憑依者の特典

憑依者の特典【121話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「憑依者の特典」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【憑依者の特典】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「憑依者の特典」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...

 




 

121話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 新たな信徒

かなり鋭い一言に、思わずびくりとした。

[“天の機密を司る監察官”が緊張しています。]

テシリドの視線はさらに強くなり、私の顔にまとわりつくように注がれた。

いつの間にか、“観察”は“探るような視線”へと変わっていた。

これまでは私の不審さをさほど気にしていないふりをしていたが――やはり、テシリドは私についての情報を、かなり熱心に集めていたらしい。

彼は穏やかな表情のまま、私の推測を口にした。

「この世界のことはよく知っているのに、実際に自分の目で見たことはない……そういうこと?」

「……」

「それに、君はヘルカイオンの攻略法も知っていた。ダンジョンの外へ飛び出すと予測していたのに、いざ現場に着いたら動揺していたよね」

「私、そんなことした?」

「ああ。君が悲鳴を上げるのを、初めて聞いた」

よく覚えていないけれど、確かにそうだったのかもしれない。

未来の“私”がやらかしたことまでは分からないし。

適当にごまかそうとしたところで、テシリドは再び話を戻した。

「つまり、そういうことだ……」

「……」

「つまり、君が持っている情報は視覚的なものではない、ということか」

穏やかな声とは裏腹に、その視線は鋭い。

私の反応を一つも見逃すまいとする目だった。

視線だけで行われる“尋問”に等しい。じわりと危機感がこみ上げてくる。

〈うわ、この人……〉

アグネスが何か言おうとした瞬間、私はぐっと彼女の口を押さえた。

そして、にっこりと笑って提案する。

「真相探しは、また今度ゆっくり時間を取ってやりましょう?」

「……そうだな」

テシリドはあっさりと追及をやめた。

商業区を抜けて居住区に入ると、道はぐっと静かになった。

まだ就寝には少し早い時間で、家々の窓には明かりが灯っている。

アグネスが言った。

〈静かで綺麗で、住みやすそうな街だね〉

「そうですね。普段は治安も良さそうですし」

とりあえず相槌を打ってから、ぼそりと付け加える。

「今日は別ですが」

私とテシリドは視線だけで合図し、同時に背後へと意識を向けた。

先に口を開いたのはテシリドだった。

「尾行がついているな。かなり訓練された暗殺者のようだが、目的は不明だ」

――この世界は自分の死を望んでいる。

そんな、17周目らしい発想がよぎった。

私は楽観的な意見を口にした。

「決めつけないで。私に惚れた狂信者って可能性もあるでしょ」

「そっちのほうが厄介だな。……まあ、もうすぐ目的地だ。中に入って捕まえるか」

「そうね。先に仕掛けて押さえましょう」

塀を回り込むと、大きなタウンハウスの門が見えた。

鍵のかかった扉を開けて中へ入ると、私とテシリドは目配せを交わす。

そして素早く左右に分かれ、死角へと身を潜めた。

さて、無謀な暗殺者は――私とテシリド、どちらを狙ってくるのか。

〈テシリドのほうへ行った〉

ドンッ!

静かな夜を破る衝撃音が響いた。

私はすぐさま音のした方へ駆け出した。

裏手の、小さな庭のように整えられた場所で――アヒルの刺繍が入った聖剣と短剣が、激しくぶつかり合っていた。

テシリドと対峙しているのは、ゆったりとしたローブを翻す男だった。

身なりは上等で、いかにも暗殺者らしく、武器は二振りの短剣。

私は目を細めた。

テシリドの斬撃を、二本の短剣で受け流しながら後退する足運び――どこか見覚えがある。

〈あいつ……〉

すぐには飛び出さず、ひとまず様子を見ることにした。

テシリドが突き出した聖剣の軌道が、短剣によってねじ曲げられる。

金属同士が擦れ合う耳障りな音が長く響き、やがてテシリドが暗殺者を、縦一閃に斬り下ろした。

だが暗殺者は、二本の短剣を交差させてそれを受け止める。

しばしの間、力と力がぶつかり合う膠着状態が続いた。

「……」

「……」

まるで合図でもあったかのように、二人は同時に間合いを切って距離を取った。

次の一撃に備え、先に踏み込んだのはテシリドだった。

一気に間合いを詰め、剣を大きく振り上げる。

その瞬間――暗殺者が、これまでにない俊敏さで動いた。

残像を残すほどの速さで踏み込み、振り下ろされる一撃を回避しつつ、位置をずらす。

だが、その一瞬の隙を突かれ、テシリドの背後を取られた。

二本の短剣が、背中へと深々と突き立てられようとした、その刹那――テシリドは、召喚剣をまるで自分の体の一部のように扱い、対処した。

彼は聖剣を左手へと逆手に持ち替え、呼び出した。

そして振り返りもせず、そのまま背後の暗殺者へ突きを放つ。

「……っ!」

衣服が裂かれかける寸前で、暗殺者は間一髪それをかわし、距離を取った。

すると何かを察したのか、暗殺者もまた短剣を逆手に構え直す。

裏手の空気に、じわじわと殺気が満ちていった。

――私は前へ出る。

「二人とも、そこまで」

「……っ!」

「……っ!」

張り詰めた空気を裂くように、あふれ出していた殺気が一瞬で消えた。

テシリドは当然として、暗殺者のほうも私の言葉に従う様子を見せた。

つまり、その正体は。

「アッシュ」

「おや、姉さん。覚えていてくれて嬉しいです」

気だるげな独特の声で、楽しそうに返してくる。

太ももの両側に装着したホルスターへ短剣を収めると、男はフードを外した。

現れたのは、赤みがかった髪をした少年。

どこか粗野で、癖のある顔立ちだ。

アッシュ・ナイト。

スライム養殖場ダンジョンで出会った、“バットヘッド(盗賊団)”所属の暗殺者だった。

「知り合い?」

テシリドが目を細める。

アッシュは軽く肩をすくめ、あっさりと答えた。

「姉さんは、俺の命の恩人なんですよ。S級ダンジョンで死にかけたところを助けてもらって」

「……人助けが趣味だったのか」

テシリドの呟きは聞こえないふりをして、私はアッシュのほうへ向き直った。

「どうして後ろを取ったの?」

「嬉しくて、つい癖で」

「くだらないこと言わないで」

「本当ですよ。特にやることもなくて」

「やることがない?仕事を失ったの?」

改めて見ると、身なりはぼろぼろで、すっかり場末のチンピラのようだ。

なんとなく嫌な臭いがして、私は思わず顔を背けた。

「それがですね、姉さん……っ、うっ」

事情を話そうとした途端、エシは苦しそうに体を折った。

私は倒れないようにローブの裾を掴み、心配して声をかける。

「アッシュ、どうしたの? どこか怪我でも?」

ぐったりしていた彼は、顔を上げて弱々しく笑った。

「お腹が空いて力が出なくて……。二日も何も食べてないんです……」

「……」

ため息が聞こえた。私ではなく、テシリドのほうからだ。

「好きにすればいい」

 



 

二日間も何も食べていないというのは本当らしく、アッシュは出された食べ物を夢中でかき込んだ。

師匠の直弟子で、腕も立つ暗殺者が食い詰めているとは――なかなか厳しい状況だ。

別に世界が急に平和になって、暗殺の需要が消えたわけでもないのに。

彼が食い詰めている理由は、こういうことだった。

「……つまり、今ラグネイフ魔導共和国では、魔導師が暗殺され、その黒幕として“バットヘッド”ギルドが名指しされた。結果、所属する暗殺者全員に討伐命令が下っている、というわけか?」

「はい、姉さん。理不尽すぎて泣きそうです」

原作でも語られていた話だ。

ただ、アッシュがしばらく身を潜めていた場所が、ヒスペル公国だったとは知らなかった。

「それで、なんでわざわざ公国に?」

「“バットヘッド”と姉妹関係にある、暗殺者ギルドの本部がペロンサにあるんです。しばらく匿ってもらうか、最悪でも日雇い仕事をもらえないかと思って来たんですが……門前払いでした」

「……なるほど。公国の顔色をうかがったってことね」

「ええ……」

情けなさそうに肩を落としたまま、アッシュは続けた。

「路銀も尽きてしまって、ペロンサで野宿していたんです。俺、暗殺はやりますけど、詐欺とか強盗、窃盗みたいなのはやらない主義なんで」

「なるほど。バットヘッド一軍の暗殺者が、雑な真似はできないわけね」

「さすが姉さん、分かってますね。俺、こう見えても品のある暗殺者なんです」

「それで?」

「で、ペロンサに来て一週間くらい経った頃、今日広場で聖騎士団のパレードがあるって噂を聞いて。暇つぶしに見に行ったんですよ。そしたらびっくりですよ。聖剣が乗ってる馬車に、見覚えのある顔がいるじゃないですか。それも――」

少し期待をにじませた声で続ける。

「半年前、崩壊寸前のダンジョンで、強烈な思い出をくれた“姉さん”が……」

「は?」

「あのとき俺、犬みたいに首輪をがっちりはめられて、挙げ句に尻尾まで振らされて……それで、姉さんに甘えようと思って……」

「ちょっと、誤解を招く言い方やめて」

アッシュの口にバゲットを突っ込み、私はテシリドのほうを振り返った。

彼は、どこか表情が抜け落ちたような顔をしている。

「暴れないように縄で縛っておいただけよ」

「……そうか」

話題を強引に元へ戻す。

「アッシュ、公爵邸の前で待ってて、私が出てくるのを見て後ろを取ったの?」

「はい」

「公爵邸からここまで、ずっとつけてきたの?」

「はい……」

アッシュはバゲットをもぐもぐしながら、素直に頷いた。

「なかなかやるじゃない」

心からの感嘆だった。

変化魔法を使っていたときでさえ気づけなかった。

そこは無数の気配が入り混じる場所だったとはいえ、上位ランクの“オーラエキスパート”である二人の感覚をも欺いたのだ。

〈私も違和感はあったけど、確信までは持てなかった〉

オーラマスターでさえ、だ。

アッシュは口元を引きつらせて笑った。

耳にタコができるほど聞いた褒め言葉なのか、あまり嬉しそうではない。

食事を終えたアッシュが、私に声をかける。

「姉さん」

「なに?」

「殺したい相手、いません?」

「暗殺の依頼を受けろって?」

「ええ。浮気した元彼とか、元彼を寝取った女とか。まとめて片付けますよ、格安で」

「やると思う?」

「いいえ」

あっさり断られたアッシュは、すぐに話題を切り替えた。

「じゃあ、俺を傭兵として雇ってくださいよ。姉さんもダンジョンに潜るんでしょう?」

 



 

ちょうど今、騎士団の人員を募集しているところではあった。

私はあえて興味なさそうに、そっけなく問い返す。

「暗殺者を何に使うの?」

「潜入や隠密行動って、すごく役に立つんですよ。敵地に入り込んで情報を抜くときとか」

「ふーん。それだけ?」

「いやいや、俺は結構ハイスペックなんで、戦闘でも役に立ちますよ。バットヘッドで鍛えられてますから。それに、亡くなった父が狩人だったので……生まれつきなんです」

「まだちょっと微妙ね」

「……ここまでは言うつもりなかったんですけど、仕方ないですね。借金のせいで裏通りで食いつなぎながら、バットヘッドに入る前までは詐欺や賭博、スリなんかも全部やってました。十二歳の時には、もうその界隈で一番のエースでしたよ」

「暗殺者の品格はどこにいった?」

「暗殺者として就職するわけじゃないなら、少しくらい忘れてもいいんじゃないですか」

他の何より、その柔軟な思考が気に入った。

「確かに、それは競争力のある能力だな」

「……ああ」

〈アイレット〉

低く抑えた声が、左右から私を呼んだ。

その瞬間、アッシュの視線がテシリドへ向けられた。

「そういえば、パレードのときにその兄貴の顔も見ましたよ。あなたの隣にぴったり張り付いてましたよね」

「……」

聖騎士と暗殺者は、そう簡単に打ち解けられる関係ではない。

しかも前の回帰では、アッシュは暗殺依頼を受けてテシリドの命を狙ったことすらある。

そんな事情もあってか、テシリドはアッシュと会話する気はあまりなさそうだったが……。

「聖剣の主、テシリド・アージェント……です」

七つの徳目だの何だの、敬語まで交えながら妙に丁寧な自己紹介を始めた。

「はじめまして、テシリド兄さん。アッシュ・ナイトです。これからよろしくお願いします……」

「採用結果は明日知らせる」

「不合格ですか?」

「副団長とも相談しないといけないから」

「副団長って、テシリド兄さんのことですか?」

「ええ」

「ふーん……」

アッシュはテシリドの様子をうかがいながら、自分の合格の可能性を測っているようだった。

おそらく高くはない、と本人も分かっているのだろう。

私は懐から10ゴールドの硬貨を一枚取り出し、親指で弾いて投げた。

アッシュは手のひらで受け止めるようにして、それを受け取った。

「飯でも食べてきなさい」

面接代わりだ。

「返しますね」

「いい。それよりこっちは用がある。もう行って」

「はい」

アッシュはぐずることなく背を向け、タウンハウスを後にした。

その気配が完全に遠ざかったのを何度も確かめてから、私はテシリドの腕を肘で軽く小突いた。

「じゃあ、こっちもやることやろう」

「そうだな」

私とテシリドはタウンハウスの中には入らず、裏手の奥まった場所へと向かった。

夜で暗いため、街灯に照らされながら歩く。

蔓薔薇でできたトンネルを抜けていくとき、アグネスが尋ねてきた。

〈でも、教会の建設は全部おじいさんに任せたんじゃなかったの?わざわざ土地を見に来る必要ある?〉

「できるだけ既存の建物を活かして、工期を短くするつもりなんだ」

リモデル程度で。

「何を残して何を壊すか、私が一度確認しておかないと」

〈なるほど〉

「……っていうのは建前で、本当は別に重要な目的があるんです!」

〈あっ〉

アグネスをからかって笑っていると、横からくすっと笑う声が聞こえた。

振り向くと、テシリドが片手で口元を押さえながら、笑いをこらえていた。

〈で、本当の目的は?〉

「ダンジョンです」

〈ダンジョン?〉

「ええ。この辺りから繋がっているダンジョンがあるんですよ」

〈えっ?じゃあ、このタウンハウスを買ったのも、まさか……?〉

「その通りです。自分名義の土地にダンジョンをこっそり隠して、産出物を独占するつもりなんです」

〈うわ、本気だ……〉

[『世界を構築する精霊』が、あなたの才覚に拍手しています。]

「本当に頭いいですね?」

〈ああ、私の弟子だからな〉

薔薇のトンネルを抜けると、目の前に立派な大理石の噴水が現れた。

彫像は、美しい乙女が腕に抱えた壺を傾ける姿をしている。

水が流れれば、その壺から溢れ出す仕組みなのだろうと容易に想像できた。

「ダンジョンの入口は、あの壺の中です」

〈壺の位置が高くて、目につきにくいんだな〉

私とテシリドはためらいなく噴水の中へ足を踏み入れた。

そして順番に、一人ずつ壺へ向かって飛び込む。

すうっと。

引き込まれるような感覚とともに、視界がぐにゃりと歪んだ。

[〈システム〉難易度S級ダンジョン『大洪水の海』に入場しました]

ゴォォォォ……ドンッ。

水が落ちてくる空の下、見渡す限りの海原が広がっていた。

足元は波に揺られている。

今の私とテシリドは、砕けた木の板をいかだ代わりにして、なんとか浮かんでいる状態だった。

周囲には大小さまざまな壊れた船と、その残骸がぷかぷかと浮かんでいる。ここは沈没船の墓場のようだ。

インベントリからローブを二着取り出す。

ひとつはテシリドに渡し、もうひとつは自分で羽織った。

「さて、どの船にする?」

私は周囲をじっくり見回した。

視界に入る船は、粗末な筏やバラバラの小舟、海賊船、幽霊船など、実にさまざまだ。

中には、この海にまったく似つかわしくない形のものまである。

観察に集中していると、テシリドがぽつりと尋ねてきた。

「目星はついてるの?」

「ねえ、回帰者さん。仲間同士で物騒な言い方はやめましょうよ」

「物騒だなんて。」

「答えを知ってて聞くから、そういう言い方になるんだよ。」

テシリドは叱られた子どものように、わずかに気まずそうな顔で視線を逸らした。

そして小さく舌打ちする。

「……俺が何を知ってて、何を知らないかまで、君は把握してるのかよ。」

そんなことを言いながらも、相変わらずこちらの情報を探ろうとしてくる。

私は木の板で作った即席の櫂を使い、筏をゆっくりと進めた。

空では雷鳴と稲妻が荒々しく暴れているのに対して、雨はまだ降っておらず、風も穏やかだ。

そのおかげで海は比較的静かで、筏も素直に進んでくれる。

やがて、たどり着いたのは三日月のように湾曲した岩礁のそばだった。

私とテシリドは、その内側へと乗り入れていく。

〈ふうん、二人でボート遊びでもするつもり?ずいぶんロマンチックだね。〉

「違いますよ。転覆しない筏を作っただけです。」

〈ああ、ウンディシエルを倒したときに使った、あの即席の船みたいなものか。〉

「ええ。」

私はキャンプでもするように、筏の上に簡易の居場所を整えた。

中央に柱を立てて雨を防ぐ布を張り、内側には夜光石をいくつも吊るして明かりを確保する。

思った以上に、落ち着ける空間になった。

「テシリド、できた。中に――」

その瞬間だった。

――ドボンッ!

鈍い音とともに、何か重いものが空から落ちてきて、筏のすぐ脇の海面に沈んだ。

私は驚いて、思わず天幕の外へ顔を突き出した。

「何が落ちたの?」

「……人だな。」

即答だった。

次の瞬間には、テシリドが素早く上着に手をかけて脱ぎ始めている。

「ちょっ――!」

――だが、その声よりも早く。

【『魂を裁く天秤』が、あなたの口を塞ぎ、視界を遮断します。】

反射的に自分の状態を確認する。

シンクロ率、100%。

(いや、今それどころじゃないだろ……!)

一瞬でどうでもいい思考を振り払い、視界が戻るのを待つ。

その間に、テシリドはすでに制服の上着とシャツを脱ぎ捨て、しなやかな動きで水面へと飛び込んでいた。

【『魂を裁く天秤』は、サービスシーンを見逃したことを残念に思っています。】

【『世界を構築する恩寵』は、節度を守るよう勧めています。】

やがて――水面が揺れた。

しばらくしてテシリドが引き上げてきたのは……。

「ぷはっ……!兄貴、助かりました……!」

「……アッシュ?」

振り向けば、当のアッシュが、全身ずぶ濡れのまま筏の上に這い上がっていた。

海水を飲んだのか、しばらく咳き込みながら水を吐き出す。

「おいアッシュ、あなた……まさかまた私たちの後をつけてたの?」

「ち、違います!断じて違います!」

「じゃあ、なんで海から降ってくるんだよ……」

「水路の近くを歩いてたら、いきなりダンジョンシンクに巻き込まれまして……。しかも中でまたお二人と再会ですよ。これはもう、運命ってやつじゃないですか。」

「はあ……」

ため息が漏れる。

確かに、ダンジョンシンクが近場で発生しないなんて決まりはない。

水路とこの場所が繋がっている可能性だってある。

そもそも――水系のダンジョンは流動性が高い。何が起きても不思議じゃない。

だが。

(最悪ね……)

本来は“独占”するつもりだったダンジョンに、第三者が割り込んできた形だ。

かといって、適当な理由をつけて追い出すのも難しい。

資源不足を装うにしても、出口ゲートへ誘導するのも現実的じゃない。

この“海のようなフィールド”は広すぎる上に、移動手段が限られている。

船が必要で、機動力も低い。

おまけに――

(ゲートが水中にあったら、詰むな……)

探索難易度は、思っていた以上に高い。

高確率で、ボス戦までこいつと行動を共にすることになるだろう。

そしてその過程で、この海域に棲む“人魚”の存在も、いずれは露見するに違いない。

私は目を細め、アッシュをじっと見据えた。

「かといって、口封じに始末するわけにもいかないしね。」

「はは、冗談きついですね。」

「冗談に聞こえる?」

「……いえ。」

即答したところまでは良かった。

だが続けて、余計な一言を付け加えてくる。

「やっぱり、スライムダンジョンから続くご縁ってやつですね。」

「何の話よ。」

「どう転んでも、俺は姉さんの最初の生贄になる運命だったってことですよ。」

「……ああ、なるほど。」

「はい。人を一度も殺したことのないあなたが、俺のせいで初めて手を汚すって思うと……なんだか、くすぐったい気分になりますね。」

「……」

「……姉さん?」

返答がない。

その沈黙に、アッシュとテシリド、二人の視線が同時にこちらへ突き刺さる。

(長引かせるのは、よくないな)

「テリー。こいつ……やっぱり、こっち側に入れた方がいいと思う。」

ちょうど、戦力を増やすかどうか悩んでいたところだ。

ならいっそ、味方に引き込んでしまった方が、秘密の管理という意味でも都合がいい。

「……」

テシリドは黙り込んだ。

(ああ、気に入らないのか)

だが、すぐに感情を押し殺すように、短く息を吐いて――

「……合理的に考えれば、反対だ。」

静かに、しかしはっきりと否定した。

「神聖教の騎士団だぞ。傭兵が気軽に出入りできる場所じゃない。しかも――信仰心の欠片もない暗殺者だ。」

「今日から悔い改めて、神の迷える子羊になりますよ。ねえsン、先輩。」

ピロン。

【システム:不信者を改心させ、信徒に加えました。】

【システム:『世界を構築する恩寵』の神性増加により、『偏愛』『従属』の効果が小幅上昇します。】

「……だとさ。」

「その言葉、信じるのか?」

「うん。」

「……」

沈黙。

「システムが証明してる。」

テシリドは大きく息を吐き、肩をすくめた。

「わかった。あなたがそう言うならな」

「ありがとうございます、姉さん!」

こうして、アッシュは私の騎士団に加わることになった。

 



 

 

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