こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
128話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 15回目の人生
やがて少し時間が経ち、エステルは「もう大丈夫」と思い、ゆっくりと目を開いた。
一度に多くの聖力を使ったせいか、その瞳は黄金色に変わっていた。
ただれていた傷はすべて癒え、正常な姿に戻った男も、しばらくしてゆっくりと目を開けた。
「ご気分はいかがですか?」
「わ、私は……生きているんですか?てっきり死んだと思って……」
男は目を開いた途端、自分の体があまりに軽く感じられて驚いていた。
痛みがすべて消え、傷口も癒えていた。
死を覚悟していたのに治療されたと気づいた瞬間、彼の目には涙が溢れた。
「私を治してくださったのですか?」
「そうです。どうしてテレシアに来たのか、この病がどう始まったのか、説明していただけますか?」
「私はベスラル領地に住んでいました。平和な村でしたが……ある日突然、奇妙な病が広まり始めたのです。」
「肉がただれる病気ですか?」
「はい。最初は一人二人がかかっただけなのに、やがて村全体に広がって……。すると神殿が人々を魔物狩りのように捕らえていったのです。」
神殿が捕らえた、という言葉にパラスはぎょっとして顔をしかめた。
「治療するためではなかったのか?」
「いいえ。まだ生きている人々を火の牢に押し込むのを見ました。私はそれを避けて……それでどうにか逃げてきたんです。」
そこまで聞いていたエステルは男をそっと押しやり、立ち上がった。
『病が広がるのを恐れて、不具者を火の中に放り込んだのだろう。』
罪のない人々を死に追いやった神殿に怒りが込み上げ、握りしめた拳が小刻みに震えていた。
「パラス様、病にかかって訪れる人々はすべて受け入れてください。治療できるように、私が聖花を分け与えます。」
一層引き締まった表情のエステルは、冷ややかな口調で告げた。
「誰一人死ななければいいのです。たとえこの領地だけでも。」
「聖花を分け与えるなんて……。ですが、お嬢様、あなたは一体どなたなのですか?」
エステルは震えるパラスの瞳を見つめたのち、彼を伴って神殿の奥にある温室へと向かった。
「もうお気づきですよね?」
「私の考えが正しいでしょうか?その瞳……偉大な聖力は間違いなく聖女様のものです。」
「そうです。」
どうせこれからも見守っていかねばならず、さらに聖火の管理も任されるのだから、隠すのはやめることにした。
その答えを聞いたパラスは、心から衝撃を受け、まるで騙された人のように呆然とした。
「どうして聖女様がいらっしゃるのに、他の誰かが聖女のふりをしているんですか?そんなことが許されますか?」
エステルは、自分の代わりに激昂するパラスを見もせず、ただ漂っている温室の光の粒を見つめた。
「いずれ神殿は崩れるでしょう。」
「お嬢様が望まれるのは、それですか?」
「はい。」
エステルは、花が芽吹けるようにと聖力を込めて苗床を丁寧に整えた。
驚いたことに、エステルの手が触れて通り過ぎた場所には、小さな芽が次々と息を吹き返した。
「私は時々しか見に来られませんから、あとはパラス様がしっかり世話をしてあげてくださいね。」
「……聖花を生み出すなんて、本当に否定できない証拠ですね。」
瞬く間に芽が蘇っただけでなく、さらに力を注いだ場所からはすでに花のつぼみまでついていた。
「これから聖花は本当にたくさん必要になるはずです。どうか育ててください。」
「承知しました。」
聖花を育てるエステルの傍らを歩いていたパラスは、ふと以前の記憶を思い出していた。
「……我らが神殿へ参ったあの日、セスピア様は“決して神殿を信じるな”と仰っていました。あれはきっと、お嬢様とも関わりがあるのでしょうね。」
「そうですね。セスピア聖女様……。」
エステルは久しぶりにセスピアのことを思い出し、懐かしさが込み上げてきて、切ない笑みを浮かべた。
「私にとって本当にありがたい方でした。」
「ええ、優しい人でしたね。」
同じ人を懐かしむ気持ちを分かち合いながら、パラスもエステルに心を大きく開いたようだった。
「その時に描いてくださった肖像画は、今でも大切にしています。」
「いつか私にも見せていただけますか?こんなに懐かしくなるのなら、もう一枚描いていただいておけばよかったです。」
「いつでもいいですよ。」
次に来るとき神殿に持ってこようと言われ、パラスは嬉しそうに小さく笑った。
「では、今日はこれで失礼します。」
聖火を整えるために来た目的も果たし、帰ろうとしたその時、パラスが温室を出ようとするエステルを呼び止めた。
「その……お伺いしたいことがあります。」
「どうぞ。」
「お嬢様は、神殿が消えた後の世界をどうお考えですか?」
エステルの目が大きく見開かれた。
「そこまでは考えたことがありませんでした。でも……少なくとも今よりは良いのではないでしょうか?」
パラスは予想していたような表情で、さらに慎重に問いかけた。
「もしすべてが元に戻るなら……そのとき、神殿に戻っていただけますか?我が国には、女神に選ばれた聖女様が必ず必要なのです。」
思いもよらない質問に、エステルはそれが何を言っているのかと眉をひそめた。
「そんなことは起こりません。」
「ですが……」
「パラス様もすでに神殿を出られたではありませんか。神殿への希望は、もう手放してください。」
「神殿のためだけではありません。帝国の平和のためには、エスピトス様の加護が引き続き必要なのです。」
エスピトスの加護というのが、帝国全土に張り巡らされている結界を指すのだということは、エステルも分かっていた。
しかし、たとえ利己的だと言われようとも、エステルは苦労して取り戻した自分の人生を、これ以上ほかの人々のために犠牲にしたくはなかった。
「私は、大切な人たちだけを守ります。」
「あなたには背を向けられませんよ。今日一日だけでも分かりました。結界が壊れれば、その大切な人たちも危険にさらされるのですから。」
「もう行きます。」
エステルはパラスの言葉を聞かなかったふりをして、再び歩き出した。
背後で、パラスが深くため息をつくのが感じられたが、振り返らずに温室を出て行った。
外に出た途端、デニスの顔が目に飛び込んできた。
どうやら外で待っていてくれたようだ。
「デニスお兄様。」
ほんの一瞬、暗く沈んでいたエステルの表情が再び明るさを取り戻した。
「そんな言葉は気にするな。あまり重く抱え込むなよ。」
「はい。お家に帰りましょう。」
エステルはパラスの言葉を心から消し去った。
ただ一番安心できる家に早く戻りたいだけだった。
帰り道、ちょうど通りがかったドフィンと出会い、一緒に馬車へ乗り込んだ。
疲れているのか、かなり憔悴して見えるエステルを気遣い、ドフィンは自分の隣に座らせて肩を貸した。
「行って何をしてきたんだ?」
「図書館に納める本を整理するのを手伝ってきました。私が読んだことのあるものを中心に選んだんです。」
デニスなら誰よりも本について詳しいから、心配する必要はなかった。
「エステルは?」
「人々を治療してきました。聖花も育つようにしてきました。」
エステルは多くの人を治療してきた自分の手を見下ろしながら、とても疲れた表情を浮かべた。
「大変だったね。きっと疲れただろう。」
「大丈夫です。でも……それよりお父さん。」
「ん?」
ドフィンはエステルの声から不安を読み取った。
何かあるのだと思い、顔を向けた。
「今日治療した人の中に、伝染病にかかった人がいたんです。」
エステルはノアから受け取った手紙の内容と、今日治療した男性について、何一つ漏らさず語った。
黙って聞いていたドフィンの表情も険しくなり、重苦しい空気の中で、口元から深いため息が漏れた。
「お前の責任がもっと重くなるのではと心配なんだ。」
「変わることなんてありませんよ。」
エステルはあっさりと答えると、ドフィンの肩にもたれかかった。
しっかりとしたドフィンの体は、寄りかかるにはちょうどよかった。
「時期が悪いな。」
伝染病と神殿の弊害が重なるとは、ドフィンも思いもしなかったことだった。
すでに民心が大きく乱れることが予想されていた。
「それでも、もう少しだけ耐えればいいんじゃないですか?」
「ああ。」
「テレシアは大丈夫ですよ。」
テレシアには聖水も聖花もあり、そして何よりエステルがいるのだから。
ドフィンは自分に寄りかかったエステルをそっと抱きしめ、感謝の気持ちを込めて長い髪を撫でてやった。
「陛下が、私に会いたいとおっしゃっていました。」
「正式な招待ってこと?」
「ノア殿下から送られてきた手紙だから、そうではないと思います……たぶん聖女に関することのようです。」
「君がしたいようにすればいい。行きたくなければ行かなくてもいい。」
しばし悩んでいたエステルは、大丈夫だと頷いた。
「陛下をもう一度見たいんです。」
「僕も一緒に行こうか?」
ドフィンの声が少し低くなった。
もしかして皇帝がエステルに目をつけるのではと警戒心が湧き上がっていた。
「今回は一人で行ってきます。」
「……でも泊まって帰ってくるのは駄目だ。寝るなら家で寝ないと。」
「もちろんです。陛下だけ見てすぐ戻ってきますから。」
ドフィンは隠しきれない不安そうな表情を浮かべていた。
そのとき、ジェロムのことを思い出したデニスがエステルを呼んだ。
「エステル、さっきのあれを渡そう。」
「あ、こちらです。」
エステルはポケットに入れていた紙を取り出し、ドフィンに渡した。
「これは?」
「ブラオンス公爵様が、私たちの領地でこの人物を探しているそうです。誰なのかは分からないそうですが。」
「ブラオンスが?」
ドフィンは目を大きく見開きながら紙を広げた。
「誰か分かりますか?」
「……ルシファーだ。」
子どもたちには知らないふりをしたが、絵に描かれている男の正体がルシファーであることを、ドフィンはすぐに見抜いた。
『どう考えてもおかしい……。』
ルシファーがブラオンスの名前を口にしたときも違和感を覚えたが、どうしてもキャサリンの件とブラオンスの関わりが頭をよぎるのだった。
偶然の一致ではない気がした。
絶対に関わりがなさそうな二人なのに、もしや……
「ブラウンス。」
ドフィンはキャサリンについて調べていた方向を変え、彼に直接会って確かめようと決意した。
「くーくー。」
家に帰る途中、エステルとデニスはドフィンの両肩にそれぞれ寄りかかって、こっくりこっくりと眠りに落ちていた。
万一子供たちが目を覚ますかと身動きもできなかったが、その顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
夕食を終えて部屋に戻ったエステルは、迎えに出てこないシュルを探して部屋をのぞいた。
「シュル、それそんなに好き?」
コウモリの人形を積み重ねたソファの上にうずくまっているシュルを見つけ、思わずくすっと笑ってしまった。
自分が来ても人形の上でじっと羽ばたきながら遊んでいるシュルを愛おしそうに眺めつつ、机に向かった。
ちょうど先日デニスから受け取った古代語の本が机の上に置かれていたので、特に深く考えずに開いてみた。
「さてと、見てみよう。」
古代語で書かれた本だったが、それほど難しくはなく解読できた。
タイトルは特に印象的で〈約束〉だった。
エステルは一体どんな約束のことを言っているのだろうかと思いながら、古代語をなぞるようにしてページをめくっていった。
しかし、分厚い本の大半は白紙のページだった。
「どうして何も書いてないの?」
不思議に思いながらパラパラとページをめくり続けると、ようやく文字が記されているページを見つけた。
古代語を解読していたエステルは、その内容にどんどん引き込まれていった。
「初代聖女が交わした約束だって?」
驚くことに、どこにも記録が残されていなかった初代聖女が交わした約束について書かれていたのだ。
文字は二ページ分しかなかったため、多くを知ることはできなかったが、それでもエステルにとっては大きな衝撃だった。
「ブラウンス家では三代ごとに一人、聖女が現れるだなんて……。」
これまで聖女の歴史を学んできたが、そんな話は一度も聞いたことがなかった。
ブラウンス家は、聖女を多く輩出する名門として知られている程度だったのだ。
今回が何代目の聖女なのか数えてみたエステルは、愕然として驚いた。
シェスピアが第14代聖女だったので、次は第15代聖女にあたる。
「じゃあ、ラビエンヌが本物の聖女ってことになるじゃない……!」
エステルは本を閉じて、目を素早く瞬いた。
動揺した心が揺れ動くのを、まぶたの奥で感じた。
「ただの古びた本だ。」
本の内容は、誰かが創作した物語かもしれない。
もっと読んで判断したいのに、文字が少なくて、あちこち探しても結局なかった。
「15……15か。」
ベッドに寄りかかりながらぼんやりと本の内容を見返していたエステルは、その「15」という数字にどこか見覚えがある気がしてならなかった。
そして考え込むうちに、自分がなぜその「15」という数字に敏感に反応したのか気づき、思わず体をびくりと起こした。
ゆっくりと指を一本ずつ折り曲げながら数えていくエステルの表情は、次第に固まっていった。
「私は14回転生した。今が15回目の人生じゃないか。」
ここまで考えた途端、なぜか急に全身にぞわぞわとした震えが走った。
十五代目の聖女、そして十五代目で大きく変わってしまった自分の人生。
何か関係があるのではと思ったエステルだったが、結局は分からず、大きく息を吐いて再び本に頭を深く埋めた。







