こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
147話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 崩れた天秤
カリードは、会場の外の廊下で、ほかの聖騎士たちとともに落ち着かない様子で結果を待っていた。
(いったい、何が起きているんだ……?)
ラビエンヌの護衛として会場の前までは同行できたものの、中へ入ることは決して許されなかった。「聖女の資格試験をやり直す」という言葉を聞いたときも驚いたが、それ以上に、突如として姿を現したエスターの存在に、彼は強い衝撃を受けていた。
二人が試験を受けているあいだ、開け放たれていた扉の向こうから、カリードは常識では考えられないほどのエスターの圧倒的な聖力を目の当たりにした。
誰が見ても、真の聖女はラビエンヌではなく、エスターだった。
試験が終わり、結果を協議するために扉が一度閉ざされた瞬間、それまで廊下で見守っていた人々は皆、言葉を失うほどの衝撃に包まれ、呆然としたまま、瞬く間にざわめきが広がっていった。
「……ふぅ……」
カリードもまた混乱した様子で頭をかきながら、どうにか状況を整理しようとしていた。だがそのとき、会場の巨大な扉が再び勢いよく開いた。彼は反射的に、開いた扉の前へと駆け出した。
Rustling。その奥に広がる光景に、誰よりも強い衝撃を受けることになる。
「……聖女様……」
彼がこれまで忠誠を誓い、仕えていた聖女――ラビエンヌは、床に力なく崩れ落ちていた。
そして扉を開けて出てきたのは、エスター。その背後には、彼女を必死に引き止めようと手を伸ばす長老たちの醜い姿が見えた。
「……ダイナ」
カリードは思わず、無意識のうちにエスターの“かつての名”を口にしていた。
ノアたちのもとへ戻ってきたエスターは、カリードがこれまで一度も見たことのない、心からの、穏やかで幸福に満ちた表情を浮かべていた。
ほんの少し目を離した隙に、エスターはすでに彼らとともに歩き出し、遠ざかっていく。カリードは彼女をどうしても見失うまいと、慌てて後を追った。
「エスター!」
誰かが自分を呼ぶ切迫した声に、振り返ったエスターは、相手を認めてわずかに顔をしかめた。
「カリード様?」
「君に話があるみたいだ」
ノアが優しく耳打ちする。
「……少しだけなら」
あまり会話を交わしたい気分ではなかったが、ここで騒ぎになるのも避けたくて、エスターはその場に立ち止まり、カリードを待った。
息を切らせて駆け寄ってきたカリードは、どこか痛ましそうな目でエスターを見つめ、震える口を開いた。
「さっきの試験、見ていた。本当に……君が、聖女だったのか? その事実を、前から知っていたのか?」
「さあ……どうでしょうね」
あまりに素っ気ないエスターの返答に、カリードは何を言えばいいのか分からないまま、戸惑ったように口ごもった。
「じゃあ、これでまた神殿に戻れるじゃないか。なのに、どこへ行こうとしてるんだ? ここにいればいいのに」
「みんな本当に勝手ですよね。出て行けって言ったり、戻って来いって言ったり。そんなに簡単な話ですか?」
エスターが冷ややかに苦笑すると、カリードの瞳には深い悲しみが滲んだ。
「俺は……ただ、お前とずっと一緒にいたかった。それだけだ。行かないでほしい」
「カリード様。あなたがいるべき場所は、ここではありません。会場の中に、あなたの主が残っているでしょう」
どうしてついて来たんだろう、と思いながらも、エスターは取り留めのないことばかり口にする彼に背を向け、冷たく会話を打ち切った。そして、再びノアたちのもとへと戻っていく。
もはや引き止める言葉もなく、カリードはただ、その割るような後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった。
足取りも覚束ないまま、カリードはふらふらと会場の前へと戻ってきた。周囲を見回し、ほかの聖騎士たちの姿を探す。先ほどまで人で溢れていた廊下は、まるで嘘のように静まり返っていた。
「……他の聖騎士たちは、どこへ行った?」
「中へ入られました」
「……俺も入る」
扉を守っていた騎士はカリードの顔を確認すると、黙って会場の扉を開いた。
――その瞬間。中から響いてきた、喉が裂けるかのような金切り声に、カリードは思わず眉をひそめ、反射的に耳を塞ぎたくなった。
「今すぐ離しなさい! 離しなさいって言ってるでしょ!?」
ラビエンヌが、声を荒らげて激しく取り乱していた。カリードがいない間に何が起きたのかは分からなかったが、長老会の聖騎士たちはラビエンヌの両腕を強くつかみ、容赦なく拘束していた。
「聖女様……」
聖女が聖騎士に無残に連行されている光景に、カリードは状況が飲み込めず、思わず周囲を見回した。
長老たちは、まるで罪人でも引き立てるかのように冷酷に彼女を囲んでいる。彼の同僚であるラビエンヌ付きの聖騎士たちも、彼女のそばで片膝をついたまま、呆然とした表情でただ見つめることしかできていなかった。全員そろって顔色は青ざめていたが、弱りきったラビエンヌを助けようと動く者は誰一人としていなかった。
「大母様、牢獄だけはやめてください! どうか父上を呼んでください! まだお話ししなければならないことがあるのです!」
ラビエンヌは引きずられまいと、必死に床を踏みしめ、声を張り上げ続けた。
事情を把握しきれない長老たちだったが、これ以上神殿の象徴が醜態を晒し、騒ぎを続けるのは無理だと判断し、ひとまず急いでラビエンヌを監獄へ入れるよう命じた。
「すぐに連れて行け。罪状の全貌がはっきりしていない以上、通常の牢よりも、まずはあちらの特別房がいいだろう」
「かしこまりました」
まだ処罰が確定していないこともあり、ブラウンス家や神殿内部の目を意識した、一応の配慮を含んだ対応だった。
ラビエンヌの腕を掴んだ長老会の聖騎士たちが容赦なく力を込めると、彼女の身体はまるで壊れた人形のように引きずられていった。踏ん張ろうと足に力を入れ、必死に抵抗してみても、足は床を虚しく擦るばかりで、結局は引きずられていくしかなかった。
「何をぼさっと見てるのよ! あんたたち、私の聖騎士でしょ! どうか(なにか)しなさいよ!」
ラビエンヌは、シャロンの横に集まっていた自分付きの聖騎士三人に向かって、苛立ちと恐怖を隠さず叫んだ。しかし、彼らは皆、有力貴族の子弟として選抜された聖騎士たちだった。ラビエンヌに従い続けることは、もはや家門の利益にならない。そう冷静に判断した彼らは、彼女を徹底的に切り捨てることに決めたのだ。
「最初から、お前たちのような無能な連中を私の配下に置くべきではなかったわ!」
歯を食いしばり、怒りを露わにしながら扉へと引きずられていくラビエンヌは、その時、入口に立つカリードの姿を見つけた。
「カリード! どこに行ってたの!? ちょうどよかった、お願い、助けて! 私一人の力じゃ、どうしても抜け出せないの!」
赤く充血した瞳に狂気的な安堵の色を宿しながら、ラビエンヌは無理やり腕を伸ばし、カリードの手を強く引き寄せた。会場に入ってからずっと落ち着きを失っていたカリードは、ラビエンヌに突然手を掴まれ、思わず大きく動揺した。
「カリード卿、もう彼女に構う必要はありません。彼女はすでに聖女の座を剥奪されました。まもなく神殿の大罪人として裁きを受ける身です」
「聞かないで、カリード! これ以上、そんなふうに愚か者みたいに――」
「……見てるだけつもり?」
悲鳴に近いラビエンヌの声に、彼女の唇から再び縋るようにカリードの名が零れ落ちた。いつもの傲慢で尊大だった態度は完全に影を潜め、そこにあったのは切迫した、崖っぷちの掠れた声だった。
「わ、たしは……」
身体を強張らせたカリードは、激しく揺れる眼差しでラビエンヌを見つめ返す。
――もう彼女は聖女ではない。そう思えば、命令に従う必要などないはずなのに。そんな冷徹な考えが、胸の奥で芽生え始めていた。
カリードの脳裏に、先日デイモン皇子へと伝えた“あの言葉”がふと蘇る。逡巡の末、カリードは必死に伸ばされたラビエンヌの手から目を逸らし、ゆっくりと顔を横へと背けた。
「……申し訳、ありません」
「は? カリード……? ほかの連中はともかく、あんたまでそんな態度を取るなんてあり得ないでしょ! 私が、あんたをわざわざ選んだ理由……忘れたわけじゃないでしょうね!?」
ラビエンヌの声が狂気を帯びて鋭く響く。
「私が選んであげたのよ! あんたが自分の実力だけで聖騎士になれたとでも思ってるの!?」
他の聖騎士たちに続き、ついに最後の砦であったカリードまでもが自分を裏切ったと悟った瞬間、ラビエンヌは正気を失ったように高らかに笑い出した。
「はは、みんな本当に滑稽ね! 最高に面白いわ! あはははは!」
まるで狂人のように笑い転げるその凄惨な姿は、これまで人々が見てきた高貴な聖女ラビエンヌの姿とはあまりにもかけ離れていた。会場にいたすべての神殿関係者たちの脳裏には、美しい仮面が完全に剥がれ落ちた、ラビエンヌという人間の醜悪な本性が、はっきりと刻み込まれた。
「これ以上叫び続けるのであれば、力ずくで口を塞ぐしかありません。これ以上の恥をかきたくないのでしたら、大人しく従った方がよろしいでしょう」
そうしてラビエンヌは、長老会の聖騎士たちに両脇を抱えられ、廊下の奥にある地下の特別室へと引きずられていった。もちろん、会場を出る最後の直前まで、毒々しく赤く染まった瞳で中にいる人々を呪わしげに睨みつけながら。
騒ぎ続けていたラビエンヌの姿が完全に消えて、ようやく会場内に重々しい静けさが戻った。
「ふぅ……まったく、正気の沙汰じゃありませんね」
「ええ、本当に。いったい何の騒ぎだったのやら……」
長老たちは安堵の息を漏らしたが、すぐに一人の長老が不満げに声を上げた。
「大長老様、どうしてエスター様をそのままお帰しになったのですか? 私たちは、あの方を何としてでもこの神殿に引き留めるべきでした。そうすれば、ここまで事態は拗れなかったはずです」
エスターの痛烈な決別の言葉を聞いてもなお、己の利権と混乱から抜けきれない長老たちを前に、シャロンは深く重いため息を吐いた。
「本気で、武力で押さえつければどうにかなると思ったの? そんなことで、あの方が従うと本気で考えていたの?」
「ほ、ほんの一時的な措置です。そのあとで、落ち着いて説得すれば……」
「まったく……石頭にもほどがあるわね。皆もう年を取りすぎて、物事を考える頭まで固くなったのかしら?」
シャロンは怒りを露わにした声で、他の長老たちを一喝した。
「な、何を言っているんですか。体は老いましたが、それでも我らの聖力はまだ衰えていません!」
「いい交減、目を覚ましなさい! この絶望的な状況になっても、今すぐ外に出て苦しむ民のために救護活動をしようと考えた者が、この中に一人でもいましたか!?」
「……っ」
長老たちは突然、痛いところを突かれたように、恥ずかしさに耐えかねてシャロンの視線を避けて俯いた。
「エスター様は、すでに領地にいた頃からそうでした。身分の区別なく、ただ目の前の人々を救うために動いてきたお方です。あの方にいつか神殿に戻ってきてほしいと真に願うのなら、私たちも自分たちにできることを探して行動しなければなりません。神殿は、変わらなければならないのです」
シャロンが厳しく突きつけた言葉の真意を、長老たちも次第に理解し始めていた。特に、先ほどまで大声で強硬策を主張していた長老たちは深く恥じ入った様子で、自分たちのこれまでの過ちを認めた。
「私の考えが、あまりにも浅はかでした……」
「……私と同じです」
「どうか、せめてこれからは、エスター様の前で恥じない存在でありましょう」
「……ご自分の意思で動けるように、なさい」
そのすべての一部始終を、壁に背を預けて見守っていたカリードは、胸の奥がじわりと黒く塞がっていくのを感じていた。
(――もし、自分もあの時、神殿を出ていたら)
カリードの瞳には、神殿の外へと自分の足で自由に羽ばたいていったエスターの姿が、今もなお美しい残像のように焼き付いている。彼女のあとを追うことさえできたなら、神殿を出ることも、きっと悪くはなかったはずだ。そんな裏切りのような考えが、ふと頭をよぎった。
聖女だの、聖騎士だの――これまで自分が命を懸けて守ってきたはずの肩書きや名誉が、急にどうでもいい紙屑のように思えてきた。
(――俺は、何を考えているんだ)
神殿は、いつだって彼の世界のすべてだった。そのために血を吐くような人生を捧げてきたはずなのに、神殿を出たいと願うなど、ついさっきまで考えもしなかったことだ。
いったい、どこから歯車は狂ってしまったのだろう。
この腐りかけた神殿に、まだ未来は残されているのだろうか。
カリードは、自分が今身を置いている神殿のすべてが頼りない幻のように感じられ、ただひどい虚しさの中で、ぽつりと開いた自身の掌を見つめることしかできなかった。
いただいた翻訳をもとに、エスターとノアのあたたかな空気感、過去の傷を乗り越えて未来を見つめるエスターの心の機微、そして過去の自分への慈しみが深く伝わるよう、これまでの物語に続く美しい小説調の文体で清書いたしました。
エスター一行は、神殿を出るために大通りを歩いていた。
「何をそんなに考え込んでるの?」
深く考え込んでいたエスターは、ノアの優しい問いかけにハッと我に返り、どこかぎこちない表情を浮かべた。
「ああ、ただ……さっき会場の前で、知っている顔をたくさん見たから」
「気になるの?」
「気になるというより、ちょっと可笑しくて。いつもは私を見下して無視していた人たちなのに、さっきは親しげな顔をしてたから」
巨大な扉を開けて外に出たとき、神殿で修練していた頃に顔を合わせていた候補生たちが、数人、会場の前に立っていた。彼らはすでにエスターの存在に気づいていたのか、目を瞬かせながら、何事もなかったかのように知り合いを装おうとしていたのだ。
「……私を苦しめたこと、もう全部きれいさっぱり忘れたのかな?」
「かもしれないね。覚えていたとしても、“そこまで酷いことじゃなかった”って自分に都合よく書き換えている可能性もある。人って、そうやって自分に優しい記憶だけを残していくものだから」
現実的なノアの言葉に、エスターは思わず小さく苦笑した。
「不思議だよね。痛みを受けた人のほうは忘れられなくて、ずっとその傷を抱え続けるのに……本当に覚えておくべき人ほど、平気で忘れてしまうんだもの。しかも、覚えているべきなのは“傷を与えた側”なのに」
ノアは、かすかに震えるエスターの肩に、そっと寄り添うように身を寄せた。言葉を重ねる代わりに、自身の確かな体温を伝えようとしているかのようだった。
「大丈夫? 無理してない?」
「うん。思っていたより、ずっと平気」
歩調を少し落としたエスターは、澄み渡る空を見上げながら、柔らかく微笑んだ。
「正直ね……また神殿に戻ったら、ラビエンヌや、あそこで潰されていった候補生たちのことを思い出して、また苦しくなるんじゃないかって……少し怖かったんだ」
彼女の声はどこまでも静かで、けれど確かにもう前を向いていた。エスターの澄んだ瞳の中に、どこまでも広い青空がいっぱいに映り込んでいた。
「でも、何とも思わなかった。不思議なくらい。少しは嫌な気分になるかと思ったけれど、それだって当然の反応でしょ?」
「そうだね」
「たぶん今の私が、すごく幸せだからだと思う。だから過去は、もう私に何の影響も与えられないんだと思うの」
エスターは、空に向けていた視線をゆっくりとノアへと向けた。空の青がそのまま溶け込んだような、その瞳は吸い込まれそうなほど綺麗だった。
「立派だよ」
ノアは、胸の奥が少しツンと熱くなるのを隠しながら、大きな手でエスターの頭を優しく撫でた。
「じゃあ、これからは後ろを振り返らず、前だけを見て生きよう」
「前だけ?」
家族と再会してから、エスターにとって“復讐”は、進むためのほんの一瞬の理由に過ぎなかった。いや、それだけが理由ではなかった。こうして自ら神殿にまで足を運び、ラビエンヌという宿敵を完全に打ち砕いたのは――自分のかけがえのない日常を、ようやく自分の手で守るためだったのだ。
これまで幾度となく、人生の節目ごとに行く手を悪意で塞いできたラビエンヌは、もういない。もう彼女の顔色を窺い、怯えながら震えて生きる必要はどこにもないのだ。
これまで一度だって、自分にまともな人生が与えられる未来を想像したことなどなかった。けれど今は――生まれて初めて、「夢見てもいい未来」が、確かにそこにあった。驚きに目を見開いたエスターの胸が、どくどくと静かな早鐘を打ち始める。
「……これから、私は何をすればいいんだろう?」
「うーん。僕とデートするとか? それとも一緒に指輪を作るとか?」
ノアは顎に指を当て、さも真剣に悩んでいるような仕草を見せたかと思うと、悪戯っぽく微笑んでそう言った。エスターはそのあまりに平和な提案に、思わず小さく吹き出す。
「なにそれ。そういうのじゃなくて」
くすくすと笑いながら返す彼女の声は、羽のように軽く、晴れやかだった。
「無理に何かをしようとしなくていい。今のままで、君はもう十分だよ」
ノアの声は、穏やかであたたかかった。
「急ぐ必要はないさ。ゆっくり、いろんなことをやってみよう。時間はたくさんあるんだから」
「時間がたくさんある」という言葉が、どこか現実味がなくて、エスターは思わず丸い目をさらに丸くした。
死だけを心から願っていた、あの絶望に満ちた停滞の時間でもなく、いつ理不尽に終わるのかと怯えて過ごす凍りついた時間でもない。明日、何が起こるのか、どう満たされていくのか――毎日が楽しみで仕方のない、そんな温かな時間。
「うん……楽しみ、だね」
頬をぽっと赤く染めたエスターの口から、愛おしいその言葉が自然とこぼれ落ちた。
そして、自分の口から出た言葉の温かさに驚いたエスターは、かつて自分が囚われていた牢獄のあった方角へ、ふと視線を向けた。
もうそこには存在しない場所。
それでも、あの暗く冷たい時間をたった一人で耐え抜いた“過去の自分”に、今のこの満ち足りた気持ちを、きちんと伝えてあげたくなった。
そうして、エスターは愛おしい自分自身に、そっと言葉を贈りたかった。
――よく頑張ったね、私。
苦しくて、辛くて、何度も心が折れそうになりながらも、あの過酷な時間を必死に生き抜いてくれたからこそ。今の自分は、こうして「明日」を楽しみに思いながら、光の中を生きられているのだと。