こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

112話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 慈善活動④
一方、エステルに拒絶されたカリードは、井戸の前に腰を下ろしたまま静かに物思いにふけっていた。
「なんであんなに冷たくなるんだ?」
以前も感じていたが、彼を見つめる目があまりにも冷淡で、まるで人が変わってしまったようだった。
自分自身に怒りを感じつつも、その理由が分からないエステルは、つい問いただしたくなった。
「時間差をつけて話さないと、真実を知る方法がないじゃないか。」
カリードは冷静さを保ちながらポケットからガラス瓶を取り出した。
1つは血液を入れるために用意された空の瓶で、もう1つは透明な液体が入っていた。
『必要になるか分からないが、持っておけ。少量でも、一さじ程度で成人男性が30分間耐えられる強力な回復剤だ。』
テレシアへの旅に出る際、ラビエンヌから受け取ったもので、断るつもりだったのに、結局押し付けられた形となっていた。
「はあ。」
混乱しているカリードは、荒々しく頭を掻きむしる。
自分が置かれている状況があまりにも混乱を極めていた。
6歳のときから神殿に入り、それ以降、内なる聖騎士となることだけを目標に修練と学びを重ねてきた。
神殿はカリードにとってすべてであり、聖女は生涯を通じて従い尊敬すべき存在であった。
「でも、なぜ……。」
神殿のためとはいえ、「血を持ち帰れ」という命令にはどうしても違和感を覚えた。
疑いたくはなかったが、次第に疑問が湧き上がる。
神殿の意向だというラビエンヌの言葉を信じるべきだったが、エステルと出会ったことで心が揺らいだ。
聖騎士としての責任感とエステルへの思いが複雑に絡み合い、彼を苦しめた。
一旦冷静になろうと努めても答えは出ず、頭がぐるぐると回る中で、ついには喉が詰まるような感覚に襲われた。
「……水でも飲むか。」
カリードはもう我慢できないと感じ、すぐ近くの湧き水から水を汲み上げた。
そして何も考えずに水をがぶ飲みした。
その瞬間、目を見開いた。
「なんだ?この水、なんでこんなに美味しいんだ?」
気分が悪かったかどうかはともかく、飲むや否や身体に力がみなぎり、精神が澄み渡るような感覚に襲われた。
無意識のうちに湧き水を飲み干したカリードは、ついに決断を下した。
「そうだ。聖女様を信じるけど、エステルとも長い間知り合いだ。とりあえず正直に話して血を求めるべきだ。」
どう考えても、鎮痛剤を使うことや傷を負わせて血を持ち帰るのは、エステルにはできることではなかった。
一度は躊躇していたが、エステルと話すことで自分の気持ちを整理することを決め、彼は再び湧き水を汲みながら、その決意を噛みしめた。
その日の夕食時。
エステル、ジュディ、デニス、そしてドフィンまで4人が食堂に集まり、食事をとっていた。
ジュディは夕食を食べながら、自分が外に出てしたことを一つも漏らさずに話していた。
まるで自分の手柄を誇るかのような様子だ。
「食料品を分けてあげたら、みんなすごく感謝してくれたんだよ。4袋も持って行ったのに、30分でなくなっちゃった。」
「30分じゃなくて1時間だろ。」
ジュディの話に少し盛りすぎたところを見つけたデニスが、横で一言ずつ訂正していた。
「あ、それからもう一つ。枯れかけていた泉を直して、完全に元通りにしたんだよ。」
「その間、君がやったことは一つもないような気がするけど?」
「おい、ちょっと!」
ドフィンは食事の手を止めて、興奮しながら話す子どもたちの様子をじっと見守っていた。
彼は既に難民街で何があったのかを報告を受けて知っていた。
子どもたちだけを危険かもしれない場所に送ることはドフィンの意図ではない。
見えないところで多くの手助けをしていた。
それでも、まるで初めて聞くような振りをしながら真剣に子どもたちの話に耳を傾けていた。
自然な笑顔を浮かべるドフィンは、どこか幸せそうで、心安らかな表情をしていた。
「楽しかったようだな。」
「はい。手伝うのも楽しかったんですが、それよりもエステルと一緒に遊べて良かったです。」
「デニス、お前は外を出歩くのがあまり好きじゃなかったんじゃないか?」
「まあ……悪くなかったです。本を読むより良かったかもしれません。もっと有益だったと思うので、次回も一緒に行きますね。」
ドフィンのまなざしが柔らかく揺れた。
今の彼には、戦争の中を渡り歩き、光を失った目の輝きは微塵も見られなかった。
「福の神みたいだ。」
家族だけが見ることができる彼の優しい目の光が、双子たちからエステルへと自然に移った。
大公邸に来てから、エステルは大きく変わった。
だが、変わったのはエステルだけではなく、その息子たちもまた変わっていた。
他人に無関心だった子どもたちは、自ら分かち合いを学び、人に関心を持つようになっていた。
しかし、カリードについて考え続けていたエステルは、そんなドフィンの視線に気付くことができなかった。
『父に話すべきか……。』
どうしてもカリードが訪ねてきた理由が疑わしかった。
言うべきか、それとも黙っているべきか悩んでいた。
何も言わないエステルに、次にドフィン、ジュディ、デニスまですべての視線が集まった。
ジュディは、もしかして父親が贈り物を期待しているのかと思い、エステルの脇腹を軽くつついた。
「さあ、渡して。」
「あ、そうだった。」
気を取り直したエステルは、事前にきれいにラッピングして隣に置いておいたカスタードを手に取った。
「これ、来る途中で見つけたお菓子店で買ったんですけど、父も気に入ってくださるかなと思って選びました。」
大したものではない贈り物が恥ずかしくて、そっとドフィンの前に置いて席に戻った。
ドフィンは、包装が丁寧にされたカスタードを見て、戸惑いながら目をしきりに瞬かせた。
「つまり……これは私のために買ってきたってことか?エステルが自分で選んだのか?」
彼の緑色の瞳がこれまでにないほど輝きを増していた。
「お父さん、クッキーが好きですよね。これもきっと気に入ってくださると思って。」
エステルが初めて家に来た日、ドフィンは食卓にクッキーを山ほど用意していた。
それが自分のためだと知らなかったエステルは、いまだにドフィンが甘いものを好んでいると思っていた。
「そうだな。好きだよ。」
ドフィンは固まった表情のまま、なんとか穏やかに微笑んだ。
どんな理由であれ、エステルが自分のために買い物をしてきたのだとしたら、これからは彼女のために自分も味覚を変えようと思った。
「……?」
真実を知るデルバートだけが背後に立ち、いったい何を言っているのか分からない表情で目をぱちくりさせていた。
「ここのお菓子屋さん、本当に美味しいんですよ。ぜひ召し上がってみてください。」
家に戻るとすぐに買ってきたデザートを少しずつ試してみたが、どれも外れなく美味しかった。
エステルは期待に満ちた目を瞬かせながら、ドフィンの反応を待っていた。
「……ありがとうな。でも、大事にしすぎてどうやって食べればいいんだろう。」
ドフィンは自分の前に置かれたカスタードケーキを見つめながら感慨深げだった。
双子の息子たちは彼に似て無表情で、時折彼らを見ていると何かを買ってもらった記憶がないことに気づかされた。
だからこそだろうか、この小さなカスタードケーキが彼の心を熱くさせた。
「……ふむ。」
今日はアイリーンのことがいつも以上に思い浮かんだ。
アイリーンにこの瞬間を見せてやりたい、そんな気持ちが募った。
アイリーン、そしてキャサリン。
もし何もなかったなら……もし全てがまだここにあったなら。
その場に一緒にいなかったことが悔やまれ、心が痛んだ。
瞬間的に感情がこみ上げ、鼻の奥がツンとした
慌てたドフィンは急いで頭を後ろに反らした。
『まさか今……涙?』
彼はこれまで一度も涙を知らなかった人間だった。
生まれてからたった三度だけ泣いた。
両親が亡くなった時それぞれと、アイリーンが亡くなった日だけだ。
それなのに、涙がこみ上げてくるような感覚を受け、自分でも驚いた。
「お父さん、どうされたんですか?」
「目に何か入ったみたいだ。」
「私が見てあげます。」
ジュディとデニスが近寄ろうとすると、ドフィンは急いで顔を振り、いつもの表情に戻った。
「いや、もう大丈夫だ。」
平常心を取り戻したドフィンは、エステルに向き直って言葉を続けた。
ずっとエステルのことを考えていた彼は、買ってきたカスタードタルトを食べられずじっと見つめていた。
すると、「お父さん、それ食べるんですよね? 私も一口だけ食べてみてもいいですか?」
期待に満ちた目でじっと見つめてくるジュディの視線に気づき、彼は思わず微笑んだ。
「……これか?」
「はい。どんな味かすごく気になっていたのに、エステルが『お父さんのもの』だって絶対食べさせてくれなかったんです。」
その瞬間、ドフィンの眉間がわずかに緩み、薄く「ふっ」と笑みがこぼれた。
自分でも気づかないうちに出たその笑顔は穏やかだった。
素直な気持ちを抱えたまま、エステルがくれたものをそのまま大切にしたいという思いがあった。
「うん……わかった。一緒に食べようか。」
しかし、父親としての責任感もあり、またジュディがあんなに食べたがっているのを無視するわけにもいかなかった。
「いただきます!」
ジュディはそう言うと、待ちきれずにタルトに手を伸ばした。
フォークを持って駆け寄ったが、あわてて手を滑らせてチーズの一部を少しこぼしてしまった。
「えっ? チーズ!ダメ!」
テーブルの下に転がり落ちたチーズを慌てて拾い上げ、再び皿に戻そうとした。
「もう少し気をつけなさい。」
普段は関心を示さないデニスも、控えめにスプーンを手に取った。
一瞬のうちにスプーンの先で、二人分ほどの分量を取ってしまったケーキの欠片を見つめながら、ドフィンの目つきがどんよりと曇った。
『こんなに早く減るなんて…。』
もしこんなに後悔するのなら、取り分けずにそのまま持ち帰ればよかったと惜しそうに眺めた。
「お父さん、食べないんですか?」
しかし、そんな考えもエステルの声を聞いた途端、すっかり消え去った。
エステルは期待に満ちた輝く目でじっと彼を見つめていた。
ドフィンは迷うことなく1秒もせずにカスタードをすくい取り口に運んだ。
「どう?」
「美味しいな。これまで食べたデザートの中で一番だ。」
実際にはどんな味かよく分からなかったが、心からそう思った。
なぜなら、これはエステルが選んできたものだったから。
「よかった。」
やっと安心したエステルもスプーンを持ってカスタードを口に運びながら言った。
「お父さん、これから毎週このケーキ屋さんのデザートを買ってくることにしました。」
「そうか?それはいい考えだ。」
ドフィンは微笑みながらエステルの口の周りについたクリームをナプキンで拭ってあげた。
「エステル、水。」
デニスは、喉に詰まらないようにとカップをさっとエステルのそばに差し出した。
デニスが差し出した水を自然に受け取って飲んだエステルは、「もう一口だけ」という誘惑に抗えず、再びカスタードをすくい取って口に運んだ。
「うん、美味しい。」
「次の週には別のデザートも試せるといいね。」
「ジュディ、エステルのを取って食べようなんて考えないでよ?」
「それなら君だって食べてるじゃない。スプーンを置いて話しなよ。」
ドフィンは周囲で集まってカスタードを分け合って食べる子供たちをじっと見つめていた。
四人で分けるにはカスタードの量は十分ではなかったが、心の満足感はこれまで以上に満たされていた。
「デルバート。」
「はい、殿下。」
身体を後ろに傾けたドフィンは、デルバートに手を伸ばした。
彼が近づいてくると耳元で何かを小声で伝えた。
「食べ終わった後、残った皿をきれいに洗って保管しておくように。」
「皿とおっしゃいますか? あれはただの普通のケーキ店で使われる皿ですので、どこに使われる予定なのか…。必要でしたら、厨房には新品もたくさんあります。」
「今、エステルが買ってきた皿と厨房に置いてある皿が同じだという話か?」
ドフィンの目が冷たく光ると、デルバートが慌てて頭を下げた。
「いえ!全く違います。私の考えが浅はかでした。きれいに洗って保管するよう指示いたします。」
「忠誠心があるのはいいことだ。」
「はい、はい。その通りです。はは。」
気に入った返答を聞いた後、ドフィンは満足げに頷きながら再び子供たちの方へ視線を向けた。
テレスィア南部の辺境。
エステルが昼間に救助活動を行うために向かった難民キャンプのベンチにルシファーが横たわっていた。
彼は周囲をちらりと見渡しながら、ポケットから金貨を取り出した。
その量は難民の状況には不釣り合いなものだった。
「これで全部か?」
昼間に食料品を受け取った際、ジュディのポケットから出てきた僅かな金だった。
輝きを放つ金貨を指先でいじりながら、彼はくすくす笑い、歯で金貨を噛んでみた。
「世間知らずのガキが、ここがどんな場所か分かってるのか?ここは神殿に見捨てられた土地だぞ。」
様々な地域の難民を見てきたルシファーは、この現実を誰よりもよく知っていた。
神殿も領主も、互いに責任を押し付けるだけだった。
暗闇が満ちるばかりの難民キャンプは誰もが見放していた。
そんな場所に、特に計画もなく食料品を配るために出向く子供たちの姿があった。
大人たちが解決できず手をこまねいている問題を、自分たちで解決しようとする様子に、ルシファーは微かに眉をひそめた。
「ここだからまだこの程度で済んだんだ。他の地域なら骨の髄までしゃぶられていただろうな。ふん。」
エステル一行に支援者がついていることを知らないルシファーは、鼻で笑いながらつぶやき、瞼を閉じた。
テレスィアの難民キャンプは他の地域よりも異様に秩序立っていた。
内部での争いがないというのは異常なほどだった。
そのため、彼がこの場所に身を隠していた理由でもあった。
「だが、ここももう終わりだ。」
運良く準備を整えたルシファーは、すぐにテレスィアを離れるつもりだった。
荷物をすべてまとめてベンチから立ち上がろうとした瞬間、彼は動きを止めた。
「あの女性……すごく似ていたな……」
エステルの顔が脳裏に浮かんだからだ。
忘れかけていたその顔が久しぶりに思い出され、彼の気分をざわつかせた。
世の中に似ている人がいるものだと自分に言い聞かせ、気持ちを整理して出発しようとした矢先、鋭利な刃のような声がルシファーの耳に飛び込んできた。
その声は彼を完全に凍りつかせ、わずかな動きで切り裂かれそうな恐怖を感じさせた。
「だ、だ、誰ですか?」
ルシファーの声は震え、怯えが滲み出ていた。
「お前がルシファーか?」
「え?違います。誰かを探しているのかもしれませんが、人違いかと……うっ!」
彼が何とか否定しようとするも、相手はその弁解を全く受け入れなかった。
「嘘をついても無駄だ。我々には確認する手段がある。」
ドゥヒンの部下が、ルシファーを過去の組織にいた頃の仲間の前に引きずり出した。
「こいつで間違いないか?」
「はい、間違いありません。」
「この裏切り野郎!」
ルシファーは歯を食いしばりながら、周囲を慎重に観察した。
逃げるための隙間を探そうと必死だったが、どこにも穴が見当たらない。
「なんてこった、逃げ道がないじゃないか。」
両手を挙げると、逃げる意志がないことを示し、彼を捕らえた人々の出方を伺った。
これまでに数々のトラブルを巻き起こしてきたため、どこでどう捕まったのかも分からない。
「大人しく従ったほうが身のためだ。抵抗すれば腕から順番にゆっくり折ってやる。」
その言葉には真剣さが滲んでおり、ルシファーもその意図を悟らざるを得なかった。
彼を捕らえたのは、並外れた訓練を受けた騎士たちであり、到底逆らうことのできない存在だった。
「私をどこへ連れて行くつもりですか? それだけでも教えてください。」
ルシファーは必死に問いかけたが、誰も答える気配はなかった。
騎士たちはルシファーの目に黒い覆いをかけ、そのまま馬車に押し込んで、大公邸へと向かった。





