公爵邸の囚われ王女様

公爵邸の囚われ王女様【159話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【公爵邸の囚われ王女様】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となって...

 




 

159話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 温かい促し

ノアはサエカン北方城壁の最も高い場所に佇み、眼下を見つめていた。

崩壊した巨大ゴーレムの周囲では、ヴァレンタインの私兵と騎士たちが、王都進軍へ向けた慌ただしい準備を進めている。やがて、冷たい風をはらんで一本の旗が高く掲げられた。サイファス王室の象徴たる大旗のすぐ下には、二本の小さな副旗が並んで連なっている。それは王の直系の兄弟にしか使用を許されない高貴な証であり、現時点でこの旗を掲げることができるのは、王弟ヴァレンタインただ一人であった。

ノアはそのあまりにも重い立場を改めて実感し、静かに息をついた。

「おい、そこは少し危ないんじゃないか?」

ちょうどそのとき、背後から気配もなくヴァレンタインが声をかけてきた。

「後ろからちょっと小突いたら、そのまま真っ逆さまだぞ」

「押したければ押せばいい。どうせ死にはしないからな」

ノアは振り返りもせずに、淡々と答えた。

「……魔法か?」

ヴァレンタインは呆れたように笑い、ノアのすぐ隣の危険な足場にどさりと腰を下ろした。

「まあな。厳密には僕の魔法ってわけじゃないけれど」

「何のことかはさっぱり分からないが、お前が不意打ち程度じゃ死なない頑丈な奴だって話は、聞いていて悪くない。あの子の護衛官としては頼もしい限りだ」

顎をぽりぽりと掻きながら、ヴァレンタインはノアを横目で見て不敵に笑った。

「もちろん、俺はどんな事態になろうとも、あの子の安全は命に代えても守るつもりだが……。ああ、もしかしてお前の耳には、俺の言い方が違う意味に聞こえたか?」

「……」

「まさか、俺がお前を、クラリスを守るためだけの都合のいい盾(捨て駒)だと考えているとでも思ったのか?」

その言葉に、ノアの横顔に明確な険しさが浮かび上がった。厚い仮面をかぶっているためヴァレンタインにその表情は見えないはずだったが、張り詰めた魔力の刺すような冷気だけで、彼の怒りは十分に伝わってきた。

「少女を守るのが、お前の唯一の役目だと言いたいのか?」

「いや、お前ほんと、何を言っても全部それっぽく最悪な意味に言い換えるよな。まあ、俺も偉そうなことを言える立場じゃないが……」

突き刺さるような強い日差しの中、ヴァレンタインは少し汗ばんだ金髪を乱暴にかき上げた。

「とりあえずさ、俺は今、純粋にお前を心配してここまで来たんだけど?」

「……僕を?」

「お前、どうしてあんなにクラリスのことを露骨に避けるんだ?」

「別にいいだろ。むしろ、その方がお互いのためにも都合が良いんじゃないか?」

「いや、断然よくない。お前がそんなふうにいちいち冷たい顔色をうかがわせるから、クラリスが委縮して、俺の必死の求婚について一切考える余裕がなくなっているだろ。この俺の深刻な機会損失(被害状況)を一体どうしてくれるんだ?」

クラリスがノアの顔色をうかがう――そんなことは、あり得なかった。むしろ、彼女の微細な変化に動揺し、その様子を必死に探っていたのはノアのほうだ。ヴァレンタインが何か決定的な大勘違いをしているのは、疑いようがなかった。

「その手の心配なら、最初からしなくていい。どうせ……」

ノアは仮面の奥で、大きく重いため息を吐き出した。

「彼女は、いずれ僕に対する興味を完全に失うだろうからね」

「はぁ? 一体何を言っているんだ?」

ノアは一瞬あたりを警戒するように見回し、何か重大な覚悟を決めたように、ヴァレンタインの隣へとぐっと身を寄せた。友人同士とはいえ、肩と太腿がぴったりと触れ合うほどの至近距離は、正直なところ酷く落ち着かない。だがヴァレンタインは、“もしかしたらこいつの重大な秘密が聞けるかもしれない”という好奇心を胸に、その不快な距離感を必死に耐えた。

「これは、絶対に他言無用の秘密だ。もし他所で一言でも喋ったら――君とは永遠に絶交するからね」

「分かった、約束する。それで、結局何なんだ?」

「実はな、僕の顔には、死んだ母が最期に遺した『石の魔法』が呪いのようにかかっているんだ。そしてあの少女は、ゴーレムマスターとしての本能によって、その石に強く興味を持ったに過ぎない。僕をここまで助けてくれたのも……すべてはその魔法のせいだ」

「……そ、それで?」

「百聞は一見にしかず、というやつだ。今、僕のこの下に残っているものは……」

ノアは少しうつむき、手元でゆっくりと、頑なにつけ続けていた仮面を取り外した。

「見るも無残な、どうしようもない醜い顔だけだ」

ついに仮面を脱ぎ捨てた彼が、素顔をさらして顔を上げる。

その瞬間、ヴァレンタインは後頭部を鈍器で強く殴られたかのような強烈な衝撃を受け、息を詰まらせて言葉を失った。

ノア・シネットの素顔は、本当に“怪物”そのものだった。

あまりにも危険で、見る者を一瞬で戦慄させる圧倒的な異形。

なぜかその瞬間、遙か遠くの北の城壁の向こうから、巨大な魔物の悍ましい咆哮が響いてきた気がした。おそらく、あまりの衝撃が見せた、ただの錯覚だったのだろうが。

 



 

ヴァレンタインが王室の騎士や兵を率いて王都へと出立すると、クラリスはすぐさま、北壁の片隅に静まり返る崩壊したゴーレムのもとへと向かった。

長い年月、あまりにも重い真実をその身に抱え込んできたそのゴーレムは、今やただの崩れた岩塊にしか見えなかった。だが、ゴーレムマスターとしての視点でよく観察すると、いくつもの特殊な石が複雑に組み合わさって一体の生命を成しているのが分かった。

クラリスは慎重に、その冷たい岩の表面へそっと手を置いた。

(……魔力を受け入れることのできる、生きた石だわ)

そう直感した。

「……こんにちは」

恐る恐る声をかけてみたが、石からは何の返事もない。

そこで彼女は桜色の唇をきゅっと引き結び、自らの純粋な魔力をその石の回路へと流し込んだ。すると、肉壁の奥からわずかな振動を伴う、懐かしい気配が返ってきた。

[おや、ゴーレムマスターが来たのか。さあさあ、よく来たな。……で、ちゃんと飯は食ったか?]

「あ、クラリスといいます。食事は……」

[こういうことを言う子に限って、太っただの何だのと言い訳しながら、いつも裏でつまみ食いばかりしているんだ。どこかでクッキーのかけらみたいなものを拾っては食べていてな]

「そんなことないです」

[いやいや、その細い手首を見てみろ。もう少し肉が落ちたら消えてしまうんじゃないか? お前、ちゃんと飯も食べていなかっただろう?]

「あ……お父様?」

そう言いながら、クラリスは自然な仕草で傍らの公爵を見上げた。いつの間にか、自分を生んだグレジェカイア王を「父」と呼ぶことに、何の違和感も覚えなくなっていた。

[そうだ、それでいい。でなければ、我らが大切なゴーレムマスターが、こんなにやつれていてどうする。いかん、今すぐ起きて、野生の鳥でも何羽か捕まえて、たっぷり煮込んでやらねば。簡単な料理でいい、温かいものを食べよう]

「今すぐ起きるんですか!?」

こんなふうに、あっさりと立ち上がってしまうなんて。気を失うほどの激しい魔力への反動を覚悟して来ていたクラリスは、あまりの気易さに驚きつつも、嬉しさに思わず両目をパチパチと瞬かせた。

[そうだ! おやじに鍋へ水を足すよう言ってくれ……あっ。]

「どうなさいました?」

[ああ、しまった。忘れていたな。いやあ、またやっちまった……]

ゴーレムの意識はしばし、自らの健忘を責める言葉を何度もブツブツと繰り返した。

[どうしてこんなに物忘れがひどいのか。今は、このままじっとしていなきゃならないんだ。はあ……それで、鍋は誰が見ている?]

「どうして、じっとしていないといけないんですか?」

[ああ、それはだな。“真実を必要とする六人”を見つけるまでは、この保存魔法を維持しなきゃならないからさ!]

保存魔法――その言葉なら、クラリスもよく知っていた。かつて魔導師メイビスの傲慢な主張を前にしたとき、ノアが自らの知識で示してくれた、歴史的な失われた魔法でもある。

(ゴーレムマスターの技術でも、そんな特殊な古代魔法が使えるんだ……)

正確な仕組みは分からなかったが、おそらく粘土の大きさや形を固定し、変形させるときに近い感覚なのだろう。

(それより、真実を必要とする六人……か)

思っていたよりも多いその指定人数に、クラリスは慎重に問いかけた。

「必ず、六人でなければいけないのですか? たった一人の、すべてを懸けた切実な想いのほうが、六人分をただ集めたものよりも深く、重くなることもありますよね」

[どうしてこんなにも綺麗な言葉を選べるんだろう。まるで、心そのものが正しく形作られているみたいだ。だが……困ったな。六人が同時に“真実”を心から望まなければ、この強固な扉は開けられない。主の命令だからね]

どこか申し訳なさそうなゴーレムの気配を察し、クラリスは慌てて首を振った。

「いいえ。主人との命令をどこまでも徹底して守るのは、何よりも立派なゴーレムの証拠です。他の若いゴーレムたちのお手本になりますよ」

[ああ、別の石を一つ思い出した。やれやれ、また忘れていたよ……]

「え?」

[小さな欠片が二つ、どこへ行ったのか分からなくてな。そのうちの一つは、主さまが別に小さなゴーレムとして作ったやつだ。たまに周辺をうろついているのを見かけた気もするんだが……]

「小さな欠片、ですか?」

[そうだ。もしそいつらに会うことがあったら、この婆さんが待っていると伝えてくれないか? あの子たちがいなければ、“真実を必要とする六人”を見つけたところで、何も始まらないからな]

「もちろん、そうします」

クラリスは石からそっと手を下ろし、少しの間、ゴーレムの周囲の泥土をぐるりと見渡した。兵士たちが陣地構築のために地面を乱暴に掘り返したせいで、ところどころ盛り上がった黒土の上には、無数のありふれた小石が散らばっている。

クラリスはいくつか怪しいものを拾い上げて指先で弄んでみたが、岩が語っていた特別な“欠片”らしき石は見当たらなかった。

一時間以上も周囲の泥まみれの地面を探し回った末、すっかり疲れ果てたクラリスは、顎に手を当てたまま、再び巨大な岩塊を見上げた。

長い間、主人を失い、ただかすかな魔力だけで機能していながらも、ずいぶん昔に施された保存魔法を、いまだにしっかり維持しているだなんて。

「それほどの卓越した魔法使いが、わざわざこんな場所にゴーレムを遺したのなら、きっと何か明確な目的があって、今も人知れず活動し続けている可能性が高……え?」

クラリスはその場でぱっと立ち上がった。

そう考えると、一つだけ、あまりにも合致する存在に思い当たることがあったのだ。

(『ある明確な目的』を抱き、今なお活発に『活動』している、歴史上、前代未聞の『ゴーレム』……!)

 



 

クラリスが全身の埃を払い、泥まみれになって戻ってきたため、乳母のロザリーは驚いて、慌てて彼女を温かい屋敷の中へと迎え入れた。

「もうこんなに立派なお嬢さんになられたというのに、今日に限って砂遊びをして帰ってくるとは思いませんでしたよ」

「ちょっと、探し物があったんです。少し見当違いなところばかりを探してしまいましたけれど」

「そうやって何度も遠回りをして探さないと、本当の姿が見えてこない大切なものもあるさ」

「でも、ロザリー……」

クラリスは湯船の温かい水面に半分ほど顔を沈めたまま、もごもごと言葉を濁し、ようやく勇気を出して小さな本音を口にした。

「私が、本当にそれを探しに行ってもいいのか、自分でもよく分からなくて……」

クラリスが今、脳裏に思い浮かべていた“石の欠片”の一つ――それは、ノアの顔に埋め込まれた、あの紅い石だった。その美しい石には、古代短剣の魔術が刻まれており、今日に至るまで、ノアの身をあらゆる脅威から忠実に守り続けている。

――その魔法が彼にもたらす“絶対的な余裕”があまりにも自然すぎて、彼自身はその恩恵に気づいていないようだけれど。

それが、あの崩れ落ちたゴーレムの核を成す一部であることは間違いなかった。クラリスは、ゴーレムマスターとしての血の本能によって、その事実を容易く悟っていたのだ。

しかし、問題は別のところにあった。

(……あれは、ノアの命を守るための最も大切な石よ)

だからこそ、王都との決戦を控えた今のように不安定な状況下で、彼の身体からその防壁たる石を取り除くような真似をするのは、あまりにも危険ではないかという葛藤が浮かぶのだ。

(でも、それは私の勝手な身勝手でもあるわ……)

誰よりも大切なノアに、ただ安全で、無傷でいてほしいと願う、彼女個人のエゴに過ぎない。実際、彼はその顔に埋め込まれた異形の石を取り除こうと、かつて死に物狂いになっていたこともあったのだから。

「そのこと、一度魔法使いシネットに直接聞いてみるのはどうかしら?」

「え?」

濡れた髪を優しく撫でながらロザリーが放った言葉に、クラリスは心臓を跳ね上げ、驚いて彼女を見上げた。

「ど、どうして……ノアの名前がわかったんですか?」

「どうしても何もないわよ。あなたがそんな複雑な、今にも泣きそうな顔をするときは、いつだって魔法使いシネットが関わっているもの」

「……ロザリーこそ、本物の魔法使いみたいですね」

クラリスは否定できないまま、再び言葉を失ってうつむいた。さらさらと髪の間をなぞる、母親のような優しい手つきが、もう少しだけ続く。

「昔は、何か小さなお悩み事があれば、当たり前のように二人で真っ先にノアと相談していた気がするわね……」

クラリスは、ノアとの間に「気まずい距離」というものが一寸たりとも存在しなかった、あの幸福だった子供の頃の時間を静かに思い返した。

「……ねえ、クラリス。また、あの頃の二人に戻りたい?」

「当時を、何よりも大切に思っているのは本当です。でも……あの頃に戻りたいとは思いません」

現在の彼らを取り巻く状況が、決して良くなったわけではない。それでも――彼をただの幼馴染ではなく、一人の男として心から想う自分の本当の気持ちに気づけたこと、それ自体が、彼女にとっては今、何よりも代えがたい宝物だったからだ。

「私は……ノアをこれほど好きでいられる、この自分の気持ちそのものが愛おしくて好きなんです。少し……おかしいですよね?」

「いいえ、全く」

ロザリーは、クラリスの頭にそっと温かなお湯をかけ、どこまでも穏やかな微笑みを浮かべた。

「とても、とても素敵な考え方よ。その美しい事実をまだ何も知らない鈍感な魔法使いたちが外にいると思うと……少し、勿体なくて惜しいくらいね」

「う、絶対に、ノアには言えません!」

「どうして? 伝えてしまえば楽になるのに」

「それは……」

クラリスは桜色の唇をぎゅっと噛みしめた。ノアにこの正直な気持ちをどうしても伝えられない理由は、数え切れないほどあった。

周囲の戦況が良くないこと。

彼に、他に好きな人がいるふりをして可愛い嘘をついてしまったこと。

先日、感情的になって怒ってしまってから、二人の間に微妙な壁ができてしまったこと。

けれど、そうした表面的な理由はどれも、クラリスが本心を伝えられない「本当の理由」にはならなかった。

『私は未来を見る。』

『クラリスは、グレゼカイアが抱くすべての未来だ。』

気づけばクラリスは、心から彼に、自分の持つすべての“未来”を渡したいと願うようになっていた。それは、不確かな過酷な未来を彼に都合よく守ってほしい、というような甘えの願いではなかった。

クラリスは、自分のこの小さな手で必死に抱え込み、戦ってつかみ取ってきた――その、まだ不確かで、それでも確かに“自分のもの”だと思える大切な未来を。

他ならぬノアに、その手で受け取ってほしいと強く願っていたのだ。

「理由は……恥ずかしくて、きっと口が裂けても言えませんわ」

幸いにも、ロザリーはそれ以上、彼女の恋心を深く追及することはしなかった。

代わりに彼女は、湯上がりのクラリスのために、普段自室で着るには少し華やかすぎるほどの、レースがあしらわれた可愛らしい部屋着をクローゼットから取り出してきた。

――それはまるで、「さあ、準備はできたわ。今すぐ、あの不器用な魔法使いの元へ会いに行きなさい」と、彼女の背中を優しく力強く押すかのような、温かい促しであった。

 



 

 

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