こんにちは、ちゃむです。
「憑依者の特典」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
127話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 鏡の公女
リードは極めて丁重な見送りを受けながら退場した。
再びダンジョン内にて、完全な支配者として君臨することになったアナシア。
彼女は高い壇上に立ち、傲然とした眼差しで人間たちを見下ろす。
「我が名はアナシア・フェルムステイン公爵。人間の騎士たちよ、その愚かな力で私に抗えると思うのか?」
彼女が威圧を解き放つと、剣を握る騎士たちの手が震えた。
震える剣先が、彼らの内心を如実に物語っていた。
アナシアはそんな彼らを見据え、冷ややかに言い放つ。
「命だけは助けてあげる。だから王子と王女だけを残して、他は人間界へ戻って伝えなさい。アナシア・フェルムステインが公爵位継承を記念して、王子と王女を誘拐した、と。取り返したければ、勇者を山ほど送り込めばいい。」
人間たちは動揺しながらも、やがて決断を下した。
王子と騎士、王女と侍女が、それぞれ別れの挨拶を交わす。
「急げ。私の危険性を王国に伝えろ。」
「はっ、王子殿下。必ずや救出に参ります。」
王子は毅然と振る舞っていたが、その実、焦燥を隠しきれていなかった。
騎士たちも忠義を装いながら、内心では一刻も早くこのダンジョンから脱出したいという本音が滲んでいた。
それに対して、王女と侍女たちの側は、どこか結束が強く見えた。
「セレスティド王女殿下、私たちも共に残ります。」
「いけません。今は退くべき時です。あなたが皆を率いて脱出しなさい、ビアンカ。」
「……御命令とあらば。」
その時だった。
今しがた答えた侍女に、アナシアの視線が向く。
蒼みがかった長い黒髪に、魔族のように美しい深紅の瞳を持つ貴族令嬢。
その姿を捉えた瞬間、アナシアの瞳孔が細く裂けた。
「……待ちなさい、あなた。」
「……」
ビアンカは答えず、ただ静かに視線を返す。
その凛とした佇まいが、アナシアの心を強く揺さぶった。
「名前は?」
「ビアンカ・ギルレードです。」
「そう、ビアンカ。気に入ったわ。」
次の瞬間、アナシアの隣にあった全身鏡が揺らぎ、その中から伸びた四本の鎖がビアンカの手首と足首を絡め取った。
まるで他の魔族の奴隷のように拘束された彼女は、そのまま引きずられるようにアナシアの足元へと連れてこられる。
「くっ……」
アナシアはビアンカの顎に指をかけ、無理やり顔を上げさせた。
「まるで、かつてのサキュバスの女王を見ているみたい。あなたは気に入ったわ。――いい提案をしてあげる。私の侍女になりなさい。」
「……」
「あなたをサキュバスにしてあげる。永遠に私のそばで仕える栄誉を与えるの。どう?嬉しいでしょう?」
「お断りします。」
「……そう。」
鎖が軋む音を立て、ビアンカの身体をそのまま鏡の中へと引きずり込んだ。
彼女は鏡の内側にある椅子へ無理やり座らされる。
内側から鏡を叩き、何かを訴えるように口を動かしているが、その声は外には届かない。
「そこで一週間ほど過ごせば、考えも変わるでしょう。水一杯とパン一切れで魂を差し出すようになる自分を想像してみなさい……ふふ。」
アナシアは恍惚とした表情で、鏡に閉じ込められたビアンカを眺めた。
「飾りとしても悪くないわ。――あなたたち、それを見えるところに掛けておきなさい。」
「だから、アナシアは先に始末しておきたかったのだが……」
千年氷城で出会った“鏡の公女”アナシア。
当時でもS級だった彼女が、今やSS級に到達し、リードの寵愛を受けて好き放題に振る舞っている状況だ。
思わずため息が漏れた。
「いかがされましたか?」
「いや……何でもない。続けてくれ、クロビス卿。」
現在、私は聖皇庁に帰還し、緊急会議に出席している最中だった。
ロミナ・レカンドロ侯爵はヒスペリア王国を訪れる前に、エルペナイム教国へ立ち寄ったらしい。
クロビスが私のために王国の状況を整理して報告する。
「……現在、ウィンチェスター王室は完全に混乱状態にあります。問題は、別荘へ向かった……あまり好ましくない人物です。リガレス王子です。陛下もご存じかとは思いますが、彼は我々エルペナイム教国に対して極めて敵対的な人物として知られております。」
分かっている。
重度のブラザーコンプレックスを持つ第三王子リガレスは、教団を自らの“敵”である第二王子の派閥と見なしている。
もし彼が即位すれば、王国と教国の関係に激しい波紋が広がることは間違いなかった。
ゆえにエルペナイム教国は、第三王子の王位継承を決して望んでいない。
今回の討伐にも当然、協力するつもりだ。
「生還した護衛騎士たちの証言によれば、今回のダンジョンシンクは偶発的な事故ではなかったとのことです。アナシアというボスは、自身の公爵位継承を誇示する目的で両王族を誘拐し、救出のために勇者を送り込むよう挑発してきました。まったく理解しがたい行動です……。一体どうやって、あのタイミングでダンジョンシンクを引き起こしたのか……」
もちろん、それは混沌の悪となったリードの権能だ。
「当初は、ウィンチェスター側で自力解決するつもりだったようです。ロミナ・レカンドロ侯爵が大軍を率いてダンジョンに突入しましたが……残念ながら、アナシアの顔すら拝めず撤退したとのことです。」
「そうでしょうね。」
アナシアのSS級ダンジョン――『勇者たちの屍が眠る童話の地』は、あまりにも広大だった。
朽ちた共同墓地、怪樹の森、茨の灌木林、そして迷路庭園。
それらを踏破してようやく“鏡の城”へ辿り着くことができる。
私は言葉を継いだ。
「城までは辿り着けなかったはず。だが、茨の灌木林あたりまでは進んでいるだろう。そこまでの経路なら、痕跡は問題なく追える。」
会議に出席していたデカル・チュギ卿が、片眼鏡を押し上げながら感嘆の声を漏らした。
「陛下は、何でもお見通しでいらっしゃいますな。」
「神聖卿だからこそ、ということにしておいてください。」
「すでに理解しております。」
「ええ、ありがとうございます。」
王国軍の討伐隊は、鏡の城を取り囲む茨の灌木林の手前で撤退を決断した。
もっとも、“森”とは名ばかりで、実際は生きて蠢く結界のようなものだった。
しかも近距離戦を得意とする者にとっては、踏み込むことすら容易ではない。
それでも“オーラマスター”たるレカンドロ侯爵がいる以上、覚悟さえあれば突破自体は可能だったはずだ。
だが当時の第一次討伐隊は戦力の消耗が激しく、さらにボスへ到達するまでにどれほどの関門が残されているかも不明だった。
ここに、ロミナ・レカンドロが慎重な指揮官であるという事実がはっきりと表れている。
無謀に強行突破するよりも、いったん退いて万全の準備を整える道を選んだというわけだ。
「鏡の城に入る前に戦力を補強したかったのでしょう。結界を突破できる火力を、各国に要請したはずです。」
要請内容もおおよそ見当がつく。枯れ木には火を放つのが一番手っ取り早い。
「陛下のおっしゃる通りです。」
聖火(せいか)を扱える司教級の能力者、そして第六サークルの火術師(パイロマンサー)が必要になるだろう。
ヒーラーはビルヘロン教区に任せればいい。
基礎的な説明は終わった。
あとは追加卿議会がどう判断するかを聞く番だ。
デカル・チュギ卿が口を開いた。
「我々は、神聖卿である陛下に今回の討伐戦へぜひご参加いただきたいと考えております。理由は大きく三つございます。」
「二つではなく、三つですか?」
「そうおっしゃるということは、二つの理由についてはご納得いただけている、ということですね。」
話を早く進めるため、先にこちらから口を開いた。
「一つ目は、第三王子の王位継承が教国にとって不利であること。二つ目は、王国側が莫大な報酬を提示している点――このあたりでしょう。」
「さすがでいらっしゃいます。ですが、本当に“三つ目の理由”はお分かりになりませんか?これが最も重要なのですが。」
「さて……何でしょうか。」
「よくお考えください。」
「うーん……」
「考えていただかねばなりません。」
デカル・チュギ卿とベザリウス卿の視線が、じわりとこちらへ迫る。
――これは間違いなく、試されているな。
『均衡を司る独占者』が異端をあぶり出すための、秩序教の常識テスト……そんなところだろう。
そう思うと、少しだけ緊張が走る。無意識に唾を飲み込んだ。
〈どうせまたぶつかる相手だ。しかも今回は魔導公国側も、ヘルカイオンの時とは違って“切り札”を出してくるはずだ。秩序教団に後れを取る気はない、という意思表示だろう〉
――なるほど。
「競争意識、ということですか。」
内心で導き出した答えに、私は軽く微笑んだ。
「それで言うと、魔導公国からは“キメラ研究家”が派遣される予定でしょうか?」
「ええ、その通りです!やはり神聖卿殿もご存じでしたか!」
「まあ……そういうことですね。」
「頼もしい限りです、殿下!」
キメラ研究家、モリフィス・マルセリオン。
8サークルの大魔導士であり、現在大陸に五人しかいない最強格の一人。
その名が出た瞬間、ベザリウスとデカルの表情が露骨に高揚した。
「例の狂気の魔導士か……これまで我が教国をどれほど軽んじてきたことか。この機に、その鼻っ柱をへし折ってやらねばなりませんな」
「これは単なる討伐ではありません。聖戦だとお考えください。神聖卿殿には、ぜひ魔導公国より先にボスを討っていただきたい。ヘルカイオンの時のように」
「あ、ええ……」
――ずいぶんと真剣な激励だな。
二人の枢機卿から、ここまで露骨な期待を向けられるとは思わなかった。
神聖力の衰退が続くエルフェイム教国は、長らく慢性的な人材不足に悩まされてきたのだ。
つい数か月前までは、オリエンエクスペルト最上位にかろうじて食い込んでいたイルレオン・オドレイが、教国最強と呼ばれていただろうか。
その彼ですら、すでに命を落としている。
そんな中で神聖卿である私が現れたのだから、教団としては、これまで軽んじられてきた鬱憤を晴らしたい思いが強いのだろう。
興奮を落ち着かせたデカルが、軽く咳払いをしてから口を開いた。
「ともあれ、神聖卿殿にはぜひ参戦していただきたいのです。そうでなければ、こちらの戦力が見合いません。各国も精鋭を送り込んでくるでしょうから」
ベザリウスも頷く。
「その通りです。王国からはレカンドロ侯爵、魔導公国からは狂気の魔導士、帝国からはヒスフェルン公爵が出てくるはず。我々もそれに見合う戦力を用意せねばなりません」
――ここで、言うべきことがあるな。
「あ、そういえば話の流れで申し上げますが、公国についてお伝えしたいことがあります」
「何でしょうか、殿下?」
「ヒスフェルン公爵は、今回は参戦されない予定です」
「え?公国が王国の要請を拒否した、ということですか?」
外交問題に発展しかねないと感じたのか、二人の枢機卿の表情が強張った。
私はすぐに誤解を解いた。
「いえいえ。公国の王と同格の立場ですから、直接動かれるのは適切ではないとの判断でしょう。その代わりに、代理を立てることになったようです」
「なるほど……それなら戦力的には見劣りしますな」
「いえ、その代理ですが――」
一拍置いて、私は続けた。
「その“少女”が来ます」
「え?」
「ええ?」
会議室の空気が一瞬で固まった。
皆、ぽかんとした表情でこちらを見ている。
『世界を揺るがすような存在が、どこで戦うというのだ』とでも言いたげに、思わず吹き出しそうな空気だった。
「そ、その……殿下、いったい何を……?」
「ヒスフェルン公爵の……え?」
わざわざ私が長々と説明する必要はなさそうだった。
私は背後に控えていた、精悍な顔立ちの短髪の聖騎士へと視線を送る。
――頼む、レックス卿。
「神聖卿殿のお言葉は事実でございます」
冗談の気配など微塵もない、静かな断言。
やはり、彼はこういう場で頼りになる。
「殿下がヒスフェルン公爵の“ご令嬢”と面識を持たれているのは事実です。さらに――随行していたエルテア公女とも関係があったはず」
「な、なんと……!」
ざわめきが一気に広がる。
「驚くべきはそれだけではありません。テシリド卿は、公爵の孫娘とも――」
「そこまででいい、レックス卿」
私はすぐに制した。
「……詳細については、後日あらためて報告させよう」
『魂を裁く天秤』の件については、後ほど報告書を提出する。
私は一つ息をついて、話をまとめた。
「そういう事情ですので、私は教国と公国の両方を代表して参加します。この点はご理解いただきたい」
――拒むなら、公国側として単独で出るだけだ。
暗にそう含ませた言い方だった。
私の性格をよく知るデカルとベザリウスは、無理に引き止めることなく静かに頷いた。
その後、枢機卿たちとの緊急会議はさらに一時間ほど続き、最終的に解散となった。
むしろ討伐そのものよりも、遠征準備や装備の調整についての話し合いのほうが長かった気がする。
明日には出発。
――次は、自分の騎士団との打ち合わせだ。
私の応接室には、テシリドとアッシュだけでなく、今回新たに騎士団へ編入されたイフェイルとヘスティオも待機していた。
どうやらテシリドが事前に呼び集めておいたらしい。
〈副団長ならこのくらい当然だな〉
人懐っこい暗殺者のアッシュは、すでに自己紹介を終えて場の空気を和ませている。
イフェイルも、あの男をずいぶん気に入っている様子だった。
四人は私に気づくと、それぞれのやり方で挨拶してきた。
「よう、アイレット団長」
「会議は終わったのか?お疲れさま、団長」
「お帰りなさいませ、姉さん」
「こちらへどうぞ」
テシリドが椅子を引いてくれる。
私はそれに腰を下ろした。
こうして、私を含めた五人が応接室のテーブルを囲んだ。
席に着いた。
「ふむ」
私は手を組み、四人を順に見渡した。
「我が騎士団、初めての会議だ。記念すべき日だな。――だがその前に、ヘスティオとイフェイルに伝えておくことがある」
「何だ?」
「何ですか?」
まだ事情を知らない二人へ、私はあえて間を置いてから告げた。
「私は――ヒスフェルン公爵の孫娘よ。質問は?」
「…………」
「…………」
言葉は出ない。
イフェイルとヘスティオは、声の代わりにその顔で衝撃を表していた。
その間、テシリドはお茶をずずっと飲み干し、アッシュは三度手を叩いて親指を立てた。
「さすがは姉さん。お見事です」
先に我に返ったのはヘスティオだった。
「本当か?冗談じゃないよな?」
「私がそんなことで冗談を言うと思う?」
「それもそうか」
「だろう?」
「はあ……聖女で、公王の孫娘で……属性多すぎだろ。玉ねぎじゃないんだから、剥いても剥いても出てくるな」
「もうこれ以上はないから安心して」
イフェイルはぽかんとした顔のままだった。
さすがに衝撃が強すぎたらしい。
「俺さ、昔から夢があってさ。金持ちの貴族のお嬢様と結婚して一発逆転するっていう……」
「テリー、その口閉じて」
「や、冗談だって……!ぐえっ!」
「じゃあ質問はないってことで、会議を始めるわね」
現状の説明、教団の決定事項、そして出発日程について、順を追って説明していった。
「……というわけで、明日すぐにSS級ダンジョンへ突入する。王国の時間に合わせるため、夜明け前に出発するから、今日は早めに休みなさい」
イフェイルがすっと手を挙げた。
「質問があります、団長」
「はい、イフェイル。発言を許可します」
「教団から来るのは、本当にこの五人だけですか?」
「五人で十分よ。これ以上増えても、正直私が面倒を見るのが大変になるだけ」
次に口を開いたのはアッシュだった。
「私も質問があります、姉さん」
「うん」
「騎士団の名前は何にしますか?」
「あ……そういえば、まだ決めてなかったわね」
大事なことに気づかせてくれる指摘だった。
私は少し考えたあと、アッシュに向き直った。
「アッシュ」
「はい、姉さん」
「明日までに考えてきて」
「え?私ですか?」
「そうよ。末っ子なんだから、あなたがやりなさい」
「いや……」
イフェイルとヘスティオもすかさず口を挟む。
「候補を100個は出してきてくださいね、末っ子さん」
「その中に一つくらいは団長の気に入るのがあるでしょ。頑張って、末っ子」
「……」
「よし、これで会議終了!」
頼もしい兄や姉たちが席を立った。
途方に暮れたアッシュに手を差し伸べたのは、テシリドだけだった。
「一緒に考えてあげますよ」
「テシリド兄さん……」
「はい」
「本当にありがたいんですけど、これからは“兄さん”じゃなくて“兄貴”って呼んでもいいですか?」
「ダメです」
騎士団の空気は、どこか微妙に噛み合っていないけれど、それがまた悪くなかった。
第二次討伐隊、出発の日。
朝早くから、ビンチェスター王国は使える兵力をかき集めるのに大忙しだった。
王宮に常駐する王室騎士はもちろん、各家門の内に抱える実力者たちも志願し、士官学校の卒業生たちまで国家の召集に応じて駆けつけた。
そして最後の枠に該当する人物の一人が、プリンツ・ロデラインだった。
淡いピンクの髪に空色の瞳を持つ美青年。
王子は王宮の廊下を静かに歩いていた。
彼は士官学校時代、一度も首席の座を譲らなかったほどの逸材で、卒業と同時に王室騎士団への入団を勧められた人物でもある。
その実力に加え、整った容姿、騎士としての気品ある所作、柔らかく穏やかな性格まで兼ね備えており、多くの人々の好意を集めていた。
事実、彼は他の王子たちの心さえも掴んでいた。
現在、王室では第一王子ハデイルと第三王子リガレスが、それぞれプリンツを側近騎士として迎え入れようと争っている状況だった。
そのためプリンツは、あえて修行の旅を延ばし、騎士叙任式すら先延ばしにしていた。
だが今回の召集命令には抗えず、旅の途中で正装に着替え、そのまま王宮へと戻ってきたばかりだった。
すでに他の士官学校出身者たちは、ダンジョンのある女神神殿へと出発した後だった。
彼もすぐに転移陣の許可を受け、移動しなければならない。
しかし、急いでもなお足りないその歩みを、廊下の途中で止める人物がいた。
「これは誰かと思えば。非常時だというのに、プリンツ・ロデライン殿が姿を見せるとは」
銀に近い白金の髪と、澄んだ青い瞳を持つ美少年――第三王子リガレスだった。
リガレスは今回、外遊(視察)から外れていたため、王族の中でも比較的余裕のある立場にあった。
「おや、第三王子殿下」
プリンツは遅刻を咎められる様子も見せず、穏やかな微笑みを浮かべて一礼した。
「お久しぶりです。ご無事で何よりです、殿下」
「うむ。どうやら他の聖徒たちと同じく、召集に応じて参じたようだな?」
「はい」
「見たところ、時間に遅れることもなかったようだし」
「……恐縮です」
「ちょうど討伐隊の状況を視察しに行くところだった。よければ案内してやろう」
「本当ですか? ありがとうございます、殿下」
思いがけない幸運に、プリンツは素直に喜んだ。
「では、行こう」
「はい、殿下」
リガレスが転移石を砕いた。
すると二人を包む景色は、王宮の廊下から一転して、緑に満ちた夏の森へと切り替わった。
「集合場所はこの先だ。ついてこい」
「はい、殿下」
その時、プリンツはふと違和感を覚えた。
王子が身分の隔たりもなく、平民出身の騎士候補に自ら道案内をしているのだ。
しかも相手は、温厚で知られる第三王子リガレス。
……とはいえ、考えてみれば妙な点もある。
リガレスは、なぜかプリンツ・ロデラインにだけは特別に親切だった。
理由はわからない。
そのとき、前を歩いていたリガレスが、不意に口を開いた。
「久しぶりに会ったからかな。君の顔を見ると嬉しいよ。……まあ、僕を避けていた君にとっては、気まずいだろうけど」
「殿下、それは誤解です」
「人を見る目はあるつもりだよ。僕とハディエル兄上のどちらかを選べと言われて、困っていたんだろう?だからあちこちを放浪して、騎士ごっこをしていたんじゃないのか?」
プリンツは返す言葉を失い、曖昧に笑うしかなかった。
だが、それも無理はない。
王位継承争いの渦中にある王族のどちらかを選べと言われるなど、ただの平民にとっては重すぎる選択だ。
くすり、と小さな笑い声が耳元で響いた。
「いいよ。会えて嬉しいって言いたかっただけだ」
その一言は、どこか気遣うような優しさを含んでいて、張り詰めていた空気をやわらかく解きほぐした。
しかし、それも長くは続かなかった。
「まあ、こういうのを見ているとさ。家族や親戚が一ヶ月に一人くらい死んでも、別に悪くない気がするよ」
「……殿下?」
「そのたびに、君のその困った顔が見られるだろう?」
「……」
「冗談だよ。笑って。君は笑った顔の方がいい」
気づけば、二人の足はぴたりと止まっていた。
プリンツはさすがに王子の言葉を無視することもできず、話題を変えることにした。
「第三王子殿下におかれましても、兄上や姉上との関係には、何かと思うところがおありなのではないでしょうか」
「そう思うか?」
あまり良い話題選びではなかった。
「ハディエル兄上が死ねば、君が私の側近騎士になれる。悪くない話だろう?」