こんにちは、ちゃむです。
「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
141話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 予想外の反応
それよりも――王室から訪れるという客は、いったい誰なのか。
その人物が、大王妃アメルダの使いであることは明らかだった。
王室において実権を握っているのは彼女だ。
魔法使いの城へ人を遣わす判断も、間違いなく彼女の主導によるものだろう。
目的は何なのか。
アルステアとは、どのような関係にあるのか。
そして何より――なぜアルステアは、この件をノアに任せたのか。
疑念が重なり、心が重くなったそのとき、ノアは幼い頃からの癖のように、城の周囲にいる師の墓標へと足を向けた。
だが、いつも心を落ち着かせてくれたその場所も、今日はなぜか安らぎを与えてはくれなかった。
アルステアが、少しずつ彼に似てきている――その思いが胸をよぎったせいだろうか……。
ごとり。
深い考えに沈んでいたのか、ノアは人影がかなり近づくまで気づかなかった。
驚いて振り返った先に、
「……は、はいっ!」
同じく目を見開いて固まったバレンタインが立っていた。
突然向かい合った二人は、しばし言葉を失ったまま沈黙する。
二つの季節を共に過ごし、以前よりは多少距離が縮まったとはいえ――それはあくまで、そこにクラリスがいたからこその話だ。
彼女のいない場所で向き合った二人は、思いのほか気まずさを覚えていた。
そもそも、クラリスが修道院にいなかったら一生会うこともなかった関係、
そう言ってしまってもおかしくはない。
「どうして真夜中に、わざわざ街道を外れてこんな場所に立っているんだ?食べ物もろくにないし、整備もされていない。こんな森みたいなところ……」
「師匠のお墓です」
ノアは一歩、脇へ退いた。
背後には、素朴な形をした墓石があったため、バレンタインはわずかに身をすくめ、慌てて言葉を改めた。
「……そ、そうか。師匠は美しい自然の一部になられたんだな。なるほど、静かで落ち着いた場所だ」
「遅いですよ」
「悪かった」
バレンタインは頭をかきながら、ノアのすぐ前まで歩み寄った。
白い月明かりが彼の上から降り注ぎ、闇の中にあっても、その表情ははっきりと見えた。
ノアは、バレンタインが少し疲れた顔をしていることが気にかかった。
あの頑丈そうな男が、王都からここまで来て疲れを見せるほど、楽な道のりではなかったはずだ。
「王城から誰かが来るって話は聞いてたけど……」
それでもノアは、彼の事情を深く詮索しようとはしなかった。
そもそも、特別に親しい友人というわけでもない。
「バレンタインが来るとは思わなかった。何より、到着は明日になるって聞いてたし」
「予定は、今もそのままだよ」
バレンタインは「眠れなくてさ」と言わんばかりに、片方の肩を軽くすくめた。
どうやら宿を抜け出し、あてもなく歩き回っていたらしい。
「一人で魔法使いの城の敷地をうろつくのは、あまり賢明とは言えないと思うけど。王城に対する魔法使いたちの反感、知らないわけじゃないだろ?」
「顔が利く相手もいるし、なんとかなると思ったんだ」
“顔が利く”という言葉を口にした瞬間、バレンタインの視線はまっすぐノアに向けられていた。
「……はあ。修道院を出るときも、何も言わずにいなくなってたよな」
その言葉には、呆れとわずかな苦笑が混じっていた。
「お、いつからそんな世渡り上手みたいなことを言うようになったんだ?」
からかうように投げかけられた言葉に、ノアは仮面を整え直すと、彼を置いて先に歩き出した。
「黙ってついてきてください。城の結界の外まで案内します」
背後から何度か「おい!」と呼ぶ声が聞こえてきたが、ノアは無視して歩みを進めた。
あきらめたのか、ほどなくしてバレンタインが彼の後ろについてきた。
道中、数人の魔法使いとすれ違った。
ノアに会釈をする者はほとんどおらず、多くは距離を取るように遠回りして、静かにすれ違っていった。
彼が身にまとう白いローブの意味を思えば、それはあまりに無礼な態度だった。
もっともノアは慣れきっていて、気にも留めていなかったが。
「仮面、獅子か竜に変えてみたらどうだ?」
けれど、バレンタインの様子はどこか気がかりそうだった。
冗談めかしつつも、言葉は慎重に選ばれている。
「猫、なんだ」
「クラリスがその仮面を可愛いって言ったりして?」
「彼女は、僕の仮面を好きじゃない」
むしろ、脱いだほうをずっと好むくらいだ。
もっとも、そんなことをはっきり口にするわけにはいかなかったけれど。
「それにしても、どうして猫なんだ?」
「それは……」
白い月明かりが、静かに降り積もる道を二人は並んで歩いていた。
ノアは、ふと過去の出来事を思い出す。
自分と他人は違うのだと、初めてはっきり意識した、幼い日のこと。
彼は自分の顔が嫌で、大きなローブに深く身を包み、いつも俯いて歩いていた。
見たくない顔を隠すように、インクで顔を汚してしまったことさえ、何度もある。
師はそのたびに、何度も「そんなことはするな」と言って――「君の顔を隠すことを勧めたいわけじゃない。ただ、せめて世界をまっすぐ見る必要はあるだろう」
そう言いながら、彼は自分で作った愛嬌のある猫の仮面を、ノアの顔にそっと被せた。
「師匠が亡くなってから、自分で作ったんです。ほかの形を考えたことはありませんでした」
猫を選んだのには、師匠なりの意味が込められているのではないか──そんな考えが、ふと頭をよぎった。
「そういえば」
ノアは小さな違和感に気づき、バレンタインのほうを振り返った。
「こういう話をするのは、初めてですね。彼女も……僕には聞いてきませんでした」
「近すぎると、かえって話せないこともある」
いつの間にか、二人は並んで歩き始めていた。
「それなら……僕には、話してくれてもいいわけですね。それで、どうして突然、修道院を出たんだ?」
「その話が、ここに戻ってくるのか」
バレンタインは、どこか苦笑いを浮かべた。
「ちょうどその頃、優先順位が変わっただけさ」
「俺は、君があの子をどれほど大切にしているか、分かっていた」
ノアの問いは、つまりこういう意味だった。
――クラリスよりも大事なものが、できたのか。
「……いや」
だがバレンタインは、静かに首を振った。
「改めて考えてみたら、あの子が俺にとって一番だった時なんて、一度もなかった」
「……」
「だから……これからは、そうしようと思ったんだ」
ノアはすぐには答えなかった。
その瞬間、バレンタインが彼の手首を掴み、逃がさぬようにして言った。
「つまりさ、クラリスを何よりも大切にすると決めた、ってことだよ」
ノアは気恥ずかしそうに組んでいた腕をほどき、軽く目を細めて彼を見た。
「どうして、わざわざ僕に言うんですか?」
「まさか、本当に気づいていないと思って?」
分からない。
それが、ノアの正直な気持ちだった。
バレンタインがクラリスを心から想っていることは、修道院にいた頃から知っていた。
それでもノアは、自分の気持ちを理解するより先に、バレンタインの心情を察してしまったのだ。
そしてそれは、きっと――バレンタインも同じだったのだろう。
「あ……」
ノアはようやく、バレンタインの真意に思い当たった。
「二人の邪魔をしないでほしい、そう頼まれているんですか?」
「……は?」
「それなら、心配しなくてもよさそうだな」
ノアは、バレンタインこそがクラリスの人生を本当に変えられる、ただ一人の選択肢なのだという事実を、改めて思い出していた。
ずっと胸の奥に抱えてきた、形の悪い感情が心臓を締めつけたせいで、彼はわざと余裕ぶった声を作って答えた。
「俺は、自分の立場をちゃんと分かってる」
「…………」
「同じ魔法使いたちですら忌み嫌う怪物とは違って、バレンタイン。君は、あの子の未来に現実的な助けとなれる存在だ。……心から、そう思う」
バレンタインの決意は、ノアにとっても悪い話ではなかった。
何より、クラリスが幸せであることが望ましく、罪人として隠れて生きる人生が彼女の進むべき道であるはずがなかったのだから。
「どうか、あの子の未来を照らしてやってくれ」
そう言い残し、踵を返して先に立ち去ろうとするノアの腕を、バレンタインが乱暴に引き寄せ、ノアを真正面に立たせた。
「お前……」
理由は分からないが、彼の眼差しはひどく鋭くなっていた。
「まさか、まだ……分からないのか?」
「何のことですか?」
「俺がいない間に、あいつがお前に何もしなかったって話だ!」
「何を……?」
「はぁ……」
バレンタインはこみ上げる感情を抑えきれない様子で、何度も頭をかき上げ、深いため息を吐いた。
「まだ何もしてないって?今までずっと?一体どうしてだ!」
ノアは同じ問いを繰り返すバレンタインを、戸惑いながら見つめることしかできなかった。
彼が何を言いたいのか分からないわけではなかった。
――いずれにせよ、それがクラリスのことだというのは、はっきりしていた。
それでもノアは、何も言わずに彼を見送ることしかできなかった。
ここで踏み込みすぎれば、きっと――バレンタインを深く傷つけてしまう。そんな気がしたからだ。
翌日。
最低限の護衛騎士を伴ったバレンタインは、正式に魔法使いの城へと到着した。
即座に設けられた会談の席で、彼がセリデン公に求めたのは、北側城壁へ向かう魔法使い三十名の派遣だった。
その中には、白いローブを纏う魔法使い一名も含まれている。
目的は、崩落したゴーレム城壁の内部を直接掘り進み、先王の遺骨を捜索すること。
最後に巨大なゴーレムを持ち上げる局面では、どうしても魔法の力が必要になる――という理由だった。
そもそもゴーレムは魔法によって生み出された存在だ。
兵士や騎士だけでは対処しきれない、避けがたい現実がそこにはあった。
それは、事故を未然に防ぐためでもあった。
ノアとしては、あまり気の進まない提案だった。
ゴーレムに関わる件で魔法使いたちがセリデンに出入りし始めれば、どこかでクラリスの正体が露見してしまうのではないか――その懸念が、何よりも大きかった。
そしてもう一つ。
母に関わることに、これ以上時間を割きたくなかった。
この数年間、彼が崩壊したゴーレムの研究を続けてきたのは、自身の体に刻まれた呪いを解くためだった。
だが、その忌々しい呪いは、結局彼の体から離れることはなかった。
あの女は、どんな思惑で、自分の子どもの体を使ってこんな実験を施したのだろうか。
ノアは、その問題についてこれ以上考えたくなかった。
「物理的な力でゴーレムを壊す程度のことなら、魔法使い団の出番はほとんどないと思う」
ノアは、自分に決定権があるという事実を、はっきりと理解していた。
その発言を不敬と見なされ、バレンタインの提案は却下された。
「ゴーレムの本質は、所詮は石にすぎません。人の執念は、どんな魔法よりも強大です。王宮は、いずれ望む結果を手にするでしょう」
そう言って、バレンタインと共に訪れていた若い貴族が、強く反論に出た。
「しかし、魔法使いシネット。あなたの母君も、あの場所にいらっしゃるのでは?魔法使いたちの噂によれば、あなたは人間ではないから、好奇心というものも持ち合わせていない――そういうことですか?」
その瞬間、ノアは衝動に駆られた。
仮面を外し、この醜い顔を彼らに突きつけてやりたい、という衝動に。
そして、この呪いを残した者のために、なぜそこまで尽くさねばならないのか――そう問い詰めてやりたかった。
……結局、何ひとつ口にすることはできなかったけれど。
「その言い方は……行き過ぎです」
重苦しく落ちた沈黙を破ったのは、バレンタインだった。
「私が代わってお詫びします。魔法使いシネット」
「いいえ。間違ってはいません」
ノアは、今が好機だと判断し、先に席を立った。
「それでは、先に失礼いたします。王宮からのお客様方は、どうぞごゆっくりお休みください」
彼が先に退出すると、それに形式的に倣うように、ノアに同席していた他の灰色ローブの魔法使いたちも、次々と部屋を後にした。
やや薄暗い廊下を抜け、階段を上っていく途中、ノアは誰かが速足で自分の後を追ってきていることに気づいた。
そして、わざわざ振り返らなくとも、それがバレンタインだということもすぐに察した。
「私に怒らないでください。魔法使いという存在は、もともと王宮では厄介者です。私でなくとも、誰であれ受け入れられなかったでしょう」
ノアは、彼が何者なのかを問いただされないよう、先回りしてそう告げた。
それでも、バレンタインはなおもノアの後を追い続け、彼は部屋にまでずかずかと入り込んできた。
疲労の色を隠しきれない顔で、ノアの仮面のすぐ目の前まで歩み寄る。
「手を貸してくれ、ノア」
「無理をなさらないでください、バレンタイン」
「もし私が父上の遺骨を見つけ出したなら、陛下は“褒美として望むものを与える”と仰ったんだ」
その言葉に滲んだ切実さに、ノアははっと息を呑んだ。
彼の願いが――クラリスに関わるものだということを、否応なく理解してしまったのだ。
一瞬、嫌な想像が頭をよぎる。
バレンタインは功績を掲げ、王宮に対して「クラリスを傍に置く許可」を求めるつもりなのではないか。
「……あ」
もしそうなら、ノアが動かなければならなかった。
クラリスは“美しい顔”を好む。
バレンタインと彼女の関係は、あっという間に進展してしまうだろう。
それなのに――なぜか、言葉が喉につかえ、口を開くことができなかった。
「少しは手伝ってくれよ!」
もたつく時間が長引いたせいで苛立ったのか、バレンタインは再び怒鳴った。
「考える時間が――」
ノアは、なぜかうまく呼吸ができていない気がした。
短い答えを返すことすら、容易ではないほどだった。
「……必要、です」
「時間?はっ、時間が必要だって?」
しかし、どうやらその返答が、バレンタインの怒りを正面から刺激してしまったらしい。
抑え込まれていた感情が、一気に噴き出した。
「今それを言う場面か?この馬鹿!またあいつの誕生日が近づいてるんだぞ!」
「誕生日?」
「ああもう!何も知らないくせに、よくそんなことが言えるな!クラリス、この間抜けな子は一体どうして――!」
「彼女のことを、もう一度そんな言い方で口にしたら、どんな理由があろうと黙ってはいません。……それに、何が起きているのかは分かりませんが、焦れば焦るほど、うまくいくものも台無しになりますよ」
「お前……今の、全部言ったのか?何だそれ。俺の行動が“台無し”だと?」
ただの常識的な忠告を口にしただけだった。
それなのにバレンタインは、まるで耐え難い侮辱でも受けたかのように、彼の襟元を掴み上げた。
「どうしてお前がそんなことを言う!お前ごときが!」
「バレンタイン!」
「ちくしょう……クラリスは、どうしてこんな奴ばかり周りに置くんだ……!」
「落ち着いてください、今は……」
「落ち着け?落ち着けだと?俺が今、冷静に見えるか?」
ノアは、胸元に食い込むバレンタインの手を、短剣を振り払うような勢いで強引に引き剥がした。
よろめいて後退した彼の視線が、ふとノアの机の上へと落ちる。
そこには、つい先ほど届いたばかりの一通の手紙が置かれていた。
丸みを帯びた、柔らかな文字。
封筒の表には、はっきりとこう書かれている。
――『ノアへ』
その筆跡の主を、バレンタインは一目で悟った。
しばらく、彼の視線が手紙の上に留まった。
「……ほんの少し、人を狂わせるほど甘い夢を見るために、わざわざ行く価値はあると思わないか。なあ?」
ゆっくりと顔を上げてノアを見たバレンタインは、どうやら――
「……お前」
少し、泣いているようだった。
「クラリスが、18歳で処刑されるってことは……知ってるよな?」







