こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

121話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 大きな決断③
「……また戻ってきたな。」
本神殿に到着したカリードは息をつき、時刻を確かめた。
午後三時。
ラビエンヌを訪ねるのに支障のない時間。
心のどこかで少し彼女を避けたい思いもあったが、到着するや否や迎えに来たということは、やはり会わざるを得ないのだろうと感じた。
カリードは急いで聖女宮へ向かった。
そして宮に入るや否や、侍女長を探してラビエンヌの居場所を尋ねた。
「聖女様は今どちらにいらっしゃいますか?」
「新しく聖騎士に任命された方ですね。さきほど聖花を見に温室へ行かれましたから……まだそこにいらっしゃるでしょう。」
「ありがとうございます。」
場所を知ったカリードは迷うことなく温室へ向かった。
ラビエンヌが聖花を眺めている間、誰も近くに寄らないよう命じられていたため、周囲は静まり返っていた。
トントン、と温室の扉をノックして待っていると、中から朗々とした声が響いた。
「一体誰?」
ラビエンヌは花を整えていて疲れており、気が立っていた。
誰が入ってきても叱りつけるつもりだったが、カリードの顔を確認すると彼女は駆け寄った。
「カリード!ついに来たのね?どれほど待ちわびたか分からないわ。」
愛しい恋人に会うかのように親しげに振る舞うラビエンヌの態度に、カリードはむしろ戸惑い、固く表情を引き締めた。
「遅れてしまい申し訳ありません。」
「大丈夫よ。それより、どうなったの?」
ルビーのように赤い瞳がきらめきながら彼を見つめると、なぜか拒絶する気持ちが薄れてしまう。
それでも割れぬよう気を配って持ってきたガラス瓶を差し出した。
「持ってきました。」
「やっぱり……あなたなら成功すると思ってたわ。本当に素晴らしい。」
ラビエンヌは天使のような微笑みを浮かべ、感謝を告げながらカリードの肩にそっと手を置いた。
赤い血が満ちたガラス瓶を受け取るその姿は、奇妙に神聖さと不気味さを同時に放っていた。
その瞬間、ラビエンヌは待ち望んでいた贈り物を受け取った子どものように目を輝かせた。
「簡単じゃなかっただろうに、どうやって血を手に入れたの?」
カリードは、その問いに称賛の意図と同時に試そうとする気配が混じっていることを感じ取り、緊張を抑えつつ答えた。
「テレシアに行ったとき、ちょうど助ける機会がありました。木が倒れてきたんです。そのとき助けるふりをしながら傷を負わせ、血を手に入れました。」
――実際には、神殿に入る前に直接屠殺場へ行き、屠られた牛の血を受け取ってきたのだった。
「騒ぎになっただろう?」
「もともと混乱していた状況でしたし、ちょうど私が隣にいたので……幸運でした。難しくはありませんでした。」
彼は、以前から一人で何度も練習していた言い訳を、そのまま自然に口にすることができた。
ラビエンヌも、そんなカリードを見て特に疑うことなく受け入れた。
まさか聖騎士になった途端、エステルのために自分を裏切るなどとは夢にも思わなかったのだ。
「よくやったわ。本当に大変だったでしょう。ゆっくり休みなさい。」
ラビエンヌは無邪気に笑いながらガラス瓶を左右に揺らした。
瓶の中で赤い血がさらさらと音を立てる。
「ん?どうして出て行かないの?まだ伝えることがあるの?」
「その血を……どこに使うのか、知りたく存じます。」
その瞬間、ラビエンヌの瞳が鋭く光を変えた。
普段は笑顔を浮かべているため人々には気づかれにくいが、無表情になったときのラビエンヌの顔は凄まじく冷酷だった。
その変化に、カリードは思わず身じろぎした。
「カリード、私は誰だと思っているの?」
「……聖女様でいらっしゃいます。」
「そうだ。私は神の御心に従う代行者だ。私がすることはすべて神が命じられたこと。お前はただ、私が命じることを従順に行えばいい。」
その冷たい声には、自分の命令に疑いを抱くなという警告がはっきりと込められていた。
「主に対して質問するなど、失礼をいたしました。申し訳ございません。」
ラビエンヌの目から逃れることはできず、カリードは身を縮めて深々と頭を下げた。
「いいんだ。今後気をつければいい。また呼ぶこともあるだろう。それまで下がっていなさい。」
「はい、聖女様。」
今日の会話でラビエンヌへの疑念はますます大きくなったが、カリードはそのまま部屋を退出した。
ついに一人になったラビエンヌは、抑えきれない喜びを爆発させるように嗚咽を漏らし、手にしたガラス瓶を胸に抱きしめて見つめた。
「本当に美しい色だわ。」
自分の瞳と同じ赤い色が、とても愛おしく見えた。
ラビエンヌは期待に満ちた目でガラス瓶の栓を抜いた。
そして緊張した様子でゆっくりと瓶の口に唇をつける。
かつて候補生たちの血を飲んだ時とは、明らかに違うと信じて、彼女は一息に血を飲み干した。
瓶の中の血の半分が瞬く間にラビエンヌの口の中へと流れ込んでいった。
しかし――彼女が待ち望んでいた力の効果は、いくら待っても現れなかった。
相変わらずの疲労感に、力が増した気配もまるでない。
「……違ったの?」
ラビエンヌは愕然とし、顔を呆けさせた。
口元に血がついて赤く染まっても、拭おうとする気力すら湧かなかった。
念のためと、彼女は瓶に残った血の半分へと手を伸ばした。
血を飲み干しても、何一つ変わることはなかった。
「まあ、そうよね。あんな子が聖女であるはずないわ。運が良かっただけ。」
いつも目障りだったエステルが聖女ではないと分かったことは満足だったが、その感情は長く続かなかった。
最有力候補を失った今、本物の聖女を見つけるのは難しくなったのではないか、という焦りが押し寄せてきたのだ。
ラビエンヌは唇を噛みしめ、これからどうすべきか悩んだ。
「いったいどこで探せばいいのよ。」
公然と探すことができないのが問題だった。
聖女を見つけ出さなければならない用件が山積みになっているのに、行き詰まってしまったのだ。
「イライラして死にそう。」
募る苛立ちを抑えきれなくなったラビエンヌは、手にしていたガラス瓶を思い切り床へ投げつけた。
ガシャーンという音と共に、ガラスは粉々に砕け散った。
床には数えきれないほどの破片が散らばっていた。
その破片を苛立たしげに見下ろしたラビエンヌは、ふと周囲の聖画が黒ずんで変色していることに気づいた。
「これは……またどういうこと?」
ラビエンヌから漏れ出した毒気が、聖画に移り染みついていたのだ。
せっかく抑えて浄化したはずなのに、再び毒に侵された聖画を見て、ラビエンヌは思わず拳を固く握りしめた。
その時、またノックの音が響いた。
一瞬苛立ちを覚えたラビエンヌは、自分の本性を隠すためにできる限り穏やかな声で問いかけた。
「どなたですか?」
「私です、ルーカス。」
「……お入りなさい。」
幸いにもルーカスであれば、ラビエンヌのすべての姿を知っている人物だった。
彼には隠す必要もないので、とりあえず応接室の中に通した。
ルーカスは扉を開けて中へ入ると、部屋の中に散らばったガラスの破片を見て目を見開いた。
「これはいったい何ですか?」
「私がうっかり瓶を割ってしまったの。踏まないように気をつけて。」
「……承知しました。」
どう見ても投げつけられた跡だった。
さらに、ラビエンヌの周りにいる侍女たちが青ざめているのを見て、一瞬だけ眉をひそめたが、彼は何もなかったかのように振る舞った。
「私が応接室にいるときは邪魔されるのを嫌うと知っていて来たということは、それなりの理由があるのでしょう?」
「はい。伝染病に関する急を要する知らせが入ったのです。」
「話しなさい。」
「国境付近の神殿で、司祭たちが総力を挙げて防いでおりますが、すでに大きく広がってしまって手の施しようがないとのことです。」
よくない知らせに、ラビエンヌの表情が険しく歪むのを見て、ルーカスが気を利かせて口を開いた。
「今からでも王宮に知らせて、公的に対応するのはいかがでしょうか?」
「私が聖女になった途端に伝染病が広まったとしたら、皆どう思うでしょう? そんなのは許されません。」
ラビエンヌにとっては、少しでも早く伝染病を知らせて人々を救うことより、自らの名誉を守ることの方が優先だった。
「伝染病を防ぐのに最も効果的なのは何でしょう?」
「うーん……ここにある聖花なら、もしかすると可能かもしれません。ただ、数があまりにも少なくて……」
ルーカスは、温室で育ちつつある聖花を見渡しながら、あえて言葉を濁した。
聖女が祈りを捧げて生み出す聖花には、それだけ純度の高い聖力が込められているため、様々な用途に利用されていた。
特に、聖花で薬を作ると効果が高く、不治の病を除いた大抵の病はすぐに治った。
そのため、聖花を持つことは貴族の間で富の象徴となっていた。
また、聖花を売って裏金を得ることが神殿の主な収入源のひとつでもあった。
「不足していても、とにかく送ればいいのです。それが一番確実な方法でしょう?」
金銭欲などまったくないラビエンヌは、落ち着き払ってそう告げた。
わずかな国境地帯の神官たちが、多数の患者を治療し隔離できるはずもなかった。
噂が広まる前に防ぐ手立てがあるのなら、聖花をすべて使ってでも防ぎたい――その一心だった。
「ですが、半分は残さなければなりません。万が一に備えて。平民や奴隷たちのために使うには……聖花があまりにも貴重ですから。」
ルーカスは惜しそうに口をつぐみ、再び言葉を継いだ。
つい先ほどまで王宮に知らせて公的に動こうと言っていたのとは裏腹に、矛盾した二重の態度だった。
結局は神殿が損害を被ることだけは絶対に避けたいという思惑を、そんな中でも隠そうとしない姿に、ラビエンヌは鋭く笑みを浮かべた。
「ルーカス代信官様は、私と本当に似ていますね。」
「え?」
「だから気に入ったんです。自分の利益を追求しない人なんて、ただの偽善者だと思っていますから。」
ラビエンヌは手にしていた、毒で枯れてしまった聖花を床に投げ捨て、ルーカスの方へと歩み寄った。
「聖花が惜しいという意見には賛成します。でも、このまま何もせずにいて伝染病が広がれば、その時の損失は聖花を失うよりもずっと大きいでしょう。ひとまず半分でも送ってください。これで急場はしのげるはずです。」
「承知しました。」
ルーカスは真剣な眼差しで聖花を集めた。
しかし、完全には精製されていないと気づき、眉をひそめた。
「ちょっと待ってください。」
周囲の聖花を近くでよく調べると、無傷の聖花はほとんど残っていないことが分かった。
「これは……思ったより状態が良くないですね。この聖花では、国境地帯に送っても本来の力を発揮できないでしょう。」
聖花がここまで劣化していたのは、すべて聖女の不在が原因だった。
きちんと祈りを捧げられる者がいないため、力を失ってしまったのだ。
ラビエンヌは懸命に努めていたが、思うように精製できない聖花に歯を食いしばった。
「仕方ありません。これでも送っておきましょう。そのうえで――これからは大神官の皆さま、どうか私を助けてください。他のことは後回しにして、聖花を最優先で育てましょう。」
伝染病が収まらなければ、これからますます聖花が必要になる――そう考えたラビエンヌは、大神官たちと力を合わせることにした。
「承知しました。そして……カリードが戻ってきた件については、何かわかりましたか?」
「……彼女ではありませんでした。」
表情を曇らせたラビエンヌが、かすかに首を振った。
その答えに、ルーカスの目の輝きも翳っていった。
「神殿を維持するためにも、本物の聖女を早く見つけねばなりません。大変な事態です。」
「……これから、どうすれば?」
啓示が下ったにもかかわらず、未だに本物の聖女を見つけられず、事態は一向に進展しない。
次第に行き詰まりを感じ始めていた。
ルーカスは生まれて初めて、自分が誤った選択をしたのではないかと悩み始めた。
こうして、もしラビエンヌが本物の聖女ではないと明らかになれば、大神官の座を明け渡すことになり、事態は終わらないだろう。
どんな手を使ってでも、ラビエンヌの立場は守らねばならなかった。
「もう一度、女神様に祈りを捧げてみましょう。」
「はい。お願いいたします。」
二人は互いに違う思惑を抱きながらも、ひとまず聖花を浄化するために温室で力を合わせた。





