悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す

悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す【79話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。 ネタバレ...

 




 

79話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 狂い始めた最強の剣

「おかしい」

いつからだろうか。ジキセンは、自分を取り巻く“力”が以前とは決定的に違うことに気づいていた。

剣筋が目に見えて乱れる。剣に乗るはずの力が、どうしても弱くなる。

ジキセンは他の剣士たちと違い、型にはまった剣術を使うタイプではなかった。彼にとって剣を振るうことは、呼吸をするのと同じくらい自然なことだったのだ。

「なんでだ? どうして、できない……?」

周囲は彼の不遜な態度を「傲慢だ」と評したが、ジキセンにとってはただ、率直に事実を口にしているだけだった。

――その程度もできないのに、どうして騎士になろうと思うんだ?

――自分なら、必死に努力してその程度の実力なら、とっくに諦めている。

ある者は、ジキセンの剣術そのものが“革命”だとまで言った。常識を根底から覆す、踏み込みながら重心を変える動き、筋肉の使い方、そのすべてが予測不能。だからこそ、人々は「剣術でジキセンに勝てる者などいない」とまで断言していた。

――ジキセン公爵令息は、その存在だけで他者の闘志を折る男だ。

そんな絶対的な強さを誇っていた彼が、なぜ武闘大会であれほど精彩を欠いていたのか。

ジキセンは記憶を遡った。自分の剣に、初めて明確な違和感を覚えたあの日に――。

「……狩猟大会だ」

世間では、彼が二日酔いのせいでエノク皇太子やベイラに遅れを取ったのだと言われていた。

「馬鹿げてる。あれは単なる二日酔いなんかじゃない……」

ベイラは、自分に大量の酒を飲ませた計画が成功したと思い込んでいるのだろう。だが、酒そのものは問題ではなかった。どれだけ酒に強いジキセンでも、翌日に大会を控えて動けなくなるほど飲むはずがない。そもそも、二日酔い程度で剣が鈍るような器ではなかったのだから。

それどころか、酒は彼にとって大した障害にすらならなかったはずだ。なぜなら、彼は“剣の祝福”を受けた存在――帝国どころか、大陸最強の騎士だったからだ。少なくとも、彼自身はそう盲信していた。

だが、あの狩猟大会の時、ジキセンは生まれて初めて「自分の剣がいつもと違う」と感じた。

――あれ? なんだか、体の調子が悪い……?

その時は、単なる二日酔いだと思っていた。想像以上に酒を飲まされたせいかもしれない、と。深くは受け止めなかった。ほんの少し感覚が狂った程度で、己の剣術に自信を失うはずがない。幼い頃から、剣の領分で劣ったことなど一度もなかったのだから。

武神プリムローズの血を引き、“祝福”まで授かった男――それが自分だと信じていた。家柄よりも、自分の剣そのものに誇りを持っていたからこそ、ジキセンはどこへ行っても傲慢なまでに堂々としていられたのだ。

だが、剣の違和感はあの日だけでは終わらなかった。

「どうして……まただ」

何度も剣が崩れる。以前なら無意識にできていた動きが、どうしても思うようにいかない。

ただの二日酔いではない。底冷えするような恐怖が胸をざわつかせた。

「まさか、ベイラの奴……俺に毒でも盛ったのか? 山毒蛇の料理は食べてないが、酒に混ぜられた可能性はある」

そう考えて無理に納得しようとした。だが、神官に診せた後も、状態は一向に変わらなかった。

本当は、もう気づいていたのだ。

「体の問題じゃない。何か……“祝福”の力そのものがおかしい」

剣を振るうたび、いつも自分を包んでいた絶対的な確信が揺らいでいく。その“見えない力”の流れが、以前とは明らかに違っていた。

 



 

最初は不安から「酒のせいだ」と思い込もうとしていたジキセンだったが、何度も同じ違和感が続けば、もう無視はできなかった。

ただ事ではないと感じた彼は、真剣な声でリリカに相談を持ちかけた。

「リリカ。何か変じゃないか? “祝福”の力が、いつもと違うんだ」

そう言いながら、彼は実際に祝福の力を引き出して見せた。自分の状態を説明すれば、同じ祝福の使い手として、一緒に原因を探れるかもしれない。そう思って、慎重に切り出したのだ。だが――。

「え? 私の祝福の力には何の問題もありませんよ?」

「……は?」

「祝福が揺らぐなんて、そんなことあるわけないじゃないですか」

リリカの返答は、どこか致命的に噛み合っていなかった。まるで、ジキセンが見せた“力の乱れ”そのものを、彼女だけが全く認識できていないかのように。

「私は以前より、もっとたくさんの人を治療していますよ!」

「いや、俺が言ってるのは……俺の“剣の祝福”の話だ」

普段なら「何を神経質になってるんだ」と笑い飛ばしていたかもしれない。だが、リリカの反応があまりにも予想外で、ジキセンは言葉を継げなかった。

「お前の“治癒”の祝福じゃなくて、俺の“剣”の祝福が、上手く扱えなくなってる気がするって話をしてるんだ」

「あ……ごめんなさい。私が疲れているように見えて、お兄様を心配させてしまったのかと思いました」

その時になって、ようやくリリカは声音を和らげた。いつもの穏やかで優しい妹の姿。――だが、どこか不自然だった。

「体調が優れないせいで、“祝福”まで不安定に感じてしまっているのではありませんか? あまり無理をなさらないでください」

「……そうか」

「では、私はこれで失礼します。少し立て込んでおりますので」

軽く会釈して立ち去ろうとするリリカを見送りながら、ジキセンは妙な違和感を覚えた。まるで、何かを激しく警戒している人間のように、必要以上に会話を早く切り上げた気がしたのだ。

はっきりとは言えない。だが、家全体を覆う“無形の気配”が以前と違う。それはプリムローズ公爵家全体に漂う重苦しい空気からも感じられた。

本能が理解してしまう。

――“プリムローズの祝福”に、何か異変が起きている。

リリカが最近、多くの患者を治療していることは知っていた。だが、もし原因がそれなら、彼女自身にも何らかの不調が現れるはずではないのか。

「どうして、あいつだけ平然としていられるんだ……?」

いや、そもそも。リリカが“異変”に気づいていないこと自体、おかしくないか?

剣の祝福は、剣に宿る“気”として現れる。ジキセンは、リリカの目の前でさえ、その“気”を実際に引き出してみせた。祝福を持たない父親の公爵でさえ、ジキセンを見れば違和感に気づいて首を傾げたのだ。

それなのに――同じ祝福の使い手であるはずのリリカは、目の前にその不穏な気配があるというのに、まるで何も感じていないかのように通り過ぎていった。

おかしい。今さらになって、ジキセンの脳裏に一つの疑念が浮かび上がった。

――一度、リリカが“祝福の力”を使うところを、自分の目で確かめるべきではないか。

「俺には体調が悪いと言いながら、俺の前では祝福の力を使おうとせず、避けてばかりいる……」

もしかして。リリカは、祝福の力を“まともに使えていない”のではないか?

だとしたら、問題があるのは自分ではなく――。

 



 

焦りを覚えたジキセンは、直接、リリカの治療現場へと向かった。

だが奇妙なことに、リリカはジキセンが治療現場に来ることをひどく嫌がっているように見えた。思い返せば、彼はこれまで一度も、リリカが実際に力を使う場面をまともに見たことがなかったのだ。皆が集まっていた狩猟大会の時を除けば、ただの一度も。

「妹が“聖女”なのに、なんで俺がこっそり治療現場を覗きに行かなきゃならないんだ?」

ぶつぶつ文句を言いながらも、ジキセンは治療奉仕へ向かったリリカの後を追った。もちろん、完全に気配を隠して。

神殿内部なら難しかったかもしれないが、最近のリリカは“ユネト”を意識しているのか、外部で治療活動を行うことが増えていた。それが幸いした。

「聖女様……どうか私たちをお救いください!」

「イバフネ神の慈悲を……!」

人々は口々に、リリカへ祈るように縋りついていた。その盲目的な熱狂の光景に、ジキセンは思わず息を呑む。

「……俺の考えすぎだったのか?」

リリカの祝福に、どこか不穏な違和感を覚えていたというのに、これほど多くの人間が称賛する力なのだ。間違っているはずがない――そう思いかけた、その時だった。

ふわり、と奇妙な何かが漂った。

「……ん?」

リリカが治癒の力を使う瞬間を見届けたジキセンは、わずかに眉をひそめた。

歓声が上がり、苦しんでいた患者が立ち上がる。確かに“治療”は成功している。間違いなく、結果だけ見れば治癒の奇跡だった。

だが。

「……あれが、真に“治癒の祝福”なのか?」

ジキセンは、もう一度じっとリリカを観察した。確かに、力は発動している。けれど――自分の“剣の祝福”とは、明らかに本質的な質が違っていた。

何かが流れている。何かの力ではある。だがそれは、“祝福”とも、“神聖力”とも違う、もっと異質なものに感じられた。

「何より……あの力の流れ方、妙だな。まるで“横にいる誰か”から流れ込んでるみたいじゃないか?」

だが、ジキセンはその違和感をすぐには口にしなかった。正確には、話しても信じてくれる相手がいなかったのだ。

「最近の俺はリリカを快く思ってないから、そんなふうに感じるだけだって言われるのがオチだろうな」

自分でも確証があるわけではない。ただ“感覚”として、致命的な違和感を覚えただけだ。意識を集中してようやく掴めるほどの、微かな差異。それでも、確かに感じたのだ。

「父上だって、“聖女”として名声を得ているリリカに、余計な疑いを向けるなと言うだろうし……」

そもそも、プリムローズ家の人間だからといって、全員が祝福を扱えるわけではない。この感覚を共有できる人間がいるとすれば――リリカ本人くらいしか思い浮かばなかった。

「妹たちは、どうして皆あんなに……」

家を出ていったユリアに対してさえ、「あの祝福の力はどこかおかしくないか」と問いかけることはできなかった。

「それに、ユリアも成功してる。リリカだって“聖女”として名声を得てる。成長の祝福をちゃんと扱えているのに……おかしいのは、こんな状況になってる俺の方じゃないのか?」

ユリアは“ユネト”。リリカは“聖女”。

かつては、妹たちが活躍するほど、自分の誇りにもなると思っていた。だが、立場が逆転した今では、その存在そのものがどこか自分を脅かす脅威のように感じられる。

社交界では、ジキセンの後ろ指を指す声が絶えなかった。

「同じく祝福を持ってるのに、ジキセン公子は一体何をしているんです?」

「剣の腕は立つらしいけど、性格が短気で――」

「酒癖が悪くて、実力のわりに活躍できてないって。でも馬鹿ってわけじゃないらしいですよ。部下の騎士たちからは慕われてるとか」

「剣が強いのは事実なんでしょうけど……“剣の祝福”持ちなのに、狩猟大会では何もできなかったんですよね?」

いつも以上に、その噂話はジキセンの胸に深く突き刺さった。――全部、自分のことだ。

「だったら、お兄様が証明すればいいじゃないですか」

かつてリリカは、ジキセンに「聖騎士になってほしい」と言ったことがあった。その言葉は、素直に嬉しかった。

「お兄様は、“剣の祝福”を持つ人なんですから!」

ユリアには“成長の祝福”。リリカには“治癒の祝福”。ならば自分は、“剣の祝福”を持つ存在として立てばいい。本来なら、そう思えるはずだった。

このまま何もせず、“落ちぶれた兄”みたいに言われ続けるなんて耐えられなかった。自分だけ、置いていかれるわけにはいかない。

たとえ最近うまく力を出せなくても、よく考えれば武闘大会にはエノク皇太子も出場していなかったし、ベイラ陣営も本気ではなかった。外国の騎士だって、大した実力者が来たわけではない。

それなのに最近は、周囲から「ジキセン公子、少しおかしくないか?」という視線まで向けられ始めていた。

『狩猟大会でも、最近の遠征でも活躍できてないよな』

『リリカは聖女として成功してるし、ユリアはユネトの代表だろ?』

『三兄妹の中で、一人だけ置いていかれてるんじゃないか?』

そんな言葉が頭から離れない。――でも、リリカだけは違った。自分のことを支えてくれるのは、結局、妹だけだった。

 



 

しかし、それは単なる不調ではなかった。

最近どこか精神的に不安定な感じはしていたが、まさか自分が敗北するほど弱っているとは、ジキセン自身思っていなかった。

「何だ……これは……!?」

闘技場の中心で、ジキセンは愕然とした。以前より多少力が落ちていたとしても、こんな無様に崩れるはずがない。だが、戦っている最中、彼ははっきりと感じていた。

自分を包んでいた“祝福の力”が、砂のようにサラサラと、少しずつ消えていく感覚を。

胸を締めつけるような、圧倒的な喪失感。まるで真冬の雪原に、裸のまま一人きりで放り出されたような孤独。

「何なんだよ、これ……!」

ジキセンは理解できなかった。自分が“古代精霊”に見放され始めているという残酷な事実に。ただ、理由もわからないまま力だけが抜け落ちていく感覚に、焦りだけが募っていった。

そして――力を失った結果。

ジキセンは、かつてなら相手にもならなかったはずの名もなき騎士に敗北した。

彼は闘技場の床に無様に倒れ込んでいた。あまりにも呆気なく、惨めな姿で。

この状況を一番理解できていないのは、他でもないジキセン本人だった。

観客席は静まり返っていた。嘲笑すら起きない。誰もが“何が起きたのか”理解できず、ただ重い沈黙だけが会場を包んでいた。

「……」

その静けさが、逆に胸を締めつける。誰かに抱き起こされるまで、自分が何を考えていたのかすら覚えていない。悔しいとか、恥ずかしいとか――そんな感情すら浮かばなかった。ただ一つ。

「……こんなの、あり得るのか?」

その疑問だけが、頭の中で何度も虚しく反響していた。

彼はしばらく、何も考えられず病室で呆然としていた。時間がどれだけ過ぎたのかも、場所が変わったことすら実感できない。そんなふうに意識がぼやけているところへ、勢いよく扉を開けてリリカが怒鳴り込んできた。

「また飲んだの!? お兄様を信じても、結局まともになれないじゃない!」

武闘大会の途中で呼び戻されたリリカは、怒りで感情を抑えきれなかった。

「試合前日の一日くらい我慢できないの? いつまでそんな生活して、周方に迷惑かけ続けるつもりなの!?」

「……」

「今回イバフネ教でどれだけ大事な話が進んでたと思ってるの? 私だって失ったものばっかりなの! 得るはずだったもの、全部台無しよ!」

彼女は当然のように、“今回もジキセンが二日酔いのせいで失敗した”と思い込んでいた。

だが――リリカの叱責は完全に的外れだった。今回の敗北は、酒のせいではない。

誰よりも混乱し、傷ついていたのはジキセン本人だった。それなのに、最後の味方だと思っていた妹にまで身勝手に責め立てられ、ただひたすら惨めさだけが心に積もっていく。

しかしリリカは、そんな兄の絶望的な様子にも気づかず、さらに容赦なく言葉を重ねた。

「みんな今まで甘やかしてくれてただけでしょ? だからこんなことになるのよ」

「……」

「剣の腕が問題なんじゃない。結局、頭の中が駄目なのよ。……でもそれも、“帝国最強の騎士様”だから許されてただけじゃない?」

ジキセンは言葉を失った。リリカにここまで露骨に見下されたのは、人生で初めてだった。ずっと自分を慕い、支えてくれていると思っていた妹が――今は氷のように冷たく背を向けている。

以前のリリカなら、どんな姿になっても「お兄様が好きだ」と言ってくれていた。実力なんて関係ない、と。それなのに今の彼女は、まるで価値のなくなったゴミを見るような目を向けてくる。

「そんな性格、今さら誰が受け入れてくれるの? ……まあ、公爵家の子息だから大会を潰しても許されるんでしょうけど」

「……はは」

ジキセンは乾いた笑いを漏らした。

負けたことを認めたくない。惨めだと認めたくない。だから彼は、リリカが最も傷つく言葉を選ぼうとした。

「……お前も、随分偉くなったな?」

「何ですって?」

「で? だから何だって言うんだよ」

敗北した事実を突きつけられ続けたせいで、逆に防衛本能としての怒りだけが湧いてきた。彼は、普段なら絶対に手を伸ばさないはずの、部屋に置かれた酒に手を伸ばした。

「……酒、強かったよな。確かに少しきつかった。けど、それだけで俺が負けると思ってるのか?」

ジキセンは、自分でも信じきれていない言い訳を口にしながら、リリカへ矛先を向けた。

「そんなにユネトが大事か? 俺一人負けただけで、お前の立場まで崩れるのかよ?」

リリカの表情が一気に険しくなる。

「……今、本気でそんなこと言ってるの?」

「何だよ。俺が後ろ盾じゃなくなったら困るのか? “聖女様”って持ち上げられてても、結局は俺の名前が必要だったんじゃないのか?」

最近ずっと胸の奥に溜まっていた不信感が、怒りで一気に噴き出していた。だからこそ、真正面から怒鳴るよりも、皮肉混じりの言葉ばかりが口をついて出る。

「ユネトがあるから、お前も今の地位を保ててるんだろ。……ユリアに押され始めて、焦ってるんじゃないのか?」

「……酒飲んで暴れておいて、言い訳だけは立派ですね」

その一言で、リリカの中に積もっていた失望が完全に溢れ出た。彼女は乾いた笑みを浮かべる。だがその目には、もはや情も未練もなかった。

「そうやって、一生みっともなく生きていけばいいんじゃないですか?」

冷え切った声だった。そこには“どうしてまだこの男に期待していたんだろう”という後悔すら滲んでいる。

そしてその態度こそが、ジキセンにとって決定的だった。口論では負けていない。むしろ、酒を飲んだ後の責任転嫁だと言い返すこともできた。それでも――妹から向けられる剥き出しの軽蔑の視線だけは、何より深く彼の胸を抉った。

 



 

「……何言ってるんだよ」

ジキセンは低く呟き、じりじりとリリカに詰め寄った。リリカは呆れたような、困惑したような顔で眉をひそめる。だが、ジキセンは止まらなかった。

「お前だけなんだよ。いつまで経っても“祝福の力を扱う感覚”を掴めてないのは」

「な、何の話を……」

「他の奴らは子どもの頃には覚える。感覚で自然に体に馴染ませるんだ。なのにお前は、ずっと下手だったじゃないか」

吐き出しながら、自分でも最低の八つ当たりだと思っていた。自分が壊れかけている不安を、妹にぶつけているだけ。それでも、言葉の暴走は止められなかった。

「お前、自分の力が妙だって気づいてないのか? 治癒はできてる。けど……なんていうか、決定的な違和感があるんだよ」

リリカはしばらく黙り込んだ。その沈黙が、逆にジキセンの苛立ちを激しく煽る。

「なんとか言えよ!」

「……知らなかったです」

ぽつりと落ちた声は、驚くほど小さかった。強がりも、皮肉もない。ただ純粋な、底暗い困惑だけが滲んでいた。

「皆が普通に使ってるから……私も普通なんだと思ってました」

「おい、顔が真っ青だぞ。言葉までしどろもどろになってるじゃないか。口調までいつもの落ち着きがなくなってるしな」

「え……?」

リリカの明らかな狼狽を、ジキセンは見逃さなかった。ジキセンが普段鈍感なのは、単に空気を読む必要がない絶対強者だったからだ。だが今この瞬間、追い詰められた野生の勘が、リリカの致命的な隙を捉えていた。

「隣のあの男から妙な気配でも感じたか? それで図々しくも“プリムローズ公爵家の祝福”だなんて吹き込まれたのか?」

「それは、誤解です……!」

「誤解って何が誤解なんだ? 考えてみれば、その男をお前がわざわざ気にかけてたのも妙だった。出自の話に人一倍敏感なお前が、昔から知ってる仲だとか言って、わざわざ連れてきた時点でおかしかったんだよ!」

リリカの指先が激しく震え出す。ジキセンはさらに容赦なく追い打ちをかけた。

「嘘、いつまでつき続けるつもりだ? じゃあ俺がどうして気づいたと思う? 今までの情があったから黙って見ててやったんだが……お前、俺のことを“お兄様”なんて呼んでおきながら、本心ではそんなふうに思ってもいなかったんだろ?」

リリカは完全に言葉に詰まり、何も言い返せなかった。ジキセンがリリカに対してここまで鋭く、核心を突くような暴言を放ったのは初めてだった。高貴な聖女の仮面が剥がれかけているのを感じて、ジキセンは優位に立った愉悦から、最後の一撃を放った。

「リリカ……これ、俺が父上に話したらどうなるかわかるよな?」

「な、何を……?」

「いや、父上はともかく、周りの人間はどう思うだろうな? 実は聖女の力が神聖力なんかじゃなく、正体不明の……怪しい力かもしれないって知られたらさ?」

ジキセンは、リリカの隠された事情を詳しく理解していたわけではなかった。実際に治療現場を目撃し、異様な気配を感じ取ってはいたが、それを正しく分析できるほどの知識はない。

ただ、自分を蔑んだリリカを傷つけたくて、適当に言葉を並べていただけ――それが、偶然にも最悪の図星だったのだ。

本当はジキセンに、リリカの秘密を暴いて破滅させようという明確な意思などなかった。ただ、昔みたいに自分を敬ってくれる、ぎこちなくも可愛い妹の関係に戻したかっただけだった。なのに、反発され、冷たい目で見られたことが悔しくて、ついそんな脅しまで口にしてしまったのだ。

要するに、自分やユリアは“プリムローズの祝福”の力を使えるのに、リリカだけが使えないから少し拗ねて、からかってやろう――ジキセンはそのくらい軽く考えていただけだった。いつも世界の中心にいて、他人の複雑な事情なんて気にも留めない、いかにも彼らしい発想だった。

「世間では“異端”って呼ぶんだったか? お前が使ってるその力のことを」

「だ、駄目です……言わないでください……!」

リリカの声が恐怖に引きつる。

「じゃあ少しは表情を和らげろよ。誰かが見たら、俺がお前を脅してるみたいじゃないか」

「……」

「お前、自分からこの部屋に来たんだろ? いい妹らしく振る舞えないのか?」

そんなジキセンの身勝手な本心など知るはずもないリリカは、この時、本気で明確な命の危険すら感じていた。

「……はい」

リリカは引きつる頬を無理やり動かし、口元に笑みを作り――そして、美しく笑った。

つるりと、いつものように優しく穏やかな聖女の仮面をもう一度かぶってみせる。ジキセンの機嫌をどうにか損ねないように、必死で這いつくばるように。

「わ、私はいつだってお兄様の味方です……」

このままでは――自分がプリムローズ公爵の本当の娘ではないことまで、あの傲慢な兄に知られてしまいそうだったから!

 



 

ジキセンと会った後、リリカがひどく落ち込んでいるのは誰の目にも明らかだった。神殿の者たちが心配して声をかけても、「大丈夫です」と力なく返すことしかできない。

その様子を見たプリムローズ公爵は、怒髪天を突く勢いでジキセンを自室に呼び出し、厳しく叱りつけた。

「武闘大会を台無しにしておいて、まだ懲りないのか! リリカに一体何を言ったんだ! お前と会った後から、あの子の様子がおかしくなったんだぞ!」

もしここにリリカがいたら、「ジキセンを刺激しないでください」と必死に止めていただろう光景だった。だが、武闘大会の件で泥を塗られ、深く失望していたのは公爵も同じだった。

リリカは事前に「ジキセンお兄様が一番つらいはずです。どうか何も言わないでください」と何度も健気に公爵へ頼んでいた。だからこそ、周囲は「あんなに優しい妹の気持ちを踏みにじって傷つけたジキセンが悪い」と怒りを倍増させているのだ。

「お前は……どうしてそんなに妹たちに冷たく当たるんだ? ユリアにもそうだったが、あの子がいなくなったら今度はリリカか!? リリカまで家を出ていけば、お前も少しは目が覚めるのか!」

リリカの不安は、最悪の形で現実になろうとしていた。

自分に向けられる父親の鋭い言葉を聞きながら、ジキセンの目には激しい反抗の色が浮かんでいた。

「俺にまともに関心を向けたことなんてなかったくせに。あいつが少し従順に振る舞えば、急に気にかけ始めるんだな、父上は」

リリカが自分とジキセンのどちらを選ぶか、品定めするように競わせていた父親。こういう時だけ、必ず正論で口を挟んでくる。そして決まって、ジキセンを見下すような目を向けるのだ。

「見慣れた目だ」

問題ばかり起こす厄介者を見る視線。役立たずで、もう救いようがないと言わんばかりの冷徹な目。

「……ユリアも、こんな気持ちだったのか?」

今まではユリアに一方的に向けられていた家族の刃が、今度は完全に自分へと向けられている。

「リリカまでいなくなれば満足ですか!?」

「はっ、いなくなる?」

ジキセンは思わず吐き捨てるように笑った。その声は、普段よりも野獣のように荒々しかった。

「ははっ! いなくなるだと? お前、自分の“天使みたいな妹”が俺に本当は何を言ったのかも知らないくせに……! 父親のくせに、リリカのことを何も知らないんですね?」

「何を言ってる! 知らないわけがないだろう!」

「ははっ、ならそのまま一生、あいつを信じてればいいでしょうよ!」

ドンドンと壁を叩くような激しい怒号。その様子を、部屋の外の影から聞き耳を立てていたリリカの心臓は、音を立てて絶望の深淵へと沈み込んだ。

「だ、駄目……!」

もし少しでも会話が大きくなれば、すぐ部屋へ駆け込めるように、扉はあらかじめ微かに開けさせておいたのだ。そして、その嫌な予感は完全に的中した。

「ああ、お父様には何度も“お兄様を追い詰めないで”ってお願いしたのに! 何度も“もう怒らない”って約束してくれたのに、また……!」

信じた自分が間違っていたのだろうか。血のつながりというものは、やはり――。

隠し通せるはずがない。プリムローズの父子はいつだってそうだった。感情的で、自分が正しいと思い込めば周りが見えなくなる、短気な獣たち。

リリカの瞳に、完全な絶望が滲んだ。

「もう、全部終わったわ」

二人の男の軽率なやり取りは――たとえそこにリリカを陥れる悪意がなかったとしても、当のリリカを完全に崖っぷちまで追い詰めていた。

――よくも何十年も私を“娘”だと騙してくれたわね?

――公爵にそっくりな子供が生まれたから、あの女がうまく誤魔化したんです。

――公爵令嬢リリカ・プリムローズは、本当はもっと卑しい路地裏の浮浪児だったんですよ!

体調が悪い日に限って繰り返し見る、血の凍るような悪夢。公爵家から明日にも追い出されるのではないかという恐怖に、彼女は幼い頃からいつも怯えていた。酒に酔って万が一にでも失言をしないようにと、成人してからも一滴の酒すら口にしなかった。

なのに、その血を吐くような慎重さが、あの思慮の浅い二人の男の、たった一度の軽率な行動で水の泡になろうとしている。何十年も、どれだけ気を張って生きてきたと思っているのだ。

「このままじゃ駄目……」

リリカは唇がちぎれるほど噛み締め、手のひらに爪を立てた。いつも完璧に美しく整えられていた指先は、いつの間にか血が滲み、ボロボロになっていた。まるで、かつて母親と一緒に汚泥の路地裏をさまよっていた頃のように。

「何をされるか怯えて待つくらいなら、先に私が動けばいいんだよね?」

ユリアがどうとか、もうそんなことはどうでもよかった。自分が本物の聖女ではないこと――いや、それ以前に、自分がプリムローズ公爵令嬢ですらないという真実が知られてしまえば、すべてが剥ぎ取られ、終わってしまう。

今この瞬間、リリカにとって最大の、そして排除すべき脅威はジキセンだった。

誰かに認められたいとか、ユリアより上に立ちたいとか、そんな贅沢なプライドはどうでもいい。まず“自分の安全を確保すること”――それが、彼女の狂気に満ちた最優先事項となった。

 



 

 

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