悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す

悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す【68話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。 ネタバレ...

 




 

68話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 歓迎できない相手②

「リリカ・プリムローズは気に入らないが、あの言葉は間違っていない」

リリカから連絡を受けたビエイラ卿は、その言葉を静かに胸の内で反芻した。

もともと芳しくなかった私の評判は、狩猟大会を境にさらに地に落ちている。

公爵令嬢の婚約者の座を得られなければ、立場は危うい。

確かに、以前ユリアに近づこうとして失敗したことはある。

だが――今は状況が違う。

ユリアは公爵家から追われ、孤立している。

もっとも弱く、最も付け入る隙がある瞬間だ。

この状況では、他の貴族たちも軽々しく手を出せないだろう。

「何より、ユネットの代表だ。手元にある金は相当なもののはず……」

もともとユリアは公爵令嬢という立場に加え、目を引く美貌もあり、悪くない婚約相手だった。

だが――彼女が築き上げた事業の話を聞いた途端、ビエイラ卿の興味は一層強まった。

(結婚すれば、あれはすべて俺のものになる……)

聖女とはいえ、しょせんは教会の存在。

確かな基盤を持つ公爵家の血を引く彼女のほうが、価値は上だろう。

それに――自分を捨てたリリカの目の前で、彼女が嫌っている姉ユリアの夫になる。

それもまた、悪くない。

そうして決意を固めたビエイラ卿は、工房にいるユリアのもとを訪れた。

「どうしてここに……」

リリカに教えてもらった、とは口が裂けても言えない。

わずかな焦りを押し殺し、ビエイラ卿は答える代わりに、先に言葉を投げつけた。

「正気ですか?」

開口一番、ユリアは冷たく言い放った。

一瞬でも隙を見せれば、そのまま公爵家へ連れ戻されかねない――そんな打算が見え見えだったからだ。

「あなたの父上に謝罪する件、私が取り持ちましょう。だから、私と婚約してください」

「……は?」

「今のあなたは、もはや貴族令嬢でもない身分でしょう。行く当てもない。分別がないのも無理はありませんが……やはり、だからこそ嫌いだったんですよ」

ユリアは思わず、乾いた笑みを漏らした。

「ビエイラ卿。仮に助けが必要だったとしても、あなたの手を借りるつもりはありません」

「なぜです?まさかまた皇太子殿下が助けに来るとでも?」

狩猟大会で拒絶されたにもかかわらず、こうして彼がここに来られたのは皇太子が動いていないからに他ならない。

来ない――そう踏んでいるからこその態度だった。

皇太子もまた、プリムローズ公爵家の娘としての価値があったからこそユリアに近づいたに過ぎない。

その肩書きを失った今の彼女に、もはや用はない――ビエイラはそう確信していた。

「目を覚ましてください。もう公爵令嬢ではないあなたに、皇太子殿下が興味を持つはずがないでしょう。あの方は愚かではありません」

そう言い放ち、さらに追い打ちをかける。

「あなたに残された道は一つです。今すぐ父君に頭を下げること。誠意を見せれば、きっとお許しくださるでしょう」

ユリアは静かに彼を見つめた。

「……その“唯一の方法”は、あなたにとって都合がいいだけでは?」

そして、淡々と言い切る。

「私がどう動くかは、私が決めます。ビエイラ卿の思い通りにはなりません」

少しだけ視線を外し、続けた。

「それと……私は忙しいので。用がないなら、ここをお引き取りください」

「忙しい?いったい何がそんなに忙しいんですか?」

ユリアは取り合わず、そのまま立ち去ろうとした。

だが――ビエイラ卿が一歩踏み出した瞬間、横から割って入る影があった。

セリアンだった。

彼はユリアの前に立ち、静かにその行く手を遮る。

「お嬢様に、これ以上近づかないでください」

「……誰だ、お前」

突然現れた男に一瞬だけ眉をひそめるビエイラだったが、すぐに薄く笑みを浮かべた。

「なるほどな。噂通り、公爵家の“混血”か。……人間ですらないじゃないか」

あまりにも露骨な侮辱。

当事者ではないユリアの表情さえ、固く強張る。

それでもビエイラは気にも留めず、嘲るように言葉を続けた。

「男に相手にされないから、今度はそんな連中にまで縋るのですか?」

「私の護衛騎士です。軽々しい発言は控えてください」

「護衛騎士、ですか。便利な言い訳ですね。傍に置いて好きに扱うための」

ビエイラは肩をすくめ、余裕を取り戻したように笑った。

「まあ、その程度の女だから、誰もまともに相手にしないのでしょう。だからこそ――人ですらないものに縋る」

「お嬢様への侮辱はおやめください」

「どの口が言う?人間でもないくせに口を挟むな。……ここでお前を始末しても、罪に問われるか試してみるか?」

一線を越えた言葉だった。

その瞬間――ユリアが、セリアンの背後から一歩前へ出た。

ユリアが前に出た、その瞬間――「誰も望んでいないのに、勝手に踏み込んできたのはあなたのほうでは?」

言葉を発しかけた彼女の声を遮るように、冷ややかな声が差し込んだ。

張り詰めていた空気が、一瞬で静まり返る。

「実力があるからこそ、ユリア嬢が側に置いているのでしょう。それを偏見で貶めるとは……あまりに品がない」

聞き覚えのある声だった。

振り向かなくとも分かる。

曇りがちな空の下、その人物だけが陽光をまとっているかのように際立っていた。

――皇太子。

(……どうして、ここに)

思わず息を呑む。

自分を避けていたはずの彼が、今、明確に“こちら側”に立っている。

その事実に、セリアンでさえわずかに目を見開いた。

ユリアもまた、同じように驚いていた。

「皇太子殿下には、本日はお約束を守るのが難しいとお伝えしたはずですが……どうしてここにいらっしゃるのですか?」

その言葉とは裏腹に、場の空気は一瞬で張り詰める。

整った容姿とは対照的に、彼の放つ気配は鋭く冷たかった。

無表情のままなのに、にじみ出る威圧感に周囲の空気が歪む。

「今度は言い争う相手がいなくなったから、護衛騎士にまで当たり散らしているのか?」

「で、殿下……?」

「少なくともあの男よりは有能だから側に置いているのだろう。――あれは、令嬢にとって必要のない存在だと、いつになったら理解する?」

突然現れた予知の皇太子。

その登場に、ビエイラ卿ですら一瞬言葉を失った。

(……どこまで見透かしているんだ、この男は)

「……そうか。」

「くっ……」

「それに、皇太子がユリア嬢を捨てただなんて噂まで信じているとは、呆れるな。」

予知の皇太子が嘲るように笑った。

整った顔立ちに浮かんだ歪んだ表情が、妙にしっくりと馴染んでいる。

「言ったはずだ。――知ったような口をきくな、と。」

「それは……」

「学習能力がないのか?軽率に口を開くことすら控えられないのに、今度は……嫌われている令嬢の前にまで押しかけて、何のつもりだ?」

「……」

「答えろ。マルセル・ビエイラ。」

ビエイラ卿は、これまで何度もユリアに接触し、騒ぎを起こしてきた男だった。

予知の皇太子は、すっと目を細めた。

「……何度も迷った末に、こうして来たのだ。」

ユリアは体調が優れず、今日は会えないかもしれないと伝えてきた。

それでも心配で、じっとしていられなかった。

側近や秘書官に相談しながら、数日かけて準備したコースが台無しになったとしても構わなかった。

自分の苦労など、どうでもいい。

家門から追い出されたという噂の中で、ユリアが今いちばん辛いはずなのだから。

せめて顔だけでも見せてくれたら――そんな思いで、彼女に少しでも良く見られたくて、何度も服を選び直した。

着飾りすぎていると思われないかと気にしながらも、それでも普段より少しでも良い印象を残したいと、胸を高鳴らせて。

エノクにとって、ユリアはそういう存在だった。

どう接していいのか分からず、慎重にならざるを得ない相手。

(私はあれほど気を遣って来たのに、この男は……)

だが、ビエイラ卿はまるで正反対だった。

ユリアに対して遠慮のない態度をとることに、何のためらいもない。

何より、ユリアを自分より下の立場と見て、見下し、押さえつけようとするその振る舞いが――気に入らなかった。

「わ、私は……」

言葉に詰まったビエイラ卿は、周囲の様子をうかがうと、すぐに一歩引いた。

あまりにも情けない退き方だった。

ユリアに対する態度と、エノク皇太子に対する態度があまりにも違う。

エノク皇太子は、そのまま追い詰めて決着をつけるかのように――一歩、前へ出た。

――だが、そこで足を止めた。

今日は、他でもないユリアの誕生日だ。

しかも彼女は今、家門を離れたばかり。

ビエイラを追い詰めることより、優先すべきことがある。

「ユリア嬢。」

彼女の様子を確かめること。

ビエイラのせいで青ざめた顔。

以前会ったときよりも、明らかにやつれて見えて――胸が痛んだ。

「色々と大変だったでしょう。……無理をなさらず、まずは落ち着いてください。」

少し力の抜けた表情で、ユリアが問いかける。

「どうして、ここに……?」

「今日は、あなたの誕生日でしょう。だから……」

ユリアは、エノク皇太子が今日が自分の誕生日だとは知るはずがないと思っていた。

ところがちょうどその日、会おうという連絡が来て、もしかしたらという期待を抱いてしまった。

――だが、それは本当だった。

彼は彼女の誕生日を知っていたのだ。

「忙しいとは聞いていましたが……せめて贈り物だけでも当日に渡したくて、預けて帰ろうと思っていたのですが、こうして会えてよかったです。」

エノク皇太子といえば、忙しくないはずがない。

ユネットで良くない状況が起きて混乱しているのは、ユリアだけではなかった。

「それに……少し心配でもありました。もしかして、倒れてしまいそうな顔をしているのではないかと。」

こんな状況だから、ほんの少しでも顔を見られてよかった――そう付け加えた。

家門から追い出されたと聞いて、長老たちはユリアよりも悲しみ、怒っている様子だった。

それでも自分の否定的な感情をぶつけるのではなく、ユリアの心情を気遣っていた。

「行き先があるのなら、ご一緒しましょうか。お送りいたします。」

「あ……」

セリアンはそっと様子をうかがい、やがて頷いた。

先ほどの出来事があったにもかかわらず、男性の馬車に乗ることを許したのを見るに、今の一件でエノクをかなり信頼するようになったのだろう。

ユリアも同じ考えだった。

(エノク皇太子殿下は……いくら婚約者とはいえ、私を好き勝手に扱うような方ではない。)

ユリアはエノク皇太子の馬車に乗り込んだ。

皇室の紋章が刻まれた馬車だった。

さっきのように、誰かが突然言いがかりをつけてくるようなことは、もうなさそうだった。

「ふぅ……」

ユリアは遅れて、ゆっくりと息を吐いた。

少し安心した様子のユリアを見て、エノクは優しい声で言った。

「事情は聞いています。プリムローズ公爵家で、随分と理不尽なことがあったようですね」

それでもプリムローズ公爵家の話になると、どうしてもわずかに苦々しさが滲んだ。

「誕生日も目前だというのに、人を追い出すとは……。他の令嬢の誕生日の宴には、私の耳に入るほど盛大に準備をしていたというのに、ね……」

リリカを「他の令嬢」と呼ぶ人間は、初めてだった。

いや、今となっては――もはや「社交界の花」ではなく、「聖女」と呼ばれる立場なのに。

「このような状況でお時間をいただきたいとは申し上げられませんし、向かわれるご予定の場所にも行けないかもしれません。それでも……用意した贈り物だけはお渡ししたいのです。今日のような日には、きっと必要だと思いましたので」

エノク皇太子の懐からケースが取り出された。

「これは……」

「通信魔法が付与されたイヤリングです」

ケースの中には、一対のイヤリングが収められていた。

「このように……連絡を取りたい相手と分けて身につければいいのです」

魔力石がはめ込まれたイヤリングは、不思議と少しずつ違う光を放っていた。

「少し特別な点は……体温によって色が変わることです。ですが、そこまで気にされる必要はありません」

それは、この魔力石の副次的な特性なのだろう。

特に気にする必要はないと言いながらも、

片方のイヤリングを手にしたエノク皇太子は、どこか少し照れているように見えた。

(イヤリングの光が赤く変わってる……?)

エノクの瞳のように緑色だったイヤリングが、彼の手の中で赤く染まっていた。

その色をぼんやりと見つめていたユリアは、はっと我に返った。

「片方ずつ分けて持つということは……つまり……」

(ペアのイヤリングってこと?)

「はい。片方は私が持っていなければなりません」

再び、エノク皇太子の持つイヤリングの光が揺れた。

もっとも、その変化も――このイヤリングが「色が変わる」ものだと知っている者でなければ気づけない程度のものだったが、ユリアにははっきりと分かっていた。

「これは……」

遅れてユリアの視線に気づいたエノク皇太子は、照れ隠しのようにイヤリングから手を離した。

もうイヤリングがなくても分かる。

彼がいつもより照れていることが。

「とにかく、これがあれば私にいつでも連絡できます。私も同じです」

本当はもっと高価なものを贈りたかったが、今日はひとまずこれだけにした。

まだ恋人同士ではないのだから。

その言葉を胸の内にしまい込み、エノク皇太子は少し力を込めて言った。

「来年の誕生日には、必ずきちんとお祝いします」

贈りたい誕生日のプレゼントは数えきれないほどあった。

彼がユリアに贈りたいものは、決してこの程度ではなかった。

そう――今日は、ただイヤリングひとつで終わる日だ。

(いつかは“恋人”という立場になりたい)

誕生日には当然のように、ユリアの隣に立つ存在でありたいとも思った。

ビエイラ公爵のような人物の前でも、もう少し堂々と振る舞いたかった。

誕生日プレゼントも、気を遣わせてしまうのではと心配することなく、もっと良いものを贈りたい。

(でも、今日は違う)

家門を出てきたばかりで、彼女はきっと戸惑っているはずだ。

今はただ、寄り添い、支えてあげるべき時だった。

今日のことへの感謝から、断れずに自分の想いを受け入れてしまう――そんな状況にはしたくなかった。

自分の感情だけで突き進むのは、ただの独りよがりに過ぎないのだから。

そしてエノク皇太子にとって、愛とはそういうものではなかった。

「お誕生日おめでとうございます、令嬢」

彼は名残惜しさを胸にしまい込み、微笑んだ。

「あなたが生まれてきてくださったことに、感謝しています」

そんな彼を見て、ユリアの心がふわりと揺れた。

(生まれてきてくれてありがとう、なんて……そんな言葉、初めて聞いた)

いつもはただ過ぎていくだけだった誕生日が、少しだけ特別な意味を持ち始めた。

再び婚約を結ぼうと訪ねてきたビエイラ公爵も。

家門から追い出した父や兄たちも。

これまで自分の誕生日を、きちんと知ろうともしなかった。

ただ一年に一度巡ってくるだけの、特別でも何でもない一日――そんなふうに思っていた。

……意味のない日だと思っていた。けれど本当は、祝ってほしかったのかもしれない。

「ありがとうございます、殿下」

ユリアは、ちょうど何もつけていなかった自分の耳にイヤリングをつけた。

先ほどエノク皇太子の手が触れたとき、イヤリングの色は確かに変わっていた。

(じゃあ、今私がつけているイヤリングの色は……?)

自分でつけたとはいえ、自分の目では見えない位置だ。

それが少し気になりつつも、ユリアは恥ずかしそうに礼を述べた。

「とても高価なもののようですが……」

これまでにも通信系の魔道具は存在していたが、魔力の供給が必要で、しかも大きくかさばるものだった。

双方向のやり取りも難しい。

それに比べて、これは小型でありながら魔力のないユリアでも使えるものだった。

「どこにでもあるような平凡な品を、贈るわけにはいきませんから」

「……」

その言葉にユリアは一瞬戸惑ったが、やがて勇気を出して口を開いた。

「大切な贈り物、ありがとうございます。私も皇太子殿下のお誕生日には、きちんとお返ししますね」

そう言って、はっきりと答えた。

これなら、これからどこにいても皇太子と話すことができる――その利点を手放したくはなかったし、彼がくれた贈り物を無駄にしたくもなかった。

(私も、ちゃんといいものを贈ればいいんだ)

少し不安そうだったエノク皇太子は、ふっと柔らかく目を細めて笑った。

「それは楽しみですね」

優しく響くその声は、どこか温かかった。

冬へと向かっていく冷たい空気の中でも、彼は私にぬくもりを与えてくれる人だった。

気がつけば、エノク皇太子とともに錬金術ギルドへと到着していた。

彼がそばにいてくれたからか、ビエイラ公爵の登場で張り詰めていた緊張も、いつの間にかほぐれていた。

「家門から追い出されたというのに、私たちはこのままでいいのでしょうか。何か手を打つべきでは……?」

「もちろん何かしたい気持ちはありますが、こちらが動いたことで、かえってプリム……いえ、とにかく夫人や令嬢にご迷惑がかかってしまっては困りますから」

「まずは連絡を……いえ、連絡先はどこに……?」

錬金術ギルドの扉を開けて中に入ったが、こちらに視線を向ける者は誰もいなかった。

予想していた通りだった。

ギルド員たちは皆、私がプリムローズ公爵家から追い出されたことや、ユネットの代表だという話など、さまざまな噂を一度に聞いて混乱している様子だった。

「みんな、久しぶりね」

私はわざと声を張って、自分の存在を知らせた。

それぞれ別の話に夢中だった人々の視線が、一斉にこちらへと向けられる。

「ぷ、プリムローズ令嬢?いえ、ユネット代表様……?」

「もうプリムローズと呼んではいけないのですか?一体何が……」

いつかはプリムローズ公爵家を出たいと思っていた。

けれど、こんな形で突然そうなるとは思ってもいなかった。

ようやく研究資金を得て、支援者もつき、変化を迎え始めた錬金術ギルドの面々は、誰よりも混乱しているようだった。

「今はいろいろな噂が飛び交っていて、気になることも多いでしょう。だから、直接お話ししようと思って来ました」

私が口を開いた瞬間、場は一気に静まり返った。

「それから、先に伝えておきたいことがあります。この場を借りて言うなら――実質的に錬金術ギルド長の業務を担っているのは、母ではなく私です」

本当は、きちんと顔を見て、自分の口で伝えたかった。他人づてではなく。

「これまでは私の評判を気にして、母の名前を前面に出していました。もちろん母も多くの面で助けてくれましたが」

「……」

「そして同時に、私がユネットの代表であることも事実です」

「ゆ、ユネットの代表だというのは本当なんですか?一体どういうことなんです……?」

ギルド員たちはざわめき始めた。

「つまり、令嬢がユネットの代表であり、さらに錬金術ギルドのギルド長でもある、ということですか……?」

「その通りです。そしてこれまで活動資金として支払ってきたものも、すべてプリムローズ公爵家とは関係のない、私個人の資金です」

「そ、そんな大金を全部ご自身で……?」

「ええ。プリムローズ公爵家から私が追い出されたという話で混乱していると思いますが、どうか私を信じて、これからもついてきてほしいのです」

エノク皇太子が一歩前に出て、私の言葉を支えるように口を開いた。

「そもそも、錬金術ギルドへの支援を決めたのも、公爵家ではなく、この令嬢ご本人の意思によるものです」

「なるほど……」

「つまり、錬金術ギルドへの支援を決めたのも、すべて令嬢ご自身の判断だったのですね。では、皇室からの支援も変わらず続くということですね」

幸い、ギルド員たちは私がプリムローズ公爵家を出たという事実に、そこまで大きく動揺はしていなかった。ある程度は察していたのだろう。

「では……ギルド長はご無事なのですね?」

「ええ、心配はいりません」

「皇太子殿下もお側にいらっしゃるとなれば……嘘ではなさそうですね」

いつの間にか、私への呼び方も「ギルド長」へと変わっていた。

時折「ユネット代表だから資金があるのか」といった声が上がる程度で、先ほどまでの不安げな空気はすっかり消えていた。

(公爵令嬢が公爵家と決別したというのに、思ったより落ち着いて受け入れているわね……)

プリムローズ公爵家を離れても、何も変わらないという自負はあった。

それでも、こんなにあっさり納得されるとは思わなかった。

内心ほっとしながらも、同時に不安もよぎる。

(もしかして、不満があっても言い出せないだけじゃ……?)

もう少し説明を加えるべきか、それとも質問を待つべきかと考えていると、いつの間にか近づいてきていた副ギルド長が小声で言った。

「ご心配なさらないでください。皆、『ギルド長』がご無事ならそれで十分だと思っています」

「……ありがたいことですが、それだけでここまで信頼していただけるのは、少し不思議ですね」

「これまでギルド長が見せてこられた姿が、それだけ確かなものだったということですよ」

「皆が、信頼しているということです」

私を呼ぶ副ギルド長の呼び方も、すでに「ギルド長」へと変わっていた。

(こんな若くて未熟な私が、本当にギルド長なんて名乗っていいの?)

そこまで努力してきた記憶もないのに。

化粧品のほうが、まだ自分の専門だと言えるくらいで、錬金術に関しては胸を張れるほどでもないのに――。

戸惑いを隠せずにいると、副ギルド長はくすりと笑った。

「これまで見向きもされず……いえ、軽んじられてきた錬金術に、ようやく光が当たる機会が巡ってきたのです」

「……」

「これまでは光どころか、全力を尽くすことすら許されず、希望を持つことさえできなかった人たちですから」

パルニエ副ギルド長は、どこか穏やかな目をしていた。

彼は笑っていた。人の良いおじさんという印象が強かった彼にしては、珍しく幼さを感じさせる表情だった。

「ここにいる者たちは皆、錬金術の発展のためなら、自分の安否など顧みない変わり者ばかりです。富や名誉、立場といったものにも無頓着な、少しばかり変わった人間ばかりでしてね」

「それは……」

「私も多少は視野が広いものですから、代表として前に立つことはしてきましたが、ギルドに大きく貢献できたわけではありません。ですが、ギルド長が来てからは大きく変わりました」

「そんなふうに言わないでください。パルニエ副ギルド長がいなければ、これまでギルドは続いてこなかったでしょうし……」

「ふふ。自分を責めているわけではありません。ただ事実を述べただけですよ」

そう語る副ギルド長の瞳に、やがて静かな光が宿り始めた。

「ひとつ、お話ししてもよろしいでしょうか。今回の臨床実験で、わざと自分に火傷を負ったギルド員もいたのです」

「えっ……?それって正気ですか?」

私は思わずその場で飛び上がった。

だが、副ギルド長は落ち着いた様子で続ける。

「火傷用の軟膏を開発したギルド員です。効果や傷の治り方を、より正確に観察したいと考えたようでして」

「止めなかったんですか?」

「私も隣で一緒に参加しました。もちろん、実験対象としてですが」

「……」

「思っていた以上に軟膏の効果は高かったですよ。傷跡もほとんど残っていません。ただ、神官の治癒ほどではありませんが」

「パルニエ副ギルド長……」

「それだけではありません。彼らは他にも、実に興味深いことをたくさんやってきました」

「……そのほかにも、なかなか興味深いことをいろいろとやってきましてね。頭痛は悪霊の仕業だという説に反論するために、各地の流行病の現場を巡ったり、神殿の前で……」

「えっ、神殿って……?そこで錬金術師が何をしてるんですか?正気ですか? いくら最近は異端審問が緩くなったとはいえ……!」

「はは、さすがに中に入ったわけではありませんよ。周辺を調べただけです。多くの人が亡くなった場所に赴くことで、比較対象となる事例を集めたかったのです」

「……」

「残念ながら、帝国内で“最も幽霊が出る”とされる三か所のうち、一か所には行けませんでしたが」

「それ、聞いたことがあります。行けなかった場所って、どこなんですか?」

「フェルネ大峡谷です。今回、山崩れが起きてしまって……通行路が完全に塞がれてしまったのですよ。いずれ道を切り開く方法を考える必要がありそうですが、現状では近づくことすら難しくて」

「ちょっと待ってください。山崩れが問題なんですか?そこって、魔物が何百匹も出る場所じゃありませんでしたっけ?」

「その機会に薬の効果も試せたでしょうね。ただ、命令を破って万が一ギルド長にご迷惑をかけるわけにはいきませんから」

本気で残念そうに口元を押さえる副ギルド長を見て、私は一瞬言葉を失った。

(今の、冗談じゃないわよね……?)

何百匹もの魔物が出る場所に行けなかったことを、本気で惜しんでいる……?

「結論だけ申し上げますと、場所によって結果に大きな差はなく、鎮静剤の効果はほぼ同程度でした。幽霊の多寡による違いも見られませんでした」

「はは……大変でしたね。でも、それはいい宣伝になりそうですね。特に片頭痛なんかは、悪霊のせいだと信じている人も多いですから……」

なんだかんだ言っても、そういう話に納得してしまう人は少なくないはずだった。

そもそも地球でも、医学が本格的に発展したのは、神と病が切り離されてからのことだ。

疫病が広がった際、何もできなかった神官たちの姿を見て、人々の認識が変わっていったのだ。

しかもこの世界では、神の奇跡とも言える神聖力を実際に目にしてきたからこそ、根拠のない話も信じやすいのだろう。

「すべては令嬢のおかげです。私も個人的に感謝しております」

「……私こそ、パルニエ副ギルド長にはとても感謝しています。私がいない間も、錬金術ギルドや皆のことを気にかけてくださっていましたよね」

「ええ、そうですね。正直に言えば、私がギルド長だった頃よりも、今のほうがずっと働いている気がします」

「あ、では今後は……」

「むしろ、今のほうがいいくらいです」

彼は初めて、私を見ていたずらっぽく笑った。

中年の落ち着いた男性から、ふと少年のような輝きがのぞく。

「たとえギルド長が世間と対立することになっても、誰も背を向けたりはしません。今日だって、ギルド長が資金や支援を出せないとしても、気にする者はいませんよ」

「副ギルド長。私が逃げ出すんじゃないかって心配なんですか?そんなに持ち上げられると……」

状況が悪くなれば、ギルドの後援を取り上げるのではないか――そんなふうに思われているのだろうか。

こんなに真剣に褒められると、かえって気恥ずかしい。

けれど、その言葉にこもる本気が、彼の瞳の光から伝わってきて――そんな不安はすっと消えていった。

「ふふ、もしギルド長がいらっしゃらなかったら、今ごろ爆発するような薬でも作って突っ込んでいたかもしれませんね」

「……じょ、冗談ですよね?」

「実際にそうならなくて何よりです。私も若い頃は、なかなか向こう見ずな性格でしたから」

副ギルド長はくすっと笑った。

(この人、本気だ……!)

“冗談”と言いながら否定しなかった。

ギルド員たちが「錬金術バカ」「変わり者」と呼ばれていた理由を思い出し、思わず冷や汗が流れる。

――でも、よく考えれば。

パルニエ副ギルド長は現実的な性格だからこそ、何十年も地下にこもって研究を続けてこられたのだ。

あれだけ長く耐え続ける人が、正気でないはずがない。

「ギルド長、いろいろとお疲れでしょう。明日の朝から報告を受けていただく予定ですが、一晩こちらでお休みになられますか?」

「お願いします」

「では、私も錬金術ギルドで泊まっていこう」

私が言い終わるより先に、エノク皇太子殿下が割り込むように言った。

「皇太子殿下も、ですか?」

一瞬きょとんとした表情を見せたパルニエ副ギルド長は、私とエノク皇太子を交互に見てから、納得したように頷いた。

「もちろんです。エノク皇太子殿下のお部屋もご用意いたします。ギルド長と同じ階に」

(……え、どうして分かったの?)

ここに泊まること自体、私でも少し迷っていたくらいなのに――。

(いくらなんでも、皇宮のほうが快適じゃないの……?)

私は、皇太子殿下がわざわざ錬金術ギルドに泊まる必要はないと言いかけて、言葉を飲み込んだ。

今日は本当にいろいろなことがあった。

明日もギルドでやることがあるし、もう暗くなっている以上、無理に戻る必要もない。

いずれにせよ、今日ここへ来たのは正解だったのだろう。

「念のため、戦闘用の錬金薬も作っておいたほうがいいかもしれないわね」

「そうですね。まだ十分な検証はできていませんが、威力に関しては申し分ない爆薬がありますし」

……パルニエ副ギルド長の言葉に続いて、他のギルド員たちも物騒な話をし始めた。

「とりあえず爆発すればいいんじゃないか?」

「もし盾を持たせたとしても、相手の頭ごと吹き飛ばして、そのまま私の頭まで巻き添えにしそうね!」

「ははは!解毒剤を作るどころか、毒薬まで開発してしまったとは!」

(……私のために、だよね?攻撃用の薬を試したかっただけじゃないよね?)

「神官相手には使えないだろうな?」

「普通の神官の力じゃ防げないだろうな!自分も巻き込む覚悟で使う代物だ!」

「こいつ、なかなか物騒なこと言うな!」

……いや、笑いながら言うことじゃないでしょ、この人たち。

でも、この人たちって人を救うために必死で、半ば強引にでも錬金術師として引き入れた人たちだよね?

ただ「生きるか死ぬか」を面白がってるだけじゃない……よね?

……不吉な考えがよぎったけれど、私は必死にそれを押し込めた。

「君たち、ずいぶん血気盛んだな。」

「あっ、ギルド長!」

「最近、製薬事業の立ち上げを控えてかなり忙しいと聞いていたが……無駄な薬まで作っているのか?」

「そ、それは……」

「少しは日程を前倒ししてもいいんじゃないか?」

「はい?」

私は驚いているギルド員たちを後ろに残し、そのまま自室へ向かった。

後ろから呼び止める声が聞こえたけれど、軽く無視した。

さっきまで、彼らに気を遣わせてしまった気がして申し訳なく思っていたのに。

どうしてだろう。

あの人たちが、ただの普通の人間には見えなくなってしまったのは――。

薬を作る機械みたいに見える。

「錬金術に取り憑かれた連中……」

それなら私は、彼らの期待に最大限応えるしかない。

そう決めて、ぎゅっと拳を握った。

 



 

 

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