かせた。
「望み、とは。急にそんなことを言われると――少々、面食らいますね」
苦笑まじりにそう返す彼に、リリカは一歩踏み込むことを選んだ。
「神官長様についての噂は以前から耳にしております。無駄を嫌い、常に“効率”を第一に考える――とても理知的なお方だと」
「……なるほど」
「ですので、遠回しな言葉は好まれないのではないかと思いまして」
リリカがそう告げた瞬間、それまで穏やかだったセブリノの声音から僅かな笑みの色が消えた。
そして表情もまた、氷のように静かなものへと変わっていく。
――ああ、きっとこちらの方がこの人の“本来の顔”なのだ。
リリカは、そんな確信めいた感覚を覚えた。
「プリムローズ令嬢。もう少し、その治癒の力を前面に出すべきではありませんか?」
神官長の内心は、そんな思惑に満ちていた。
ユネット化粧品の発売以降、影響力が落ちているイヴァンネ教だったからだ。
そのため、地方へ神官を派遣する名目で皇室から資金を引き出そうとしていたが、向こうは協議を理由に何度も先延ばしにしてきた。
おかしかった。
本来であれば、先方のほうがより切羽詰まっているはずなのに……。
『ならば、こちら側でも別の手を用意するしかない』
イヴァンネ教の影響力を高めるために、必ずしも既存の神官を動かす必要はなかった。
帝国皇室との交渉だけが、唯一の道でもなかったのだ。
セブリノ神官長は、穏やかに微笑んだまま口を開いた。
「――私は思うのです。プリムローズ嬢の“癒やし”は、これまで神官たちが扱ってきた治癒とは少し性質が違う、と」
その言葉に、リリカの鼓動が大きく跳ねた。
先ほどまで感情の読めなかった神官長の瞳に、今は柔らかな光が宿っている。
それは……称賛だろうか。
「もちろん、“聖女様”と並び称されるほどの方ですから、その力が特別なのは、ある意味当然とも言えるでしょうが」
リリカは小さく息をのみ、かろうじて返す。
「……過分な評価、恐れ入ります」
セブリノは首を横に振った。
「いいえ。あれほどの癒やしを扱えるなら――“聖女”として振る舞うにふさわしい。そして“聖女様を支える者たち”がその役割を担うのは、極めて理にかなっています」
それはつまり――リリカを“聖女”として掲げ、イバプネ教会そのものの格を引き上げる、――そんな意図。
静かにそう告げる声には、計算と期待が、確かに混ざっていた。
リリカの胸の奥で、ざわりと感情が揺れる。
(やっぱり……私を、“看板”として使うつもりなんだ)
奇妙な点はあるが……その効果は確かだ。
いや、これまで見てきた中で最も優れていると言っていい。
比較にならないほどに。
明らかに、神官たちが用いるありふれた神聖力とは異なる。
異端論争を起こすこともいとわない神殿側が、リリカを警戒する理由ももちろんあった。
だが、そうした者たちを黙らせたのが、まさにセブリノ神官長だった。
――ビビアン皇女を治癒したリリカが、イヴァンネ教の人間ではないとなれば面目は丸潰れになる?
ならばいっそ、リリカを神殿所属にしてしまえばいい。
『どう転んでも、イヴァンネ教に有利な形で使えばいい』
そもそも「治癒の祝福」がプリムローズ家門の力だと公にしてしまえば、公爵家と正面から争うことにも――その力は、ただ奇跡として讃えられるだけでは終わらない。
貴族たちの間で語られた武勇伝の数々、それに拍車をかけるように――その中には、なんとビビアン皇女まで含まれている。
(よりにもよって……“初めて癒やした相手”が、あの狩猟大会で……しかも、そこに皇族までいたなんて……!)
もはや笑うしかないほど、話が膨れ上がっている。
悪い冗談のような、騒がしく厄介な状況。
だがセブリノ神官長は――それすらも利用する価値があると見ていた。
その唇に、満足げな微笑みが浮かぶ。
「……私は未熟ゆえ、この力をどう使うべきか迷っておりましたが……こうして最初に、歩み寄ってくださるとは……本当にありがたいことです」
控えめな声音でそう告げるリリカ。
その瞬間、彼女もまた悟っていた。
――貴族を救い、――そして皇女をも救った “聖女”。
それは、ただの偶然ではなく。
この場において、彼女をより強く、より高みに押し上げる材料なのだ、と。
今後は、第二の一手が重要になる状況だった。
双方が手を取り合えば、互いに得をする。
セブリノ神官長との面会を終えたリリカは、ジャコブのもとを訪ねた。
「今日、神官長様に会ってきたの」
「えっ?どういうことですか?まさか……私たちがやったことが露見したとか?異端として追及されるんですか?それとも不安定だとか、皇族が関わっているとか……!」
「違うわ。むしろ、いい話よ」
リリカの口から神官長から聞いた提案を聞かされ、ジャコブは思わず飛び上がった。
「いったい、何を考えているんですか?前に一度――」
「……あの場で断り切る、というわけにはいかなかったのよ」
リリカは静かに答える。
「今回の“依頼主”、あまりにも身分の高い人ばかりだったでしょう?ここで拒んだら――むしろ疑いを招いてしまうわ」
「だとしても!」
苛立ちを隠さず声を荒げるジャコブ。
だがリリカは感情をぶつけることなく、逆に一歩、彼へと歩み寄った。
淡く香る甘い匂いに、ジャコブの肩がピクリと震える。
リリカはその反応を見逃さず、そっと、彼の手の甲へ自分の白い指先を重ねた。
「……“聖女”なんて呼ばれるようになったのも――全部、あなたが手を貸してくれたおかげよ」
やわらかな微笑み。
その言葉に、ジャコブは一瞬言葉を失う。
しかし次の瞬間、彼は苦い息を吐き出した。
「……でも、お前の“力”は治癒じゃないだろ。病を移すのは――あれは、連中が溜め込んでた借金まみれの“ならず者”を……」
声が低くなる。
「……囮として差し出しただけ、なんだろ?」
真の罪を償うことができず、その代わりに身体で償うことになった人々。
それに比べて、癒された人々には何の罪もなかった。
「……」
「そして、そのおかげで私は再び司教庁へ戻ることができた……」
リリカは目を細め、深く微笑んだ。
最初は拒むようなそぶりを見せていたジャコブも、この手に引きずり込まれるようになっも、もはや突き放すことはなかった。
「他の誰でもない、呪われた子と呼ばれていたお前が私を生かしたんだ」
「お嬢様……」
一部からは忌避されていたその力が、このリリカお嬢様を救ったというのだ。
「だから……あなたは私を捨てちゃだめ。ここで私を見捨てたら、私はもう堕ちる場所すらなくなる。嘘つきになってしまって……異端として刻まれ、魔女狩りに遭うかもしれない。」
(※文章はこの先へ続く流れです)
「……そんな真似を続けていたら、いずれ“誰かを犠牲にした女”って噂されるぞ」
ジャコブは吐き捨てるように言ったが――それでも最後には、視線をそらして奥歯を噛みしめた。
……正直、覚悟していた反応だ。
最初は一度きりでも、二度、三度と繰り返すとなれば話は違う。
リリカも、それを分かっていた。
(……ジャコブが断る可能性は、最初からあった)
正確に言えば――彼が拒絶したあとのことまでは、まるで考えていなかった。
(どうせ拒まれても、私がこれ以上落ちぶれる余地なんてないんだし……)
そんな自嘲すら混じる思考。
ジャコブはしばらく黙り込んでいたが、やがて、ふとリリカを見つめ――口元に、危うい笑みを浮かべた。
「……つまりさ、リリカ嬢。あんたは俺なしじゃ成り立たない、ってことだよな?」
リリカは迷いなく、柔らかく頷く。
「うん。私には――“あなたしかいない”の」
「それなら、公爵令嬢として毅然と生きてきたあなたも、結局は私が……」
最初は「お嬢様」と呼んでいたジャコブだった。
だが次第に言葉数は減り、ついには名前を呼ぶようになっていた。
リリカは、この瞬間、自分が弱者になったのだと微かに悟ったようだった。
しかし、リリカのほうが先に口を開いた。
「ねえ、これ、汚れてるわ」
「え?」
そう言いながら、リリカはジャコブの唇の端へとそっと手を伸ばした。
ためらいのないその仕草に、ジャコブは拒まなかった。
むしろ先に歩み寄られたことで、事は容易になり、受け入れるような態度を取った。
リリカは、その顔を見てくすりと笑った。
(ほんと……こういうところが扱いやすいんだよね)
幼い頃から一族の中で浮き気味で、同時にヒーロー願望のようなものも強い。
――けれど、器は決して大きくない。
ましてや、狩猟大会で“皇女を救った”なんて話が広まったあとだ。
普段は優等生ぶっていた他の一族たちを差し置いて、自分のもとへ可愛い公爵令嬢が寄り添ってくるのだから。
最初は戸惑いながらも、いつの間にか舞い上がってしまったのも無理はない。
(……でもね)
「分かるでしょ?あなたは――プリムローズ公爵も、それどころか神殿の神官ですら成し得なかったことをやったのよ」
リリカは甘く微笑んだ。
そして、そっとジャコブの唇に口づける――
「え……?」
リリカへと向けられていた欲望は、たちまち熱を帯び、彼の表情を濁らせた。
そうしていたジャコブの瞳が、次第にとろんと濁っていった。
「ふふ……ジャコブ。前に“一族らしくない”と思っていたことは撤回するわ。最後は、ちゃんとホンハの一族だったもの」
リリカは、自分がジャコブを完全に手中に収めたことを確信し、満足そうに微笑んだ。
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