こんにちは、ちゃむです。
「余命わずかな令嬢が黒幕家に偽装就職したら」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
51話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 元老院議長ウォーレン
私はあっけにとられたまま老人を見つめた。
恋愛……って、何?
いや、それよりも、あの老人は――
「いったい何者なの?」
名門メルセデス公爵家の屋敷にずかずかと入り込めるなんて。
しかも、ウィンストンですら簡単には止められない様子だった。
私は目を細めた。その正体を推測するのは、それほど難しくなかった。
そもそも、この帝国でカディエンの部屋に勝手に入れる者など、ごくわずかしかいない。
皇族、大臣、そして――
『元老院』。
私と目が合うと、その老人はしわの奥にある灰色の瞳を細めた。
まるで獲物を見定めるような視線で……。
「まずは。」
突然聞こえた声に、私はびくりとして顔を上げた。
カディエンが私を見下ろしていた。
「少し重いですよ、先生。」
「……え? きゃっ!」
私はようやく我に返り、慌ててカディエンの体から離れた。
「す、すみません。」
カディエンはゆっくりと身を起こした。
よく見ると、彼はガウンだけを羽織り、たくましい胸元をあらわにした姿だった。意識がない間に着替えさせることができなかったため、体を拭いてガウンだけを掛けていたようだ。
広く引き締まった胸板が目に入ると、私は思わず顔が熱くなり、慌てて視線を逸らした。
そのとき、ウィンストンと目が合った。
老人の後を追って慌てて入ってきたウィンストンは、さっきから呆然とした表情でカディエンと私を見つめていた。目を開けて動いているカディエンが、まだ信じられないという顔だった。
私はそんなウィンストンに微笑みかけ、軽くウインクした。
「もう大丈夫だから安心して」
そんな意味を込めた合図だった。
すると、ウィンストンの瞳が揺れ、やがてぽろぽろと涙をこぼし始めた。
私の背後で何が起きていたのか知らない老人は、しばらく私をじっと見つめたあと、口を開いた。
「お嬢さんは、どなたですかな?」
丁寧すぎるわけでもなく、かといって失礼でもない、ごく普通の問いかけだった。だが、その目だけは老人とは思えないほど鋭かった。
私は老人を見つめ返したあと、静かに一礼した。
「はじめまして。リビア・プリングトンと申します。」
そして少し考えてから、もう一言付け加えた。
「ビンセント・ドラン様の住み込み家庭教師をしております。」
「住み込み家庭教師?」
その瞬間、老人の口元に冷ややかな笑みが浮かんだ。
彼はウィンストンへ視線を向けた。
「住み込み家庭教師とは……あの子はまだアカデミー……」
「……社交界にはもう顔を出していないようだな?」
彼の鋭い声に、ウィンストンはびくりと肩を震わせた。
そのときだった。
「ウォーレンもずいぶん丸くなったものだな。今では公爵様の学業のことまで気にかけるとは」
「もうその役目は終わりにしてもいいだろう。」
ガウンの前を整えることすらせず、ベッドにもたれたままのカディエンは、皮肉な笑みを浮かべた。
そんなカディエンを見て、老人は眉をひそめた。
「相変わらず品のないお方ですな、殿下。」
気のせいだろうか。
やけに「殿下」という呼び方を強調している気がした。
いや、気のせいではなかった。老人のカディエンを見る眼差しには、はっきりと敵意が宿っていた。
「『殿下』という呼び方を強調したところで、お前には似合わない――」
「まだ子どもなのだから、しっかりしなさい――そういう意味でしょう。」
その皮肉を、カディエンが理解できないはずがなかった。
案の定――。
「さすが、偉大なるメルセデス元老院議長。実にご立派なお言葉ですね。」
「……」
その一言一言には、刃物どころか爆弾でも仕込まれているようだった。
結局、先に一歩引いたのは老人の方だった。
細い目でカディエンをじっと見つめた老人は、一歩下がりながら言った。
「今日はその時ではないようですので、これで失礼いたします。」
カディエンは返事すらしなかった。
老人は部屋を出る直前、私をちらりと見た。
ぞくり、と背筋が震えた。
気のせいだろうか。老人の目つきは、まるで獲物を狙う蛇のようで、思わず背筋が寒くなった。
パタン。
老人が去ると、まるで嵐が通り過ぎた後のように、部屋には静寂が訪れた。
その沈黙を破ったのはウィンストンだった。
「ご、ご主人様……!」
急いで駆け寄ってきた彼は、呆然とした表情でカディエンを見つめた。
そんなウィンストンを静かに見下ろしたカディエンは、やがて口を開いた。
「先生から聞いた。私が意識を失っていたのは十日間だったそうだ」
「わあ……」
きっぱりとした口調で話すカディエンを見て、私は思わず心の中で感嘆の声を上げた。
(まるで他人事みたいに話すけれど、当事者は私なんですけど。)
傍から見たら、人のことを話しているようにしか見えないだろう。
ウィンストンは深く頭を下げた。その肩は小刻みに震えていた。
冷静沈着な黒幕家の執事長にとっても、今回の出来事は相当な衝撃だったらしい。
「は、はい……。どんな方法を試しても、ご主人様を目覚めさせることができなくて……。それなのに……」
ウィンストンは私の方を向いた。嵐に揺れるような彼の茶色い瞳が、私を見つめていた。
「一体、どうやって目を覚まされたのですか?」
その視線は、答えを強く求めているようだった。
本当は自分の能力を明かす覚悟もしていた。
けれど今は、まず――
「そ、それでは私はこれで失礼します。お疲れでしょうから……少しお休みください」
今は私が口を挟む場面ではなかった。
それよりも――
(……すごく気になる!)
カディエンのはだけたガウンの隙間からちらりと見える引き締まった胸板が、どうしても気になって仕方がなかった。
「では……」
ウィンストンが私を呼び止めたような気がしたが、私は軽く会釈だけして急いで部屋を出た。
バタン。
扉を閉め、そのまま背中を預けて大きく息をついた。
(……疲れた。)
夢の中に入るのは今回が初めてではないのに、なぜか今回はこれまで以上に精神力も体力も消耗した気がした。
まあ……。
(普通の夢ではなかったからね。)
いや、カディエンの夢はいつだって普通ではないけれど、今回は特に深刻だった。いずれにせよ、あとでカディエンと改めて話をしなければならない気がする。少なくとも、カディエンも私と同じ光景を見ていたはずだから。
(ひとまず私も少し休もう。)
それに、そろそろビンセントの授業も再開しなければならない。その計画も立てないと。
(レモンドにも会わないと。)
やるべきことが山積みだ。
私はふらふらと自分の部屋へ戻ろうと歩き出した、その時だった。
ふいに背後から誰かの視線を感じ、私ははっとして振り返った。
「……」
廊下の突き当たりで、白髪の老人――ウォーレン院長が私を見つめていた。
離れているのに、その濁った瞳がはっきりと見えた。
「ウォーレン……」
本当に、不快な人物だ。この世界でも、原作の中でも。
私は彼から勢いよく視線を逸らし、そそくさと自分の部屋へ戻った。
角を曲がるその瞬間まで、あの視線は執拗に私を追い続けていた。
・
・
・
やるべきことは山ほどあったが、その中でも一番急がなければならないのは――歴史だった……。
「授業を再開されるのですか?」
翌日の午前、私はウィンストンを訪ねた。
今日からでもビンセントの授業を再開したいと伝えると、ウィンストンは驚いたような表情を浮かべた。
「し、しかし、まだお体も本調子ではないでしょう……。どうかご無理なさらないでください。」
ウィンストンは冷や汗を流しながら私を引き止めた。
なんとも皮肉な話だ。
あの天下のウィンストンが、ビンセントの授業を止めようとしているなんて。
普段なら面白がって彼の言葉を聞いていたかもしれない。でも――
「いいえ。もう長く休んでしまいましたし、もうすぐ年末ですから……」
年末になると、皇立アカデミーでは休学生も受験できる年末試験が行われる。
その試験で優秀な成績を収めた学生は、翌年にさまざまな特権を得られる。また、期末試験の成績は卒業後も記録として残り、その後の人生にも影響を与える。実質的に、一年で最も重要な試験と言ってもいい。
だからこそ、不正行為をする学生が現れたり、プレッシャーに耐えきれず倒れてしまう学生もいる。中には、ライバルを減らそうとして薬物事件を起こし、退学処分になった学生までいた。
(私も、知らないうちにいろいろ巻き込まれたっけ。)
まあ、それは今はどうでもいい。
「……ドレン様が試験を受けるかどうかは分かりませんが」
正直、受けない可能性のほうが高い。
「それでも、私は最善を尽くしたいんです。」
私の言葉を聞いたウィンストンは、しばらく黙って私を見つめたあと、小さく息をついて頷いた。
「先生のお気持ちがそこまで固いのでしたら、私が止めることはできません。」
そう言ったウィンストンは、すぐに私を見て意味深な笑みを浮かべた。
「一つだけ申し上げますと、今回授業をなされば、きっと驚かれると思います。」
「え?」
どういうことだろう?
不思議そうに彼を見つめたが、ウィンストンはそれ以上説明するつもりはないようだった。
まあ――
(授業が始まれば分かるか。)
久しぶりの授業だからだろうか。私はもう胸の高鳴りを抑えられなかった。
「ヴィンセントの授業を再開すると?」
ウィンストンから報告を受けたカディエンは、動かしていたペンを止め、背もたれにもたれかかった。
(無理をするのは、どちらも同じだな。)
そう心の中で思いながら、ウィンストンはうなずいた。
「はい。本日の午後から、すぐに再開されるそうです。」
「本当にな……頭の中は授業のことしかないのか。大したものだ。」
カディエンは半ば呆れたように言った。だがウィンストンは、それがリビアへの想いから来ていることを知っていたため、静かに微笑んだ。
しばらく何かを考えていたカディエンが、ゆっくりと口を開いた。
「あの方は。」
その言葉を聞いて彼が顔を上げた瞬間、紫色の瞳はこれまでになく冷たく凍りついていた。
カディエンは氷のような声で尋ねた。
「彼は今どこにいる?」
カディエンの問いに一瞬たじろいだウィンストンは、すぐ静かに頭を下げて答えた。
「近いうちに開かれる大会までは、こちらに滞在されるご意向とのことです。」
「“意向”ではなく、一方的にそう通告してきた、ということだろう。」
カディエンは冷ややかに吐き捨てると、再びペンを走らせた。
ギリッ――。
しかし間もなく、ペン先が折れた。カディエンの手が止まる。
書類は折れたペン先で裂け、インクがにじんでいた。
……本気だった。
その様子を見守っていたウィンストンは、気の毒そうな目をしていた。しかし、カディエンが顔を上げた瞬間、その眼差しは跡形もなく消えた。
「どうせ大会は口実に過ぎない。」
「口実……ということですか?」
ウィンストンは目を丸くして尋ねた。
その間に新しいペンに持ち替えたカディエンは、無表情のまま答えた。
「大会までまだ一か月もあるのに、急に『出場する』と言い出した。そんな話を信じると思うか?」
ふっ。
カディエンの口元に冷ややかな笑みが浮かんだ。
「犬でも騙されないような嘘を平然と並べるとはな。」
「それでは……」
「別に目的があるのだろう。」
「目的、ですって……!?」
動揺したウィンストンは思わず声を上げた。メルセデスの元老院議長である彼に、いったいここで何の目的があるというのか。
「目的が何かは、そのうち分かるだろう。」
スッ――。
ペン先が容赦なく書類の上を走る。まるで誰かの首を切り裂くかのように。
「勝手な行動を取らないよう、しっかり見張っておけ。特に――」
カディエンの視線がゆっくりと下がった。そして再び口を開く。
「先生とビンセントには近づけさせないよう、厳重に警戒しろ。」
その言葉に、ウィンストンは再び驚いた表情を浮かべた。これまでカディエンが、誰かを守るよう命じたことは一度もなかったのだから。
……というわけでもなかった。
改めて主人がどれほど変わったのかを実感し、ウィンストンは静かにうなずいた。
「先生のことはチェルシーがおりますので、ご心配には及びません。お嬢様のことは、私からそれとなくお伝えしておきます。」
「そのチェルシーという侍女だが。」
カディエンは顔を上げ、ウィンストンを見た。
「信用できる者なのか?」
屋敷の使用人の管理は、執事長であるウィンストンと侍女長のロザンヌが担当していた。公爵夫人――つまり女主人が不在だからである。
本来であれば侍女のチェルシーは侍女長ロザンヌの管轄だが、チェルシーだけは少し特別だった。正式にロザンヌの面接を受けて採用されたのではなく、ウィンストンに見出され、そのまま見習い侍女として迎え入れられたからだ。
正式な侍女になるまでの手続きを経ていたためである。見習い侍女の頃からウィンストンの管轄下にあったため、現在も彼が管理を担当していた。正式な書類提出や面接を経て採用されたわけではなかったため、メルセデス側には彼女の情報はほとんど残っていなかった。
どこで生まれ、どのような生い立ちなのか。
年齢はいくつなのか。
そして「チェルシー」という名前が本名なのかどうか。
カディエンが問題視しているのは、その点だった。
チェルシーをリビアの侍女につけた当時、カディエンはチェルシーに興味などなかった。正確に言えば、チェルシーにも、リビアにも、まったく関心がなかった。だから、リビアにつけられたチェルシーがどんな人物であろうと気にしていなかったのだ。
しかし、今は違う。
今は――。
カディエンの考えを察したウィンストンは、すぐに頭を下げた。
「その子の身元については、私が保証いたします。」
「……」
カディエンはしばらくウィンストンを見つめた後、視線を逸らした。
「執事のお前がそこまで言うなら、信じよう。」
「ありがとうございます、ご主人様。」
「それから。」
カディエンの話は、それで終わりではなかった。少し考え込んだあと、彼はゆっくりと口を開いた。
「皇太子に密かに手紙を送れ。」
「皇太子殿下へ……でございますか?」
ウィンストンは驚いた表情で聞き返した。それも無理はない。これまでも皇太子のほうから連絡を取ってくることは何度かあったが、カディエン自ら先に手紙を送ることは――それは初めてのことだった。
しかも、「ビミリア」だなんて。
カディエンは静かにうなずいた。
「内容は?」
「……」
「一週間後、『月の痕跡』を共有する。」
「『月の痕跡』……」
カディエンの言葉を繰り返したウィンストンは、真剣な表情でうなずいた。
「承知しました。ただちに手配いたします。」
命令を実行するため、ウィンストンは執務室を後にした。
カディエンは書類から目を離し、壁の時計へ視線を向けた。
午後一時。
「……まだ一時にしかなっていないのか。」
その気だるそうな声とは裏腹に、その瞳には言いようのない焦りが宿っていた。
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元老院議長ウォーレンの来訪と不穏な影
名門メルセデス公爵家の屋敷の奥深くへと突如侵入してきた元老院議長ウォーレン。カディエンと鋭い言葉を交わし、不敵な笑みを残して去った彼の存在は、リビアとカディエンにとって新たな波乱の予兆となります。廊下の突き当たりからリビアを凝視するその冷酷な眼差しは、原作の不穏な空気を色濃く漂わせています。
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授業再開への決意とウィンストンの意味深な予告
十日間の意識不明から奇跡的に目覚めたカディエンをその場に残し、リビアは迫りくる皇立アカデミーの年末試験に向け、ビンセントの住み込み家庭教師としての授業再開を決意します。ウィンストンの心配をよそに強い意志を示すリビアに対し、彼は「授業を始めればきっと驚くことになる」という謎めいた言葉を残します。
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カディエンの警戒と皇太子への密書
ウォーレンの真の目的が大会への出場などではなく別にあると見抜いたカディエンは、ウィンストンに対してリビアとビンセントへの厳重な警戒を指示します。さらに、侍女チェルシーの身元や信用性を確認した上で、皇太子へ「一週間後に『月の痕跡』を共有する」という異例の密書を送るよう命じ、時計の針を見つめながら切迫した焦燥感を募らせていきます。