こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
163話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- やきもち焼きな皇太子
双子と一緒に家路につく馬車の中、エステルは小さくため息をつきながら、少し不満そうに尋ねた。
「お兄様たちはどうしてここにいるんですか?」
「あなたに会いたくて探しに来たんだよ。もしかして……来てほしくなかった?」
「もしかして皇太子ともっと一緒にいたかったのに、私たちが邪魔したのか?」
ジュディとデニスは、どうしてそんなふうに聞けるんだと言わんばかりに、あからさまに寂しそうなしぐぎを見せた。兄たちのそんな表情に弱いエステルは、すぐに心が揺らぎ、慌てて首を振った。
「違います! お兄様たちが来てくださったのが嬉しくて聞いただけです。一緒に帰れるなんて、すごく嬉しいです」
「そうだったの? 私はまた皇太子のせいで、私たちの優先順位が下がったのかと思ったよ」
ジュディは信じられないと言わんばかりに、まるで目の前にノアがいるかのように歯ぎしりした。図星を突かれたエステルは、心配しないでとジュディをなだめる。
「とにかく私は、思ったより試験が早く終わったから迎えに来たんだ」
「デニスお兄様は?」
「私も似たようなものさ。研究が昨日終わって神殿の近くにいたんだ。ちょうど君が神殿に立ち寄る日だったから、一緒に帰ろうと思ってね」
ノアとの時間を邪魔されたとはいえ、エステルを大切に思う双子の気持ちもまた本物だった。
「あと5分だけ遅く来てくれたらよかったのに……」
思わず本音が漏れそうになり、エステルは慌てて口を手で覆った。
「今、何て言った?」
「何でもありません!」
エステルはぎこちなく笑い、何事もなかったかのように外を眺めるふりをした。
「ところで、さっき皇太子と何の話をしてたの? 二人の雰囲気がただならなかったけど」
ジュディとデニスがものすごい勢いで怒りながら駆けつけたのは、まさにそれが理由だった。
「まさか二人、付き合ってるのか?」
「違うよ。絶対に違う!」
エステルは無用なからかいを避けるため、大きな声で否定した。
「キスでもしそうな雰囲気だったじゃないか。兄さんがどれだけ驚いたと思ってるんだ」
「そんなこと言わないで。エステルはまだ幼いのに、もうキスだなんて……そんなの見たら私、気絶しちゃうよ」
デニスとジュディは交互にそう言い立て、エステルの魂をすっかり抜けさせた。
「幼いって、もうすぐ成人なのよ!」
エステルは不満そうな表情を浮かべたが、実は双子はノアがエステルを気に入っていることをずっと前から知っていた。そうでなければ、皇太子である彼らがノアをそこまで気にかける必要などないからだ。ただ双子には、目に入れても痛くないほど大切な妹を、まだ誰にも渡すつもりはなかった。
「エステル、私たちは君を尊重している。誰と付き合おうと構わないが、まずは私たちに会わせてほしいんだ」
「え?」
「ジュディは血の気が多いから、私に会わせてくれ。そいつがまともな奴かどうか、私がしっかり見極めるからね」
二人の真剣な眼差しに、エステルは先の見えない自分の未来を想像し、泣きたくなった。
(私、大丈夫かな……?)
相手がノアでなくとも、恋愛をするのは簡単ではなさそうだ。その相手を家に連れてきたとき、父や兄たちがどれほど過剰な反応を見せるか、想像すらできなかった。
「早く帰って、久しぶりに家族みんなで食事しよう」
「はい、いいですね」
双子の言葉に一生懸命答えつつも、エステルの頭の中はノアのことでいっぱいだった。まだ告白された瞬間の余韻が残っている。
(私もエステルが好きだ)
あの言葉を聞いた瞬間、分かった。ノアではない別の誰かが自分の隣にいるなんて、もう想像もできなかった。それはノアも同じなのだろう。自分以外の誰かがエステルの隣にいると考えるだけで、胸の奥から怒りがふつふつと湧き上がる――そんな独占欲を、彼も抱いているはずだ。
(次に会ったときは、ちゃんと返事をしよう)
こぼれそうになる笑みを隠すため、エステルとうつむいて眠ったふりをした。
—
二日後。
エステルはレオに招待されたティータイムに出席するため、朝早くから身支度を整えた。
「ドロシー、今日はちょっと派手すぎない?」
「そんなことありません。お嬢様がお綺麗だから、そう見えるだけですよ」
特に気合を入れたつもりはなかったが、鏡に映る髪飾りもイヤリングもネックレスも、大粒の宝石がきらきらと輝いていた。エステルはイヤリングだけを残して装飾品を最小限にし、クラッチバッグを手に取った。
「これくらいで十分よ。行ってくるね」
「レオ様と楽しい時間をお過ごしください!」
いつもはノアと結ばせようと躍起になっていたドロシーだが、最近はレオのほうに心変わりしたらしい。エステルは苦笑しながら馬車に乗り、皇城へと向かった。
(どうしてこんなに落ち着かないんだろう)
何か大切なものを忘れてきたような、胸の奥がざわざわする感覚。その理由に気づいたのは、馬車が走り出してしばらく経ってからだった。
「そうだ……ノアにティータイムのことを話してなかった」
神殿で会ったときに話そうと考えていたが、あの妙な雰囲気のせいですっかり忘れてしまっていたのだ。ノアがレオを気にしていたことを思うと少し後ろめたかったが、今更どうしようもない。
やがて、ティータイムが開かれる伯爵邸に到着した。時間ぴったりに着いたため、屋敷の前にはすでに馬車がずらりと並んでいる。
「人が多そうね。顔だけ出して、すぐ帰ろう」
パーティークルーではないエステルは小さく眉間にしわを寄せたが、ふと見覚えのある紋章に目が留まった。
「……あれ、皇室の紋章じゃない?」
並ぶ馬車の中にひときわ目立つ一台があり、そこには確かに皇室の紋章が刻まれていた。驚きながら近づくと、馬車の窓際で何やらもぐもぐと食べているお馴染みの顔が見えた。
「パレン?」
「エステルお嬢様、ようやくいらっしゃいましたね」
「中にいるのはノア?」
「はい。入ってみてください」
エステルがそわそわしながら扉を開けると、パレンの予想通り、ノアは窓にもたれてぐっすり眠っていた。
「うーん……パレン、エステルが来たら起こして……」
寝言まで言っているノアに歩み寄り、額を軽くコツンと叩く。
「ここで何してるの?」
「エステル! いつ来たの?」
目を覚ましたノアは、ぼさぼさの髪をかき上げながら眠そうに目をこすった。
「どうしてここにいるの? レオお兄様のティータイムに来たの?」
「君に会いに来たんだ。君がここに出席するっていう名簿を見たから」
「そんなもの、どうやって手に入れたの?」
ノアは答える代わりにぐっと伸びをした。
「私には何も言わずに出席しようとしてたの? レオと二人で過ごすつもりだった?」
「そんなわけないでしょ。あなたに言おうと思ってたのに、うっかり忘れちゃったの」
「分かった、信じるよ。ふあぁ……」
「でも、どうしてそんなに疲れてるの?」
「君がここに出席するって昨日遅くに知ったんだ。今日ここへ来るために、一晩中眠らずに仕事を片づけてたんだよ」
レオと二人きりになるのを阻止するため、睡眠時間を削ってまでついて来たというノアを見て、エステルは腰に手を当てた。
「もしかして、レオお兄様に嫉妬してるの?」
「うん、嫉妬してる。ものすごくね」
ノアは脇に脱いでおいたジャケットを羽織りながら、真剣な口調で答えた。
「だから、私の前で二人きりで仲良くしないで」
「……じゃあ、招待状はもらったの?」
「招待状なんて必要ないよ。私が誰だと思ってるの?」
完璧に身支度を整えたノアは、にっこり笑ってエステルに手を差し出した。
「行こう。私がエスコートするよ」
—
ティータイムの出席者は、レオの名声に比べればそれほど多くなかった。レオがわざわざ親しい人たちだけを厳選して招待していたからだ。
庭園を見回しながら、レオは落ち着かない様子で歩いていた。今日のティータイムは、エステルと親しくなるための口実であり、二人きりの機会を作る計画だったのだ。
「まだかな……」
使用人が慌てて駆け寄ってきたのは、ちょうどその時だった。
「お嬢様が到着されました」
「本当か? 迎えに行かないと」
顔を輝かせたレオは正門へと足早に向かったが、後ろからついてきた使用人がためらいがちに声をかけた。
「あの、お嬢様がご友人を連れていらっしゃったと――」
「友人が?」
「もしかして、この前話していたそのお友達が……男だと言っていましたよね」
いやな予感を覚えつつ扉の前に着くと、ちょうど中から出てきたエステルがレオを見つけ、ドレスの裾を軽く持ち上げて微笑んだ。
「レオお兄様、招待してくれてありがとう」
「来てくれてこっちこそ嬉しいよ。そのドレス、よく似合ってる。すごく綺麗だ」
「お兄様も素敵よ」
レオがエステルに見惚れていると、エステルは後ろを振り返った。
「あの、友達も一緒に来たの。一緒に入っても――」
「もちろん構わないよ。君の友達なら私の友達でもある。気楽に入るよう言ってくれ」
レオがそう言い終えるやいなや、壁の後ろからスッとノアが歩み出てきた。
「招待されていない者だから、失礼にあたるのではないかと心配だな」
「……殿下?」
皇室騎士団に所属するレオが、ノアを見間違えるはずもない。目の前の人物が皇太子であるという事実に、レオは驚きを隠せなかった。
「そうだ」
レオよりもはるかに余裕のある表情で、ノアはあっさりと認めた。
「どうして……」
エステルを見つめるレオの瞳には、事前に教えてくれなかったことへのわずかな恨めしさが滲んでいた。
「まあ、ただの友達っていうには、少し物足りない関係でもあるけどね」
ノアはにっこり笑いながら、レオに握手を求めた。
「……そうですか」
レオは笑顔の裏に隠されたノアの警告を察知し、表情を硬くした。ノアがここまでエステルについてきたこと自体が、二人の関係を物語っている。
「お忙しい皇太子殿下が、こんなささやかなティータイムにまでお越しくださるなんて光栄です」
「そう思ってくれるならありがたいな。招かれていないのに来ていいものか心配だったんだが」
「まさか」
レオは平然と微笑みながら、ノアが差し出した手をつかんだ。そして――ほぼ同時に、二人の表情が険しくなった。
(私がいない間に、エステルの周りをうろついていたのはこいつか……)
(ほう、一勝負するつもりか?)
握手を交わしたまま、二人はお互いに一歩も引こうとせず、ありったけの力を込めて強く手を握り締めた。
隣で挨拶が終わるのを待っていたエステルは、首を傾げた。普通ならとっくに終わっているはずの握手が、一向に離れる気配がない。
「何か問題でもあるの?」
近づいて尋ねてみたが、意地を張り合っている二人にエステルの声は届いていない。
「殿下? レオお兄様?」
堪忍袋の緒が切れたエステルが二人の間に手を差し入れ、無理やり引き離そうとした。しかし彼らはびくともしない。
「ノア、いつまで握ってるつもりなの。早く離してよ!」
我慢の限界に達したエステルが冷ややかな視線を向けたその隙に、ノアはレオの耳元へと顔を寄せ、小さく囁いた。
「私だよ」
それはただ名乗っただけの言葉だったが、親しさの証だと受け取ったレオの表情はさらに強張り、ノアは勝ち誇ったように笑った。
「ちょっと待って、まだ挨拶の途中だから」
「挨拶って……手の甲に口づけする時間がやけに長いんだけど?」
「……はぁ。私、先に入りますね」
どちらも意地を張り合って手を離そうとしないため、待ちくたびれたエステルは肩をすくめて背を向けた。その瞬間になってようやく、二人は慌てて手を離した。
「殿下、挨拶はもう十分かと」
「そうだな。もう入ろう」
お互いに鼻で笑いながら、二人は足早にエステルの背中を追いかけた。しかし、ノアはポケットに手を突っ込んだまま、密かに体を小刻みに震わせていた。
(剣の腕だけじゃなくて、握力まで化け物かよ……手が壊れるかと思った。エステルが止めてくれて助かった……)
実際には、真っ赤になった手のじんじんする痛みをこらえるのに必死だったのだ。
—
ティータイムが進むにつれ、エステルとノアは出席者たちの注目の的となった。まだデビュー前で社交界の集まりには滅多に姿を見せない二人が揃って現れたのだから無理もない。
「殿下はまだベルキン王国にいらっしゃると思っていましたが……いつお戻りに?」
「先週帰国したって聞いたけど、これが初日程なのかしら?」
特に、ベリキンから戻って間もないノアの存在は人々の好奇心をそそったが、ノア本人にとってそんな視線はどうでもよかった。彼はエステルの隣をぴったりと陣取り、一歩も引かない。
「本当に隙がないな……はあ」
その鉄壁のガードのせいで、エステルに話しかけるタイミングが掴めないレオは、遠くから二人を睨むことしかできなかった。
「レオ、殿下と知り合いだったなんて聞いてないわよ。どうして隠してたの?」
「私だって知らなかったよ。隠すも何もないだろ」
友人の問いかけに、レオの眉間のしわはさらに深くなる。自分が主催したティータイムに皇太子が乱入しているという現実そのものが頭痛の種だった。エステルの歓心を買おうという計画は、早くも水の泡である。
「お二人は相変わらずね」
そこに近寄ってきた白髪の令嬢が、朗らかに笑いながら声をかけた。
「相変わらずって、私たち二人をどこかで?」
「あら、有名な話じゃない。ご存じないの?」
令嬢は口元を隠してクスクスと笑い、ノアとエステルのほうへ視線を向けた。
「最低限の公式行事に出ない殿下が、幼い頃から欠かさず出席する行事が一つだけあるの。それが何か分かる?」
「まさか、エステル嬢に関係することですか?」
「そうよ。彼女の誕生日パーティーと、大公家の家族行事のすべて。お二人は昔からただならぬ仲なのよ」
皇太子に関心のある者なら誰もが知る噂だった。
「そんなことが……訓練ばかりしていたから知らなかったな」
「おそらくデビュタントでも、あの二人しがパートナーにならないわね。いつ見ても本当にお似合いだわ」
伯爵令嬢はそう言い残して去っていったが、レオは複雑な思いでその背中を見送った。わざわざ他人から聞くまでもなく、ノアのすべての視線と行動がエステルだけに向けられているのは明白だった。
(勝てるわけがない……なんて、思わないさ)
自分だってエステルのことを本気で想っている。先に知り合ったという理由だけで、挑戦すら諦めるつもりは毛頭なかった。たとえ相手が皇太子であっても、自分の気持ちを伝える――大きな決意を固めたレオは、緊張した面持ちでエステルのもとへと歩み寄った。
「このケーキ、本当においしいね」
「一つ包んでもらって料理長に味を見せたら? 同じものを作ってくれるかも」
「えっ、これをどうやって――」
エステルがティラミスケーキを口に運び、幸せそうな笑みを浮かべていたその時。レオが近づいてくるのに気づいたノアは、素早く手を伸ばした。
「エステル、ちょっと待って。唇についてる」
ナプキンがすぐそばにあるにもかかわらず、ノアはわざわざ自分の手でエステルの口元を拭った。もちろん、レオを意識しての行動である。実際、それを見たレオの拳が固く握りしめられた。
「ナプキンで拭けばいいのに、どうしてわざわざ手でするの?」
「……」
照れくさそうにナプキンを手に取り、ノアの手に握らせるエステルの姿を横目に、レオは二人の前で足を止めた。
「エステル、少し時間はあるかい?」
「もちろん。どうしたの?」
「話したいことがあるんだ。裏庭で少し、二人で話せないかな」
「分かったわ」
エステルは持っていたケーキの皿をテーブルに置いて立ち上がったが、ノアがすかさずその腕をつかんだ。
「これ、まだ残ってるのに」
「すぐ戻ってくるから」
「じゃあ、私も一緒に行く」
なぜか嫌な予感に駆られたノアが立ち上がろうとしたが、レオが一歩前に出て丁重に遮った。
「殿下、申し訳ありませんが、エステルと二人で話さなければならないことがあります。どうかご容赦を」
「どうしても二人きりじゃないと駄目なのか?」
ノアが低く威圧的な声を出すと、レオは一歩も引かずに答えた。
「はい、そうです」
「すぐ戻ってくるから、ここにいてね」
エステルが目でなだめると、ノアは大きくため息をついた。
「……早く戻ってきてよ」
「うん」
エステルはレオと共に、静かな裏庭へと向かった。
遠ざかる二人を背中で見送るノアの瞳には、メラメラと嫉妬の炎が燃え上がっていた。エステルの隣にレオが立っているというだけで、耐え難いほどの苛立ちが込み上げる。
「いったい何の話をする気だ……!」
じっと待っていられるはずもなく、ノアは二人が消えた方向へと足音を殺して後を追った。
—
裏庭には、小さな魚の彫刻が飾られた愛らしい噴水があった。そのそばの丸太のベンチに、エステルとレオが腰を下ろす。
「今日はごめんなさい。誰かを連れてくるって前もって言えなくて……」
「ううん、私だってもっと早く言うつもりだったから気にしてないわ」
「そう言ってもらえると助かるよ。……それで、私が君をここに誘ったのは、他でもない話があるからなんだ」
レオの真剣な眼差しに、エステルは静かにうなずいた。
「話してください」
「デビュタントのパートナーは、もう決めた?」
「まだ時間があるし、考えていなかったわ」
「じゃあ……私じゃだめかな?」
「え?」
「もし私が君のパートナーになれたら、本当に嬉しいんだ」
いつもの慎重な彼らしく、誠実に言葉を選ぶレオの申し出は十分にありがたいものだったが、エステルは戸惑いを隠せなかった。
「それは……その……」
「レオお兄様とパートナーになりたい人なんてたくさんいるでしょう? 私じゃなくても――」
エステルが遠回しに断ろうとした瞬間、レオの顔が暗く曇った。
「他の人じゃ意味がないんだ。俺が好きになったのは、君だから」
こんな場所で告白するつもりはなかったが、ノアの姿を見た焦りが彼を突き動かしていた。今この想いを伝えなければ、二度とチャンスはないような気がしたのだ。
「レオお兄様……」
毎週のように家を訪ねてくる彼の気持ちに気づいてはいたが、実際に告白されるとどう返事をしていいか分からなかった。だが、レオが冗談で言っているのではないことだけは確かだった。
エステルは軽く唇を噛み、誠実に向き合おうと口を開く。
「私のことを好きになってくれたのはすごく嬉しいの。でも、私には……好きな人がいるの」
初めて口にするその想いは、偽りのない本心だった。
「……誰なのか、聞いてもいいかい?」
「殿下よ」
恥ずかしそうに下を向いたが、その声に迷いはなかった。そして、その名前を口にした瞬間、エステルの胸の奥がじんわりと温かくなった。
「やっぱり、そうだったんだね」
レオは苦笑を浮かべ、小さく首を振った。
「二人はまだ正式に付き合ってるわけじゃないだろ? 僕にもチャンスをくれないかな。先に出会ったというだけじゃないか。僕のことももっと知っていけば、きっと気持ちが変わるかもしれない」
「いいえ……先に出会ったからじゃないわ」
エステルはきっぱりと首を横に振った。
「たとえ殿下と出会っていなかったとしても、きっと私は……殿下に出会うまでの間、誰のことも好きにならなかったと思う」
「それはつまり、僕の入り込む隙はないっていう意味かい?」
「はい。他の人では駄目なの」
あまりにも揺るぎないエステルの声に、レオはしばらく言葉を失った。
「……どうして、そこまで言い切れるんだ?」
「ノアの代わりになれる人なんていないからよ。彼は私にとって、世界でたった一人の特別な人だもの」
いつ出会ったかなんて関係ない。誰にも代えられない存在なのだから。
「そんなはずはないよ。殿下に出会っていなかった可能性だって――」
「そんなのあり得ないわ」
エステルの澄んだ瞳には、一片の曇りもなかった。
「私たちは、いつかどこであっても必ず出会っていたはずよ。そして、お互いに惹かれ合っていたわ」
レオのことは人としても尊敬しているし、魅力的だとも思う。だが、仮に彼よりずっと優れた人が現れたとしても、答えは変わらない。
「その気持ちは……痛いほど伝わったよ」
レオは彼女の言葉を聞き、エステルのノアへの想いが自分の想像を遥かに超えて深いことを悟った。悔しさはあったが、もうどうすることもできない領域の話だった。
「これでも自信はあったんだけどな……」
自分に好意を寄せる令嬢たちの言い訳をいくらでも並べられた彼が、初めて本気で好きになった相手だったからこそ、自信があったのも無理はなかった。人生で初めて味わう失恋の痛みに、レオの目元がわずかに赤らむ。
「……目にゴミでも入ったのかな」
気まずそうに鼻をすすりながら空を見上げるレオに、エステルは首をかしげた。
「私が見てあげようか? まつ毛が入ったりするとすごく痛いし、一人じゃなかなか取れないでしょ」
「いや、いいんだ! 一人ででき……」
涙を隠そうとするレオの意図に気づかず、エステルは心配して彼のそばへ歩み寄り、顔を覗き込もうと軽く肩に手をかけた。見る角度によっては、どう見ても親密に抱き合っているようにしか見えない体勢である。
「何をしているんだ……今すぐ離れろ!!」
雷に打たれたような叫び声とともに、エステルの体がふわりと宙に浮いた。状況を把握する暇もなく別の場所へ引き戻され、気づけば目の前にはノアの広い背中が立ちはだかっていた。
遠くから見ていて誤解したノアが、慌てて駆けつけて二人を引き離したのだ。
「全部見てたぞ……。さっきから二人で……はぁ、エステル、私じゃ本当に駄目なの?」
ノアは今にも泣き出しそうな、切なさと怒りが入り混じった表情をしていた。
「だから、私の告白にすぐ返事をくれなかったのか……」
「殿下? いったい何を誤解されているのですか」
呆れたようにレオが声を漏らすが、すっかり嫉妬に目がくらんでいるノアには届かない。
「また二人でくっついて……何を見せてくれてるんだ!」
「だから、目にごみが――」
エステルとレオが呆気にとられて瞬きをする中、ノアはふと足元に落ちていたもの……いや、さっきのエステルの手つきを思い出してハッとした。
「……まつ毛?」
「そうよ、まつ毛が入って痛そうだったから取ってあげようとしただけよ」
「あ……じゃあ、続きをどうぞ。私はただの散歩の途中だったから! じゃあね!」
自分がとんでもない勘違いをしていたことに気づいたノアは、心の中で「最悪だ……」と絶叫しながら、何食わぬ顔でそそくさと背筋を伸ばして去っていくのだった。
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双子の来訪と家族の反応
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エステルのもとに兄のジュディとデニスが駆けつけ、ノアとの仲を疑いつつも妹を溺愛するゆえに警戒心を示す。
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エステル自身はノアからの告白を思い出し、彼以外の人は考えられないと心の中で想いを深める。
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伯爵邸のティータイムとノアの乱入
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レオに招待されたティータイムに向かったエステルは、なぜか待ち伏せしていたノアと合流する。
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ノアはレオへの強い嫉妬から、眠らずに仕事を片付けてまでエステルについてきた。
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レオの主催する会に皇太子であるノアが突然現れたことで、現場や周囲は大きなどよめきに包まれる。
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レオの告白とノアの勘違い
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裏庭に呼び出されたエステルは、レオからデビュタントのパートナーの申し出と真っ直ぐな告白を受ける。
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エステルは「ノア以外は考えられない」ときっぱりと断り、レオは失恋の切なさを噛み締める。
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その直後、エステルの目に入ったまつ毛を取ろうとした親密な様子を、遠目から見たノアが激しい嫉妬ですぐさま引き離しに走る。
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しかし、それが単なるごみ取りだったと知ったノアは、盛大な勘違いに気づいて気まずそうにその場を去っていく。
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